伊方原発広島高裁決定の意義についての集会です

今日の今日のことですみません。午後、広島弁護士会館にて、伊方原発広島高裁決定の意味するもののシンポジウムが開かれます。

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 高裁の決定により、今伊方原発は稼働できない状態です。決定の理由に「火山の噴火の可能性」が言われました。

そして、それが意味するように、次々と九州などで噴火が起こっています。火山の噴火と地震。改めて、この日本は火山帯の上にできているのだと思わざるを得ません。

海渡弁護士ですね。お昼時間、自転車で駆け付けるつもりです。少しでも聞けたらと思います。

海渡弁護士のパートナーの福島みずほさんとは、6月に女性と政治について、それぞれの講演と対談をする予定でいます。また改めてご案内しますね。

さて、一昨日のことです。養父と一緒に家庭裁判所に特別養子縁組の申し立て書を提出しました。準備万端、全ての書類は抜かりなく用意しましたので、スイスイと終わりました。あんまり早くに終わったので、養父の案内で赤ちゃんと養母のいるお家に行って、皆さんに会ってきました。頬がふっくらとして、とても元気に育っていました。


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これで、一応の私のこの件についての仕事は終わりました。後は、実母と養子家族の今後の見守りですね。私が生きている限り、双方の支援をしていきたいと思っています。赤ちゃんは、もう、養親の方たちの人柄も分かっているし、きっと幸せに育てて頂けると確信しています。むしろ、実母のこれからの立ち直りですね。ほんとうに若くして、大変な出来事に直面しました。それを乗り越えて、今後の人生を豊かなものにしてもらうべく、支援したいと思います。

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2018年「8.6ヒロシマ平和の夕べ」について⑨福島から渡部美和さん

今年の8.6ヒロシマ平和の夕べ、福島からは、福島原発ひろしま訴訟の原告団長渡部美和さんに発言して頂きます。

ご案内のチラシから。

「原発事故は継続中、みんなが当事者であることを伝えたい。」広島市段原に生まれ、入市被爆の祖母を持つ三世。31歳の時、福島市に移住。ゆるやかな助け合い、自然農法に出会い、自宅でヨガなどのサロンを開き、障がい者ヘルパーとして働く。福島原発により生後二カ月の息子と広島に母子避難し1年後、夫も広島に避難した。福島原発ひろしま訴訟原告団代表。


福島原発ひろしま訴訟のホームページはここにあります。

https://hiroshimafukushima.jimdo.com/

そのホーム―ページに原告団長の挨拶がありますので、それを転載させて頂きます。

『日頃のご支援ありがとうございます。原告を代表し、お礼申し上げます。

広島で生まれ育った私は、福島の豊かな自然と人間関係に惚れ込み、原発事故の五年前に福島市に移住、2ヶ月前に自宅での出産を終えたところでした。事故後味わった、国と東京電力の、経済優先、命軽視の対応への悔しさと、コミュニティも家族も私自身をも崩壊して行く有り様に、もう二度と同じ原発事故被害者を生んではいけないとの思いを強く持ちました。
現在避難生活6年目に入り、日々の生活で手一杯になっていますが、この裁判に臨むことは私のライフワークになりました。裁判が終わったとしても、この国で被曝と向かい合う日々に終わりはありません。事故により分断されたコミュニティ、家族、私自身の修復と再生の取り組みは、生涯に渡り続いて行きます。
私たち原告が避難先に選んだこの地広島は、一発の原子爆弾で撒き散らかされた放射性物質により、多くの命が言葉に尽くしがたい苦しみを味わい続けて来た土地です。

その広島の地を生き、私たちの裁判に心を寄せて続けて下さっている支援者の方々に強い共感を感じ、励まされています。放射性物質は見えず臭いもせず、しかし生命にとっての長い時間をかけての脅威です。その中を今日まで歩み続けて来られた広島の人々に深い尊敬の念を持っています。
この裁判は、広島の地から発信する、未来への希望です。今は亡き多くの方々の思いと、今を生きる私たちの思いを重ね、形にしていきたいと思います。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
                  渡部美和  』

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福島と広島を重ね合わせてのお話、楽しみにしています。多くの皆様の参加をお待ちしますね。

 




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2018年「8.6ヒロシマ平和の夕べ」について⑧安次富浩さん

 8.6ヒロシマ平和の夕べについて、暫く掲載していませんでした。続きをご報告しますね。準備は着々と進んでいます。先日、私のクリニックにいらっして下さった年配の方があります。今年はどこでするのか、ちゃんと準備はしているのか、と。昨年、いろいろとご心配をおかけして、今年は大丈夫なのかとはらはらしていらっしたようです。

「ありがとうございます。ご心配をおかけしますが、大丈夫です、準備は着々としております。今年もYMCAでしますからね。」

「早くしないと、あちらの方は、もうチラシを送ってきてる」と。チラシを作り、配布されているのでしょう。

私たちは、毎年5月3日の憲法記念日の集会の場てチラシを配り、郵送することでやってきました。それを知っているから、それより早くにチラシを作り、送っているのでしょう。

そのチラシは私も見ましたけれど、なんとひどい。沖縄も福島も原発もありません。私たちは、「ヒロシマ」とともに、「沖縄、福島」は欠かせないと思っています。

その原則を無視しているのでしょうか。それとも、力がないのでしょうか。

 私たちは、私たちで淡々とすべきことをしていきますね。今日は、沖縄から発言して頂く方のご紹介です。

今年の沖縄からは、安次富浩さんに来ていただきます。以下、今年のチラシからです。


「日本政府は広島・長崎の被爆者の願いを無視し、核兵器禁止条約に反対した。沖縄は、核・原発、基地をとめる。東アジアの平和と『誇りある豊かさ』を求め、したたかに抵抗する。」新基地建設に反対し辺野古テントに常駐、オール沖縄、非暴力、直接行動でたたかう。

もう少し詳しく書きますね。ネットから。ここにあります、NETIBNEWS から転載させて頂きますね。2014年と、少し前のインタビューですが、全くぶれないで強い意志を貫かれています。
http://www.data-max.co.jp/2014/01/16/post_16455_ymh_2.html

 安次富 この問題の原点は、翁長雄志那覇市長、那覇市議会決議が示すように、保守対革新ではない。

「沖縄県民の努力によって、基地依存経済からおさらばしよう」、

「基地に頼るよりも観光や東アジアとの交易、自立し持続可能な経済へ転換しよう」、

「辺野古に基地を造れば環境が壊されるし、半永久的に基地は固定化される」、

「普天間を返してほしい、そのために豊かな海を壊す必要はない、豊かな海を活用しよう」、

「基地振興策に頼っていてはいびつな経済になる」。

保革の対立ではなく、沖縄の将来をどうするのか、沖縄のアイデンティティー、沖縄の尊厳をつくりあげていく、自己決定する問題だ。政府をあてにするのではなく、自分たちで未来を築いていくべきだ。名護市長選は、沖縄の将来の岐路になる。

 これまで、政府の国策によって、県民、名護市民、辺野古住民が翻弄されてきた。日本の社会は、1%対99%になっている。政治は、1%のエリート層が99%のことを全く考えていない。

 アジアの平和をつくるのは、武力ではなく、平和外交だ。戦後、戦争のない時代だった。それが、安倍政権になって、きな臭くなっている。

尖閣諸島をめぐって中国への防衛の拠点として沖縄が強化され、日本と中国との間で不測の事態が起きかねない。

安倍首相の靖国参拝には、中国、韓国だけでなく、インド、欧州も反発。国際社会は「アジアへの被害者に反省していない」と受け止めている。加害者は謝罪し、贖罪しなければいけない。



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写真も同じ記事から頂きました。明日は、福島から発言して下さる方のご紹介をしますね。

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2018年「8.6ヒロシマ平和の夕べ」について⑦

今年の8.6ヒロシマ平和の夕べの音楽は「松浦美喜とnancy channel with friends」の皆さんにお願いしました。

松浦美喜さん、そう、広島ブログやフェイスブック、お弁当のインスタなどで人気のnancyさんです。この方の職業は?というと、ちょっと躊躇するのですが、もともとはデザイナー・イラストレーターでもあります。今はフリーでデザイナーの仕事をとても忙しくこなしていらっしゃいます。

一方、20代にジャズに出会い、以後ホテルのラウンジやステージでいろいろなジャンルの歌を歌っています。根強いファンがついていて、彼女の年末のディナーショーは人気で、即売り切れます。


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先日書いた「広島平和カレンダー」、その2001年度と2002年度には太郎君、花子ちゃん人形を作りました。

2017年、500人、500円、ご縁をつなぐ似顔絵バッジプロジェクトを開始。3.11東日本大震災を忘れない追悼の集い広島の黙祷、追悼の呼びかけのチラシの資金にしていらっしゃいます。

彼女が作った3.11追悼の呼びかけです。

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昨年の8.6ヒロシマ平和の夕べの缶バッジを沢山作って下さり私たちの資金にさせて頂きました。

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このような多才な nancyさんは8.6当日、お仲間と一緒に平和や広島の歌を歌って下さいます。ありがたいことです。皆さん、大いに期待して下さいね。


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2018年「8.6ヒロシマ平和の夕べ」について⑥李鐘根さん

今年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の被爆証言は、李鐘根(イジョングン)さんにお願いしました。

年々被爆者の方々の証言を聞くことが難しくなってきました。今のうちに、できるだけ沢山の方々のお話を聞いておきたいと思います。

中でも、今年は在日の方のお話を伺いたいと思いました。

今の政権の中で、北朝鮮を憲法改悪のために利用し、巷ではまさかと思うようなヘイトデモが堂々と行われ、ネトウヨによる聞くに堪えない罵詈雑言がネットにあふれるという状況の中で、これまで生き抜いて来られた在日の被爆者のお話を、今こそお聞きしたいのです。

2014年には朴南珠さんにお話をしていただきました。この度は、男性の被爆者のお話です。

李さんは、毎年8月6日には日本と韓国の学生たちのセッションを受け持っていらっしゃいます。私たちの会と時間が重なるために、ご無理をお願いして調整して頂きました。とてもありがたいことです。

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広島市平和文化センターから李鐘根さんのプロフィールと被爆証言記を送って頂きました。

「1928年生まれ。朝鮮半島から日本に渡った両親のもとに島根県で生まれる。国民学校高等科卒業間近の頃、運輸省広島鉄道局に就職。広島第二区間区所属していた16歳の時、職場に向かう途中、爆心地から2.2kmで被爆した。」

また、中国新聞ヒロシマ平和メディアセンターから。2016年11月7日に紙上に掲載された李さんの証言はここにアップされています。

http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=66155

そこには、李さんが幼いころから受けた様々な差別が記されています。大人の男性から立たされて小便をかけられたり、学校では女の子が泣いていると、彼のせいにされたり。「あきらめて耐えるしかなかった」と言われています。

在日であることも、被爆したことも隠して生きてこられた李さんは、2012年、ピースボートで世界一周する中で、本名を名乗り、被爆体験を話しました。2014年には、チェルノブイリやアウシュビッツなどを訪ねました。

送って頂いた平和文化センターの「在日韓国人二世の被爆証言」の最後には、こう記されています。

「私が証言する上で強調したいのは、被爆したのは日本人だけではなく、外国人の被爆者も大勢いたということです。なぜ、その人たちが日本で被爆して死んでいったのか、こうした事実を伝えるためにも、被爆者の一人として証言し続けていきたいと今は考えています。」

李鐘根さんの貴重な証言、楽しみにしています。ぜひ多くの方に聞いて頂きますように。

(写真はネットから頂きました。)

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2018年「8.6ヒロシマ平和の夕べ」について⑤

小出裕章さんとのメールのやり取りを続けます。待ちにまった半年前にスケジュールを決めるという、律儀な小出さんからの2月28日のメールです。


『 8月6日、お伺いします。  小出
河野 美代子 様
 こんにちは。
 2月も今日が最終日となり、8月にお引き受けするお誘いを確定しました。

 8月6日の平和の夕べ、お伺いしたいと思います。

 集会のスケジュール、宿泊が必要になるかどうか、聞いていただくべき話の内容など、おいおいご相談したいと思います。
 とりあえず、8月6日の集会にお伺いするということだけ確定とさせてください。
 信州も陽射しが春らしくなってきました。
 お伺いする時は夏真っ盛りですね。
 お元気で、ご活躍ください。
              2018/2/28  小出 裕章 』


それへの私からのメールです。

『小出裕章先生
 広島・河野美代子です。

昨日は、お返事ありがとうございました。
もう、本当にうれしくて、バンザイ!!と何度も叫びました。そして、ずっと胸ががホコホコしておりました。
大変お忙しい小出先生にご無理を申し上げて、すみませんでした。
でも、私たちとしては、どうしても今回先生に来ていただきたく、熱望しておりました。
日々、政治の状況が報道されています。
あの憲法が本当に変えられそうだと危機感をもっています。

数少なくなった被爆者で証言をして下さる方たちが、口をそろえておっしゃいます。
「今が、あの大二次世界大戦の戦前の状況とそっくりだ」と。
福島の人たちを放り出したまま、また次々と原発が再稼働されています。
今、この憲法9条と原発の問題を話して頂けるのは小出先生しかいないと思いました。
私としては、このテーマで話して頂きたいと思って言いますが、今度3月4日にスタッフ会議を行います。その場でみんなで話して頂きたい内容をもう一度詰めたいと思います。
また、広島にいらっしゃる予定は、全て先生の意志や希望にお任せしますが、8月5日も6日も、宿泊の手配はできております。広島では8月5日のホテルはなかなかとりがたいのですが、それを見越して、昨年の早いうちから押さえております。
また、改めまして 具体的な事はご連絡させて頂きたいと思います。

どうぞ、よろしくおねがいします。
今日は、またひどい嵐となっているようです。広島でも雨、風が続いています。私は、今から宝塚に講演に参ります。
先生も、本当にお忙しい事とお察しします。どうぞお体にお気をつけて、お元気にお過ごしくださいますように。

お礼のメールが遅くなってお詫び申し上げます。どうぞ、よろしくよろしくお願いします。ありがとうございました。

   2018年3月1日
                河野美代子』

まだ続きます。

一昨日の日曜日、用事の帰りに久々に海を見ました。この黄色のブイがなければもっといいのになあと思いましたが、仕方がありません。それが入らないように撮ることができませんでした。宮島の鳥居が小さく見えます。

2018318

そのあと、これも人々に宮島口の田の久のお好み焼きを食べて帰りました。長田屋以外のお好み焼きも久しぶりですが、美味しかったですよー。ここのは、トッピングでなく、みんなにネギがかかっています。

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二つの感動・広島市会議員補欠選挙・RCCラジオ特別番組・

今朝はとてもうれしいです。二つ感動したことがあります。

広島市安芸区の広島市会議員の補欠選挙、自民対共産の一騎打ちで、自民党の候補を破って共産党の候補中石ひとしさんが当選したとのこと。

政務活動費の詐欺事件で起訴され、議員辞職した熊本憲三さんの辞職を受けての選挙、なんと辞職した熊本氏の妻が自民の候補として出るという、聞いたこともない選挙。対して共産党しか候補を立てることができなかった野党。もともと熊本さんはとても選挙に強くて、いつもトップ当選する人でしたから、今回も熊本さんが勝つだろうと思っていましたが。やはり選挙民は無自覚ではありませんでしたね。

なんと素晴らしい。でも、でもです。投票率が17%ですって。これは、妻を立てたという自民に対してのみならず、候補を立てることができなかった他の野党に対しての批判でもあると思います。

まあ、なんにしても、広島のただ一つの小さな区ではありますが、今の安倍自民の影響がないとも言えないでしょう。よかった、よかった。

もう一つ。昨日は、用があって、一人で車を運転していました。その時、偶然なのですが、ラジオでRCCの特別番組を聞きました。聞いている内に、ゾクゾクしてきました。「広島から伝えること・記録すること・守ること」のタイトルでしょうか。

原爆小頭症とRCCの秋信利彦さんのことを中心のルポでした。

母親の胎内で被爆した原爆小頭症の人たちのことは、把握していても、それは原爆のせいとは言えないとの立場を取り続けていたABCC。(それは私には、今の福島の甲状腺がんの子どもたちのことと全く重なりました。)
秋信さんは粘り強くその方たちのことを発掘し、説得し、親子の会を立ち上げます。その間、さまざまな偏見と差別の中でひっそり生きていた方たちに対し、取材ではなく、一人の人間として、ずって支援を続けます。

RCCに残り続けている過去の録音を駆使し、懐かしい方々の声も聴くことができました。

そして、あの1975年の秋信さんの天皇に対する質問と回答。それも生で聞くことができました。質問も「昭和26年、46年・・・三回ほど広島に来て、市民にお言葉をかけて頂きました」から始まり、「戦争終結に当たって、原子爆弾投下の事実を、陛下はどうお受け止めになりましたでしょうか」とても丁寧でした。それに対して天皇の

「遺憾には思うが、戦争中のことであり、広島市民には気の毒であるが、やむを得ないことと思う」

でした。秋信さんは、「何もしていない、母親のおなかの中にいたのですよ、それでこのような被害を」と録音の中で言われました。

秋信さんは、山代巴さん編の「この世界の片隅で」(「この世界の片隅に」ではありません)に風早晃治の名前で「IN UTERO」・胎内被爆児のことを書いていらっしゃいます。

胎内被曝児のことを証明するために、広島大学の(産婦人科)に子どもたちを入院させていろいろと検査してデータを取り、厚生省に何度も陳情に行き、そのような活動をすることで、やっと原爆症と認められたこと。その活動もこの番組の中で出てきました。

私ごとですが、医学部を卒業後、広島大学の産婦人科で医学界に原爆小頭症のことを初めて発表した、それを見て、産婦人科に入ろうと思ったものです。

その子どもたちの入院、検査は田淵教授のもとで、平位剛先生が中心となってされました。平位先生は、その後もずっときのこ会の親子さんと交流を続けておられました。公にはされていませんでしたが、私は、平位先生から個人的にその交流のことを聴いています。平位先生も、昨年亡くなりました。

秋信さんは、2010年に亡くなりましたが、亡くなる前にきのこ会にあてたメッセージも番組の中で流れました。運転しながら、涙が止まらず、困りました。

偶然聞いたラジオですが、こんな素晴らしい番組を作って頂いてありがとうございました。ほんとうにタイトル通り、「伝えること」、十分に伝わりましたよ。今も私の胸には感動が残っています。全国の人たちに聞いて頂きたい素晴らしい番組でした。

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2018年「8.6ヒロシマ平和の夕べ」について④

私が小出裕章さんにメールをし、それに対してすぐに小出さんからお返事が来ました。それを読んで感激しました。小出さんのお人柄がにじんでいます。

『河野 美代子 様
 おはようございます。
 すっかりご無沙汰しておりました。
 メール、いただきました。
 
河野さんは、今朝は大阪のホテルでお目覚めですね。
 これから東大阪の中学生たちに話を聞かせに行って下さるとおこと、ありがとうございます。
 8・6ヒロシマ平和の夕べにお誘いくださり、ありがとうございます。

 河野さんがお読みくださったという「仙人になる道」に書いたように、私も生き物の必然として歳をとってきました。

 それでも私がやらなければならない仕事はまだあると思います。
 そのため、私に残された力をどうしても私でなければならない仕事に集中しようとしています。

 河野さんが「ヒロシマを軸に、福島と沖縄は絶対に欠かせない」とお書きくださったこと、私もそう思います。今年の平和の夕べには山城さんも誘ってくださっているとのこと、それもありがたく思います。

 平和の夕べが大切な集まりであることは十分に承知しており、特に朝鮮半島の核問題は安倍政権の暴走の下、特に重要だと思います。

 それを聞いていただけるのであれば、最優先でお引き受けしようとも思います。
 ただ、すでに竹田さんにはお伝えしてありますし、河野さんもご承知下さっていると思いますが、私は半年以上先は生きているかどうか分からないので、一切のお約束をしないことにしています。
 そして、お引き受けするお誘いを半年先半年先というように決めてきました。
 8月にいただいているお誘いのうちどれをお引き受けするかは今月未に一括して決めます。

 勝手を言って申しわけありませんが、お引き受けするしないの最終的な決定まであと半月ほどお待ちください。
 信州は冬本番ですが、それでも陽射しは春を予感させます。
 もし、お伺いすることになれば、真夏本番ですね。

 73年前のあの日、焼けるような暑い町で、本当に焼き殺されていった人たち・・・、そんな悲劇は2度と迎えたくありません。

 山下さんの陳述、福島の子どもたちの甲状腺がんについての河野さんの文章も拝読しました。

 私も、福島の被害に関して、4月1日にDAYS JAPAN主催の集会に行くことにしています。
 まだ、寒い日もしばらくは続くでしょう。
 お元気でご活躍ください。
                       2018/2/15  小出 裕章
ps
 朝鮮の核問題については、信州の市民グループから求められて書いた文章があります。
 すでに竹田さんにはお送りしましたので、たぶん河野さんにも届けていただいていると思いますが、念のため添付します。

(小出さんから頂いた「朝鮮民主主義人民共和国の核について」は、8.6当日参加の皆様にお配りする予定でいます。)    』

そして、2月28日に、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」に参加するとのうれしいメールをいただきました。そのあとのメールのやり取りも紹介させて頂きますね。

これもクリニックの青野さんのお花です。こでまりが華やかです。

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2018年「8.6ヒロシマ平和の夕べ」について③

私から小出裕章さん(この呼び方は慣れませんねえ、やっぱり小出先生と呼びたいですが・・・)に出したメールの続きです。

『・・・・ こんな活動をしながら、今年の8.6に取り組もうとしています。

広島の被爆者の語り部は、在日の男性にして頂きます。もう、だんだんと被爆者が亡くなって、生の声が聴きにくくなりました。今の内に沢山の方の体験を直に聞いておきたいと思います。

昨年は、広島二中の一年生が、学徒動員で今の平和公園の川岸に座っていて、全員が亡くなった、その一年生の教師で、ともに爆死された方の遺児であり、ご自分も被爆者で、今肺がんと闘っている方、小野瑛子さんに語って頂きました。

今年、絶対に語ってほしいと思っている山城博治さんからは、今一ついいお返事をいただいていません。でも、当日は広島に来られていますので、何とか私たちの会にも来て頂きたいと、あきらめていません。3.11に京都での集会に博治さんが来られるそうですので、直接頼みに行こうと思っています。

小出先生に来て頂いたのは、2012年です。もうあれから5年以上がたちました。当時、来ていただいて、本当にうれしかったのです。当日話して頂いたことは深く胸に残り続けています。(あの日、車いすで、奥様に連れられて会場に来られた、はだしのゲンの中沢啓治さんも、その4か月後に亡くなりました。)


(この時の中沢さん奥様です。この同じ時、神田香織さんに講談「はだしのゲン」を演じて頂きました。それを聞きに来てくださったのです。)


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私は、今、大阪のホテルでこのお手紙を書いています。明日、東大阪の中学生に話しに行きます。来る新幹線の中で、小出先生の「原発と憲法9条」を読みながら来ました。そして、やっぱり、どうしても広島に来て、そして、お話し頂きたいと強く思いました。

どうぞ、私たちの熱い思いを受けて頂きますように。


どうぞどうぞ、8月6日、広島に来てくださいませ。もう、先生用にホテルも押さえております。宜しくお願いします。お忙しい先生に負担をかけるような長い手紙は書かないようにと竹田から言われております。それは承知しておりますが。

ご迷惑と思いながら、もしよろしければ、山下氏の陳述と、私が福島の子どもの甲状腺がんについてミニコミ紙に書いた原稿を添付しますので、お目を通して頂けると幸いです。

長文失礼しました。

まだまだ寒い日が続くと言われています。どうぞ、先生にはお体を大切に、といっても、先生は私より二歳も若い!!のですよね。お互いに体に気を付けながら、ぼつぼつ頑張りましょう。
再度、宜しくお願いします。
 
         2018年2月14日
                  
                          河野美代子』

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2018年「8.6ヒロシマ平和の夕べ」について②

今年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の平和講演は小出裕章さんです。この講演を引き受けて頂くための、私と小出さんの書簡(メールですが)を、小出さんの許可をいただきましたので、公開しますね。これまで私は、「小出先生」と呼んでいましたが、この度、小出さんから「先生はやめるように」と言われましたので、以後、小出さんとお呼びしますね。本音は、ずっとずっと「先生」とお呼びしたいのですが。ただし、それまでのメールではそのままです。
以下、最初に小出さんにお出ししたメールです。


『近年にない寒さと、どか雪の冬が続いています。
小出先生には、信州にお住まいと聞いております。寒さと雪は大丈夫でいらっしゃいますでしょうか。

竹田さんから、小出先生は、手紙をよこさなくていいとおっしゃっていることを伺いました。でも、そうは行きません。この間、お話したいことは沢山あります。それにお話を聞きたいことも。でも、なにから書いたら良いのか・・。

先日、小出先生がどなたかに書かれた「北朝鮮の核」をどう考えるかという文章を読みました。ああ、これを聞きたかったと思いました。

そして、先生が信州に居住されるにあたっての文も読みました。これは悲しかったです。いつかひっそりと消えて行くだなんて。まだまだ消えてもらっては困ります。私たちは、どんどん負けて行っています。あの醜悪な安倍政権の元で、とんでもない社会が作られようとしています。変わるはずがないと思っていた憲法も危なくなってしまっています。

先生たちが消えてもいいのは、一安心、これで後継者に任せられるという時だと思うのです。まだまだ社会は先生を必要としています。どうか、消えるなんて言わないでください。

 私たちの8.6ヒロシマ平和の夕べも、昨年10回目を行いました。今、すっかり市民の方たちにも定着して来たと思います。
私たちは、ヒロシマを軸に、福島と沖縄は絶対に欠かせないという姿勢でやってまいりました。それは、8.6当日だけでなく、日ごろの活動としても。


 先日、大切なスタッフの一人である山下が、伊方原発運転阻止の原告の一人として、法廷で陳述をしました。それは、自分を語りながら、人が見える素晴らしい陳述でした。彼は、社会福祉士であり、要介護5の妻を介護しながら、そして自分も癌を患う身でありながら、生活や活動をしています。江田島という瀬戸内海の真ん中に住み、もし伊方原発が事故を起こしたら、島の人々の生活はなくなってしまうこと、いえ、事故を起こさなくとも、そこから排出される温水によって、瀬戸内海の生態系が変わってくることなど、聞いていて涙が出るような陳述でした。

私たちが続けている、広島への福島の親子の保養は、甲状腺がんの検診をセットにしています。気骨のある甲状腺の専門医、チェルノブイリで子どもの手術の指導もしてきた先生が、無料で見て下さっています。でも、子どもたちの中には、次々と嚢胞や腫瘤ができて、針生検をしなければならなくなった子が続出です。


5 中には、甲状腺がんになって、それも福島で何にもなしとされた半年後に、転移性の甲状腺がんが見つかったという青年もいます。事故当時、中学生だった彼は、今大学生です。彼女もいます。彼は、父親も本人も、福島県立医大で手術を受けることを拒否し、広島で受けました。でも、転移、再発を繰り返し、この二月末には、四回目の手術を受けます。交通費だけでも経済的負担も大きく、私たちも必死でカンパを集めて支援をしています。

(手紙はもう少し続きます。花は、クリニックの青野さんのです。活けられた時はみんなつぼみでしたが、一斉に開きました。後二輪咲いたら、もっと豪華でしょうね。楽しみです。)
 

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