8.6平和の夕べの反省会・学生たちの朗読劇

昨日は、午前中は今年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の反省会。午後は8.6ヒロシマ平和の夕べのスタッフみんなで資料館での武蔵大学の永田浩三ゼミの学生たちの朗読劇「わたしたち朝鮮人がヒロシマで体験したこと」、その後に李鐘根さんの被爆証言を聞きに行きました。

今年の平和の夕べ、おおむね好評でした。沢山の方が時間がないのにアンケートを書いて下さってありがたいことでした。小出先生のお話、だれもが感激されていました。小出先生の話を聴きたくて会に参加された方も多いと思います。李鐘根さんのお話も、広島裁判の渡部さんのお話も、多くの方の胸を打ちました。最後の安次富さんのお話、アンケートでも指摘されました。時間が制限されて申し訳ないことでした。李さんのお話も、今回改めて聞いて、もうちょっと時間を長くすれば、もっとお話しされたかったことでしょうと思いました。

これからの課題は、午後4時までしか会場が使えないのですから、開始時間を早くするか、もう少しメニューを少なくして、お一人ずつじっくり話して頂くという方向に行かなければならないでしょう。

永田さんは、昨年の8.6ヒロシマ平和の夕べで平和講演をしていただきました。元NHKの記者、今は武蔵大学で学生の指導をしていらっしゃいます。素晴らしいですね。NHKに残って番組を作り続けて頂きたい方でしたが、こうして若者の指導をして、しっかり考えられる若者を作って行く仕事もとても素晴らしいことだと思いました。

朗読劇の学生さんたち、さぞ苦労されたことでしょう。沢山の本を読み、考え、ここにまで落ち着くのに、どれだけの時間、労力を費やしたことか、それがよくわかる舞台でした。

「広島の方たちにどう受け止めて頂いたか分かりません。でも、昨日ヒロシマに来て、資料館に行き、今日は昨日よりも広島の心に少し近づけたかもと思います。」と最後に学生さんがあいさつされました。学生さんたち、これから、いろいろと考え、体験してしっかりした大人になって行くことでしょう。

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李鐘根さんのお話、40分しかなかった、8.6平和の夕べでは省かれた、基町高校の生徒さんの絵の一枚です。お母さんが、泣きながら鐘根さんの首の蛆虫を取っている姿です。李さんの差別体験も含めて、やはり十分に時間をかけて話して頂くべきでした。

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この後、みんなでお好み焼き屋さんで打ち上げをしました。良き仲間たちと遠慮のない会話、楽しかったです。また来年に向けて頑張りましょう。

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2018年8月6日⑨交流会で

今年の8.6ヒロシマ平和の夕べは、ツイキャスで録画が配信されています。

https://iwj.co.jp/wj/open/archives/429032

このURLで見ることができます。ツイキャスへのご支援、よろしくお願いします。

8.6ヒロシマ平和の夕べの後すぐに交流会でした。沢山の方が参加して下さいました。

その時の写真を少し。小出先生とお話したい人が一杯でした。お一人ずつ丁寧に対応して下さる、誠実な先生です。その上、川口真由美さんの声かけで、踊られましたよ。

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俺は、絶対に歌わないと言われていた安次富浩さんも、やはり川口さんに乗って、一緒に歌われました。川口さんの力、すごい。

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語り部として頑張って下さっているお二人。李さんと米澤さんです。ありがとうございます。お二人も含めて、被爆者の悲願である核廃絶は一体いつになるのでしょうか。どうそ、これからも長くお元気で若者たちに語って下さいませ。

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皆様に個人的にお尋ねします。平和の夕べの直前に、スタッフから私へのプレゼントだと渡してくれました。美しいお花とカープグッズ!それに江田島のお菓子。うれしくて。でも、どうもスタッフがお名前を間違ったのだと思います。どなたからのかわからないのです。個人的にお礼を言わないままになっています。申し訳なくって。どうぞ、このプレゼントを下さった方、ご連絡下さいませ。ありがとうございます。そして、ごめんなさい。

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明日は、8.6ヒロシマ平和の夕べのスタッフ会議。反省会兼次につながるです会議です。

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2018年8月6日⑧高校生の陳述

8.6ヒロシマ平和の夕べでは、福島から広島に避難している「福島原発ひろしま訴訟」原告団団長の渡部美和さんが福島からの報告をして下さいました。彼女は、広島の原爆被爆三世。31歳の時に福島に移住していました。今は、家族と共に広島で生活しています。が、その壮絶な訴えに、みんな声もなく胸が痛く、どうしたらいいのか、どう支援したらいいのか、頭を抱えました。美和さんの生活なのか裁判なのか何なのか、何とかしなければなりません。詳細は、その場にいた人が聴くだけで、書面にすることはできません。でも、本当に何とかしなければ、なのです。また、この場でみなさんにお願いすることがあるかもしれません。その際には宜しくお願いします。

そして。2年前の8.6ヒロシマ平和の夕べで森松明希子さんと共に語ってくれた中学生の男の子が、今年も参加してくれていました。今は高校生。交流会にも出てくれていたので、皆さんに紹介しました。そしたら、東京での裁判で、彼が陳述をしたのだと。その原稿を読んでくれました。それは、胸を打つ陳述なので、その原稿をもらって帰りました。ここに、また転載しますね。

『    意見陳述要旨

              2017(平成年29)年10月25日

東京地方裁判所民事50部合は係  御中

1 いわきでの生活

 僕は、福島県いわき市で生まれ、両親と5歳離れた弟と共に生活していました。

当時は、春になればテレビで何度も紹介されるくらい桜並木の有名な「夜の森公園」でお花見をし、夏は潮干狩りに行き、秋はきのこ狩りをして、冬は雪だるまを作る。高遠学校の帰りの通学路でツクシをたくさん採って帰って、お母さんに作ってもらう土筆の佃煮が好きでした。家も庭も広く、ブルーベリーやしいたけ、プチトマト等は庭で収穫できました。学校では友達と昆虫を見つけたり、泥団子を作ったりして遊んでいました。

2 事故が起きた後の生活

しかし、2011年3月11日を境に、このような生活は全てなくなってしまいました。夜の森公園は今も帰還困難区域だし、放射能だらけの泥で泥団子は作れません。

しかし、何より一番つらかったのが、転校先でのいじめです。

 図工の時間に作った作品に悪口を書かれていたり、菌扱いされたりしてきました。そのようなことが続き、できることなら死んでしまいたいといつも思うようになりました。小学校3年生か4年生の時にはは、七夕の短冊に「天国に行きたい」と書いたこともありました。

たぶん、避難者についてよく知らされていない人の目には、福島から来た避難者は家が壊れていないのだから何も被害はなかったのに多額の賠償金だけもらって、しかも東京の避難所にただで住んでいる「ずるい人たち」とうつるのでしょう。本当は、東京電力や国が、放射能汚染の恐ろしさや僕たち家族のような区域外避難者にはほとんど賠償金を払っていないことなど、正しい情報をみんなに伝えてくれていれば、こんな勘違いは起きなかったと思います。

実際、中学生になって今までの学校と全く関係のない学校に進学して、ずっと自分が避難者ということを隠していますが、いじめは起きていません。

3 大人に責任をとってほしいこと

原発によって儲かったのは大人、原発を作ったのも大人だし、原発事故を起こした原因も大人。しかし、学校でいじめられるのも、」「将来病気になるかも・・・」と不安に思いながら生きるのも、家族が離れ離れになるのも僕たち子どもです。

原発事故が起きてしまった今、本当は誰も安全なんて言えないはずだし、実際、誰も僕に「君は病気にならないよ」とは言ってくれません。なのに、東京電力や国の大人たちは「あなたの地域はもう大丈夫ですので安心してください」と言って、危険があるところへ戻らせています。でも、僕たちが大人になって病気になるかもしれない頃には、僕たちを無理やり危険な場所へ戻らせた大人たちは死んでしまっていて、もういない。そんなのひどくないですか?

僕たちはこれから、大人の出した汚染物質とともに、生きることになるのです。その責任を取らずに先に死んでしまうなんて、あまりに無責任だと僕は思います。せめて生きているうちに、自分たちが行ったこと、自分たちが儲けて汚したものの責任をきちんと取っていって欲しいです。

そして、今は、「(放射能)汚染した場所に戻りたくない」と思っている僕たちを無理やり)放射能)汚染している場所に戻らせることは絶対にやめて欲しいです。

僕、父、母と弟はもちろん、避難者はみんな原発事故が起きてから、生活、人生も変えさせられてしまいました。誰も望んだことではありません。避難者は、みんな同じです。東京電力と国には責任をとってもらいたいと思います。裁判所は、僕たち子どもたち、そして、全ての避難者の声に耳を傾けて下さい。
                                 以上  』


やはり交流会での写真です。国連でスピーチをしたときに、この姿で街を歩くと、皆さんが何だ何だと興味をもって寄って来てくれたのだそうです。


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2018年8月6日⑦国連人権理事会でのスピーチと勧告

森松明希子さんが国連人権理事会でスピーチをするに至ったのは、次のような経緯がありました。8.6ヒロシマ平和の夕べで配布された資料を転載しますね。

今回の発言は国連人権システムの手続きである普遍的定期的審査(UPR)の第3回の対日審査の中でおこなわれたものです。この制度は2008年か4月から始まったもので、全ての国連加盟国が約4年ごとに人権状況の審査を受ける制度です。

2012年10月に第2回の対日審査でオーストラリア政府代表から日本に対して「人権理事会が選任した健康の権利特別報告者の訪日調査を受け入れるように」勧告があり、日本政府の正式招待という形で健康の権利特別報告者アナンド・グローバー氏が訪日して調査を行い、2013年5月に人権理事会に詳細な報告書(国連グローバー勧告)が提出されました。それは個人的判断で書かれたものではなく、すでに確立されている国際人権法を根拠とし、日本の国内法も援用して原発事故被害者の人権を守るための多面的な政策転換を日本に勧告したものです。

その後、社会権規約委員会(2016年3月)でも、原発事故被害者の人権状況改善について勧告が出されています。日本政府がどのような反応をしても、これらの勧告は現在もそのまま有効です。

2017年10月、福島から京都に避難した園田さんが人権理事会の各国政府代表や特別報告者に面会するとともに、第3回UPR(普遍的定期的審査)の事前セッションでスピーチをし、女性と子どもに「格差ある被害」が生じていることなど実情を知らせました。

2017年11月、作業部会では日本に対して報道の自由を含む217項目の勧告が出され、そのうち福島原発事故被害者の人権保護については4カ国の政府代表から勧告が出されました。これに対して日本政府は形式的には「フォローアップを受け入れる」と表明しましたが、具体的にどう実現されるかは不透明です。これを実現するためには政府や国会だけでなく、地方自治体や市民社会の継続した努力が必要です。

園田さんと森松さんのスピーチは日本の人権状況への関心を国連加盟国によびかけるとともに、日本の状況を改善する提案としての性格があるといえます。国際法や国連というと、遠い外国のように感じがちですが、国際法は国内法より優位にあり、地方自治体や市民社会も国際法を順守する義務があります。国際法を根拠として出されている勧告は政府を含むすべての国内組織と市民が尊重し、実現していく必要があります。

2017年11月の4か国の勧告は次のごとくです。

住宅、財政的、及び他の生活支援に関わる措置と、被災した人たち、特に事故当時子どもだった人たちへの定期的な健康管理の実施を含む、福島の高い放射線地域からの自主避難者への支援の提供をすること(オーストラリア)

影響を受けた全ての人達の再定住に関する政策決定過程において、女性と男性双方の十分かつ平等な参加を確保するために、福島第一原子力災害によって影響を受けた全ての人たちに対して、国内避難民に関する指導原則を適用すること(ポルトガル)

特に放射線の許容可能な線量限度を年間1ミリシーベルトに回復させることによって、また避難者と住民への支援を継続することによって、福島地域に住む人たち、特に妊娠した女性と子どもの最高水準の心身の健康に対する権利を尊重すること(ドイツ)

福島原子力事故によって被災した人々と、核兵器の使用の影響を受けた何世代もの生存者に対して、医療サービスへのアクセスを保障すること(メキシコ)

特に、このメキシコの勧告は、広島・長崎の被爆二世にも及ぶ勧告ですね。これらの勧告は、今回、これを自分の力で転載して初めて理解できました。これを配布して下さった森松さんありがとうございました。

8.6ヒロシマ平和の夕べの後の交流会で、ナンシーさんたちがイマジンを歌っている時に、横断幕を広げる森松さんです。

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2018年8月6日⑥福島被災者のこと

暫くお休みしていましたが、今年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」について。私たちは、この8.6ヒロシマ平和の夕べを始めた時から、ヒロシマ、沖縄、そして原発について一体の物としてとらえ、取り組んできました。そして福島の原発事故が起こってからは、原発と福島についても一つのものとして取り組んで来ました。

今年の平和の夕べでは、小出裕章先生の講演と共に、福島の原発被害者、原発賠償関西訴訟原告団代表の森松亜希子さんが短い時間ですが、お子さんと一緒に報告して下さいました。

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関西に避難してきた時に0歳だった下のお子さんはもう6才です。

その森松亜希子さんは、今年の3月19日、国連人権理事会で市民からの発言として演説をされました。その国連での演説の日本語訳をいただきましたので、ここに掲載いしたします。

『森松亜希子と申します。避難者である母親たちと、グリーンピースとともにきています。わたしは、2011年5月、福島の災害から逃れるために、二人の子どもを連れて避難しました。

 原発事故直後、放射能汚染は広がりました。わたしたちには、情報は知らされず、無用な被ばくを重ねました。空気、水、土壌がひどく汚染される中、わたしは、汚染した水を飲むしかなく、赤ん坊に母乳を与えてしまいました。

放射能から逃れ、健康を享受することは基本的原則です。日本の憲法は、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏からのがれ平和のうちに生存する権利」と書かれています。しかし、日本政府は市民をまもるための施策は、ほとんど実施してきませんでした。その上、日本政府は放射線量の高い地域への帰還政策ばかりに力を注いでいます。日本政府は、国連人権理事会での勧告を、ただちに、完全に受け入れ、実施をして下さい。

国連加盟国の皆さんの日本の人々の権利擁護のはたらきに感謝します。今後も福島、そして東日本の、特に、脆弱な子どもたちを、さらなる被ばくからまもることに力をかしてください。

ありがとうございました。

   (国際環境NGOグリーンピース・ジャパン訳)  』

このスピーチは、各国政府代表から注目され、内外で報道されました。

明日、なぜ森松さんのスピーチが実現したか、さらに国連からどのような勧告が日本政府に出されているのか、更にその勧告を日本政府が無視し続けている状況等をお話します。

 私は、今日診療後は四国に移動です。明日高松で障がいのある人の性教育について講演します。台風が来ていますね。無事帰れるのでしょうか。

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沖縄、辺野古で。

昨日は、夫と二人で辺野古に行きました。

沖縄防衛局は、昨日8月17日から辺野古の海に土砂を投入すると宣言していたのですが、翁長知事が亡くなって、いったんそれは中止、延期になったそうです。翁長さんが命を懸けてこの土砂投入を止めてくれたと、皆さんがおっしゃっていました。

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これまで、選挙の時には何も言わず、静かにしていて、選挙が済んだとたん事態がバタバタと動くと言うのがこれまでのパターンであったと。キャンプシュワブのゲート前で沢山の人が集まっています。

それにしても、安倍首相、翁長さんの葬儀の13日、みんなが涙を流している時に、「ふるさとのかき氷はおいしいなあ」と、かき氷を食べている写真をツイッターに載せたと。せめて追悼の言葉でも載せるなり、せめてかき氷の写真は控えようかという配慮もないのかと、これは、個人的に聞きました。探してみると、ありました。たしかに13日に。

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キャンプシュワブのゲート前には、沢山の人が全国から駆け付けていました。翁長さんの追悼の言葉を自由に書き込むようにしてありました。私も一言翁長さんへの感謝の言葉を書きました。

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そこから、埋め立てが予定されている海岸へ。

この美しい海が埋め立てられると。


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砂浜で集会です。

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垣根越しに憲兵を説得する人々も。

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これから、知事選を初めとして、沢山の地方議員選挙があります。それらに全力を挙げて、基地建設反対の知事、議員を送り出さねばと。暑い中、皆さま本当に頑張っていらっしゃいました。そう、安次富さんや、京都から川口真由美さんも、それからYasuさんにもお会いしました。ほんとうに皆さん頑張っています。

戦争への道をひた走る安倍政権に対して、沖縄の心と広島の心は一つだと、思いを新たにしました。ずっとここにいて頑張ることができない、せめてもの思いとして、カンパをしてきました。

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2018年8月6日⑤沖縄の闘い

おはようございます。沖縄、名護です。昨夜まで降っていた雨が今朝は上がっています。気温も低く、とても爽やかです。

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那覇空港で子どもたちと合流しました。孫と一緒に泳ぐのを楽しみにしています。

今日は夫と二人で辺野古にカンパやお土産をもって行きます。昨日、那覇空港で、子どもたちと遭う前に、何と、米澤さんに会いました。先日の「8.6ヒロシマ平和」の夕べに京都から来て下さって元気にまとめの挨拶をして下さった電車内被爆者の米澤さんです。大阪空港から来られた米澤さんは、辺野古に行くと、元気いっぱいでした。高速道路の途中、トイレの休憩に寄った所でも、また米澤さんに会いました。本当にその元気は素晴らしい。

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美しい景色。でも、来る途中は米軍と自衛隊の基地だらけでした。

8.6ヒロシマ平和の夕べでは、今年は沖縄からは安次富浩さんに来て頂きました。粘り強く非暴力の姿勢で闘って来た沖縄の人たちの闘いについて、熱く語られました。翁長知事の埋め立て承認撤回についても詳しく語って下さいました。

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①埋め立て承認の「留意事項」にある沖縄県と国の環境保全策などの事前協議が行われていないこと。②大浦湾側の軟弱地盤や活断層の存在。③新基地が建設された場合に周囲の建物が米国防衛省の軍用機の高さ制限に抵触すること。④稲田朋美元防衛相の「固定翼機が新基地を利用するには滑走路が短いため、別の民間空港等の使用の日米協議が整わなければ普天間飛行場が返還されない」との発言を問題視したと。

さらに、これからの展望として、9月の地方選挙、名護市議会議員選挙、10月の那覇市長選挙等をどう闘うかが問われること。あくまでも非暴力でという事を強調されました。

しかし、その8月6日にはまだ翁長知事が存命でした。こんなに早くに亡くなってしまうことはだれも想像しませんでした。

翁長知事の承認撤回の意志を継いで、沖縄の皆さんはますます闘いの意志を強められています。しかし、辺野古での長い座り込み等で、皆さんが疲れていることも聞きました。資金的にも厳しいと。私は、座り込みには少ししか参加できませんが、差し入れとして、カンパをしてこようと思います。

それでは、今から辺野古に向けて出発です。昨日は、慣れないレンタカーで少し苦労しましたが、もう慣れたので、大丈夫です。

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2018年8月6日④

「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の平和講演の小出裕章先生は、ご自分の講演で使われたスライドを提供して下さり、参加の皆さんにはそれをプリントして配布しました。これは、私たちにとって、貴重な資料で、とてもうれしいことでした。

先生は、「原発・核と戦争を推し進める愚かな国、日本」で、アウシュビッツの写真の次に、過去の戦争について「問題は過去を克服することではない。しかし、過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」というヴァイツゼッガーの演説を紹介されました。

そして、戦争の責任についても、福島原発の事故についても、その責任があいまいにされたままであると。

原発と核兵器について。

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これは、自民党石破茂議員の発言です。安倍政治は早く終わらせてほしいけれど、総裁選に立候補を表明しているこの人も、大変に危険な人であると言われました。

そして。

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「他人に核兵器をもってはいけないというのであれば、自分も持ってはいけない。誰かの核の傘に隠れてもいけない。米国の続国としてひたすら強いものに媚び、弱い者には徹底的に居丈高になる国、それが日本である」と言われました。

最後のスライドです。

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小出先生の分かりやすい説得の力のあるお話をこのような形で私がまとめると言うのは、とても失礼な話だと思います。それを承知で、少しでも参加できなかった皆様にお伝えできればという思いで、紹介させていただきました。

小出先生、本当にありがとうございました。先生のお話を胸に、私もこれからさらにコツコツと歩んで行こうと思います。

なお、「小出さん」と呼ぶべきという人もありますが、私にとってはやはり「小出先生」なので、それを使わせていただきました。

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2018年8月6日③

昨日は、京都から帰り、市の区役所で悪戦苦闘。なかなか厳しい規律があるようで、時間がかかりました。規律に従わなければならないのは分かるけれど、臨機応変というのは効かない組織でもありました。未成年の子が自分が自分であるという事を証明することはとても難しいのですね。健康保険証、マイナンバーの通知書の二つではダメだと。写真入りの学校の証明書も、学校は公的機関でないからダメだと。写真入りのパスポートは期限が切れていてダメでした。結局目的は果たさないままに帰らざるを得ませんでした・・・ああ。また改めて出直さなければなりません。

夜のカープは、行ったかいいがありました。途中、疲れか寝不足か、ウトウトしてしまいました。そしたら、夢を見ました。隣に父が座って、一緒にニコニコして試合を見ていました。まだ幼い日、小学校の時には、父がよくカープを見に連れて行ってくれました。いつもライト側の外野席です。弱いカープ。勝った記憶はあまりありません。今、生きていて一緒にここに来ることができたなら、どんなに喜んだことでしょう。昨日は、延長11回、奇跡のサヨナラ。それも、菊池のクリーンヒットを呼び込むピンチヒッターの新井さんのヒットがありました。私はこの所、ずっと新井さんのユニフォームを着ています。来年も続けてほしいけれど、無理かなあ。

さて、すみません。お知らせしたいことが一杯あって。なかなか「8.6ヒロシマ平和の夕べ」を集中的にお話することができなくって。

李鐘根さんは、②でもお話したように、毎年基町高校の生徒さんに被爆体験を話し、その話を聴いた生徒が絵を描いています。その絵をスライドにして話をして下さいました。


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これは、逃げる途中に見た馬。爆風で眼玉が飛び出ていたと。そう、人間の中にも、目玉が飛び出て、ぶら下がった人もいたと聞いています。こんな絵を生徒の課題として描き続けるという、基町高校の実践は素晴らしいです。
李さんは、被爆前、差別に苦しめられたことを具体的に話してくださいました。名前も奪われ日本名を名乗らされたこと。同時に、きっと気を使われたのだと思います。顔と首のひどい火傷を、日本人の女性がごま油をもってきてくださって、それをぬって徐々に治ったことも話してくださいました。


日本の政策と差別について。

李さんに続いて話して下さったのは、待ちに待った小出裕章先生。小出先生の話を聴きたかったという方が沢山来られていました。

小出先生の話は、アウシュビッツの写真から始まりました。

そして、戦争責任に行きます。

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一番下の行、小出先生の姿で隠れている所は朝鮮です。日本は終戦記念日ではなく、敗戦記念日だと。アジアに侵略し、沢山のアジア人を殺した挙句の敗戦。


そんな日本に対し、8月15日は、韓国は「光が再び来た→光復節」、そして朝鮮は「祖国解放記念日」であると。

そして、すぐに思いました。韓国人原爆犠牲者慰霊祭に参加した時、在日本大韓民国婦人会広島県本部の方たちの悲しく美しい原爆犠牲者慰霊歌、フェイスブックにその歌声を動画で載せました。そして、一番だけの歌詞を載せました。


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その二番の歌詞です。

「解放された祖国の姿を見られないまま、原爆で犠牲になった兄弟。
8.15(光復節)を数日前にした8月6日を心に刻み、悲しみを乗り越えよう。
異国で孤独な魂 恨み死んだ人の霊をなぐさめ 冥福を祈ろう」


小出先生のお話、まだ続きます。

私は今日からお盆の休暇に入ります。いつもは日曜から休むのですが、明日土曜日は祭日の休みなので、一日早くから休みます。今日の夜、大分に車を飛ばします。義母の初盆の準備です。初盆が大変な行事の地域です。

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特別養子縁組の会議と「8.6ヒロシマ平和の夕べ」は少し

おはようございます。京都の朝です。

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昨夜、台風で動けなくなる前に、京都まで新幹線で移動してきました。広島はもう新幹線がなくとも、新大阪までなら遅くまであります。最終の一つ前の列車に乗ることができました。京都のホテルも急でしたので泊まりたかったホテルではありませんが、無事取れて泊まることができました。今日のお昼までに広島に帰って、約束の養子縁組の手続きに行きます。

昨日の特別養子縁組についての厚生労働省主催の会合、沢山の団体の方たちが集まっていて、こうなのかと驚きました。会合の中身も、びっくりすることが沢山ありました。モデル事業として、沢山のお金の補助がある団体も。私も特別養子縁組あっせん事業者ですが、全くボランティアとして、赤ちゃんと産んだお母ちゃんのために、むしろ持ち出しでやってきているものですから。こんど届け出制ではなく、許可制になります。いろいろと厳しい規制や義務が問われます。何回もの研修も受けなければならないそうで。研修の施行をする団体を今公募しているそうです。そんなこと、全然知らなかったけれど、正直、とてもしんどいことです。

また、特別養子縁組は、基本国内ですることという新しい法律につき、いろいろな異論も出ました。基地の近くの団体は、黒人の赤ちゃんも沢山生まれる、このような時には、日本国内よりもアメリカで育ててもらう方がいい場合もある、また、最後に「大切なのは命でしょう。子どもの命のはずなのに、やれ日本人は日本国内でというのはおかしくないか」と、強く言って下さる方もあって、少しすっきりしました。

また、目標として一年に1000人の特別養子縁組を目指すと言うのがあって、とてもとても違和感がありました。このような育てることができない出産がないようにすることが、私は目標だと思うのです。養護施設の充実や自相の職員を増やすことなどの福祉の充実よりも、個人の善意などに任せようとする国の魂胆が見えるような気がして。

また、これらの問題点等について、ここでご報告しますね。

さて、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」です。285人の定員の会場が一杯で、受付にいるスタッフや階段に座って聞いている人達もあって、本当に盛況でした。皆様のおかげです。沢山のアンケートも書いて頂いて、ありがたいことです。これらは、次につなげる活力にしたいと思っています。

さて、会ののトップバッターは松浦美喜とnancychnnel with friends の皆さんの歌と演奏でした。フェイスブックで多くの方がアップして下さっていますが、どうも左のギターの方が映っていないようなので。改めて私が写した写真をアップしますね。


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山本さとしさんの「ヒロシマの有る国で」と豊田勇造さんの「九つの鐘」それは素晴らしい演奏と歌でした。私は、動画で撮っているので、You tubeでも流したいのですが。

また、あすから平和の夕べのお話をしますね。
今日は長崎の原爆祈念日です。新幹線の中で合掌しましょう。

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