観音高校演劇部OB会

少し遅くなりましたが、16日の金曜日に、観音高校演劇部OB会を行いました。いつまでたってもかつての仲間というのは、楽しいものです。多くの人がはせ参じました。

暫くぶりの陶芸の波多野洋壯さんも元気な姿を見せてくれたし。演劇「河」を上演した板倉さんの河をめぐる話、知らなかった裏話もとても面白かったし。オフィス青野の青野さんの広島で撮影された映画のオファーにいかに応えて行くかの話も、とても楽しくて。

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OBのメンバーの多くの人がオフィス青野のタレントとして時々出演している話がうらやましくて。

この年齢になると、いろいろと健康の問題が出るのも、恒例で。がんになった人も何人か。皆さんが克服した闘病の話も、興味深いものでした。それぞれ克服しては、また活躍するのですが、克服できなかった人が脇田さんなのですね。もう13回忌になると。ずっと前のOB会の時に脇田さんの顔色が悪いなあと思っても、何も言えなかったこと。あの時に、脇田さん、顔色が悪いよ、病院には行ってる?と何故言わなかったか、ずっと私の中に抱えていました。あの時にすぐに病院に行って!!と言っていたら、少しは早くに見つけることができたでしょうに。

そんな時、板倉さんから一枚の写真が出ました。わあっ。みんな若い。みんなええ男じゃねえ。早速接写させてもらいました。公にしてもいいとの許可ももらったので。いい写真です。夏の合宿の時だと。

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左端が脇田さん。またアナウンサーとして広島テレビに入社される前の大学生の時でしょう。右端が板倉さん。その隣が青野さん。今ならさしずめジャニーズ系じゃねえと。その隣の青野さんと脇田さんの間が伊藤勝昭さん。お元気で変わらず東京で劇団を していらっしゃると。今度「父と暮らせば」をするらしいという話も聞きました。

やはりOBの蒔村三枝子さんも父と暮らせばをしているよという話になりました。広島で上演されるかもと。

みんないいなあ、高校時代にしていたことがしっかり生きている生活をしていますよ。皆さん、またお会いしましょうね。楽しい会話で、すっかり元気が出ましたよ~。いつか私もオフィス青野のタレントになることを夢見て頑張りましょう。

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風工房・斎藤洋さん③

おはようございます。島根県江津です。ホテルの部屋から遠く日本海が見えます。

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今日は午前中に高校の先生たちに講演をします。

そして、広島に帰って福岡に行きますよ~。

昨日もカープは負けちゃったけど。でも、大丈夫。今日は私が行くから勝ちます。で、五分になって広島に帰って来ますよ。それにしても、監督は新井さんを使いませんねえ。せっかくのDH制なのだから、何とかならないのかと思いますが・・・。

さて、京都の斎藤さんのがら紡の展示会です。フェイスブックで見ていて、惹かれていたのが、真っ先に目に飛び込んできました。もうどなたかが持って帰ってられるのではないかと思っていたのですが。

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纏わせて頂きました。

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もう、素敵すぎて。これは、斎藤さんのフェイスブックでの説明です。

玉糸入りがら紡の大判ショールです。
ラックダイの赤を何回も重ねました。たくさんの命が重なっている布です。線の赤は弁柄です。
★玉糸・二匹のお蚕さんがそれぞれ糸を出しながらひとつの繭・玉繭を作ることがあります。その糸は絡み合いながら通常より太い節糸・玉糸となります。光沢は劣りますが丈夫で厚手の織物に適します。その玉糸と木綿を紡ぎ織られたこの布は本当に貴重なものです。
★ラックダイはラックカイガラムシがその分泌物で木の枝に作った巣です。硬くなったその巣を木槌で叩き粉状になったものを水につけておくと赤色が出てきます。私はラオス産のラックを使っています。

ものすごく手が込んだこのショールに一目ぼれ。買わせて頂きましたよ。うれしくて。

それに。作品が展示してある多くの衣文掛けが、木の枝に糸を巻き付けて作ってあります。これは、以前斎藤さんに連れて行って頂いた法然寺の樹の枝なのだそうです。先日の台風21号で、法然寺の木々も沢山倒れて、悲惨なことになってしまったと。それは、斎藤さんのフェイスブックで存じていました。斎藤さんもも呼びかけて、多くのボランティアの人たちが集まって、修復していると。その枝なのだそうです。本当に斎藤さんらしい素敵な衣文掛けです。


それから、前掛けと、ショールで舞い上がってしまって、大切なことを忘れてしまいました。がら紡の糸。カンボジアのがら紡のオーガニックコットン、それに草木染のとても貴重な糸たちを買って帰ろうと思っていたのに、忘れてしまいました。後で連絡して、送っていただくことにしました。これで、暫く封印していた帽子を作ります。

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斎藤さん、束の間でしたが、本当に素敵な時間をありがとうございました。また、機会があったらお伺いしますね。今度は、また遠方で野染めなのですね。お互い、若くなくなりました。気を付けながらもう少し頑張りましょうね。

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風工房・斎藤洋さん②

斎藤さんが私に送りたい物があると言われたのは。斎藤さんは、ご自分で「おっちゃん大賞」を毎月決めて、その人に景品を贈っているのだと。そして今年の9月の大賞は、私なのだと。ここで授与式なのだと。私、???でしたが。写真は、寺尾先生が撮って下さいました。

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そんな、表彰だなんて。でも、うれしい。何を戴いたのでしょう。

紙袋からもう一つ袋。あれえ、カープ?阪神ファンの斎藤さんがどうしてカープ?

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中から出たのは、ジャジャン!! これでした。


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エニシングの前掛け。頂いた袋に入っていたはがきから。中国新聞社が特別に注文して販売している前掛けです。

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これを読んで、斎藤さんがなぜ応援なさっているかがよく分かりました。日本唯一の前掛けの産地、愛知県豊橋で作られています。厚手の帆布を「柔らかく」染めるのは、至難の技なのだと。腰ひもをぎゅっと締めることで、お米屋さんや酒屋さん等の力仕事をする人の腰を守るのだと。ありがとうございます。私を表彰して下さったこと、何より、すんごくうれしいです。

寺尾さんも、以前おっちゃん大賞を頂いたのだと。寺尾さんは、毎年手芸部の生徒さんと、テディベアを作って、12月の斎藤さんが主になって開催されているメモリアルキルト展に出品なさっています。それもう22年間も続けていらっしゃると。テディベアは、まだエイズが全く不治の病だったころ、患者さんにプレゼントをし、患者さんがそれを抱いて、じっと苦しみに耐えるとされた物です。以前、寺尾さんの勤務先の学校に行って、手芸部の生徒さんがテディベアを作っているのを見学させて頂きました。キルト展で販売したお金は、エイズの患者さんの個人の支援の資金になさるそうです。ほんとうに素晴らしい。

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そして、斎藤さんの展示を語らなければ。明日に続きますね。

私は今日診療後は車で島根県の江津市に行きます。翌11月1日は、午前中に島根県下の高校の先生たちに「人権に配慮した性教育~LGBTをどう伝える?~」という講演をします。ですので、明日は島根江津のホテルからお送りしますね。

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風工房・斎藤洋さん

京都での講演の日。講演は午後からなので、午前中。カフェで講演のためのスライドを再点検した後、斎藤洋さんの風工房に行きました。斎藤さんは、ちょうど「風工房がら紡の会」を開催なさっていました。それを知って、どうしても行かなければと思いました。

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がら紡とは。斎藤さんのフェイスブックから。

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そして。もうずっと以前。斎藤さんと知り合った時。1990年です。エイズのボランティアをしていたことから、エイズで亡くなった方をしのぶ「メモリアルキルト展」を開催しました。そこに展示されたご夫妻のメモリアルキルト。ホワイトキルトです。

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これについて。やはり斎藤さんのフェイスブックから。このキルトは、私の胸にも深く残っています。

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そんながら紡の展示の会です。まあ、素敵な作品がいっぱい。

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ところが、工房に入るなり、斎藤さんが、びっくりのことを言われたのです。河野さんに送ろうと思ってた物があると。

ああ、とても一回では書か切れません。続きますね。

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華頂女子中学高等学校のテデイベア

14日の京都教育大学の講義の後、華頂女子中学高等学校に行きました。そこの寺尾由美先生にお渡ししたいものがあったからなのですが。昔講演に来て、お寺の中も案内して頂いた知恩院の中にある学校です。学校はもう冬休みに入っていますが、手芸部の生徒たちがテディベアを作っているからと聞いていました。

もうすぐ、明日から京都にて恒例のAIDSメモリアルキルト展が始まります。華頂女子中学高等学校の生徒たちは過去22年間、そのキルト展にテディベアを出品し続けています。すごい。寺尾先生の指導のたまものと思います。


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まだAIDSが不治の病とされていた時、苦しい時にテディベアをぎゅっと抱きしめて苦痛に耐えていたと言われています。それを絶えることなく、毎年出品しているなんて、本当にすごいことと思います。


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家庭科の実習室。上からぶら下がっているのは、コンセントです。

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中学生の生徒たちに寺尾先生は、明日河野が来るから、図書室にある私の本「さらば悲しみの性」を読んでおくようにと言い、一晩でみんな読んたと言ってくださいました。ありがたいことです。

私も以前プレゼントして頂いて華頂女子中学高等学校の生徒さんたち作のテディベアを持っています。

命の原点を訴え続けるキルト展に多くの方が来てくださいますように。そして、テディベア基金が増えますように。生徒さんたち、寺尾先生、ありがとうございました。そうそう、一つ残して下さっていたリンゴのケーキ、本当においしくいただきました。感謝です。

学校の庭に大きくそびえる樹。生徒さんたちは、これに見守られてすくすくと育っているのですね。

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広島県日韓親善協会50周年記念式

昨日は、年末恒例の広島県日韓親善協会の忘年・会員の夕べでした。その前に、広島県日韓親善協会の50周年記念式が行われました。広島県日韓親善協会が設立されたのは、1967年。1965年に日韓条約が批准され、その2年後です。(思えば、私が大学に入学したのが1966年、まだ日韓条約批准の反対運動の名残りがあったことを思い出しました。)

初めに日韓親善協会の名誉会長、韓国総領事、県知事などの言葉がありました。その後に、釜山韓日親善協会名誉会長の李鐘均先生への感謝状が贈られました。安東名誉会長とのツーショットです。

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50周年記念のために李先生から書が贈られました。素晴らしい達筆です。

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李先生については、以前ここに詳しく書いています。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-67a2.html

久しぶりにお元気なお姿にお会いできて、大変うれしくて。まだまだお元気でご活躍下さいますように。

会には、60人の留学生を初め、300人の方たちが参加しました。乾杯!!

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ホテルの料理と共に、韓国語の李菊枝先生を初めとしてボランティアの方々の手作りの韓国料理が並びます。これが毎年楽しみで。

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それに、多くの企業から提供された大福引大会。

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ソウル往復航空券やリーガロイヤルホテル、グランドプリンスホテルのツイン宿泊券など、会場のあちこちで歓声が上がる楽しいひと時でした。私は、品物を取りに来なかった人の敗者復活の再抽選で、三島食品のふりかけをいただきました。

今年も、楽しくおいしい会をありがとうございました。久しぶりの方たちにもお会いできてお話できてうれしかったです。また来年も無事皆様にお会いできますように。

最後に留学生の皆さんの大集合です。これから、韓国と日本の架け橋となって活躍して下さることでしょう。

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久しぶりのお客様

先日、クリスマスイブの日のお昼にお客様がありました。何十年振りでしょうか、NHKの記者の青木紀美子さん。そして「平和のためのヒロシマ通訳者グループ」(HIP)の小倉桂子さんです。三人でランチをご一緒しました。

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青木紀美子さんは、1985年NHKに入局して一年目、広島支局に赴任してすぐ、私が勤務する土谷病院に三か月詰め、ひたすら取材。東大を卒業してすぐ、まだ少女といってもいいほどのかわいい記者さんでした。看護学校に通う看護助手と同じピンクのワンピ―スを着て私たちに密着していました。その成果としてNHK特集「少女たちの産婦人科診察室」が放映されました。

当時私は、「さらば悲しみ性」を出版し、増え続ける少女の診療に、殺到する講演依頼に走り回っていました。その上の「NHK特集」の放映です。大反響を呼びました。

当時、母が切り抜きを作ってくれていました。

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沢山の取材と講演依頼がさらに殺到しました。以来、青木さんとは、時々の交流が続いていました。

彼女はその後、ロンドン支局長を経て、ニューヨークでは3.11の取材など主に海外で大活躍。今は、タイ、バンコクに在住です。

少しの間日本に帰省しているその合間に訪ねて来て下さいました。かつての少女が、いまは本当にベテラン記者です。

青木さんは、HIPの小倉さんとも長い付き合いで、私は私で小倉さんとも古くからのお付き合いです。三人は、完全に意識が一致して話が弾みました。

中でも、今の日本の性教育が置かれていることには、「どうして?」と、お二人ともびっくりなさって、認識を新たにしていただきました。

たとえば、いまだに中学生には避妊を教えてはいけないこと、性感染症を教えるにも、「セックス」や「性交」という言葉は使ってはいけないことなど。世界から見ると、まことに陳腐な状況が続いていることなど。

今の政治、福島が置かれている状況等々・・・。お昼時間だけしかお会いできなかったのが、とても残念でした。

考えてみると、私も本人にとってはアッという間ですが、長い間には貴重な人たちとの交流ありました。それは、私の大切な財産となっています。同時に、またまた一年が終わりそうな今、振り返ってみると、数々の人との別れもありました。人と人とのお付き合い、これからますます大切にしなければと思います。

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京都にて③京大病院続き

5年生存率がとても小さい病の大手術を終えた彼は、まだ鼻にもお腹にも、そして腕にも管が繋がっています。そんなしんどい体でも、一生懸命にお話してくれました。

自分がねえ、こんな病気になって、もう後がないと分かったとき、自分は遊んでないと気がついたんだよ。仕事は、自分の好きなことをして来たと言えば、そうだけれど。でも、これは遊びじゃない。もう少し、後半年で定年なのだけど。もう、仕事はしたくないなあ。遊びたい。

何をして遊びますか?

うん、内科から外科に移る時に、一週間だけ家にいる時があったんだ。その時、彼女(奥様)と一緒にドライブに行った。河原でね、すごく広いキャンプ場があったんだ。ああ、川のそばでキャンプか。いいなあと思ってね。そんなこと、全然してないんだよ。

 そうね、私も仕事ばかりだけど。キャンプもいいねえ。もう何十年としてない。それに、旅行にも行きたいけれど、これは仕事を辞めないとダメだわ。

元気になって、キャンプに行って。

彼は、とても素直にいろいろと話してくれました。何より入院中の看護師さん、医師の方々の早い対応、そのシステムもそうだけれど、そのやる気。これはとっても頼もしいと、しみじみと語ってくれました。

「何か聞きたくないことはありますか」とあらかじめ聞かれたと。

「悪い情報をすべて話してください。いいことはあまり言わなくてもいいから」と言ったんだ。

「だから、全部きちんと話してくれる。今みたいによくないことが起きても(術後の合併症)、あらかじめ聞いていたから、ああ、予想できたことだと、理解できて、不安にならなくて済んだし。」

 一人の命に真摯に向き合う医療者の姿が浮き上がってくるようでした。その医療にすべてをゆだねて闘っている姿がそこにありました。

この広い病棟のそこここで、このような姿が展開されているのだと。私は、開業医だけれど、このような場に患者さんを繋ぐ役目を担います。

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あまり長い間いても、疲れさせるだけだと思って、話の途中ですが、切り上げて帰って来ました。また来ますからと。

 そして、京都駅のデパートの地下で晩御飯用に夫と私の二人分、とびっきりのお弁当を買って、広島へと急ぎました。そして、駅の構内で、ちょっとした事故に遭ったというわけです。

また明日。

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京都にて②京大病院

京都にての第二弾です。

斉藤さんの風工房から京大病院までは歩いて約10分。まっすぐに歩けば到着します。
途中、聖護院があります。

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この中の大きな仏間で、一人で般若心経を唱えたのは、もう何年前になるだろうかと思いました。この時は、すぐそばに斉藤さんの工房かあるなんて知っていませんでした。今は中に入る勇気はなく、外で手を合わせました。

周りには、八つ橋のお店が沢山あります。八つ橋の言われを斉藤さんに聞きました。元はお琴の形なのだと。聖護院に御縁のあるお琴の八橋検校の名前から来たと。

その中の一軒に入り、お土産を買いました。クリニックのスタッフと、お見舞い用。もちろん、入院している方には食べ物はダメですので、付き添っている奥様に。

京大病院は、とても広くて、じっくりと看板を眺めて、知人が入院している病棟の見当をつけました。それはそれは広くて。

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彼から電話があってしばらくになります。いえ、初めは彼からではありません。京大病院のドクターから、クリニックに電話がありました。若い女性のドクターです。とても頑張って、一線で活躍しているのがよくわかりました。彼の病歴についての問い合わせでした。その時の最後に、「あの、彼に電話をくれるようにお伝え下さい」と伝言し、そして彼から電話があったのです。

「こんなことになってしまったけど、35年前、貴方に助けられて、ここまで生き延びることが出来た、そのお礼を言おうと思って。本当にありがとう。35年間、楽しかったよ」と。

その時に「お見舞いに行ってもいいですか」と尋ね、ぜひ来てくれと。でも、忙しいから、来れないでしょうとも言われました。それから、誰にも自分の入院は言わないようにとも。来て欲しい人はあなたくらいだからとも。

ぜひ、行かなければ。そして、お見舞いに何を持って行こうかと考えて、ハタと思いついたのが、斎藤さんのうちわだったのです。病室で、やさしい風を送ることのできるうちわ。

それを持って病室に行くと、もう、元気になっていると思った彼は、術後の合併症が出て、とてもしんどそうでした。そして、うちわをとっても喜んで下さいました。熱が出て、背中が暑い熱いと言っていたところだと。奥様がゆっくりあおいで下さるでしょう。

この項、まだ続きます。

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京都にて①風工房

7月3日日曜日のことを。怪我については、昨日脳外科のドクターを受診し、もう一度CTを取って戴きました。大丈夫でした。後は、顔の皮下血腫が引くのを待つだけです。ぷっさいくな顔は仕方がありません。ただ、今週の金曜日、8日にテレビのインタビューがあります。膀胱炎についてです。それまでに何とかならないものかと・・・。

さて、京都です。

まず、斎藤洋さんの風工房の梅雨展の最終日へ。

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どうしても欲しい物があったので。突然に行きましたが、斎藤さんに久しぶりに会えて楽しくお話できました。

欲しかったのはこれ。斉藤さんが染めた布を丸亀でうちわにしつらえてもらったと。

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丁度いらっしていた方と姑さん。斉藤さんとフェイスブック友達という方と、話も弾んで。

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私が譲っていただいたのはのはこれらです。うちわは二つ。その内の一つ、私用のです。

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もう一つ、スヌード付きのチュニック。斉藤さんが染めた布を、福島の避難所にいる方たちが縫製して下さったものと。ステキ!!

楽しくお話した後、向かったのは、京大病院です。また続きます。

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