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性教育を商売にする??④

私には、今も苦い思いが続いている経験があります。私の初めての著書、「さらば、悲しみの性」を出版したのは、1985年です。これは、実は評判を呼び、重版に重版が続きました。

ところが、まだ売れ続けている1998年、その出版社から電話がありました。ある方の出版を予定していると。その方が、本の名前を「さらば、哀しみのドラッグ」としたいと言われていると。その方は私の本が気に入っていて、その名前が欲しいと。ただ、悲しみを哀しみとするからと。驚きましたが、ちょっと考えさせてほしいとお答えしました。

そして、考えました。この本の名前は、私にとっては大切な名前なのです。それを出版する前に、他の出版社からも、本を出しませんかというお話があり、営業の方とお会いしました。ものすごい大手の会社です。その担当の方は、「制服を脱いだ少女たち」というタイトルを考えたといわれました。それは勘弁と思いました。なんかいやらしくて。そして、高文研から出そうとなって、そして本文も全部出来上がって、その後でタイトルを考えるとなった時。それは考えました。本文の中にある「悲しみの性だったのでしょう」という一文を使いたいと。で、出版社は「さようなら、悲しみの性」としてはどうかと言われました。うーん、まだちょっと待ってと、考えて考えて、さようならではなく、「さらば」にしようと。「さらば、悲しみの性」に決めようと。その方が毅然としたイメージだと。そうしてこの本ができました。

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私にとって、大切な大切な本です。初めに出産のシーンの写真が収録されています。写真家の英伸三先生が泊まり込んで撮影して下さいました。若いころの私が懸命に患者さんに向き合っている姿が今読んでも、ほほえましいのです。

その本のタイトルが・・。とてもとてもいやだったのですが、出版社は押せ押せでした。

考えた末に、私は、しぶしぶですが、了承しました。それでも、できた「さらば哀しみのドラッグ」にタイトルについて、著者から一言でも、何か私にメッセージが載っているだろうか、後書きにでもそれが書いてあれば許そうと思っていたのですが、なんにもありませんでした。で、私は、出版社に言いました。「さらば、悲しみの性」は絶版にします。もう、重版はしないで下さいと。

その後、これは全面的に書き直しをして、「新版さらば、悲しみの性」として、集英社から文庫にして出版しました。それは今もぼつぼつ重版を重ねています。ありがたいことです。

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ある時、ネットで、私が「さらば哀しみのドラッグ」のタイトルをパクッていると賑やかになったことがあります。あーあ、それは反対だよと苦笑いしながら、でも、黙っていました。そしたら、その中で、「さらば悲しみの性」は1985年に出されているぞ、と。だったら、これはパクリではないのかと、騒ぎは収まっていきました。

その後、その方は「さらば、哀しみの青春」という本やそのほかにも、次々と出版されて活躍されています。講演料も、ものすごく高額だと聞きました。それだけの力がおありなのだから、タイトルをオリジナルに考えられたらよかったのにと思いましたが。私は、その苦い思いがあるので、どれだけ活躍されても、その方を尊敬はしません。

そして。私のことではありませんが。先日も書いた原爆小頭症のルポが詳細に書かれた「この世界の片隅で」の壮大なパクリがあります。これについて、一度書いているのですが、もう一度、明日書きますね。

 

 

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