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劇団民芸に手紙を書きました。続き

 今日は、電話当番でした。朝から午後2時までの予定で、その後は、県民文化センターでの観音高校音楽部OBによる「レクイエム碑」を聴きに行く予定でした。「ひろしま二中一年生の全滅の記録」の混声合唱です。でも、終わり近くにかかって来た電話がとても長引いてしまって、遅くなってしまいました。結局碑にはいくことができませんでした。とても残念です。

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その電話の事もあって、今日はひどく疲れています。好きな「ぽつんと一軒家」を観ながら、座ったまま居眠りをしていました。居眠りは私は珍しいです。

 では、昨日の劇団民芸への手紙の続きです。私の昨年12月のこの演劇についてのブログの二日目です。これには、はじめに私の講演の事を書いていますので、その部分は省きますね。それでは、ブログを再現します。

 (略)
ということで、さて。昨日の続きです。多くの皆さんが一緒に怒ってくださって、少しほっとしました。

「被爆者から奇形児が生まれる」という偏見について。特に、劇にあるような「無能児」について。これは、母親の胎内で、期間形成期、それも大脳が作られる16週までに強い放射線を浴びた場合に起こる可能性があります。しかし、木下刑事のように被爆者が後に妊娠した場合は、胎児が被爆したわけではないので、その頻度が上がることはないのです。胎内被爆児の中には、頭が小さくて知的障害のあるいわゆる「原爆小頭症」の子たちが生まれたことは知られています。しかし、それも、母親が妊娠中に原爆による被爆をした場合であって、被爆者がのちに妊娠して同じような障害のある子が生まれる頻度が上がるという証明はありません。それを混同して、まさに小山氏が書いたようなことをするから、それが被爆者差別につながっているのではないでしょうか。ちなみに、無能児は、被爆のためだけに起こる障害ではありません。その頻度は、日本では1500の妊娠に一人の割合で起こるとされています。

劇中の歌は、これです。「泰山木の木の下で・主題歌  わたしたちの明日は」と書かれいます。

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 明日には何があるのでしょう。これだと、何もない。絶望しかないということでしょうか。

宇野重吉さんが書かれたものを読むと、この歌は、宇野重吉さんがまず忘年会で歌うと。そして、小山祐士さんも加わって二人で歌うと。転写します。

『「小さな汽船のなかで—」という劇中の歌は斎藤一郎さんの作曲だが、この曲も小山さんの気に入ったらしい。毎年忘年会のたびに私たちはこの歌を歌う。先ず私がおだてられて真ん中へ出て歌い出す。みんなが唱和する。その中に小山さんの白髪が見える。私は寄って行って小山さんを引っぱり出す。「小さな町でも、大きな町でもー」のあたりからは、したがって私と小山さんとのデュエットになる。これを歌わないと忘年会の感じにならないのである。』

 その昔、私が大学生の時。被爆者や被爆二世の会の一員で、みんなといろいろと考えたり、議論しました。まだまだ結婚や出産に社会の差別も厳しかった頃。その中で、「私たちは産もう」という結論を出して、すっきりしたことがあります。

 それについては、ここに書いています。福島の若い女性たちが、かつての私たちと同じような悩みで苦しんでいることを聞いて、ああ、広島と同じような差別が繰り返されていると、胸が痛みました。そして、私たちのかつてのことをお話ししたのです。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-01e8.html

そして、その後もっとたくさんの若い人が福島から来て、8月6日を中心に広島で過ごしました。その中で、みんなに向けて私が話をしました。そして、そのことを密着取材したNHKの番組になりました。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-99aa.html

私は福島で起こったことは、隠すのではなく、きちんと情報を開示して、何より当事者が自分のことを自分で決めていけるようにすべきと思っています。差別があるなら、それこそ冷静にその差別に向かっていかなければ、と。

作者の小山氏は泣き虫で、これも宇野さんも演劇評論家の尾崎宏次さんも書かれていますが、芝居の練習の時も、演劇が上演される時も、ずっと泣いていたと。誰のための涙か知らないけれど。自分がかってに作り出した「売春をして生きるしかなかった顔にケロイドのある女性」が可哀そうだったから?「奇形児」が生まれた警察官が気の毒だったから?被爆者を憐れんでいるのですか?

それにしても、その女性から「奥さんのところに帰るように」説得されて、彼はその気になるのですが、それでもその説得の後、わざわざ敷いてある布団に抱き合って倒れこんでという場面、売春婦と悩める男のそのような恋愛や情事があってはいけないとは言わないけれど、それを広島の地でする?観客の中には被爆者も、なかでも、人知れず背中のケロイドを隠して生きている人もいたかもしれません。

 この演劇が作られた当時はまだ分からなかったから、そんな劇を作ったのかもしれない、でも、今はもういろいろと分かっているし、まだ差別がなくなっていない今、それを強調して、差別されている人たちの傷口をひろげるようなことは、もうしないでほしいと思うのですよ。すなわち、この演劇はもう封印してほしい、そう強く願います。

昨年12月のブログは以上です。

このブログは、フェイスブックにも同じものを載せています。昨日のフェイスブックに早志百合子先生がコメントを寄せて下さいました。フェイスブックをされない方は、読むことができませんので、ここにそりコメントを転載させて頂きます。なお、早志先生については、やはり昨年の12月にブログを書いています。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2022/12/post-31873d.html

早志さんのコメントです。

早志 百合子



私も劇団民藝のファンですし、長く市民劇場に入って2ヶ月に一度、色んな劇団の演劇を観ていました。
でも この演劇は観ていません。
が、先生のお手紙から私も悲しさ、怒りが込み上げてきました‼️
このシナリオを書かれるにあたって、何人の被爆者に会われ、その生き方を聞かれたのでしょうか?
私も長女を出産する時いわれなき差別に苦しみました。私はそれらと闘い難産の末出産し、その子は立派な人間として今は私にとって居なくてはならない存在になっています(先生もご存知のように)
しかし、その娘が初めての妊娠の時、産婦人科の医師に言われた言葉は今も鮮明に覚えています😡
まだまだ、そんな無知から来る誤解が存在することに憤りを超えて
虚しさを感じています😰
先生の実行力に感謝致します🙇‍♀️

早志先生、本当にありがとうございます。

 

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