山口教授就任祝賀会その2いろいろな出会い

 もう大分以前、私が、裁判を抱えてとても苦しかった時、松山の病院に勤務していた友人が送ってくれた医学雑誌に一つの京都大学の論文が載っていました。関西地方の雑誌で、広島では見られないものです。それを見て、ああ、これで私は救われると思いました。当時の京都大学に連絡を取り、教授から関東の国立大学の教授、やはり関東の私立大学の教授へと話が広がりました。この中のお一人に面会の約束を取り付けて、うかがう日。台風でひどい風。でも、何とか飛行機は飛んでくれました。ジェットコースターに乗っているような猛烈な揺れ、次の便からは東京行きの飛行機は欠航でした。今は亡き教授に会いに行ったことがついこの前のような気がします。これが欠航だったら、もうお忙しい先生の面会もできなくなって、今の私はいないかもしれません。当時の三人の教授には、本当にお世話になりました。おかげで、私は完全な勝訴となりました。

 その京都大学の、今の前の前の教授が今回の山口教授就任祝いに参加されていました。これは、ご挨拶に行かなければ、でも、覚えていらっゃるかなあと思っていると、なんと、乾杯が済むとすぐに、先生がまっすぐに私のいるテーブルに来られ、F先生と短い話をし、そして私の所に来られたのです。そして、お元気ですか?元気で頑張って
いますね、と。もう、恐縮で深くお辞儀をしました。その裁判は、産婦人科会では、ちょっとした評判になった裁判でした。それは苦しかったし、私の頭はあまりに辛くておかしくなりそうでした。その後F先生が今になって、私に話しました。先生は、二億円の価値のある勝訴だったんよ。そう医師会長に言われたんよと。私は、金額よりも私の名誉がかかっている事でしたので。たとえ10万円でも支払えとの判決だったら、それは私の医師人生の終わりを意味したでしょう。そして、F先生は、あの後、京都大学のその教授に呼ばれて、学会で河野先生の裁判の講演をしに行ったんですよと。えっ、そんな講演をしたん?私にとってはびっくりです。そんな大変な裁判でした。お世話になった京都大学の前の前の教授を真ん中に、F先生と三人の記念写真を広島大学の医局長が撮って下さいました。これも私のお宝写真になります。本当にありがとうございました。

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それから、宴も最高潮の時、きらきらのお洋服の足が長くてとてもカッコイイ女性が私のところに来られました。広島大学の医学部の教授を定年退職し、今は理事、副学長です。河野だと確認の上で、40年前に私のお世話になったと。当時、病院に来るとそのまま緊急入院で、「帰れません、トイレにも行ったら行けません。絶対安静です」と。私が怒ったのだそうです。「こんなになるまで働いて」と。切迫早産で、いまにも生まれそうで。そのお子様はお元気ですか?と尋ねると、ハイ、
産婦人科医になりましたと。私は、全く覚えていないことでしたが・・。だって、土谷病院時代は、本当に忙しくて、睡眠もあまり取れず、激務の連続でしたから。

 その後、医局の若い女性ドクターが来られました。いつも患者さんをご紹介下さってありがとうございますと。いえいえ、こちらこそ、いつも断らないで引き受けて下さって、本当に助かっています、ありがとうございますと。そして、なんとそのドクターは私のブログを読んでいるのだそうです。楽しくてと。恐縮していると、「私は、東方神起が好きなのです。で、記事を検索していたら、先生のブログが出てきたのです」と。私が東方神起のコンサートの福岡ドームに一人で行ったとき、九州場所が終わって、お相撲さんが沢山いたことや、帰りのバスや電車が困って、大変苦労して帰ったこと等を書いたのは覚えています。それを読んで、へえーと。以来読者でいて下さっていると。ありがたいことです。

 いろいろな方とのそんなほこほことした出会いがあった、私にも意義のある会となりました。山口先生には、すでに沢山の患者さんのお世話になっていますが、ますますお元気で、患者さんの為と、若いドクターたちの指導にも、頑張って頂きますように。ありがとうございます。


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河村譲先生の葬送式

 昨日の朝、友人の馬庭さんからお知らせがありました。2月1日に河村譲先生がお亡くなりになったと。お具合が悪いとは聞いていましたが。昨日の夜7時からお葬式だと。夜のお式はありがたく、仕事を終えて参加しました。南観音のキリスト教教会。不案内な所で、ナビも途中までしか入らず、手間どってしまいました。沢山の方の参列で、お部屋はすでにいっぱいで、後ろの方の通路に座らせていただきました。

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河村病院は私のクリニックのすぐ近くで、いろいろとお世話になっていますし、患者さんや従業員の健康管理だけでなく、個人的にも大変お世話になりました。18年前、私が参議院議員に立候補した時の後援会長を務めて下さいましたし。2023年の兄の遺作展には、お体がしんどい中、ご夫妻で来場して下さいました。まだコロナ禍でしたが、瞬間マスクを外して。この写真の左下のツボを買ってくださいました。

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 という個人的なことより何より、河村先生は、御父様の河村虎太郎先生がはじめられた在韓被爆者の被爆者手帳の交付や来日しての健康管理に大変大きな勤めを果たされました。この事業については、民団の新聞に書かれているのが、簡潔にまとめてありますので、それを転載させて頂きます。

32年の活動に終止符…在韓被爆者渡日治療委員会

 

「一定の役割果たした」民間の寄付で600人招請

 【広島】在韓被爆者渡日治療広島委員会(河村譲会長)が、「在外被爆者の尊厳回復に一つの役割を果たし終えた」として今春、32年間の活動に終止符を打った。

 これまでに韓国から広島に招請し、治療を施した被爆者は約600人におよぶ。公的機関からの支援は皆無。渡航費は全国の会員から寄せられた会費とカンパをあて、検査治療は原爆手帳で行った。民団広島本部も韓国人原爆犠牲者慰霊碑の平和公園内移設が実現した99年、建設募金のうちから委員会に巨額の寄付を行っている。

 同委員会の結成は1984年。医療の機会に十分に恵まれていなかった韓国の被爆者を「民間の力でなんとかできないか」と、広島市内で病院を開業していた河村虎太郎院長が呼びかけたのが始まりだった。

 80年から5年間続いた韓日両政府の合意に基づく渡日治療が両国政府の折半だったのに対し、会が費用を全額負担するという「招請治療」だった。韓国では莫大な費用がかかるとされる人間ドック並の精密検査で、自覚症状のないがんが発見されたことも。

 一方、手帳を持たない被爆者は取り残された。高齢者や重傷患者も、渡日には大きな壁が立ちはだかった。時間的に余裕があって、比較的体力のある者が渡日できた。

 委員会が渡日治療を継続してきたことで、在韓被爆者の存在や実情が日本社会に広く認識されるようになったことも大きい。委員会は在外被爆者の権利闘争を積極的に後押し。健康管理手当問題で郭貴勲さん、特別手当問題で李在錫さんなどが、在外被爆者に対する支給制度の是正を求めて訴えたのも、委員会招請で渡日治療したことが強い動機となった。

 昨秋には在外被爆者も居住国で医療費を全額受給できるという最高裁判決を勝ち取った。委員会では「韓国の医療水準は高いだけに、渡日治療の役割は終了したことを実感している」と語った。

(2016.5.25 民団新聞)

 

葬儀の牧師さんもおっしゃっていましたが、河村先生親子さんは、大変大きな仕事をなし遂げられました。それらも含む一連の活動について、奥様の純子さんが編集をして、昨年4月、この本を自費出版なさいました。

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この本のタイトルは、牧師さんの解説で知りました。私は無知なのですが、これは聖書の一説でした。葬送式に参列した人達に配られプログラムら書かれていました。コリントの信徒への手紙Ⅱ4章16節-18節 「だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。わたしたちの一時の軽い艱難は、くらべものにならないほどの重みがある永遠の栄光をもたらしてくれます。わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるもらは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」

久しぶりにキリスト教のお葬式に参加して、やっぱり意味の分からないお経のお葬式よりも、言葉が分かるキリスト教のお葬式のほうがうんと心が伝わると思いました。河村先生は、生まれと時からの深い信仰に裏打ちされた人生を歩まれたのだと思います。

 それでも、やっぱりお葬式は悲しいです。家に帰ってからも、ずっと悲しいままでいました。河村譲先生、大変ご苦労様でした。どうぞ安らかにお休みくださいませ。ありがとうございました。

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ふっかつ!ケンホクオフ会②

ふっかつ!ケンホクオフ会が開かれた旧郷野小学校は、江の川に面しています。会の途中で、川に行ってみました。坂を上がって土手に。このあたりの川は大きいのですが、水が少なくて、真ん中あたりに流れているだけでした。でも、そこには、多くの鴨が泳いでいました。もうシベリアあたりから飛んできたのでしょう。白鳥はいませんでしたが。泳ぐ姿がかわいくて。

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「鴨が泳いでいました。」と、水藤さん、くんちゃんにいうと、「そう、このころ飛んでくるから。もう心配で」と言われます。一瞬うん?と思いましたが、すぐに気づきました。「鳥インフルエンザのことですね。一羽でも罹ったら、全部埋めないといけないんですね。」「そう」と。クンちゃんは「クンちゃん卵」の生産者です。平飼いの有精卵で、fanで配達してもらう方が多い美味しい卵です。

 そんな方にとって鳥インフルエンザは、大変なことでしょう。無邪気に「鴨かわいい!」なんて言ってて反省です。

はるめさんと、テンペさんが、お野菜をどっさり持ってきて下さいました。みんなへのお土産と。町から来た人、もって帰ってと。ありがたいことす。私は、立派な分葱と生姜と赤大根を頂いて帰りました。帰ってすぐに分葱を茹でて、ぬたにしました。あさりのあけみが欲しかったのですが、お店になかったので、浅利を買ってさっと茹でて、身を取り出して使いました。新鮮なお野菜、うれしいです。

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水藤さんたちが買い取って運営している旧郷野小学校。素敵な所ですが、民間での運営、なかなか厳しいものがあるそうです。私たちもこれからも協力したいと思います。今回は完全におんぶにだっこでしたが、何かできることをしたいと思いました。

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集合写真です。

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皆様、本当に楽し方かったです。ありがとうございました。 またお会いできますように。

 

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ふっかつ!ケンホクオフ会①

 今日は、県北オフ会でした。何年振りでしょう。以前は本当によく集まっていたのですが、コロナ以来集まることもなくなっていました。私は音さんと途中合流して行きました。場所は安芸高田市の旧郷野小学校。廃校となった学校跡を校舎を解体するということになったのを、水藤さん、クンちゃんたちが頑張ってNPOを作り、市から買い取って、今は民間の物となっています。と聞いていたのですが、運動場も広く、校舎も大きく、体育館も立派で、立派な学校だったのでびっくりしました。もう少しこじんまりしたイメージをもっていました。この校舎を潰すのは、それはもったいないことです。でも、維持もなかなか大変で、クンちゃんたちがクラウドファンディングで資金集めをし、コンセントを作って電気が使えるようにし、新しくトイレを作ったりして、いろいろ貸し出しているのです。

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その校舎の一年生の教室が会場です。14人が集まって、まずクンちゃん先生が出席を取り、始まりました。

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皆さんとは広島blogで知り合って、もう20年になります。なつかしい人たち。暖かく楽しい会話。クンちゃんがみんなにお弁当を用意して下さっていました。それに持ち寄りのお料理。ごちそうでです。

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テンペさんがテンペ汁を、よし爺さんがお刺身や焼き鳥を。はるめさんのきんぴらごぼう、お肉入りです。音さん手作りの味噌ピーナツと巻きずし。どなたのかわからなかった、柿なます。それにゆきりんさんが焼いて持ってきてくださったパン。プロのパン職人みたい。

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私は、昨日の内に買っておいた材料で今朝デザートを作りました。

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これにココナッツミルクを入れて、ちょっと濃かったので、オレンジファンタも入れました。

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みんなの近況報告、いろいとつもる話。の後、頭の体操、クイズが始まりました。4人一組で、校舎全体を使って、階段を上ったり下りたりしながら。それは難しいクイズでしたよ。頭をひねって、とても時間がかかりました。

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本当に楽しくって。この後、明日に続きますね。 


 


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大分です。ヘロヘロです。

 昨日連絡があり、今日一家族に会ってきました。今日は午後に大分に帰る予定にしていたので、午前中に。私のお世話で特別養子縁組で家族になった三人です。アンデルセンでモーニングを食べましょうと言ったのですが、アンデルセンのモーニングは、土日祝日だけですって。今日は平日でした。それぞれの料理にしてパンは食べ放題でした。

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子どもの成長は早いものです。この前会った時は、まだおむつの赤ちゃんでした。ご両親はいろいろと苦労しながらも、子育てを楽しんでいらっしゃるし、本人ものびのび。ママとパパが大好き。このまますくすく育ちますように。四人で記念撮影。

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あっという間で、さようならでした。ご連絡ありがとうございました。今度はいつ会えるかな?

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 そして、午後2時15分出発で大分へ。本当に大変でした。出る時は雨も上がって調子良かったのに、山口に入ってからスコールのように激しい雨。それに、中国道が、災害の復旧の工事で11キロの渋滞と。これはたまらん。で、宇部の方に迂回をしたのです。そしたら、そっちに回ってくる車も多いし、そのうえ、下関で大きな事故があったとかで、こっちも大大渋滞。雨と雷も激しいし。トイレに行きたくても・・。のろのろ行ってたら、ユメタウンがありました。天の助け!!でそこに入って、トイレへ。次いでにどうせ渋滞なので、そこで晩ご飯。カレーを食べました。

 結局到着したのは、午後10時10分。一回の休憩も入れて、8時間。運転しっばなしで、ああ、くたびれた。それにまたまた右足が・・。学会の準備をしこたま持って来ました。明日からできるかな?無理かも・・。


 


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広島大学産科婦人科学教室山口建教授祝賀会

 昨日土曜日の夜は、広島大学産科婦人科学教室の新しい教授、山口建先生が赴任されたので、その祝賀会がありました。同門会の内輪の歓迎会です。6月1日に赴任され、7月1日から外来診療も始まりました。京都大学から来られた、若いドクターです。

 会は、私は出席者の中で二番目の長老なので、真ん中の一番前の教授と同じテーブルでした。花束は医局長から。今、医局長も病棟医長も女性です。

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教授のあいさつ。広島大学でやりたいこと、ビジョンをお話下さいました。臨床、研究、教育、社会活動、それぞれに。京都大学では、腫瘍特に卵巣癌の研究をなさり、その後、がん患者さんの闘病生活について、単に病気を治すだけでなく、いかに患者さんに寄り添って、幸せに生きていただくか、という研究をなさったようです。

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乾ぱーい。

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何よりうれしかったのは、教室員の皆さんが、ニコニコと笑顔いっぱいでそれぞれの役目に走り回っている事でした。それに、みんなが新教授と話したくって、行列です。

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一人ひとりに丁寧に対応されるので、先生が食事をなさる暇がありません。時間が空くと、「先生、急いで召し上がってください」というと、「ハイ、でも、食べるより、お話するほうが大切です。」ですって。それに、「うれしいです」って。同門会がこんなに盛り上がるのは、これまでなかったと、若いドクターが言います。ほんとうに私はうれしかったです。若い人たちが希望をもって、大学での生活を送ってほしいとつくづく思います。そのリーダーとして、十分に立派なお方と思いました。

各テーブルごとに記念撮影。教授を立たせての撮影ですみません。でも、この中では教授が一番お若いです。

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今、ご家族を京都に残しての一人暮らしで、毎日曜日に料理の作り置きをされているのだそうです。料理をする時にはなにも考えなくっていいので、と。きっといろいろと大変で頭を抱えられることがおありでしょう。どうぞご自愛くださって、若い人たちのリーダーとしてのご活躍をお祈りします。


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医師会ブロック会、楽しい会でした。

今日の出勤途中の平和公園。桜は満開。夜は雷と共に雨が降ったので、これで桜も終わりでしょう。

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夜は、広島市医師会のブロック会でした。なんと、コロナで会は開かれず、5年ぶりの会でした。だから、たくさんの人が集まるかと思ったのに、とても少なくて、残念。それから、多くのクリニックが、代替わりをしていて、新しく開業された方も含めて、わからない方が何人も。

会場は、リーガの32階。本当に久しぶりの景色。真っ暗なのだけれど、スマホでも結構明るく写ります。

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トリミングして真ん中にお城。ここも桜がきれいでライティングしているそうなのだけれど、上からではわかりませんね。お城も、後ろの基町高校と重なってちょっと見栄えが残念。

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皆さんのスピーチは、それぞれ面白い。勉強にもなります。

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ある内科の先生。みんなそうなのだけれど、コロナが本当に怖いし、しんどかったと。患者さんも来なかったし。そのドクターの患者さんは、コロナで入院したのが4人、ICUに入ったのが1人。でも、死亡が出なかったのが、本当に良かったと。自分もかかるのではないかと、こわかったけれど、これまでかからなくってすんでいると。ワクチンは8回打ったと。(わたしも8回打っています。)これから毎年秋にうつようになるだろうと。まだまだコロナはあなどってはいけない。昨年は全国で1万5千人がコロナで亡くなっていると。ある先生は、二回コロナにかかって、本当に大変だったと。

 それから、今の話題、中居君の話も出ました。そんなこともあるだろうよ、あそこまでやらんといかんのか、という話には、「レイプはだめです。」と強く言っておきました。

お料理は、うーん、リーガってこうだったっけ?というような、でも、あとで考えれば、きっと安い値段でお願いしたのかもと思いました。。今は物価高騰だから、それなりのお値段でないとですものね。最後の二つだけお料理をアップしておきますね。

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 五年ぶりに皆さんにお会いできて、ほんとうにうれしかったし楽しかったです。この回は、伝統的にやさしい人ばかりの楽しい会ですので余計に。他科のドクターたちと親しくお話できる時って、そんなにありませんものね。幹事の先生、ありがとうございました。これからも、大過なく続けられますように。

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AIDS文化フォーラムin京都②

すみません。AIDS文化フォーラムin京都での「薬害エイズの和解から学ぶ感染症との向き合い方」を聴いていて、いろいろと思い出してしまって、それはきちんと書いておかなければならないことなのですが、すみません。お話しの中に、沢山の亡くなった方たちの事が出てきて。まとまりがつかなくなってしまっています。

 ごめんなさい。メモリアルキルト・ジャパンのキルトの会場では、何人もの方たちがテディベアを作っていらっしゃいました。その中の最新作をプレゼントして下さいました。ありがとうございます。クリニックに斎藤さんのお母様の絵と共に飾らせていただきます。


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会では、根岸先生の資料が配られました。

「病気を誤解しないための要点」
HIV感染症などの性感染症は誤解を生みやすい病気です。誤解しないようにするには、病気の三つの側面についてのご自分の知識を整理しておくことが大切です。
1.医学的・科学的知識を整理する。
2.医療でできることを整理する
3.社会的イメージ・受け止め方を整理する。

この整理をするための資料として、HIV感染症をめぐるさまざまな出来事を整理した年表を作りました。参考にしてください。と。

ものすごい年表です。ありがとうございます。

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HIV人権情報センターだとか、ライアンホワイト君をめぐる差別、そして、死なども含めての暖かい講演でしたが、何分にも時間がなくって、残念でした。三人で一時間という時間設定がそもそも無理な事だったと思います。

斎藤洋さんのお話しも。今まで、私は斎藤さんがアメリカに行った時に、膨大なキルトを人々が囲んで泣いたり話をしたりしているのを見て・・。そして日本に帰って、メモリアルキルトジャパンを作ったと。乱暴に言えば、その様な私の認識でしたが、それを詳しく話をされて、改めて、これは斎藤さん自身が持っている感性と暖かさがあって、こうなるのは必然であったと思いました。根岸先生がお勤めなさっていた都立駒込病院で初めて亡くなった薬害エイズの患者さんとその妻の方、そのお二人を偲んで、でも、名前は出せないので、イニシャルだけのホワイトキルト。これは駒込病院の看護師の方たちが作られたものです。石田吉明さん、赤瀬範保さん、屋敷恭一さん、後で平田豊さんなどなどのお名前も話の中に出てきました。


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 これらの方たちとの私の思い出にも胸がふさがりそうになりました。広島でのキルト展の後、キルトをもって平和公園を歩いて、その後で資料館の下でキルトを囲んでみんなで話した時。「なんか、人を信じられそうな気がする」との言葉を聞いて、高田先生が涙ぐんだりしたこと。

 広島エイズダイアルでやった様々な研修、全国一斉の電話相談、そして、独自で保健所の匿名検査の調査をしたこと、その発表会が爆笑の数々で、県の役人の方が「大恥をかいた」と汗びっしょりになっていたこと。広島のソープランドで一斉にコンドームを使うように働きかけたこと。ソープランド組合の組合長に会いに行ったこと。市が講演会を開いてくれたこと。講師に私が行ったら、広島市の職員の方が私にこちらに座って下さいと、ソープの人たちの席に案内されたので始まるまでその席に座っていたことまで思い出しました。

会が終わっての閉会式です。ピンクのコンドーム君は、名古屋から来られたそうです。

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開場では、金沢の今井さんにもお会いして、統一教会の話で盛り上がりました。

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会の後で、根岸先生のお泊りのホテルの一階の居酒屋で、食事をしてさらに話が弾みました。


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京都の皆様、大変お世話になりました。ありがとうございました。また、どこでお会いできれば、うれしいです・・。

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三浦寿秀画展

ここの所なんか個展・作品展のオンパレードで、心の癒しというか、充実した日々です。

まず、三浦寿秀画展について。昨日、木曜日の午後横川の「かもめのばあばあ」に。三浦氏は在室で。お客さんと船本さんとお話ししている、そのお客さんを見て、あれっ?ガタロさん!!まさか、ここで出会えるとは。以前、四国五郎さんとガタロさんの個展の時に牡蠣の燻製をもって行きましたと自己紹介をしたのですが、私をご存じの様で。その後もガタロさんの作品と語りの袋町人街プラザにお伺いしたりしたのですが、個人的にお話しできるのは初めてで。なんか緊張したら、三浦氏も緊張したのですって。怒られるかも、で、逃げようかと思ったって。そんな、怒るように方ではありません。三浦さんとガタロさんの話しているのを聞いていたら、やっぱり絵描きさん同士。いろいろと描くことについて話が弾んでいました。「この紙はどうした紙?」とか、和紙一つ調達するのも大変なことなのだとわかります。三人並んで船本さんが撮って下さいました。

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三浦さんの前に並んでいるのは、三浦氏が描いた「手ぬぐい」でした。布は、このように使うということを説明した上で、確か静岡(愛知・三河だったらごめんなさい)から送ってもらったそうで、やはり三浦さんらしいこだわりです。広げてみました。このぐるぐる、よく書いたねえ。

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これは、私のお買い上げ。

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肝心の三浦さんの絵。しっかり撮り忘れて。でも、今回の作品展の圧巻は。竹内浩三の日記を丁寧に書き写して、そこにお坊様が。

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夢中で日記を読みました。こうして本当に才能もあり、夢もあった若い青年たちが、兵隊に連れていかれ命を落とす、それでも、軍隊の中で日常生活を制限されながらも生き生きと生きている様子に胸がふさがれるようでした。

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私は実は、この後、四国五郎さんの作品展をしているカフェに行くのだと、個展のはしごをするんよ、と言っていたら、びっくり。そのカフェのご夫妻が現れたのです。佐々木さんご夫妻。こんな偶然ってある?それも、私、今から行きますと言ったら、「今日は休みです」ですって。それも、以前うんと昔、ご縁があった方でした。それもびっくりでした。しかも、その個展は明日までと。わあ、困ったなあ。明日は仕事だし。

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で、では明日のお昼に行って、そのカフェでランチをしようと決心しました。絶対、四国さんの作品を観たいし。

その「明日」は今日でした。今日のお昼に行きました。そして、夜は三浦さんと、京都から斎藤道子さんの絵を持って来て下さったポコさん、もちろん最大の目的は三浦さんの画展にいくことだったのですが、三人で食事をしました。ものすごくいろいろな話がはずんで。そんな話をまたします。

あすと明後日は、性暴力救援センター全国連絡会全国研修会です。明日は、午後はそちらに参加しますので、午後は四方先生に診療をお願いしました。よろしくお願いします。夜は懇親会、私はその後で二次会のセットをしました。

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斎藤道子さん水彩画遺作展in風工房

HIVメモリアルキルトの1990年からの仲間である斎藤洋さん。つかず、離れず、何年かに一回お会いするか否かの中で、いつの間にか何回かお母さまの絵も拝見しておりました。妹さんのヴァイオリン演奏、いつかコンサートに行きたいと思いながら・・。何年か前、京都の北の方の古民家風の美山古民家美術館で行われた、斎藤さんとお友だちのバスケタリー作家の作品展と妹さんのヴァイオリン演奏の会、その日、私は福井の中学校での講演があって、帰りに何とか行けるのではないかと、必死でJRだのバスだのあれこれ試みても、どうしても間に合わなくって、行けなくて、どれだけ残念だったことか。でも、いつかきっとと思っているうちに、亡くなったお母さまの絵をお家に置いて、季節ごとに入れ替えて多くの方に観てもらっていたという、その妹さんまでお具合が悪くなって、そして、お亡くなりになるとは、愕然としました。もう二度と牧子さんの演奏を生で聴くことはできないと。あの時になんとしてでも行けなかったのだろうかと、激しく後悔しました。

その妹さん、牧子さんの教会での演奏をお母さまの絵と共に洋さんがYouTubeに上げて下さっています。

https://www.youtube.com/watch?v=hZg4gO_ET8Y

お母さま、斎藤道子さんの水彩画の遺作展に、何としても一番に行こうと、前夜から京都に泊まって、思いを果たすことができました。昨年亡くなった陶芸をしていた私の兄の遺児、兄が亡くなった後に何十年ぶりかに会い、以来4回目に会う姪っ子と一緒です。彼女が小さいうちに兄が離婚したためになかなか会えなくなっていましたが、今になって、その隙間を埋めるようにいろいろとお話をしています。彼女も今回の遺作展に一緒に行ってくれてどれだけうれしかったか。

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妹さんのヴァイオリンが流れる中、お母さまの沢山の絵に埋もれるようにして、鑑賞させていただきました。

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斎藤さんが姪になんか説明して下さっています。

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お母さまが愛でられていたのでしょう、小さな人形たち。

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フェイスブック仲間のNaoko Makitaさんとご一緒できて感激。

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多くの方が素敵だと思われたでしょう作品を、皆さんに申し訳ないことなのですが、二つも買わせていただきました。クリニックに飾ります。すれ違いでお会いできなかったポコさんが、広島に持って来て下さると。それまでに飾る場を作っておきます。ありがとうございます。作品が届いたら、ここにアップさせていただきますね。

斎藤洋さん、ここまでのご準備、大変な事でしたでしょう。私も兄の遺作展をしたので、ちょっとはわかります。まだまだ続きますね。どうぞお疲れになりませんように。本当に素敵な時と作品をありがとうございました。作品をクリニックに飾ったら、写真をアップしますね。

 

 

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