「日本と再生・光と風のギガワット作戦」続きです。

「日本と再生」でそうなのかと思ったことの一つにドイツの発電の状況です。ドイツは、原発で作ったフランスから電気を買っていると言われていること。私も過渡期だから仕方がないかと思っていました。でも、現実は全く異なっていて、ドイツは電気輸出国になっていること。それも、自然エネルギーでの発電が主になっていてのことです。これは、メルケル首相が福島の原発事故を見て、決心したことで実現しました。

それから、面白かったのは、中国です。中国は、日本の原発事故に学んだという事、世界中のソーラー発電のパネルの70%から80%は中国で作っているので、太陽光発電は、低コストで簡単にできること。それから、広大な砂漠に膨大な数の風力発電の風車が設置されていました。

これは、会場で買って帰ったパンフに出ている、各国の方々が語った言葉を短くしたコメントです。改めて見てみると、世界中沢山の国を回られて、世界の発電事情をルポされた、これは貴重な映画だと思いました。

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この映画を作られた労力と情熱は大変なものだと思います。おこがましいのですが、私も少しだけですが、見学に行ったり、写真を撮ったりしているので、それをこの度の金沢での講演に使います。写真は全部私が撮ったものですので、版権は心配ありません。

山陰の風力発電です。

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大分八丁原の地熱発電所です。ここの発電だけで、22万世帯の電気が賄えるそうです。


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そして上関の原発建設予定地です。これは私が撮った写真でスライドにしたものです。この時、いるかが沢山来て船の周りを泳いでくれました。

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危険な原発よりも、こうした資源に恵まれている日本です。ますます自然エネルギーの活用をしていかなければと思います。




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「日本と再生・光と風のギガワット作戦」

昨日は、午前中は映画「日本と再生」を観に行きました。「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のスタッフにお二人と一緒でした。

午後はエイズの日曜検査の当番。

終わると、ひたすら講演のスライドづくりをしました。今週は、木曜日に「性被害・子どもの被害と薬物を使った被害」についての講演と、週末には金沢で「広島から福島へ」の講演をします。

スライドづくり、こんをつめてして全部出来上がって送り終えたら、頸と肩がカチカチで泣きそうになったので、ゆ―ぽっぽでマッサージをしてもらいましたよ。

「日本と再生・光と風のギガワット作戦」。「日本と原発」の続編です。河合弘之弁護士と飯田哲也さんが世界中を旅して、発電の状況のルポをします。原発や火力発電から、太陽光や風、地熱などの自然エネルギーを利用した発電に、世界中が切り替えている現実がよく分かりました。

日本も福島原発の事故以来、多くの人達が自然エネルギーの発電に力を入れているのですが。政策が何とも後ろ向きで。その陰に原子力村、利権を追う企業、政治家、学者たちの暗躍があります。

それにしても。3.11の福島原発の事故は、世界中に原発の危険性を知らしめることになっているのですね。ヨーロッパ、アフリカ、北米、中国・・・。自然エネルギーにどんどん変わってきていますよ。

それは、安全であるだけでなく、その方が発電コストが安いことがよく分かったこと。技術が進んで、経済優先でも、その方がうんと利益があるということが分かったと。それが大きいそうです。

映画の後、監督の河合弁護士のお話もありました。

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広島と福島を考え、福島支援の私たちの取り組みを今度お話する上でも、とても勉強になりました。

多くの人が鑑賞されますように。

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竹田雅郎さんの弁当箱②

広島二中の竹田雅郎さんのお弁当箱の続きです。

雅郎さんたち広島二中の一年生の全滅の様子は、ポプラ社の「いしぶみ」に記されています。杉村春子さんの朗読で広島テレビっ放送局が作った番組「碑」を本にしたものです。

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この本は、私の父の蔵書です。あの当時広島二中の教師だった父が昭和四十五年二十日発行の初版本を買って大切に読み、保管していた物です。

この本の「お寺の救護所で」の項に雅郎さんの亡くなった様子が書かれています。

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『舟入川口町にありました唯信寺は、仮救護所もつくられましたが、住職の子どもさん、大内俊くんが広島二中の一年生だったこともあって、八人の生徒がたどりついています。この八人のうちの一人小野敦君は、寺の救護所でやけどに白いくすりをぬってもらって、近くの家に夕方六時に帰ってきました。

「お母さん、かえりましたよ、といってくれたのですが、顔がやけどではれあがり、手当のしようがありませんでした。
やけどで痛かったのでしょうが、友だちの名をよんではがんばれといい、思いきり水を
飲みたい、と申しました。数をかぞえてみたり、友だちの名前を読んだりして気をまぎらわし、がまんして苦しいとひと言も漏らさず、その夜、七時半に死んでしまいました。」

小野くんのほかの七人は、手当を受けたあとそのまま寺に収容されたてのすが、全員が生きているうちに両親にあうことができませんでした。だから、お父さんやお母さんの話は、遺体をたずねあてたときに、お寺の方やそばにいた人から聞かされた話なのです。

  (中略)

坪木君と同じ日に、竹田雅郎君も同じように国歌をうたい、そして日本万才とさけんで亡くなりました。
 このことを、高田郡におられたお父さんが広島にでてきて聞かれたのは、戦争も終わった八月の末でした。』

まだ、たった70年余り前の、弟もこうして生きていて、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のスタッフの一人としてコツコツと活動している、そんな出来事なのです。

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竹田雅郎さんの弁当箱①

5月14日の中国新聞に載った記事です。

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竹田雅郎さん、私たちの「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のスタッフでもある竹田さんのお兄さんの弁当箱です。当時、広島二中の一年生であった雅郎さん。学徒動員で建物疎開に動員されていて、平和公園の川岸で被爆。その時の二中一年生は全員亡くなりました。

お弁当箱は、広島原爆資料館に大切に保管してあります。2013年6月、私たちは竹田さんに連れられて、そのお弁当箱を見せてもらいに行きました。それはここに書いています。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-b6e7.html

その時の写真の一枚です。竹田さんと沖縄の知花昌一さん、もう亡くなってしまった中村周六さんです。

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まだあどけない12才の少年が、炎に一瞬にして焼かれ、やっと舟入のお寺までたどり着いて、そこで亡くなったと。

その雅郎さんの名前は、二中の碑の裏に記されています。

広島二中の碑。これは昨年の8月6日、二中の慰霊祭が始まる直前。安倍首相の乗った車が厳重な警備の中、猛烈なスピードで通り過ぎていきました。

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慰霊碑の裏の亡くなった先生、生徒の名前。この人達が一発の原爆で焼かれ死んでしまったのですね。

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第一学年第六学級の右端に竹田雅郎さんの名前が。そして、左端には、8.6ヒロシマ平和の夕べにも来て頂いた松本正さんの弟さん、松本勝さんのお名前があります。

この項、続きます。


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9人の釜山③行きの飛行機の中で四国さんに出会う

釜山行、話の順番がぐちゃぐちゃですみません。

福岡空港から釜山への飛行機に乗る前に沢山置いてある新聞の中からひょいと毎日新聞を取りました。他意はなく、ただ、日ごろ自宅で毎日を読んでいるからにすぎません。そして、一面を見て、アッと思いました。

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すみません、狭い機内で写真を撮るのが四苦八苦できれいに撮れません。大好きな四国五郎さんの息子さん、光さんが父親が抑留されていたシベリアに足跡をたどって行ったというその記事です。私は、光さんのフェイスブックで見ていましたが、それが大々的に特集されています。これは九州版ですが。
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一面だけでなく、4面の全面を使って。

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またまたすみません。横向きで。これは二つに分けて撮りました。

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私は、四国五郎さんのシベリア記、我が青春の記録を購入しています。三人社発行。高価でしたが、あのシベリアの極寒の地で大変なご苦労をされた実録は、貴重な歴史書でもあります。あの温厚な四国五郎さんが、このような苦労をされたとは。よく生きていて下さったと感謝の思いです。

7_2 その四国さんのことが、もちろん光さんの ご苦労で、こんなに大きく報道されてうれしかったのです。

家に帰って、広島版を出してみました。九州版の方が大きく扱われています。どうして?四国さんはヒロシマの人で光さんは大阪の人なのに、どうして大阪本社の広島よりも九州の方が大きな扱いなのだろうと、夫に聞くと、九州本社も長崎を抱えていて、平和についての意識は高いのだと、そう言いました。

今、平和公園はフラワーフェスティバルの準備がすっかり出来上がっています。これが来ると、いつも思い出すのです。広島の画家の皆さん、四国さんや私の恩師の柿手先生などがいつも障がい者のステージ、マーガレットステージの前で似顔絵を描いていらっしゃいました。四国さんに似顔絵を描いてもらいたくて並ぶのですが、いつも順番が違って、他の方に書いてもらう羽目になって。とうとう描いてもらえないままに亡くなってしまいました。それが何より心残りで。

釜山への飛行機の中で、本当に偶然見つけた四国五郎さん、光さんの記事でした。

今日は、早くに出発して、また釜山に向かいます。またご報告しますね。

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ゴールデンウィークですね。北海道展です。

連休ですね。私は今日も仕事ですが。ゴールデンウイークの頃は、いつもそごうで北海道展が行われます。今回も、名古屋に行く前に行って、みそラーメンを食べました.今回のは、とてもとても美味でした。みそが甘めであっさりして。でも、ちからの中華そばミニばかり食べなれている私には、量が多すぎて、残念、残してしまいました。おいしいので食べたくても、胃が膨らんでしまって。

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そして、夫に鮭とばを、名古屋で娘と食べるために小樽ワインのナイアガラで作った大福を買いました。大福は、ふわふわで中に果物が入っていてほんのりワインの香りで、それは美味でしたよ。

北海道展を見て回りながら思いました。

結婚して45年。ゴールデンウィークはいつも大分行きでした。結婚したての頃も、妊娠中、そうそう、渋滞のブレーキを踏みっぱなしで、おなかが張って張って苦しかったことも。子どもが一人の時、二人になってから・・・。高速道路もなく、大渋滞の2号線を何時間もかかって。

ここ数年、昨年まで、いつも北海道展で義母や本家や義姉の家に持って行くお土産をどさっと買っていました。夕飯を義母と一緒に食べようと北海道のお弁当を買って、一生懸命運転して着くと、仏頂面をした母が「遅い!」とだけで、「疲れたでしょう」の一言もなく冴えない思いをしたこともありました。

ああ、今年はお土産を買う必要もないのだわ。45年間続いていた大分に帰ることもないのだわ。ゴールデンウィークは自由だ!!お盆は今年は初盆なので帰らないわけにはいかないけれど、来年は自由。お正月は今度から全く自由なのですよ。

自由になったので、またまたですが、明日と明後日の一泊二日で、釜山に行きます。明日の朝6時起きで出発します。一緒に行く人達がこれまでと全く違うので、きっと珍道中になることでしょう。韓国は平和そうで、うれしいです。またご報告しますね。

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2018年「8.6ヒロシマ平和の夕べ」フライヤーができました。

今年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のフライヤーができました。(それぞれをクリックして下さると、大きくなります)

いつものように5月3日の憲法記念日の集会場でチラシを配布し、郵送も開始します。内容も、カラーをふんだんに使ったフライヤーもとても良くって、自信があります。

写真を使うことを許可して下さった広島平和記念資料館、四国五郎さんのご子息四国光さま、丸木美術館(丸木ひさ子さま)、東京都立第五福竜丸展示館、ありがとうございました。

当日、登場して下さいます方々、どうぞ宜しくお願いします。

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ヒロシマ、沖縄、福島、憲法など、平和を考える一日にしたいと思います。そして、それぞれがどう行動するか、ですね。沢山の皆様の参加をお待ちしますね。

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伊方原発広島高裁決定の意義についての集会です

今日の今日のことですみません。午後、広島弁護士会館にて、伊方原発広島高裁決定の意味するもののシンポジウムが開かれます。

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 高裁の決定により、今伊方原発は稼働できない状態です。決定の理由に「火山の噴火の可能性」が言われました。

そして、それが意味するように、次々と九州などで噴火が起こっています。火山の噴火と地震。改めて、この日本は火山帯の上にできているのだと思わざるを得ません。

海渡弁護士ですね。お昼時間、自転車で駆け付けるつもりです。少しでも聞けたらと思います。

海渡弁護士のパートナーの福島みずほさんとは、6月に女性と政治について、それぞれの講演と対談をする予定でいます。また改めてご案内しますね。

さて、一昨日のことです。養父と一緒に家庭裁判所に特別養子縁組の申し立て書を提出しました。準備万端、全ての書類は抜かりなく用意しましたので、スイスイと終わりました。あんまり早くに終わったので、養父の案内で赤ちゃんと養母のいるお家に行って、皆さんに会ってきました。頬がふっくらとして、とても元気に育っていました。


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これで、一応の私のこの件についての仕事は終わりました。後は、実母と養子家族の今後の見守りですね。私が生きている限り、双方の支援をしていきたいと思っています。赤ちゃんは、もう、養親の方たちの人柄も分かっているし、きっと幸せに育てて頂けると確信しています。むしろ、実母のこれからの立ち直りですね。ほんとうに若くして、大変な出来事に直面しました。それを乗り越えて、今後の人生を豊かなものにしてもらうべく、支援したいと思います。

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2018年「8.6ヒロシマ平和の夕べ」について⑨福島から渡部美和さん

今年の8.6ヒロシマ平和の夕べ、福島からは、福島原発ひろしま訴訟の原告団長渡部美和さんに発言して頂きます。

ご案内のチラシから。

「原発事故は継続中、みんなが当事者であることを伝えたい。」広島市段原に生まれ、入市被爆の祖母を持つ三世。31歳の時、福島市に移住。ゆるやかな助け合い、自然農法に出会い、自宅でヨガなどのサロンを開き、障がい者ヘルパーとして働く。福島原発により生後二カ月の息子と広島に母子避難し1年後、夫も広島に避難した。福島原発ひろしま訴訟原告団代表。


福島原発ひろしま訴訟のホームページはここにあります。

https://hiroshimafukushima.jimdo.com/

そのホーム―ページに原告団長の挨拶がありますので、それを転載させて頂きます。

『日頃のご支援ありがとうございます。原告を代表し、お礼申し上げます。

広島で生まれ育った私は、福島の豊かな自然と人間関係に惚れ込み、原発事故の五年前に福島市に移住、2ヶ月前に自宅での出産を終えたところでした。事故後味わった、国と東京電力の、経済優先、命軽視の対応への悔しさと、コミュニティも家族も私自身をも崩壊して行く有り様に、もう二度と同じ原発事故被害者を生んではいけないとの思いを強く持ちました。
現在避難生活6年目に入り、日々の生活で手一杯になっていますが、この裁判に臨むことは私のライフワークになりました。裁判が終わったとしても、この国で被曝と向かい合う日々に終わりはありません。事故により分断されたコミュニティ、家族、私自身の修復と再生の取り組みは、生涯に渡り続いて行きます。
私たち原告が避難先に選んだこの地広島は、一発の原子爆弾で撒き散らかされた放射性物質により、多くの命が言葉に尽くしがたい苦しみを味わい続けて来た土地です。

その広島の地を生き、私たちの裁判に心を寄せて続けて下さっている支援者の方々に強い共感を感じ、励まされています。放射性物質は見えず臭いもせず、しかし生命にとっての長い時間をかけての脅威です。その中を今日まで歩み続けて来られた広島の人々に深い尊敬の念を持っています。
この裁判は、広島の地から発信する、未来への希望です。今は亡き多くの方々の思いと、今を生きる私たちの思いを重ね、形にしていきたいと思います。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
                  渡部美和  』

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福島と広島を重ね合わせてのお話、楽しみにしています。多くの皆様の参加をお待ちしますね。

 




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2018年「8.6ヒロシマ平和の夕べ」について⑧安次富浩さん

 8.6ヒロシマ平和の夕べについて、暫く掲載していませんでした。続きをご報告しますね。準備は着々と進んでいます。先日、私のクリニックにいらっして下さった年配の方があります。今年はどこでするのか、ちゃんと準備はしているのか、と。昨年、いろいろとご心配をおかけして、今年は大丈夫なのかとはらはらしていらっしたようです。

「ありがとうございます。ご心配をおかけしますが、大丈夫です、準備は着々としております。今年もYMCAでしますからね。」

「早くしないと、あちらの方は、もうチラシを送ってきてる」と。チラシを作り、配布されているのでしょう。

私たちは、毎年5月3日の憲法記念日の集会の場てチラシを配り、郵送することでやってきました。それを知っているから、それより早くにチラシを作り、送っているのでしょう。

そのチラシは私も見ましたけれど、なんとひどい。沖縄も福島も原発もありません。私たちは、「ヒロシマ」とともに、「沖縄、福島」は欠かせないと思っています。

その原則を無視しているのでしょうか。それとも、力がないのでしょうか。

 私たちは、私たちで淡々とすべきことをしていきますね。今日は、沖縄から発言して頂く方のご紹介です。

今年の沖縄からは、安次富浩さんに来ていただきます。以下、今年のチラシからです。


「日本政府は広島・長崎の被爆者の願いを無視し、核兵器禁止条約に反対した。沖縄は、核・原発、基地をとめる。東アジアの平和と『誇りある豊かさ』を求め、したたかに抵抗する。」新基地建設に反対し辺野古テントに常駐、オール沖縄、非暴力、直接行動でたたかう。

もう少し詳しく書きますね。ネットから。ここにあります、NETIBNEWS から転載させて頂きますね。2014年と、少し前のインタビューですが、全くぶれないで強い意志を貫かれています。
http://www.data-max.co.jp/2014/01/16/post_16455_ymh_2.html

 安次富 この問題の原点は、翁長雄志那覇市長、那覇市議会決議が示すように、保守対革新ではない。

「沖縄県民の努力によって、基地依存経済からおさらばしよう」、

「基地に頼るよりも観光や東アジアとの交易、自立し持続可能な経済へ転換しよう」、

「辺野古に基地を造れば環境が壊されるし、半永久的に基地は固定化される」、

「普天間を返してほしい、そのために豊かな海を壊す必要はない、豊かな海を活用しよう」、

「基地振興策に頼っていてはいびつな経済になる」。

保革の対立ではなく、沖縄の将来をどうするのか、沖縄のアイデンティティー、沖縄の尊厳をつくりあげていく、自己決定する問題だ。政府をあてにするのではなく、自分たちで未来を築いていくべきだ。名護市長選は、沖縄の将来の岐路になる。

 これまで、政府の国策によって、県民、名護市民、辺野古住民が翻弄されてきた。日本の社会は、1%対99%になっている。政治は、1%のエリート層が99%のことを全く考えていない。

 アジアの平和をつくるのは、武力ではなく、平和外交だ。戦後、戦争のない時代だった。それが、安倍政権になって、きな臭くなっている。

尖閣諸島をめぐって中国への防衛の拠点として沖縄が強化され、日本と中国との間で不測の事態が起きかねない。

安倍首相の靖国参拝には、中国、韓国だけでなく、インド、欧州も反発。国際社会は「アジアへの被害者に反省していない」と受け止めている。加害者は謝罪し、贖罪しなければいけない。



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写真も同じ記事から頂きました。明日は、福島から発言して下さる方のご紹介をしますね。

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