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松本正さんの被爆証言と絵本「ひろしまのピカ」③

 岡崎美保さんの絵本「ひろしまのピカ」の朗読、松本正さんの被爆証言の後、皆さんでトークをなさって。会場の人たちとの対話がありました。質問が出て答えられた後、突然「河野先生」と言われて、ドキッ!でした。わたしは、孫たちと一緒にお話しを聞くために来たので、なんにも話す用意はしていません。でも、即、頭を巡らせて。こんなことをしゃべりました。実際喋ったこととは異なることもあります。ここに追加しながら書いておきたいと思います。

「広島から来ました、産婦人科医の河野と申します。・・・80年前、私の父は広島二中の教師でした。」会場の人たちから、ほうっとか、声が上がりました。

「父は建物疎開に駆り出された生徒を今の平和公園の川岸に座らせて、そして、伝令をを持って自転車で松本さんが駆り出されていた観音の三菱の軍需工場に行っていました。ちょうどその時に原爆が落とされて。だから、本当に偶然父は助かりました。だから、私も生まれることができました。生徒さんは全滅しました。父は教師にとって、担任の子どもというのは、自分の子どもと同じように大切と言っていました。その生徒をみんな死なせて。父は私たちにもう絶対に戦争はしてはいけない。三度核兵器は使ってはいけないと、しっかり教えてくれました。」

当時の父の写真です。父は、誰がいつどこで撮ってくれたのか、まったく覚えがないと言っていました。前の方に自転車が写っています。

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「私は18年前から「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の会を毎年8月6日に開催しています。永田先生にもお話していただきました。松本さんにも被爆証言をして頂きました。でも、もう一度お話をしていただきたくて、来てほしいと何度も言いましたが、なかなかご無理なご様子で。だから、今日、ここにお話しを聞きに来ました。(被爆4世である孫と一緒に、これが何よりうれしいのです。‥これは、孫の了解を得ていないので、言えませんでしたが、ここだけで)」

「お話を聞いて、本当にむごい。核兵器の被害はこんな状況を作り出すということに、改めて戦慄します。でも、こんな核兵器を安上がりだと言った人。その人が、二位で当選するとは、いったい東京はどうなっているのですか。わたしたちは、この人たちのいうことをしっかりウォッチングしないといけません。そしてちゃんと声をあげなけけば、と思います。今日は本当にありがとうございました。」

言いたいことは山ほどありましたが、これだけにして。でも、これだけお話することができて、うれしかったです。ありがとうございました。

 そして、その後、広島から来られた方の手が上がりました。なんと、広島二中一年生全滅の記録、ポプラ社からでている「碑」いしぶみの本を手に。この本から作られた混声合唱「レクイエムいしぶみ」を広島二中の後進、観音高校の音楽部OB会が毎年公演している、今年、その公演が8月に東京でも行われると。私、つい追加と言って、続きをちょっと話しました。松本さんは英語がとても好きで成績も良かったと話されました。二中のその英語の山本先生が、傷ついた生徒に、「君はまだ元気だ、頑張って家に帰るんだ。私はもう動けない。さあ、握手して」というシーンなど涙なしでは聞けないことも出てきます。ぜひ聴きに行って下さいと。(東京公演については、正確の日時、場所などまたご報告します。)

 実は、そのさあ、握手してと言われた山本先生の遺児が健在だと聞いて、2017年に「8.6ヒロシマ平和の夕べ」にも来て頂いてお話していただきました。小野英子さん。その時、小野さんは肺がんを患われていて、そしてその後亡くなりました。

 あの、核兵器は安上がりと言った人のこと、どうしてもこの人のことを話さないといけません。追加で明日書きます。


 


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