「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の呼びかけ文を作りました。

昨日は、午後からクリニックに行って、仕事。というより、原稿書きです。

「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のフライヤーの呼びかけ文を作りました。「8.6ヒロシマ平和の夕べ」は、今年で12回目になります。これまでの全部の呼びかけ文を読みました。「今年も暑い夏がやってきます」から始まる年が多く。そして、その内容。

読むほどに、この社会がどんどん悪くなって行って、平和から遠ざかっているのをひしひしと感じます。憲法、沖縄、福島、原発、貧困、韓国・・。それらの原点にヒロシマがあります。

毎年、文を書くにあたって、うれしい事、明るい希望が持てることはなんにもないなあとため息をつきます。

プログラムは、素晴らしいのができました。貴重なお話を聴くことができると思います。

問題は、参加者の皆さんに、単に話を聴いてそれで満足して帰って頂けるのだけではなく、さらにどう行動すべきかを提示すること。私たちがこれから何をすればいいのかをお一人お一人に持ち帰って頂けるような会にすること。

これまでのフライヤーを見ながら、亡くなってしまった方たちも忍びました。最初のスタッフのメンバー、原伸幸さん、中村周一さん、そして、体調がお悪い中、貴重な話をして下さった「はだしのゲン」の中沢啓治さん・・・。この方たちに見守られながら、今年の会も行いたいと思います。

また、近い内に演者の方たちのご紹介をしますね。

クリニックにこもっていると、友人がソフトのアイスノンを二つ持ってきてくれました。冷やし冷やしするのがずいぶん楽になりました。特に、寝る時。クッションで右足だけ高くして、そこにソフトのアイスノンを足の上下に置いて冷やしながら寝ます。すごく気持ちが良くって楽です。良くなる予感があります。

そして、夜ご飯。夫がクリニックまで来てくれて、のんた寿司に行きました。外国の方がとっても多くて、中で番号札をもって待機です。ここはタブレットのメニューが英語版もあるので、外国の方にも人気があるのでしょうね。ずいぶん待ちました。

二人で頼んだものです。鯛のあらのお味噌汁は夫の物。大きな頭が入っています。

1

Photo_4

Photo_6

ここの北海道茶碗蒸しはサイコー。でも、右足を除いて体調はとてもいいのに、胃が縮んだのでしょうか。入りません。トロてっかは、もって帰りました。大満足でした。


『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。

広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。


広島ブログ

| | コメント (0)

あれから8年。

昨日は遅くなりました。平和公園を自転車で帰りながら、とても寒くて。

8年前も、こんな夜に、山で海で避難していた方たちはさぞ寒かっただろうと思いました。

あれからもう8年。あの地震を初めて知ったのは、診療中に娘からかかって来た電話でした。「ものすごく大きな地震だったあ」と、直ぐにテレビをつけてみて、その後途切れ途切れでしたが、津波の映像。スタッフと「原発は大丈夫かねえ」と話をしました。

この8年。まだ多くの方たちが亡くなった身内をしのび、苦しみ、そしてまだ原発の被害から非難している人もいます。原発は福島の方たちの苦しみをよそに次々と再稼働されています。

私自身のこの8年をも振り返りました。

福島の方たちともずっとつながっています。このドキュメントで知り合った女性たち。この中にはもうすでに出産して子育てをしている方たちもいます。

10

https://tvtopic.goo.ne.jp/program/nhk/39255/645208/

動画はこちらです。

https://www.dailymotion.com/video/x109r2h

福島から広島に甲状腺がんの検査、治療とともに保養に来る方々の支援も、ほそぼそとですが、続けています。この春休みにも、家族で来て頂きます。中にはとても厳しい治療を続けている青年も。

Photo

25

原発の被害を受けている方、避難している方たちにもお毎年「8.6ヒロシマ平和の夕べ」で話して頂いています。

201486

201686

Img_1337

福島にも行って、お話を聴きました。

Photo_2

私は、これからも、忘れることなく、広島の地でつながり続けたいと思っています。私の出来る範囲は小さいことですが、でも自分自身でできることを続ける事。今年も頑張っていきたいと思います。


『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。

広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。
広島ブログ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「父と暮らせば」の上演について②岡崎弥保さん

今年の7月7日に上演される「父と暮らせば」のチラシの裏です。

Photo

主演の岡崎弥保さんについて、もう少し。岡崎さんが毎年8月6日に東京において「父と暮らせば」の舞台を務められている事、埼玉の丸木美術館においても、「父暮らせば」の上演をされた事、沢山の朗読のCDを出していること、在京の沢山の被爆者と交流をしている事、などなど語りつくせませんが。

昨年11月、広島で丸木美術館主催で「原爆の図 いのちを観る いのちを歌う」が開かれました。岡崎さんは、この時に司会を務められました。その時の私のブログはここにあります。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-8b1f.html

その後、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のスタッフと食事をしました。その時の写真です。右から二番目が岡崎さん。

4

その時に岡崎さんの朗読・原民喜のCDを戴きました。そのブログはここにあります。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/cd-ebef.html

岡崎さんのブログはここにあります。とてもやさしいブログです。ぜひ覗いてみて下さい。

https://ameblo.jp/ohimikazako/

広島での公演をぜひ成功させなければ。チケットは前売り2000円(当日券2500円)。高校生以下1000円です。私のクリニックにも置いています。宜しくお願いします。

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。

広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。
広島ブログ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「父と暮らせば」の上演について①

一昨日の木曜日、大阪大東中から帰ってすぐにお会いしたのが、8.6ヒロシマ平和の夕べのスタッフの山下徹さんと女優の岡崎弥保さん。少し遅れて待って戴きました。
一緒に食事をしながらお話しました。(ああ、どうして三人の写真を撮らなかったのでしょう。お話と食事に夢中になってしまって。)

岡崎さんは、この7月7日に広島で「父と暮らせば」を上演されます。その準備のための来広でした。

Photo

あの、井上ひさしさんの名作。広島では度々上演されますが、岡崎さんは、これまで5年間、 8月6日には、東京・埼玉でこれを上演し続けています。8月6日、広島では大きなベントが何日も繰り広げられます。また、日常的に原爆をめぐって様々なニュースが報道されます。あまりそれらがない東京でも8月6日に何かをしたいけれど、という方たちが、この「父と暮らせば」を観に来て下さると。

そして、今年も8月6日には東京において上演されますが、その前の7月の広島での公演です。

被爆し、その後家にこもっている女性の元に、亡くなった父が訪れます。その父との会話が全ての脚本です。これを見たのは、何年前になるでしょう。

息もつかず観て、その後、深い感動の中で、私、一面、彼女がうらやましかったですね。亡くなった父が訪ねて来てくれるって。私も、今、父と遭えたなら、話したいことが一杯あるのになあと。

この時期にいつも思い出します。被爆者であり、教え子の多くを爆死させてしまった教師であり、でも、あまり原爆について語ってくれませんでした。私たちを懸命に育ててくれ、戦争はいけないと教え込んでくれました。18歳の早春、受験勉強でくさくさしていた私を、縮景園に梅を観に連れて行ってくれました。そんな父と、今だからこそ、話したいことはいっぱいあるのになあと。

この「父と暮らせば」の演出は、私の母校、観音高校の演劇部のOBで東京で頑張っている俳優であり、演出家でもある蒔村三枝子さんです。蒔村さんは、被爆二世で、「チンチン電車の鐘が鳴る」の一人芝居を広島でも上演しています。

私たち、観音高校演劇部OB会の有志も、そして、毎年原爆で亡くなった観音高校の前身の広島二中の一年生全滅の記録「碑」の合唱曲を歌い続けている観音高校合唱部OB会の有志も応援することにしました。


この上演について、もう少しお話続けますね。

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。

広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。
広島ブログ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

被爆証言と医学的解説シリーズ第一回の続きです。

寺前さんは、負傷した体を疎開先の五日市に横たえます。顔の傷で、左目は見えなくなっていました。向いに五日市観音小学校があり、そこでは毎日毎日亡くなった方を火葬する煙が昇っていたと。やがて病が癒えて、それまで誰に聞いても答えてくれなかった自分の怪我を、鏡を見て知ります。お化けのようになった顔にショックを受けます。

その内、学校で授業が再開。勉強が出きることに大きな喜びで通学しました。多くの学校の一年生たち、自分の妹も、入学しても勉強の一つもせず、戦争に動員され、そして原爆で焼かれて死んでいった。その妹のためにも頑張ろうと思ったと。

顔を焼かれた生徒は、自分の学校には数名しかいなかったと。みんな死んでしまったから。でも、他の多くの学校には、顔全部を焼かれた生徒が沢山いたと。自分の怪我は、その人達よりは、と慰めていたと。医師が本当にいなかったのですが、やっとドクターに出会い、そこで何回も手術を受けて、今の顔になったと言われました。

その寺前さんは、戦争のために動員され、死んで行った動員学徒の遺族の会を作ろうと奔走されます。何度も東京に行き、陳情したと、。そして、昭和32年、広島県動員学徒犠牲者の会を作り、その年の8月6日に第一回の「原爆追悼式」を開催されました。彼女は、初代の会長です。

さらに、寄付等を集め、今の原爆ドームの脇に、「動員学徒慰霊塔」を作られます。

5


ほんとうに被爆者の方たちの粘り強い運動には、聞いていて頭が下がります。どんなにかご苦労だったことでしょう。

そして。鎌田先生のお話がまた、ものすごいものでした。

近距離被爆者の健康調査。寺前さんの血液の細胞の染色体異常率は38.2%にも。その染色体の写真も出され、(私も染色体の研究室にいたので分かりますが)息を飲みました。


そして、寺前さんは、爆心地から540メートルで被爆。その推定被曝線量は3.8シーベルト。


昭和20年 左眼外傷失明・顔面熱傷瘢痕、右側上腕・前腕熱傷瘢痕
昭和63年子宮体癌手術(57歳)
平成3年 左乳癌手術(66歳)
平成11年 脳腫瘍(髄膜腫・目のすぐ後ろ)(69歳)
平成14年 甲状腺癌(72歳)

このような病を克服して、今も生き抜き、私たちに貴重なお話をして下さいました。そして、とてもうれしいこと。30歳で結婚し、悩んだ挙句元気な男の子を出産したと。そして、その子が大きな支えとなってくれていると。これは、とても勇気づけられるお話でした。


私は、鎌田先生は、近距離被爆者の健康調査をしていらっしゃるのだから、きっと二世の染色体検査をしていらっしゃるだろうと思うのです。そのお話を聴きたかったなあと。でも、途中で帰らざるを得なくって、質問できませんでした。最後まで居た友人に聞くと、染色体ではありませんが、それと似たような質問が出たと。そして、二世に影響はないとは言えないと言われたと。

鎌田先生は、二世の白血病のり患率が高いという発表もなさっています。この4回のシリーズ、聞き続けたいのです。私は、診療との兼ね合いがとても難しいのですが・・・。

でも、今回聞けただけでも、とても有意義でした。証言をして下さった寺前妙子様、鎌田七男先生、そして、企画して下さった皆様に感謝いたします。

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。

広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。
広島ブログ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

被爆証言と医学的解説シリーズ全4回、第一回

昨日の午後は、またまた行きたい会が二つ重なってしまって。われらが城さんと北仲さんの二人のコラボ。

Photo
それと、この被爆証言の会。

1
午前中の診療を終えて、三時の午後の診療までどっちに参加するか、 迷いに迷って。結局、被爆証言の会に参加しました。お昼も食べず、自転車をすっ飛ばして間に合いました。平和記念資料館地下の メモリアルホールはいっぱいの人。会は、写真撮影禁止。残念。会が始まる前に一枚撮らせていただきました。

2

爆心地から540メートルで被爆した少女。寺前妙子さんのお話と、医学的解説を鎌田先生が話すという、とっても画期的な講演会です。

鎌田先生は、爆心地から500メートル以内の被爆生存者78人の健康調査に取り組まれました。寺前さんは、当時進徳女子学園の三年生。学徒動員で袋町の電話局で働いていました。被爆で建物の下敷きになり、何とか這い出して、二階から飛びおります。顔の怪我で左目を失いました。燃え盛る火に追われるように逃げ、先生の助けを得て川を泳いで渡り、比治山に逃げます。そこで、重傷者という事で、兵隊さんに金輪島に連れていかれたと。一週間、人が段々少なくなった所にお父様が迎えに来て下さったと。その時に、県立第一高女の一年生の妹は、全身を焼かれ、己斐小学校まで何とか逃げついて、そこで亡くなったことを知りました。

その寺前さんの医学的検証を鎌田先生がなされたのです。これも、まるで偶然のようなきっかけでした。ある近距離被爆者の方と話をしていて、学徒動員で電話局で働いていたと。そこは爆心地から約500メートル。先生は進徳学園を訪れます。ひと月後、名簿があったと連絡がありました。死亡した生徒の名簿。重症者の名簿。その中に寺前さんの名前がありました。

電話局からも名簿を出してもらって、それを照らし合わせます。亡くなったのは60人。その人たちの亡くなった日にちも一人一人確かめ、その一欄もスライドで出されました。そこで、30人の生徒が生き残っていることが分かりました。その30人の内、28人の居場所を突き止め、彼女たちの健康調査をされました。寺前さんもその一人です。

このような、地道な研究が今も続けられているのですね。それは、感動でもありました。被爆者の染色体の分析も。

まだ沢山お話したいことがあります。
明日に続きますね。

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。

広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。
広島ブログ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コスタリカの奇跡・市長選、参議院選。

コスタリカの奇跡の映画を観た後、その場でディスカッションが行われました。映画の主宰者は、広島3区市民連合で、今150人もの人達が会員になって、共に活動しておられるとのこと。次々と手が挙がって、皆さん発言されていました。

2

3区市民連合は、「安倍暴走政治ストップ!野党は共闘!」と呼び掛けています。共闘で来るべき市長選や参議院選を。そしてなんとか命や平和や暮らしを守る人を出したいと。映画会に参加した人々は、はじめは、字幕を読むのが大変だった、パンフレットを買って、もう一度ゆっくり映画の中での発言を読んで考えてみたいとか、コスタリカの貧富の差が拡大している姿を見て、あんな風にはなりたくないとかという意見だったのですが。

その内に安倍さんの政治は止めないといけない、その前の市長を何とか変えないと、という発言が出てきました。中には、平和宣言に市民の想いを反映するからというので応募したが、変にゆがめられたという人も。

そして、安佐南の豪雨災害で被災し、今、眼鏡を買い替えたいけれど、そのお金もないという方の発言がとても興味深かったです。

「市長選、松井さんには替わってもらわなければ。今、この人なら絶対に通るという人がいる。その人を市長にしたいと。その人の名前は??・・・。カープの選手だった黒田さんです。」

と。黒田さんは、被災の後、一人で駆け付けて下さったと。その方の家にも来て、色々と手伝い、励まして下さったと。そして、どうやって野球界の民主化のために尽力したかという話もして下さったと。この人なら、ぜったいに受かるし、素晴らしい市長になると。

それは、素晴らしい案だけど、黒田さんは、立候補してくれないでしょうね。どなたか、本気でくどいてみたら、と思いました。そういえば、カープの元監督の古場さんが市長選に出たこともあるなあと思いだしました。あの時の古場さんは、とても評判が悪かったなあ、古場さんと黒田さんとは、全く違うけれどと。

私は、この会の代表でもある山田弁護士さんがいいと思って、会の後で、山田さんに言ったのですが、いえ、僕はダメです、とハナから首を振られました。

その後の参議院選も含めて、本気で野党候補を決めなければ。市民連合は、3区では、その中核になりうると思いました。問題は候補者です。

映画を見て、今の辺野古のこと、子どもの虐待死、老人や母子の貧困、全て政治の責任です。この上に憲法が変わったら・・・。憲法改悪を何とか止めなければ、そのためにはどうしたらいい?そんなことで胸が一杯になりながら帰りました。

はっきりしていること。一人でも多くの方にこの映画を見て欲しいと思いました。とても多くの示唆に富んだ素晴らしい映画でした。

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。

広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。
広島ブログ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

映画「コスタリカの奇跡」を観ました。

昨日、映画「コスタリカの奇跡」を観に行きました。8.6ヒロシマ平和の夕べのスタッフ3人で。

始まる前の会場。この後、いっぱいになりました。宅屯の方が来られているのに、びっくりしました。

4

司会は佐藤周一さん。カープのユニフォーム。カープの安部は好きだけど、安倍首相は大嫌いと笑わせました。一番に挨拶をされたのは、弁護士の山田延廣先生。以前、とてもお世話になったことがあります。この映画の上映会のために、沢山の人が尽力した、その中心の「ヒロシマ3区市民連合」にとても多くの方が参加していることが分かりました。

3

更に、この映画についての説明。これはアメリカのドキュメントです。出演者のインタビューは英語かスペイン語。私たちは必至で字幕を読まなければなりません。そのための事前の解説です。さらに、その解説をプリントして配っても下さいました。とても親切な主宰者です。

コスタリカ。中米のニカラグアとパナマに挟まれた小さな国。1948年に日本と同じ、戦争放棄の憲法を作りました。そして、「軍隊のない国」を貫いています。軍隊を持たないことによって、お金を教育や福祉にまわすことができました。教育費はもちろん無料。「日本では、大学に行くためにお金をためないといけないんだって?」というような発言もありました。医療は、どんな人でも、たとえ旅行者であっても、全て無料です。

人権、男女平等等にも厳しく、国会議員は一つに性が60%を超えない事とされていますし、同性婚は大統領選挙の大きな争点になりました。が、同性婚を認める候補が勝利しました。

自然は保護され、美しい海、少数の生き物も手厚く保護されています。(辺野古の海が重なって胸が痛い思いでした。)

でも、コスタリカの戦争放棄、軍隊を持たないという事も、何度も危機がありました。今、日本でよく聞かれる「よその国が攻めて来たらどうするのか」という問いには、ここにヒントがありました。隣のニカラグアが進出してきた時に、軍隊を持って撃退すべきという声にも、揺らぐことなく、国際法に訴えることによって解決しました。イラク戦争の時に、軍隊を組織して出せというアメリカの声に、時の大統領は、軍を組織することを決めましたが、それを阻止したのは、一人の大学生です。大学で法律を学んいただ学生が、最高裁判所に憲法違反であると訴えました。そして、その学生が勝利したのです。結果、イラクに軍の派遣をすることはなくなりました。

「軍があるから戦争が起こる」今、これを国民はしっかり意識に植え付けています。

しかし、まだまだコスタリカの行く手は厳しいという現状も余すことなく描かれました。今、コスタリカには、主にアメリカの資本が入り込み、大型店ができて小さな店はつぶれたり。コーヒーの産地であるのにスタバができたり。美しい海に☆五つの大きなホテルができて、地元にはちっともお金が落ちず、資本が根こそぎ持って行くという,これらの状況から、貧富の差が激しくなりつつあります。これをこれから、どうするのか、常に政治を司る人の責任が問われ続けています。


この映画の後、皆さんでのディスカッションがありました。それについては、また。

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。

広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。
広島ブログ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

映画「コスタリカの奇跡」

見たいと思っていた映画の上映会のお知らせです。もう明日になってしまいました。もう少し早くお知らせすべきでした。


「コスタリカの奇跡~積極的平和国家のつくり方」


日本の憲法が本当に危なくなっている今、改めて学びたいと思います。


Photo


予告編を貼っておきますね。




私には少し遠いけれど、がんばって行こうと思います。多くの方にお会いできますように。

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。

広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。
広島ブログ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あらためて、山下俊一氏への怒り。

昨日、またまたはらわたが煮えくり返るような思いをしました。福島で、原発事故の放射線は全く心配ないと言い回っていた山下俊一氏。その一方で、福島の子どもたちには深刻な可能性と言っていたと。東京新聞の記事です。

Photo
ウェブ記事はこちらにあります。この方が読みやすいです。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201901/CK2019012802000122.html 

この講演。講演全体の動画もありますが、これはまとめた物です。この動画は、私がヒロシマと福島について講演する時には必ず流します。



「フクシマ、フクシマ、何でもフクシマ。福島は有名になっちゃったぞ。広島長崎はもう負けた。」

「ニコニコ笑っている人には放射線の害は来ません。くよくよしている人に来ます。」

「子どもは多いに外で遊ばせなさい。」

こんなことを言っていいたその日に、その裏では、小児の甲状腺被曝は深刻なレベルに達する可能性がある」と関係者には言っているのですね。以前、福島の女性が言っていました。この講演を聞いた後、なあんだ、恐れなくってもいいんだと、して行ったマスクも外して帰ったと。その後で、庭の土や枯れ葉や屋根には、高濃度の放射線があるってわかったと。

本当に許せない事なのですが。でも、この山下氏は、その年、朝日がん大賞、2013年には、武見記念賞等の表彰を受けているのですね。

久々に山下氏の動画を観た後、この動画もまた見て、またはらわたが煮えくり返るような思いがしました。


">

福島原発の事故の前の大橋氏の発言がいかにウソであったか、その前から、小出先生がどれだけ頑張って原発の危険性を訴えられていたか、また改めて感服しました。これらの怒りで、改めてエネルギーを再注入して、平和の夕べに向かって頑張りましょう。

『河野美代子からだの相談室』
ここをクリックすると私の体の相談室と著書の販売があります。
ぜひ覗いてみて下さい。

広島ブログに参加しています。このバナーをクリックすると、
私のポイントになります。ご協力よろしくお願いします。
広島ブログ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧