「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のプログラム

昨夜、ウォーキングで「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の会場に決まったRCC文化センターまで行ってきました。夜の会場です。iPadなので、きれいな写真でなくってすみません。京橋のライティングがきれいでした。

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8月6日を中心として被爆75周年の大会が様々開かれるのですが、今年は新型コロナの影響で、多くの会が中止や変更を余儀なくされています。「8.6ヒロシ平和の夕べ」のスタッフも全大会や分科会にいろいろと参加してきた「原水禁世界大会」もウェブですることになったとの発表がありました。

http://gensuikin.peace-forum.com/2020/05/31/75gensuikintaikai-20200531/

その一部です。詳細は、ぜひ上記ホームページを覗いてくださいませ。

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さぞかし苦悩された上での苦渋の決断だろうと思いますが、とても残念です。世界大会ともなれば、海外からの参加者も多く、仕方がないことなのでしょうか。

 私たちの会も窓を全開にして、外でしているのと同じような環境で何とか実行したいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の決定しているプログラムは、4月21日からのブログでお知らせしていますように、次のごとくです。


森達也さん  平和講演  ~「核を持ってしまった世界」を問う~(映画監督)

早志百合子さん 被爆体験と私の想い

樋口英明さん  原発事故を考える(元裁判官)

岡内章二郎さん  草笛演奏(草笛奏者、被爆二世)

仲村未央さん 沖縄から

宇野朗子さん 鴨下全生(まつき)さん  福島から

まとめ  米澤鐵志さん(広島電車内被爆者)

コーディネーター 河野美代子(広島被爆二世 産婦人科医)

皆様、ぜひ参加してくださいませ。無事、安全に開会できるように全力を尽くします。お待ちしますね。

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今年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」について

今年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」についてのお知らせです。大変お待たせしました。

今年は被爆75周年。この節目の年に、私たちは、「反戦・反核」をどう訴え、闘いを進めるか、さんざん議論してきました。多くの被爆者が「核兵器廃絶」の思いを抱きながら、思いを果たせず、次々と亡くなっている今、私たちはこれからをどう生きていけばいいのか。

 そして、今年は例年以上に力を入れて「平和の夕べ」に取り組んできました。その内容がほぼ固まり、演者の方たちの了解をえ、準備万端整えた所に、この新型コロナの攻撃が起こりました。それは瞬く間に、世界に広がり、席巻しました。多くの方たちが命を奪われ、職も奪われ、学校や仕事にも行けない状況が続きました。

 あれよあれよという間にこのような状況となって、私たちは頭を抱えました。オリンピックを初めとして、多くの行事やイベントが延期や中止を余儀なくされました。

何より戦争や核に反対し、人々の命・生きることを大切にしようという目的の私たちの会のために、参加の人々の健康を損なうことになってはいけないと。

 そんな中、少しずつコロナの攻撃も収まりつつ、人々の活動も復活してきました。できるかもしれない。

 これまでYMCA文化ホールには、さんざんお世話になりました。毎年人々が一杯集まり、熱気に満ちて議論をしました。しかし、そこは地下です。窓がなく、換気ができません。密を避けるという何より大切なことが満たされません。他意はありません。それだけの理由です。

 場所を探しました。そして、行きついたのがここです。

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RCC文化センターです。駅から近く、川沿いにある美しい建物です。そこの7階の7-34号室です。

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一面窓です。窓からのぞくとこんな景色です。

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川沿いからの入口です。

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反対の正面の入口です。

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勿論、皆様の健康を守るべく、最大の注意を払いながら会を決行しようと思います。もしも、これからの事態で会を中止、または変更しなければならなくなったなら、どうぞ、その節はご容赦下さいませ。

今、急いでチラシを作り替えています。もうすぐ出来上がります。出来たら、真っ先に皆様にご報告しますね。演者の方々も心よく、引き受けて下さっています。楽しみにしてくださいね。

 皆様、今年も広島の暑い夏に集いましょう。語り合いましょう。行動しましょう。広島でお待ちします!!

 

 

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原爆死没者名簿の風通し

日が変わってしまいました。ので、昨日、出勤時平和公園の慰霊碑の前にたくさんの人、人、カメラマン、テレビカメラ・・。何だろうと近づくと、ああ、毎年この時期に行われる慰霊碑の原爆死没者名簿の風通しでした。

横からです。正面は、カメラマンさん等が多くて近づけません。

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正面はネットからいただきました。

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今年は計31万9186人と。昨年の風通しから5068人分増えたそうです。どんどん被爆者が亡くなっていきます。一人でも多くの方の証言を聞いておきたいと思います。今年の8.6ヒロシマ平和の夕べ、まだあきらめていません。何とか、実現させたいとあくせくしております。そのうち、皆様にちゃんとご報告しますね。

 昨日の診療が終わってから、空調のやり替えが始まりました。どっと荷物が運び込まれて。

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夜と休診日を使い、昼の診療中は、屋上の室外機のセットなどに工程が組まれています。真夏の暑くなる前に工事をしてもらえて、よかったです。

夜、ユーポッポの帰りにちょっと寄ってみました。通行止めにして、クレーンが動いています。7階の屋上の古い室外機を下ろして、新しい室外機を上げるためです。

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ほんとうに大がかり。お金がかかるはずです。工事、無事終わりますように。

そうそう、昨日からゆーぽっぽ再開です。ホッとしました。広いお風呂、風がちょっと強めの露天風呂、サウナ。やはり気持ちよかったです。このまま無事にやり過ごされますように。

 私たちは、こうしてのんびり日常生活に戻りつつありますが。東京の子どもたち、孫、いったいいつになったら、学校にも行けるようになるのでしょうね。

 

 

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」③早志百合子さん続き

8.6ヒロシマ平和の夕べで話して頂く被爆者の方は、早志百合子さんです。昨日のブログで、なんと早志さんのお写真を載せていませんでした。つい、「原爆の子」や映画「ひろしま」などの画像に力が入ってしまいました。

はい、最近の早志さんです。ネットから戴きました。とってもお若くて素敵な方です。

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早志さんの前に、「原爆の子」がおいてあり、その右側にあるのが、「原爆の子その後」です。

長田新広島大学教授と作文を書いた子どもたちとの会「原爆の子ともの会」は、1961年、長田先生がお亡くなりになると自然消滅しました。1972年、執筆者の再開、集いの会再結成。「原爆の子きょう竹会」と命名されました。早志百合子さんがその代表を務められます。

そして、1990年から、原爆の子の執筆者にその後の原稿の依頼をされます。早志さんは、その前書きに「原爆の子」「執筆者が、原爆体験後、どう生きて来たかを書きつづることで、原爆というもの、戦争というものの悲惨さ、愚かさを、後世に伝えていくことを決めた」と書かれています。

しかし、執筆依頼に対し、「つらくてとても書けません」とのお返事も多くありました。集まった手記を編集し、1999年、「原爆の子その後」を自費出版されました。それは広島市内のすべての中学校の図書室や様々な公共施設に寄付されました。それがマスコミにも取り上げられると、読みたいという希望もたくさん寄せられ、あっと言う間にすべてなくなってしまったということです。そのままその書けませんのお返事も載せて、2013年8月6日「原爆の子その後」が再出版されました。

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子どもの時に被爆した方たちが被爆後の苦難に満ちたその後をどんなに生き抜いていったか、それらがつぶさに書かれています。両親が原爆でなくなって親戚に見を寄せた子は、遠足のお弁当を作ってと頼んだところ、ごはんにみそを塗っただけのお弁当を渡されたとか。それから、多くの方が結婚にあたって、相手の親から被爆者であることを理由に反対をされています。破談になってしまった方は、それをばねに、なにくそと頑張って生きたと。

元の「原爆の子」と照らし合わせて読むと、本当によく生きてこられたと胸が詰まります。

早志さん、よくぞこの本の出版をしてくださったと、感謝します。

早志さんの手記には、特にABCCで裸にされ体を調べられたことのトラウマが強く怒りと共に書かれています。

今、早志さんは、健康体操の主催者としてお忙しくされています。これは、「原爆の子その後」の中に書かれていますので、私が書いてもいいと思いますが、この体操を編み出し、今はNPO法人の代表をされていますが、全国に4000人もの会員がいらっしゃいます。今年は創立20周年だそう。その一部、お写真をフェイスブックから戴きます。全国大会の様子です。

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被爆であれだけの苦しみを負い、がんの手術も受けながら、今のお元気な姿に感動しっぱなしです。

こんな早志さんに今年の平和の夕べでお話いただく予定です。早志百合子様、私たちのお願いを受けて下さってありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。コロナが収まって会が開けますように・・。

 

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」②早志百合子さん

「8.6ヒロシマ平和の夕べ」では、必ず被爆者の体験を話して頂いています。「核廃絶」の悲願を果たせないままに無念の死を迎えている今、話して頂ける方たちが少なくなっています。でも、今年も素晴らしい方にお話しをしていただけることになりました。「早志百合子」さんです。

被爆で多くの子が殺されたり孤児になったりその後の原爆症や白血病などで次々と無念の死を迎えました。

そんな中を生き抜いている子どもたちに、自らも被爆者である広島大学の長田新教授が呼びかけ、自分たちの体験記を書いてもらいました。集まった多くの作文を編集し、1951年10月「原爆の子」を出版しました。

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現在出版されているのは、この文庫本です。

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子どもたちの悲惨な状況は、読んでいて、何度も胸が詰まります。

この本は、その後たくさんの言語に翻訳され世界中で読まれ、大きな反響を呼びました。その中に早志百合子さんの体験も収載されています。
早志さんは、9歳、小学三年生で被爆しました。爆心地から1.6キロの自宅は吹き飛ばされ家族みんな負傷、血みどろになりながら巻き起こる火事から避難しています。早志さんの体験記には、その時の死体や助けを求める人達の描写が子どもながら、しっかりと書かれています。早志さんは、その後は激しい嘔吐下痢などの原爆症に見舞われますが、生き抜きました。

 「原爆の子」に作文を寄せた子どもたちは、長田先生たちを中心に「原爆の子友の会」を結成し、集まりを続けます。

 長田先生は、さらに原爆の子を守る運動を展開され、「日本の子どもを守る会」を結成。それは日本の各地に「子どもを守る会」の結成へと展開されました。さらには、京阪神では、「原爆の子にこたえる会」が作られ、「原爆の子にこたえようー少年少女たちのねがい」という文集も作成されました。

さらに、被爆から8年、1953年、教職員組合が中心となって募金をし、映画「ひろしま」が製作されました。その映画製作には、「原爆の子友の会」の並々ならぬ協力がありました。その映画には、多くの被爆者が出演しています。早志さんも自らが逃げ惑った地での出演をしています。この場面などです。

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早志さんの活動はまだまだ続きます。明日に続けますね。

 

 

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」①福島の被災者のこと。

昨日の、Asahi.comに福島の被災者の方たちについて報道されていました。

https://digital.asahi.com/articles/ASN4G5TZWN3ZUTIL016.html?_requesturl=articles%2FASN4G5TZWN3ZUTIL016.html&pn=5

住宅支援を打ち切られ、住むところもなく、高濃度の内部被曝をしている人たち。コロナが深刻で、福島や沖縄の人たちなど、忘れてはならないことが忘れられています。こんな中、福島の人を取り上げて下さってありがたいことでした。

その記事の中に、今年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」で話をしていただく予定の鴨下全生君のことも取り上げてありました。鴨下君は、避難した先で、いじめにあってつらかった、その体験を平和の夕べで話していたたいたこともあります。ヨーロッパにも行き、体験を話し、ローマ法王にも事態を訴えました。その後ローマ法王が日本に来られた時に再会し、集まった方たちにも福島の現状、原発の非人間性を訴えました。

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以下、Asahi.comからです。


 『福島県から東京に避難している高校3年の鴨下全生(まつき)さん(17)。避難先の都内の小学校でいじめられ、中学では避難者と知られないようにしてきた。いじめによりPTSD(心的外傷後ストレス障害)にもなり、絶望感に苦しみ、死にたいと思うこともあった。 』


 『「大人たちは、汚染も、被曝も、これから起きる可能性がある被害も、隠さず伝える責任があると思います。それを伝えず、うそをついたまま、認めないまま、先に死なないで欲しいのです」

 スピーチと、教皇が鴨下さんを包み込むようにハグをする姿は国内外のメディアに報じられた。

 教皇は帰りの飛行機内で「安全が保障されない限り、核エネルギーは使うべきではない」「核エネルギーについては議論があるが、いまだに安全性が保障されておらず、限界がある」と語った。



 

いろいろとつらい状況の中でも、しっかり生き続けている彼に、どうぞ、8.6のヒロシマで話していただきたいと熱望し、受け入れて頂きました。

これからも、登壇していただく予定の方のことをご紹介していきますね。予定はどうなるかはわかりませんが・・。

 

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」についてお知らせです。

ここの所、日常生活をつづけながらも考え続け、全く胃が痛い思いが続いておりました。

「8.6ヒロシマ平和の夕べ」について、現在の私たちの状況をお知らせしたいと思います。本来なら、毎年、5月3日の憲法集会で出来立てのフライヤーを配り、同時にその日のうちに全国の方々に郵送をしてまいりました。今年も、フライヤーも出来上がり、いつでも配布できる準備はできております。

以下、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」実行委員会からのお知らせです。

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 被爆75年「8・6ヒロシマ平和の夕べ」についてお知らせ

 新型コロナウイルスの拡大により、「8月6日」がどのようになるのか予測できない状況が続いております。

 今年の「8・6ヒロシマ平和の夕べ」は、被爆75年にふさわしい内容で準備が整い、案内のフライヤーも準備できました。
 しかし新型コロナウィルスのため、5月以降の集会、集まり等はほぼすべて延期、中止となり、会議等の開催すら困難になっています。「平和・反核、命と市民の自由」をどう発信できるか、かつてないきびしい事態です。

 私たちは、例年のごとく、予定どおりに準備を進めてまいりました。しかし、なによりも皆さまの命と健康が大切です。

 講師、発言者のご意見もお聞きしながら考えて続けております。もう少し、5、6月の状況、「被爆75年の広島」全体の動きも見ながら、判断をさせて頂こうと思います。

 変更等については今後ブログ、ホームページ、FacebookTwitterなどでお知らせします。ホームページでは過去の集会のアーカイブ、書籍紹介なども公開しております。ホームページは「ヒロシマ平和の夕べ」で検索するか、次のアドレスから入ってくださいせ。http://heiwayube.org/

なにとぞ、ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。

    ~8・6ヒロシマ平和の夕べ~

          2020年4月21日

 

なお今回の講師、発言者のみなさんは次のとおり決定しております。(予定、順不同) 

森達也さん 平和講演 ~「核を持ってしまった世界」を問う~

早志百合子さん 被爆体験と私の想い 

樋口英明さん  原発事故を考える

岡内章二郎さん (草笛奏者、被爆二世)

仲村未央さん     沖縄から

宇野朗子さん 鴨下全生(まつき)さん 福島から

まとめ 米澤鐡志さん(広島・電車内被爆者) 

コーディネーター 河野美代子(広島被爆二世 産婦人科医) 

 

 

 

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」実行委員会でした。

昨日は、今年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の実行委員会でした。今年は被爆75周年。あちらこちらから集まって来ますので、新型コロナの心配もあって、さて、どうしようと話もしましたが、この会は10数名の集まりでもあり、今後のスケジュールもあって、決行としました。

集まった12人。会場は事前に換気し、テーブル、椅子は次亜塩素酸スプレーで消毒して開催です。

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今年の講演をお願いしている方たちの反応もとてもよく、メニューはスムーズに決まりました。75周年にふさわしく。あとはフライヤーのデザインについての論議をしました。和気あいあいと楽しく。

 これから予定通りのスケジュールで運びますが、さて。オリンピックも開催されるか否か不明な今、8月6日がどんな状況になるのか、心配ではあります。YMCAのホールは地下で、窓はなく。換気扇を精一杯回しながらの開催となるのでしょう。ただ、準備だけは怠りなくしておこうということです。

 会議は淡々と終わりました。場所を移して、お花見のお弁当を食べました。川沿いで桜を観ながらのつもりでしたが、雨が時々降って寒いし、桜はまだ全然咲いていなくて。室内でのお花見です。

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千鳥のお花見弁当です。

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この方が、話が近くて楽しく過ごせました。話題はやはり今の安倍政権。関西の自殺された財務省職員の遺書の公開でどうなるか。本当に嘘だらけの今の政権を早く何とかしなければ、この日本がどんどん貧しい国になってしまいます。

河井夫妻については、検察はやる気だけど、さて、秘書の逮捕起訴だけでなく、河合夫妻、さらにその上に行けるだろうか。そんな話を目いっぱいしました。

 ところで、その会のまどから外を見てると、とても不思議な光景がありました。こんな駐車場、どうやって車を出すのでしょうと。真ん中あたりには、パトカーもいるし。うーん。フェリーのように前から順々に出していくのでしょうが。

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想いが通じ合う楽しい仲間たちとの久しぶりの会でした。そのうち皆様に今年の8.6ヒロシマ平和の夕べについて、お話しますね。

ところで、そのコロナですが。思いがけない所での発生があって。大分の医療センター、私の兄が治療を受けている所です。25日にもオプジーボの点滴をするのですが、先生からとりあえず一週間延期をと連絡がきたと。もしも兄に感染すると、これはほんとうに命取りになるでしょう。医療従事者の感染は、たちまち様々な病の方たちに影響を与えてしまいます。気を付けなければ。

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「原爆が遺した子ら~胎内被爆小頭児をささえて~」⑤

これまで4回にわたってRCCのドキュメント「原爆が遺した子ら~胎内被爆小頭児をささえて~」について書かせて頂きました。読んでいただいてありがとうございます。でも、いくら、何回書いても、この作品の持つ重さを伝えることはできないなあと、もどかしい思いでいます。やはり、この番組こそ、今こそ、多くの人が見るべきとの思いが募ります。これを作られた平尾さんにお願いして、上映会ができないかと、本気で考えています。そのうち、皆様にお知らせするかもしれません。

胎内被爆のために小頭児として生まれた方たちは、その人生の苦闘が続いています。両親が全員亡くなって、兄弟がその生活を支えて、また、支える親族がいない人は・・。

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この方の元に、松永英美さんが久しぶりに訪ねて行った時、彼女は一人暮らし。父親が亡くなって、家はまるでごみだらけと化していました。無邪気で明るかった彼女もすでに亡くなり、でも、その死はどの親族にも知らされなかったと番組は語っています。

無口で多くを語らなかった秋信さんは、最後にその思いをカメラの前で語られました。多分、自分の命の限界を悟ってのことだったのでしょう。小頭児とその家族の方の無念を代弁すべく、秋信さんは語られました。

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天皇陛下のあの発言を引き出した(でも、それは申し訳なかったでもなく、すまなかったでもなく、「やむを得ないこと」としか言われませんでした・・)秋信さんは、さぞ心残りだったことでしょう。

遺されたきのこ会の方々は、みんなで時々集まっては、楽しんでいます。

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そして、この番組を作り、秋信さんからきのこ会の事務局を引き継いだ平尾直政さんは、この度、2月3日に広島から遠く離れ、情報もないままにひっそりと生きてきた、神奈川の小頭症の方の番組を作られました。

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広島で放送されたこれは、一週間だけここで見られます。ぜひ、多く方に見て頂きたいと思います。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200203-00450300-rccv-l34&fbclid=IwAR0hrezpQ2_VfssCaJDo6E0NyTTW7Y1O6-3QJKxnt_ITXCMmJgndIx0x64s

平尾様、番組の版権もあるでしょうに、私が書くことを許可してくださってありがとうございました。ますますのご健闘をお祈りします。そして私たちにもっと教えて下さいますように、お願いします。私も、私の持ち場で頑張りますよ~。きのこ会の目的の「核兵器廃絶」がどれだけ遠いことであったとしても、諦めることなく・・。

 

 

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「原爆が遺した子ら~胎内被爆小頭児をささえて~」④

天皇陛下在位50年の1975年、戦後30年。天皇陛下の初めての記者会見が行われることになりました。

 その年、あの山口の胎内被爆小頭症の女性の父親が亡くなりました。「帰りたーい、帰りたーい」と父親が行く度に訴えていた彼女と両親のルポを作った秋信さんは、抽選でその記者会見に出席することになりました。そして、「なんにもしていない、ただ、母親のおなかの中にいて、閃光を浴びた、それだけであんな姿になった、その彼女たちに何か一言あってもいいんじゃないか」と考えたそうです。広島の人間として、原爆問題は抜かせない。彼らには何の罪もないと。秋信さんのレポの中では、父親が「戦争が起こらなければ、原爆にさえ遭わなければ。」といいます。

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そのことについて、当時、一緒にRCCの東京支社にいた佐々木典明さんが、その心情等を詳しく書かれています。

http://hiroshima.moe-nifty.com/blog/2010/09/post-c4a2.html

ああ、典明さん・・・。典明さんがこの記事を書かれたのが、2010年9月28日。その翌年、2011年3月にご自分も亡くなっています。典明さんには、ずいぶんかわいがっていただきました・・。

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そこで、秋信さんは、「陛下は、昭和22年12月7日、原子爆弾で焼け野原になった広島に行幸され、昭和26年、46年と広島市民にしたしくお見舞いの言葉を述べられました・・。」ととても丁寧に質問をされ始めました。そして、

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「戦争終結にあたって原爆投下の事実を陛下はどうお受け止めになりましたでしょうか」と続けたのです。

それに対して、天皇陛下は、

「原爆投下がされたことに対してはいかんに思っているが、こういう戦争中であることですから、どうも広島市民にとっては気の毒ではあるが、やむを得ないことと私は思っています」と答えられました。番組では、ここのやり取りが鮮明に収録されています。

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1990年、胎内被爆小頭児45歳の誕生日。きのこ会は、それまでの方針から大転換を行います。それまで、ひっそりと両親が育ててきた小頭児たち。でも、その親も次々と亡くなりつつある今、世間にこの事実を公表し、親しい人、支えてくれる人を作ろうと。激しい議論の末、その45歳の誕生祝いの席に、初めてマスコミの取材を入れたのです。マスコミが一斉に報道しました。中国新聞は特集を組みました。

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60歳の還暦のお祝いの会です。

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今、懸命に彼女たち、彼らを育てた両親は全員亡くなっています。この写真に出てている方たちも何人も亡くなっています。

秋信さんも。大牟田さんも。

秋信さんは、亡くなる前のきのこ会には、参加できず、ビデオでメッセージを送られました。「参加して皆さんとおしゃべりをしたいけれど、体が動きません」と。

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そして、きのこ会の事務局は、今、この番組を作った平尾さんに引き継がれています。

もう一回、明日も続けますね。

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