李鐘根さんのこと②

李鐘根さんは、私がお会いした日の午前11時から韓国からの修学旅行生に被爆証言をされました。それには、事前に了解をいただいて、8.6ヒロシマ平和の夕べのスタッフの山下と広田の二人が聴きに行かせて頂きました。

その時の写真です。韓国語と日本語の両方でお話をされたそうです。

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何と、ご自分で作ったパワーポイントを使ってお話しなさったと。89歳の李さんがパワーポイント、パソコンを駆使していらっしゃることに、本当にすごいことだと思いました。

その会の後に、被爆の体験の継承者との研修があり、さらにその後には基町高校の生徒の被爆の絵が完成したその発表会に行かれるということでした。

何度も被爆者に会いお話を聴き、一枚の絵にするという、毎年行われている基町高校の生徒さんに、

「今年は閃光を描いてもらったんですよ。」

と言われました。「泣き泣き描いたことでしょうよ。閃光の色が、なかなか出なくて」と。ああ、それは大変でしょうね。太陽が1000個落ちて来たようなとか、オレンジ色とか、被爆者の方たちはいろいろに表現していらっしゃいます。「光」の色とはそれは難しいことでしょう。私は「見たいですね」と言いました。そしたら、

「これらの絵もパワーポイントにして、証言の中で使わせてもらいます。」と言われました。すごいですねえ。

昨日の中国新聞に、李さんとこの基町高校の生徒さん、それに絵が出ていました。

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今度の8.6ヒロシマ平和の夕べでも、きっとこの基町高校の生徒さんの絵が見られることでしょう。

まだまだ暑い日となります。どうぞ、お忙しい毎日、体調を崩されませんように。李鐘根さんのお話、楽しみにしてお待ちしますね。

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李鐘根さんのこと①

今年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」で被爆証言をして下さるのは、李鐘根さんです。李鐘根さんについては、以前私のブログでご紹介しています。ここにあります。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/201886-82f3.html

昨日、少しの時間、フライヤーをお渡しすることや、時間の打ち合わせのためにお会いしました。

真夏のような熱い中、李鐘根さんはお元気でした。昨日は私と会った後、午前11時から、韓国の学生さんたちに被爆証言をされるということでした。その後、午後1時からは、被爆の継承の取り組みをしている伝承者の方たちとの研修。その後は、基町高校の生徒が被爆者から話を聴いて絵を描く、その絵の発表会が今日あるので、それに行くと。

本当にびっくりです。李鐘根さんは、もう89歳になられます。このお元気さ、使命感に燃えている姿に、頭が下がります。

実は、フライヤーの写真、以前お会いした時に、李さんは、これを使ってと渡されました。

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ニューヨークの写真家阪口悠さんが撮影された姿です。さすが、本当にキリっとして、すごい写真です。でも、結果的には、私が撮影したこれになりました。

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フライヤー全体の雰囲気、他の方たちがカラーであることなど、いろいろな理由はあるのですが、何よりも、このやさしそうな表情に編集する人が惚れたことが一番でした。編集をする人から、事前に了解を取ってはいましたが、私からも、改めてごめんなさいと頭を下げました。

そして、お話していて、まだまだ本当にびっくりすることばかりでした。明日に続きますね。

台風が近づいています。カープは今日は中止でしょうね。いえ、それより被害が出ませんように。

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」スタッフ会議でした。

昨日は、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のスタッフ会議でした。会議もその後の「源蔵」での懇親会も和気あいあい、言いたいことが言い合えるとても楽しい会議でした。

この度は、会場の都合で早い時間に始まります。

12時20分に開場、
12時45分からナンシーさんたちの歌が始まります。

素晴らしい方たちの登壇で、プログラムがギューギューです。後が午後4時には明け渡さなければなりませんので、早くに始まらざるをえないのです。遠方から来られる方、大変と思いますが、どうぞ宜しくお願いします。

平和講演の小出先生のスライド原稿が届きました。

素晴らしい内容で、読んだだけでゾクゾクしました。皆様、大いに期待して下さいね。初めのタイトルの一枚だけ掲載させていただきます。

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準備は着々と進んでいます。今年の8月6日は月曜日ということで、お出かけにくいかもしれませんが、多くの皆様にお会いできますように。内容については、絶対に自信をもっておすすめできます。皆様どうぞ楽しみにして下さいね。

もう一度プログラムを見て下さいませ。

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「檻の中のライオン」

今日は午前10時から弁護士会館に楾大樹弁護士の憲法の話を聞きに行きました。2時間半たっぷり。参加者はとても若い人たちが多く、年寄りは私たち8.6ヒロシマ平和の夕べの4人くらいでした。聞くと、横須賀から楾弁護士の話を聞きたいと7人の若者が来ていて、それに合わせての講演会でした。若者たちがそうして憲法を学びにわざわざ広島まで来るって、うれしいことです。それとは別に、12才の中学生も来ていました。まだまだ世の中捨てた物ではないと思いました。

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楾さんの著書「檻の中のライオン」は、どんどん国内に広がって行っています。ライオンは国家権力、檻を憲法に例えて、とても分かりやすく書かれた本です。すなわち、憲法は、国家権力を規制するルールであると。憲法は、権力者が守るべき物としてあると。

このような考え方は、今、全く子どもたちに教えられていません。それどころか、「国民は国のために憲法を守るべき存在である」というように捉えられていると。小学6年生の教科書に憲法がどのように語られているか、それを見せてもらって、びっくりしました。

やはり性教育における命の教育、人権教育、平和教育などが後退させられ、憲法の教育もこうだと、今の権力者が狙っている国家、国民が着々と作られていると改めて痛感しました。


このような楾さんが作られた憲法全文が印刷されている両面ファイルをいただいて、これを見ながらのお話を聞きました。


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そして、今の権力者が平気で憲法違反をしていることも、改めて気づかされました。


楾さんの尽力もそうですが、今日お話しを聞いた私たちもこのまま漫然としていてはいけない、声を上げ続けなければと思いました。


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お話が済んで部屋から出ると、弁護士会館かららきれいにお城が見えました。73年前、ここに大本営が置かれ、原爆の攻撃目標にもなった所です。多くの市民や軍人さんが一瞬にして焼かれ死にました。国民のために国家があるのでなく、国家のために国民に死を強いた結果です。やっぱり平和でないと。そのための憲法なのですね。


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性教協石川セミナー③被爆者の方も

性教協石川セミナーで話をした後、参加して下さった方のお話を聞いていて、プロジェクト・ゲンの浅妻さんと西田さんにびっくりして思わず涙ぐんでしまいました。その上、次の方の話にまたまたびっくり仰天だったのです。

それは、真ん前で話を聞いていて下さったお二人。お一人は被団協原爆被爆者中央相談所委員・石川県原爆被災者友の会の会長さんである西本多美子さん、そして、北陸三県の被爆二世の会の方でした。

西本さんは、何と、観音高校の卒業生だと。広島で被爆した時は4歳だったと。転勤族の夫と東京に長い間住み、今は金沢に住んでいて、ここに永住されるとのこと。そして、広島にいたのでは分からない、本当にひどい差別の中で生きて来たとおっしゃいました。被爆者であるとは、とても言えない状況で、多くの方が被爆者であることを隠して生きて来たと。だから、今の福島のかたたちの気持ちが痛いほどわかるとおっしゃいました。

今、被爆者も少なくなったけれど、頑張って活動していらっしゃるのが、胸に詰まりました。まさか、こうして被爆者やゲンの活動をしていらっゃる方たちが来られるとは思ってもみませんでした。性教協の皆さんの尽力のおかげなのですね。

で、皆さんと西本さんのお話を聞いていて、おかしかったのは、ご自分の出身の観音高校の前身が、あの「いしぶみ」の広島二中であったとは、全く知らなかったのだと。それは、金沢に来て改めて知ったのだと。もっと前に知っていれば、もっといろいろとできたのに、と。

ああ、日本のあちらこちらで、こうして頑張っていらっしゃる被爆者の方たちがいる。それをまた、改めて教えて頂きました。すごいことです。

もうお一方の手が上がってお話を聞いたのが、「この子たちの夏1945・ヒロシマナガサキ」の朗読劇をずっと金沢の地で上演し続けたというそんな活動をしていらっしゃる方でした。「「この子たちの夏」の多くは、いしぶみからの、お母さんたちの手記であったと。この朗読劇は、地人会により2007年まで23年間続き、地人会の解散と共に、いったん終了しましたが、その会で朗読をしてきた女優さんたちが集まって、「夏の会」を立ち上げ、「夏の雲は忘れない」1945・ヒロシマナガサキの朗読劇を上演しています。

私は、「谷本清平和賞」の受賞式でこの夏の会の朗読劇を聞いております。

まあ、本当にすごいですね、金沢。性教育の会ではありますが、こうして「ヒロシマと福島」について関心をもって頂いたことはほんとうにうれしいことでした。ちょっと苦労して準備したかいがありました。

会がすんで、スタッフ室に残っていた方たちと記念写真です。

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私の左に座っていらっしゃるのが、石川県原爆被災者友の会の西本さんです。私の隣にピンクの花をもって座っていらっしゃるのが金沢大学の岩本健良先生。分科会ではLGBTの講義をなさったそうです。先生とも、もっといろいろとお話したかったけど、時間がありませんでした。皆さんと話したいこと満載で・・・。立っていらっしゃるスタッフの皆様、本当にありがとうございました。

私は今日から職員と共に、研修に行きます。診療を三日間お休みします。パソコンは持っていきますが、どこまで書けるか分からないので、予定投稿を書いていこうと思います。出発までにしなければならない事もいっぱいあって。先ほど6月3日のみずほ塾、「女性と政治」の配布資料、スライドの原稿を作って送りました。これから、まだ二日分の予定投稿の原稿を書きます。

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性教協石川セミナー②参加の方々に驚きました

性教協石川セミナー、午後は私の講演でした。沢山の方が来られているのに、びっくり。若い人から年配の方まで。これは、始まる前です。講演中は、私の姿を写真に撮ることはできないので・・・。

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動画も沢山用意しましたが、時間が限られているので、飛ばしながら、端折りながらしました。そしたら、あらっ、飛ばしすぎたわ。時間があまってしまったのです。

でも、それが良かったと思います。

会場から沢山の方にお話頂きました。それで、びっくり、

金沢というと、「プロジェクト・ ゲン」です。中沢啓治さんの「はだしのゲン」を初めて翻訳されたチーム。初めはロシア語で、それから英語…次々と翻訳されて、今やゲンは世界に飛び立っています。そのプロジェクト・ゲン」の方が来て下さっていたのです。

会長の朝妻さんとは、この会でもお会いしました。はだしのゲンの全10巻がすべて英語版に翻訳された時、209年7月26日、広島で完成記念パーティー「世界へ飛びたて はだしのゲン」が開かれました。私もその会の呼びかけ人の一人でした。ここにその時の話を二日にわたって書いています。


http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-fd92.html

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-0a17.html

プロジェクト・ゲンのホームページはここにあります。

http://bosikom.a.la9.jp/

ここに、沢山の貴重な記事が書かれています。その当時の代表である浅妻さんと、今の代表である西田さんが来て下さいました。そして、発言してくださったのです。いま、゜プロジェクト・ゲン」は、「はだしのゲンをひろめる会」に進化し、活動されています。2012年の設立総会の呼びかけのフライヤーがすばらしいので。
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浅妻さんの設立趣意書です。

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一地方の石川県の金沢で、こんなにも熱く、はだしのゲンに取り組んでいらっしゃる方たちがいる。そして、わざわざ私の講演に来て下さった、それがとってもありがたくてありがたくて、涙が出そうでした。本当にありがとうございます。

それどころか、この私の講演のことをホームページに載せて下さっていたのです。

それから、まだまだ素晴らしい方たちが来て下さっていました。北陸、石川県の被団協の被爆者の方、被爆二世の方たちも。それから、なんと、「いしぶみ」を原作としての朗読劇「この子たちの夏」を毎年毎年上演なさっているグループからも。

これらについて、まだ続きますね。

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「日本と再生・光と風のギガワット作戦」続きです。

「日本と再生」でそうなのかと思ったことの一つにドイツの発電の状況です。ドイツは、原発で作ったフランスから電気を買っていると言われていること。私も過渡期だから仕方がないかと思っていました。でも、現実は全く異なっていて、ドイツは電気輸出国になっていること。それも、自然エネルギーでの発電が主になっていてのことです。これは、メルケル首相が福島の原発事故を見て、決心したことで実現しました。

それから、面白かったのは、中国です。中国は、日本の原発事故に学んだという事、世界中のソーラー発電のパネルの70%から80%は中国で作っているので、太陽光発電は、低コストで簡単にできること。それから、広大な砂漠に膨大な数の風力発電の風車が設置されていました。

これは、会場で買って帰ったパンフに出ている、各国の方々が語った言葉を短くしたコメントです。改めて見てみると、世界中沢山の国を回られて、世界の発電事情をルポされた、これは貴重な映画だと思いました。

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この映画を作られた労力と情熱は大変なものだと思います。おこがましいのですが、私も少しだけですが、見学に行ったり、写真を撮ったりしているので、それをこの度の金沢での講演に使います。写真は全部私が撮ったものですので、版権は心配ありません。

山陰の風力発電です。

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大分八丁原の地熱発電所です。ここの発電だけで、22万世帯の電気が賄えるそうです。


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そして上関の原発建設予定地です。これは私が撮った写真でスライドにしたものです。この時、いるかが沢山来て船の周りを泳いでくれました。

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危険な原発よりも、こうした資源に恵まれている日本です。ますます自然エネルギーの活用をしていかなければと思います。




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「日本と再生・光と風のギガワット作戦」

昨日は、午前中は映画「日本と再生」を観に行きました。「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のスタッフにお二人と一緒でした。

午後はエイズの日曜検査の当番。

終わると、ひたすら講演のスライドづくりをしました。今週は、木曜日に「性被害・子どもの被害と薬物を使った被害」についての講演と、週末には金沢で「広島から福島へ」の講演をします。

スライドづくり、こんをつめてして全部出来上がって送り終えたら、頸と肩がカチカチで泣きそうになったので、ゆ―ぽっぽでマッサージをしてもらいましたよ。

「日本と再生・光と風のギガワット作戦」。「日本と原発」の続編です。河合弘之弁護士と飯田哲也さんが世界中を旅して、発電の状況のルポをします。原発や火力発電から、太陽光や風、地熱などの自然エネルギーを利用した発電に、世界中が切り替えている現実がよく分かりました。

日本も福島原発の事故以来、多くの人達が自然エネルギーの発電に力を入れているのですが。政策が何とも後ろ向きで。その陰に原子力村、利権を追う企業、政治家、学者たちの暗躍があります。

それにしても。3.11の福島原発の事故は、世界中に原発の危険性を知らしめることになっているのですね。ヨーロッパ、アフリカ、北米、中国・・・。自然エネルギーにどんどん変わってきていますよ。

それは、安全であるだけでなく、その方が発電コストが安いことがよく分かったこと。技術が進んで、経済優先でも、その方がうんと利益があるということが分かったと。それが大きいそうです。

映画の後、監督の河合弁護士のお話もありました。

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広島と福島を考え、福島支援の私たちの取り組みを今度お話する上でも、とても勉強になりました。

多くの人が鑑賞されますように。

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竹田雅郎さんの弁当箱②

広島二中の竹田雅郎さんのお弁当箱の続きです。

雅郎さんたち広島二中の一年生の全滅の様子は、ポプラ社の「いしぶみ」に記されています。杉村春子さんの朗読で広島テレビっ放送局が作った番組「碑」を本にしたものです。

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この本は、私の父の蔵書です。あの当時広島二中の教師だった父が昭和四十五年二十日発行の初版本を買って大切に読み、保管していた物です。

この本の「お寺の救護所で」の項に雅郎さんの亡くなった様子が書かれています。

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『舟入川口町にありました唯信寺は、仮救護所もつくられましたが、住職の子どもさん、大内俊くんが広島二中の一年生だったこともあって、八人の生徒がたどりついています。この八人のうちの一人小野敦君は、寺の救護所でやけどに白いくすりをぬってもらって、近くの家に夕方六時に帰ってきました。

「お母さん、かえりましたよ、といってくれたのですが、顔がやけどではれあがり、手当のしようがありませんでした。
やけどで痛かったのでしょうが、友だちの名をよんではがんばれといい、思いきり水を
飲みたい、と申しました。数をかぞえてみたり、友だちの名前を読んだりして気をまぎらわし、がまんして苦しいとひと言も漏らさず、その夜、七時半に死んでしまいました。」

小野くんのほかの七人は、手当を受けたあとそのまま寺に収容されたてのすが、全員が生きているうちに両親にあうことができませんでした。だから、お父さんやお母さんの話は、遺体をたずねあてたときに、お寺の方やそばにいた人から聞かされた話なのです。

  (中略)

坪木君と同じ日に、竹田雅郎君も同じように国歌をうたい、そして日本万才とさけんで亡くなりました。
 このことを、高田郡におられたお父さんが広島にでてきて聞かれたのは、戦争も終わった八月の末でした。』

まだ、たった70年余り前の、弟もこうして生きていて、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のスタッフの一人としてコツコツと活動している、そんな出来事なのです。

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竹田雅郎さんの弁当箱①

5月14日の中国新聞に載った記事です。

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竹田雅郎さん、私たちの「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のスタッフでもある竹田さんのお兄さんの弁当箱です。当時、広島二中の一年生であった雅郎さん。学徒動員で建物疎開に動員されていて、平和公園の川岸で被爆。その時の二中一年生は全員亡くなりました。

お弁当箱は、広島原爆資料館に大切に保管してあります。2013年6月、私たちは竹田さんに連れられて、そのお弁当箱を見せてもらいに行きました。それはここに書いています。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-b6e7.html

その時の写真の一枚です。竹田さんと沖縄の知花昌一さん、もう亡くなってしまった中村周六さんです。

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まだあどけない12才の少年が、炎に一瞬にして焼かれ、やっと舟入のお寺までたどり着いて、そこで亡くなったと。

その雅郎さんの名前は、二中の碑の裏に記されています。

広島二中の碑。これは昨年の8月6日、二中の慰霊祭が始まる直前。安倍首相の乗った車が厳重な警備の中、猛烈なスピードで通り過ぎていきました。

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慰霊碑の裏の亡くなった先生、生徒の名前。この人達が一発の原爆で焼かれ死んでしまったのですね。

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第一学年第六学級の右端に竹田雅郎さんの名前が。そして、左端には、8.6ヒロシマ平和の夕べにも来て頂いた松本正さんの弟さん、松本勝さんのお名前があります。

この項、続きます。


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