「さしのべられた救いの手~原爆孤児たちの戦後」

皆さまにお知らせです。

今週の金曜日12月6日(金)23時から、NHK・BS1スペシャルで「さしのべられた救いの手~"原爆孤児"たちの戦後」が放送されます。不思議なことに、NHH・BSスペシャルの放送予定には、この前後の予定は全部出ているのですが、この日のこの時間の予定だけは「BS1スペシャル」とだけで、タイトルもなにも出てきません。でも、放送はありますので、ぜひ見て下さいませ。

 子どもの内に、被爆し、同時に両親も亡くした人が、どうやって戦後を生き抜いたか。

峠三吉の「墓標」。その一部です。

「・・・
仆れた母親の乳房にしゃぶりついて
生き残ったあの日の子どもも
もう六つ
どろぼうをして
こじきをして
雨の道路をうろついた
君たちの友達も
もう黒々と陽に焼けて
大人に負けぬ腕っぷしをもった

負けるものか
負けるものかと
朝鮮のお友だちは
炎天の広島駅で
戦争にさせないための
署名をあつめ
負けるものか
まけるものかと
日本の子どもたちは
靴磨きの道具をすて
ほんとうのことを書いた新聞を売る
・・・」

原爆で両親が亡くなり、生きるのに精いっぱいだったという仲間もいます。
この番組は、初めNHKの海外版で英語で作られ海外で放映されました。大変評価が高く、日本版として作り直したそうです。

ご案内まで。

昨日は、「トラウマ」の研修を受けました。それについて、思う事がありますので、また明日。

今日の記事には映像が無いので、これは今のクリニックの青野さんのお花です。初めはユリがつぼみでしたが、一輪咲くと、ぐんと華やかになりました。今日は、きっと、二輪か三輪咲いているでしょう。どうなっているか楽しみです。

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仲村未央さんの講演会

昨日、診療後、仲村未央さんの講演会に行って来ました。現在沖縄平和運動センター副議長。琉球大学卒業後琉球新報社の政治部記者、沖縄市議会議員、沖縄県議会議員。この夏の参議院選挙で社民党の比例代表として立候補するも落選しています。

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仲村未央さんに作って頂いた詳しいレジュメに沿ってお話しは進められました。「沖縄から見るこの国の課題ー自由、尊厳、平和をかけた県民の闘い」。胸がキリキリと痛むお話しの連続でした。

百田発言「米軍普天間飛行場は、もともと田んぼの中にあり、周りは何もなかった」「商売になると、みんな何十年もかかって基地の周りに住みだした」(2015年6月、自民党若手議員らの勉強会)

事実は、「1945年、沖縄戦で侵攻した米軍が占領と同時に土地を接収し、滑走路を建設。宜野湾村役場、宜野湾国民学校があり、松並街道が走る町の中心地だった。住民は同年10月から収容所からの帰村を許されたが、多くがふるさとには戻れず、米軍に割り当てられた飛行場周辺で集落の再編を余儀なくされた。」(宜野湾市史より)

オスプレイ配備撤回を求める実行委員会「建白書」、銀座パレード・・翁長那覇市長、県議会議長、全県議、全市町村長、全市町村議会貴重などによる要請団に街頭からのヘイト。「どぶねずみ」「売国奴」「日本から出ていけ」(2013年1月)

さらに。戦後報告書からも「切り捨て」られた沖縄

全国戦災史調査報告書(1977~2013年、総務省—一般戦災ホームページ)

戦災を被った年の空襲及び被害・・・
戦災により犠牲を被った児童の実情
戦災により犠牲を被った孤児の実情
戦災により犠牲を被った婦人の実情

などなどには、沖縄は全く出てこないのですと。

太平洋戦争による我が国の被害総合報告書・・人的被害・物的被害にも全く沖縄は出てきません。

「広島のごときは県民一三名に一名の割で被害を受けた事になり、長崎、東京も夫々二二名に一名、三三名に一名という高い被害率を示している。」それなのに、四名に一名が亡くなったという沖縄の被害は全く出てこないと。平和の礎には、24万もの人の名前が刻まれているのですが、国による沖縄戦の住民被害に関する調査は今日まで一度もなされていないと。

沖縄の苦悩は、今日まで続いています。「100の指標からみた沖縄県の姿」から、全国上位1位、または2位と下位47位(又は、ワースト5位以内)が延々と並んでいます。一位には新規高卒無業者比率とか、新規大卒無業者比率とか。ワーストには、平均年齢、県民所得、高校進学率、大卒初任給額とか・・・。

そして、辺野古について。沖縄中の反対にも関わらず(国会議員や知事選など)辺野古の工事は着々と進められているようではありますが、軟弱地盤や活断層の存在で、2019年7月の進捗率はまだ2.8%に過ぎないと。だから、今もまだ頑張れば止められると考えているとのことでした。

今、沖縄の報道は少なくなっています。
私たちは、これからも沖縄を忘れてはなりません。昨日の会は「広島と沖縄をむすぶドゥシグワー」結成の集いでした。勿論、私も会に賛同いたしました。

 

 

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Viento加藤貴光折り鶴平和音楽会②

昨日の続きです。大切な、志を高く持っていた一人息子さんを失くされた加藤りつこさん。「究極の苦しみの中で」人々とのふれあいの中で、徐々に立ち直って来られました。そして、2012年に「広島と福島を結ぶ会」を立ち上げられました。そのパンフレットを。

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見えにくいので、文章の一部を転記します。

「わたしたち「広島と福島を結ぶ会」は、2012年4月、会員8名で発足しました。東北の震災から一年、「東北で痛みを抱える人に寄り添いたい」との思いで小さな映画上映会を開催し収益と募金箱に寄せられた浄財を福島・いわき海星高校の復興支援のためにお捧げしたことから活動が始まりました。・・・」

活動を続けるうちに、加藤さんとこの会のことを知ったVientoのお二人が寄り添い、支えてこられたそうです。そのお二人の活動される熊本で、今度は2016年4月、大震災が起こりました。その復興のために2018年12月15日に「第一回加藤貴光~折り鶴平和音楽会」が開かれました。

 そして、今回、第二回目を広島の地で広かれるという事なのです。

「広島と福島を結ぶ会」のホームページはここにあります。


http://hiroshima-fukushima.com/


 


その中の加藤りつこさんの文章をコピーさせていただきますね。











 
<Vientoとの出会い> 加藤りつこ


私が、阿蘇の音楽家「Viento」と直接出会ったのは2009年。
間接的に出会ったのは2008年2月。亡き息子の手紙「親愛なる母上様」に曲をつけたマサ君が、旅の途中、熊本阿蘇で出会い、Vientoの吉川万里さんが、息子の手紙に共鳴してくださりつながった。
マサ君は、その時、私にこう言った。
「今まで日本で出会った音楽家の中で、初めて尊敬できる人に出会えた」と。 その頃から、Vientoの吉川万里さんは、コンサートの中で、息子の手紙のことを語り始めてくださった。
私は前向きに生きる気力も失せ悲しみの底に沈んだまま浮上する術も持てなかった頃だった。...
万里さんは、熊本や福岡など九州でのステージで語り続けてくださり、私の知らない所で貴光の名は、再びこの世で息吹いてきた。
親にとってどれ程感動であったか。喜びであったか。生きる力になったか。
そのVientoが、昨年4月の大震災で「被災者」になられた。
私は苦しさのあまり心がつぶれそうだった。
「今こそ恩返しの時」
そんな想いでVientoコンサートの開催を決めた。
ばらしい音楽家【Viento】の音楽の世界を広島で。



どうぞ、多くの方がこの音楽会に参加されますように。私からもよろしくお願いします。

 


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Viento加藤貴光折り鶴平和音楽会①

今日は、広島での音楽会のお知らせです。チケット、クリニックにもあります。

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Vientoとは、スペイン語で風。熊本では大変人気のあるお二人です。

この広島での音楽会には、「加藤貴光」との冠がついています。主催は、「広島と福島を結ぶ会」代表は加藤りつこさん。

もう、いろいろな所で報道されて、ご存知の方が多いことと思います。

高校時代に始まった湾岸戦争に胸を痛め、世界の平和に役に立つ仕事をしたい、そのためには国連で働きたいとの希望を持った加藤貴光さんは、広島の安古市高校から神戸大学に進みました。そこで阪神淡路大震災に会い、亡くなりました。

実は、貴光さんは、亡くなる直前にお母様、加藤りつこさんに手紙を渡します。「親愛なる母上様」からはじまる手紙は、読むと、それはまるで自分の運命を感じ取っているような、遺書のようなお手紙でした。

「親愛なる母上様
あなたが私に生命を与えて下さってから、早いものでもう20年になります。これまでにほんのひと時として、あなたの優しく、温かく、大きく、そして強い愛を感じなかったことはありませんでした。

 私はあなたから多くの羽をいただいてきました。人を愛すること、自分を戒めること、人に愛されること・・・。この20年で、私の翼には立派な羽根がそろってゆきました。

 そして、今、私は、この翼で大空へ翔び立とうとしています。誰よりも高く、強く、自在に飛べるこの翼で。・・・」

この項、続きます。

 

 

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「原発・被曝ホントはどうなの?学びのひろば」続きです。

「原発・被曝ホントはどうなの?学びのひろば」続きです。書籍のコーナーに、こんな本がありました。

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この中のこれ。分厚い本です。

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この欄は、「広島被爆児より発生せる悪性新生物」です。こんな論文がぎっしり詰まっています。

これは、昭和56年。私がまだ大学病院にいる頃に出版され、平成24年に復刻版が印刷されました。広島大学の先生方が総力で被爆の研究をした、その集大成とでもいえるでしょうか。いえ、今もまだコツコツ研究を続けていらっしゃる研究者は沢山いらっしゃいます。

ああ、これらがどういまの福島に生かされているだろうかと思いました。むしろ、隠蔽する方向に行っています。被爆者に悪性腫瘍が多いのは、当然のことなのに・・。福島ではなんの影響もないないと。

そこで頂いた今週、9・10日の樋口英明さんの講演会のお報せです。山口で二回。

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ああ、行きたいなあ。でも、この二日間、私は東京なので・・・。上関原発、ここに来てまた中電は建設の準備をしているし、山口県知事は、その許可を与えているし。

伊方原発広島訴訟の原告団長さんが手作りされている小枝の鉛筆。目、つぶっていらっしてごめんなさい。

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私も一本頂きました。これで、団長さんに頂いた鉛筆が二本になりました。

ああ、もっと早くに来て、昨日は無理だったけれど、一昨日、何とか来れたのではないか、もっとじっくり学びをすればよかったと後悔しながら帰りました。皆様、ほんとうに素晴らしい展示、ありがとうございました。

 

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原発・被曝ホントはどうなの?学びの広場

今日は、連休の後の激務の診療や、レセプトやらいろいろとあって、今までブログを書くことができませんでした。やれやれ。

今日は、やっと締め切り間際の県民文化センターの原発展に行きました。もっと早く行って、ブログを書いて皆様にお知らせすべきだったのに、申し訳ないことになりました。

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今年の原発展、「学びのひろば」として、沢山の学習会が開かれました。私は、資料をいたたいたのですが、素晴らしい。伊方原発広島裁判の原告団や応援団の方たちが皆さんで準備された展示です。こんな内容。

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頂いた資料です。すっごい内容。準備は本当に大変だったでしょう。二日間連続で学習会に参加して、原告の一人になると申し出た方もおありだったそうです。

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いいなあ、私も原告になりたいなあと何度も思ったけれど、これ以上活動の場を広げると、何もかも中途半端になってしまうと、ぐっと我慢です。

沢山の展示も力が入っています。

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ずっと映像も流されています。行った時は、丁度東電刑事裁判の映画でした。

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明日、もう少しこの展示についてお話しますね。

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安田純平さんの講演会

昨日は、朝から夜中までかかって、4講演分スライドを作りました。まだあと二つあります。今日の内に全部済めばいいのですが。

 久し振りに福島の講演をするので、いろいろとその後の調べ物をしていて。福島の子どもの甲状腺がんの疑いは今年の10月7日の発表で、231人にもなったのですね。(うち一人は手術で良性と分かったそうですが)前回の発表から、さらに13人も増えたというのに、そのような報道は、全くされなくなっています。広島と福島の放射線濃度を調べると、やはり福島はうんと高いのです。それらのデータ、グラフを講演の中では、きちんと提示したいと思います。

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 先日、11月1日、「憲法のつどい・ヒロシマ」の安田純平さんのお話を聴きに行きました。講演は午後6時からですが、私の診療は6時受付まで。新患の予約をあらかじめ切っておいて、できるだけ早く行こうとしたのですが、行った時には、もう安田さんのお話が始まっていました。それに、席が一杯で。何とか一番後ろの中の方に席を見つけて、座らせてもらいました。後で主催者の発表によると、参加者は550人もだったそうです。

 安田さんが取材されたシリアの内戦の状況、こどもや母親たちが攻撃された様子などのビデオを見せてもらいました。

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こういう状況は、どなたかが現地に行って取材をして頂かないと、私たちが知ることにならないのです。

安田純平さんは、シリアに行き、40カ月も拘束されました。なぜシリアが内戦状態になって、40万人もの人々が殺されるような状況になったのかや、権力に対しての批判、レジスタンスなのを、権力が都合の悪い人を「テロリスト」と呼ぶようになり、「テロリストだから殺されても仕方がない」という世論が作られて行ったことなどをとても分かりやすく話して下さいました。

拘束を解かれ、無事帰って来られましたが、それにさいて国は全く動かなかったこと。それなのに、帰って来た安田さんにはバッシングの嵐でした。

ジャーナリストにとって絶対に安全な方法は、「現地に行かないこと」であること。すなわち現地の報道はしない事に尽きます。反政府側の手引きでシリアに入国したものは、一度はみんな拘束され、そのスパイ容疑が晴れたら拘束を解かれるという事。これは初めて知りました。

 それにしても、40カ月もの間、拘束をよく耐えられたことと思います。身代金については、絶対に払ってはいけないということを知恵を絞って暗号で家族に教えたこと等、少々のユーモアもまじえて、開くことなく話して下さいました。

 そして、最後は、みんながしたいことをできるような社会であること。みんなが同じ方向を向いて、同じもの見、同じことをするのでは、何も発見はなくなってしまうという事。本当に共感しました。

最期に主催者からのアピールの読み上げと採択が行われました。写真なので字が小さいのですが、ここにアップさせていただきます。

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安田さん、頑張って生きて帰ってきて、私たちにお話し下さってありがとうございます。これからは、ぜひ安全な所で‥?変かな?私たちにいろいろと教えて下さいませ。

 

 

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デニ・ムクウェゲ医師の講演から

10月6日のコンゴのデニ・ムクウェゲ医師の講演会は写真禁止、最後に主催者からのお礼と記念品の贈与の時のみ撮影許可となっていました。これは、最後に主催者の代表の渡辺朋子さんから記念品を渡す所です。司会のピースボート・アイキャンの川崎哲さん、ムクウェゲさんと通訳の大村祐子さんです。

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ムクウェゲさんのお話。

コンゴは、鉱物資源が豊富な地。広島の原発のウランはコンゴで採掘された物でした。今私たちが使っているスマホやパソコンに使われる鉱石コルタンの8割がコンゴに眠っています。

コンゴの武装集団は、1996年10月6日、くしくも広島で講演されるその日、ムクウェゲ氏が勤務している病院を襲い、30人の犠牲者が出ました。その時、生きたまま埋められた女性の助けを求める声が今も耳に残っていると。そこから始まって、コンゴでは、今に至るまで資源を求めての襲撃が続いています。コルタンが眠っている村を支配するために組織的に武器としてレイプを考えだしました。村を襲撃し、24時間のうちに次々と女性たち、時には男性のことも襲います。あらゆる年代の。ムクウェゲ医師が手当したのは6カ月の赤ちゃんから、80才の方まで。家族の目の前で襲い、レイプした後に、女性の性器を破壊します。この武器は、安価で効果的です。これらは、命令の元に組織的に行われます。

眼の前で女性たちが犯されるのを見た男性たちにも深いトラウマを与えます。性器を破壊された女性たちはその後子どもを産めなくなり、人口減少につながります。家族みんなその村から逃げだし、武装勢力は資源豊富なその地を手に入れます。そのレイプにより妊娠した女性は、襲った兵士の子を産むことになり、その子は嫌われ、暴力の元に育ち、暴力しか知らない子に育ちます。

そのような状況が続く中で、このような状況をどうすればいいのかとムクウェゲ氏は語られます。

明日に続きますね。

 

 

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二人の方の講演会

今日は、二つの講演会のお知らせをしますね。

早い方から。

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1996年から紛争が続いているコンゴ。これまでに600万人の犠牲者が出るなど、住民に対する人権侵害。中でも、組織的な性暴力が行われています。デニ・ムクムクウェゲ医師は、コンゴ・東部のパンジ病院で性暴力の被害女性たちの救済に力を尽くして来られ、2018年にノーベル平和賞を受賞されています。また、パンジ基金を設立し、被害者の保護活動だけでなく、本質的な問題解決のために国連本部をはじめ世界各地で性暴力被害に関する演説を行っています。

ご本人のたっての希望で広島訪問が実現しました。講演には、事前の申し込みが必要です。

チラシをクリックすると大きくなります。そこに記されているオンラインfoamかFax(03-3363-7562)で申し込んで下さい。氏名、連絡先(電話番号)、所属・職業・学校等が必要です。

日本の性暴力の被害者が大変みじめな状況に置かれていることを知られると、びっくりされることでしょう。

もう一つ。これは少し先ですが。

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こちらは、事前申し込みは必要ありません。参加費が500円必要です。今ほどジャーナリズムの真の力が必要とされる時は無いでしょう。大変楽しみにしています。


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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」反省会3

今日は、朝早くからドック入り。マンモの痛いこと。あの痛みは何とかならないものでしょうか。あそこまでおっぱいをギューギューにしなくてもと、本当におっぱいが壊れるかと思いました。胃カメラは、昨年麻酔が効かずとても苦しかったので、今回は眠り薬をしっかり入れて下さいと頼んで。この度は、痛みもなく、眼が覚めたらベットで寝ていました。とても楽でした。でも、一日中頭がボーとしています。しかし、この胃カメラの前の麻酔。あの苦いのも、何とか工夫できないものでしょうか。甘い麻酔を開発するとか。

 後は、そのボーとした頭で電話当番。当番はてんてこまいでした。夜は、司法の方との面談の予定。それが済むと、若い人からの深刻な相談の予定。とてもてとも忙しい一日です。

 さて、8.6ヒロシマ平和夕べのアンケートです。時間一杯のスケジュールの中で沢山の方がアンケートに答えて下さいました。ありがとうございました。中からいくつかご紹介します。

反核運動と反原発運動が表裏しているもの。反核兵器にははんぱつは少ないが、反原発は敵視する人が多いというお話を始めて聞いて自分のイメージとは正反対だったことにびっくりしました。(40代 広島市)

対韓排外主義と闘える内容を望みます。河合弁護士、もの凄いアジテーターでした!(68歳 兵庫)

被爆証言と平和講演は、特に心うたれました。子どもたちに負の遺産を残さぬよう、できることをしていきたいと思いました。(40歳 広島)

体験者、現在の活動者などの意見に加え、河合さんのような活動者(表舞台の)のまとめ、地域の活動など引き続き聞いてみたいです。福島の高校生の話(対談)が良かったです。 (49歳 広島市)

原発は終わりだということが益々はっきりしてきた。あとは終わらせるだけだと思った。 (77歳 神戸)

私達は、脱原発運動でいつも訴えている、原発に核爆弾の危険を訴えています。その確認を続ける勇気を再度もらえたと思います。 (69歳 兵庫)

切明さんと言う方は、一度テレビでお話になっているのを聞き、いつか機会があれば聞いてみたいと思っていました。広島で聞くことができて本当に感動しました。今日、日清、日露のことなど考えてこれたので、そのことが加害のこと、被爆の被害のこと、いずれも心に沁みるものでした。生の言葉で伺うことができて、やはりの思いと、改めての思いが心を突き動かしています。

水戸さんのお話、ゆりかさんのお話、いずれも知らないことではありませんでしたが、とても良かったです。河野美代子さん、ありがとうございました。

沖縄には何人か友人がいます。その歴史は学んでいますが、いつもささやかなことしかできないことに、いらだちに襲われます。辺野古には2度行ったことがあります。(70代 広島市)

反核、反原発、平和、すべて続けて欲しい。(67歳 広島市)

被爆体験、沖縄の話―戦争後も沖縄の女性の被害が続いていることを改めて実感し、胸が痛みました。基町高校の学生が被爆体験を絵にしていますが、学生達が何を感じて描いていったのかなど。聞きたいと思います。もちろん、被爆体験も聞ける限り聞きたい。(56歳 広島)

初めての参加でした。まだまだ知らないことが多くあり、たいへん学習になりました。学んだことを今後、具体的に行動を起こしていきたいと強く思いました。自分にできることをひたすらに取り組みます。(59歳 福岡)


登場して頂いた、福島関連の水戸喜世子さんからのメッセージです。

いっしょに参加した神戸、大阪や、私の地元高槻の人たちも、命の尊さを感じる温かい集会だったと皆さんおっしゃっています。被爆体験を語ってくださった切明さんのご健康を祈るばかりです。同じ「コンクリート長屋」の全盲の友人が、参加できたことをとりわけ喜んでいました。

阿部さんは翌日の(伊方広島裁判)傍聴にも最後まで参加して、自分も原告の京都訴訟の話を発言する機会をいただき、意義深かったことでしょう。河合さんも彼女に心遣いをして、あれこれ話しかけてくれていました。今後とも、よろしくお願いします。(水戸喜世子)

お話させていただける機会を頂けたこと、本当に嬉しく思います。今日(7日)も、平和公園や資料館を案内していただいて、お弁当箱も見せて頂きました。これまでに広島に訪れたことはありましたが、全滅した2中のこととか全然分かっていなかったので、直接教えていただけてとても勉強になりました。発見の連続で大きく視野の広がる3日間を過ごさせて頂きました。ヒロシマ・ナガサキや沖縄、フクシマの悲劇が繰り返されぬよう、反戦・反核を訴えていきたいと改めて気づかせて頂きました。今年、広島に来れて本当に良かったです。またお会いしたいです!!! 本当に本当にありがとうございました!!! (阿部ゆりか)

このような文章をわざわざ書いて頂いた皆様、ほんとうにありがとうございました。

スタッフがバタバタして、お見苦しい姿をお見せしてすみませんでした。その事を、来年は手伝いましょうか、と言って下さった方もおありでした。恐縮です。

それから、今回は、色々な原因があって、赤字を出してしまいました。来年は被爆75週年。会議では、色々と案が出ています。経済的にも頑張って、何とか素晴らしい会にしたいと思います。問題は、この会に参加して頂いた方たちにこれからのアクションをさらに起こして頂く事。それに向かって頑張ろうと思います。

皆さま、ほんとうにありがとうございました。

 

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