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三浦寿秀さんの個展に行きました。

昨日は、診療後横川の「かもめのばあば」での三浦寿秀さんの個展に行きました。行こう行こうと思いながら、なかなか行けなくて、やっと思いを果たせました。

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三浦さんとは、広島エイズダイアルの立ち上げからの30年来のお付き合いになります。度々個展にはいっていましたが、こんな襖絵を書いているなんて、初めて知りました。すごい!!迫力です。三浦さんは30年前と全然変わりません。

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実際にふすまに直接描いたのだと。陽に焼けたのと焼けなかったので、色が異なるのだそう。だいぶくたびれきたので、絵をはがしたのだそうです。

三浦氏が作って来た団子汁(誰か団子を作って来てと予後かけられたのだけれど、私も含めて誰ももって来なかったので、野菜汁です)をごちそうにになりました。私の知らない野菜、尋ねるとマメだと。大豆を潰して乾燥させたものと。だしのいりこもそのまま入っていて、それがおいしいの。「いりこがおいしい」と言ったら「ままかりのいりこ」なのだと。びっくり。こういうこだわりが三浦氏のすごい所です。そういえば、うんと昔、女性みんなで「三浦さんの料理を食べる会」をしたっけ。

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その後、かもめのばあばのゆずちゃも戴きました。

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外から襖絵の龍を。

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三浦さんとかもめのばあばの船本由利子さんと大話をしました。三浦さんも、船本さんも、ほっこりやさしくていいですね。心地い良いひと時を過ごさせて頂きました。個展は、水曜日29日までです。

 この後、私は大失敗。夜は市民劇場の演劇を観に行く予定で、十分時間に間に会うつもりで家へ帰りました。6時過ぎ、そろそろと出かけようとすると、何と、会場がいつものアステールでなく、上野学園ホールだったのです。6時半から。何と何とです。上野学園だったら、三浦さんの個展の横川から橋一つ渡ればいいものを。家に帰ったものだから、間に会いませんよ~。急いで自転車で行くには、電動の充電が切れそう。クリニックまで自転車で行って、そこからアストラム?!としたら、もう、全然時間がなくって、結局タクシーでギリギリでしたよ。夫は、君らしいドジだそうでした。


 


 


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カープ、スイートルームで。

 私と同期に広島大学の産科婦人科学教室に入局した久松和寛先生が、この度廿日市での開業を終えられました。閉院して、ご夫妻は広島のすべてを引き払い、東京に住まいを移されます。診療や手術にお伺いしたり、患者さんをお願いしたり、これまで大変お世話になりました。同期の人が次々とリタイアし。寂しくなります。

 その久松先生から、昨日突然電話がかかってきました。今日の夜、時間ある?と。ないよ、今日は大切な会議があると答えたのですが。その会議、休めんの?と。カープのスイートルームに行くのだけれど、一人が急に来れなくなったと。うわっ、それは魅力的だけれど、でも、ダメだわ、今日の会議は最優先だわ。何度か押し問答した末に、久松先生とご一緒する時はもうなくなってしまう、カープのスイートなんて、もう一生ないだろうなあと思うと、これは行かなくては、と思い直したのです。スイートには、これまで一度だけ久松先生に招待していただいたことがあります。会議、申し訳ないけれどと電話を入れて。お昼休みにカープグッズのバッグを取りに帰って。診療を終えると、急ぎ球場へ。皆さんより遅れましたが。久松産婦人科とスタッフの方たち、四方先生、山本先生がご一緒です。すでにカープが一点入れていました。

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テーブルにはごちそうが。

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このパンの中にごちそうが入っていたそうです。私のは取り分けて下さっていました。

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パンは、後でチーズプレートと共に焼いて切り分けてもってきて下さいました。この後にも、和牛の煮込みやデザートなどが次々と並びました。

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部屋の外はこんな風。いつもは10人の定員が昨日は密を避けるため8人と。

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カープは、ほんとうに久しぶりに勝ちました。みんなで大騒ぎ。大声を出さない様になんて無理無理。

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床田君が良く投げて、ヒーローです。カメラマンがたった三人。ひと昔前と比べて寂しい限りです。勿論、昨日は打線も素晴らしかったです。

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ほんとうに楽しい思いをさせて頂きました。久松先生、スタッフの皆様に感謝、感謝です。

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修学旅行生が戻って来た!

今日お昼休みに、ちょっと用があって自宅に帰りました。平和公園を通っていると、修学旅行生がいました。コロナ以来、全く訪れる人がない平和公園で、もちろん修学旅行生もいなくなっていました。最近、ボツボツ子どもたちの姿が見られるようになったなあと思っていましたが。

黄色い帽子と白い帽子の子どもたち。違う小学校の子どもたちですね。

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そこに中学生たち。(多分高校生ではないみたい)

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資料館の下には、グレーの帽子の子どもたち。

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バスの駐車場も、いろいなバスが停まっていて。

修学旅行生が戻ってくるというのは、やはりうれしいですね。

新型コロナで失う物はとても多いけれど。中でも教育。学力だけでなく、友達関係をどう作っていくか(結局は人権教育なのですが)、性教育、そして平和教育。これらが授業時間の減少と共に削られがちな今、こうして子どもたちを広島に連れてきて下さる先生方かせいらっしゃるということが、ありがたいですね。きっと、いろいろと悩み、議論し、保護者とも話しあい、やっとの思いで広島行きを決められたことと思います。広島の代表でもなんでもないけれど、ありがとうございますと思いながら自転車を走らせましたよ。

今日のお昼は家でチキンラーメンです。

東京の孫ちゃんからお手紙が来ました。敬老の日のプレゼント、手作りのノートです。表紙や中紙やリングなどを私に似合うのを選んでくれて、私だけのノートを作ったのだと。素敵なノート。きれいに折れた鶴も一緒です。もう長い間会えてないけれど、元気にしていてこうしてプレゼントまで贈ってくれて、ありがたいことです。それから、手紙に漢字が増えたのがびっくりです。「楽しみ」までチャンと感じで書いてくれてました。どんどん成長しますねえ。また、いつか近い内に会えます様に。

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」「私が大飯原発を止めた理由」樋口英明さん②

「8.6ヒロシマ平和の夕べ」、樋口英明さんの講演「私が大飯原発を止めた理由」の続きです。


 つまり原発は、ずっと電気と水が必要だ。去年亡くなった中曽根元首相の最大の影響は、1955年原子力基本法を作ったことだとされる。「原子力はかつて猛獣だったが、今は家畜になっておる。日本国民は、まだこれを猛獣だと誤解している」と。猛獣というような可愛いいものではない。核兵器、原爆はウラン、プルトニュウム燃料を10万、100万分の1秒という一瞬にエネルギーを解放する。原発はそのエネルギーを水と電気でコントロールしながら1年余をかけ、ゆっくりと解放する。水と電気を与え続けなければ、原爆と同じ。核兵器は倫理にも、理性にも反する。しかし最後はボタンを押すか押さないか、人間性に期待できなくもない。原発は、水か電気どちらかが断たれれば「爆発」する。水、電気が断たれる原因は戦争、地震、災害、疫病いくらでもある。


 核の平和利用と言われるが、「核の平和時」利用に過ぎない。水と電気が安定的に供給されれば、という話、自国に向けられた核兵器である。そんな危険なものなら、それなりに安全に造られていると思われるかもしれないが、そうではない。事故発生確率と被害の大きさは一般的に反比例する。新幹線と広島の路面電車では、発生確率では路面の方が高い。新幹線が車と衝突する確率はゼロ。だけど被害の大きさが違うから、新幹線は発生確率を抑える設計、運行になっている。

 自然界にM9の地震はめったにないが、M5程度はよくある。推進勢力は、「原発の敷地に限っては、将来にわたって震度6、7の地震はこない」と言う。信用できますか。地震学者は、地震学の3重苦として「観察不可、実験不可、資料なし」と言っている。全国に地震計を配置したのは、阪神淡路の後から。せいぜい20年くらいの資料しかない。地下30キロの震源の観察はできない。それでなぜ、多くの裁判長が原発を止めないのか。700ガルが震度6なのか7なのか、裁判官は知らない。過去に何回起きたかも知らない。実際に起きている地震に比べ、原発の耐震性が高いか低いか重視していない。


 止めるべき理由は簡単だ。事故のもたらす被害は甚大、地震大国日本では高度の安全性ということは、高度の耐震性ということ。54基もつくり、しかも耐震性は極めて低い。3・11を経験した私たちは、どうするべきか。死の灰は科学的に処理できないことが明確になった。原発事故はめったに起きない、起きても30キロ範囲の影響というのも違った。原発は、それなりに丈夫。しかし阪神淡路の後の資料で見ても、見当はずれの低い耐震性で造られている。私たちの世代で解決しなければならない。私たちは、知ってしまったのだから。(要旨)


講演の要旨は以上です。最後の「知った者が解決しなければならない」と。そして、「ここにいる皆さんはもう知ってしまったのだから、原発を止める義務がある」と言われました。

これは、昨年、樋口さんが広島の「福島と広島をつなぐ、もみのきの会」で講演された時の講演録です。8.6の当日に販売させて頂きました。アッという間の完売でした。

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この冊子には、私たちが時間がなくてできなかった聴衆との質疑応答が載せてあります。そのしょっぱなに興味深い問答がありますので、それを引用させて頂きます。

問  質問は2点あります。1点は、昭和30年に制定された「原子力基本法」という法律について、貴殿はどのような認識でおられるかということ。もう1点は、原子力規制委員会ですが、これは国会で承認されたもので、要するに原子力を止めるか止めないかの権限は、この規制委員会に委託したわけです。にもかかわらずなぜ原子力を止めるという訴訟を裁判所が受けるに至ったのか、と。これは、日本国憲法の立法・行政・司法の領域のなかで言えば、司法が行政の領域に入り込んでいるのではないか。だから、それは日本国憲法に違反しており、止めるとか稼働するとかいう判断も、本来は、司法でなくて行政がやるべきことだと思います。しかも国会で承認した原子力規制委員会というものがあるわけで、この委員会の5人に、国会は委託したのだから、裁判所はむしろ「そういう訴訟はうちではない、原子力規制委員会に行って話をしなさい」と振り分けるのが筋ではなかろうかと思いますが、いかがでしょうか、以上です。

答え(樋口さん)  お答えします。「原子力規制法」は法律の問題、「安全な原発しか動かしてはいけない」というのが、法律の規定です。原子力規制委員会に一定の権限を与えていますが、「ひの審査がおかしければ、裁判所が判断できる」、ということについては、全く争いがありません。法的には問題ない。ですから、「規制委員会に権限を任せているんだから、裁判所は口出しするな」という考えは、ごく一部の評論家が言っているだけで、司法の世界(裁判所、弁護士、検察官)では、そういう説をとっている人は、ほとんどいないと思っています。私は、おかしければおかしいと判断できることが、憲法から来る「裁判所に対する当然の要請」であると理解しています。以上です。

それから、この度の講演の中で、なぜ裁判官は(最高裁判所の裁判官も)、こんな危ないものを止めろと言わないのかというお話で、「原告の弁護士がちゃんと裁判官を説得しないからだ」と言われました。裁判官というのは、自ら調べたり考えたりするのでなく、法廷に出された資料や弁論から判断するので、その裁判官をいかに説得するかが、勝負なのですね。私は、このところ、性暴力の法廷に立ちことが多くて、検事さんや裁判官が、いかに物事を知らないのか、特に女性の体や心理をほんとうにわかっていないというのを痛感しています。原発の難しい仕組みを知らなくとも、単純に「こんなにアブない」ということを説得すればいいと思うのですが。ですから、樋口さんの「あぶないものは止める」という言葉が、大変力強くて、頼もしく思いました。

 それから、「原発は自国に向けた核兵器である」という言葉も重いです。政治家の中には、将来日本も核兵器を作るために、原発を続けなければならない」と堂々という人もいます。将来の核兵器の話でなく、今、ここにある原発が、水と電気が供給されなければ、即核兵器となるのだと、ゾッとする、鋭いお話でありました。


 


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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」「私が大飯原発を止めた理由」樋口英明さん①

「8.6ヒロシマ平和の夕べ」での、樋口英明さんの講演「私が大飯原発を止めた理由」の要旨を掲載いたします。遅くなりましたが、講演を録音をしたのを、スタッフの一人の竹田雅博がテープ起こしをし、要旨をまとめました。それを少し私が短くしています。樋口さんのお話は、とても分かりやすく、明快でした。

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私が大飯原発を止めた理由
               


 私が大飯原発3、4号機差し止め判決を出したのは14年5月。裁判というのは、判決内容を事前に知っている者は3人の裁判官と書記官1人だけ。私は、訴訟の当初から原告・住民にも被告の関西電力にも厳しい態度で臨んでいた。判決当日、原告側も「勝つか、どうか」わからない。それでも代理人・原告、傍聴者は詰めかけた。他方、関電側は1人も法廷に来なかった。彼らは負けるとわかっていた。 


 私は当初から、「大飯原発が危険だと思ったら止める、危険じゃないのなら止めない」と宣言し、訴訟を進めてきた。関電側は「危険か危険でないかで決められたら、勝てない」と思っていた。みなさんは、原発裁判は、原発が危険かどうかで判断されると思っている。ところが実際、多くはそれで決めていない。私は、「危険であれば止める」とした。止めた、止めない裁判官の違いは、そこにある。


 危険とは何か。お母さんが子どもに、「そこの交差点は見通しが悪く危ないから気をつけてね」と言う。見通しが悪く事故発生率が高いから、危ない。「自転車に乗るとき、危ないからヘルメットを被ってね」。被っても被らなくても、事故発生確率は変わらない。お母さんは、頭を打って大けがをすることを心配している。ここでの危ないは、被害の大きさ。一般的に、危険というのは事故発生確率と被害の大きさ。両方を言うこともあるし、一方だけの場合もある。原発の危険を聞くと、9割以上の人が危険と答える。しかし、それは発生確率のことか被害の大きさのことか、分析してみなければわからない。被害の大きさだけ考えている人が案外に多い。


 大方の人が、被害の大きさは福島事故でわかったと思っている。福島事故はどういう事故だったのか。11年3月11日、午後2時46分に三陸沖約130キロでM9の地震が発生した。M9は地震の強さではなく、大きさの単位。大きな地震でも、離れていれば震度は弱くなる。福島第1原発は150キロ離れており、震度6強だった。それにより外部電源が、津波により非常用電源が断たれ、事故になった。それは原発の仕組みと関係する。原発は非常に単純な構造ですね。ウラン燃料の熱で水から蒸気をつくり、タービンを回し発電する。自転車の発電機も回すのは同じ。蒸気は、水(海水)で冷やし水に戻し、それをモーターで回す繰り返し。石炭、石油を燃やすか核燃料か、仕組みは火力発電と同じ。違いは燃料の毒性である。核燃料がある圧力容器には、広島型原爆の約千発分の「死の灰」が溜まる。


 もう一つの違いは、火力発電は大地震があると火を止める。すると沸騰が止まる。ところが原発は制御棒を入れ核反応を止めても、エネルギー量が大き過ぎ沸騰が続く。冷やすために水を循環させなければならない。送電鉄塔が倒れるなど電源が断たれると、モーターが回せない。福島の場合、非常用電源も津波に襲われた。


 原発には「止める、冷やす、閉じ込める」という安全3原則がある。制御棒を入れ止めることはできたが、冷やし続けることができなかった。そして閉じ込められなかった。冷やし続けるためには電気と水が必要だ。火力発電所、普通の工場、みなさんの家でも火を止めれば、断水してもかまわない。原発は停電しても断水してもだめ、電気が遮断されただけで、あの大事故になった。


 格納容器内に水蒸気と水素ガスが溜まり、爆発の危険があった。当時の吉田所長は水蒸気と水素ガスを抜くベントを人力でやろうとした。ベントを行なえば放射能が大気中に出る。格納容器が爆発して全部出るよりまし。しかし、強い放射線のため作業することができなかった。15日になり、2号機の圧力が限度になってきたが、なぜか抜けた。4号機は運転休止中で燃料が抜かれ、プールに貯蔵されていた。プールの水が減ってきたが隣のプールの隔壁がずれ、水が入ってきた。2号機が爆発しても4号機のプールの核燃料がメルトダウンしても、東京圏を含む東日本壊滅だった。それは、まさに奇蹟と言っていいのではないか。


 明日に続きますね。

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出雲へ一泊の旅でした。

昨日の朝出発して島根に行き、先ほど帰宅しました。出雲の両親のお墓参りがメインの目的です。昨日の内にお墓参りをし、その後で一泊したので、のんびり。ホテルで本をよく読みました。今日は、日御碕灯台、日御碕神社、三瓶山へと行きましたよ。

 帰ってびっくり。ゆーぽっぽでコロナのクラスターですって!?ゆーぽっぽでのお芝居をする劇団の人とその観劇をした人とのことで。私たちは、夜遅くの人がほとんどいなくなってのお風呂だけだし、お風呂でも人と話をすることは全然ないので、まず感染の機会はほとんどないと思いますが。しかし、どこで何があるかわからないということを、また、痛感しました。これからまたゆーぽっぽは休業なので、それもつらいです。劇団の方たち、仕事ができなくて、生活が大変でしょう。早く皆さんが陰性になって、またお仕事ができます様に。観客の方たちも早く健康を回復されます様に。

 さて、満杯の旅行客でやっとのこと取れたホテルは、ドーミーイン出雲です。11階の屋上に温泉があります。玉造や平田のゆらりのように、この辺りの温泉の湯質は、ぬるぬるすべすべして、とても気持ちが良いのですが、ここのもまさにそうでした。チェックインしてすぐと夜と朝の三回お風呂に入りました。露天ぶろは冷たい風で頭が冷えて、温泉は気持ちよくって、ほんとうによかったです。

今朝、ホテルから見た空です。

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それと、ドーミーインは全国朝ごはんがとてもいいので、それも楽しみでした。

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出雲そばは、自分でトッピング。私は大根おろしと山芋のおろしと、シジミの佃煮と、エビの天ぷら。それに、夜には夜なきそばのサービスもありましたし、こんな朝ごはん付きで、駐車場代800円も入れて、二人で15200円でしたよ。GoToなんかなしです。とてもいいホテルでした。

日御碕の海の眺めは素晴らしく、命の洗濯でした。

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日御碕からずっと海岸を降りて、神社へ。天照大神を祭ってある千年の歴史のある大きな神社です。今の建物は、水戸光國公の指示で、400年前にたてにられたとのこと。

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灯台へ行く道のお店で、私と姉は焼きイカを、夫はさざえのつぼ焼きを食べました。朝沢山食べたので、これとかき氷がお昼ご飯です。

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三瓶山は、何十年ぶりでしょうか。子どもが小さいころに行って以来です。やっぱり雄大で、ゆったり。海と山と両方のゆったりを堪能しました。

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三瓶から広島へはとても帰りにくくて。ずっとコチャコチャ山道を通って。太田、飯南、美郷、川本、邑南、瑞穂、大朝と。狭い道、何か所も大雨の被害の修繕の工事をしていて、かなりしんどい運転でした。でも、道の駅に五か所も行って、それなりに楽しみましたよ。

楽しみだった短い旅の終わりました。また明日から頑張りましょう。

 

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湯来南小学校の子どもたちの感想文③

湯来南小学校の子どもたちの感想文、今日で最後です。5年生、6年生の「ようこそ思春期」です。自分のことと照らし合わせて、話がとても具体的になっています。

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ああ、かわいそうに。お兄ちゃんに「でぶ」や「ぶた」と言われて、運動して3キロもやせたって。それはかわいそうだし、よく頑張ったねと言いたいけど、でもね、思春期には、やせてはいけないんですよね。しっかり食べてどんどん大きくなろうねと言わなければならなかっけど、それを言い忘れました。

5年生の感想が続きます。

「ぼくは何かがあんしんできました。もしかしたらもう思春期に入っているかもしれません。理由はきのうもだけど親とけんかしているからです。だからさい近イライラします。だから河野さんのおかげで安心しました。ありがとうございます。」

「ぼくは今日、九月十日木曜日に『ようこそ思春期』の話を聞いて安心しました。なぜならどことは、言わないけど皮がずっとかぶっていたから心ばいしてました。でも話をきいたら大丈夫だと分かったからよかったです。お話を聞かせていただいきありがとうございました。」

ウフフ、かわいいですね。「どことは言わないけど」だそうです。わたしは、男の子の性器は皮をかぶっていても全然かまわないこと。でも、トイレに行ったときには、皮を根元に引っ張っておしっこすること、毎日お風呂でちゃんと引っ張って少しでも頭を出して石鹸で洗って戻しておくことなどの話をしました。

6年生の感想です。

「今日は、思春期のことについてお話をしてくださりありがとうごさいます。自分は、母さんとよくけんかをするんだけど、自分をうんでくれたことに感謝したいと思います。自分は今日赤ちゃんがうまれてくるのがどんなにつらいことなのか自分は男子だけどよく分かりました。今日のけいけんをわすれないようにします。ありがとうございました。」

「このたびは、いろいろな話をしてくださいましてありがとうございました。自分がどれだけめぐまれて、命をいただいたということが改めて分かりました。先生が最しょにお話ししていただいた、親子の悲しいお話などもとてもいんしょうに残っています。自分で心のせいちょうは先生のお話してくだったことと、あいての気持ちがわかるということもあると思いました。ほんとうにいろいろなことをおしえて下さってありがとうございました。」

「河野美代子先生とてもきちょうなたいけんをさせてくださりありがとうございます。ぼくが一番心にのこったものはんないつくるかわからない思春期でからかったりわらったりする人がいるという話です。たしかに子をつくるのはむずかしいことでそのじゅんびができているというじょうたいをわらったりからかったりする人はおかしいなと思いました。自分は友だちのなかでそういう人がいたらその人をからかったりわらったりするのではなくいつもどおりせっしてあげたいと思いました。」(生理というのは、いつくるかわからないので、スカートが汚れたりすることがありうること、そんな時には絶対にわらったりからかつたりしてはいけないことなどを伝えました。)

「河野先生、いろいなお話をしてくれて、ありがとうございました。お話を聞いて、今まで悩んでいたことも、楽になりました。話が終わった後先生に、「先生が子どもの時は、男子と女子別々に話を聞いたから、男女いっしょに聞けたのは、ラッキーだったよ」と言われました。きちような話を聞けてうれしかったです。」

ほんとうは、みんなの感想文を全部アップできればいいのですが。選ばなければならなくて、それは苦しかったですよ。中には、まんがを描いてくれた人もいました。それも楽しく見させて頂きましたよ。ほんとうに皆さんと一緒に学ぶことができて、私もうれしかったのです。またいつかお会い出来たら声をかけて下さいね。

関係者の皆様、ほんとうにありがとうございました。

これで、湯来南小学校のことは終わります。

私は今日、出雲の両親のお墓参りに行きます。

 

 

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湯来南小学校の子どもたちの感想文②

昨日は、朝から夜中までびっしり忙しくて、疲れ果てて、ブログ、穴をあけてすみません。早く楽しい小学生の感想文をお届けしたかったのですが。

はい、湯来南小学校の3年生の感想文です。

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しっかり書いて頂いてありがとうね。漢字も沢山。1年、2年、3年生と成長していく姿がよくわかります。今回は、1年生から3年生まで一緒の授業だったのですが、それぞれの成長に伴って話を受けて止めてくれたことがわかって、ホッとしています。

他にも、3年生です。

「今日は、たくさんのことを教えてくださりありがとうございます。人もたまごがあるのにびっくりしました。赤ちゃんの生まれるところをはじめて見られてとてもうれしかったです。あかちゃんはおもかったです。ぼくは、大昔の、たくさんの人にいのちをもらったんだな、と思いました。」

「今日は、たくさんのことを教えてくださりありがとうございます。いのちは、どんなに大切かが分かりました。人間に、たまごがあるなんてびくっりしました。あと、あんなに小さいのが。おなかの中にあるのが、すごいなと思いました。どんなふうに赤ちゃんをうむのかが分かりました。いのちは、いろんな、おばあちゃん、おじいちゃんにもらったことが分かりました。いのちが゛とんなふうにできているか、分かりました。」

「今日は、たくさんのことを教えてくださりありがとうございます。人間にもたまごがあるのがびっくりしました。人間のたまごがあんなに小さいのがわかりました。ひいおじいちゃんやひいおばあちゃんがいっぱいいるのが分かりました。人間は、さいしょはさるみたいでそれから人間になっていくのが分かりました。プライベートゾーンは、さわったりみたりみせたらいけないのがわかりました。赤ちゃんがおもっていたおもさよりおもかったので、びっくりしました。今日はありがとうございました。」

そして、4年生から6年生には、「ようこそ思春期」の話をしました。単に、体が大人になっていく変化だけでなく、「性の多様性」や「いろいな家族」についても、という校長先生からの要望がありましたので、それらをどう入れ込もうかと少々苦労しました。子どもたちはそれなりに受け止めてくれているかと、ホッとしています。

では、4年生の感想を。

「女の子と男の子の思春期はどんなふうなのか、どうしたらいいのか、などをおしえてもらったのでいつ思春期がきても大丈夫だと思います。わたしは、赤ちゃんをうむときは、すごくいたそうで、こわそうだと思っていたけどお話をきいてあまりこわくなくなりました。思春期か、分からないけど、たまに自分がいやになったりお母さんがじょうだんでいってもちょっといやなかんじがします。」

「わたしの心にのこったのは思春期というのは、人それぞれちがっていて、なやんでいることはがまんしなくていいことが分かりました。さいしょはこわかったけど、今回の話を聞いて安心しました。「だれにも言うなよ」は守ってはいけないことだと分かりました。心と体と顔は、みんなちがっていることが分かりました。家族もいろいろあることが分かりました。
 精子と卵子が出あうと新しい命が生まれることが分かりました。赤ちゃんは、38週でやっとつうじょうの大きさになることが分かりました。思春期が不安定なのは当たり前ということが分かりました。赤ちゃんが生まれるしゅんかんはお母さんがとてもいたそうでした。思春期ではいろいろなことがあるのが分かりました。今日はほんとうにありがとうございました。」

「かん者さんの家族もお医者さんもかん者さんがなくなったらすごく悲しいんだなと思いました。心と体の性別がちがっても好きになる人が同性でもおかしくないということがよく分かりました。家族がこうでないといけないということがなくしばられないのでいいなと思いました。おなかの中での赤ちゃんの成長はどんどん色んな変化があってすごかったです。不安なことがあったら必ず相だんしようと思いました。」

皆さん、本当に一生懸命聞いてくれて、一生懸命書いてくれてありがとうございました。元気が出ましたよ。

明日は、5.6年生の感想文を報告しますね。

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湯来南小学校の子どもたちの感想文①

一週間前に行って授業した湯来南小学校から、素敵な文集が届きました。授業を受けた子どもたち、すべての感想文がそのまま綴られています。

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一年生なんて、コロナで休校があって、まだほんの少ししか学校に来ていないはずのに、しっかりした字でとってもちゃんと書いてくれていて、ほんとうに感激です。かわいいですねえ。こんなに。

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メモ用紙に針で穴を開けて、それを光にかざしてみて、それが人の受精卵の大きさと言ったのを、ちゃんと「卵が小さい」と言ってくれて。「プライベートゾーンを人に見せない、触らせない、人のをみたり触ったりしない」と言ったのをちゃんと「人にみせない」と。もしも、無理に触られそうだったら、イヤーと言って逃げなさい、そんな人があったら、「人に言うなよ」というから。それは守らないでね。誰かに早く言いましょうと言ったのを「いうなよといわれてもちゃんという」と、ほんとうにポイントをしっかりとらえて書いてくれて、もう大感激です。

他にも、一年生です。

「あかちゃんのさいずはこんなにちちゃいのとかいろいろなことをおしえてもらって。いのちがたいせつなことやいろいろなはなしがきけました。あとめだかのいっぱいあかちゃんがうまれるのがみれてうれしかったです。」

「しったことたまごがうまれたこと。かんがえたこといのちってたいせつなんだ。ぜったいにゆうなよ、でもゆうことをまなんだ。めだかがうまれたことをまなんだよ。」

二年生になると、漢字交じりでとてもしっかりした文章を書く子も出てきます。

「わたしはこんなちっちゃかったんだ。て思ってびっくりしました。わたしは、こうの先生の話を聞いて命は大じなんだと思いました。生まれてきてよかったと思いました。みんなかみをもらいました。そのかみのまんなかへんに小さなあながありました。その小さなあなは赤ちゃんだったです。お母さんにも見てもらいたいです。」

「おとうさんとおかあさんがいないとうまれてこないのがよくわかりました。人の生まれかたもよくわかりました。プライベートゾーンをみられたらおとなの人にゆうこともよくわかりました。いのちがなんかいもつづいているのもわかりました。」

「わたしは、おとうさんがいないから、ずっと、きになっていました。それを先生がたすけてくれました。それをきいて、なみだがでました。「まだいたらいいのにな。と思いました。大切なお話ありがとうこざいました。またいろんなお話を、おしえてください。」

彼女は、私の話の後で個人的に質問に来て、会話をしました。そのことは校長先生から、お母様に連絡を入れてもらいました。この感想文を読んで、こちらも涙が出てきました。彼女のこれからを見ていたい!!と思いました。

まだお伝えしたいけれど、もう出かけなければなりません。大切な会議があります。また明日に続きますね。

 

 

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子宮頸がん予防ワクチン・9価のワクチンについて

7月21日、9価の子宮頸がん予防ワクチンを日本でも製造販売することが承認されました。で、クリニックにも9価をという問い合わせが来ています。しかし、承認即販売ではなく、まだ国家検定など様々な手続きを経てから使えるようになります。ですので、もう少し待って下さいと対応しています。

 昨日詳しい方に尋ねた所、国は、新薬に対してよりも、ワクチンはうんと厳しくなるのだと。まだしばらくは無理だろうと。

先日当院にある私が属しているグループからとのことで電話がかかってきました。名簿が業者さんに流出?と気分が悪かったのですが。

「9価のワクチンを個人輸入するつもりはありますか?」と。私は、

「そのうち、国内でも販売されるでしょうから、待ちます」

と答えました。調べてみると、それは個人輸入代行業者さんでした。私は、未認可の薬を個人輸入して自分で使うのは、その人の自己責任で勝手だと思っています。しかし、それを患者さんに使って、医療業務としてお金を戴こうとは思いません。もしものことがあった時には、国のバックがありませんので、かなりこわいことになるのではと思うからです。その業者はもし副作用があった時には対応しますとは言っていますが、それを詳しく読んでみると、適応されるにはかなりのハードルがありました。どんな薬にもアレルギーの人はいるものです。何より、まだ販売が正式に許可される前に使ったことの責任を追及されると、大変です。子宮頸がん予防ワクチンは、安全であることはわかっていても、ご承知のような大変な「副作用運動」が起こりました。それらに個人的に対応するのは、本当に大変です。

私も、早く認可してほしいと思っていますが、でも、もう少しのことでしょうから、待てばいい、そう思います。ただ、今高校一年生の方は待っていると無料の接種期間を過ぎてしまいますので、今許可されるのをうったほうがいいですね。

それから、9価のワクチンが定期接種、要するに無料でうてるようになるのかという問題です。これは、全くわからないとしか言いようがないと。今の所は、任意接種ということで進んでいるそうですが。これは政治の問題ですね。そもそも、まだ今認可されているワクチンでさえ、「積極的勧奨はしない」としている政治ですから。勿論、厚労省は、WHOや世界産科婦人科学会や世界婦人科腫瘍学会などから、早く勧奨を再会せよと勧告されていて分かっているのだと。でも、これは政治の問題として、官邸預かりになっていると。安倍さんがやれと言ったら、すぐにやれるのだけれど、それをしないと。今度、菅さんになって、それがどうなるかですね。

では、今更かもしれませんが、「9価って何?」。

子宮頸がんを引き起こすのは、人パピローマウィルス。それには沢山の型があります。中でも多いのが16型と18型。だから、その二つのウィルスに対してワクチンを作りました。それが2価のワクチンです。それに6型と11型を加えたのが4価のワクチンです。今、この二つが認可されています。ただし、4価の6型と11型は、がんを起こすのではなく、「尖圭コンジローマ」という性器にできるいぼを作ります。それらを加えたのですね。


「二つより四つの方がいい」と考えられがちですが。私は、これまでずっと「2価」をおすすめしてきました。勿論、患者さんや保護者の方の意思を尊重しますので、どちらもうっています。なぜ私が2価をおすすめしてきたか。4価の18型は、16型の半分しかワクチンの中に入っていないのです。16型、18型、6型、11型がそれぞれ、1、0.5、1、0.5ずつの配分です。私は、初め、どうしてイボの6型を1にしたの? 1、1、0.5、0.5にすればよかったのにと言いました。まあ、それには答えはありませんが。というのも、16型が作るがんは、おもに扁平上皮がんと言って、おとなしく、進行もゆっくりで、細胞診でもよく引っ掛かるし、治療しやすいがんです。それに対し18型は、腺がんと言って、進行も早く、検診に引っ掛かりにくく、放射線などの治療もなかなか効かなく、暴れん坊のがんです。私も腺がんには苦い経験があります。ちゃんと細胞診もして異常なしで、でも、ほどなく気づいた時には、腺がんの進行がんだったという方があります。ですから、18型が起こす腺がんをしっかり予防してほしいのです。

18型の抗体価は2価のほうが、4価よりもはるかに強いというデータがあります。しかし、これらはもう少し時間が経って疫学的に検討されれば徐々にわかってくるでしょう。それまでは、私は、治療すれば治るイボの予防よりも、何より腺がんの予防を考えて、2価をおすすめしているということです。

それから、2価はクロスプロテクションと言って、他の型のがんも、クロスして予防するということもわかってきました。16,18型だけでなく、類似型の31、33、45、58型などにも効果を及ぼすと。

 私の後輩に、子宮頸がんのプロフェッショナルがいます。日本産科婦人科学会のシンポジウムに指名されて子宮頸がんの円錐切除とレーザー蒸散の発表をされました。彼,円錐切除の後に必ず2価のワクチンを接種して、再発を予防すると。彼の発表を小さな会でしてもらった時に、「4価ではダメかね?」という質問に、「4価にはクロスプロテクションがないから」と答え、私は私の想いを確信したのです。

でも、こういうことも9価が認可され販売されるようになると、お終いです。9価は16、18、31、33、45、52、58型のがんの予防と、それに加えて、6,11の尖圭コンジローマを予防するワクチンです。

出来れば、早く販売を認可し、定期接種にも組み込まれます様に。今や日本は、世界で行われているワクチン接種から取り残され、子宮頸がんは「日本も含めたアジアの病気。アジア人がかかり、アジア人が死んでいき、アジア人の若い女性の子宮がなくなる」とされています。ほんとうに、これから赤ちゃんを産もうとする若い女性の子宮摘出は胸が痛みます。


先日の夜のウォーキングの時に川の向いの相生橋から撮った原爆ドームです。相生橋は、Tの字になっていて、原爆投下の目印にしたのだそうです。原爆ドームは、4回目の保存工事が始まりました。今度の工事では、被爆当時のようにこげ茶色に塗られるという情報があって、それはどうなの?近づくと、今のままの色の方が、すごい迫力でいいのにと思ってしまいます。

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子宮頸がん予防ワクチン・高1の人は今月中に一回目の接種を!

私のクリニックでは、ずつとずっと子宮頸がん予防ワクチン・HPVワクチンをうち続けています。子宮頸がん検診を受けた45歳までの方には、子宮頸がん予防ワクチンのチラシをお渡し続けました。

 今、全国では国が積極的勧奨をしなくなってから、ほとんどうたれなくなっています。世界ではどんどんうたれ、次々と沢山の国から「子宮頚がん克服宣言」が出され続けています。「我が国は、子宮頸がんは克服した。これからは、ごくまれに見られる疾患となるであろう」と。

積極的勧奨はしなくとも、今もずっと少学6年生から高校1年生までは、無料で接種できます。そのことを行政が宣伝しないので、知られていません。なにしろ一回が16000円、計3回うつので5万円にもなります。それが無料なのですから、うたないのはもったいない話です。

でも、先日、海田町から接種に来られた高校生のお母様から、町から報せがあったと。9月までに一回目を打たないと、高校1年生を終わるまでに3回無料でうてなくなりますと。それで慌ててきましたと。私、すごくびっくりして、そして、うれしかったですね。海田町には、子宮頸がん予防ワクチンの接種が始まったころに、町主催の講演会に行ってお話したことがあります。町がそうして知らせて下さった、と。

そして、数日して、今度は広島市の高校生のお母様から、市から報せがあったと言ってこられました。それからは次々と予約の電話が入ります。市からのお知らせを見たいと思っていたのですが、今日来られた方がそれを持ってこられましたので、コピーさせて頂きました。

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でも、なんかねえというような文章ですが。

「そのため本市では、積極的な接種勧奨を控え、子宮頸がん予防ワクチンの接種勧奨通知や予診票の送付を行っていませんが、あくまでもワクチンの接種を積極的に進める案内を控えている状況であり、ワクチンの接種自体を控えるよう促すものではありません。」???です。

でも、何にしても、こういう文章を送っていただくことで、保護者の方に気づいて頂くことはとてもうれしいことです。

私は、うちにきた子どもたちには、しっかりと子宮頸がんやワクチンについて、また、大人になった時には、検診をぜひ受けてほしいことなどをお話してから接種しています。

 保護者の方の中には、「副作用が怖い」むと思われている方もおありですので、文春に慶応大学の名誉教授、吉村泰典先生が書かれた「子宮頸がんワクチンは薬害ではない」という文章を読んでいただいています。何しろ、WHOは「世界中で最も安全なワクチン」と言っており、名古屋スタディのデータもあります。(名古屋市の約三万人、子宮頸がん予防ワクチンをうった人とうたなかった人の、副作用と言われている症状が出た人を比較すると、むしろ打たなかった人のほうが多かった、という)

今月の予約は、すでにうった人も含めて、今のところ17人です。今の勢いからすると、まだまだ増えることと思います。

明日は、9価のワクチンについてお話しますね。

 

 

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湯来の速水先生にお会いしました。

湯来南市小学校に行って、校長先生からびっくりすることを教えて頂きました。小学校の向いにある大きな建物、それは速水医院だと。速水先生には、今年四月まで、学校医をお願いしていいたのだそうです。その速水先生の奥様が、

「河野先生が来られるのー?」と言ってこられたと。そして私の授業も聞きに来られると。

速水先生は、私が土谷病院時代にご一緒していた先生です。麻酔科の先生で、よく麻酔をかけて頂きました。何しろ、救急病院なので、24時間救急患者さんが飛び込んできていました。あの時代のすさまじい労働は、今考えても、ゾッとするほどです。毎日毎日、沢山の外来患者さんを診ながら、お産だ急患だ、緊急手術だと。あまりにしんどくて、ついに私はやめようと決心せざるを得なくって。

そのころの私をしっかり支えて頂いた先生です。

また、先生は、カヌーに乗られていて。診療の合間に、そばの川で、のんびりとカヌーを漕がれていました。初めて半ズボンの先生の姿を見た時、びっくりしたものです。

私より少し早く土谷病院を辞され、湯来に開業なさって。その直後に私が湯来に講演に行ったときに、来てくださって、お会いしたことがありますが、それ以来です。授業が済んだら医院に来て下さいということでしたので、校長先生に連れて行って頂きました。

 入院やデイサービスもされていて、しっかり地域の医療を担われています。

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先生は、もう88歳だと。昨年末に心筋梗塞を患われて、今は車いすの生活だと。それでも、患者さんの診療をなさっています。

奥様と先生と、昔話をしました。先生がアメリカに留学していた時、大学の教授が湖をカヌーで出勤しているのを見て、よーし、いつかカヌーを買おうと思ったと。幸い、土谷病院は今の所も、その前も川のすぐそばにあって。今は?と尋ねると、今、湯来の川は岩だらけになって、カヌーは漕げないのだそうです。速水先生が土谷病院を辞められる時に、私は先生の二人乗りの自転車を戴きました。それに子どもたちとよく乗ったものです。

土谷太郎先生の想い出とか、たくさんお話を聞きました。楽しくおしゃべりをして、辞しました。

米寿の先生が、まだこうして地域の医療に携わっておられる姿を見て、うーん、私も頑張るのかなあと思いながら帰りました・・。湯来温泉に入って帰ろうかとか、どこか道の駅がないかなあとか思って行ったのですが、それは果たさず、でも、懐かしい方たちに何人もお会いできて、ほんとうに楽しい湯来行きでした。皆様、ありがとうございました。

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湯来南小学校で④

今日は、午前中は「性教協広島サークル」の例会。城さんの「性的同意」って何?~中・高校生へどう伝えよう~。素晴らしく楽しく勉強になる授業でした。これについては、またお伝えしますね。午後はクリニックに行って「特別養子縁組」の研修の資料作り。今週末に養親希望の方への研修をすることにしたので、その資料作りです。以前から取り組んでいたのを仕上げに取り掛かっています。もう少しで出来上がる所まで来ました。100ページを超える手作りの資料です。もう少し頑張って作り上げて、後は研修をする中で改善していきましょう。

今日は、もう少し湯来南小学校でのお話を。

低学年と高学年の両方の授業が終わった後、保護者の方と一緒に校長室でお話しました。お母さんたちは、もうずっと前に私の著書を読んだことがあると、古い本ももってきておられました。その中のお一人から。五年生の保護者の方からの質問だと。もう、そろそろ「どうして卵と精子がいっしょになるのか」と質問される年だと思うと。そしたら、どう答えたらいいのでしょうと。要するに、「性交」をどう教えたらいいのかということなのですね。

ウフフ、と私です。「実はね、もし、子どもたちからその質問が出たら答えようと思って、そのスライドを作って、待ち構えていたのですよ。」と。実は、小学校では「性交を教えてはならない」となっているのです。以前は、ちゃんと教えることができました。でも、性教育バッシング以来、性交を教えると、「指導要領の逸脱」になるのです。私は、性交を教えるのは、早ければ早いほどいいと思っています。

 子どもたちがカブトムシなどの交尾に興味があるころ。「交尾をすれば、卵が産まれる、そしてそれを大事に育てていると、やがて沢山のカブトムシが生まれる!!」それは子供たちにとってワクワクする出来事なのですね。私は、そのころ、子どもたちに「人間もそうなんだよ」と教えました。でも、人間は「交尾」と言わない、「性交」という、英語だったら「セックス」というと。まだ保育園の娘は、「あっ、セックスって、交尾のことだったんか。わかった分かった」と言いました。それから、パンダが交尾すると赤ちゃんが生まれるなどということは、ふつうにテレビでも期待して言われていることですし。

私は、小学校で自分から積極的に「性交」を教えて、先生方に「指導要領の逸脱」としてご迷惑をかけてはいけない、でも、もしも質問が出たら、その時にはちゃんと答えようとこんなスライドを作っていたのです。

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 いきなりこれを出すのではなく、メダカは雌が卵を産んだ所に、雄が精子をかけるのだったね。では、人は?「どうしたら、精子が卵子に近づくのだとおもう?」と子どもたちに考えてもらおうと思っていました。友人の小学校の先生によると、爆笑ものの答えが一杯出て来るのだと。


今日、校長先生から、メダカの受精の動画の後に、この動物たちの交尾のスライドをしたら、自然に人の受精に行けるのではないかとご指摘がありました。そうですね。それは実は私もそうしたかったのです。もしも小学校低学年に性交を積極的に教えてもいいということであれば。性交をおしえることができたなら、伝えられることはうんと広がります。単に、プライベートゾーンを大切にだけでなく、性暴力の予防にもつながります。

勿論、性暴力の予防のためだけではないのですが、これだけ性教育の必要性が言われ、世界の中でもとても遅れていて、性被害が子どもたちに及んでいることを見たなら、指導要領が早く変わらなければと思います。

これまで、中学生や高校生や大学生や教師や保護者の方たちばかりにお話しをしてきた私ですが、小学生に、それも全学年に話をさせていただくという、とても貴重な体験をさせていただきました。11月には、また小学生に話をする予定になっています。今回の経験をもう少し検証して、またもっといい授業をしようと思います。校長先生を初め、関係者の皆様、本当にありがとうございました。湯来南小学校のホームページに、校長先生のブログで今回の授業のことが書かれています。

http://cms.edu.city.hiroshima.jp/weblog/index.php?id=e2145

それから、実は、湯来南小学校の授業が済んで、とっても懐かしい方に会いに行きました。明日はそのお話をしますね。

 

 

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湯来南小学校で③

湯来南小学校での午後は、4・5・6年生への思春期の話をしました。作ったパワポ「ようこそ思春期」の多くは、8月27日のブログに載せました。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-fc2767.html


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授業に行く数日前に、ハタと気づいて、校長先生に連絡を取りました。4年生の初経教育はもう行われているのかと。そしたら、やはりまだでした。すでに習っている5・6年生となんにも習っていない4年生と一緒に話す、これは困ったぞ、で、初経や精通について、話さなければなりません。で、急遽スライとを追加して。

まず、表紙を出したまま「思春期とは何か」を話して。皆さんと校長先生はなにが違うだろうか~。子どもと大人の違い、まず背が高い、体重が多い、ひげが濃い、今は服を着ていて見えないけれど、大人はあちこちに毛が生えてるね。女性はその他に何が違う?おっぱいが大きいね。そんなことから、このスライドに入りました。月経や射精について話しましたがこれはさらりと。

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力を入れたのは、やはり女の子の生理の悩みや、男の子の性器の悩み。これは中学生にさんざん話して来た私の最も得意とする所です。

大切なのは、はまだ大人になる途中なのだから、きちんと決まってないことがほとんどだから。発育も一人一人違うのだということ。そして、一人で悩まないでということ。そして、月経はいつるかわからないから、女の子のスカートが汚れたりすることがあっても、絶対にそれをからかったりしてはいけませんよと。


男の子はペニスの大きさで悩むことはないこと。大人になっても、4センチあれば十分なのだからと。それから、皮をかぶっていてもいいのだと。おしっこをする時には皮を引っ張ってしてね、そしてお風呂では皮を引っ張って剥くようにして、石鹸やボディシャンプーで洗って戻しておくこと。もう少し大きくなったら、手術をしましょうという宣伝が目に入るかもしれない、でも、そんな手術は受けなくてもいいこと。もしもくっついてて、洗えなくって、性器の先が赤くなって痛くなることを繰り返すようなことがあれば、病院で診てもらおうねと。盛んにおこなわれている包茎の手術の宣伝に惑わされないようにと願って。

それから、小学生だから、私は「マスターベーション」とか、「オナニー」だとか「自慰」だとかいうのでなく、「さわりたい」と思ったら、と表現しました。触っていいよ。自分のものなんだからね、ただね、触るのは自分一人でね。人に見せたりしないでね。大人になって人に見せたりしたら、犯罪になるのよね。(その前日に、広島検察庁の職員が公然わいせつで逮捕されて報道されていました)

ここでプライベートゾーンについて。これは低学年と同じスライドで。さわられそうになったら、逃げてということも。

それから、性の多様性について話しました。小学生の教科書を見せてもらうと、「異性が気になる」と書いてあります。そうではなく、私は「人を好きになったり、気になったりする」と表現しました。同性を好きになることも。それから、自分の体が嫌だなあと思う人もいるよ。男の子の体で、自分は女の子と思う人も、女の子の体で自分は男だと思う人も。そんなことがあったら、どうぞ一人で悩まないで。誰か大人に相談してと。

これからの時代はいろいろな家族があるでしょう。その話。それから、何より思春期の心の不安定について。色々嫌になったり、腹が立つったりすることもあるよ。それを通して大人になって行くんだからね。そして、自分自身のつらかったことなども話しました。

 最後はまた赤ちゃんが生まれる動画を見てもらいました。命を大切にしてほしい、その命が生まれるとこを見てほしいと思って。

〆には、どうしても「相談してほしい」ということを繰り返して言いました。大人にとって、子どもの自殺、何よりつらいことですよね。そんなことがあった時、その前にどうしてその苦しみに気づいてあげられなかったかと、多くの大人が苦しみます。私は、「お父さんやお母さんに相談してね」とは言いませんでした。お父さんやお母さんからの虐待に会っている子もいるし、虐待にはあっていなくとも、どうしても親に言うことができない子というのも私は数多く見てきています。誰か一人でいい、相談できる大人を探してと。

盛り沢山になりましたが、さて、私の話がどう子どもたちに響いたか、のちに子どもたちの感想が届くことと思います。それを楽しみにします。その後、校長室で保護者の方たちと話しました。明日はその話をしますね。

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湯来南小学校で②

湯来南小学校の低学年の授業を終えて(実は、この後に2年生から、少し深刻な相談がありました。それには、丁寧にお答えしたつもりです。)その後、2年生の教室で、子どもたちと一緒に給食を戴きました。

担任の先生は、懐かしい!!かつて一緒に性教育に取り組んだ先生。女性の先生は、音楽や書写の専科の先生。今はやりの「黙って前を向いて食べること」でなく、楽しくおしゃべりをしながらでした。

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一番前の男の子、あのね、去年〇月におばあちゃんがなくなったの。いつも笑っている人だったん。で、ゴキブリは、バシッて、手でたたいてと。一緒に住んでいたの?一緒ではないけどすぐそばにいた。そう,寂しくなったね。うん。どうして亡くなったの?病気?うーん、もう年だったから。88歳だったんよ。私は、話の中に、命の終わりは死という話もしたのです。それがおばあちゃんの死と繋がったのでしょうね。身近に人の死を経験することが少なくなっていると言われます。彼の心におばあちゃんの死が残っているのでしょう。

給食はこうでした。週の内一日だけパンで後はごはんの給食なのだそうです。全てとてもおいしくて、完食です。

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そして、家に帰って、写真を見ていて、アッと気づきました。私の後ろの黒板。その時にはきづかなかったのですが。アップしますね。私の顔も一緒にアップされるのが申し訳ないけれど。

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担任の先生と子どもたちが一緒に私の話の振り返りをされたのでしょう。見事にポイントが書かれてありました。

・いのちのつながり
・プライベートゾーン
  大切なばしょ
  その人だけの
・「だれにも話しちゃダメ。」
  はいけないやくそく

・人のたまご(らんし)ははりのあなぐらい

先生の指導、本当にありがとうございます。そして、その黒板においてあった絵本。何気なく手に取ったのです。そしたら、子どもたちが沢山寄って来てくれて。あのね、あのねと。

みんなの輝いている笑顔を見てほしいけど、残念ながらぼかしを入れますね。

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それは、「おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん」という絵本でした。「ひいひいひい、ひいが一杯あるよ」と。

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私が一生懸命用意した「いのちのつながり」が、見事にここに書かれていたのです。絵本のように、私も「とほほ」です。そして、校長室に戻ると、そこに「いのちのまつり」という絵本がありました。そこにも、また。

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あはは、もうしっかり知っているというか、教えてあるのでしょうね。そこの所はまた考えましょう。そして、午後は高学年への授業でした。また、明日報告しますね。

 

 

 

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湯来南小学校で①

 今日は、朝から佐伯区の湯来南小学校で子どもたちにお話しをしました。午前中は1・2・3学年に。午後は4・5・6年生に。どちらにも、保護者の方にも来て頂きました。性教育の講演は、8月10日の比治山大学で、教師になる希望の大学生にお話しして以来、ひと月ぶりです。まるで孫のような小さな子どもたちにお話しできるのは、とてもうれしいことでした。いろいろと工夫して、かなりしっかり準備して今日を迎えました。

メダカの受精、誕生を見てもらった後、人の場合は?と。男性と女性の性器の絵を見てもらって、卵巣から卵が出て、精巣から精子が出て、その精子が卵に入ると、受精卵になること。その受精卵が子宮の内膜に潜り込んだら、妊娠で、赤ちゃんができるよと。そして、人の受精卵から子宮の中で段々と成長していく胎児の動画を見てもらいました。そこで、人の受精した卵はどれくらいの大きさだと思う?と質問しました。メダカの場合は、肉眼で見えるほど大きいのですね。人は?いろいろな大きさを言ってくれましたよ。中には、とてもお腹に入らないような大きな卵をしめしてくれた子も。一番多かったのは、人差し指と親指で〇を作ったくらいの。そこで、あらかじめ配っていた紙、それぞれの紙の真ん中でコンパスでアナを開けていました。それを窓に向かって見てみてと。小さな点の穴を見て、わア、小さい!!と。写真はそういっているところです。



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そんな小さいのが、こんなになるんだよ、と、赤ちゃん人形を見てもらって、何人かに抱いてもらいました。

そして、命のつながり、おとうさんの精子とお母さんの卵子があって赤ちゃんができる、そのお父さんにもお母さんにもお父さんとお母さんがいて、そのまたおじいさんとおばあさんにもお父さんとお母さんがいて・・・ずっとずっとつながって、今のあなたたちがいるのだと。その人たちみんなこんなにいて、その中の一人でもいないとあなたたちは今ここにいなかったと。こんな写真を使って。

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それから、赤ちゃんが生まれる動画を見て、生まれるのはどこからだろう。おしっこが出る所とうんちが出る所の間に赤ちゃんが出てくるところがあるよ。で、プライベートゾーンの話。プライベートとは、自分だけのもの。自分だけが見てもいい、さわってもいい、人に触らせたり、見せたりしないこと。人のプライベートゾーンは見ようとしたり、触ろうとしたりしてはいけないこと。

 もしも、触られそうになったら、とにかく頑張って逃げなさい。イヤーと言って逃げて、そしてそのことを誰か大人に言ってね。大人が触ろうとすることもあるよ、それから知らない人だけでなくって、知っている人のことも。その人たちは必ず「誰にも言うなよ」と言います。「誰にも言うなよ」という約束は守ってはいけません。誰にも言うなよと言われたら、そのことを早く誰かに言いましょう。だれか、いえる大人を探しましょうと。


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そんな話をしました。そして、質問・感想コーナー。質問というより、沢山の感想を言ってくれました。赤ちゃんの始まりはすごく小さいということが分かったとか、赤ちゃんがどこから生まれるかわかってよかったとか。

その後、2年生の教室に行って、一緒に給食を食べさせて頂きました。明日はその続きを書きますね。


 


 


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森達也さんの「平和講演」についての私見です。

昨日の続きなのですが。私が学生時代に被爆者や被爆二世で被爆者青年同盟を作り、その一員として、そのころからずっと引っ掛かっているのは。何しろ、当時何もお手本があるわけでなく、私たち自身が議論し、考え、決め、行動していくしかなかったのです。そして、私たちは子ども時代の被爆、または被爆二世であり、先の侵略戦争の責任はどこにあるのかと言われても。また、私たちは親の苦労を散々見てきているわけです。そんな時、自ら被爆したわけでもなく、親が被爆したわけでもなく、戦争の被害もさほど受けなかった人達から、「被爆者だって、戦争をした責任があるだろう」と言われると、それなら、あなたはどうなのか」と言いたくなるわけです。

ここで森達也さんが言われる「僕たちは」というのは、森さんはどこに立ち位置があるのだろうと思うのですね。森さんは「被害者でもあり、加害者でもある」のですか?「どう被害者なのですか?」と聞きたくなるのです。「日本人」というくくりの中で自らを被爆者と同じ立ち位置にして「僕たちは」と言われているのでしょうか。

以前、あるアメリカ人から、「広島の運動には原発がなかった」と言われたことがあります。広島では、反原発の運動を命をかけて闘い、そして実際過労で亡くなった方、ガンに倒れ亡くなった人もいます。そして、森滝市郎さんも高齢の病んだ体を押して、青森の六ケ所村や伊方原発の現地や訴訟にも出かけていき・・・。そんなことをしっかり見ていますし、私たちも伊方原発、島根原発など現地にも行き、反核は反核兵器だけでなく、反原発も当然のこととして、福島よりずっと以前から闘ってきました。しかし、私たちの力が弱いからこそ、今だに原発をゼロにすることはできないままでいます。彼が知らないだけです。そしたら彼はなんと、「原発の廃炉になった炉を原爆ドームの後ろの旧市民球場の跡に置くといい。そしたら、初めて広島は反核の運動の場になりうる」と言いました。私は怒りましたね。こんな場でどうしてそんなジョークをいうのかと、そしたら「これはジョークではない。真面目な考えだ」と彼は言いました。

その時、彼は自分のことを原爆を落としたアメリカの人ではなく、「広島市民として受け入れもらっていると思っている」と言いました。だから、広島市民としての反省のつもりなのでしょう。

 これまで被爆者は語るだけではありませんでした。全て焼かれて、食ことも十分でなく、寝る所もないような状況で、ケロイドの顔をさらし、予行列車で東京に行き、東京駅で顔を洗い、国会へ、厚生省へ、首相官邸へと訴えに行き、座りりこみをしたと。それはすさまじい体・命を懸けての闘いでありました。その闘いを経て、やっと被爆者への様々な補償が少しずつなされてきたのです。いまだに被爆者と認められず、裁判に勝っても、また控訴審を闘わなければならない老いた「黒い雨」の地域の人もあります。

 私は、今、被爆者はしっかりその被害を語ったらいいと思います。被爆者に被害と同時に加害の謝罪もさせようとしないで下さい。加害については、また別の人が謝罪をすればいい。被害がわからないからこそ、アメリカ人はいつまでもその加害性に気づかないのだと森さんも言っています。私たちだって、朝鮮半島の人達からの告発を受けて、初めて日本人がどんなにひどいことをしてきたかを知って来たのですね。(勿論、戦後の教育の中で、特に私は中学校で、侵略や差別の歴史や人権について、しっかり教えてもらいました。その教育の下地があったからこそと思っています。)

その意味で、私は語って下さる被爆者が存命の内に、たくさん話を聞いておきたいのです。

取り留めのないことを言いました。私の中では「加害と被害」が混とんとしていたのが、今回の森さんの講演で、少しだけ整理されたような気がします。とりあえずみんなで加害も被害もしっかり語れと言うことでしょうか。

今日、そごうで開かれている「私の針仕事展」に行きました。売っていたこれが、どうしても欲しくて買いました。小さいころにおんぶしたり抱っこしたりしてボロボロになるまで遊んでいた私の人形とそっくりなので。

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」平和講演「核を持ってしまった世界へ 広島・長崎から、核廃絶を問う」森達也さん②

昨日の森達也さんの講演の続きです。


映像を見ながら、昔話なのか遠い国のことなのか考える。4年前か、北朝鮮が実験ミサイルを発射したとき。実験だから火薬も、もちろん核兵器も積んでいない。日本の上空450キロ、国際宇宙ステーションよりも高い高度を飛んだ。日本は政府がアラートを発し、電車や地下鉄を止め、「物陰に隠れろ、破片が落ちてくる」などの騒ぎになり、そういう訓練すら行なわれた。


東日本大震災、福島原発の事故のとき家を流され家族を失い、多くの人がとんでもない理不尽に苦しみ逃げまどっているとき、私たちは家で暖房を使い冷蔵庫を開ければ食べ物もある、電気も使っていた。これは何だとテレビを見ながら思った。その不条理。それは広島、長崎、沖縄、東京や各地の大空襲についても同じ。その後ろめたさ、サバイバル・ギルティ(生き残ったことの罪悪感)、その罪責感が大事だ。だけど後ろめたさというのは、持つのがつらい。だから、振り返りたくない。


別言すれば加害性。ぼくらも加害者だ。

 百田尚樹氏が広島で講演し、「過ちは繰り返しませぬから」という慰霊碑の言葉に、違和感を持つか否かで日本人としての民度がわかると話したという。つまり「碑文はおかしい。過ち、原爆を落としたのはアメリカだ。悪いのはアメリカなのに、なぜ私たち日本人がそう言うのか」ということだろう。

 ぼくは、この碑文は好きだ。私たちは繰り返さないという意味は大きい。呉、広島は軍都だったこと。広島、長崎も一人ひとりは加害者ではなかったが、だけど戦争に加担していた。被害者でもあるが、加害者でもあった。どちらかだけではない。どちらも大切だ。被害も加害も、どちらもしっかり刻み、残していく。後ろめたさは、うっとうしい。忘れたくなる。そう言うと自虐史観と言われる。最近、その傾向が強まっているのではないか。


そういう位置で被害と加害、その責任をどう考えるか。福島原発の大事故のときに気がついた。被爆国であり、狭く地震の多い日本に原発が54基も造られた。米仏に続き世界第3位の原発大国だ。ぼくも、それは福島事故の前から、知っていた。同じ映画の友人、鎌仲ひとみの映画も見ていた。だけど、なにか他人事だった。放射能の知識も、一応あった。突き詰めて考えていなかったのか。原爆とアメリカも、それは同じでは。いまだ加害の意識をきちんと持ち得ていない。だからこそアメリカは、戦後もずっと戦争の歴史を続けてきた。


ぼくたちは被害者であり、同時に加害者でもある。そう思いながら、あの碑を見つめる。いま、この国は歴史、自分たちの加害に目を背けようとしている。被害を伝えることは大切、声を大に言い続けなければならない。同時に、自分たちも加害の側にいる、その後ろめたさを持つ。しんどいけど、それは広島、長崎を体験した、この国のぼくたちの責務ではないか。他の国、人々に原爆とは何か、放射能を浴びどうなるか伝え続けながら、もうそろそろ違う展開にしていきたい。(これは、森達也さんの講演の要旨です。文責は、8.6ヒロシマ平和の夕べにあります。)

以下、河野の私見です。

森さんの講演をこうして振り返ってみて、確かにそうなんだと。加害と被害について、明確に論じてもらったと思います。そして、さらに思います。だから、これからどうする?と。誰が誰に対して、何を言いどう行動するのか、それが問われていると。あるマスコミの方で、その方の父親が沖縄のひめゆり部隊の教師であったと。その子として私はどうすればいいのか、宿命を背負いながら、私は私の番組を通して、その贖罪をし続けていると。その方は、地を這うようにして、重い課題の番組を作り続けられました。

 そうすると、私とて似たようなものかもしれません。父は、広島二中の教師として、多くの教え子を失いました。戦時中、軍隊に入るという卒業生に「死ぬなよ。生きて帰れ」と言い続けたという父が、何と、一発の原爆により、若い命を全滅させました。「教師にとって、教え子は、自分の子と同じように大切だった」と父は言いました。戦後、父は180度考えが変わったといいます。その後の教育の中で、また子育ての中で、もう、決して戦争はおこしてはならない。核兵器は三度使ってはならないということをしっかり教えてくれました。私が小さい時、寝ていて、父のうめき声で何度も起こされました。夢の中で、何を苦しんでいるのだろう、そう父の心情を幼いながらに、感じ取っていました。喉を締め付けるようなうめきは、私が高校生になっても、続いていました。その父の心の深い闇は、私には理解できないままでした。

私の私見、明日にも少し述べさせてください。クリニックの、青野さんの花。白が基調ですが、オレンジのグラジオラスの花が少しだけ開いています。これが一杯開くと、ガラッと鮮やかな花たちになるでしょう。

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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」平和講演「核を持ってしまった世界へ  広島・長崎から、核廃絶を問う」森達也さん①

大型台風10号が広島にも暴風雨をもたらすと、でも、実際は風が強いくらいで、それほど大変ではありませんでした。九州方面の方、土砂くずれで行方不明の方かが出たそうで、心配です。それに、暴風雨だけでなく、大停電で大変なご様子。それに、釜山大変そうです。どうぞ、しっかり生き抜いてほしいと思います。

今日は、朝から公共交通機関がストップしているので、スタッフは出てこられませんでした。私は自転車なので、お昼前に出勤。一人なのですが、結構患者さんが来られて、とても忙しくしています。お薬を出したり、注射をしたり。でも、検査などはスタッフがいないと無理なので、お断りせざるを得ません。電話も半端なくかかってきて一人でキリキリ舞いしています。

その隙間を縫うようにですが。ブログを書きます。今年の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の平和講演。森達也さんのお話を今日と明日で掲載します。なお、講演の録音をしたのをスタッフの一人の竹田雅博がテープ起こしをし、要旨をまとめました。さらにそれを河野が少し縮めております。

講演の初めに、まず森さんは、その前夜のことを話し、聴衆を笑わせました。前夜、スタッフの一部と、他の発言者の方々と、お好み焼き屋さんに行ったと。そこで「うにほーれん」を食べますか?と言われたと。何ですか、うにほうれんなんて、皆さん知ってますか?私は知らなかった。そこで、ホウレンソウにウニを混ぜたのが出てきたと。で、人に会う時には、みんなマスク。話す時にも、マスク。そして、うにほうれんをじか箸で食べた。それって、おかしくないですか?とそんなことから、講演が始まりました。ちなみに森さんは、マスクをされていませんが、写真ではわかりにくいのですが、前にシールド板を置いています。

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核を持ってしまった世界へ 広島・長崎から、核廃絶を問う
                       


映画の仕事で海外に行くことも多く、広島、長崎を知らない人はほとんどいない。しかし、そこでどのようなことが起こったのか、原爆とは何か伝わっているかどうか。とくに核兵器を投下した国アメリカでは、いまも「戦争を終わらせる正当な行為だった」という人が多くいる。


オバマ広島訪問の際、謝罪に言及しなかったのも、そうした意識を持つアメリカ国民を強く意識したからという。どう考えても、原爆投下は明らかな国際法に違反し、「正当な戦争行為の延長」でもない。二つの都市と数10万市民を犠牲にして戦争を終わらせようとしたのか、そうではないだろう。都市、市民への実験をしたかった、世界へ示威など理由はいろいろあるだろうが、とても納得できることではない。でも、それがアメリカではなかなか伝わらない。とくに50代以上の人々は、「あれは正当な行為である」と答える人が多いようだ。


ぼくは、以前『アトミック・カフェ』という映画をみたとき、そういうことかと少しわかった。新たな撮影ではなく既存のフィルム、音声資料を使ったアーカイブ・ドキュメンタリーだ。多くの印象的なシーンがある。使われている素材は、戦争中や冷戦期にアメリカという国家が国民に啓発の資料、あるいは米軍内での教育用資料として作った映画やテレビ番組、当時のヒットソング、アニメなども使われている。


ニューメキシコでの原爆実験のとき、周囲の壕に米兵が配置される。爆発後に、きのこ雲に突進させている。当然被爆し、彼らは後にアトミック・ソルジャーと言われた。社会問題にもなり、多くの人がガンなどを発症し早くに亡くなったり、子どもに何らかの異常が出たりした。


冷戦期、原爆・水爆は抑止力とされ、実験が行われた。ぼくは原爆・水爆はリミットを超えており、抑止力というものがあるとしても、使えないと思うけど。いまだに、その抑止力論がはびこる。アメリカ側に「ソ連なんか滅ぼしてしまえ」という人もいた。しかし、それなら当然反撃を受ける。そのとき、どうするのかという啓発の映画、テレビ番組が多く作られ、実際に使われた。


例えば、このようなシーン。「小さな木箱に入って」爆風をやり過ごせ。原爆実験の壕に入るアトミック・ソルジャーに上官が訓示する。「きみたちはガイガー・カウンターを着ける。怯える必要はない。熱線さえ防げばどうってことはない。しかし傷があると、そこから放射能が入るから絆創膏を貼っておけ」。兵士たちは肯き、きのこ子雲に銃を持って突進していく。大真面目、その程度の認識だ。

 アメリカ人の多くは核兵器、原爆とはどんなものかわかっていない。原爆投下後の広島を見た米兵へのインタビューでは「ダブルヘッダー後の球場のようだ」と話し、聞いた人たちは大笑いしている。子ども向けのアニメ、亀のパートくんは「ダック&カバー(Duck  and Cover、さっと隠れ頭を隠せ)」。放射能は怖くない、ピカッと光ったら物陰に隠れろとか。そのレベルだからこそ、投下した。


いま大学で学生たちに映画をみせると、プロパガンダの恐さは実感する。その対象がアメリカ国民だということもわかる。だけど誰が発信しているかというと、考え込んでしまう。大統領か政治家か、軍の上層部なのか、テレビやラジオ局の経営者かプロデューサーか、わからない。マンハッタン計画に参加した科学者たちは、核をわかっていただろうが、アメリカの国民、兵士たちは超巨大な爆弾くらいに思わされた。


つくづく思うのは無知、知らない恐さ。プロパガンダとは普通に考えると独裁者とか、邪な意識を持つ為政者が国民を洗脳するのがプロパガンダと思っている。しかし、ほとんどの場合はする側もされる側もわかっていない。知らないままにお互いに宣伝し刺激をうけ、どんどん高まってしまう。その結果、どんでもないことをやってしまう。


昨日、アメリカの研究者2人が「日本に(戦争終結のため)原爆を投下する理由はなかった」というリポートを発表したというニュースがあった。いまだに、ニュースになるというのがアメリカの現状でもある。悪意はないが無知はある。(明日に続きます)


 

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NHK「ひろしまタイムライン」について

このごろ、加害のことばかり考えています。日本がアジアの国々、とくに朝鮮半島の人達にした加害。特に、これが追及される時に、「被爆者の証言に」加害が語られていないという人達がいます。それを被爆者に求めていいのだろうかと思うのです。ひどい被爆で火傷し、放射能の障害に苦しみ、家もすべて焼かれ、そのような中で、私たち「被爆者の子ども」を必死で育ててくれた両親や祖父母たちに「あなたたちは戦争をしたではないか、アジアの国々に侵略したのを支持し、加担したではないか」なんて、とても言えない。「戦争を先導し、国民をだまし、そのことで大儲けをした人達。その人たちこそ、責められるべきではないのか、批判の矛先が違うのでは?」こんなことを私は学生時代に言いました。その後も、ずっと胸に残り続け、悪戦苦闘し、試行錯誤を繰り返しています。

今日の朝日新聞の社会面一面の大きな記事。ああ、やっと!!と思いました。

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NHKがした「ひろしまタイムライン」のひどいツイッター。「朝鮮人のやつらが・・」その元とされている当時13歳、中学一年生だった新井俊一郎さんの日記。ところが、新井さんの現実の日記にはそのツイッターの日の前後は空白で、書かれていないのです。新井さんの手記などを参考に「想像して書いた」というものなのです。

軍国少年であった新井さん。いえ、当時は教育の中で、みんな「軍国少年・軍国少女」に作られました。

事前にNHKに依頼された時、その日記を使って、「番組の中で当時の日記が紹介され、子どもたちが感想などを述べ合う」と考えていたと。

それが4月3日、企画を紹介する番組を見て驚いた新井さんはNHKの担当者に問いただしたと。そしたら、「日記を原作として子どもたちと一緒に創作している」と言われたと。新井さんは、「私は激怒しました。日記の偽造だと」と言っています。

少なくとも、私が学生時代から知っている新井さんは、紳士であり、温厚で、こんな差別発言をする人ではありません。まるで今の新井さんが発言したかのようなツイッターで、本当に驚いて、新井さんは何か反論されないのでしょうか、新井さんがなにも言われない所で、私たちが何か言ってはいけないのでしょうか、こう、何人かの人に相談し、悶々としておりました。


NHKがホームぺージ上で謝罪をしたという文章も、あまりに軽く、「差別された側の人達に対する」謝罪にはなっていません。それに、新聞紙上には出ていませんが、朝日のホームページ上に詳しく掲載されている新井さんとの一問一答。こんなことが書かれています。

 印象的なのは、子どもたち(高校生たち)と昔の話をしていたときに、ヒトラー、ムソリーニが死んだとき、私が日記の中で哀悼の意を述べているという話になった。そしたら担当者が「今でもヒトラーを尊敬していますか」と。そういうふうに思われてるんかなあと思ってがくぜんとした。

そうなのですね。軍国主義で軍国教育を受けた当時の少年たちが、今もその価値観をもちつづけているかのような、そんな想像力しかない担当者や子どもたちに、ツイートをさせる危険性は、謝罪文を見ても、全く分かっていないのではないかと思います。そして、今、そのツイートは、「戦勝国民が」と言い換えてほとんどそのままなのです。

戦争主導者たちに騙され、教育され続けた国民が、被爆という重い事実から、侵略戦争と差別の間違いに気づき、どうその価値観を再形成していったか。そこを見ないままで、当時の差別表現をそのまま今の時代に掲載したという、その間違いをこのままにしていてはいけません。少なくとも、新井さんの言い分をしっかりNHKの場(ホームぺージでもいいので)で掲載してほしいものです。

わたしも参加したこの会の主人公の新井さんです。今四つのがんと闘いながら、生き抜いておられます。どうぞ、これからもお元気で長生きをして、後輩たちに教育し続けて下さいませ。

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花田さんの手作り赤ちゃん人形

小学生に性教育の授業をするにあたって、スライドはもう出来上がったのだけれど、自分の「いのち」を考えるてもらうのに、生まれた時の赤ちゃんのお人形が欲しいと思いました。で、花田さんに連絡を取りました。花田千恵さん。性教育仲間です。今はリタイアしていますが、小学校や高校に勤務したその場その場での素晴らしい性教育を展開してきた養護教諭です。その著書「アイデアいっぱい性教育」は、実は花田さんの実践に感激した私が、実践の資料をリュックに入れて出版所に持ち込んでできた本です。

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手作りの教材の写真もいっぱい。子どもたちとの生き生きした会話もいっぱい。とても楽しく勉強になる本です。この本の中にある手作り人形を貸してほしいと。そしたら、何と、それらの資料や教材は、すべて焼却したのだと。何と何と。もったいないことを。

花田さんには思う所があったのでしょう。でも、さすがに私は、びっくりして、絶句して、そしてがっかりしました。

そしたら、花田さんが、まあ、お人形を作って持ってきて下さったのです。こんなお人形。そして、おへそはスナップで。

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へその緒の二か所にスナップがついていて、へその緒を切って、最終的に残った緒が取れて、おなかにおへその完成。

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お人形の横には、小さな人形も。点のような0.2ミリの受精卵が途中、これくらいの大きさに成長して、そして、最後には、こんな赤ちゃんになるんだよと使います。

なんてかわいい!!大切にお借りします。実は、11月にもまた小学生への性教育をすることになりました。その時にも使わせて頂きます。ありがたいことです。花田さん、本当にありがとうございます。しっかり活用しますね。

 

 

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性教育の研修「性的同意」って何?~中高生へどう伝えよう~

様々な研修がコロナのために中止になったり、リモートになったりですが。やはりリアルで研修をしたいとのみんなの思いが募り、ほんとうに久しぶりに「性教協広島サークル」の例会が行われることになりました。今、わくわくしています。

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これまで小学校の理科で、斬新な模擬授業や提案をして下さっていた城さんが、講師をしている中学・高校での授業の実践をもとに、「性的同意」をテーマで提案して下さいます。

「同意のない性はレイプ」と私たちはとらえています。でも、それを若者たちに実感を持って受け止めてもらうには、どう伝えていけばいいのか、授業づくりに参考になることとと思います。

ぜひ、参加してくださいませ。

コロナの感染予防対策としては、会場は密にならないように、窓は全開で風通しよく、参加者の皆さんには、体温測定をさせて頂きます。そして、マスクも必須です。マスクのない方、予備をもって参ります。そして、手の消毒用のアルコールも持って参ります。事前に机、椅子の消毒もしておきます。考えられることはすべて行なっての例会です。

私は、今日、また性暴力の法廷で証言しました。いつも思うのです。加害者は、学校時代にどのような性教育を受けたのだろうかと。

皆様、参加をどうぞよろしくお願いします。

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性同一性障害の人の保険証

今日、患者さんが診察室に入るなり、

「先生、できましたよ!!」と弾んだ声で言いました。「保険証!」と。

彼女は性同一性障害で、戸籍上は男性です。でも、職場でもプライベートでも女性として生活しています。事情があって、まだ戸籍の性別の変更はできません。名前は、家庭裁判所ですでに女性名に変えることができました。名前も女性名で、姿も女性で、でも、保険証を出すと、性別が「男」となっていて、「えっ!?」となるのですね。で、実は、保険証の表の「性別」を書かないで、裏に書くことができるとの情報をつかんだ彼女がそれに挑戦しました。

その結果、できました。

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わざわざ「裏面参照」と書いてあるし、裏を見れば「男」とわかるけれど、でも、これでも、彼女にとっては、とてもうれしい出来事なのです。

ここまで来るのにもとても労力と時間を要しました。

健保協会で変えてもらうのですが、それには戸籍謄本と診断書と原本の保険証と申請書を出すようにと言われたと。申請書はフォーマットはないので、自分で書くようにと。それで、家庭裁判所へ名前の変更の時に書いた申請書を参照に、自分で作りました。

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まだこんな申請をする人があまりないので、手続きもめんどうなのでしょうが、多くの人が申請するようになると、おそらく、もっと簡単になるのではないかと思います。

勿論、戸籍上の性別の変更ができると、保険証も「ちゃんと変わった性」でできるのですが、それには、高額な手術をしたり、年齢や家庭的な制限も乗り越えなければならなくて、そこにたどりつくのに、とても時間がかかる人もいます。そのような人には、表に異なる性別を書かれないという、一つの朗報であると思います。性別だけでなく、名前の変更をしていなくとも、「通称名」での保険証も出せるようです。

申請は、社会保険の人は健康保険協会へ、国民健康保険の方は、各自治体の保険年金課や国民年金課など国民健康保険を扱っている課。それから、健保協会や国保の自治体によっては、申請用紙がある所もあります。かなり地域や自治体によってまちまちです。自分の担当の所に問い合わされると教えてくれると思います。

彼女が「みんなに教えてあげて」と言って下さったので、ここで皆様にご報告しました。

 

 

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アフリカで働く女性(とランチの麺)

先日、これからアフリカのある国に帰るという女性に会いました。国連の職員で、ずっとアフリカの国々で働いています。時々実家に帰って来て一休みされるので、その度に会います。

今働いている国のコロナは?と尋ねると、

「うーん、大分増えているのでしょうね。ドローンを飛ばすと、お墓がずいぶん増えているから。」
「コロナなんて、検査できないですもの。PCRなんてないし。そもそも医療が崩壊しているから。罹っていても分からないです。でも、ずいぶん広がっていることは確かでしょう。」
「コロナの前に、もっといろいろだから。飢餓や洪水や干ばつで人は沢山死にます。今、バッタがものすごくて、バッタに食料が食い尽くされて。この後に必ず飢餓が来ます。100万人の食糧支援をしないといけません。」

 でも、あなたもコロナにかからないように気を付けてというと、ニコッと笑って、コロナ、大したことないでしょう?と。

 そうですね。彼女が初めにアフリカに行った時には、コレラ対策だったし。その後は、難民キャンプだったし、そして、先日までエボラ出血熱への対応でした。それらに比べると、コロナなんて、とサラッというのも、分からないでもありません。でも、やっぱり気を付けて。また元気で帰って来てね。と間が抜けたようなことを言いました。

すごいですね。若い女性たちの行動力。つらいこともいっぱいあるでしょうに。ただただ偉いなあと感嘆します。私なんて、甘いなあと。いえ、私は女性たちの診療を中心に私の場で地についた活動を続けましょう。それを使命として。

最近、お昼は麺ばかり食べています。

ちからの中華そばミニ

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同じくちからの天とじうどん

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ちからの肉ぶっかけのミニ

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讃岐のそうめん

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そごうの文之助茶屋の力うどん

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そごう地下の一福のぶっかけそば

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そごう10階のマダムシェンロンの冷やしタンタン麺。辛くて涙がうっすらでした。

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一蘭。おいしいけど、全部は食べません。ミニがあればいいのに。

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そして、ローソンの冷やし中華ミニ。

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最後に我が家のそうめん。これは夜ごはんです。具は日によって異なります。

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