タイシルク、ジム・トンプソンの家
1月3日。タイ滞在四日目は、午前中は息子一家はプールで泳いだりして、そのあとみんなでお出かけ。やはりホテルから船で出て、今度は船着き場から電車に乗り、「ジム・トンプソンの家」に行きました。
ジム・トンプソンは、タイシルクを育て、世界にその名を広めた人です。1906年生まれのもともとはアメリカ人の建築家でした。第二次世界大戦で軍人としてタイに派遣され、終戦を迎えます。その後もタイ・バンコクに居続けました。彼は、それまでタイの家内工業であったシルクの手織りに興味を持ち、デザイナーとしてそして染色家としてその普及に没頭、プリント模様のシルクを生み出しました。
ジム・トンプソンの家は、タイのチーク材で作られた100年から200年以上たった古い家6軒を集めて作られました。裏は川が流れていて、そこに今も、行っているときも船が通っていました。その向こう側にはイスラムの人たちが住んでおり、そのイスラムの人たちにも絹の手織りを教えたそうです。今も、おそらくイスラムの人たちがい続けているのでしょう、コーランが流れてきましたので。
この家には、タイだけでなく、アジアの様々な骨とう品が集められていました。私たちは、日本人向けのガイドさんの話を聞きました。途中からすべてのバッグもカメラもロッカーに預けさせられました。だから、中の写真はありません。で、彼はこの家で絹のチェックなどの仕事も生活もしていました。
家のついてすぐのところには女性がまゆを煮て、糸を取っています。
別の女性が糸を紡いでいます。これらが孫はとても興味があるようで、座り込んでみていました。
日本語のガイドさんです。まだガイドを初めて間がないそうで、たどたどしくも、一所懸命教えてくれましたよ。
家の裏を流れている川です。ここの渡し船で絹を受け取ったそうです。
そのジム・トンプソンは1967年、マレーシアに行っていて、謎の失踪。それっきり、今も手掛かりもないそうです。今、この家は民間の博物館として、友人たちの手で運営され、その収益金は(入場料は高価です)バンコクの盲学校のために使われているそうです。
その後、息子一家と分かれた私と姉母娘はやっぱり、帰りの列車を乗り間違えて、戻って乗り直し。でも、なんとか無事に船着き場まで行き、船に乗ってホテルに帰りつきました。着く直前の船から見た風景です。この船にはすっかりお世話になりました。
そうそう、タイシルクはとても高価で、ブラウスの一枚も買いたいと思って行きましたがその値を見てすっかり戸惑って。結局、記念に私のショールと夫のネクタイとハンカチを買いました。
明日、ではない、もう今日でした、朝早くに空港に行き、今日中に広島に帰ります。多分、夜遅くになるでしょう。
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