二日間の研修を終えて、北京ダック。

昨日は、無事二日間の研修を終えて広島に帰りました。

二日目は演習。様々な養子縁組の事例について、グループで話し合いそれぞれのグループごとに発表するというもの。こんなご夫婦の場合、どう対応しますか?とか、養子縁組で育てている子が引きこもりになってしまったとか、大きくなった子が自分の出自を知りたいといった時には、どうするかとか。もっとシビアに、養子を決めていた子に障がいがあるとわかった時には?とか。

 それらは、養子縁組だけでなく、自分の子を産み育てる人にも、子育ての中で常に問われる問題でもあります。障がいとは何か、という問いでもありますし、生まれて間もない子が、まさか将来引きこもりになるだろうなんて、誰も考えないでしょう。

 他の民間の特別養子縁組あっせん機関の方たちともいろいろと話をしました。とてもよく頑張っていらっしゃることも分かりました。私自身の課題についても。私は、変わらずコツコツとするだけですが、いつまでそれを続けるかという問題でもあります。少なくとも、一人で続けるのには限界がありますので・・。

 すべて終了した後、娘と合流して食事をして帰りました。昨夜は、赤坂の24時間営業の中華料理「エイト」で。この北京ダックが食べたくて、私のリクエストです。

 北京ダック丸ごと一羽。こんがりと焼けたのを客席で料理してくれます。

1_20200208082401

こんなにきれいになって。

2_20200208082401

皮をはいだダックの肉は、野菜と共に炒め料理で。でも、これは娘のテイクアウトにしてもらいました。そして、スープも。白菜やしらたきと共に、少し皮のついた肉が煮込まれています。はんなりとした、とても上品なお味です。が、何しろ二人では多すぎて。もったいないことでした。

3_20200208082501

北京ダック丸ごと一羽、いやというほど食べて、肉と野菜炒め、スープ全部の料理で2880円という値段。本当にびっくりです。私が東京に住んでいたら、毎週でもたべに行きたいです。5人くらい一緒がいいですね。

最終の一つ前の新幹線は、自由席超満員。で、一つ遅らせて並んで最終にしましたので私は座ることができましたが、やっぱり自由席はずっと通路まで人がぎっしり。何があったのでしょう。それとも、いつもこうなのかしら。

今日は診療。夜は市民劇場のお芝居を観に行きます。

 

 

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。

 

 

 

広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。
広島ブログ

 

 

| | コメント (0)

研修一日目終了。夜は子どもたちと焼き肉。

品川のホテルに続いています。昨日は、朝から夕方まで研修を受けました。会場の写真禁止、資料の公開も禁止だそうですので、内容を詳しくお話することはできません。

2_20200207075101

広い会場。たくさんの参加者。今回は、全国の児童相談所の方にも参加を呼び掛けていらっしゃるようですので、200人を超えた人でしょうか。

こんな内容です。プログラムから。

3_20200207075101

ひたすら話を聞くだけ。受講者からの発言や質問の時間もなく。久しぶりに大学の学生時代を思い出しました。あのしんどい勉強を、よく6年間もしたなあと。いえいえ、小学校、中学校、高校時代も含めて延々と。でもこの年になってもまだこんな集中講義を二日間も受けなければならないなんて・・。と、愚痴の一つも言いたくなりますが。義務ですので。

実は、受講中、片頭痛の発作が起きて。目がジラジラして見えなくなり初めました。急ぎ手持ちの鎮痛剤を飲んで押さえました。ニトロと一緒に鎮痛剤をいつもバッグに入れておきます。持っててよかったです。この発作は、やはり寝不足をした時に起こります。無理するなというバロメーターなのでしょう。

今日は、二時間の講義というか、演習を二コマだそうです。

その後、子どもたちと赤坂で会いました。偶然ですが、二人とも、昨日は仕事がお休みでした。ママは少し遅れて参加。娘のリクエストで焼き肉を。カンジャンケジャンも。

1_20200207075102

食べながら、たくさんのお話も。ホッとするひと時でした。孫は、本が好きで漢字もどんどん覚えます。英語の単語も。頭が柔らかいというのはいいですねえ。ほんとうに少し分けてほしいくらい。

今日はみんな仕事もあるし、孫は学校なので早めにサヨナラしてホテルに戻りました。昨日は、ホテルの朝ごはん。こんないい景色を観ながら。でも、今日はお部屋で昨夜のうちにコンビニで買って帰った果物やヨーグルト。コーヒーやお茶は自分で入れて。お昼ご飯のパンも買っておきました。

1_20200207075103

 クリニックは代診の先生にお世話になって・・。頑張ります。今日のうちに広島に帰って、明日は診療です。

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。



広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。

広島ブログ

| | コメント (0)

赤ちゃんの写真の年賀状

今年もたくさんの年賀状が来ました。仕事柄、赤ちゃんの写真の賀状が多いのですが。中でも、特別養子縁組で新たな家族になった方たちの賀状はうれしいですね。

 それと、高校生というとても困難な状況での妊娠、回りの説得にもがんとして抵抗し、学校にも排除される中で産み、育てている人からの年賀状はうれしいですね。今年は第二子にも恵まれるのですって!!

Photo_20200115083401


その陰に、きっと、年賀状を買うこともできなかったはずの、極貧の中で生活している若いシングルマザー、DVで姿を隠さなければならない状況にある人たちにも、思いを馳せます。

そして、何よりもうれしいのは、実母で、赤ちゃんを手放した後、しっかり立ち直ってその後の人生を歩んでいる人からの年賀状です。

みんなみんな、どうぞ、お幸せに!!

特別養子縁組は、その法律がかわったことにより、ますます私のような立場の者は、ともすれば排除されそうで。でも、だからこそ、しっかり踏ん張ってギリギリまで辞めない、限界まで頑張って続けようと思います。特別養子縁組が成立した後も、いつまでも赤ちゃんと実母、養親さん両方にしっかりコンタクトを取りながら、きめ細かいケアをしていきたいと思っています。

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。



広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。

広島ブログ

| | コメント (0)

特別養子縁組・家庭裁判所への上申書③

二日間特別養子縁組についてのお話が中断しています。今日は、その続き、家庭裁判所への特別養子縁組の申し立てをするときに共に提出した私の上申書の続きです。が、ここからは、養親、実母共に個人的なことを書いていますので、とぎれとぎれになります。

前回の続きからは、順番が次になったので、家庭訪問に行ったこと、そこでの家庭環境は問題なかったこと。むしろ、とてもいい環境の中で、赤ちゃんを育てたいとの熱意を十分に感じ取れたことなどを書いています。その時には、私はパソコンをもって行って、特別養子縁組をすることについての、心構えや、今後の流れなどのお話もしています。その後です。

「〇〇ちゃんの実母、〇〇さんが母親と共に初めて私のクリニックに来られたのは、2018年〇月〇日のことです。その前に、〇〇さんの親権者である母親の〇〇さんが職場の上司に相談をし、その上司が以前の私の患者さんであることから、私に電話で相談があって、当院に来られることになったものです。

 〇〇さんは、15歳の高校一年生。その前日に他の産婦人科で妊娠8か月、中絶は不可能であるとの診断を受けていました。私の診断でも、確かにその通りで、推定妊娠28週、分娩予定日は2018年〇〇月〇日としました。もう中絶は不可能で、産むしかないこと。生んだ後、子どもはどうするか、ゆっくり時間をかけて考えましょうとお話しました。これまで産婦人科での診察を受けていないので、いろいろとしておかなければならない検査もあります。早く母子手帳をもらってくるように、母子手帳についている補助を使って検査をしましょうなどとお話しました。

 相手の男性とは、付き合っていたわけではなく、半ば強引な性であったと。〇〇からはは会ってもいないし、会いたくないし、まして一緒に子育てなど絶対にできないという事でした。その人との間の妊娠に間違いないのだけれど、そのことを母親が告げに行った所、けんもほろろであったと。一度、私に男性の母親から電話がかかったことがあります。息子の子であることは認めない、もし必要なのなら、DNA鑑定で親子であることの証明をするようにと言われました。

何度かの話し合いで、〇〇さん親子はすっかり傷ついており、もう生まれたことも、養子縁組をすることも、一切告げたくないという事でした。それは、男性の側が自分の子であることを認めないのだから、それでいいのではと思います。

 〇〇さんは、母子手帳をもってきた後から、妊婦健診にきちんと通ってきましたし、学校にも続けて通いました。問題は、学校です。〇〇さんは、とても学校が好きで、それまで休んだこともなく通学していて、そのあともずっと学校に行きたい、そこを卒業したいという希望をもっていました。今、日本では、高校生で出産をして、その学校に続けて行けるのは、とても難しい状況です。

さらに、子育ても自分でしたいとの想いも持っていました。どうやって学校に行きながら、子育てをするか、それはなかなか困難なことでもありました。健診の時だけでなく、計6回ほど、赤ちゃんをどうするか話しあい、結局泣く泣くですが、赤ちゃんは自分が育てるよりも幸せにしてくれる方に養子として育ててもらいたいとの結論を自ら出しました。

 学校には、お母さんが担任に会いに行き、事情の説明をされました。望んでの妊娠ではなかったこと、出産をするけれど、その子は養子縁組で手離すこと、本人は、学校が好きで、このままここで学びたいと強く希望していることなどを話されました。そして、学校で検討した結果、学校としても、彼女を支えましょうという事になるでしょう、それまでまじめに通っていたので、出席日数も十分だし、試験については、レポートを出すことで変えられるでしょうとのことでした。それらの方針が一応出たのは、すでに妊娠30週になっていました。学校は、そこからお休みしています。正式に二年生として学校に行けるとの決定が出たのは、〇月になってからです。

 私は、広島市の児童相談所の地域のかかりの方にその旨を連絡しました。

そして、〇月〇日に順番が来ている〇〇さんに連絡を取りました。それまでにも、何度か電話でお話していたのですが、連絡をしたとき、〇〇さんご夫妻は、昨年10月に児童相談所での里親研修も受け、実習もしたとのことでした。ご夫妻とも、フルタイムで仕事をしているけれど、赤ちゃんが来た時点で〇〇さんは仕事をやめることになっているとのことでした。おそらく、〇月には赤ちゃんが生まれるでしょう、その準備、心構えをして下さいとお話しました。その後、何度も連絡を取り合いました。実母さんの状況についてもお話しています。

〇〇さんは、産んだ後の方針がしっかりし、それが揺るぎないことを確認して、〇月〇日に〇〇病院に紹介しました。〇〇病院では、これまでも養子縁組となることを理解しての出産の対応して下さっています。〇月〇日から、〇〇病院で健診を受け、〇月〇日に無事出産しました。

 お母さんから連絡を受け、その日に〇〇さんと赤ちゃんに会いに行きました。〇〇さんは、苦しい思いをして出産した後も、養子縁組で赤ちゃんを手離す気持ちは変わらないという事でした。お母さんとはすれ違いでしたが、〇〇さんのそばから電話でお話しをし、お母さんも養子縁組の気持ちは変わらないという事でした。そして、出生届を出しに行くこと、養子縁組の書類に記入してもらうことなどの打ち合わせもしました。

 〇〇さんにもその日に連絡をし、名前を付けて頂きました。ですので、赤ちゃんの名前〇〇ちゃんは(養親さん)ご夫妻がつけられました。赤ちゃんの写真を撮って、すぐに〇〇さんにもラインで送りました。



翌日、〇〇さん夫妻が赤ちゃんに会いに来られました。私と待ち合わせをして一緒に病棟に行き、助産師さんから色々とお話を伺いました。赤ちゃんを抱いたご夫妻は、とてもかわいいと、大喜びでした。〇〇さんは、いったん帰り、用意をして〇日に〇〇病院に教育入院をし、子育ての練習をして、〇日に連れて帰ることになりました。

 入院してからも、私は〇〇さん会いに行きましたし、一度だけ、(実母さん)母子に会ってもらいました。というのも、〇〇さんが退院してからも、ずっと泣き続けているとお母様から連絡をいただいたからです。養親に会いますか?と尋ねました。会ってよろしくお願いしますと言ったら、気もすむかもと思ったからです。〇〇ご夫妻の優しい姿を見たら、安心するだろうと。そして、短い間ですが、ご夫妻と会って頂きました。〇〇さんは泣きましたが、「優しそう」とつぶやき、「よろしくお願いします」とご夫妻に握手をしてもらいました。そして、もう泣かないとも健気に言いました。それはかわいそうでしたが、それがこの子が幸せになる一番いいことだからと自分に言い聞かせていました。



ちなみに、〇〇さんは、〇月から高校の二年生として元気に通学しています。私も、退学を迫ることなく、今の状況を受け入れて下さった学校にはとても感謝しています。

なお、〇〇ちゃんの出生届は、私と〇〇さんの母親〇〇さんとで広島市〇区役所に提出に行きました。そして、その場で〇〇ちゃんの住民票は、〇〇の〇〇さんの住所に同居人として入れて頂くように手続きしました。

その後、〇〇さんとは主にラインで連絡をとりあっています。写真もたくさん送っていただいています。新生児の子育てはとても大変ではありますが、ご夫妻ともとても喜んで一生懸命に子育てをしていらっしゃいます。また、ご夫妻双方の親戚関係も赤ちゃんが来たことを皆さん祝福していらっしゃいます。

以下は、こちらからの問い合わせに〇月〇日に〇〇さんから頂いたメールの転載です。

「おはようございます。
子育ては順調です。今、ミルクを飲んだ所です。
今回、びっくりしたことがありました。それは、私が思った以上に主人が子どもが好きだったことに気付かされたことです。
仕事から帰って来たら、直ぐに〇〇の所へ、べったり離れず、寝ている〇〇にもやさしく話しかけています。とても微笑ましく、私は感謝と幸せを感じています。お世話も、家にいる時は全部自分がする勢いで、お風呂、ミルク、おむつ替えも積極的に手伝ってくれて助かっています。
親戚の方にも、お披露目して皆さんからも祝福され、3人で幸せいっぱいです。これから、産んで戴いたお母さんの思いも一緒に、〇〇をたくさん愛していきます。」

〇〇ちゃんは、きっと幸せにそだてて頂くことを確信しています。かくなる上は、一刻も早く、〇〇ちゃんが〇〇さんご夫妻の正式な子なりますように、審査、決定をよろしくお願いいたします。

なお、この特別養子縁組のお世話をすることに、私と〇〇さん、〇〇さん双方からの金銭の授受は全くありません。出産の費用は〇〇さんの扶養者であるお父さんの健康保険から直接病院に支払われました。赤ちゃんの入院の費用等は、国民健康保険の自費負担分について〇〇さんに直接病院に支払っていただきました。〇〇さんの教育入院、子育ての練習も、個室に入院の形でおこなわれましたので、その費用等、全て病院に直接払っていただきました。


 なお、(実母さん)とお母さんには、赤ちゃんを養子縁組にすることに異存はないかなどの調査があることは伝えています。

連絡先は以下のごとくです。


以下略します。」

記事の内容とは、まったく無関係です。名古屋で買った、東方神起のグッズです。手帳のように見えるのは、パスポート入れです。キーホルダーは、韓国語の教室の友人たちへのお土産です。ペンライトは、二本必要です。ホルターで東方神起のイニシャル「T」の字にします。真っ暗の中で、私も一つの赤い点になりました。

6-2










『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。



広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。

広島ブログ

| | コメント (1)

特別養子縁組・家庭裁判所の上申書②

一昨日の、家庭裁判所に提出した特別養子縁組の上申書の続きです。

「 〇〇さんから電話で特別養子縁組の養親の希望のご連絡があった時、一度、当方に患者さんとして受診して頂きたい旨お話しました。私は、特別養子縁組のあっせん事業者ではありますが、本業は医師であり日々の診療があります。自分の患者さんのうちで、困った状況にある人の赤ちゃんと実母のためにのみ斡旋をしていますので、全く宣伝もしていませんので、あまり知られてはいません。〇〇さんは、厚生労働省のサイトで当方のことを知られたそうです。
(個人のことが含まれますので、略します。以下、ところどころ省きます。)

(いろいろとご事情をお聞きした後)とにかく、一度、いらっしていただきたいとお話ししました。原則、養親希望の方には、患者さんとして来院していただいて、お話することにしていますので。



ご夫妻とがクリニックに来られ、受診されたのは、2018年〇月〇日でした。お二人には診察室でご事情を伺いました。

 ご夫妻は〇〇年に結婚され、子供がたくさんいる家庭を築きたいとの希望があったそうです。が、不妊治療を受けるも挙児に恵まれず、今後も妊娠は不可能との診断をされたそうです。そして、〇〇県の里親研修を受け、〇月に里親登録をしたそうです。


ご夫妻は、お二人ともやさしそうで穏やかで、また子ども好きであり、子どもの多い家庭を望んでいるので養子縁組を希望しているという事がよくわかりました。

 私は、順番を持って頂きたいこと、でも、その順番はいつ来るか全く分からない事。当クリニックでは、時々育てられない出産があるけれど、それはいつも突然のことで、予測はできない事をお話し、待って戴くことにしました。

まだ順番を待っている人もあるので、どこか他のあっせん事業者にも登録して、早い方にされたらとお勧めしました。(事業所によっては、同時のほかの事業所に登録するのを嫌がられるところもある様ですが、当方は、まったく困りません。早い方にお世話になったらいいと思っています。)

 私は、前述したようにあっせん事業をしていますが、本業の診療がありますし、宣伝はしていません。診療の中で出会った人だけにやむを得ずあっせんしていますし、経費は一切頂いていません。ですから、あまり知られることもなく、他の事業者よりは特別養子縁組の成立は少数と思います。

私としては養子縁組をするのにはこだわりがあります。

 やむを得ず育てられない出産をする人たちは、とても苦しみます。ほぼ100%の人が、何とか自分で育てたいと言います。では、何とか育てられる方法を一緒に考えましょうと。例えば、学生さんであれば、児相に相談して、学校に行っている間は施設にあずかって頂いて、時々会いに行って、そうして自活できるようになったら子どもを引き取るかとか。何とか、実母の両親と一緒に育ててもらえないかとか。それがどうしてもかなわない時に初めて、養子縁組についてお話します。

 それから、妊娠の相手の男性とはどうなのか、破綻しているのか否かも大切なことです。まだ付き合いが続いている間は、決して養子縁組をしてはなりません。もうずっと以前、もちろん私があっせんしたのではありませんが、養子縁組で子どもを手離した後、その二人が結婚して、子どもを返してと訴えたというニュースに接したことがあります。二人が続いている場合には、そのようなことも考えられますのでしてはなりません。

 それから、特に女性が若い場合、本人が自分で育てたいとの気持ちをもっていても、周りが強引に手放すことを勧める場合があります。これも、絶対にしてはいけません。生んだ本人の将来の立ち直りを考える時、本人が十分に時間をかけて冷静に考え、自ら結論を出すこと、それが何より重要と思っています。

そのような姿勢であっせんをしていますので、そう数もあるわけではありませんので、いつまで待って頂くかは、全く分からないと、その旨をお話しました。


この項、まだ続きます。

バンコクのジム・トンプソンの家に行ったとき、黄色の繭を煮て糸を取っていらっしゃいました。私は、繭というと白と思っていたので、びっくりしました。あとで調べると、食べる桑の葉によって、色のついた繭ができるという説と、遺伝子によるという説もあるのですね。ぴかぴかして、美しいです。

Photo_20200111083301



 

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。



広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。

広島ブログ

| | コメント (0)

東京です。今日からしばらく「特別養子縁組」についてです。

おはようございます。東京です。

Photo_20200109091701

昨夜、遅くに品川着。娘とホテルで会いました。インフルエンザでタイに一緒に行けなくって、残念。お土産を渡しました。中学の修学旅行でスキーに行き、帰りに高熱を出して以来の発熱でした。一人で年越しをしてかわいそうなことでした。でも、ちゃんと黒豆やカズノコを買ってきて食べたと。高熱でカロリーをどんどん消化するので、おなかがすいてよく食べて、インフル太りしたというので、笑いました。

ホテルのファミレスでは、ステーキを食べたいと言い、オーダーしましたが、それが固くてぱさぱさのお肉で、ほんとうにがっかりしていました。私は、タイで少しだけ太ったので、サラダとオニオングラタンスープ。

 今朝、お風呂で体重を図ると、久々に何か月ぶりかの数字に戻っていて、やったね、と一人ガッツです。このホテルには、4階にスーパー銭湯があり、500円で入れます。(以前は400円でしたが)ゆっくりと露天にも入って一息ついています。

今日は、ここをチェックアウトした後、ブランチを食べて千葉に向かいます。市川市の中学校で1.2年生にお話しをします。そして今日中に新幹線で広島に帰ります。

今月は広島市内だけでなく、まだ堺や甲府などでの講演がぎちぎち入っていて、その準備にも取り組まなければなりません。テーマもそれぞれ違うので、気合を入れて準備します。

実は、年末に、ある家庭裁判所に特別養子縁組の申立書を提出するための上申書を書きました。その一部、特別養子縁組について私の立場を書いていますので、ここに一部、転載しますね。このようなことが、この日本の中であるのだということを知っていただきたい、そして、性教育の必要性もわかっていただければと思います。特別養子縁組のお世話をするときには、私はいつもこのような上申書を提出いたします。以下、私の書いたものの転載です。もちろん、個人情報は省いたり、伏せたりいたします。

私は、広島市中区紙屋町にて医療法人河野産婦人科クリニックを開業しています。

1972年に広島大学医学部医学科を卒業し、同年医師免許取得、広島大学医学部産科婦人科学教室・土谷総合病院などの勤務医を経て、1990年に当地に開業しています。開業以前の勤務医の頃から、まだ女性の産婦人科医が少なく、女医を求めてか若い人の受診が多く対応に苦慮することもしばしばでした。そのような中で、性教育の必要性を痛感し、診療と並行して、講演や本の出版もしてまいりました。

 それらにより、さらに若い人の受診が増えました。受診する若い人の中には、望まない妊娠をし、だれにも相談できず一人悩んでいる内に、中絶の時期を失するという人もあります。中には、出産しなければならない、でも育てることも不可能という事もあります。

 一方で、不妊で挙児を望み、いろいろと治療をしても、どうしても妊娠がかなわなかった、でも、子育てをしたいという方も患者さんとしていらっしゃいます。

 その間を取り持って、特別養子縁組のお世話をすることもしてまいりました。私は、以前から厚生労働省への届け出をしている特別養子縁組あっせん事業者であり、制度が変わって許可制となっても、2018年12月4日付で広島市から特別養子縁組あっせん事業者の許可が出ています。

この度の、〇〇さんご夫妻と〇〇ちゃんの特別養子縁組の申請につき、あっせんをした者として、その経緯のお話をします。」


以下、続きます。


 

 

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。

 

 

 

広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。
広島ブログ

 

 

| | コメント (1)

赤ちゃん、またね。

昨日は、お昼時間は養親予定のお母さんが赤ちゃんの養育の練習、教育入院をされている病院へ。それから市役所に手続きの報告へ。診療が終わってからは、某警察署で刑事さんと検察官にお会いし、性犯罪の診療したことの調書づくり。ここの所、診療以外のことで手一杯です。

 今朝は、病院に行き、養親と赤ちゃんに会って来ました。今日、赤ちゃんを連れて帰られるので、色々と今後のことをお話しました。かわいいかわいい子。

1_20191026124801

元気で大きくなってね。またお会いしましょうね。

病院のスタッフの皆様には本当にお世話になりました。感謝申し上げます。

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。



広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。

広島ブログ

| | コメント (0)

障害のある赤ちゃんの養子縁組

昨日は、「全国養子縁組団体協議会」主催の「障がいのある赤ちゃんの養子縁組相談」妊娠葛藤相談・養育困難相談に関する勉強会に参加しました。

 妊娠中や出産後にお子さんの障がいが分かった場合、養子縁組の希望を相談されるケースがあります。養育困難な事情があって養子縁組相談をしていて、生まれた赤ちゃんに障がいがあることがわかるケースもあります。

 そのような時にあっせん団体としてどのような対応ができ、伴走できるかという事の研修でした。

 様々な団体の方たちから、事例の報告がありました。

 アメリカでは、障害のあるお子さんを養子縁組をして育てて下さる方たちにこれまでも出会ってきました。「障がいの有る子ほど家庭が必要だから」「子どもは社会の子」として、積極的に引き受けて頂いたこともあります。

 でも、日本で、これほどまでに障がいがあることを承知で養子として迎え、かわいがって育てて下さる方たちがあることを初めて知りました。そして、あっせん団体の方たちがとてもとても尽力なさっていることも。

すっごく勉強になりました。官製の研修よりも、こうして実践なさっている方たちのお話をうかがうことが、どれだけエンパワメントになるかという事もよく分かりました。

 新幹線往復で疲れましたが、雨で広島便欠航になっていて、飛行機でなくって良かったと思いましたよ。

一昨日から、ちょっした出来事があって、いえ、大きな出来事があって。ずっとそのケアが必要で、電話やメールで対応していました。研修を受けながらの対応で、話している方に申し訳ないこともありましたが・・。ま、あることです。気を取り直してまた頑張りましょう。

休憩時間に会場から撮った田町の街です。平日のお昼、皆さん忙しそうです。

Photo_20191025075101

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。



広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。

広島ブログ

| | コメント (0)