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性教協中国ブロックセミナー終わりました。④

性教協中国ブロックセミナーのはじめのスライドです。

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この中の1985年に「さらば、悲しみの性」を出版。その次に1986年4月6日「NHK特集 少女たちの産婦人科診察室~10代の性のカルテ」が放映されたと書いています。さらばの出版が評判になった後、三か月間NHKのクルーが病院に張り付いて撮影したもので、これもまた大変な評判になりました。私としては、放映された番組が相手の男性に甘くて、少女のみが責められているようで当時はへこんだものです。が、今見ると、それなりに問題提起をしている、40年も前にこんなことを言っている!!とそれなりに興味深く観ることができます。その一部を今回も上映しました。

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何しろ、そのころは、妊娠中絶が学校に知られるとそれだけで退学になるような時代です。実際生徒の退学を取り消してほしいと、県立高校の先生に必死に頼んで取りやめて頂いたことも何回もあります。男性と一緒に歩いていただけても停学、車に乗っているのを見つかるとこれも退学と、そうだったのです。

改めてこの番組を観ていると、当時のことが思い出されて、感無量だったりしました。

その番組を作る時、NHKに入局一年目の記者、青木紀美子さんがピンクのナース服(これは院長の指示でした)を着て診察室に入り、取材をされたものです。カメラは固定で私たち医師だけを撮る、診察室の患者さんは一切写らない、それでも、私たちの話だけで、そばにいる患者さんの姿は浮き上がってきました。勿論、カメラが私たちを写しているということは患者さんの了解を得ていました。

 その一年生だった青木さんがこの度東京から来て下さいました。その後彼女は主に外国で大活躍。2001年9.11のテロの時はニューヨークにいたし、ロンドン支局長まで勤めました。よく海外のルポに彼女が出ているのを見て頑張っているなあと思ったものです。今は、NHK放送文化研究所の研究主幹です。他に女性ジャーナリストの会等を主宰していらっしゃいます。私たちのこの会も青木さんが宣伝して下さって、沢山の女性ジャーナリストの方たちがオンラインで聴いて下さいました。

 あの可愛かったピンクのナース着の一年生が、こんなに偉くなってと、時の流れをつくづく感じます。あれから40年ですもの。

会が終わって、多くの皆さん帰られましたが、青木さんも昨日の安藤さんももう一泊されましたので、一緒に食事をしました。

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青木さんも安藤さんも会ってみたら同じ生まれ年で、同じ大学でした。その昔、すれ違っていたかもしれないと。お互いの話が面白くって楽しくって。いいひと時を過ごさせて頂きました。

 青木さん、安藤さん、皆様ほんとうにありがとうございました。

 そうそう、私の話で落としていたこと。福井で私の講演が急にキャンセルになって代わりに統一教会の人が講演していたこと。その学校は、翌年私を呼んで下さいました。聴いてみて、その違いが分かったみたいです。それから、私たちと一緒の会で子どもの虐待の講演したY先生がその後統一教会系のPTAから嫌がらせをされたこと。先生は、広島にいられなくなって、他県に転職転居されました。私たちがY先生が大変だと聞いた時には、もう遅すぎました。何のサポートもできず、本当に申し訳なくって。それから何年か経ってある会でY先生にお会いした時、多くの人の前で、謝罪をしました。城さんのふれあいの授業(お母さんが赤ちゃんをだっこするなど
心地いいふれあいと、性暴力に繋がる良くないふれあい等)を「ふれあいとはセックスのことです。小学生にセックスを勧めているのです」と、とんでもなく捻じ曲げた講演をしたMNさんは、私が家庭科の全国大会の講座を受け持った時、一番前の真ん中にその人が座っていて、びっくりしたものです。家庭科の教師でもないのに。激しく迷って私は、すべての配布資料を配るのをやめて、スライドもやめて、口だけで講演をしました。一切の証拠を盗られたくなかったので。講演が済んで、その人が一番に飛んで外に出た時に、入口を閉めてもらって、まだそこにいるほとんどの皆さんに理由とお詫びをして、それから配布資料をお配りしました。そのように、そのころはいろいろと警戒せねばならなかったのです。以上のこと等を落としていましたので、ここに追加をしました。

 あの中国セミナーからほぼ一週間になります。やっと疲れも取れて、次に向かっています。


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性教協中国ブロックセミナー終わりました。③

 実は、私は今回のこの講演は、これまでの私の集大成であって、単なる性教育の講演とは異なり、巷で言われているバッシングというものの、私たちの現場でどんなことが起こったのか、それも含めてきちんと整理しておきたいと思いました。それはとても苦しかったです。すでに書いたように障がいのある子どもの性教育について、教育委員会に後援依頼に行った時、どれだけじゃけんに扱われたか、まるで人ではないような対応をされて、悔しくて泣きながら帰ったりしました。その背景にバッシングがあったのは明らかでした。それも「歯止め規定」。中学生に「性交」は教えないとする指導要領。これが大きなネックになっていて、それがある限り正面から子どもたちにきちんと伝えることができません。それらを教えようとすると、過激な性教育と言われました。

 その歯止め規定を外すように、性教協として何らかの行動はとらないのかと性教協の代表幹事の方に尋ねたことがあります。2022年、広島で全国大会があった時参加者の前で尋ねたのです。その時にその方は「興味ないですね。」と言われたのです。「えっ?興味ないのですか。」私は驚きました。性教協として、歯止め規定に興味ない、それは腰を抜かすほどの驚きでした。「だいたい、外部講師は性交の話をしてもいいとなっているでしょう?この前、助産師さんに聞きましたよ。」と。私は、専門家と言われる私たち医師や助産師が言ってもいいものをどうして教師が言ってはならないのか、日ごろ子どもたちと真摯に向き合っている教師こそ、きちんとした言葉を使って伝えるべきだと思っているのです。あなたたちは使えるのだからいいではないですか、という返事に私は深く傷つきました。これが、私がこれまでどんなにバッシングでしんどくても、ひたすら信じて来たよりどころとして来た性教協の本部の幹部の言葉なのかと。あの教育委員会の人にけんもほろろに扱われた、それと同等の傷つき方でした。まさにパワハラだよな、と思いました。中央から地方への。性教協よ、おまえもか、でした。

 ずっとずっとそれが頭にあって。これは、もしかすると、地方の現場の私たちに、バッシングによってどんなにしんどいことがあり続けたのか、それをきっと本部の人たちは知らないのだろうと思い至ったのです。

 長い間性教育に携わって来て、日本の性教育の流れそのものと共に歩いて来た者にとっての集大成。そしてそれをちゃんと整理してやり遂げて、これから私自身の身の振り方も考えようと思いました。性教協広島サークルの皆さんとは、絶対に離れられない。でも、本部はどうするか、あの発言以来ずっと悩んでいる事をこれをやり遂げた上で考えようとそう思いました。きっと本部の人は誰も私の話など聞いてくれないでしょう。あの人が言ったように、地方の私なんぞの話には「興味ない」でしょう。やっぱりオンラインでも聴いてはもらえなかったようです。

 そのためにも、私の話をちゃんと映像に残したい。そして、それを文字に起こして何らかのものに残しておきたい。そう考えて、札幌の安藤先生に撮影をお願いしました。遠方からでも広島まで来られるかもしれないと言われた時に、ではお願いがあります、私の話をビデオで撮影してくださいと。安藤先生は、高校の放送部の顧問でずっと来た方。それも、NHK高校放送コンクールの全国大会の常連。ラジオドキュメント、テレビドキュメントの両方とも全国優勝をしている方。撮影はなれているはず。撮った映像をどうするのか、と尋ねられました。映像だけでなく文字に起こして、私の最期の本か何かを考えていますと。そして、それをやり遂げてくださいました。なんと、広島から帰られた翌日に、映像と文字に起こしたものを送って下さいました。映像を見ながら、コツコツと文字起こしをしようと思っていたら、なんと、AIでサッサと文字にできるのですって。

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実に正確。ほんの少し変換間違いを直せばいいだけです。ありがたくて。安藤先生、本当にありがとうございました。感謝感謝です。

 もうお一人、来て下さった方で、ご紹介したい方があります。また明日ですね。


 


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性教協中国ブロックセミナー終わりました。②

 どうもくたびれたのと、給料日を含めて日常の診療等があって、昨日はブログを書くこともできませんでした。今日はもう大丈夫です。で、中国ブロックのセミナーの続きを書きますね。

 短いお昼の時間を過ごして午後の一番には、城さんもギターで加わっているアンサンブル「花音」の演奏、歌でした。ヒロシマや平和の歌三曲。「おりづる」「青い空」「ヒロシマの有る国で」。ピアノ、フルートやバイオリンもあるかなり本格的なバンドなのでびっくりしました。会場の方も皆さん一緒に歌いましたよ。

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そして、城さん大忙し。午後は「学校で性暴力がおこったら~先生方との協働」城さんとスクールカウンセラーの中島三千枝さんの報告とワークショップでした。城さんと中島さんの写真は浜中先生から頂きました。

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参加者皆さんにこんな冊子が配られましたよ。

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中島さんを中心とするスクールカウンセラーの皆さんの力作を性教協広島サークルが製本したもので、お宝になります。これは被害・加害児童生徒が同じ学校に在籍している場合の危機対応手引きですが、そのほかの場合、異なる学校や社会人の場合でも、それから今、大変なことになっている教師による性暴力の場合にも、すべて応用できるものです。中島さんの実践は、先生方の研修をもしっかりしている事。それをすることは、先生方自身の力にもなることで、だから被害者だけでなく、加害生徒をもしっかりと受け止めることができています。皆さんに、そしてもっと時間をかけて聴いてほしいことです。

 当日、会場に、京都からメモリアル・キルト・ジャパンのポコさんがわざわざ来て下さいました。代表の寺口淳子さんからのテディベアとメッセージをもって。

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テディベアは、以前、エイズで人々が次々と亡くなっていた時、ボランティアの人から手作りのベアがプレゼントされ、それをぎゅっと抱きしめて苦しみに耐えていたというものです。京都では、ずっと華頂女子中学高等学校の寺尾由美先生が生徒たちと作り続けて、いつもメモリアルキルト展の時に展示、即売されています。その売り上げは、テディベア基金としてHIVの患者さんたちに役立たれています。
ここにブログを書いています。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/post-15f0.html

今回持ってきて頂いたベアは、なんと寺尾先生の教え子が教師になって生徒さんたちと後をついでいると!!跡継ぎなんて、すごい。ポコさん、寺口さん、本当にありがとうございました。会場で皆さんに披露できなかったので、ここで。

 それから、皆さんにご紹介するのが遅い時間で、すべての方にお話できなかったのですが、私の話の始めにちょっとだけお話した「原爆小頭症」の「原爆小頭症被ばく者と家族の会」の事務局長平尾直政さんもお出で下さいました。平尾さんには、2022年の性教協全国セミナーの時にお話していただきました。平尾さんは、その後『広島のともしび 原爆小頭症「きのこ会」と記者・秋信利彦』を出版されました。原爆小頭症がまだ正しく社会に認知されなかったとき、RCCの一人の記者が一人ずつ歩いて親御さんを説得したこと、その名前はABCCの職員の方がこっそり探し出して提供されたこと等、読み物としてもとても興味深く読むことができます。秋信記者が天皇に質問する段取りの執念と奇跡のような話は、圧巻です。
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それから、国立千葉大学の副学長の後藤弘子先生も、わざわざ千葉から聴きに来て下さってびっくりでした。全国の性被害ワンストップセンターで大変お世話になっています。性被害のことについては、ほとんど話ができませんでした。したかったけれど、時間の関係で無理でした。後藤先生ありがとうございました。話が済んでから私の所に来て下さって本当にびっくりしました。

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まだまだいらっして下さった方のお話をしたいのですが、長くなったので、また続きますね。こうしてお一人お一人のことを思いながら、私は沢山の方たちに支えられてきたのだということを実感しています。


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性教協中国ブロックセミナー終わりました。①

 昨日の「性教協中国ブロックセミナー」、沢山の方が参加して下さって本当にありがとうございました。企画から当日まで、中国ブロックの幹事、城さんが何もかも大奮闘して下さって、私たちは頼り切ってしまってました。何かあると城さん、城さんで、申し訳ないことでした。それから、前日も当日も、他県から、熊本、山口、島根、岡山、大阪、愛媛、徳島の会員さんたちが、会場づくりなどのお手伝いいただいて、助かりましたし、岡山の黒瀬さんは、オンラインの担当を、一気に引き受けてくださいました。ほんとうに皆様ありがとうございました。

 また、今回は、遠方からも多くの方が会場に駆け付けてくださいました。私が知っている限りでは、北海道、千葉、東京、京都、福岡、島根の益田から、それに広島でも市内だけでなく、尾道、福山、安芸高田、江田島等から会員外の方がいらっして下さって、本当にありがたいことでした。お仕事も、様々な方が来て下さいました。教師、医療関係者、カウンセラー、教育委員会の方、マスコミ関係の方、演劇関係の方、それにワンストップセンターは広島だけでなく、関東の方も。さらに、オンラインでは、青森から沖縄まで、本当に様々な地域から参加して下さいました。

始まる直前です。

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RCCのイマナマがニュースで取り上げて下さったので。ヤフーニュースでも出ていました。

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浜中先生が撮って下さった写真です。

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 回収、焼却を逃れた「ラブ&ボディBOOK」や「性生活の知恵」「HOW TO 
SEX」「スージーとフレッドの家族人形」、それに広島の教育界のベストセラーとなったと言われる統一教会の幹部が書いた本などをお見せしながらお話ししました。

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尾道から来て下さった浜中先生と。これは、高校の演劇部のOBの国本さんが撮ってくださいました。

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 私は、やっぱり最後の頃は、時間切れになりそうで端折ったところもあり、ちょっと残念でした。盛り込みすぎでした。

最期に、性教協広島サークルの皆さんへの謝辞を、胸が詰まって話せなくなるかもしれないから、書いてスライドにして、読もうと思ったら、やっぱり胸がいっぱいになって、読めなくなってしまいました。どうにももダメなので、司会の馬屋原さんに読んで頂きました。すみません。

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これがそのスライドです。

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時間配分がいっぱいいっぱいでしたが、でも、それなりにお話はできたかな?と思っています。性教育に反対する人達のことも証拠をそろえてお話したし。多くは、私のオリジナルのことをそろえたし。

 それから、午後の城さんと中島さんの話、「学校で性暴力の被害が起こったら」は、お二人とも、実践を元に貴重なお話をなさいました。私たちは、こんな実践をいつも身近に聴くことができて、幸せだと思いました。

 今日は、大仕事が済んで、ボケッとしています。といっても診療がありましたし、明日の給料作りのためにお昼時間には銀行を回ったり、夜にはお給料を作ったりルーチーンの仕事がありますので、それはそれなりにこなしました。ちょっとの間一休みして、またすぐに次の講演の準備をします。すぐ次は、うれしいことに小学生の授業です。それからは性教育全般について、兄妹間の性加害・被害について、特別養子縁組について、などいろいろなテーマが目白押しに待っています。またお知らせしますね。

 再度、本当にありがとうございました。皆様に深く感謝いたします。明日も、もう少しこの話を続けますね。


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いよいよ本日です。

二日ほど、ブログを書いていません。すみません。

性教協中国ブロックセミナー、いよいよ今日になりました。沢山の方のお申込み、本当にありがとうございました。配布の資料が
足りなくなって、追加追加で、昨夜やっとすべての印刷とホッチギスで止める作業が終わりました。でも、これでも足りなくなるのではないかと心配しています。会場の整備も、昨夜大勢の他県の性教協の皆様が結集して下さって出来上がりました。本当にありがとうございます。

 それでは、皆様会場で、また、オンエアの方にはパソコンで、お会いしましょう!!感謝を込めて。

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出来上がったと言いながら・・。

23日の資料が出来上がったと言いながら、何度も練習するうちに、直したり追加したり。今だにもうこれでO.K.となりません。同時に段々と緊張して、眠れなくなっています。昨夜も4時になっても眠れなくって。緊張すると、いつもこうなのです。

で、とうとうこれで良し!とたった今。もう切りがないので、これで終わりにしました。最後に追加したのが、性風俗です。風俗に努める人たちが沢山来られます。彼女たちの健康管理も大切なこと。で、7か月間に来られた風俗の方22人のデータ。一覧表の詳しいのはここには出せませんが。彼女たちの避妊と病気についてのスライドです。

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そして、私はこう結論を出しています。講演の中では、一覧表もアルバイトの高校生の事例も出したりします。

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これで終わりです。さあ、睡眠薬を飲んで寝ましょう!!

沢山の方が参加を申し込んでくださって、本当にありがとうございました。会場は定員一杯に。オンラインはその二倍の方たちが全国から申し込んでくださいました。とてもうれしくて。がんばってお話しますね。

 

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東広島で中学生に話しました。

 今日木曜の休診日は、東広島市の武田中学校に講演に行きました。中学生全員150人対象で、授業としては道徳の「命の授業」でした。初めての学校で、どなたが私をと言って下さったのかわからなかったのですが、行ってみると、私にお電話を下さりいろいろと打ち合わせをした先生は、家庭科の先生でした。以前三次市の学校に勤務なさっていた時に私の話を聴いたのだそうです。また、教頭先生は、広島大学の学生時代に私の話を聴き、著書を読んで衝撃を受けたと。もう40年前のことです。ありがたいことです。

 行ってみると、立派な学校で。なんと、学校にはプラネタリウムがあるのでした。この真ん中の赤いリボンがかかったような建物がそうです。

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玄関には生徒さんのお花の作品が並んでいました。かわいい春のお花たちです。

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廊下には、こんなのも。

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会場は、食堂で。大きな食堂。

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生徒さんたちはみんなまっすぐにこちらを向いて、よく聴いてくれました。あとで、生徒会長がお礼を言ってくれました。私は一生けん命覚えたので、ほとんど言われた通りと思います。

「僕は、二つのことを考えました。一つには、異性のことを知らないのは、よくないということです。僕はこれまで女性のことをあまり知ろうとしませんでしたが、知ろうと努力をすることが大切だと思いました。もう一つは、僕が大人になったときには、自分の子どもには、体や性について、絶対にちゃんと伝えようと思いました。順々に伝えていくことが大切だと思いました。このように人生の中でめったに経験できないお話を聴くことができて、ありがとうございました。」というようなことでした。自分の言葉で自分の感想をちゃんと話てくれて、うれしかったです。うれしくて握手をしましたよ。やっぱり生徒さんに直接話をするのは、楽しいです。

 この後、教頭先生は「学生時代に私の話を聴いたこと、その話は、今も心に残り続けている事。皆さんも今日の話を忘れないで」と言ってくださいました。

 生徒さんたちの感想が楽しみです。先生方、聴いて下さった生徒さんたち、ありがとうございました。

 そして、今晩は、23日の予行演習をします。準備はできたけど、後は時間内にちゃんと収めるように、どこを詳しくどこを簡単にというメリハリを作ります。


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教委に後援を拒絶された永野先生の講演

昨日書いた、障害児の性教育について。その中の永野先生のお話をします。それについて書いたのは、2009年7月20日です。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-7b20.html#comments



夏期セミナーが開かれています。


 性教協広島サークルの夏期セミナーの最中です。大変な雨、雷の中、多くの方に来ていただくことができました。


一番多いのは、障がい児・者の施設にお勤めの方です。ほかにも、耳の不自由な方には、手話通訳の方が来てくださっています。車椅子の方も、知的障がい児をお持ちの方も来てくださいました。遠いところでは、大阪から、それから岡山や県内各地から来てくださっています。


 講師の永野先生は、中学校の障害児教育を38年間続けてこられた方です。長い間の経験に基づいたお話しはとても具体的で楽しく進められました。二本のビデオも。障がい児の教育に使われている「もうすぐ生まれるよ」と、ダウン症の田中君の恋愛のビデオです。これは、テレビで放送されたドキュメントを編集したものです。


 永野先生の教え子である田中君は、ダウン症です。すごいダンスをします。週末はいつもダンス漬け。得意なのは、側転で、発表会などでは、舞台中側転して拍所喝采を浴びます。その田中君はやはりダウン症のきみちゃんに恋をしました。勇気を持って告白した田中君に、きみちゃんは、
「田中君は、ダンスも上手だし、お友だちとしてはとっても素敵です。でも、私には好きな人がいます。木村拓哉さんの大ファンです。田中君より、木村さんの方が素敵なので、田中君との結婚はできません。お友達としてだけのお付き合いです。」


と、はっきり断られてしまいました。ふられた田中君は、部屋に閉じこもり、好きな音楽を聞きながら泣きます。


 その後も、彼の就職活動など、生き生きと生活する姿がうつされます。彼は成人式の日にインタビューで、一番大切なことを尋ねられると、「好きな人と、お付き合いをすることです。」と答えます。彼にとって、恋愛は、一番大切なことなのですね。


そんなビデオをみながら、とても自然に障がい者の恋愛や性について、語ってくださいました。私には、とても語りつくせません。これからも、ぜひ多くの方に永野先生の話を聞いてほしいと思いました。


 お昼をはさんで、いま、分科会が開かれています。永野先生の続いての「障がい児・者の性教育」の分科会と、小学校の吉田先生の「キレないこどもを育てるために」怒りの表現の授業が行われています。吉田先生の後に、私の「インターネットをつかっての性教育」の発表をします。


 本当にの多くの方に来て戴いてうれしかったです。もう、教育委員会なんて、どうでもよくなりました。ただ、元教育委員会にいた方がこられて、受付で、名簿をチェックして帰られました。イヤな感じです。


 この永野先生が持ってこられたビデオの田中くん。永野先生は、きみちゃんがせめてお友達からお付き合いをしましょうとでも言ってくれたら・・と残念がっていらっしゃいました。私がこのビデオでとても印象に残ったのは、田中君のお兄ちゃんです。お兄ちゃんは、田中君に女の子にお付き合いをしてもらうなら、歯もしっかり磨いて、体もきれいに洗って、清潔にして、おしゃれもするんだよ、と教えます。それがとっても素敵で・・。以来、私は障がい児・者の性教育のお話をする時には、いつもこの話をします。そのビデオを見せて頂いて、もう16年も経つのですね。

永野先生のお話。沢山の方が来て下さいました。

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 少し前に「障がいのある人の体と性について~思春期から更年期まで~」と題して「広島県手をつなぐ育成会」でお話した時もそうでした。永野先生のお話の中でされたビデオ、きみちゃんに振られてしまった田中君、その田中君のお兄ちゃんのアドバイス等。手をつなぐ育成会はこんな会です。ホームページから切り取らせて頂きました。

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この後、お手紙を頂きました。

「(
略)
 先生から、障害のあるわが子の性との向き合い方について多くのご示唆をいただき、かけがえのないわが子の成長に伴う体の変化や危惧されることへの対応について、腰を引くことなく正面から気持ちのいい言葉を選びながらかかわることの大切さを学びました。

 講演の中で、「性say生」をバイブルとして紹介していただきましたが、性被害にあわない、加害者にならないためにプライベートゾーンをゆっくり泰寧に繰り返し教えること、性は大切なものであり生まれて来た主体として自己肯定力を高め素敵な人生を送るために身だしなみを整えたり清潔な身なりに努めたり、恋愛も、と少しポジティブな思いにも至りました。

 愛すべきわが子の自立とともに人生がエンジョイできるように支援者を増やし豊かな日々がすごせるよう環境を整えていきたいと考えています。
(略)」

このお手紙を頂いた時にはうれしかったです。とっても。そして思い出しました。教育委員会の方のこと。言い方にひどく傷つきましたが、でも、その時に多くの方々が来て下さって、お役に立てたと思いました。教師がいらっしゃらないのがすっごく残念でしたが。それにしても、どうして私たちのことを悪者にするのでしょうね。それがバッシングをする人たちに検証もなく乗っているということなのでしょう。

 その後、私は県立のすべての特別支援学校の保護者、教師の方たちに呼ばれて話しに行きましたし、広島市立も昨年末に行って、多くの方にお話を聴いて頂きました。しっかり永野先生の想いも入れてお話することができたと思います。

そんな思いも
込めて、23日にはお話します。多くの方が申し込んでくださって、ありがとうございます。すっかり用意もできました。参加の方にお配りする配布資料もプリントできました。カラーの豪華版です。オンライン方には、事前にメールで送らせて頂きますね。


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教育委員会との対話(にならない対話)

23日の資料を作りながら、改めてしんどかった時を思い出し、今更ながら涙ぐんだりしています。いろいろなエピソードもお話しますが、中でもこのひとつ、ここでお話しますね。

 私たちの性教協広島サークルの活動は、研修、例会、コツコツと続けて参りました。2002年に全国大会を出来立てのプリンスホテルを借り切って行いました。1600人の人が全国から参加され、それは盛況でした。特別講演は映画監督の大林宣彦氏。舟入高校の演劇もお願いしたりして。その時の大変だったこと、その後に右翼のビラが大量にまかれたりしたことは今度のセミナーでお話します。今日お話するのは、その内容ではなく、それまでは県教育委員会も市教育委員会も後援について下さっていました。いつからそれらの講演がダメになったか。やはり全国的なバッシングの中でなのでしょう。

 私がとても悔しかったこと。ある時、例会で「障がい児の性教育」をすることになりました。東京から長年取り組まれて来た永野佑子先生に来て頂いてお話していたただくことにしました。

 その時に県教育委員会に後援の申請に行きました。その対応があまりにひどくて。けんもほろろ!!情けなくって、涙したことは、ついこの間のように思います。

その時のことをここに書いています。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-2f22.html

広島市の教育委員会に後援の申請をした時のことをここに書いています。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-2e86.html

これらを読んでいていて、ほんとうにつらくなります。悔しいので、ここにリンクだけでなく、県教委の人とのやり取りを再掲しますね。2009年12月27日のブログです。

今年の活動から。①県教委の人との会話。

 「まずお伺いします。17年(2005年)に同じ申請をされて、お断りしたことがあるのですが、その後何か活動を改められましたか?」

 「ええっ?私たちは突然17年に申請を出したのではありません。それまでずっと。16年(2004年)まで申請を受けて戴いて、後援を戴いていました。17年に突然、後援できないとのお返事を戴きました。でも、その理由は何も教えて頂けませんでした。その後も、申請しても、申請しても、ずっとお断りされましたが、いつも何の理由も教えていただけませんでした。私たちはなぜそうなのか、理由が分かりません。分からないものは直しようがありません。」

 「もう、申請をしなくなっていたのに、どうしてまた、後援申請をされるのですか。」

 「申請してもずっとお断りされますので、もう申請はやめましょうということで、20年(2008年)は申請していません。でも、今回は、「障がい者、障がい児の性教育」です。手をつなぐ育成会など、すべての障がい者の支援団体からは、後援の内諾を戴いています。それから、県内のすべての障がい者の作業所等の施設、自立支援学校にはご案内をしております。でも、学校現場の先生方にも是非来ていただきたいのです。そのためには教育委員会の後援が必要だと、ぜひ後援をお願いしたいと、そう話し合った末、お願いに参りました。」

 「別に、教育委員会の後援がなくても、講演会はしたらいいではないですか。」

 「でも、現実には教育現場の先生方は、教委の後援がない研修には、とても出にくい状況になっています。たとえ、休日であっても出てはいけないとする管理職の方がいらっしゃいます。そのような現実がありますから、ぜひ後援をお願いしたいのです。」

 「あなたはいったい何者ですか。どうしてあなたがここに来ているのですか。」

 「ここに役員の名簿がございます。ここに私の名前も出ています。私は役員のメンバーの一人ですが、他のメンバーはほとんどの者が教師です。勤務をしていますので、ここまででかける時間がございません。私でしたら、お昼休みがございますのでその時間を使って、使いとしてきています。本来なら、申請書は郵送でも良かったはずです。でも、今回は、キチンと教委の方にお会いして、お話して、お願いをしたほうが良いと考えて、こまでやって参りました。」

 「代表は誰ですか。」

 「この申請書にありますように、Jです。〇〇の教師をしております。」

 「その人と話しをしないと、こんな誰か分からない人と話しをしてもよく分かりません。」

 「では、Jの電話番号をお知らせします。Jは私がここに来ることを知っていますし、電話番号をお伝えすることも了解してくれます。」

 「いいえ、そんな個人情報を他人から聞くわけには行きません、まず、本人から、ここに連絡方法を連絡するように伝えて下さい。しかし、学校の電話を使ってはいけません。かける方も、学校の電話にかけてはいけません。個人の電話にして下さい。それから、その人の勤務時間中に電話をしてはいけません。時間外に連絡をして、そのことを伝えて下さい。それから、その人がここに電話をしてくるのは、個人の電話で。それも、ここの勤務時間内に。そして、向こうの勤務時間外にかけてくるように。ここの勤務時間は、何時から何時まで。この内の何時から何時は、昼休みですので、時間外です。」

 「こちらの時間内で、彼の時間外で、その時間がありますでしょうか。」

 「そんなことは分かりません。向こうに聞きなさい。」

 「これだけを伝えて、後はその人と話しをします。」

 「分かりました。そう伝えます。ここに、私たちの20年間の歩みを冊子にしています。どんな活動をしてきたのか、見ていただいたら、お分かりいただけるかと思います。どうぞ、お目通し下さいませ。私たちは、永年、こつこつと、大切な活動をしてきているつもりでいます。私たちの何がいけないのか、それだけでも、どうぞ、ご指摘下さいませ。」

 「ああ、コレが教育の現場を仕切っている人の対応なのか」

 私が出かけて行って説明をしようと思ったのだが、結果は、Jへの連絡をするようにとの伝言を言付かっただけのことであった。

 今思い出しても、涙が出るほど、とてもひどい対応をされて、そして挙句の果てが何の理由も伝えて頂けないまま、お断りであった。一筋縄ではいかないと覚悟はしていた。だから、突然でなく、ある県議の方を通して教委につないでいただいたのだが。能面のような、表情一つ崩すことのない、まことに暖かさのかけらもない教委の方の対応であった。こう話す彼の横で、女性の職員が、ずっと筆記をしていたので、以上の会話は、彼女の筆記にもそのまま記されているはずだ。

 以上は県教委。次回、市教委の方との話を出します。

次は、市の教育委員会との会話です。2009年12月28日の私のブログです。

今年の活動から②市教委の人との会話から。

 広島県教委の後援申請が理由が分からないままに断られた後、いつまでたっても広島市教委の返事が来ません。だめなのならだめで、返事が頂きたい旨、これもつないで戴いた市会議員の方にお願いをしました。そしたら、電話がかかってきました。

 当然、お断りなのですが、その理由にびっくりしました。 

 「内容に『生涯を通じてヒューマンな性を育くむためには、家庭、学校、地域でどのように協力し合えばよいかということを学びあうために開催する』となっています。この生涯を通じてということは、学校教育にはなじみません。学校教育の範疇を超えています。ですから、教育委員会の後援はできません。」

 「ええっ?障害児の学校教育は、その子の生涯を見据えてするものではないのですか?ただ、学生でいる間だけのことを教育するのですか?将来のことを考えて、職業訓練などもするのではないのですか?内容に『生涯を通じて』と書いてあることが、後援が出来ない理由になるのですか?」

 「障害児の学校教育を担当していらっしゃるのなら、その子が障害があるがゆえに、性的な被害者なることがあるということはご存知ですよね。彼ら、彼女らに、ちゃんと力をつけてあげる、そんな性教育にこれまで取り組んでこられましたか?私の現場で、どれだけ残酷な目にあった子がつれて来られているか、お教えしましょうか?そもそも、学校や教育委員会が障がい時の性教育にしっかり取り組んでこられているのなら、何も私たちが手を出すこともないのです。そんな研修会も今までなさっているのでしょうか?」

 結局これ以上の理由は聞けないままでした。何もいえないはずです。県教委がイエスであれば、市教委もイエス、県教委がノーであれば、市教委も理由はなしにノーなのですから。市教委の独自性なんてないのですから。

 理由が分からないままに、県も市も教育委員会の後援はいただけず、でも、結果的には多くの形が来てくださってセミナーは盛況でした。当日の様子です。

 永野先生は本当にすばらしい方でした。中でも、感動したのは、障がいを持っている中学生、知的には小学一年生もない子たちに、自分が生まれ来たときのことを親に尋ねたりして調べてもらい、その学習をしたことでした。子ども達は感動を持って事実を受け止めます。その中の一人が、学校に見学に来た人のところに行って、挨拶をしたのだそうです。

「こんにちわあ。僕は〇年〇組の〇〇です。僕は、お母さんから生まれるときに、頭が出たりひっこんだり、出たり引っ込んだりして、なかなかうまれませんでした。頭の半分が死んでしまいました。だから、急に倒れることがあります。その時には、どうぞ、よろしくお願いします。」

 そんなことがちゃんと言える、そして自分自身が障害を持って生まれたことをしっかりと受け止める、そんな能力を引き出していました。永野先生のこの話には、涙がこぼれそうでした。

 それにしても、永野先生は、その少し後、お隣の県で、教育委員会の研修会の講師として招かれていました。一方では、そうして、教育委員会の主催の研修会が開かれ、同じ講師でも、一方ではけんもほろろに扱われる。これは一体何なのでしょうね。

 政権交代して、私が一番興味があるのが、文科省です。文科省の教育方針がどうなるのか、今では、まだ予算のことばかりで、教育理念というところが見えて来ません。文科省と国会議員、教育委員会と地方議員、この関係の中で、教育の方針も決まってきている以上、何とか変って戴きたいのですが・・・。

以上、私のブログを再掲しました。バッシングとは、このようにきわめて具体的に行われるものなのですね。現場にいて、歯を食いしばってでも性教育の活動を続けてきているものの現状がこうなのです。

 この件、明日に続けようと思います。写真は青野さんのお花です。情けないブログなので、せめてきれいなお花で気分を取り戻しましょう。

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スライド出来上がりました。どうぞお出で下さいませ。

 昨日と今日の土・日で集中して性教協中国セミナーのスライドを仕上げました。今日の午前3時にでき上がって。でも、ちょっともやもやと悩んでいる所がありました。

 今日の午後は、HIVの日曜検査の当番日。当番をしながら、スライドの手直し。これで、すっきり、出来上がりました!!もう大丈夫です。どうぞ、いらっして下さいませ。

 スライドは動画7つも含めて、114枚。参加の皆さんに配布するのが91枚。写真や個人情報をプリントするのを除いたためです。

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これは、当日するバッシングの動画の写真です。

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ところで、50年分さかのぼって、古い書籍等を探していて、見つけました。すっかり忘れていました。現代のエスプリ。1987年発行。これは、なんと私が編集者となっています。これが、39年も前なのに、そのまま現代に当てはまるのです。

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このころ私が対応していた高校生は、もう今や孫がいたり、更年期だったりします。そして、今時の若いものは‥なんて言っていたりして。

 今、私がこの発表でも少しばかり違和感を持っていることを話しますが、「包括的性教育」とは、以前から私たちが言っている「科学・人権・自立・共生」に根差した性教育そのものだと思っています。だから「これまで
の性教育と違って」なんと言われると、ええっ?と思ってしまうのです。39年前の現代のエスプリに、私が沢山書いている文章の最期の所をちょっとだけここに転載しますね。


  診察室から伝えたいこと


 私の目から見て、現代の若者の性は、決して巷に伝えられているように明るく、カラッと、要領よく、スイスイとなんてものではないと思う。彼らは、やっぱり知らないだ。いい男と、いい女の、いい関係というものを。彼女たちの悲惨な姿というのは、決して診察室の中だけでなく、少女雑誌の「Q&A」などに寄せられるおびただしい数の手紙にもひしめいている。


 私は、彼ら彼女らのこのような今日の姿は、我々大人の責任だと考える。大人たちは、いったい次の世代の子どもたちに、性をちゃんと伝えて来ただろうか。このように大切なことを伝えることもせず、放り出しておいて、そして、若者を責めたりできるものか、と思う。

 今、我々に必要なのは、我々自身が、自分の性を見つめ、性意識を再点検すること。その作業の中から、はじめて若者に伝えられるものが出てくるのではないか。

 考えてみれば、愛のない性やなれ合いの性が蔓延している大人社会よりは、若者の方がはるかに純粋だという気さえする。

 だが、自分の性を、自分の生き方として考えることや、性は人間関係そのものなのだということや、また、性を考えるということは、命を考えるということなのだ、などということを知らないままに性を実行している彼等は、やっぱりかわいそうだと思う。」


 


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山口教授就任祝賀会その2いろいろな出会い

 もう大分以前、私が、裁判を抱えてとても苦しかった時、松山の病院に勤務していた友人が送ってくれた医学雑誌に一つの京都大学の論文が載っていました。関西地方の雑誌で、広島では見られないものです。それを見て、ああ、これで私は救われると思いました。当時の京都大学に連絡を取り、教授から関東の国立大学の教授、やはり関東の私立大学の教授へと話が広がりました。この中のお一人に面会の約束を取り付けて、うかがう日。台風でひどい風。でも、何とか飛行機は飛んでくれました。ジェットコースターに乗っているような猛烈な揺れ、次の便からは東京行きの飛行機は欠航でした。今は亡き教授に会いに行ったことがついこの前のような気がします。これが欠航だったら、もうお忙しい先生の面会もできなくなって、今の私はいないかもしれません。当時の三人の教授には、本当にお世話になりました。おかげで、私は完全な勝訴となりました。

 その京都大学の、今の前の前の教授が今回の山口教授就任祝いに参加されていました。これは、ご挨拶に行かなければ、でも、覚えていらっゃるかなあと思っていると、なんと、乾杯が済むとすぐに、先生がまっすぐに私のいるテーブルに来られ、F先生と短い話をし、そして私の所に来られたのです。そして、お元気ですか?元気で頑張って
いますね、と。もう、恐縮で深くお辞儀をしました。その裁判は、産婦人科会では、ちょっとした評判になった裁判でした。それは苦しかったし、私の頭はあまりに辛くておかしくなりそうでした。その後F先生が今になって、私に話しました。先生は、二億円の価値のある勝訴だったんよ。そう医師会長に言われたんよと。私は、金額よりも私の名誉がかかっている事でしたので。たとえ10万円でも支払えとの判決だったら、それは私の医師人生の終わりを意味したでしょう。そして、F先生は、あの後、京都大学のその教授に呼ばれて、学会で河野先生の裁判の講演をしに行ったんですよと。えっ、そんな講演をしたん?私にとってはびっくりです。そんな大変な裁判でした。お世話になった京都大学の前の前の教授を真ん中に、F先生と三人の記念写真を広島大学の医局長が撮って下さいました。これも私のお宝写真になります。本当にありがとうございました。

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それから、宴も最高潮の時、きらきらのお洋服の足が長くてとてもカッコイイ女性が私のところに来られました。広島大学の医学部の教授を定年退職し、今は理事、副学長です。河野だと確認の上で、40年前に私のお世話になったと。当時、病院に来るとそのまま緊急入院で、「帰れません、トイレにも行ったら行けません。絶対安静です」と。私が怒ったのだそうです。「こんなになるまで働いて」と。切迫早産で、いまにも生まれそうで。そのお子様はお元気ですか?と尋ねると、ハイ、
産婦人科医になりましたと。私は、全く覚えていないことでしたが・・。だって、土谷病院時代は、本当に忙しくて、睡眠もあまり取れず、激務の連続でしたから。

 その後、医局の若い女性ドクターが来られました。いつも患者さんをご紹介下さってありがとうございますと。いえいえ、こちらこそ、いつも断らないで引き受けて下さって、本当に助かっています、ありがとうございますと。そして、なんとそのドクターは私のブログを読んでいるのだそうです。楽しくてと。恐縮していると、「私は、東方神起が好きなのです。で、記事を検索していたら、先生のブログが出てきたのです」と。私が東方神起のコンサートの福岡ドームに一人で行ったとき、九州場所が終わって、お相撲さんが沢山いたことや、帰りのバスや電車が困って、大変苦労して帰ったこと等を書いたのは覚えています。それを読んで、へえーと。以来読者でいて下さっていると。ありがたいことです。

 いろいろな方とのそんなほこほことした出会いがあった、私にも意義のある会となりました。山口先生には、すでに沢山の患者さんのお世話になっていますが、ますますお元気で、患者さんの為と、若いドクターたちの指導にも、頑張って頂きますように。ありがとうございます。


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広島大学産科婦人科学教室同門会・山口建教授就任祝賀会

 昨日の祭日は、広島大学の産科婦人科学教室の同門会総会と山口建教授就任祝賀会でした。リーガロイヤルホテルの会場に行くと、豪華なお花が並んでいるのにびっくり。これはこれは。

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まず総会では、山口教授による教室報告がありました。昨年6月に赴任されて以来、臨床は全く順調に引き継がれていることが分かりました。

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教室の皆さんは少ない人数で大変でしょうが、もっともっと協力しなければと思いました。悪性腫瘍等の紹介はそうなのですが、一開業医にとっては、緊急の困った時に、どんな時、どんな患者さんでも全く文句を言わないで受け入れて下さるのが、なによりありがたいことなのです。

そして、医局長の大森先生の発表がありました。なんと、「歯周病と妊娠高血圧症候群」この二つが関係あるのだそうです。妊娠高血圧症候群は、昔妊娠中毒症と言っていたものですが、歯と関係があるとは。

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まだ会計報告や人事の報告などがあったのちに、会場を移って写真撮影。まだみんなが座る前に、私のスマホでパチリです。この後スタッフや来賓の方などが入ってこられます。二百人もの人が一枚に入るのですね。昔は、分かれて撮っていましたが。

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そして、いよいよ山口教授の就任祝賀会です。これまで広島大学の産科婦人科学教室は、ずっと教室から教授が選ばれていました。が、今回、ほんとうに初めて他の大学から赴任されました。ので、このような祝賀会は、本当にみんなにとって初めてなのです。同門の役員の先生方、教室員のみなさんも大変だったことでしょう。

みんなが座って準備ができてから、後ろの扉が開いて、山口先生と奥様が入ってこられます。結婚式みたい。先生は、奥様をいたわられながら。檀に上がられる時も下りられる時も奥様の手を取って。

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この後、同門会長の開会の辞、広島大学学長、病院長、医学部長、京都大学の婦人科学産科学教授の祝辞、そしてご夫妻への花束贈呈と続きます。

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これからの教室運営についての意気込みが語られましたが、私は、少しやせられたのではないかと心配でした。そして、みんなに配られた袋の中に入っているお土産について、卓上の名刺入れだと。ぜひ教室のみんなも名刺を作って多くの人に配りなさいと。名刺入れの模様は、富士山と桜ともう一つ何かをいわれたのですが、よく分かりませんでした。どれが当たるかは分かりませんと。私、なんか赤い富士山と桜と両方でしたよ。山中塗りの美しいのです。

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そして、やっと工藤前教授の音頭による乾杯、食事でした。

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実は、この会でいろいろな方に出会いました。とてもうれしい方にも。長くなったので、また明日に続きますね。

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イベントの会議二つでした。

昨日のお昼時間、観音高校演劇部OB会の、今度の「神戸ハナという女の一生」の上演の会議でした。平日のお昼でも、12人も集まりました。場所は「KITOKOI」。例のでかい鯉たちが部屋の中で悠然と泳いでいる、入り口の前には、被爆樹木からの種から育った青桐の木が大分大きくなっている、そのカフェです。私は、せっかくの会なのにスマホを忘れて写真が撮れませんでした。この写真は、今城さんに撮って送ってもらいました。残念。

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リーダーの板倉さんは、大手の会社でイベントをずっとしてきた人だから、総合的にとても細かく計画を立て、みんなに寄付集めや、当日どれだけ協力できるかという割り振り等をみんなの事情を聴きながら、無理がないように、きっちりと決めていきます。素晴らしい。もしも、赤字が出たら、みんなで山分けなどと言って笑わせます。そうならないように、頑張らなければ。

 4月18、19日なので、私は2月23日の性教協中国セミナーが終わってから寄付集め等に動きましょう。それまでは、ちょっと無理。

 そして、昨日の夜は、その中国セミナーについてのスタッフ会議と、中島さんの出来上がったスライドを見せていただきながらお話を聴きました。「学校で性暴力被害がおこったら」。スクールカウンセラーである中島さんが、先生たちと共に取り組んだ素晴らしい実践です。当日は、中島さんたちが作った冊子「被害・加害が同じ学校に在籍している場合の危機対応手引き」が全参加者に配布されますよ。すごい。これがちゃんとできたら、違う学校の場合も、たとえ加害者のみが自分の学校にいた時も、先生が加害者である場合も、ちゃんと対応できます。それどころか、他の学校で加害があった生徒が転校してきても、その立ち直りの対応はキチンとできると。

 城さんは、加害の児童生徒も、自己肯定感をちゃんと持って成長していくこと、その基本を作らなければという視点での教育の実践の話をされます。そう、そういう素晴らしい実践をする教師たちを、どうして「過激な性教育をする」というレッテルを張ってきたのでしょうね。

 私はそれらの過激な性教育としてバッシングをされて来た、それに仲間たちと耐えながら正しいことと思って続けて来たこと、それらを具体的に集めて来た動画や資料を基に話します。そして、今後はどんな性教育が必要なのか、今後歩むべき道、それをこれからの若い先生たちにつなぎたいと思います。私のスライドづくりも佳境に入って、もうすぐ出来上がります。

昨日のその二つの会議のチラシを並べますね。

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雪でした。

昨日、投票を済ませて、講演準備のためにクリニックに来ました。途中、そごうのアフタヌーンティを食べに行って、外を見ていると、激しい雪が降り始めました。

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アフタヌーンティはこれです。全部は食べきれなかったので、サンドイッチとケーキの一部は持ち帰りました。

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地下を通ってクリニックに帰ってからは、外を見なかったので分からなかったのですが、夕方になって帰る時には雪が積もって道路はガリガリ、目にも首から中にも雪が入ってくるし、帰って見ると帽子にこんもり雪が積もっておりました。さすがに橋の上は自転車を降りて引いて帰りました。

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朝です。私の車は右から二台目です。

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自転車は道路がガリガリツルツルでこわかったのですが、橋の上だけ下りて、あとは無事クリニックに到着しました。しかし、あらら、クリニックのベランダも雪が積もって凍っていてツルツルで、そこで自転車が滑ってころんでしまいました。両足を打ってスタッフに助けてもらいました。ここまで来て転ぶなんてねえ。

 なれない雪ですが、小さいころから嫌いではありません。どこかわくわくする物があります。今晩からはもう大丈夫なのでしょうね。

 選挙結果、気分が悪くて、テレビも見たくありません。しかし、広島県北部は多くの所が午後6時に投票を繰り上げ閉鎖したと。その後で投票に行こうとする人は締め出してもいいのですね。びっくりです。


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あやぐも会でした。

昨夜は、あやぐも会でした。母校の広島観音高校出身の医師の会です。毎年年初めに会がひらかれているのですが、全然参加せず、何十年ぶりかの参加です。前は沢山の方が参加されていたように思うのですが、こじんまりとした会でした。元広島大学の病院長の先生や長く県医師会長をお勤めだった先生や、他も顔見知りの先生などが同じテーブルで、少々緊張しました。

会計報告等の総会の議事が終わった後は、安佐市民病院の病院長永田信二先生の「地域とともに成長する北部医療センター朝市民病院」とのタイトルの講演会でした。

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広島市から離れていることが何より大切なことだと。広島県の北部の医療を一身に請け負うという意気込みのある講演でした。これからはやはり地域にどう発進し、受け入れと戴くか、そして、AIなどを使いながら、労力を簡素化すること、多くの部門の方たちが働いていて、その方たちの力で病院は成り立っている事を意識すること等、見習うことの多いいいお話でした。

 ところで、私は指定された席にマスクをして座っていたのですが。同期だったドクターが、「長谷川?」と私の旧姓を言われたので、ハイというと「マスクをしてたからわからんかった。どしたんや、そんなに膨らんで。」ですって。それはまあ、学生時代から50年以上も経つと、ふくらんでもおかしくないと思うのですが。「でも、元気よ」というと、「そりゃそうじゃろう。元気じゃないとそこまで太るだけ食べれんわい。」私、だぶだぶの服を着てたので、「でも、中身はそうでもないんだけど」というと、今度は「中身まで見とうないわい」ですって。

 本当にもう。こんな調子で患者さんにも接しているのでしょうね。まったく口が悪い!!。

 私は、今度の伊藤勝昭さんが来られる観音高校の演劇部OBと音楽部OBのコラボ、「神戸ハナという女の一生」と「合唱曲いしぶみ」のチラシをお一人ずつに配らせていただきました。

 後は、懐かしい方たちと雑談。観音高校の校歌斉唱、バンザイ三唱で終わりました。

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 感心したのは、私の先輩も含めて、皆さん現役だということ。いつまで仕事を続けるかなどということは全く出ませんでした。最高齢の先生は84歳かな?仕事をするのが当然の雰囲気で。そして、食事の時最後にお寿司が出たのですが。そこにお醤油がありませんでした。お醤油は?とホテルの人に聞いたら、ありません。と。他の人たちも何にも言わずに、お醤油なしで食べていらっしゃいます。へえ?さすが、ドクターたち、減塩が当たり前なのですね。

お料理のいくつか。

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そして、続きです。家に帰って、そろそろ寝ようかと思っていた時、電話です。遠方の警察から、性犯罪の被害者の診察をと。仕方ありません。ナースにも連絡して、出て来てもらうようにして。自転車でクリニックに。寒いです。しばらく待って、患者さんが警察とともに来られたのが午前1時。家に帰ったのが3時。猛烈な寒さでした。私たちの仕事は、一日が終わったと思っても、そこから突然何かがあって、また仕事場へということが起こりうる仕事です。寝てる途中起こされるよりは良かった方です。

 実は、今日は性被害ワンストップセンターの支援員養成講座で午前午後とも2時間ずつの講義をする予定で準備をしていたのですが、前日、大雪の情報で、遠方から来られる方もあるので日を変えましょうと連絡が来ていました。目覚めるとやっぱりひどい雪で、日を変えていただいてよかったです。おかげで、ゆっくり寝られました。そして、雪の間を縫って、ちゃんと選挙にも行きましたよ。でも、きっと今夜は憂鬱なことになるのでしょうね。

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雑誌の一般記事で宣伝

 ある日、診療をしていると「先生、あ〇あ〇からお電話です。Faxをしてもいいですかと。よければFax番号を教えてほしいと」と受付から。「どうぞ、番号を教えてあげて」と答えて診療を続けました。なにか、性教育か緊急避妊薬か、そんなことの意見を聴きたいというのだろうと思っていました。ところが、診療を終えて部屋に戻ってFaxを見ると、とんでもない。今度4月1日発売の雑誌で「カラダメンテ、していますか?オススメしたい今トレンドのクリニックをピックアップ!」という特集をすると。「本誌恒例の超人気特集!カラダにいいもの大賞を予定!」広告を出稿していただくことで、クリニックの紹介をすると。で、一ページの8分の1で50万円ですと。

 後で電話がかかってきたので、もう一度確認しました。50万円だしたら、一般記事の中でうちのクリニックを紹介するということなのですね、と。要するに、お金を出して、記事にしてもらうということなのでした。本誌の知名度は脅威の91%!20~34歳の女性の4人に1人は読んでいる、圧倒的ブランド力を持つ雑誌。それがあ〇あ〇です!とFaxの中にありました。それは分かります。だれもが知っていると。私だって知ってるし、特集によっては、購入して読みますもの。

 それでも、あたかも記事のふりでそこにお金が動いているというのが、とても嫌で。だから、お断りしました。50万円ものお金を宣伝に使うのも、もったいないし。きっと、〇〇さんなどは、お金を出すのだろうなあ、そして、素晴らしいクリニックとの記事が出るのだろうなあとも思いましたが。

 この何か月前には、美容雑誌、この雑誌は私は知りませんでしたが、スタッフはみんな知っていました。そこから、クリニックの記事を書きます、それにつき、料金は、葉書き大の大きさで20万円ということでしたが、びっくりして即お断りしました。

 私は、広告は広告、宣伝は宣伝、記事はあくまでも公平に、というのが流儀だろうと思います。まるで詐欺みたいな、こんなの嫌だと思います。


 私たちの仕事は、ある意味「客商売」でもあります。患者さんが来て下さらないと、経営が成り立ちません。姉が事務長でいてくれる時は、経営は姉と税理士さんにすべて任せっきりで、私はお金のことはみじんも考えないで診療することができていました。開業以来、広告や宣伝はよほど友人などのイベントのパンフに広告を出してほしいというようなのしか、しないで来ました。ただ、ここにきて、何もかも値上がりして、でも医療費は全く上がらないまま2年間の固定ですので、経営が苦しくなっていることは確かです。宣伝や広告も必要なのかなあと思う気持ちもあります。

 ただ、フェアに行きたいなあと思います。それにしても、20万だの50万だの大きいなあとびっくりです。

青野さんのお花。前回の白だけのお花も清楚で美しかったのですが、この青みがか
った白と赤のコントラストがとってもきれいです。

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今日のいろいろ。残念だったこと。

  昨日のお昼時間には、特別養子縁組のことでまたまた市役所へ。今回何度目でしょうか。養親、養子候補の居住地では、家庭裁判所に特別養子縁組申立書も提出し、受け付けて頂いています。でも、私が市役所に提出して受け付けていただいた沢山の書類、それでも、足りないものがあったと連絡がありました。それらを持って行きました。今度こそ、これで終了かな?以前は、家庭裁判所にすべての書類を集中して提出していましたが、今では、家裁以上に沢山の書類を役所に提出しなけれはなりません。養子、養母の家族の詳細な個人情報も含めて。それらの行方で心配な所でもあります。

 今日の休診日は、またまた朝から忙しくて。でも、朝、お楽しみ。めったにいけないので、こんな時に、モーニングを食べに。クリニックに自転車を置いてゲートインへ。ここのモーニングのトーストがとってもおいしいのです。束の間のホッとするひと時でした。でも、いつもあるポテトサラダが今日はなくって残念。

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クリニックに戻って、今度の日曜日の講演資料を作っていると、板倉さんが来られました。今度の伊藤勝昭さん演出の劇団世代の「神戸ハナという人生」のチラシをもってきて頂きました。今日夜私が行く安佐南区民文化センターでの市民劇場。そこでチラシを配りましょうと言ったので。これについては、また後で。

 資料ができたので、急いでワンストップセンターへ持っていきました。ワンストップセンターの支援員養成講座です。医療的支援や少し広げて、LGBTQや性教育などについても。日曜日、午前2時間、午後2時間の講座を受け持ちます。資料ができて、これもホッとしました。

 そして、午後は内閣府によるワンストップセンターの医療者の研修の受講です。富山の種部先生の講座でした。特別養子縁組の講座のように学者さんによる意味のない講座でなく、臨床に基づいたとても意味のある講座でした。性暴力の被害者の診察や治療や支援は、ワンストップセンターや警察や児相などから連れられて来られる方に沢山接していますが、それでも気づきが多い講座でした。

 それが終わると、急いでアストラムラインで安佐南文化センターに行きました。先述のごとく、チラシ配りをするつもりで早く行ったのですが。勿論、会場の外で配ろうとしたのですが「
役員会議で了承したのしか配れません」と断られてしまいました。会場の外だからと思ったのですが、それもいけないと。演劇の会場で、演劇のチラシを配ることを禁止とされて、茫然でした。私は、原水禁大会や憲法集会の外で、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のチラシを配っても、文句を言われたりしたことがないので、本当にびっくりしました。仕方ないので、余った時間、文化センターのレストランに行って、鍋焼きうどんを食べました。ここの鍋焼きは好きなのです。モーニングを遅めに食べたので、お昼ご飯はなしだったし、演劇も遅くに終わるので、晩御飯はここで済ませます。食べ終わってもまだ時間が沢山あるので、今度はぜんざいを食べました。チラシ配りを断られて、やけ食いです。それも食べ終わってもまだ時間があるので、図書館に行きました。でも、びっくり。図書館は、本の閲覧の為の机と椅子がとても少ないのです。貸出しと返却がメインの図書館の様に思いました。机に座ることもできなくて、ただ書棚を眺めるだけで終わりました。

演劇は、「風を打つ」。音無美紀子さんや太川陽介さん出演。1993年の水俣の物語です。一番初めに水俣病が出た家族。ひどい差別と偏見の嵐ににさらされた一家の、立ち上がって生き抜く実話に基づくお話です。この日本で、今ほど、差別が蔓延し、それがこの選挙を通して当たり前のように受け入れられている時はないように思います。マイノリティーや外国人に向けられたひどい偏見を私は苦々しく思っています。そんな時の、感動的なお芝居でした。

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音無美紀子さんは、すごい俳優さんです。最後は涙があふれて困りました。

そんな一日でした。明日からは、次の講演の準備です。


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膝のリハビリでびっくり。

 膝の話です。1月に新しく整形外科に行って、膝の水を抜いてもらい、装具を作ってもらう所までお話したと思います。装具ができて、それを靴の中に入れて。足底が外が浮いて、内側に傾くように。下腿が外に開いて行っているので。そして、本格的にリハビリの先生に診て頂きました。

 そしたら、びっくりです。私の膝の痛み、変形性膝関節症は、足底から来ていると。足底の筋肉がカチカチで、全く機能していないと。この筋肉を柔らかくしないとだめだと。で、足の裏の筋肉をマッサージ。それが痛いのなんの。台湾の足つぼで痛かったのを思い出しました。

 そして、いくつか宿題を出されました。足の裏のマッサージをするのに加えて、椅子に座って、かかとをつけて、足の裏で床を打ちます。これが、なかなかうまく音が出ないのですが、先生がすると、パン!
パン!とすごい音がします。私の足首は全くダメです。でも、面白いことに、左は右よりももっと弱いのです。痛いのは右なのですが。きっと、車の運転のせいだと思います。右足でアクセルやブレーキを踏む、それが少しは運動になっているからだと。左が全くダメなのですから。少しでもパンパンと音がするように打っていると、確かに膝の筋肉も動いているのですね。そして、逆に、足先をつけて、かかとで床を打ちます。さらに。足の親指と小指を横に引っ張って、中の三本指を内側に曲げたり、逆に上にあげたり。5本の指全部をそうしたり。

 そして、何よりの方法。ゴルフボールを足のうらで踏んでくださいと。私はゴルフはしないので、スタッフにボールを分けてもらいました。これを薄い板の上に、柔らかいサポーターに入れて貼り付けて、要するにボールが逃げないようにして、床においています。そして、立って足でごろごろと踏みます。これが痛いのです。土ふまずだけでなく、前から後ろまで、内側も外側も。痛い痛いと言いながら。

 そして、それらを家でというより、診療中に患者さんが入れ替わる時などに意識してやってます。

 そしたら、ずいぶん歩くのが楽になってきました。足の裏ばっかり鍛えていて、膝が楽になる、ほんとうに目からうろこでした。まだ階段はちょっとダメですが。何とかなりそうな気がします。一週間してリハに行くと、ずいぶん足底の筋肉がやわらかくなっていると言って頂きました。

 足がO脚になるのを矯正するためのマッサージは、下腿の内側の筋肉が骨についている所を引きはがすように外に引っ張ります。上から下まで。そこが骨にくっついて、外側に引っ張って足がゆがむのだそうです。なんか、外に向けて引っ張っているようで逆効果のような気がするのですが、そうではなく、引きはがすのだそうです。

 膝への注射はこれまで二回うってもらいました。病院にはなかなか行かれませんが、リハビリを頑張ってその内すっかり楽になったというようになると希望を持っています。

青野さんのお花です。夜撮ったのでバックが暗いですが。昨日の、河村譲先生の追悼にふさわしいかと。

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河村譲先生の葬送式

 昨日の朝、友人の馬庭さんからお知らせがありました。2月1日に河村譲先生がお亡くなりになったと。お具合が悪いとは聞いていましたが。昨日の夜7時からお葬式だと。夜のお式はありがたく、仕事を終えて参加しました。南観音のキリスト教教会。不案内な所で、ナビも途中までしか入らず、手間どってしまいました。沢山の方の参列で、お部屋はすでにいっぱいで、後ろの方の通路に座らせていただきました。

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河村病院は私のクリニックのすぐ近くで、いろいろとお世話になっていますし、患者さんや従業員の健康管理だけでなく、個人的にも大変お世話になりました。18年前、私が参議院議員に立候補した時の後援会長を務めて下さいましたし。2023年の兄の遺作展には、お体がしんどい中、ご夫妻で来場して下さいました。まだコロナ禍でしたが、瞬間マスクを外して。この写真の左下のツボを買ってくださいました。

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 という個人的なことより何より、河村先生は、御父様の河村虎太郎先生がはじめられた在韓被爆者の被爆者手帳の交付や来日しての健康管理に大変大きな勤めを果たされました。この事業については、民団の新聞に書かれているのが、簡潔にまとめてありますので、それを転載させて頂きます。

32年の活動に終止符…在韓被爆者渡日治療委員会

 

「一定の役割果たした」民間の寄付で600人招請

 【広島】在韓被爆者渡日治療広島委員会(河村譲会長)が、「在外被爆者の尊厳回復に一つの役割を果たし終えた」として今春、32年間の活動に終止符を打った。

 これまでに韓国から広島に招請し、治療を施した被爆者は約600人におよぶ。公的機関からの支援は皆無。渡航費は全国の会員から寄せられた会費とカンパをあて、検査治療は原爆手帳で行った。民団広島本部も韓国人原爆犠牲者慰霊碑の平和公園内移設が実現した99年、建設募金のうちから委員会に巨額の寄付を行っている。

 同委員会の結成は1984年。医療の機会に十分に恵まれていなかった韓国の被爆者を「民間の力でなんとかできないか」と、広島市内で病院を開業していた河村虎太郎院長が呼びかけたのが始まりだった。

 80年から5年間続いた韓日両政府の合意に基づく渡日治療が両国政府の折半だったのに対し、会が費用を全額負担するという「招請治療」だった。韓国では莫大な費用がかかるとされる人間ドック並の精密検査で、自覚症状のないがんが発見されたことも。

 一方、手帳を持たない被爆者は取り残された。高齢者や重傷患者も、渡日には大きな壁が立ちはだかった。時間的に余裕があって、比較的体力のある者が渡日できた。

 委員会が渡日治療を継続してきたことで、在韓被爆者の存在や実情が日本社会に広く認識されるようになったことも大きい。委員会は在外被爆者の権利闘争を積極的に後押し。健康管理手当問題で郭貴勲さん、特別手当問題で李在錫さんなどが、在外被爆者に対する支給制度の是正を求めて訴えたのも、委員会招請で渡日治療したことが強い動機となった。

 昨秋には在外被爆者も居住国で医療費を全額受給できるという最高裁判決を勝ち取った。委員会では「韓国の医療水準は高いだけに、渡日治療の役割は終了したことを実感している」と語った。

(2016.5.25 民団新聞)

 

葬儀の牧師さんもおっしゃっていましたが、河村先生親子さんは、大変大きな仕事をなし遂げられました。それらも含む一連の活動について、奥様の純子さんが編集をして、昨年4月、この本を自費出版なさいました。

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この本のタイトルは、牧師さんの解説で知りました。私は無知なのですが、これは聖書の一説でした。葬送式に参列した人達に配られプログラムら書かれていました。コリントの信徒への手紙Ⅱ4章16節-18節 「だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。わたしたちの一時の軽い艱難は、くらべものにならないほどの重みがある永遠の栄光をもたらしてくれます。わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるもらは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」

久しぶりにキリスト教のお葬式に参加して、やっぱり意味の分からないお経のお葬式よりも、言葉が分かるキリスト教のお葬式のほうがうんと心が伝わると思いました。河村先生は、生まれと時からの深い信仰に裏打ちされた人生を歩まれたのだと思います。

 それでも、やっぱりお葬式は悲しいです。家に帰ってからも、ずっと悲しいままでいました。河村譲先生、大変ご苦労様でした。どうぞ安らかにお休みくださいませ。ありがとうございました。

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演劇「神戸ハナという女の一生」

昨日のブログで、観音高校の音楽部OBの皆さんにお願いに行ったというのは、このことです。

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観音高校の演劇部の、私の二級先輩の伊藤勝昭さんが構成、演出の舞台劇を故郷広島に持って来られます。私が高校一年生の時、「像の死」で、共演しました。伊藤さんはその後広島大学に入学されましたが、途中でやめて、東京に行き、俳優、演出の道を歩まれました。私もですが、伊藤さんなどの後輩を引っ張って下さったのが、広島テレビの脇田義信さんです。脇田さんが亡くなって丁度20年。その追悼公演にもなります。

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 そして、観音高校音楽部OB会は、原爆で亡くなった観音高校の前身、広島二中の一年生の全滅の記録、合唱曲「いしぶみ」を毎年上演しています。今回、伊藤さんの演劇と合唱「いしぶみ」のコラボを企画しました。

これについて、実行委員長の板倉さんがフェイスブックに書かれている文章を許可を得て、転載させていただきます。


▼小山祐士作、伊藤勝昭構成・演出 劇団世代 舞台劇「神部ハナという女の一生」広島公演を広島県立広島観音高等学校演劇部OB会主催で開催します。

▼舞台劇「神部ハナという女の一生」は、広島県立広島観音高等学校演劇部OBで「劇団世代」に所属し、約60年にわたり演劇構成作家並びに演出家として活動してきた「伊藤勝昭」が、福山市出身の劇作家「小山祐士」の放送劇「神部ハナという女の一生」を構成し演出したものである。

▼被爆81周年の今年、くしくも、伊藤勝昭が観音高校演劇部で舞台にのめり込むきっかけを与えた、脇田義信の逝去20年にあたる。演劇部OB会の発起人でもある脇田義信の追悼記念公演とすることにより、原爆劇の継承と、広島の演劇文化の育成に寄与することを目的とします。

▼さらに、第二部は、観音高校前身の旧制広島二中の一年生323人
が犠牲になった原爆被害や家族の悲しみを訴える合唱組曲。作詞は旧二中、出身の薄田純一郎氏「レクイエム『碑(いしぶみ)』」観音高校音楽部OB合唱団によって永年、歌い続けられてきいるものです。

▼前売りチケットは、チラシの裏面に記載している通りEメール、 もしくはSNSで申込いただく方法です。

▼伊藤勝昭が、故郷広島への思いをこめて、舞台劇として構成したものです。是非、多くの皆さん、特に若い人たちに観ていただきたいものです。

チケットの部分だけ拡大しますね。チケットは、私のクリニックでも販売します。

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この演劇は、広島の被爆の後、子どもを産んでもいいのかと悩む女性たちと、産むことができない女性の中絶を違法ながら人助けとしてしてきた女性ハナの物語です。ハナは、自分の子どもをみんな戦争と原爆で亡くしてしまっています。

 多くの方にお会いできますように。

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忙しく情けない一日でした。

今日、2月1日は忙しい日でした。午前中、私の母校の広島観音高校に行きました。なつかしい!!何十年ぶりでしょうか。

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 その同窓会館で、広島観音高校音楽部OB会が、合唱曲「いしぶみ」の練習をしています。しばらく合唱の美しい歌声を聞いて・・。今日は観音高校演劇部OB会として、先輩の板倉さんと一緒にお願いに来ました。練習の途中で、ご挨拶と説明をして。板倉さんが説明をしている所です。なんの説明とお願いかは、近いうちにまた改めてお話しますね。

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 それが済んで家に帰る時、近所の広島製菓専門学校で、製菓・製パン祭りをしていました。生徒さんたちの作品の展示、販売です。これはいかなくては。家に帰るとすぐに自転車で行きました。それは素敵な展示、そして販売でした。パンとケーキ、沢山買って帰りましたよ。

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持って帰って、パンをそそくさと、でも、とてもおいしく頂いて、自転車でクリニックへ。今日は、8.6ヒロシマ平和の夕べの会議です。私のクリニックのビルの二階で会議だったのですが・・。さて、到着すると、コートのポケットに入れていたはずの鍵がありませんでした。二階のカギも大家さんから預かって、クリニックにおいているのです。どこかでポケットから出てしまったに違いありません。もう来ている人たちに謝って、家に帰りました。皆さんには、寒いので県民文化センターに入っていてもらいました。道路に落ちていないか探しながら。ありません。家に帰ってもありません。合鍵は、クリニックにあります。途方に暮れて、スタッフの一人に電話をし、お願いして鍵をもってきてもらいました。迷惑を掛けました。で、会議に入ろうとして。私は、会議の時にみんなで食べようと製菓祭りで買ったお菓子とジュース、お茶をもってきていたのですが、その袋から鍵が出て来ましたよ!!どうして?不思議。私はそんな所に入れてはいないのですが。考えてみて、きっと、家に帰ってパンを食べる時、コートを脱いで、その時コートのポケットから鍵が落ちて、そして、ちょうどケーキやパンが入っている袋の中に入ったのでしょう。会議は30分遅れで始まりました。鍵があって良かったけれど、ほっんとうに情けないことです。ボケましたねえ。

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今年の8.6ヒロシマ平和の夕べの具体的なメニューの骨子ができました。明日からそれに向かって、GO!です。

 バタバタした一日でしたが、まだ終わりません。これからユーポッポにお風呂に入りに行きます。

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