特別養子縁組、出生届。
この前の木曜日、実母さんと一緒に出生届を出しに行きました。
彼女は、私と養父に手紙を書いてくれていました。養母には会って赤ちゃんを手渡したけれど、その時、養父には仕事の関係で会えませんでした。だから、お父さんに渡してほしいと。何と小さな折り鶴も折ってくれました。
これ。彼女は、真っ白で指が長いとても美しい手をしていました。ある有名な化粧品の手タレとしてスカウトされた人です。私の写真が悪いけれど、実際はもっともっときれいです。

手紙も鶴も赤ちゃんの宝物になります。
私の手紙には、「ありがとうございました。本当にあの子が幸せになれそうな方々で良かったです。でも、私は私のわがままであの子を捨てたことには変わりません。私は、これからどう生きるかも分かりません。あの子が大きくなるまで私は生きていないかもしれません。なにもできない母なんてあの子は多分要らないでしょう・・」などと書かれていました。
私は「違うよ。あなたは、赤ちゃんが幸せになるためにつらい決断をしたのでしょ。赤ちゃんは幸せに育ててもらえる。それは間違いないけれど。でもね。大きくなると、必ず自分を産んでくれたのはどんな人だろう、どうして私を育ててくれなかったのだろうと考えるようになる。出来れば会いたいと思うようになる。だからあなたは、ちゃんとしっかり生きてね。やり直しはできる。しっかり生きてて、あの子が会いたいと言った時には会ってあげて。今はね、内緒で育てるのと違うの。ちゃんと産んでくれたお母さんと、育ててくれているお母さんとふたりお母さんがいるって教えて育てるのだからね。」そんな話をしました。
私は、彼女が赤ちゃんを産んだ市に生まれる前と産まれた後と、計4回行きました。彼女は一度クリニックに来てくれました。その翌日に赤ちゃんが産まれたのです。彼女とは、これまで、しっかり話してきたつもりですが、まだまだ話し足りませんでした。
ご飯を食べようと誘って、ランチに行きました。居場所のなかった彼女が今身を寄せている所のナース、付き添いさんも一緒です。三人で話をしながら食事をしました。
普通のランチと、ハーフサイズのランチがありました。私と付き添いさんはハーフの。彼女はグルテンフリーのバスタ。


みんな共通のデザート。

食べながらこれからの彼女の生き方などいろいろと話しました。彼女は、今回のことでいろいろな人と繋がることができました。私ともずっとつながってね。どこにいるかわからなくはならないでね。ラインで繋がるけれど、念のために彼女の実家の電話番号を書いてもらいました。きっと彼女はしっかり生きてくれると思います。
分かれて帰りながら、胸が詰まる思いがしました。彼女はこれまでつらい人生歩んでいるけれど、どうかどうか幸せになってほしいと。
彼女が身を寄せている場の庭には沢山のアジサイが咲いています。そこのアジサイを抱えきれないほど、いっぱい戴きました。

これから私は、別の県にいる赤ちゃんと養親さんたちのための書類を作って、今度はそちらに通います。手紙や折り鶴ももって行きます。一緒に役場や家庭裁判所に行きます。まだまだ養子縁組の成立にはとても沢山の時間と手続きが必要です。
まだしばらく養子縁組について話を続けますね。
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