お二人の患者さん。
広島の自粛要請が解除されて、診察は、たまに混むこともありますが、ほとんどゆったりです。時間がある時には、患者さんと少し余分なお話をすることも。
Nさん、もう15年以上検診に通ってきて下さっています。今日も。素敵な帽子、素敵なお洋服。検診の跡でお尋ねしました。そのお洋服は、どなたが作られたものですか?と。
「もう古い服です。デパートで買って、丈を直しました」と。お帽子は?「私は帽子が好きなのです。これは、モデルさんがかぶっていたのとおんなじのが一個だけ残ってて、すぐに買いました」と。
Nさんは、今87歳なのです。もうすぐ88歳になられます。ほんとうに素敵なおしゃれで、とても生き生きと魅力的です。
それだけではありません。Nさんは、民生委員を12年し、その後で地域福祉推進委員を務め、今は社会福祉協議会のボランティアを24年続けておられます。ボランティアで頑張るNさんに、もういい加減ポランティアでなく、自分の楽しいことをしたら?とご家族にも勧められるそうですが。いつ、命が尽きるかもしれないから。それまでは、お世話を続けたいとおっしゃいます。
こんな方に触れ合えること、幸せな職だと思いました。勿論、お願いして写真を撮らせてもらいましたし、ブログに載せることも了解をしていただきました。ますますお元気で!!
ですが、つらい方にも会いました。以前から、壮絶な人生を送っている人です。最近、気になっていました。しばらく来てないなあ、どうしてるのかなあと。そしたら、今日来院されたので、びっくりしました。私は、結構こんなことがあるのです。ふと気になった方が来院されるのですね。
三年ぶりの彼女の姿に驚きました。まだまだ若い彼女、車いすになっていました。足がなくなって義足になっていました。電車に飛び込んだのだと。死ねなくって足を失ったと。何と。私は言葉を失いました。本当に、死ぬほどつらかったのでしょう。
いろいろと診察もして、最後に話しました。
「死んだらいけんよ。死ぬなよ。いつか子どもに会える時が来るからね。子どもだって、いつかあなたに会いたい、いつか会えると思って生きてると思うよ。でも、死んでしまったら、もう二度とお母さんに会えない。絶対に会えないということになったら、子どもはつらいよ。子どもの希望をたち切っていしまうことになるんだから。足はなくっても、生きて。いつか子どもと一緒に生活しようよね。」
私が妊婦検診をしていた子です。今は施設で生きていますが、きっと母親を待っていると思うのです。
それにしても、これまでもあまりに壮絶な人生でした。これまでのことを悔やむのでなく、前を向いて、希望をもって生きてほしい!!足を失うという、あまりに代償は大きいけれど、きっと幸せになれる時が来る、そうなってほしい、ほんとうにそう思いました。
帰る前に彼女は「先生、ありがとう」といいました。またね。また来てね、と。
こんな会話ができるのも、コロナのおかげで患者さんが減っているからこそです。ありがたいことです。
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