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性教育が純潔教育だったころ

昨日のブログで、2月23日の性教協中国ブロックのお知らせをしました。その中の四角の中の文章として、「性教育は当初、純潔教育と言われていました。」と書いています。

 例えば、どういうことなのでしょう。

 先日、今度のこの会の準備をしていて、様々な昔の本を見ていました。その中に、こんなのがありました。村瀬幸浩先生の対談集、1990年発行です。改めて読んでみました。若き私がどんなことを考え、行なっているか。

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先生が、5
人の女性にインタビューなさっての対談集となっています。この中のビヤネール多美子さんと兼松左知子さんは、すでに亡くなっていますが、生前は多くのことを教えて頂きました。

 私との「性の悲しさ、寂しさを見つめて」のタイトルの対談は、1987年1月25日にしています。39年前ですね。1985年に「さらば、悲しみの性」を出版、1986年にNHK特集「10代の性のカルテ」放映、1988年、「ボストン女の健康の本集団」の「からだ・私たち自身」の監修・翻訳協力、1989年に「ティーンズ・ボディQ&A」を出版、1989年にエイボン教育賞を頂いております。そんな頃でした。

 その本の中にあります。一人の高校生が、「一年生の時に、入院している共通の友人の見舞いに行くのに、男性と歩いているところを教師に見つかっているわけですよ。その時は男性と歩い
ていただけだから、軽くて停学三日だったと。」「今度は三年生で男性と一緒に車に乗ってるところを教師に見つかって、車に乗ったということはセックスしたとしいうことだからという理由で、退学になっているんですね。退学処分ですよ。」それで、彼女は手首を切ったけれど、死にきれなくて、一人で部屋にこもって、うつうつとして24時間を過ごしていると。底から絞り出すようなSOSの電話がかかってきたと。

 そんなことをしゃべっています。

 それから、こんなことも話しています。ある共学の公立高校から電話がかかって来て、うちの学校の女子生徒に話をしてくれというんですね。「なんで女子だけなんですか。男子生徒はいいいんですか」と聞いたら、「女子の性非行について話をしてもらいたい。女子教育の一貫として」と。ちょっと待ってください。女子教育というものをね、たとえば女性が自立していくための、または女性解放に向かっての教育という位置づけのなかで女がどう生きていくかということを話せと言われるのなら、それなりの意味は分かるけれども、なんですか、女子の性非行について話をせよ、ってね。

 そんな時代です。ある県立高校で生徒が中絶をしたということが学校に分かってしまって、退学になってしまいました。それを知って、私は退学を取り消してくれと頑張ったことがあります。夜遅くまで担任の先生と話し合いました。人権教育を頑張っていらっしゃる先生方の協力もありました。そして、やっと退学処分は取り消されて。彼女はその後立派な看護師になりました。

 そんな時代です。そんな時に、「避妊をちゃんと教えなければ」ということがどんなに困難だったか。過激な性教育をするとレッテルを張られてどんなにしんどかったか。

 そんなことを思い出して、つい、ホロリとしています。


 


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