本のご案内です。

 平和公園などあちらこちらで片付けが行われてています。まだ市内には大勢の方がいらっして、慰霊碑にお参りをされたり、資料館に見学に入られたりしています。

 昨日ご紹介出来なかった演者の方などの本をご案内しますね。

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梶本淑子さんの本です。梶本さんの証言の時、後ろでパソコンの操作をして下さった、村田くみさんが取材、構成をなさいました。

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証言して下さった詳細が、この本の中に凝縮されています。ぜひお読み頂きたい本です。

森松さんの本。ここにも森松さんの思いのたけが凝縮されています。

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そして、やはり森松さんが持ってこられた本です。「子ども脱被ばく裁判」ーなぜ、子どもたちは守られなかったのか―東京電力・福島第一原発事故を問う・・重い本です。

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これらの著書は、お近くの本屋さんになければ、いずれもアマゾンで購入できます。

私たちの片づけ、アンケートの整理などは、まだ時間がかかります。そうそう、会計処理も。多くの方が賛同金を下さいまして、本当にありがとうございました。感謝申し上げます。

 私は、もう昨日から普通の生活、診療を行っております。大きなイベントが終わってホッとしていますが、大切なのは、これからですね。

 

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」ありがとうございました。

「8.6ヒロシマ平和の夕べ」無事終了しました。本当に皆様のおかげです。ありがとうございました。

 被爆81年、今年の平和の夕べは、

1. 梶本淑子さんの被爆体験「伝えなければ過ちは繰り返される」。14歳で被爆、今年95歳の高齢を押して、被爆証言を伝えて下さっています。その証言は生々しく、昨日のようには梶本さんの胸の中に残り続けております。それらを精一杯お話下さいました。

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2. 森松明希子さんの フクシマから「だれの子どもも被ばくさせない」ー「避難の権利」から問い直す「平和のうちに生存する権利」
 今回、三度めの登壇です。世の中から段々忘れられようとしているフクシマ、裁判で次々と原告が負け続けている現在、私たちは決してフクシマを忘れませんよ、という思いを伝えるのに、やはり森松さんしかいないとお願いしました。原発賠償関西訴訟原告団代表、9月2日のその判決が言い渡されます。元気いっぱいでお話下さいました。

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3. 
そして、平和講演は高橋博子さんの「核へのレジスタンス」。現奈良大学教授。広島市立大学時代から一貫して、アメリカの国立文書館の史料や人々の証言などを検証し、隠蔽されてきた核開発、原爆使用、核実験・原発事故による核被災の実態を解明してこられました。それらを丁寧にお話し下さいました。

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司会の私。ただ皆様をご紹介するだけですが。

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森松さんは、このタオルを首に巻いて裁判に臨まれるそうです。高橋先生とも、記念写真です。

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それから。以前、福島の原発事故から翌年、福島から若い女性たちが広島にやってきました。「私たちは子どもを生めるのだろうか」と。その女性たちの中心になっていたのが、日塔まきさん。彼女は、その後出産。息子さんと一緒にこの会に来て下さいました。うれしかった~です。この前日塔さんにお会いしたのは、被爆70周年。日塔さんのお腹には彼がいました。

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日塔なぎさ君は今、子役として活躍しています。今度8月29・30日に広島市県民文化センターで行われる演劇に出演します。

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暑い中、会場いっぱいに来られた様々な方たち、本当にありがとうございました。無事終えることができたのは、皆様のおかげです。私たちがこの会を始めて、今回がちょうど20回目です。休まず、毎年続けて参りました。これまで沢山の方が、お話し下さいました。もうお亡くなりになったかたも沢山。はだしのゲンの中沢啓二さん、ずっこけ三人組の那須正幹さん、京都大学原子炉研究所の小林圭二さん、韓国人被爆者李鐘根さん、初期の被爆者運動から闘い続けた池田精子さん・・。わたしたちのスタッフもこの間何人もの仲間を失いました。

 この会をいつまで続けられるか分かりませんが・・。ともかく今回は無事終えることができました。皆様に深く感謝申し上げます。

 

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原水禁世界大会でチラシ配り

昨日は、診療後自転車で「原水禁世界大会」の会場に駆け付けました。

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いえ、大会に参加ではなく(診療があって参加は無理です)、終わって出て来る方たちに「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のチラシを配るためです。スタッフ3人で配りました。

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 知らん顔して無視する人、いらないという人、いろいろですが、受け取ってもらえるだけですごくうれしい。世界大会に参加している人の中で、私たちの会に来られることはないと思うのですが、一つの運動として配ります。

明日の会についてのチラシ、ここに再度アップしますね。今年もいい内容でできると思います。今年は午後1時からです。お待ちしますね。

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朝は、広島市の慰霊祭には絶対に参加しません。毎年広島二中の慰霊式に参加しますが、今年は病院に行かなければならなくなったので、それも無理です。午後の司会はちゃんとします。


 


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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の最終会議でした。

昨日の日曜日は、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のスタッフ会議でした。

 具体的な確認事項(会場のこと、それぞれの講師の方々の予定、交通機関や宿泊のこと、お礼の金額等々)
当日のタイムテーブル、役割分担、持参物などなど。


 当日は、今年は12時30分受付開始、開場、13時開会です。これまでよりも30分早く始まりますのでご注意下さいませ。終了は16時35分の予定です。

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外は暑くて。自転車で出勤する朝からもう暑くて。この暑さで、8月6日がもうすぐだなあと感覚的に感じます。スタッフはみんないい人たちで、強引な人はいなくて、楽しく和気あいあいと、淡々と会議は進みました。それが何よりです。

 皆様、今年もしっかりしたmenuを用意しています。どうぞいらっして下さいませ。多くの方にお会いできますように。念の為、内容について、チラシを再度アップしますね。

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の発送作業でした。

 昨日は、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の発送作業でした。袋町の市民交流プラザの作業室に5人が集まって、手分けしての作業です。ここは、印刷機、紙の折り機などがそろっていて、とても大助かりです。チラシを三つ折りにする作業は、とても大変です。機械が、アッという間にやってくれます。

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名前のシール貼り、二重チェック、切手貼り、賛同金のお願い、振込用紙、それにチラシを入れて、封をする。計860枚。北海道から沖縄まで。お一人ずつの名前を見ながら、楽しくできました
。お亡くなりになった方が何人もいらっして寂しい思いもしました。

 それにしても、切手代の値上がりはきついです。個人宛のこれら以外、まとめて送るのも入れると、10万円近く。参加費はずっと千円で、今年も何とか頑張ってその料金で続けたいのですが、遠方からのゲストにはなかなかお出にくくなってきました。

 今週中に全国の皆様のお届けできます。内容も、今週中にアップしますね。皆様今年もよろしくお願いします。

 


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夕焼け

 梅雨の合間のお天気。気持ちいいなあと自転車で帰っていたら、ものすごい夕焼け。すごいなあ、きれいだなあと通り過ごして、ハッ!!写真を撮ろうとUターンして橋まで戻ったら、もうだいぶ薄れていました。夕焼けの色って、アッという間、どんどん変わるのですねえ。改めて、しまったなあと。でも、まあ、ちょっとはきれいなのが撮れましたので。

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原爆ドームの左側の橋の左端がTの字となっています。それを目印に原爆が投下されました。

 今日は、これだけのブログですみません。


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終わりました。

 二日目も大盛況で、すべて終わりました。本当に皆様ありがとうございました。

二日目も様々な方がお出でくださいました。

昨日は奥様でしたが、今日は脇田さんの長男さん。この度、正式に広島テレビで働いてると。さぞお父様も喜んでいらっしゃるでしょう。

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合唱の益田遥先生。2ショットで写って頂きました。

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演劇の最期のカーテンコールには今日は、伊藤さんも舞台に上がられました。大拍手。良かった!!

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合唱「レクイエムいしぶみ」は、今日はリアルで。素晴らしい舞台で、やっぱり聞くのは涙涙で。

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沢山のお客様の送り出し。ほぼ終わるころ、俳優さんたちと一緒に。あれえ?木下刑事役の井ノ口さんがいらっしゃらない。残念。皆様本当にありがとうございました。素晴らしい舞台でした。

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一通り片付けが済んで会場に入ってみると、制作協力統括のハーツコーポレーションの皆様が舞台の片づけをしていらっしゃいました。前日の仕込みも含めて、3日間本当にお世話になりました。済んだ後の空っぽの会場を見て、これだけ広い会場に、よく多くの方がお出で下さったと、改めて感動しました。

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伊藤さんを囲んで最期まで残っていたOBの写真を撮りました。もっとみんながいる時に集合写真を撮ればよかったのにと後悔でした。

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此の後、おしまいの晩御飯。昔話に涙が出るほど笑い転げて、終わりました。

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伊藤さん、久しぶりにお会い出来て、本当にうれしく楽しかったし、素晴らしい舞台を作り上げて持って来て下さって、ありがとうございました。どうぞお気をつけてお帰り下さいね。できれば、この「神部ハナという女の一生」を他の地域でも演じて頂ければなあと願います。その前に、リハビリを頑張って沢山食べて、どうぞお体を鍛えて下さいませ。いつまでもお元気で。またみんなと会える時が来れば、嬉しいです。

 

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「神部ハナという女の一生」中国新聞に掲載されました。

昨日は映画で今日は演劇の話なのですが。観音高校演劇部OB会主催の「神部ハナという女の一生」。

以前中国新聞社の記者の方の取材を受けていました。そのことはここから二日間にかけて書いています。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2026/03/post-fc2d83.html


その記事が今日掲載されました。

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大きなスペースでよく書いて下さっています。ちょっと残念なのは、第二部として、観音高校音楽部OBによる合唱曲「碑」があるということがなくって・・。「碑」は、観音高校の前身の広島二中の一年生が原爆により全滅した、その一人ひとりの生徒の亡くなる様を合唱曲にしたものです。広島では毎年公演がされていて、私も何回か聞きましたが、毎回涙なしでは聞けません。東京や関西でも何度か公演されています。余談の様ですが、この合唱曲はそもそも広島テレビが作ったドキュメント「いしぶみ 広島二中一年生全滅の記録」、初回は杉村春子さんが朗読された圧巻のドキュメントです。そのドキュメントづくりに、今回の演劇の演出の伊藤さんは、脇田さんに誘われて、アルバイトでお手伝いをされたそうです。今、ここにこんなご縁となっているのですね。そのドキュメントは、広島テレビの方の編集でポプラ社から出版もされていますし、これも以前書きましたが、漫画にもなっています。

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 それから、記事にもありますように、高校生以下は入場無料となっています。どうぞ、大勢の生徒さんに来て頂きたいと思います。後一週間になりました。ドキドキします。皆様、どうぞよろしくお願いします。


 


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「神部ハナという女の一生」の背景

 今度の演劇「神部ハナという女の一生」について。ちょっと私の思いをお話しておきたい思います。戦後、広島で赤ちゃんを産むかどうかと悩む女性は、他の地域の女性たちとはまた違った意味もありました。被爆という事実から。そのような女性の悩みにハナは向き合っています。そしてまた、異なる意味でのこの演劇の背景、日本の背景を見ておかなければと思います。

 そもそも、妊娠中絶というのは、許されないものとされてきました。それは、日本だけでなく、世界でもキリスト教等の宗教にに裏打ちされた物でもありました。アメリカのマーガレットサンガー氏が(1879ー1966)子どもをいつ何人産むか女性自身が決定する権利があると
唱えましたが、彼女は何度も投獄されています。

 そのサンガーさんの影響を受けて、日本でも、山本宣治氏(1989ー1929衆議院議員)が産児調節・なんと性教育という言葉も使って訴えましたが、結局彼は右翼に刺殺されてしまいました。

 日本では、1869年(明治2年)堕胎禁止法が制定されました。その旧刑法に制定された堕胎罪は、今も現刑法第2
編第29章(刑法212条-216条)に生き続けています。

 しかし、戦後の引き上げ者の急増、貧しい、食べ物もあまりない中でのベビーブーム、1948年に優生保護法が作られ、条件に当てはまる場合のみ、医師による人工中絶が合法化されました。1949年、さらに経済的理由で母体の健康を損なう恐れがある場合も中絶が可能とされました。しかし、それには、地域の民生委員を通しての地区優生保護審査会の認定が必要だったのです。


そしてさらに、1952年、中絶についてその地区審査会の認定が不要になりました。これによって、一挙に中絶数が増えました。ここにその数値をアップしますね。優生保護法ができても、1949年はまだ中絶は約10万件。1953年から1961年、中絶数は年間100万件を超えています。

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これをグラフにすると、こうなります。

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神部ハナは、9人ものこどもをすべて戦争や原爆で失い、みずからも原爆症を患います。彼女の所を尋ねてくる女たち。それは、出産をためらい、悩んで相談に来る、または中絶を頼みに来る女性たちでした。

 この舞台となった時は、このような、まだ戦後中絶が許されない時代。さらに、様々な差別の中で産むことをためらう被爆した女性たち。そのような背景があってのこの演劇が成り立っているということです。

 ちなみに、私は学生時代、被爆二世の女性たちと語り合いました。私たちは子どもをどうする?と。みんなと語りつくした後、私たちは産もうという結論を出しました。被爆者である親が私たちを産み、育ててくれた。まず感謝してその話を聴こう。そして、私たちは被爆者の血を絶やさない。産んで育てようよ。もしも障がいがあったらあったでいいじゃない。私たちの子だもの、頑張って育てようよ。子どもたちとともに核兵器廃絶を闘おうよ、と。そんな結論を出したのでした。そして、その思いは現代の福島の悩める女性たちとの話し合いにもつながりました。

 私はそんな思いで、被爆者である伊藤さんの演出のこの演劇を推薦し、一人でも多くの皆さんに観て頂きたいと、そう思って取り組んでいます。


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「神戸ハナという女の一生」近づいてまいりました。

すでにお知らせしていますが、観音高校演劇部O.B会主催、脇田義信没後20年追悼祈念、劇団世代による演劇「神戸ハナという女の一生」の公演が迫ってまいりました。もう一度ここでお知らせいたしますね。

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第一部は演劇、第二部に、観音高校音楽部O.B会による混声合唱「レクイエム碑」があります。碑は、観音高校の前身広島二中一年生全滅の記録を合唱曲にしたもの。18日土曜日は碑の合唱のDVの上演になりますが、19日日曜日は、皆さんで歌われます。

 この演劇の演出は、私たちと一緒に高校時代に演劇をした私の二級先輩、伊藤勝昭さん。高校、広島大学、RCCドラマグループと一緒に過ごし、その後東京へ行かれ、はじめは役者さんで、その後演出家になられました。

全く別のことを言うようですが。広島には被爆建物の陸軍被服支廠の保存、有効活用を望んでの活動が活発にされていますが、そこから毎月二回被服支廠ラジオがインターネットで放送されています。

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このラジオで、先日3月15日に、広島の演劇界の土屋時子さんが、伊藤勝昭さんにインタビューされました。それが、とてもいいインタビューで。お二人の昔からの広島での演劇や、その後が淡々とかたられたのですが、なんとも味があって、深いトークになっていて静かな感動がありました。いろいろとここに至るまでの経過やまさか、思う様な因縁もあったり。


 伊藤さんは生後4か月の時の被爆者で、お父様は小学校の校長先生。たまたま本当に偶然爆死を逃れられ、でも、教え子も同僚たちも皆さん亡くなった中で、生きるのもつらい時。駅のそばの市に食べ物を探しに行ったと。そしたら、ネギしかなかった。そのネギを一把買って、ふと見上げたら、比治山の向こうに虹がかかっていたと。その虹を見上げて、生きる希望が少し沸いてきたそうです。そして「ネギさげて、焦土の果ての虹あふぐ」という俳句を詠まれ、それが三滝寺に句碑となって建っています。お父様は、1946年、被爆の翌年、夕凪社という句会を立ち上げられました。この句碑は、15周年記念に建てられたそうです。それが、また、このラジオで語られていたのですが、土屋時子さんのお連れ合い、広島の演劇界で決して忘れられない「河」の作者であり演出家である土屋清さんのお墓の裏にあって、この句がいいなあと思っていたら、それが伊藤さんのお父様の句碑であると知って、驚いたと語られていました。


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また、伊藤さんは、学生時代に広島テレビの脇田さんのたのみで広島テレビでドキュメント「碑」を作る時の裏方のアルバイトをしたと。今回、「碑」の合唱と一緒にすることを何より喜んでいらっしゃるようすでした。

 まだまだ高校の演劇での脇田さんの指導についてとか、東京に行ってから、高校に演劇の売り込みに回ったとかそんな話がいろいろと語られました。ぜひ聴いてみてほしいと思います。

https://youtu.be/kysg58lLnnQ?si=wltgeQAH2P484du-

なお、チケットは、私のクリニックにも置いています。私は、久しぶりの演劇の裏方を務めます、楽しみです。

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