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兄の文章から⑥

兄の遺した文章を続けます。「陶芸閑話」とするファイルからです。
次の文章の途中、「貴方は見ていない」と言ったら本人は「見た」と主張したことがある。という一文があります。兄は、映画「ヒロシマモナムール二十四時間の情事」を観たのでしょうか。その映画は「(ヒロシマで)君は何も見ていない」「いいえ、私はすべてを見たわ」から始まります。

3.見る  見える  見えてくる  見ていない 

いずれの大学でも入学試験の実技で必修とされるのがデッサンである。

大学によっては絵画科でも絵具を使わせずデッサンだけというところがある。それほどデッサンが重要だということだ。

私は陶芸でもデッサンから始めるのが良いと思っている。(私の教室では実行していないが。)

表現力だけではない。それ以前に見る力が問われる。かって洋画の大家が、「ビルの4階から転落する人を描けなければならない」と言った。

 

人物画の実習でクロッキーがある。モデルが数分ごとにポーズを変えるのを素早く描く。

テレビで外国(韓国だったと思う)の街頭で、低料金で似顔絵を描いている画学生を紹介していた。一人30秒である。一瞬で対象の特徴をつかんで表現する。客は早くて安くて、本人は訓練と収入になってこんな結構なことはない。

 

以前私の教室で、「貴方は見ていない」と言ったら本人は「見た」と主張したことがある。

絵画の世界ではただ漫然と眺めるのを「見る」とは言わない。

 

アトリエにはよく人体の骨格標本や人体の解剖図が置かれている。物の表面だけを見ず、物の本質を見よ、ということは生きた人物を描く時だけではなく対象の全てに言えることだろう。

絵心とはバランス感覚だという話を聞いたことがある。かって指導をいただいた先生はセンスの問題だと言われたが、同じようなことだと思う。それはこれまでの長い人生経験の中で培われてきたものであって、簡単に変わるものではない。

だから大学では入試で篩にかけるのだろう。

 

陶芸で、何処が狂っているか一瞬で見抜くことのできる人と、いくら見ても分からない人が居る。私の作業を見て、同じことをしなさいと言ってして見せるが、肝心なとこを見ていない人が少なくない。

私の作業を熱心に見るのは経験長く、見なくて良い人であり見なければならない人は見ない。逆になっている。同じ道具で同じ粘土で結果が違うのはやっていることが違うからであり、どこが違うのかを見抜かなければならない。それがわかれば後は練習あるのみである。

 

教室メンバーに作品展には複数回行く事を勧めている。

一度目は新鮮でどの作品も良く見える。二度目は印象に残る作品が出てくる。その作品をしっかり見ることだ。全体の雰囲気だけではなく自分が制作するつもりで、よく見る。その作品の良いところを見つける。

 

工芸は技術的な課題の比重が大きいので、こんな形を一体どうやって作ったのか。どんな粘土を使っているか、この釉薬の成分は何だろうというような課題が与えられる。

作品展で会場係をして終日作品を見ていると、朝と夕方では印象が違ってくる。

良い作品とそうでないものとが見えてくる。

陶芸を始めて5年~10年位経つと、良い作品とは何か分からなくなって悩むようになる。自分が良いと思っても他人はそう思わない。良く出来たと思う作品とそうではない作品とを出品して評価が逆になるのは良くある。

私が洋画の勉強をしていた時、うまくいかず描いたり消したり四苦八苦して仕上げた作品と、スムーズにうまく出来上がった作品と後で比較してみると、苦労した作品のほうが深みがあり感動がある。

 

私は陶芸をする人に窯元めぐりや祭りに行くことを勧めない。遊びに行くのは良いが勉強にはならない。アマチュアの作品のほうが良いと思っている。アマチュアの作品はすがすがしくて気持ちがよい。とかくプロは、良いものではなく売れるものを作ろうとする。

生活がかかっているのでそれはそれで良いと思うが。行くなら美術展に行くよう勧める。

 

 贋金鑑定者を養成する時、本物だけを見せるという話を聞く。良い作品だけを見ることによって良い作品が分かるようになる。他人の作品の悪いところにすぐに目が行く人が多い。歪んでいるとか、ひびが入っているとか。

他人の作品の良いところを探す習慣を身につけてほしいと思う。それによって自分の意識の中に良いものが蓄積される。

 

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