平和公園の紅葉

昨日の木曜日、広島なぎさ中学・高等学校の中学三年生に話しに行きました。生徒さんの質問などについて、またお話しますね。

その後帰宅してから自転車でクリニックに行きました。昼明るいうちの平和公園です。修学旅行生が戻って来て久しくなりました。資料館の前にまるで電車のようなバスが並んでいます。近づいてみると、黒いバスは神戸の小学生を、ブルーのバスは、大阪吹田の小学生を載せて来ていました。広島への修学旅行、ありがとうございます。

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平和公園は大分紅葉が進んできました。真っ青な空に映えてきれいです。

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コロナ、まだしぶとく生き抜いているようです。なかなか完全にゼロになりません・・。今くらいのが続いてくれるといいのですが。

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伊方原発広島訴訟の原告陳述

昨日に続いて伊方原発広島訴訟の、昨日の原告意見陳述を、許可を得てアップさせていただきます。陳述をした山本幸造さんは、我らが「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の大切なスタッフです。陳述の中ではお父様の名前は出していませんが、関西では知る人ぞ知る市民運動のカリスマの山本善偉さんです。善偉さんは90才を過ぎても、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」にも来て下さり、熱心に話を聴いて下さっていました。その姿を司会していた私は参加の皆さんにご紹介しました。それは、昨日のことのように覚えています。善偉さんについては、またいろいろなエピソードが報道されてもいます。機会があれば、ここにもご紹介したいと思います。幸造さんの陳述は、つい伊方原発というと海のことを考えがちですが、大切な「家畜の飼育」について思い知らされる大切な陳述であったと思います。

広島地方裁判所 御中

意見陳述要旨

山口県周防大島在住

原告 山本 幸造

私は山口県周防大島に住む山本幸造と申します。本日は意見陳述の貴重な機会を与えて頂きまして、まことにありがとうございます。

 私がなぜ原発を、特に私が住んでいる周防大島から直線約42kmの地点にある四国電力伊方原発を止めなければいけない、と考えるに至ったかをご説明します。

 私は大学を卒業後、東北大学大学院の博士課程を修了して、一般社団法人・家畜改良事業団に就職しました。ですから就職したときにはすでに30歳近くになっておりました。事業団では、黒毛和種(肉用牛)の産肉能力検定事業として種雄牛(種牛)造成を担当し、東広島市にある事業団の、広島産肉能力検定場の場長として定年退職するまで、種牛を育てる仕事に携わって参りました。ですから私は根っからの畜産業界の人間として、日本の畜産業の発展、畜産農家の繁栄のために働いて参りました。

 私の人生観、社会観が一変するほど衝撃を受けた事件が2011年の福島原発事故でした。事故の放射能に肉牛・乳牛が汚染され出荷できなくなったのです。生乳は毎日搾乳しなければなりません。牛が死んでしまうからです。毎日乳を搾って近くの川に捨てる酪農家の無念はとうてい言葉にできません。ある酪農家は、将来に絶望して自殺しました。この話は全国の畜産業界関係者にすぐ伝わりました。その酪農家は牛舎の壁面にチョークで、「原発さえなければと思います。残った酪農家は原発にまけないで願(ママ)張って下さい。」と書き残していたそうです。

 畜産業は地道で根気のいる仕事です。永年の営々たる汗と努力と辛抱が必要です。その営みが、たった1回の原発事故でふっとんでしまうのです。そして場合によれば絶望から人を死に追いやってしまうのです。「原発さえなければ」と書き残したその男性の気持ちが、私には痛いほどわかります。

 当然、福島事故で福島を中心に畜産業界も大変な被害、影響を受けました。皮肉なことに、東広島にある私の(産肉能力)検定場から出荷する肥育牛の競り値は上がりました。当時年間約500頭の肥育牛を、東京・品川にある東京食肉市場に上場(出荷)していましたが、事故前は「広島県産・検定牛」と言うだけで競り値は叩かれていました。東北地方の米沢牛、仙台牛、福島牛といった名だたるブランド牛にはかないませんでした。事故後は、逆に「広島県産」というだけで競り値があがったのです。というのは競りに強い東北地方のブランド牛は、放射能汚染の懸念から競り値が暴落したからです。人は風評被害といいますが、根も葉もなければ風評被害です。しかしこの場合、確かに肉牛や乳牛の放射能汚染はあったのです。これは風評被害ではなく実害です。結局のところ、価格の暴落、生乳の出荷停止などで最大の被害を受けたのは、畜産農家・酪農農家です。自然災害ならまだ気持の整理もできますが、聞くところによると、福島原発事故を調査した国会事故調報告は、「福島原発事故は人災である」と断じているそうです。人災で一方的に畜産農家・酪農農家が泣きを見る、こんな不条理はあってはなりません。

 父親は、1943年11月19日に神戸・三宮の東遊園地で開かれた学徒出陣壮行会の時、答辞を読んだほどの軍国青年でした。結局前線に行かずに済みましたが、戦後自分が軍国主義になんの疑問もたなかったことを痛烈に反省し、それが父親の戦後の原点だったように思います。西宮の、関西学院高等部の教師でしたが、同時に理不尽な権力と闘う市民運動の闘士でもありました。3年前に97歳で亡くなりましたが、8月6日広島原爆の日には広島にやってきていろいろな平和集会に参加しておりました。

 私自身はそうした父親の生き方にどこか反発も感じつつ、市民運動には全く無縁でしたが、父親が90歳になった時、ちょうど2011年、福島原発事故の年、猛暑に耐えられないので私に代わりに行ってくれというのです。私は引き受け、「8・6ヒロシマ平和の夕べ」という市民集会に参加しました。

 その集会が、2008年に被爆2世や被爆者を中心に平和を求めてヒロシマの継承と連帯を考え、反核・反原発を基軸に訴えている市民運動団体主催であることもはじめて知りました。私は大いにその趣旨に賛同して入会し、呼びかけ人の一人にもなりました。福島原発事故を目の当たりにして、自分もなにかしなければ、という思いがあったのかもしれません。反発を感じながらも父親の考え方にどこか共鳴していたのかもしれません。

2016年3月に「8・6ヒロシマ平和の夕べ」有志で福島第一原子力発電所事故5年後に、福島現地に視察に行きました。帰還困難区域の寺の住職さん、元小学校校長の方などに案内して頂いて、グランドに雑草が一面生い茂っている無人の学校、延々と続く汚染土壌の入った真っ黒なフレコンバックの山、津波対策の広範囲の湾岸整備工事、城壁の様な防波堤などを見せて頂き、衝撃を受けました。放射能について福島現地の人は、「本来は危ない」といっておられました。覚悟を決め居住を続けておられるように見えました。人が、特に子どもを連れた若い人たちが戻ってこないのは当然のことです。

 復興のかけ声とは裏腹に、事故から10年たった今でも、根本は何も変わっていません、後何年かかるかもわかりません。原発は、一度事故を起こすと取り返しが付かない事がはっきりわかりました。

2019年4月に、Iターンというんでしょうか、周防大島に越してきて、「終の棲家」と定めました。仕事の関係で田舎暮らしが長く、都会がどうしてもなじめません。瀬戸内海も好きです。そのころ、広島で四国電力伊方原発を止めようということで、裁判を起こしている市民グループがあることを知り、躊躇なく原告になりました。私は70歳になりましたが、残る人生を、この社会を少しでもよくするために使おうと決めました。原発をとめ、放射能のない安心して暮らせる環境、きれいな瀬戸内海を守るために使おうと決めました。

大量の「死の灰」(核分裂生成物)を環境にまき散らし、人びとを内部被曝させ、健康を奪い、死に至らしめるという点では原爆も原発も同じです。先日の「黒い雨」訴訟広島高裁判決も、ちょうどその一年前の地裁判決も「内部被爆は外部被曝と異なる危険性がある」と事実認定してくれました。

伊方原発は運転を続ける限り、いつかは重大事故を起こす可能性があります。南海トラフ震源域と中央構造線断層帯の真上に建っているというではありませんか。その時大量の「死の灰」を私たちの頭上にばらまくことでしょう。

裁判官のみなさまには、私たちの命を守るため、二度と福島原発事故のような残虐な事故を起こさせないため、伊方原発運転差止を命じていただきたい、と御願いする次第です。

ご清聴まことにありがとうございました。

私が買った時にはつぼみが一杯ついていたのに、全部落ちてしまい、全く花が咲かなかったハイビスカスが、ネットであれこれ調べて、鉢を大きいのに植え替え、肥料を週二回上げ続けてやっと咲きました。清楚なピンクです。


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次々と咲き続けてくれています。今やお花の世話が楽しみで・・。

 

 

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伊方原発広島訴訟の原告になりました。

昨日8月30日月曜日は、伊方原発訴訟広島裁判の第24回口頭弁論でした。法廷が開かれる前に、第8陣の原告が提訴しました。実は、私も遅ればせながらこの第8陣の原告として加わらせて戴きました。今回の提訴の原告は39人。しかしコロナの緊急事態宣言下で、なかなか裁判所まで来ることができない方もおありで、私は原告の代表として、民事の受付に提訴に行きました。弁護士さんたちが用意して下さった分厚い書類を提出いたしました。

これまで、口頭弁論の日、時間があれば報告会に参加し、事務局の方たちや弁護士さんたちがとても頑張っていらっしゃる姿に接してきました。同時に被告の四国電力のあまりにいい加減な答弁に怒りを感じていました。いつかは起こると言われている南海トラフ巨大地震が起こると、伊方原発事故により、瀬戸内海全体が死の海となってしまいます。しかし、被告側は原発が立地している所だけは、地震は起きないとしています。

第8陣提訴、原告意見陳述にあたって、裁判所の前で記念撮影をしました。


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提訴の後、意見陳述の傍聴のための傍聴券の交付の部屋に行きました。これまでの原告団やマスコミの人たちを除いて傍聴人は15人。集まったのは、18人で、抽選が行われました。たった3人しか外れないのに、その三人になってしまいましたよ。でも、補欠になって、無事法廷に入ることができました。


原告団は、口頭弁論の度にこんなチラシや解説文を作り、配布や郵送されます。その労力に頭が下がります。

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原発訴訟は、先日長い間闘いの末原告が勝訴した「黒い雨裁判」の「内部被曝」と密接に関連付けされます。


昨日の口頭弁論期日は、私たち「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の貴重なスタッフである山本氏が原告意見陳述を行いました。それは素晴らしい意見陳述で、法廷の中に入って聞けて良かったと思いました。


明日、その陳述の全文をアップしますね。


私は、昼時間に自転車で駆け付けたもので、午後の診療の三時までに帰らなければなりません。法廷が終わると、報告会には出られず、帰りました。

 私達第8陣の原告は、裁判官によりこれまでの原告と併合され、次回から正式に原告となることでしょう。結果、原告団総数は351名となります。内、被爆者は広島・長崎を合わせて47名。そのほか一般市民304名の内、8名は福島原発事故避難者です。

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」無事終わりました。

暑い一日が無事終わりました。皆様に感謝いたします。

朝は、早くから広島二中の慰霊祭に参加しました。私の母校でもありますが、毎年お参りしていた父の代理のつもりでもあります。父が亡くなって、私が代わりに参加するようになりました。今年は、コロナの関係で現役の生徒さんの参加は生徒会長の一人のみ。いつもは生徒が広島二中と観音高校の校歌を歌うけど、今年はナシです。CDを流す予定だったそうですが、そのCDもうまく作動しなくて。朝でも、もうカンカン照りの太陽で、参加者も少なくて、現校長の挨拶がやたら長いだけの寂しい会でした。私は、夫と平和の夕べの竹田さんと一緒に参加しました。竹田さんのお兄さんが当時広島二中の生徒さんで爆死されています。献花して帰りました。

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一旦家に帰って、いろいろと荷物を持って今度は自転車で「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の会場へ。会場やZOOMの準備を整えて、11時10ンから予行演習。今年初めてのZOOMで失敗しないように。カメラの動画と、ビデオの切り替えのタイミングなど念入りに練習をしました。機器のセットやタイミングの指示など伊方原発広島裁判の方たちに本当にお世話になりました。

その甲斐あって、本番とてもスムーズにうまくいったと思います。終わった後にズームも画像も音声もクリアだったと連絡が入ってうれしいことでした。今日のブログラムです。


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今日は、とても疲れているし、明日の夜に講演が入っていてこれからスライド作らなければならないのもあって。詳しいご報告は、またゆっくりお一人ずつお話しますね。今日は写真を少しだけ。

黒い雨訴訟の原告団の高東征二さん。

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10年目の福島から、伊藤達也さん。ビデオでお話し下さいました。

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そして、若い人たち。「核廃絶へ行動する学生から。中村涼香さん、高橋悠太さん、徳田悠希さん。

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今年の平和講演、田井中雅人さん。

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どなたのお話も素晴らしいものでした。関係者、演者の方々、会場に参加して下さった方々、ZOOMで参加して下さった方々。カンパをお寄せ下った方々。全ての皆様に心から感謝申し上げます。

 

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韓国人原爆犠牲者慰霊祭

今日は、午前中「第52回韓国人原爆犠牲者慰霊祭」に出席しました。

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在日本大韓民国民団広島県本部の主催のこの慰霊祭はいつも8月5日に行われます。今年は、5日が木曜日の休診日なので、参加することができました。コロナの時代になって、昨年も今年も日韓親善協会の忘年の夕べも夏の会も開かれなくて、長い間会えなかった方たちに本当に久しぶりにお会いできました。

頂いたプログラムに書かれている「韓国人原爆犠牲者慰霊碑由来」を転載します。

第二次世界大戦末期1945年8月6日午前8時15分米軍機によって、広島上空に投下された一発の原子爆弾は広島市民20数万の尊い生命を奪いました。

 死没者の中には当時、現役軍人、軍属、徴用工訓練隊、学徒動員、一般在住の韓国人2万数千名が含まれていたと推察されています。

 これら韓国人犠牲者の霊魂を慰める為に1969年大韓民国居留民団広島県本部(当時)が主管となって慰霊碑建設委員会設け、碑の建立に着手いたしました。建設委員会のご尽力と勧告人財界人有志、一般民団員その他多方面にわたり多くの方々のご援助に依りまして、1970年4月10日、堺町1丁目(本川橋西詰)にて慰霊碑の除幕を行い、同年8月5日第1回目の慰霊祭を挙行致しました。また、1999年7月21日には移設委員会が中心となり内外より多数の方々の協力を得、平和公園内のこの地に移設されました。慰霊祭は1回目以降毎年行い、今年第52回目の慰霊祭が挙行されることになりました。

死没者名簿には今年新たに13名を追加し、総数2,786名が奉納されております。

 尚、此の碑石は、すべて母国大韓民国の産出石であり、同胞の手によって作成されたものです。

                      2021年8月5日


慰霊祭では初めに2786名の死没者名簿が慰霊碑に納められました。

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今年の会は、やはりコロナのために簡素化するということで、いつも楽しみにしている民団の女性たちの鎮魂歌はなく、在日本大韓民国民団広島県地方本部団長、李英俊さん、在日本大韓民国民団中央本部団長、呂健二さん、駐広島大韓民国総領事館総領事、林始興さんの三人の方の追悼辞弔電披露と献花で終わりました。

民団の李英俊さんは、

我々は、過去の不幸に歴史が繰り返されず、世界人類が平和に共存できるよう協力し、英霊の恨晴らすように努力いたします。
そして、同胞社会を守っていく次世代に非核化問題を再確認して、戦争はあってはならないという認識を植え付けていかなければなりません。(中略)そのために、民団広島県本部では被爆者の皆様にお願いして定期的な核兵器のない世界恒久平和の実現のために証言活動を続けていらっしゃいます。
 我々は、この先輩方の志を同じくして、誓いを新たにし犠牲者の皆様に約束いたします。広島地域の安全と「平和な世界」「核のない世界」の実現に努力いたします。」

などと述べられました。

また、総領事の林始興さんは、次のように述べられました。

「(略)過去の植民地原爆の経験を通じて、私たち皆は差別と戦争のない世の中を念願することになりました。

 しかしまさに今この時間にも北朝鮮の核問題が韓半島と北東アジアの平和を脅かしており急変する世界の情勢は、悲惨な戦争の痛恨の記憶を刺激しています。

 数十万の命を奪い数百万の命を苦しませた核武器の脅威に立ち向かい、完全な非核化と恒久平和を定着させるため、私たち皆は覚悟を改めなければならない時になりました。

その大きな目標に向けて、今、各々にできる実践を地道に積み重ねて行かなければなりません。

 原爆犠牲者の記憶を次の世代に継承し、国境と民族を越える市民交流を促進して北東アジア地域の国家が相互信頼を築いてゆくための知恵を出し合うことが、私たちが追及しなければならない方向であります。(後略)」

この後参加者みんなが献花して終わりました。

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関係者の皆様、ありがとうございました。来年はコロナも収まって、民団のお母様方の歌声も聞けます様に。

その後、午後からは私はクリニックにこもって、レセプトや明日の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の司会のための資料作りをしたり、夜はその打ち合わせをしたりしました。いよいよ明日です。皆様、リアルで、またはZOOMでお会いしましょう。きっと重くとも意義のある会になることと思います。

 

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の平和講演は田井中雅人さん

8月6日まで後二日。「8.6ヒロシマ平和の夕べ」は、予定通り行います。新型コロナがますます猛威を振るい、首相を初め政府、行政は何ら有効な対策も取らず、多くの国民が右往左往せざる得ない状況が展開されています。首都、東京では、一方でオリンピックを強行し、一方で大量の感染者が中等度でも入院せず自宅で待機せよと、まさに医療崩壊だという暴論を首相自らが宣言しました。

 こんな中での8月6日。最後まで悩み悩み、やっぱりこんな状況だからこそ、開催しようと思います。大きな川に面し、7階で風通しの良い広い会場では人数制限をし、定員の三分の一で。その分、ZOOMで全国配信をします。

当日の会場に来る希望の方は、すぐに定員をオーバーし、お断りせざる得ない状況で、申し訳ないことになりました。たくさんのZOOMの申し込みも頂いています。考えようによっては、このヒロシマの地から全世界にメッセージを配信できるのも、一つの副効用かもしれません。


 そして何より、例年以上の方々の賛同を戴きました。ZOOMの設定のために費用がかさみ、当日の人数制限によって、入場料も例年の半分という状況で、皆様がお送りくださった賛同金で今年もこの会を開けくことが出来ます。本当にありがとうございます。

 さて、これまでご案内していませんでした、今年の平和講演です。

今年は朝日新聞記者の田井中雅人様に「核の時代終わらせるために」とのタイトルでお願いいたしました。核兵器禁止条約が発効された今年具体的に核廃絶のために何が必要なのか、どうすればこの難題をかなえることができるのか、まさにそれにふさわしい方にお話し頂けます。

この写真はネットからかってに戴きました。

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田井中さんは沢山の著書があります。私はこの度のお願いするにあたって、これを購入して読みました。

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この本の裏表紙に書かれている「この本の内容」から。

「核兵器禁止条約が国連で採択され、核時代の転換点が訪れる。しかし、日本は唯一の被爆国でありながら不参加を表明。なぜ、独自の立場を貫くことができないのか。最前線で取材してきた著者が新聞には書けなかった核をめぐる日米外交の舞台裏・秘話に触れながら、日本の進むべき道を提議する。」

世界を飛びまわって取材を重ねられた田井中さんのこれまでの集大成でしょうか。いえ、まだお若い田井中さんにそう言っては失礼かもしれません。四苦八苦しながら読んだこの本には知らなかったことが満載でした。たとえば「原爆の使用にトルーマンは後悔していた」とか、「日本の降伏に原爆は必要だったのか」との考察。そして、たくさんのエピソード上げ、本気で核廃絶への道筋を提起しています。

「核兵器禁止条約は見えにくかった「核は悪」「核は毒」という事実を突きつけ、核兵器禁止を迫っている。「核の語られ方の戦い」に勝ち、条約が実行性を持つかどうかは、米国と緊密な関係にある「核の傘」依存国、とりわけ日本の世論がどれだけ盛り上がり、政治家たちを覚醒させるかどうかにかかっているといえよう。」

きっと8月6日の「平和の夕べ」では、さらにこれらの道を分かりやすく提示して下さるでしょう。皆様ぜひ注目してくださいませ。田井中さんのお話を聴いて、共に私達のすべきこと考え実行しましょう。

 

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の予行演習を行いました。

一昨日木曜日、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の会場で、予行演習行いました。例年と違って今年は、ハイブリッド方式。リアルに来て頂く方と同時にZOOMで全国配信をいたします。ZOOMでは失敗することがよくあるというので、会場から実際にいろいろと試してみないと、不安。

ZOOM配信には、プロである「伊方原発広島裁判」からお二人に来て戴きました。広い会場今年は180人定員の会場でスタッフも入れて60人限定で、三人掛け一つの机にお一人に座っていただきます。この倍の大きさの部屋です。(ここでは二人がけにしてありますが、三人がけの机です。)


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ビデオカメラやパソコン数台を駆使して、配信します。

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試しに、すでに送っていただいているビデオやパワーポイントの視聴もしました。私は司会もするので、先行視聴出来るのは、役徳ですね。とどなたのも感動の連続でした。

福島の伊東さんからは、「二度と広島・長崎・福島繰り返さない」と、福島での闘いの10年を語って戴きます。


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今年の平和講演の田井中雅人さんのスライドです。初めの一枚だけですみません。田井中さんには遠方から会場まで来て戴いてお話していただきます。

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それから今年は、被爆地出身の学生さんたちの「カクワカ広島~核政策を知りたい広島若者有権者の会」からアピールをして戴きます。彼らから送られてきたスライドです。

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昨年の福島からの鴨下さんに続いての若い人の登場です。

それから、今年のビッグニュース、何よりほっと安堵し、これまでの原告の方々の76年間の苦闘に想いを馳せる「黒い雨の原告団」、高東征二さんには、会場まで来て戴いてお話し頂きます。福島の被曝者の方々に繋がる内部被曝についても意味のある、大切な勝訴です。


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それから、沖縄からもとても感動的なメッセージを頂きました。当日、披露いたします。

予行演習もしっかりできて、当日を迎えるだけになっています。皆様、どうぞ貴重なお話満載の今年の平和の夕べにたくさん参加して下さいます様に。もう会場での参加は締め切っておりますが、ZOOMでの参加をお待ちしています。

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那須正幹さんのご冥福をお祈りいたします。

悲しい報せが来ました。那須正幹さん。突然の訃報でした。まだ79才です。那須さんにはいろいろとお世話になりました。何よりも、2016年「8.6ヒロシマ平和の夕べ」にきて「平和講演」をして戴きました。

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「ずっこけ三人組」の那須さんと言われます。もちろん全50巻に渡るずっこけシリーズが那須さんの代表作でありますが、それでも、私たちにとっては、「絵で読む広島の原爆」が何よりなのです。この年の平和の夕べのチラシには、「広島の原爆」を大きくのさせていただきました。

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「広島の原爆」には被爆の前の広島、後の広島が克明に描かれています。

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ほんの一部ですが。

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後ろには克明に年表が描かれています。それは、国際紛争・核を巡る問題(世界)・世界の核実験回数・世界の核弾頭数(推定)・日本の核政策など・国連の動き・平和・反核の運動・被爆を語り継ぐ行動・広島の出来事などについて、詳細に6ページにわたって。

これもほんの一部ですが。こんな風に。

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絵の西村繁男さんと共に、どれだけの労力だっただろうかと思います。広島から離れてお隣の山口県に住むようになって、ことさら子どもたち、孫たちに原爆を語り次いで置かなければという思いだったと。この後も、原爆に関しての著書を何冊も書かれました。

まさかこんなに早くお亡くなりになると思わなかったのですが。つい先日、二区から衆議院議員に立候補する予定の大井赤亥さんと高校の同窓であることから、パンフに推薦の言葉を頂けないかとお願いしました。ずっこけ三人組のモデルの一人であり友人の浅井真理子さんを通してなのですが、心よく承知していただき、即座に言葉を寄せて下さいました。近い内に那須さんお呼びして会をしたいねと言ってたのですが。

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那須さん本当にありがとうございました。急にお亡くなりになったことは、ほんとうに残念です。きっと那須さんご本人もこの世界がどうなるのか、少なくとも今度の選挙がどうなるのかも見届けることもできなくって、さぞ残念なことでしょう。

が、でも那須さんは沢山の本を残して下さいました。これらはいつまでも残り続けることでしょう。

そして、改めて思うのです。語って下さる被爆者の方々が次々と亡くなってしまうということを。今、語っていただけるうちに、少しでも多くの方たちのお話を聴いておきたいと。那須さんにおいでいたたいてお話を聴けて本当に良かったと。会に来て話して下さったことを深く感謝いたします。

心からご冥福をお祈りいたします。

なお、那須さんのお話ももちろん含んだこの年、2016年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のDVDを今年の平和の夕べの会場で希望の方にお分けいたしますね。

 

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のズームの申し込みが始まっています。

今年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」は、ハイブリット方式。リアルに入場していただく方は50人限定で、ほぼ予約が埋まっています。コロナ禍で、会が開けるかどうか、さんざん悩んできたことですが、こうして皆様の参加の申し込みを見て、うれしい限りです。スタッフの殆どは二回のワクチン接種も済ませ、コロナから参加の皆さんを守るべく奮闘しています。会場は七階、川風が気持ちよく入って来る部屋です。昨年のようにギューギュー詰めでなく隙隙にするのでよけいに風が涼しいことと思います。


会場に来られない方の、ズームでの申し込みを20日から受け付けています。チラシの一部をアップしてお知らせしますね。

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核兵器禁止条約が発効した今年、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」でも、それに焦点を当てて、例年に劣らず充実した内容になっていると自負しています。

どうぞ、多くの方に参加していただきます様に。

なお、会場に参加の方の人数を限定したため、参加費お一人千円の収入がそれだけ例年ほど見込まれないし、ズームの費用もバカにならなく、今年は経費が苦しくなっています。なにとぞ、ご理解のほどよろしくお願いします。

又ここでも少しずつ情報をお知らせしますね。でも、これ以上、コロナが広がりませんようにと祈るような気持ちでいます。

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黒い雨控訴審も原告勝利!!

 今日は(もう昨日ですか)黒い雨訴訟の控訴審の判決が出ました。原告の全面勝訴。原告全員を「被爆者」として認定せよと。

2015年11月県・市を相手取り、被爆者手帳の交付等求めて提訴。2020年7月一審の広島地裁で原告全面勝訴。よろこびの歓声が上がるも、しかし、国の意向受けて広島県・市が控訴したのです。老いた原告の中にはもう亡くなった方たちも多く、まだこれ以上闘い続けなければならないのかと、原告も支援する人々も、そして私達も本当に怒りに震えました。

この度の控訴審判決。一審と同じ判決です。

「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のスタッフの山下氏が高裁に行き、写真を撮って送ってくれました。いい写真です。


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この後の報告会の様子です。

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しかしと思います。また国は上告するように広島県と市に圧力をかけるのでしょうか。でも、いくら圧がかかっても県知事と市長が頑として突っぱねればいいだけのこと。まだこれ以上原告の方々に苦労を続けさせようとするのでしょうか。

コロナ対策で頑張っているかのように見える知事も、バッハさんを歓迎すると言ったりして、うん?と思うところがあります。もしここで上告したりすると、県民の思いを逆なですることになるでしょう。

もう、上告しないで、原告の方たちに被爆者手帳を交付してあげてください。国に強い態度で向かい合えばいい、そうすることを強く求めます。そうすれば、被爆者や県民は、知事を支持するでしょう。市長についてもそうですが、私ははなから市長を信頼していませんので・・。

私は今宝塚市にいます。診療後新幹線とJRで来ました。友人の家に泊めてもらっています。久しぶりに会う友とずっと話をしています。話が尽きません。

明日は、中学生に話をします。コロナでしばらく話しに来ることができませんでしたが、この度二年ぶりに実現してとてもうれしいです。そろそろ寝ないと、寝坊してはいけません・・。

 

 

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