殿平義彦さん著「和解と平和の森」
私のフェイスブック、笹の墓標強制労働博物館のブログに中国新聞の佐田尾さんからコメントを頂きました。佐田尾さんの了解を頂きましたので、丸ごと、ここにアップさせていただきます。
佐田尾信作
『ひと・とき』 空知民衆史講座代表 殿平善彦さん
20年9月10日
「名もなき死者の思いを聞く。それには骨に出会うしかないのです」。北海道の空知民衆史講座代表で浄土真宗僧侶。先月末、呉市の西教寺蔵本通支坊で「無明(むみょう)の世を生きて」と題して講演し、近代日本の「負の歴史」と向き合ってきた半生を振り返った。
両親は奈良県から移住。「植民者の末裔(まつえい)」である自らは何によって立つのか問い続け、市民運動に関わる。その一つは北海道大が研究目的でアイヌ民族のコタン(集落)から持ち去った遺骨の返還を求める訴訟。2017年に札幌地裁で和解が成立した。「85年もの間奪われたままでした。かつて人類学者たちが競って掘り出したのです」
太平洋戦争では日本人戦没者のうち112万の遺骨が回収されていない。戦場には植民地出身者も多数いた。16年に議員立法で成立した戦没者遺骨収集推進法は遺骨収容を初めて国の責務と位置付けたが、あまりに遅い。「死者がこのように粗末に扱われていいのでしょうか」。北海道の戦時下の強制労働の歴史を掘り起こす活動も続けてきた。深川市・一乗寺の住職。(佐田尾信作)
(2020年9月10日朝刊掲載)
実は、博物館に行ったときに、この本があるのを見ました。購入したいと思ったのですが、その時までのワークショップで、全部売り切れてしまったと。残念。で、広島に帰ってすぐに注文しててに入りました。これは、もう、ものすごい本です。

私が説明するよりも、やはりプロの、毎日新聞のウェブ版から頂きます。
北海道幌加内町朱鞠内における戦時中の朝鮮人強制労働の実態調査や犠牲者の遺骨発掘などに取り組んできた深川市の僧侶、殿平善彦さん(79)が、戦後80年の節目に合わせ約半世紀にわたる自らの活動の歩みをまとめた本「和解と平和の森」(高文研)を出版した。【横田信行】
殿平さんはこれまでも、この問題に関する著書を出してきた。前回出版の2013年の後、戦後70年の15年に韓国への遺骨里帰りが実現し、24年9月には歴史を伝える「笹の墓標強制労働博物館」も同町に開館。活動に一区切りがついたことから、集大成として次の世代に伝えようと膨大な資料を基に約2年がかりでまとめた。1976年、住職がいない朱鞠内の寺を守り続けていた住民から、引き取り手がない70基超の位牌(いはい)をどうするかの相談を受けたという活動の端緒から、地道な調査で位牌の主が同地であった鉄道やダム工事における強制労働の犠牲者であることを突き止め、遺骨の発掘や韓国への返還につながっていく過程を克明に記した。
韓国側の活動をけん引した三十数年来の友人、鄭炳浩(チョン・ビョンホ)さん=24年12月死去=や、朱鞠内を訪れ、強制労働を題材にした推理小説「笹の墓標」を出版し、印税の一部を殿平さんたちの活動に寄付した小説家の森村誠一さん=23年7月死去=ら忘れえぬ人たちとの思い出も盛り込んだ。
また、過去を掘り起こすだけでなく未来を見据えた試みとして、日本、韓国、在日コリアンの若者が参加し、97年から現在も続く東アジア共同ワークショップなどの交流事業にも多くの紙面を割いた。反日感情や歴史認識の違いから参加者が本音をぶつけ合う激しい議論が起きたエピソードなど、葛藤しながら加害と被害などさまざまな立場の違いを乗り越えていく若者たちの姿も描いている。「戦争で分断された日韓の若者が、強制労働の犠牲者という死者を介して出会い、対話してつながっていった。中には結婚する者もおり、子供を連れて参加してくれる」と長年の活動を振り返る殿平さん。
歴史の語り手の高齢化が叫ばれる戦後80年に際し、「生きてきた場所の近くに歴史の犠牲者が埋められていたという動かしがたい事実に向き合い、加害と被害の問題もきちんと学んでほしい。対話し、考えや立場の違いを認め合うことで人と人の和解が積み重ねられていく。若い世代にぜひ読んでほしい」とPRする。295ページ、2000円。
本を読んでいて、あっとびっくりしたのです。遺骨を70年ぶりに韓国の遺族の元に返しに行く時。日本を縦断して韓国に渡られたのですね。

9月15日、京都西本願寺、そして16日広島の平和公園の韓国人原爆犠牲者慰霊碑に参拝したのち、「本願寺広島別院では輪番が導師を務めて法要が行われた」と。
関釜フェリーで韓国にわたるその夜、国会では安全保障関連法案の強行採決が行われたと。
ここを読んだのが、私、広島別院に講演に行った、その日の夜だったのです。本当にびっくりして。遠い北海道の北の物語ではなく、私にもうんとうんと身近なことなのでした。呉での殿平さんの講演も、広島別院で遺骨の法要が営まれたのも。
もっとみんなが知らなければならないことでした。それにしても、このようなことが、朱鞠内も長生炭鉱のこともみんな民間の手で行われている事。国はもっとちゃんとしなければならないことだと思います。
以上、旭川行きのご報告、終わります。長々と読んで頂いてありがとうございました。それにしても、もう一週間。ウニが来ないなあ。
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