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ソフトバンクのお店で「謝れ!!」と言いました。

昨日は、ブログを書くことができませんでした。パソコンもiPadも動かなくなって。初めは、おかしいなあで焦りました。iPadで撮った写真がパソコンに送れない、フェイスブックも写真が見られない。うん?ついに、iPadが満杯になってしまったのかと、ほとんど使っていないアプリを消したり、メールをいっばい消したり。とうとう朝ブログを書くのは諦めざるを得ず。

 仕事をしながら、パソコンで講演の配布資料を送ろうとしたら、これも送れません。パソコンが動きません。おっかしいなあ。これは、きっとWi-Fiルーターだと思い至りました。ルーターは先週初めに機種変更をしました。それまでと同じ設定で。だから、使用制限はなし、無制限のオプションです。でも、どう考えても、これは制限がかかっていると思いました。

 で、お昼休み、他にすべきことをして、Y-mobileのお店、これは本通りのソフトバンクのお店ですが、そこに行きました。初めに対応してくれた店員さん。購入した時の店員さんとは異なります。その人に話をしたかったのだけれど。まず、「私が話を聞きます」と。私の話を聞くなり、「無制限といっても、三日で10ギガを超えると、制限がかかります」と。「えっ、そんなことは聞いていない」。「でも、そうなのだから」と。「契約の時に契約書は全部読んだけれど、そんなことは一つも書いてなかった、説明もなかった」と。「これはオプションだから、4年前のはじめの機種を買う時のその契約書に書いてあります。だから、その契約書をもってきてください。そしたら、ここに書いてあると指摘してあげます」と。「これまでもそうだったから、それですっとやってきたはずです。」と。この人、すっごく偉そうで、上から目線で、私の本人確認のために出したパスポート(免許証は車の中に置くようにしているので、パスポートで代用しています)をしげしげと、関係ないところの迄めくって見るし、挟んでいる書類まで読むし。

「契約は、確かに無制限になっています。だから、月に7ギガ越えても、制限されません。でも、三日で10ギガを超えると制限される、それはそうなのですからね」と、譲りません。でも、私は、ずっとそれで来たといっても、一度もそんなことにはなったことはないし、昨日も一昨日もそんなに異なった使い方はしていません。新幹線の中では、新幹線のWi-Fiを使っていましたし。でも、うん?私は引っ掛かりました。「7ギガ?」私のルーターは、「7ギガ」で真っ赤なグラフが出ていました。これ、7ギガを超えると警告があったと思うけれど、もしかして、無制限になっていないのではないですか?と。そんなことはありません。ちゃんと無制限で契約してありますと。

「では、どうしたらいいのですか?三日ので引っ掛かったとしたら、どうしたらそれが解除されるのですか?」途方にくれそうです。その店員さん、それは、あなたがどんな使い方をしたのか、私にはわかりませんから。とにかく、このままで様子を見るしかないですよと。でも、私のルーターをもって、あれこれ何人かで話をしています。

 そしたら、中の一人、購入する時の店員さんが、私の機種を持って(みんなマスクをしているし、同じ黒いスーツなのでわからなかったのですが、初めからそばにいたのでしょうか。)お世話になりますと私のところに来ました。だから、私、「あなた、私に三日で10ギガって言った?」といいました。そしたら、「いえ、これまでの使用量を見て、月に20ギガくらいだから、大丈夫と思って言いませんでした」といいました。「ほら、私は聞いていないよ」と。

でも、これで大丈夫です。この設定のここがこれまで標準仕様になっていて、月に7ギガで制限がかかっていましたと。でも、これでアドバンス使用になっていますから。これで使えると思います。と。「なっているって!?いつからなったの?はじめっから、無制限の契約をしていたのに、機種の初めの設定がそうなっていなかったってこと?」「はい、私がこれでいいと思っていたのでが、ここがその設定になっていませんでした。でも、これで無制限になりましたから。」というのです。

「では、三日10ギガの縛りで、動かなかったのではないのですね。ほら、設定が無制限になっていないのではないかって私はきたのに、三日だ三日だとばかり言って。はじめっから、そうなっていなかったってことですね。私、パソコンは動かないし、大変だったのに。あやまれ!!」といいました。

困った私がおかしいと言ってきたのだから、それは、おかしいですね、調べてみましょうと言ってくれていたら、私はそこまで腹を立てなかったでしょう。でも、すぐから、三日三日とはなからそれだけで。ろくに私の言うことは聞いてくれなかったその対応にすっかり怒ってしまいました。今も、あの対応ははらが立っています。まあ、今はスマホばかりの対応で、ルーターの購入等という人は少ないのでしょうが。でも、お客に対しての対応、あの男の冷たい顔で言い放つあの顔は、身震いするほどいや。そろそろスマホに変えようかとも思っていたのだけれど、私はぜったいにソフトバンクには行きません。あんな対応をされるのでは、こりごりです。

クリニックに帰ってパソコンで送れなかった配布資料を送ると、すぐに、まさに瞬時といえるほどに送ることができました。ホッとしました。

 そんなことで。診療をおえると、韓国語の教室で、それがすむと夜10時からのハチドリ舎での「ウーマンラッシュアワー村本」さんのライブに行ったし。帰るともうすぐに日が変わりました。ライブについては、また。

 

 

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山梨、甲府です。講演、無事終了しました。

おはようございます。山梨、甲府です。昨日午前10時の家を出て、甲府のホテルに着いたのは5時半。まあ、遠い。6時半から講演会でした無事終了、今、ほっとしています。

講演は、山梨のワンストップセンターの専門家研修でした。様々な立場で性暴力に取り組んでいる方が集まってくださいました。

写真は講演の前、準備をしているところです。

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私の話の前に、山梨県警の刑事課、性暴力の担当をしていらっしゃる女性の刑事さんからのお話。証拠の採取について、30分お話をされました。証拠能力ということでの留意点。今は、DNAの時代。かなり困難と思われる例でも、DNAの検出ができるようになっています。勉強になりました。

私の話は、性暴力被害者への対応。産婦人科の現場からの報告です。ワンストップセンターの活動も交えて。

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話の後での質問は、やはり性教育に関してのこと。性教育をどうしたらいいのかという質問については、これは、もう、一言で言えることではないので・・。問題は、性教育というと、セックスの仕方を教えることのように勘違いしている人もありますが、単に、性感染症や、妊娠や避妊だけを教えることではなく、もちろん、それらも含むけれど、問題は、性的同意。人間関係をいかに作るか、対等な関係性の中で、パートナーと豊かに暮らしていくこと。それらの学習であって、いくらエリート大学に入っても、これを学んでいないと集団強姦を起こすようなことになる者もいるし…。ここで今語り切れるものでないけれど、このブログも読んで下さいと紹介しました。本音は、ここで私が中学生や高校生にしている話、模擬授業できるといいのですが・・。といいました。

産婦人科のドクターから。性教育が必要と考えて、いろいろな高校に話に行っていて。ある時、保護者にも一緒に聞いてもらったと。そしたら、保護者から「寝た子を起こすな」という意見が出て、それ以来、まったく呼ばれなくなったと。どうしたら説得できるだろうかと。

答えとしては、これだけネットやスマホで情報が、それも嘘だらけの情報が蔓延している今、保護者の多くは、性教育をしてもらいたいと思っているのです。一部、性教育に反対する宗教団体の方がいて、その方はそうだったのかもしれません。でも、話を聞いてもらえば、きっとわかるはず。というようなお答えをしました。


今回、この講演の準備をしていて、改めて、広島のワンストップセンターの活躍は素晴らしいと実感しました。今度、こんな講演をします。

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昨日の話をたたき台にして、性教育もしっかり話すつもりです。

講演後、晩御飯に「ほうとう」の旗が立っている居酒屋に入ろうとしたら、満席ですと断られて残念でした。変わりに焼き鳥と梅酒のソーダ割を一杯で満足しましたよ。

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 来る時、新幹線から富士山が見えるかと期待したのに、曇っていてダメでした。ここからも晴れていたら見えるのだそうですが、やはり曇っていて、ああ、残念。山梨の皆様、お世話になりました。このような機会を与えてくださってありがとうございました。

 

 

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結婚推進室「ぶ~け」を訪問して⑤最終回

千住真理子さんの「結婚推進室「ぶ~け」を訪問しての転載も、おそらく今日が最終となるでしょう。終わりまで、ちゃんと書ければですが。私は、今日の午前中に出発して、山梨県の甲府に向かいます。診療は四方先生に代診をお願いしました。出発までに、これを仕上げて行きたいと願ってきました。それでは。

8. 最後に
(略)
 「百聞は一見にしかず」で、婚活パーティに参加されていた皆さんの笑顔や行動力、結婚されている方の穏やかな表情や生き生きとしたこどもさんの様子や発言が、障がいのある方たちも恋愛をすること、愛する人との生活は生きがいであることが、より強く認識されました。これからもっともっと恋愛する人や、家庭、子育てをする人が増えてほしい、それが当たり前の姿となってほしい、みんなの共通の思いとなったのではないでしょうか。

 今回の見学したことをどのような形で、障がいのある人たちに返していくかについては、いろいろとご意見があると思います。ただ、言えることはは長崎に住んでいる人だけしか享受できていない現状を、やはり日本のどこに住んでいても享受できるようになってほしい、と強い思いになりました。南高愛隣会の組織は素晴らしいです。ほんとうによく考えられていると思いました。しかし、それと同じような組織が必要かというと、その組織づくりのための時間がかかりすぎます。ですから、みんなで知恵を出し合ってできる方法を考えたいものです。

 今回、結婚推進室「ぶ~け」の室長であるる納谷さんには、私たちへのお話からご家庭への訪問等、大変お世話になりました。納谷さんは、本当に楽しそうにいろいと語ってくださいました。大変なこともあったと思いますが、「かれらの幸せが私たちの幸せです」と終始笑顔で語り、登録されている方のこともほんとうによくご存じでした。「ぶ~け」での仕事が、仕事以上にやりがいを感じ、生きがいとなっているようでした。「こんなに楽しく、幸せな仕事はない」というオーラが全身からあふれ出ていました。とっても魅力あふれる方でした。

 でも、残念ながら「障がいのある人の結婚なんて」と思われている人が、まだまだたくさんいます。知らないから不安に思っておられる人も多いと思います。

 彼らが学校教育を受けられないところから義務教育を勝ち取り、学校卒業後の働く場の確保で作業所ができました。そして、親亡き後のことを考えて、社会資源としてはまだまだ足りませんが、住まいのグループホームが作られてきました。高等部を卒業後も学びたいと学びの場もでき、いろいろと彼らの世界が少しずつですが、社会的に広がって来ました。次は、本当に彼らの人権や願いを考えた時、恋愛をしたい人には恋愛を、好きな人と暮らしたい人には家庭を保障したいものです。障害者権利条約の第23条では、「彼らの家庭を持つ権利」、「性教育を受ける権利」が書かれています。

 私は、性のセミナーやいろんな所で性教育をする中で、青年たちからよく聞いた言葉があります。それは、「僕は恋愛も結婚もできない」「僕は、恋愛はできるかもしれないが、結婚はできない」です。育ってきた環境の中で、障がいを意識して言わされている言葉だと思います。でも、本心は違うのです。「恋愛をしたい」「好きな人と暮らしたい」という思いです。ぽぽろスクエア(障がい青年の学びの場)では、青年の半数以上が、「好きな人と暮らしたい」という願いがあります。

 結婚をした私たちだって2人で家庭を築いてきたわけではありません。たくさんの人の手を借り、力を借りて、生活をしています。確かに、彼らには支援が要ります。しかし、彼らには国の福祉の制度が利用できます。彼らのための制度です。その制度を使い、足りない時にはまわりを巻き込んで生活をする、人の手を借りてできたことも自立です。ぜひ、彼らの願いが叶う社会となってほしい、また、そのために私ができることは何か、これからも考えていきたい、彼らが幸せに生きるための手助けをしたいと思います。

以上、千住真理子さんの訪問記を転載させて頂きました。一文字ずつ時間をかけながら、キーをたたくことで、千住さんの思いや、結婚推進室のすばらしさを実感し、これからの障がいのある人の性教育について、多くの示唆を頂くことができました。転載させてほしいという、ずうずうしい私の希望を気持ちよく許可してくださった千住さんに改めてお礼を申し上げます。

なお、長崎南高愛隣会結婚推進室「ぶ~け」のホームページはここにあります。

http://www.airinkai.or.jp/service/annai_bouquet

その中の図をお借りします。南高愛隣会の皆様も、素晴らしい実践を教えて頂いて、本当にありがとうございました。今後の皆様のご活躍と、お幸せをお祈りします。

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結婚推進室「ぶ~け」を訪問して④

千住真理子さんの結婚推進室「ぶ~け」の訪問記、ここからとても大切になります。続けます。

 障害者自立支援法は悪法ですが、一つだけよいところは、二人からグループホームと認め、カップルの支援がしやすくなったという点です。Aさん宅もグループホームでした。1戸建ての新築のお家で、3LDK位の広さで家賃は7万円。しかし、グループホームの家賃補助を2人で受け、5万円になっています。契約は法人が行い、家電は自分たちで揃えます。自立を支援する時は、自分たちで家を探すそうです。Bさんにお会いできなかったのは残念でしたが、ご家族が穏やかに仲良く暮らせれ手いる様子が伝わって来て、私たちも幸せな気持ちになった時間でした。

5、からだ探検隊の方とのお話

 昨年から「からだ探検隊」として、各地域で性教育を行うようになったそうです。プログラムは4回シリーズで行い、恋活や普段の生活に生かせるようにと、マナー、プライベートゾーン、性交、避妊、妊娠、中絶などについて学んでいるそうです。担当を担うのは若い支援者で、2年で換わっていきますが、2名がオブザーバーとして残ります。長崎大学の先生も関わっているそうです。滞在期間はわずか15分で、ゆっくりと話す時間はなかったのですが、近々まとめたものを出版されるとか。出版されたら連絡をしていただくことにしました。私たちのセミナーの昨年のまとめの冊子と「生活をゆたかにする性教育」の本をお渡ししました。時間の余裕があれば、もう少し内容について話をしたかったです。

6. 幸せ作りの基本的な姿勢について⇒支援する中で大事にしていること

 ・ 障がいの有無に関わらず、人を愛することを尊ぶ。
 ・ 自分が選んだ人とお付き合いをする⇒意思、誇り、責任を持つ。
 ・ 当事者に経験を積んでもらう⇒支援者には結果が見えていても、見守って支援をする。
 ・ お似合いの二人と思っても、支援者がくっつけない。
 ・ 支援者の価値観を押し付けない。
 ・ 登録者の想いに耳を傾け、自分自身で考えてもらう。
 ・ 結婚をしている人を好きになったり、支援者を好きになったりした人には話を聞いて、考えてもらう。
 ・ 本人の意見と家族・親の意見が違った時は、本人の意見を尊重する。
 ・ 子どもの前では、親を怒らない。
 ・ 支援は、家族ごとにみんな違う。
 ・ 全力で応援をする⇒その姿勢からみんなの信頼を得ている。

7.  その他

・ 「ぶ~け」を創設した時は、法人独自の事業であったが、平成26年より契約制になり、自主事業となる。登録をしてもらい、登録A
   会員(恋活、婚活、自分磨き希望者対象者、現在128名)は会費を毎月2500円払う。B会員(結婚、子育て希望者、現在44名)は会費を
   毎月1家族5000円払う。C会員(婚活パーティーや情報提供希望者、現在3名)は無料である。そして、婚活パーティ や行事によっては
   会費が派生する。今回のパーティは、3500円であった。日帰り旅行は9300円とあった。
・ 自主事業になってから、他法人の人も登録できるようになった。
・   登録会員の男女比率は、男性の方が高く、毎回女性の参加を確保するのが、大変だそうである。
・ 登録者は20代~60代までいる。
・ 婚活パーティの参加者は、お付き合いをしてる人たちもいる。二人で外出することが難しいカップルにとっても楽しみとなっている。
  ヘルパーさんと一緒に参加する人もいる。
・  今まで39組の人が一緒に暮らし、6組が離婚をした。子育てをしている家庭は8組で、皆さん、お子さんは一人である。
・ 暮らし方は、パートナー生活と結婚生活の2通りがある。(パートナー生活は保護者の反対があり、入籍をしていない状態)
・ 南高愛隣会の利用者数は約10,000人、支援者は約500人ということであった。

 私がこうして転載しながら学ぶことがとても多く、今日の中でも、たくさんの示唆がありました。もう少し続きますね。本文の中でも出てくる「生活を豊かにする性教育」の本、以前出しましたが、もう一度。

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結婚推進室「ぶ~け」を訪問して③

知的障害のある人の恋愛、結婚、婚活パーティーなどについての千住真理子さんの文章の続きです。婚活パーティーでの食事、ゲームに続いて、交流タイムとなります。

そして、10分間の交流タイムです。席を立って、思いを寄せる人へおしゃべりに行きます。目指す相手に一直線の人もいれば、誰に行こうかウロウロする人も。話したい人がいるのだけれど、先に話している人がいて、しゃべることができず横でそっと立っている人も。そこはスタッフがさりげなく寄って来て、「この人も話したいようだから、代わってあげてくださいね。」と一言。それでその人は、やっと思いを寄せている人と話すことができました。スタッフの役割は大きいです。その後、「告白したい人は、前に出てきてください」とスタッフが呼びかけ、告白タイムが始まりました。

 一番に出てきた男性は、交流タイムで話し込んでいた女性を指名。告白を始めると、そこへ「ちょっと待った~」と男性が2名、檀上に上がってきました。そして3人の男性に告白された女性は、頭を下げて手を出していた3人の男性の中から、一人の男性と握手をしてカップル成立となりました。見ている私たちも、どうなるかドキドキしていました。一番、長く話をしていた男性と握手をしたのを見て、"やっぱりなあ~。積極的やなあ~"と思ったり。。。2番目に告白をした男性は、「自分は畑で野菜を作っています。今は白菜がたくさんできています。僕と交際してくれたら、野菜はスーパーに買いに行かなくてもいいです。いっぱいあります。ぜひ、よろしくお願いします。」と、告白。すごい生活感があり、いろいろと考えてきていると感じました。そして、彼女も彼の手を握り、カップル成立となりました。あとで伺うと、前回の婚活パーティーでも彼は彼女に告白、しかし、その時は断られたそうです。彼の強い思いが、あの言葉になったのかと思うと、胸が熱くなりました。いろいろな思いがあふれる婚活パーティでした。(略)(この日は7組成立したそうです)

4. 結婚し、子育てをしている方への家庭訪問

 ご家庭へは、車で走ること1時間以上でした。法人施設は、長崎、佐世保、雲仙、島原に分かれ、カップルも各地域におられます。担当者の行動範囲の広さ、フットワークの軽さに驚きました。

 訪問をしたAさんは、Bさんと結婚をして17年目です。出会いは二人とも五島列島の出身で、いつも帰る船で一緒になり、話をしていたそうです。付き合い始めて2年半、Aさん32歳、Bさん29歳で結婚されました。

 AさんはA型事業所でうどんやソーメンを作っていて、朝4時に車で出勤し、5時から仕事です。BさんはA型事業所で給食を作っており、バスを利用して仕事場へ。仕事は日曜日もあるため、当日はAさんとお子さんの小学校4年生のC君、世話人さんからお話をお伺いしました。

家事は、二人で1週間分担をしているそうで、冷蔵庫に1週間どんなことを誰が行うか書いた紙が貼られていました。Aさんがマメに片付けをされているそうで、室内はいつもきれいに片付けられていると世話人さんが話してくれました。食事は、法人の給食センターの夕食と朝食を利用されており、作る手間はないそうです。これは家事負担やリスクを軽減するためで、どこのグループホームでも利用しているそうです。配食のない日曜日はBさんが作るそうで、C君が「お母さんの作るちゃんぽんはおいしい」と話してくれました。

Aさんの楽しみは、学校の行事に参加することで、C君の楽しみは自転車に乗ることで、100点を取った計算や漢字のテストも、うれしそうに見せてくれました。そして、Aさんの夢は、「C君が大きくなって就職をして、ふつうの生活をすること。人に迷惑をかけない生活を送ってほしい」と語られました。子を持つ親の願いは、みんな同じだと思いました。

 世話人さんは、C君が3歳からのお付き合いで、毎日夕方にきて、主に子育ての助言をしているそうです。時には、保護者のあまりの叱りようにこどもとの間に入って止めることもあったとか。C君にとってはやさしい「ばあば」のような存在だと思いました。世話人さんは、2軒を担当しているそうです。夫婦の問題で世話人さんだけでは解決が難しい時に、ぶ~けの担当者が入るそうです。担当者はどのご家族のこともよく理解されていて、いろいろな家庭を支援されていました。(まだ続きます。)


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今、クリニックに飾ってある青野さんの生け花です。猫やなぎが膨らんで、触ると気持ちいいです。こんなビロード色のグラジオラス、初めて見ました。


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結婚推進室「ぶ~け」を訪問して②

障がいのある人の結婚推進室「ぶ~け」についての千住真理子さんの文章の続きです。(実は、朝早く起きて転載を書いたのですが、本当に最後のところで、パソコンのミスタッチ。それまで苦労して書いたのが、ぱあっと消えてしまいました。私のミスタッチは大したことなかったし、これはやはり新しくなったココログの問題ではないかと思っています。ショックは大きく、それから今日一日つらかったです。朝のショックは一日続きますね。やっと今気を取り直して、さあ、もう一度。)

 【「ぶ~け」の組織について】

 「ぶ~け」の専任者は子育て経験もあるベテランの支援者の女性3名ですが、他に事業所との兼任者が2名、そして入職1~5年目までの若手の職員8名で作る「ぶ~け支援委員会」があり、他に14事業所に1~2名ぶ~け担当者がいます。これはグループホームの世話人さんや事業所の生活支援員さんがなられます。カップルでグループホーム生活をされている方がほとんどなので、直接の支援は世話人さんがされます。これらの人たちが集まって、イベントを考えるだけでなく、スタッフの研修会を開いたり、今までの実績調査や研究もなさっているそうです。若手の職員さんは、いろんな事業で体験を積むということで、2年で替わっていきます。若い人たちの感覚がいろいろなイベント開催で生かされているそうです。恋愛や結婚の支援を若いうちに経験をするというのは、これからの長い支援者生活に大変生かされると思いました。恋愛や結婚もふつうのことととらえ、支援の質が変わってくると思いました。また、若手とベテランの組み合わせ、そして日中生活を支える人、家庭生活を支える人、そのシステムの作り方がとても考えられていると思いました。いろいろなカップルを支援する中で生まれてきたものではないかと、感じました。

【自分磨きの講座について】

 自分磨き講座は月1回程度に開催され、身だしなみ講座や携帯マナー講座、お肌の手入れの他に、性教育の講座もありました。これについては今までなかったのですが、いろいろなカップルを支援されてきて、やっぱり性教育は必要ということで昨年から実施されるようになりました、同じ法人で運営している訓練校での性教育を活かしているそうです。

(少し略します)

3. 婚活パーティーへ

 婚活パーティーは結婚式場でありました。広い披露宴会場に、今回の参加者は約60名です。そしてぶ~毛のスタッフ、私たちで約80名の参加者がありました。(略)

【婚活パーティ】

 まずは食事です。10人の円卓です。席は、スタッフの腕の見せ所で、この人とこの人が合うのではと思われる人は、隣同士の席にしているそうです。ほぼ食べ終えたところで、自己紹介タイムです。自分の名前と年齢(これは言わなくてもOK)、趣味の紹介です。それが終わると、ゲーム大会です。じゃんけん列車(弱県をして負けた人が勝った人の後ろに回る。最後に大きな円になる)をし、1位の人には商品があり、2回しました。次に2組に分かれてのリレーゲームです。2人がペアになり、背中にボールを挟んで指定された所を回ってくるというものです。ペアもスタッフが決めています。女性がどうしても少ないので、男性同士のペアもありました。堺のセミナーの若いスタッフも参加。その感想は、「決まった相手と一緒に待っている時はワクワク。始まると背中合わせでドキドキ。走り終えると二人の気持ちは達成感でいっぱい。なかなかいいゲームでした。」きっと皆さんの思いも一緒でしょう。2つのゲームは、共にからだの触れ合うゲームというのも、考えられています。親近感が増します。自然なふれあいですが、心が高まります。にくい演出です。

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この写真は、手作りの冊子の裏表紙に掲載されている「障害者権利条約」の抜粋です。

(婚活パーティは、この後、交流タイムや告白タイム、カップルの成立などに続きます。また明日。)

 

 

 

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結婚推進室「ぶ~け」を訪問して①

堺の「せいかつをやたかに障害児・者性教育セミナー」に参加した時、会の前日の懇親会の後に実行委員会の千住真理子先生に聞いた話がとても興味深くて、もっと知りたいというと、翌日、手作りの冊子をもってきてくださいました。

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この本について、またお知らせすると言いました。読むほどに、これは、私がまとめて書くよりも、せめて一番最初にある千住さんの文章だけでも、転載して皆さんに読んでいただいた方がいいと思いました。それで、千住さんにお伺いをしたところ、広めたいので、どんどん使ってくださいと、気持ちよく許可してくださいましたので。ここに何日かかけて、転載したいと思います。一文字ずつキーをたたくことで、より私自身の意識を深めることになりますので。

「ふつうの場所で愛する人との暮らしを」  
          せいかつをゆたかに実行委員会代表  千住真理子


1.はじめに

  青年の性のセミナー「せいかつをゆたかに」を堺で行って13年が経ちました。昨年、青年の性のセミナーと支援者・保護者を対象にした性教育セミナーを行っている「せいかつをゆたかに実行委員会」の活動が評価され、読売福祉文化賞を受賞し賞金100万円を頂き、このお金を何か意義のあることに使いたいと思っていました。そして、私の心に残っていた滋賀の青年の言葉、「いつまで勉強するねん」。彼は、性を学び始めて10年以上経っていました。"いつになったら彼女ができて、お付き合いを始めることができるんだ~"という心の叫びでした。青年のセミナーに参加している青年たちも、同じような思いをもっているのではないかと思います。彼らには出会いの場がないのです。

 その出会いの場を作り、支援をしている長崎の社会福祉法人南高愛隣会の「結婚推進室ぶ~け」の見学に、いつか行ってみたいという思いは、心の隅にずっとありました。それを後押ししてくれた人がおり、「気になるんだったら、見てきたらいい」の一言が、"そうだ、お金もある。セミナーのスタッフに相談をして見に行こう"という気持ちが沸き上がりました。それがまとまり、セミナーのスタッフ7名、そして障害児・者サークルの尾矢さんも加わって、8名で見学に行くことができました。
  (以下、少し略します)

2.ぶ~け室長納谷さんとの懇談
 (少し略します)


【「ぶ~け」の生まれたきっかけ】

「ぶ~け」の生まれたきっかけは、『当時理事長さんが国から表彰されたときに皆さんが集まり、お祝いをした。その中に光輝いている人たちがいた。その人達は結婚やパートナーがいる人たちであった。そして子育てをしている人は生き生きとしていた。「なんでこんなに違うのだろ」と原因を考えると、はっと気づいたのが「隣に愛する人たちがいる」ということだった。平成14年の年末にそう感じて、正月に職員が全員集まった時に「私たちは間違っていた。だから、今から愛する人と寄り添って生活できるものを考えよう」「男性と女性の好きでも、男性同士、女性同士でもいい。誰でもいいから、ただ隣に愛する人がいるという生活をめざそう。結婚にこだわらず同棲でもいい」』それから、「ぶ~け」が生まれ、いろいろな活動につながっていきます。初めは、保護者や職員さんに「寝た子を起こすな」や「仕事が増える」というような反対もあったそうです。また、それまでも保護者の反対で潰れたカップルが何組もあったそうです。
 理事長の強い意志とカップルの輝きが、結婚推進室「ぶ~け」の誕生につながりました。

【「ぶ~け」の目的】

 「ぶ~け」の目的は、「ふつうの場所で愛する人との暮らし」の実現です。そのために「出会いのチャンスを作る」「交際のフォローアップ」「暮らしづくりの応援」「子育てや家族生活に至っても、豊かな暮らしが続くようにサポート」です。その活動は、婚活パーティーもされますが、素敵な自分になるための「自分磨き」講座もされています。「自分磨き講座」があることで、婚活パーティーへの参加の服装や意識が変わったそうです。それまでは普段着やジャージでの参加もあったそうですが、女性はおしゃれをしたり、お化粧をしたり、男性も服装を気にされて素敵なかっこうになってきたそうです。そういう学びがあり、ちょっと緊張して参加できる場があるのは、皆さんにとって生活の質が変わってくるなあと思いました。

 また、「ぶ~け」では、ボーリング大会や映画鑑賞などの催しなどもありますが、「ぶ~け」の主催となると、参加されるみなさんが、仕事をされているときと全く違う顔で参加されるそうです。それは、相手を探すという目的があるからだそうです。"カッコイイ自分になる""相手を見つける"という気持ちがとってもいいですね。トキメキを持って参加する、その気持ちがいつもと違う顔になるのでしょう。

(明日に続きます。)


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堺での講演、無事終了です。

昨日は、堺での講演、何とか終えました。たくさんの人がいらっして下さいました。特別支援の先生方や、施設やNPOの方や、保護者の方たち。こんなにも、障害のある人たちの性と生の活動をしていらっしゃる方がいる。私も大いに元気付けられました。写真は、私の話を終えて、スタッフの方が午後のスケジュールや性教協の説明をしていらっしゃるところです。

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講演中の写真は、伊藤修毅さんのフェイスブックからいただきました。

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私が考えたのは、もう日ごろ障がいのある人達に接している人にお話しをするのですから、そして、私は医師だから。もう一つ。ずっとずっと性教育を学んできたのだから。私にしかできない話をしようと。「障がい」にこだわらず、「障害のある人もない人も豊な性教育を受けて、豊な生活を送られるように」という立場で話をしようと。結果的には、それが良かったと言って頂けました。

午後、様々な実践の分科会でしたが、実は私はそのまま帰らせて頂きました。その次の講演の資料作りがまだ出来上がっていなくて、それがとても気になって。早めに家に帰って、すぐにそれに取り掛かったという次第です。昨夜も遅くまで頑張ったけど、まだ出来上がりません。それで頭が一杯で、眠るのも無理でした。

ところで、「せいかつをゆたかに実行委員会」の千住真理子先生から、こんなのを頂きました。

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障がいのある人たちの出会いや結婚や子育ての支援をしている人たちのところに見学に行ったその報告集です。これはすごい。「障がいのあるひともない人も」好きな人とともに過ごすというのは、大きな喜びです。それがまだまだだと考えた人たちが、そんな取り組みをしています。この報告集、もう少し読み込んで、またご報告しますね。

お世話になった皆さま、ほんとうにありがとうございました。まだまだ学習と実践を続けましょうね。私も頑張りますよ!!落ち込んでなんていられません。

 

 

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大阪、堺です。

おはようございます。大阪、堺の夜明けです。

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昨夜のうちにやって来ました。新大阪から次々と乗り換え、西九条、新今宮、そして堺東と順調に来たのに、なんと、駅からホテルに真反対を歩いておりました。

30分ばかり遅れて、スタッフの皆さんたちとの食事会に参加させて頂きました。

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ホテルや今日の会場の近くのお好み焼き屋さんです。

皆さんと話していて、ほんとうにこれまで心身に障害のある人の性教育に取り組んでいる方たちで、尊敬する方たちばかりでした。私が、障害のある人の性教育の中でいつも例に取り上げる永野先生もいらっしゃるし、性教協の障害児サークルのベテランのメンバーもいっぱいで。沖縄や仙台や、東京からの方たちも。

ますます戸惑いました。これまでの私の話の多くは、障がい児や人に関わっているも、性教育にはあまり取り組まれていない方たちが対象でした。今回、この方たちに私が何を話せばお役に立てるのか。話しながら、ごちそうを食べながら、頭が忙しくなりました。

そこで、ホテルに帰って、スライドの作り直しです。皆さんに配布するのと、当日私がするのとは異なります。患者さんのプライベートなことを印刷することはできませんので。

その、今日するスライドにいろいろと付け加えて、低用量ピル、緊急避妊薬、子宮頸がんワクチンなど、日本の女性行政がどう扱われてきたか、障がいのある人のLGBT、そして恋愛、結婚。それらをしっかり入れて、作り直しました。それで、ちょっとホッとしました。今日は、お役に立てるような話ができると安心して休みました。

午後の分科会は、皆さんの取り組まれている性教育の実践の発表です。どれかに参加して勉強して帰ります。

昨日のごちそうです。お好み焼き屋さんでも、いろいろなお料理が。

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これは、焼きそば。うどんのように太く、ホルモンが入っています。まるでホルモン焼うどん。これに卵をつけて頂きました。

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デザートはフレンチトースト。ネットで調べていて、フレンチトーストは絶対食べたいと思っていたら、出てきました。

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楽しく、おいしく、いろいろと勉強になりました。皆さん、ありがとうございました。今日は頑張ります。

 

 

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産んでも育てられない時に避妊のない性は暴力です。

連日、緊急避妊薬を求める人たちが来院します。それだけでなく、妊娠・中絶を求める人も。これらの若い人たちと接していて、ほんっとに一体どうしたらいいのかという気持ちになります。

どうして、「避妊のない性は妊娠する」という当然のことがわかっていないのでしょうか。妊娠した女性が、当然彼と結婚して出産すると思っていたら、相手は「子育てをするつもりはない」といったと。では、どうして避妊しなかったの?と聞くと、「忘れてた」といったと。「わすれる!!」避妊しないと妊娠する、この当たり前のことが頭から飛んでしまうのですね。もう、さんざん言い続けているのですが、「妊娠しても産めないとき、避妊のない性は暴力」ということもわかっていないし、そもそも性交の前に、「妊娠してもいいのか」という話しあいもされていません。

避妊しなくても、大丈夫でしょう、と彼が言ったという人も。彼女が不妊であるとか、彼が不妊であるとかという、何の根拠もないのに。

本当に、ちゃんと性教育をしなければ。


世間では、性教育はされていと思っているようですが、まったくと言っていいほどなされていません。その代わりの教科書が「アダルトビデオ」であり、アダルトビデオでは、避妊の話や性感染症の話など出てきません。

中日新聞が書いてくれました。

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東京新聞ウェブ版はここです。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/202001/CK2020011002000180.html

性被害。強制性交などの犯罪でなくとも、身近な恋人同士でも、「避妊」というマナーが守られていないという、現実。もう、そろそろわかってよねと思いながら、長年、変わらぬ気持ちで診療しています。

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講演会のご案内の続きです。

講演のスライドづくりに追われています。1月19日の堺での講演のスライドです。ここにきて、これまで障がいのある子や人の子育てや生活のサポートをしている人たちに、私が偉そうに話をしてもいいのだろうかとちょっと怖気づいてきています。

 私の現場で、私が対応してきたことをお話することで、少しでも皆さまのこれからのお役に立てれば、と思いながらスライドと他に配布する資料作りをしました。

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25日、山梨でする講演の資料です。私の現場での性被害や、広島の性被害ワンストップセンターでのお話です。今回、改めて広島のワンストップセンターを請け負っているNPOの組織を見てみました。これまで、懸命に走りながら組織づくりもされてきましたが、なんとも、強力な布陣ができています。36人もの人がその持てる力で精一杯取り組んでいます。それらのお話をすることで、山梨の方たちのお役に立てますように。まだスライドづくりの途中ですが・・。頑張りましょう。でも、山梨まで行くのって、ほんとうに大変です。どうやって行くのが一番いいのか、まだ検討中です。

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この後の広島での講演の予定です。
 
2月9日には、こんなテーマで話します。

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そして、16日は、全国から来られる皆様へ。女性支援地域連携フォーラム、キャラバンは昨年行われる予定でしたが、集中豪雨の被害で、いったん取りやめになりました。ここで、再度行われることになってうれしいことです。基調講演の戒能先生のお話は私は久しぶりです。そして、一緒にシンポジウムをする皆様、岡山の貝原さん、広島の中本さん等にお会いできるのも、とても楽しみです。それに、北仲先生とご一緒なので、私は心強いです。お話は別々で、私は特に特別養子縁組についてする予定です。

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それぞれの講演会を企画してくださった皆様、頑張ってお話しますので、どうぞよろしくお願いします。

 

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二つの会のご案内です。

これから次々と講演会が開かれます。そのご案内を。

今月25日、広島の弁護士会館での講演会です。私の患者さんでも、性被害ワンストップセンターでも、いわゆるデジタル性被害に遭った人たちが増えています。それは、都会だから、地方だからという差は全くなくなってきました。ネットの世界は、生活している地域は空間を越え、関係なくしています。

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先日、こんな本を読みました。

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今、若者たちが「教科書」にしているAVが、どのように出演する女性たちを引き入れ、それによりどのような心の被害が起こっているか、その彼女たちのSOSに応え、日々、救援の活動をしている人たち。その「ポルノ被害と性暴力を考える会」の活動には、共感と尊敬の念を覚えます。

ぜひ、その活動とこれからの若い人たちに何を伝えなければならないか、それらを聞いてみたいと思います。広島でのとても貴重な講演会です。多くの方が参加されますように。

それから、次の日曜日ですが、これは大阪・堺での会のご案内です。

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障がいのある人の性教育について、私の講演と分科会があります。主催する会は、このような本も出版されて、障がいのある人の性教育の実践を重ねられている方たちです。

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私の話がどのようにお役に立つがわかりませんが、私がこれまで積み重ねてきたもてるものを精一杯お出ししてお話するつもりでいます。多くの方にお会いできますように。

 

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赤ちゃんの写真の年賀状

今年もたくさんの年賀状が来ました。仕事柄、赤ちゃんの写真の賀状が多いのですが。中でも、特別養子縁組で新たな家族になった方たちの賀状はうれしいですね。

 それと、高校生というとても困難な状況での妊娠、回りの説得にもがんとして抵抗し、学校にも排除される中で産み、育てている人からの年賀状はうれしいですね。今年は第二子にも恵まれるのですって!!

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その陰に、きっと、年賀状を買うこともできなかったはずの、極貧の中で生活している若いシングルマザー、DVで姿を隠さなければならない状況にある人たちにも、思いを馳せます。

そして、何よりもうれしいのは、実母で、赤ちゃんを手放した後、しっかり立ち直ってその後の人生を歩んでいる人からの年賀状です。

みんなみんな、どうぞ、お幸せに!!

特別養子縁組は、その法律がかわったことにより、ますます私のような立場の者は、ともすれば排除されそうで。でも、だからこそ、しっかり踏ん張ってギリギリまで辞めない、限界まで頑張って続けようと思います。特別養子縁組が成立した後も、いつまでも赤ちゃんと実母、養親さん両方にしっかりコンタクトを取りながら、きめ細かいケアをしていきたいと思っています。

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特別養子縁組・家庭裁判所への上申書③

二日間特別養子縁組についてのお話が中断しています。今日は、その続き、家庭裁判所への特別養子縁組の申し立てをするときに共に提出した私の上申書の続きです。が、ここからは、養親、実母共に個人的なことを書いていますので、とぎれとぎれになります。

前回の続きからは、順番が次になったので、家庭訪問に行ったこと、そこでの家庭環境は問題なかったこと。むしろ、とてもいい環境の中で、赤ちゃんを育てたいとの熱意を十分に感じ取れたことなどを書いています。その時には、私はパソコンをもって行って、特別養子縁組をすることについての、心構えや、今後の流れなどのお話もしています。その後です。

「〇〇ちゃんの実母、〇〇さんが母親と共に初めて私のクリニックに来られたのは、2018年〇月〇日のことです。その前に、〇〇さんの親権者である母親の〇〇さんが職場の上司に相談をし、その上司が以前の私の患者さんであることから、私に電話で相談があって、当院に来られることになったものです。

 〇〇さんは、15歳の高校一年生。その前日に他の産婦人科で妊娠8か月、中絶は不可能であるとの診断を受けていました。私の診断でも、確かにその通りで、推定妊娠28週、分娩予定日は2018年〇〇月〇日としました。もう中絶は不可能で、産むしかないこと。生んだ後、子どもはどうするか、ゆっくり時間をかけて考えましょうとお話しました。これまで産婦人科での診察を受けていないので、いろいろとしておかなければならない検査もあります。早く母子手帳をもらってくるように、母子手帳についている補助を使って検査をしましょうなどとお話しました。

 相手の男性とは、付き合っていたわけではなく、半ば強引な性であったと。〇〇からはは会ってもいないし、会いたくないし、まして一緒に子育てなど絶対にできないという事でした。その人との間の妊娠に間違いないのだけれど、そのことを母親が告げに行った所、けんもほろろであったと。一度、私に男性の母親から電話がかかったことがあります。息子の子であることは認めない、もし必要なのなら、DNA鑑定で親子であることの証明をするようにと言われました。

何度かの話し合いで、〇〇さん親子はすっかり傷ついており、もう生まれたことも、養子縁組をすることも、一切告げたくないという事でした。それは、男性の側が自分の子であることを認めないのだから、それでいいのではと思います。

 〇〇さんは、母子手帳をもってきた後から、妊婦健診にきちんと通ってきましたし、学校にも続けて通いました。問題は、学校です。〇〇さんは、とても学校が好きで、それまで休んだこともなく通学していて、そのあともずっと学校に行きたい、そこを卒業したいという希望をもっていました。今、日本では、高校生で出産をして、その学校に続けて行けるのは、とても難しい状況です。

さらに、子育ても自分でしたいとの想いも持っていました。どうやって学校に行きながら、子育てをするか、それはなかなか困難なことでもありました。健診の時だけでなく、計6回ほど、赤ちゃんをどうするか話しあい、結局泣く泣くですが、赤ちゃんは自分が育てるよりも幸せにしてくれる方に養子として育ててもらいたいとの結論を自ら出しました。

 学校には、お母さんが担任に会いに行き、事情の説明をされました。望んでの妊娠ではなかったこと、出産をするけれど、その子は養子縁組で手離すこと、本人は、学校が好きで、このままここで学びたいと強く希望していることなどを話されました。そして、学校で検討した結果、学校としても、彼女を支えましょうという事になるでしょう、それまでまじめに通っていたので、出席日数も十分だし、試験については、レポートを出すことで変えられるでしょうとのことでした。それらの方針が一応出たのは、すでに妊娠30週になっていました。学校は、そこからお休みしています。正式に二年生として学校に行けるとの決定が出たのは、〇月になってからです。

 私は、広島市の児童相談所の地域のかかりの方にその旨を連絡しました。

そして、〇月〇日に順番が来ている〇〇さんに連絡を取りました。それまでにも、何度か電話でお話していたのですが、連絡をしたとき、〇〇さんご夫妻は、昨年10月に児童相談所での里親研修も受け、実習もしたとのことでした。ご夫妻とも、フルタイムで仕事をしているけれど、赤ちゃんが来た時点で〇〇さんは仕事をやめることになっているとのことでした。おそらく、〇月には赤ちゃんが生まれるでしょう、その準備、心構えをして下さいとお話しました。その後、何度も連絡を取り合いました。実母さんの状況についてもお話しています。

〇〇さんは、産んだ後の方針がしっかりし、それが揺るぎないことを確認して、〇月〇日に〇〇病院に紹介しました。〇〇病院では、これまでも養子縁組となることを理解しての出産の対応して下さっています。〇月〇日から、〇〇病院で健診を受け、〇月〇日に無事出産しました。

 お母さんから連絡を受け、その日に〇〇さんと赤ちゃんに会いに行きました。〇〇さんは、苦しい思いをして出産した後も、養子縁組で赤ちゃんを手離す気持ちは変わらないという事でした。お母さんとはすれ違いでしたが、〇〇さんのそばから電話でお話しをし、お母さんも養子縁組の気持ちは変わらないという事でした。そして、出生届を出しに行くこと、養子縁組の書類に記入してもらうことなどの打ち合わせもしました。

 〇〇さんにもその日に連絡をし、名前を付けて頂きました。ですので、赤ちゃんの名前〇〇ちゃんは(養親さん)ご夫妻がつけられました。赤ちゃんの写真を撮って、すぐに〇〇さんにもラインで送りました。



翌日、〇〇さん夫妻が赤ちゃんに会いに来られました。私と待ち合わせをして一緒に病棟に行き、助産師さんから色々とお話を伺いました。赤ちゃんを抱いたご夫妻は、とてもかわいいと、大喜びでした。〇〇さんは、いったん帰り、用意をして〇日に〇〇病院に教育入院をし、子育ての練習をして、〇日に連れて帰ることになりました。

 入院してからも、私は〇〇さん会いに行きましたし、一度だけ、(実母さん)母子に会ってもらいました。というのも、〇〇さんが退院してからも、ずっと泣き続けているとお母様から連絡をいただいたからです。養親に会いますか?と尋ねました。会ってよろしくお願いしますと言ったら、気もすむかもと思ったからです。〇〇ご夫妻の優しい姿を見たら、安心するだろうと。そして、短い間ですが、ご夫妻と会って頂きました。〇〇さんは泣きましたが、「優しそう」とつぶやき、「よろしくお願いします」とご夫妻に握手をしてもらいました。そして、もう泣かないとも健気に言いました。それはかわいそうでしたが、それがこの子が幸せになる一番いいことだからと自分に言い聞かせていました。



ちなみに、〇〇さんは、〇月から高校の二年生として元気に通学しています。私も、退学を迫ることなく、今の状況を受け入れて下さった学校にはとても感謝しています。

なお、〇〇ちゃんの出生届は、私と〇〇さんの母親〇〇さんとで広島市〇区役所に提出に行きました。そして、その場で〇〇ちゃんの住民票は、〇〇の〇〇さんの住所に同居人として入れて頂くように手続きしました。

その後、〇〇さんとは主にラインで連絡をとりあっています。写真もたくさん送っていただいています。新生児の子育てはとても大変ではありますが、ご夫妻ともとても喜んで一生懸命に子育てをしていらっしゃいます。また、ご夫妻双方の親戚関係も赤ちゃんが来たことを皆さん祝福していらっしゃいます。

以下は、こちらからの問い合わせに〇月〇日に〇〇さんから頂いたメールの転載です。

「おはようございます。
子育ては順調です。今、ミルクを飲んだ所です。
今回、びっくりしたことがありました。それは、私が思った以上に主人が子どもが好きだったことに気付かされたことです。
仕事から帰って来たら、直ぐに〇〇の所へ、べったり離れず、寝ている〇〇にもやさしく話しかけています。とても微笑ましく、私は感謝と幸せを感じています。お世話も、家にいる時は全部自分がする勢いで、お風呂、ミルク、おむつ替えも積極的に手伝ってくれて助かっています。
親戚の方にも、お披露目して皆さんからも祝福され、3人で幸せいっぱいです。これから、産んで戴いたお母さんの思いも一緒に、〇〇をたくさん愛していきます。」

〇〇ちゃんは、きっと幸せにそだてて頂くことを確信しています。かくなる上は、一刻も早く、〇〇ちゃんが〇〇さんご夫妻の正式な子なりますように、審査、決定をよろしくお願いいたします。

なお、この特別養子縁組のお世話をすることに、私と〇〇さん、〇〇さん双方からの金銭の授受は全くありません。出産の費用は〇〇さんの扶養者であるお父さんの健康保険から直接病院に支払われました。赤ちゃんの入院の費用等は、国民健康保険の自費負担分について〇〇さんに直接病院に支払っていただきました。〇〇さんの教育入院、子育ての練習も、個室に入院の形でおこなわれましたので、その費用等、全て病院に直接払っていただきました。


 なお、(実母さん)とお母さんには、赤ちゃんを養子縁組にすることに異存はないかなどの調査があることは伝えています。

連絡先は以下のごとくです。


以下略します。」

記事の内容とは、まったく無関係です。名古屋で買った、東方神起のグッズです。手帳のように見えるのは、パスポート入れです。キーホルダーは、韓国語の教室の友人たちへのお土産です。ペンライトは、二本必要です。ホルターで東方神起のイニシャル「T」の字にします。真っ暗の中で、私も一つの赤い点になりました。

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名古屋ドームにて東方神起のコンサート

昨日は、日帰りで名古屋に行ってきました。朝10時に家を出て、夜11時半に帰ってきました。いえ、今回は仕事ではありません。純粋に一人での遊びというか、癒しというか・・。

実は、名古屋ドームでの東方神起のコンサートに一人で行ってきました。今回はドームツアーてしたので、広島には来てくれませんでした。福岡のヤフオクドームや大阪の京セラドームは、日程が合わず。仕方なく、遠いのですが名古屋まで行くことになりました。東方神起のコンサートに行くのは、まだ5人の時の2004年の6月。二人になってから2014年6月、その後二人とも兵役から帰ってきて2017年12月に福岡ドームへ。そして、2018年10月に広島で。今回5回目です。

名古屋ドームは、2年少し前にカープの試合を観にいったことがあります。その時、前夜に投げたにもにも関わらず、黒田さんが、もくもくと外野をランニングしていて、感激したものです。名古屋駅よりだいぶ遠いところにあります。

会場に入る前にグッズ売り場へ。トラック二台の写真です。ああ、やっぱりドキドキしますね。

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グッズは高価ですが、すごい勢いで売れています。

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買う物を買って会場に入ります。

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中は広く、高く、5階まであります。私は二階のスタンド席。写真禁止なので、始まる前だけ、まだ皆さん入り切っていないうちに。トイレも大行列でした。

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3万人ははいっているでしょう。これが、土・日・月の三日間、満員なのです・・。

コンサート、午後4時きっかりに始まりました。はじめと、途中、所どころで流される映像は、今回は全部英語で作られていました。子どもたちがバンドに興味を持ち、歌を作ったり、楽器の練習をしていたり。それを東方神起の二人が応援していたら、子どもたちの親が怒って連れ帰ります。残された二人の子どもたちだけで、演奏の練習を続けます。そして、ついに、舞台で公演・・多くの大人たちが聞きに来てくれて・・。

東方神起は、今回15周年です。その間に、とても大変な出来事があり、結局二人になりました。それらを彷彿とさせる映像でした。

変わらず、歌は力強く、ハーモニーも美しく、ダンスも本当にキレッキレで、何度か感涙でした。広大な会場を縦横無尽に動く舞台、二人が代わる代わる近くまで来てくれます。真っ暗な中で、聴衆が持つペンライトが揺れるさま、本当に写真に撮りたかった・・・ですが。

生演奏も、ダンスも、そして、たくさんのスタッフ、多くの方たちの尽力でこのコンサートが作られていることをまた、実感しました。

今日は、ちょっと感動を引きずって、まだボウッとしていますが、これからまだ続く講演の準備でこもります。また明日、名古屋の台湾ラーメンや帰りに苦労して買った駅弁のことなどを少し続けますね。

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釜山韓日親善協会名誉会長李鍾均先生の訃報です。

大切な人が次々と亡くなっていきます。昨日も、また大変お世話になった方の訃報が入りました。

釜山、韓日親善協会の前会長、名誉会長の李鍾均(イ・ジョンギュン)先生です。先生は、もともと外科医。大きな病院の経営者でもありました。先生は、2000年に釜山韓日親善協会の会長に就任されると、広島県のみならず、山口県、島根県他、姉妹都市の北海道、福岡、長崎などの各地の会に走り回って出席され、釜山で開かれる絵画、書道、以後などの交流会や親善訪問を積極的に受け入れられ、尽力してくださいました。

 私が初めて李先生にお会いしたのは、2009年。広島車いすダンスくらぶが釜山で公演をしたいというのを相談した広島の日韓親善協会の方が李先生に直接お会いする場を設けてくださり、車いすダンスクラブの方たちと一緒にお会いしました。当時、私はまだ韓国語の勉強を少しだけしかしていませんでしたが、はじめくらいはと、ノートに下書きをし、韓国語でご挨拶をしました。そのあと、流ちょうな日本語で話しは進みました。

2009年9月の釜山での公演は、1000人もの方たちが来てくださいました。とても立派なチラシも作ってくださり、情宣してくださったのでしょう。私たちが釜山港に着いた時、花束をもって、お迎えに来てくださいました。参加した全員が移っているのではありませんが、この写真に写っている方のうち、もう5人の方がお亡くなりになっています。李先生は、左から三番目に立っていらっしゃいます。

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ここから、貸し切りのバスで釜山の障がい者の施設に慰問に行きました。ここで、李先生が司会をされて、突然、私に挨拶をするようにと指名されたのです。びっくり。何にも考えていなかったので、戸惑いましたが、頭をフル回転させて、「私は広島で産婦人科の医師をしています。私は韓国が大好きです。今日、ここに来られて皆さんにお会いできて、とてもうれしいです。今日は、どうぞよろしくお願いします。」くらいのことを言いました。そしたら、先生が「それだけ?」と笑われて・・。

ここで、皆さん一緒に踊りましょうと声をかけると、子どもたちがみんな喜んで出てきて、踊りましたよ。

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李先生は、釜山でも人望が厚く、領事館の方たち、警察官、税務署、日本人学校の校長先生、小児科や泌尿器科のドクター、漢方医、銀行員、商社の社長、外食産業の経営者など、主に若い人たちとの会をされており、その夜、会を開いてくださいました。そこに広島の安藤会長と私が招かれて行きました。いろいろな職業の方たちと活発に話して、とても楽しかったのです。特に外務省の方たちと、在韓被爆者の方たちの話をしたのが、胸に残っています。被爆者の方たちに聞き取りをなさっていて、とてもかわいそうでと話していらっしゃいました。

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その会の後、二次会にカラオケに行きました。先生は歌がとてもお上手でした。

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これは、2012年10月、先生の卒寿のお祝いを広島のカキ船でした時の写真です。奥様と一緒に参加してくださいました。

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ほんとうに懐が深い方でした。あれだけ迷惑をおかけした韓国の方でありながら、日本人に対して、とても面倒見が良くとことんお世話をして下さいました。享年87歳。本当にありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。合掌。

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特別養子縁組・家庭裁判所の上申書②

一昨日の、家庭裁判所に提出した特別養子縁組の上申書の続きです。

「 〇〇さんから電話で特別養子縁組の養親の希望のご連絡があった時、一度、当方に患者さんとして受診して頂きたい旨お話しました。私は、特別養子縁組のあっせん事業者ではありますが、本業は医師であり日々の診療があります。自分の患者さんのうちで、困った状況にある人の赤ちゃんと実母のためにのみ斡旋をしていますので、全く宣伝もしていませんので、あまり知られてはいません。〇〇さんは、厚生労働省のサイトで当方のことを知られたそうです。
(個人のことが含まれますので、略します。以下、ところどころ省きます。)

(いろいろとご事情をお聞きした後)とにかく、一度、いらっしていただきたいとお話ししました。原則、養親希望の方には、患者さんとして来院していただいて、お話することにしていますので。



ご夫妻とがクリニックに来られ、受診されたのは、2018年〇月〇日でした。お二人には診察室でご事情を伺いました。

 ご夫妻は〇〇年に結婚され、子供がたくさんいる家庭を築きたいとの希望があったそうです。が、不妊治療を受けるも挙児に恵まれず、今後も妊娠は不可能との診断をされたそうです。そして、〇〇県の里親研修を受け、〇月に里親登録をしたそうです。


ご夫妻は、お二人ともやさしそうで穏やかで、また子ども好きであり、子どもの多い家庭を望んでいるので養子縁組を希望しているという事がよくわかりました。

 私は、順番を持って頂きたいこと、でも、その順番はいつ来るか全く分からない事。当クリニックでは、時々育てられない出産があるけれど、それはいつも突然のことで、予測はできない事をお話し、待って戴くことにしました。

まだ順番を待っている人もあるので、どこか他のあっせん事業者にも登録して、早い方にされたらとお勧めしました。(事業所によっては、同時のほかの事業所に登録するのを嫌がられるところもある様ですが、当方は、まったく困りません。早い方にお世話になったらいいと思っています。)

 私は、前述したようにあっせん事業をしていますが、本業の診療がありますし、宣伝はしていません。診療の中で出会った人だけにやむを得ずあっせんしていますし、経費は一切頂いていません。ですから、あまり知られることもなく、他の事業者よりは特別養子縁組の成立は少数と思います。

私としては養子縁組をするのにはこだわりがあります。

 やむを得ず育てられない出産をする人たちは、とても苦しみます。ほぼ100%の人が、何とか自分で育てたいと言います。では、何とか育てられる方法を一緒に考えましょうと。例えば、学生さんであれば、児相に相談して、学校に行っている間は施設にあずかって頂いて、時々会いに行って、そうして自活できるようになったら子どもを引き取るかとか。何とか、実母の両親と一緒に育ててもらえないかとか。それがどうしてもかなわない時に初めて、養子縁組についてお話します。

 それから、妊娠の相手の男性とはどうなのか、破綻しているのか否かも大切なことです。まだ付き合いが続いている間は、決して養子縁組をしてはなりません。もうずっと以前、もちろん私があっせんしたのではありませんが、養子縁組で子どもを手離した後、その二人が結婚して、子どもを返してと訴えたというニュースに接したことがあります。二人が続いている場合には、そのようなことも考えられますのでしてはなりません。

 それから、特に女性が若い場合、本人が自分で育てたいとの気持ちをもっていても、周りが強引に手放すことを勧める場合があります。これも、絶対にしてはいけません。生んだ本人の将来の立ち直りを考える時、本人が十分に時間をかけて冷静に考え、自ら結論を出すこと、それが何より重要と思っています。

そのような姿勢であっせんをしていますので、そう数もあるわけではありませんので、いつまで待って頂くかは、全く分からないと、その旨をお話しました。


この項、まだ続きます。

バンコクのジム・トンプソンの家に行ったとき、黄色の繭を煮て糸を取っていらっしゃいました。私は、繭というと白と思っていたので、びっくりしました。あとで調べると、食べる桑の葉によって、色のついた繭ができるという説と、遺伝子によるという説もあるのですね。ぴかぴかして、美しいです。

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千葉県、市川中学校の生徒さんに話をしました。

昨日は、市川市の市川中学校の1・2年生に話しに行ってきました。JR乗り継ぎとバスでたどり着いたのは、素晴らしく立派な学校でびっくり。校舎は広い空間も。4階までの吹き抜け。

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講演の会場はりっはーなステンドグラスや美術作品も展示されている国際会議場。同時通訳の部屋もあります。この会場は、卒業性の国枝さんの寄付で作られたと。すごい。体育館は別にありました。

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約700の椅子は、二学年でちょうどいっぱいです。

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しびれたのは、私の話の後、質疑応答の時。二年生の女性からの質問です。

「私の友人にもLBGTの人がいて相談されていろいろと調べたり勉強しています。先生の診られている患者さんで、印象に残っている症例などがありましたら、教えてください。」

これが、中学生の質問かとびっくりです。でも、基本、皆さんいろいろとその環境や状況によって、治療の望みも異なるので、それぞれの方たちにそれぞれの方法で寄り添います。で、高校生の時から訪ねてこられて治療したFTM.MTF両方の方のお話をしました。講演の中でも言いましたが、「自分一人で抱え込まないで。誰か一人でいい、相談できる人を探して打ち明けてほしい。そしたら、いろいろと道も開けていくから。」などとお話しました。

2時間余りの講演の後、図書室を見せて頂きました。蔵書12万冊。ここは朝7時から午後6時まで開いていると。

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大人用の雑誌も。

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複数の司書の方が忙しそうでした。司書室やカウンターも広い!!

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学校要覧のパンフを頂きました。中を見てまたびっくり。中高一貫ですが、昨年度の進学実績。

東京大学16人、京都大学7人などの国公立の合格者149人、医学部医学科が59人。難関私立、慶応大学85人、早稲田大学110人、東京理科大128人など。

そんな進学校で、中学に入学して早いうちに私の話を聞かせるという学校の方針に感激しました。進学校の性教育がなかなかはかどらない、何も性や人間関係を作るということを学ばないままに進学し、東京大学、慶応大学、千葉大医学部などのエリート校での集団レイプ事件などが起こるような状況を見て、心を痛めていました。被害者も、そして、加害者も自分の人生をゆがめてしまうという状況が現実にあります。

ここでは、中学からスマホの使用も認めているそうで、そこからの様々な情報を入れていることもありますし、知らないうちに、SNSの被害にあうこともあり得ることでしょう。今のうちから、しっかり知っていてほしいことを十分時間を頂いてお話しました。

市川学園の皆さん、勉強だけでなく、様々な部活も大変な実績を上げていると。とても充実した学生生活を送っている皆さん、幸せですね。そのような場を提供している学校の先生方、経営者の方々も尊敬します。そして、今回、私を呼んでくださり、生徒さんにお話しさせて頂いたこと、感謝申し上げます。

特別養子縁組については不定期になります。すみません。

 

 

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東京です。今日からしばらく「特別養子縁組」についてです。

おはようございます。東京です。

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昨夜、遅くに品川着。娘とホテルで会いました。インフルエンザでタイに一緒に行けなくって、残念。お土産を渡しました。中学の修学旅行でスキーに行き、帰りに高熱を出して以来の発熱でした。一人で年越しをしてかわいそうなことでした。でも、ちゃんと黒豆やカズノコを買ってきて食べたと。高熱でカロリーをどんどん消化するので、おなかがすいてよく食べて、インフル太りしたというので、笑いました。

ホテルのファミレスでは、ステーキを食べたいと言い、オーダーしましたが、それが固くてぱさぱさのお肉で、ほんとうにがっかりしていました。私は、タイで少しだけ太ったので、サラダとオニオングラタンスープ。

 今朝、お風呂で体重を図ると、久々に何か月ぶりかの数字に戻っていて、やったね、と一人ガッツです。このホテルには、4階にスーパー銭湯があり、500円で入れます。(以前は400円でしたが)ゆっくりと露天にも入って一息ついています。

今日は、ここをチェックアウトした後、ブランチを食べて千葉に向かいます。市川市の中学校で1.2年生にお話しをします。そして今日中に新幹線で広島に帰ります。

今月は広島市内だけでなく、まだ堺や甲府などでの講演がぎちぎち入っていて、その準備にも取り組まなければなりません。テーマもそれぞれ違うので、気合を入れて準備します。

実は、年末に、ある家庭裁判所に特別養子縁組の申立書を提出するための上申書を書きました。その一部、特別養子縁組について私の立場を書いていますので、ここに一部、転載しますね。このようなことが、この日本の中であるのだということを知っていただきたい、そして、性教育の必要性もわかっていただければと思います。特別養子縁組のお世話をするときには、私はいつもこのような上申書を提出いたします。以下、私の書いたものの転載です。もちろん、個人情報は省いたり、伏せたりいたします。

私は、広島市中区紙屋町にて医療法人河野産婦人科クリニックを開業しています。

1972年に広島大学医学部医学科を卒業し、同年医師免許取得、広島大学医学部産科婦人科学教室・土谷総合病院などの勤務医を経て、1990年に当地に開業しています。開業以前の勤務医の頃から、まだ女性の産婦人科医が少なく、女医を求めてか若い人の受診が多く対応に苦慮することもしばしばでした。そのような中で、性教育の必要性を痛感し、診療と並行して、講演や本の出版もしてまいりました。

 それらにより、さらに若い人の受診が増えました。受診する若い人の中には、望まない妊娠をし、だれにも相談できず一人悩んでいる内に、中絶の時期を失するという人もあります。中には、出産しなければならない、でも育てることも不可能という事もあります。

 一方で、不妊で挙児を望み、いろいろと治療をしても、どうしても妊娠がかなわなかった、でも、子育てをしたいという方も患者さんとしていらっしゃいます。

 その間を取り持って、特別養子縁組のお世話をすることもしてまいりました。私は、以前から厚生労働省への届け出をしている特別養子縁組あっせん事業者であり、制度が変わって許可制となっても、2018年12月4日付で広島市から特別養子縁組あっせん事業者の許可が出ています。

この度の、〇〇さんご夫妻と〇〇ちゃんの特別養子縁組の申請につき、あっせんをした者として、その経緯のお話をします。」


以下、続きます。


 

 

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飛行機内での映画三昧と機内食

羽田からバンコクの飛行機は日本航空。6時間50分もの間どう過ごすか、iPadに本を入れておいて、それを読もうとしましたが、一人ずつの座席にテレビが設置されていて、それで自由に映画やテレビ番組を録画したものがみられました。映画も、最新作がずらり。

いろいろと見ましたが、久々に映画で泣いてしまったのも。

なかでも、「ピーナッツバター・ファルコン」は、2019年8月に上映公開されたアメリカの作品。ダウン症で施設で暮らす青年の夢は、プロレス。ファンのとても強いプロレスラーが主催する養成学校に入ること。ある日、施設を脱走。不運でならずもので、大切な漁師のものを盗んで人に追われる男性と出会い、夢を実現させるべく共に旅をする、その物語です。ダウン所の青年の演技も素晴らしく、ほんとうにハラハラドキドキしながら、熱中して見てしまいました。

 もう一本は、「運び屋」。クリント・イーストウッド監督・主演の渋い映画でした。ユリを栽培し、新種をいくつも作り出しては表彰され続け、仕事ばかりに熱中して家族を帰り見ず、経済的にも行き詰った男性が、ひょんなことから麻薬の運び屋になります。誰も,90歳の老人が車で大量の麻薬を運ぶなどと考えず、だから、必死の捜索をかいくぐって運び続けます。警察と麻薬の犯罪組織両方から、追う者と追われる者のストーリーだけでなく、家族の愛に泣かせられました。見ごたえがありました。

 もう一つ。「最高の人生の見つけ方」。吉永小百合と天海祐希の二人の主催で日本でヒットした映画、これはアメリカ映画のリメイクなのですが、それも、それからその元になったアメリカのジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの主演の映画、両方ありましたので、元のアメリカ映画方を見ました。がんで死を宣告された二人が、死ぬまでにしたいことを全部しようではないかと。様々な冒険をします。それは、楽しく、悲しく・・。

こんなにまとめて映画を見ることができるなんて、ほんとうに贅沢な時間を過ごせたと、大満足でした。

機内食もなかなかでしたよ。行きは、私はタイのイエローカレーを、姉はすき焼き丼を選びました。帰りは、私は焼きそばを、姉はやはりお肉を選びました。行きも帰りも、そのあとにハーゲンダッツのアイスクリーム、しばらくして、菓子パンと飲み物も出ましたよ。

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孫には、子ども用。事前にアンケートがあって、子ども用と頼んでありましたので。いろいろと心遣いがきめ細かで、楽しい旅を飽くことなく過ごすことができ、感謝です。

さて、長々と続けましだか、これでタイの報告は終わります。読んでいただいてありがとうございました。

今日は、診療後東京に向かいます。明日、千葉の市川市の中学1.2年生に性教育のお話をします。今、中学生に知っていてほしいことを凝縮してしっかり話すつもりです。中学生だけでなく、性教育に携わる方たちにも聞いて頂きたいなあと思っています。

 

 

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バンコクの花、蘭が一杯でした。

いつまでもバンコクの話が続きますが。タイは、さすがに南国。至るところに花・それもランがあふれてています。まず空港で預けた荷物を取るところ。こんなところに花が飾ってあるのを見たのは初めてです。

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ホテルに入るとすぐのところ。つい手で触って本物だ!と。

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入口から出て、船着き場に行く途中の道にも、ラン。

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プールの入口には池があってそこにはいろいろな色のスイレンが咲いています。

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そのプール。孫が泳ぐのをのんびり見ていて。

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体が冷えたので、一休み。私も幸せなひと時でした。

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そういえば、スマホはやはり街中でも電車の中でも皆さん日本並みですが。このプールサイドでのんびりしている殆どの白人は、スマホではなく本を読んでいました。

帰る日の朝ごはんはまだ暗くイルミネーションが灯っている中で。

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とてもいいホテルでしたが、何しろ、バンコクのどこにもトイレにウォシュレットがありませんでした。これは情けないですね。水道の蛇口をひねるといつでも水が飲めて、トイレではウォシュレットがあるという、日本は改めてありがたいことだと思いました。

往復はJALでしたが、行きは広島空港で荷物は一気にバンコクまで運ばれると。帰りは、羽田でいったん荷物を取って、また広島便で預ける必要がありました。年始の混む中で、時間がかかって大変でした。

もう一度、明日に続きます。バンコクのことではなく、飛行機、機内食や映画についてご報告です。

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バンコクでニューハーフショーを観る

タイに行ってから、姉が「ニューハーフショー」を見てみたいといいました。言い出しっぺは姉です。息子が、それならと、アジアティークにあると。そこに食事に行ったときに予約をしました。こどもは何歳?7歳と言うと大人と同じ入場料だそうです。こどもは入ってはいけないとは言われませんでした。食事がついたのとか、伝統舞踊も一緒のとか、いろいろとあるけれど、シンプルなのを選びました。当日は、予約もしているし、のんびりと、会場の15分前に行くと、すさまじいことになっていました。入口の前の通りは、ギュウギュウ詰めの大混乱。すごい人です。実は、バンコクについてから、ホテルでもモールでも、ほとんど日本語を聞くことはなかったのですが、ここでは日本語がずいぶんと飛び交っていました。

会場に入ると、こんな雰囲気。私たちもテーブル席に案内され、そこで好みのドリンクが一杯ずつ提供されました。

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そのうち、会場は超満員です。定員は550人ほど。

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ショーは立派なものでした。美しい人たちが入れ替わり立ち代わり、歌も踊りもとても高度でそれはそれは、宝塚の舞台を見ているようでしたよ。

昔、広島でも、ラブちゃんがやっていたショーが、それは楽しくって、よく行っていました。ラブちゃんとは彼がまだ18歳の時からの約40年の付き合いです。まだそのころは、日本では性別的合手術などは許されておらず、手術はしなくとも、女性になった人たちがそれは美しいショーを展開していました。中には、フィリピンから来た人たちで、手術もしている人もいましたが。私の患者さんでも、性別的合手術をタイで受けている人もたくさんいて、本場のニューハーフの人たちのことにとても興味はありました。

 でも、孫も一緒です。ママが、孫にニューハーフのことをどう説明しようかと困ってしまってと言いました。でも、ママなりの一通りの説明をしたと。その説明を聞いて、私が補充です。体は男に生まれても、私は女だと思う人がいてね、それはとてもつらいことなのよね。だから、その人たちは治療をして、女の体になるのと。ばあばは、そんな人たちの治療もしているよ、と。そしたら、「こんなのはどう?体は女の人で男になるっていうのはないの?」と。「いるよ。体は女の人が男になるのも、治療しているよ」と。そうなんだ、両方あるんだと納得したようですが。でも、表の看板を見て「女としか思えん」といいます。それは、元は男の人だったけど、もう女の人になっているんだからと説明しました。

GID、性同一性障害の人は、早くから自分のからだに違和感を持ち、広島でも、小学校に入学するときから、別の性で入学したいという人のことを複数知っています。そのような場合、学校としてそれをきちんと受け入れと頂かないといけません。その受け入れは、回りの子どもたちにもちゃんと説明して受け入れるようにということも含みます。私は、もう、孫も一年生だから、そういう人もいるよということを知らせたほうがいいと思いました。ママとばあばの説明で分かったのかどうなのか、孫も、くいいる様に見ておりました。

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露出はさほどではなく、宝塚のラインダンスくらいまでです。それくらいなら、この頃は陸上の選手でも、そんな恰好で走っていますので、全然違和感はありません。ただただ洗練されて、美しい。相当な訓練でしょう。中には日本舞踊(これはコミカルにしていました)、韓国の扇の舞なども。それから、「私は正しい」「あなたが間違っている」というようなプラカードをいろいな言語でもっているシーンや、「自由って何?」とか、今の軍事政権に対してのデモンストレーション?と思わせるシーンもありました。

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夢のようなショーが終わると、通路では、出演者の人たちと写真をと撮ってもいいと。その時には、100バーツ(約400円)のチップを渡します。撮影は大人気です。姉母娘です。

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このショーが始まって30周年なのだそう。その看板の前で。孫が不思議そうに見ています。「おっぱいにボール入れてるの」と。

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以上、本場タイでのニューハーフショーでした。ただ、ニューハーフという言葉は、日本で作られた言葉。タイでは、ニューハーフでは通じません。それから、ほとんどの性別変更した人は、ふつうの職場で普通に仕事をして、ふつうに生活しています。その人たちの中で、ショーや踊りに興味のある人がこうして訓練して、ショーをしているのだということも当たり前ですが、付け加えておきますね。

 

 

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無事帰りました。今日は、タイのグルメの話です。

昨夜11時頃無事広島に帰りました。楽しかった冬休みも終わりです。今日は、洗濯したり(何しろ夏物が汗まみれです)お土産物を整理したり、写真を見て、もう、また行きたいと思ったりしています。明日から仕事ですのでいつまでも引きずらないように、切り替えます。

そりにしても、よかったなあ。今日は、ちっょとグルメの報告を。タイといえば、やはりタイ料理ですが、日ごろ広島でいただいているのとは段違いに、その豊富なこと。麺もカレーもたくさんいただきました。それに、やはり他のアジアの国々と同じように、屋台文化。アジアテクーという遊園地や屋台やシアターなどがあるところに三晩連続で行きましたよ。初日以外はここでいつも晩御飯でした。ほんとうにたくさんのお店にたくさんの人、人。

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まあ、おっきな魚を焼いているなあと思って、回って顔を見ると、びっくりワニでした。

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お寺に行った日の晩御飯はシーフードのお店。これが大当たりというか、超豪華でしたよ。いけすにたくさんのカニやエビや、貝などが。

そこでの注文も全部息子任せで。

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カニも手長エビも。

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店の男性二人で手際よく食べやすくしてくれます。

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こんな風に。

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エビは、タイ風のソースをつけて食べますが、私は、せっかくのおっきなエビは塩焼きがいいので、お塩がありませんかと聞くと、ちゃんと持ってきてくれました。その上これもと、お醤油まで。

また、果物も豊富で。ホテルの部屋には毎日ドラゴンフルーツとミカンが補充されていました。私はドリアンが食べたくて。そしたら、ドリアン専門のお店もあって、そのお店で食べることができました。他のみなんなは臭くて食べれないといいますが、よく熟れたドリアンは、あまーいにおいで、全然食べにくくありません。一口ずつみんなが食べて、私は独占。孫も、まあまあといいました。あれっ、なんか口についてる、まさかよだれではないですよね。ほんとうに美味でした。昔シンガポールで食べて以来のおいしさでした。私、フリーズドライのドリアンを買って帰りました。それもそのままのおいしさでした。

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ココナッツはどこのお店にも、この中の白い果実がおいしい。醤油がないので、ナンプラーをつけて食べました。

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マンゴーもたくさんのマンゴーのお店が。なぜか、マンゴーには、もち米が添えられています。もち米の上に練乳がかけてありました。

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最終の夜には、同じアジアティクーの中の高級タイ料理店。ここでは青パパイヤのサラダがとても美味でした。それと、ここのトムヤンクンはココナッツが濃くて、柔らかい味でした。今回あちこちのトムヤンクンを頂きましたが、やはりここが最高のお味でした。

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前菜も飾りつけが凝っていました。

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タイは一年中気候も良くって、豊かな土地なのですね。

そうそう、タイは仏教国ですが、それでも、そのほかの宗教には寛大なのでしょう。ホテルの近くでも、大きな拡声器でコーランが流れていましたよ。

明日、もう少し、タイのお話をさせてくださいね。ニューハーフショーのこととか。

 

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タイシルク、ジム・トンプソンの家

1月3日。タイ滞在四日目は、午前中は息子一家はプールで泳いだりして、そのあとみんなでお出かけ。やはりホテルから船で出て、今度は船着き場から電車に乗り、「ジム・トンプソンの家」に行きました。

ジム・トンプソンは、タイシルクを育て、世界にその名を広めた人です。1906年生まれのもともとはアメリカ人の建築家でした。第二次世界大戦で軍人としてタイに派遣され、終戦を迎えます。その後もタイ・バンコクに居続けました。彼は、それまでタイの家内工業であったシルクの手織りに興味を持ち、デザイナーとしてそして染色家としてその普及に没頭、プリント模様のシルクを生み出しました。

ジム・トンプソンの家は、タイのチーク材で作られた100年から200年以上たった古い家6軒を集めて作られました。裏は川が流れていて、そこに今も、行っているときも船が通っていました。その向こう側にはイスラムの人たちが住んでおり、そのイスラムの人たちにも絹の手織りを教えたそうです。今も、おそらくイスラムの人たちがい続けているのでしょう、コーランが流れてきましたので。

この家には、タイだけでなく、アジアの様々な骨とう品が集められていました。私たちは、日本人向けのガイドさんの話を聞きました。途中からすべてのバッグもカメラもロッカーに預けさせられました。だから、中の写真はありません。で、彼はこの家で絹のチェックなどの仕事も生活もしていました。

家のついてすぐのところには女性がまゆを煮て、糸を取っています。

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別の女性が糸を紡いでいます。これらが孫はとても興味があるようで、座り込んでみていました。

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日本語のガイドさんです。まだガイドを初めて間がないそうで、たどたどしくも、一所懸命教えてくれましたよ。

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家の裏を流れている川です。ここの渡し船で絹を受け取ったそうです。

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そのジム・トンプソンは1967年、マレーシアに行っていて、謎の失踪。それっきり、今も手掛かりもないそうです。今、この家は民間の博物館として、友人たちの手で運営され、その収益金は(入場料は高価です)バンコクの盲学校のために使われているそうです。

その後、息子一家と分かれた私と姉母娘はやっぱり、帰りの列車を乗り間違えて、戻って乗り直し。でも、なんとか無事に船着き場まで行き、船に乗ってホテルに帰りつきました。着く直前の船から見た風景です。この船にはすっかりお世話になりました。

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そうそう、タイシルクはとても高価で、ブラウスの一枚も買いたいと思って行きましたがその値を見てすっかり戸惑って。結局、記念に私のショールと夫のネクタイとハンカチを買いました。

明日、ではない、もう今日でした、朝早くに空港に行き、今日中に広島に帰ります。多分、夜遅くになるでしょう。


 


 


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バンコク3日目、お寺巡りです。

バンコク4日目です。まったくテレビは見ないし(いつもなら、広告が明けまして「おめでとうございます」と言ったり、ニュースでどこの初もうで客が何人だったとか、皇居がどうとか、それにお雑煮やお節も食べたりするのですが、それらが全くなくって、お正月という気分はありません。

そういえば、孫にお年玉を渡すのも忘れています!!これはいけない、今日渡しましょう。

バンコク3日目の昨日は、お寺で超国宝のエメラルドブッダを見たり、旧王宮を見たり、そして、46メートルという巨大な寝釈迦仏を見たり、そして孫のプールをのんびり眺めたり、昨日は足マッサージをしてもらったり。夜は、カニやエビなどの海鮮料理。そのあとはニューハーフショーを見に行ったり。なんともまた充実しておりました。

しかし、すごい人。そのうえ暑くてすっかり陽に焼けてしまいました。

寺院に行くには、ホテルから無料の船。中継所で今度は有料の公共船に乗ります。一人約80円。面白いのは、従業員が笛で船長(?)さんに知らせること。鳥が鳴くように「この停留所?には降りる人はいません」とか、「みんな降りました。これから乗ります」とか、「完了、出発O.K.」とかなのでしょう。

寺院の豪華さには、圧倒されました。

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象が守っていたり、みんなでヨッコラショと重い塔を支えていたり。

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エメラルドブッダ内は撮影禁止なので、残念。多くの人がお供えをして、お参りをしています。これは、タイの人だけが許されると。私たちは、立ったまま、手を合わせました。

真剣にお参りしている孫は、何をお願いしたの?に、クリスマスでもらったボール状のゲーム?とても難しいのですが、それをクリアできますように、と祈ったのだそうです。

お寺のすぐそばに旧王宮があります。すぐそばなんだと言ったら、息子が王様のお寺みたいなものだからねと。そっか。

旧王宮です。庭も含めて、敷地も巨大。

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もう、暑くて暑くて、足もしんどくて、ジュースを飲みながら少し休憩後、寝釈迦仏のお寺まで歩いていたら、孫がトイレと。で、息子がトゥクトゥクを停めました。そしたら、その運転手さん、6人、みんな乗れ!!と。ええっ?三人ずつ二台のつもりが、なんと。みんなでひゃーひゃー笑いながら、くっつきもっつきで乗りました。ふと後ろを見ると、むくつけき男たちがこれもギューギューで足なんぞがはみ出したりして乗っていましたよ。

寝釈迦仏は、写真O.K.でした。とにかく巨大。やさしいお顔。

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これは、足の裏です。すごい螺鈿でした。

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今度は、延々と行列を待って、渡し船に乗り(これは一人16円)、別のお寺に行きましたが、ここはもうくたびれて、外観だけ。

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それにしても、仏教国タイのお寺にはほんとうに驚きましたし、多くの人々のお参りする姿にも、なるほどと思わされました。

また、明日に続きますね。

 

 

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バンコク二日目です。

バンコクでとても楽しく過ごしています。何が楽しいかって。まず、交通です。船とトゥクトゥク。ホテルは川に面していて、船がメインの交通手段です。

ホテル二日目の朝ごはん。川を見ながら外でいただきました。

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出かける時はこんな道を通って、船着き場に行きます。鳥たちが聞いたこともない声で鳴いています。

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この船がホテルの船。もちろん無料です。途中で乗り換えて、新しいモールに行きました。そのお店の船ですので、これも無料です。時々、しぶきがかかります。川が生活の手段になっているのでしょう。

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ショッピングモールは、ブランドものから伝統的もの、民芸品など、それに屋台風から高級レストランまでたくさんのお店があります。上から見たところです。

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息子たちは、タイに詳しく、それにグルメで、今度の食事はどのお店で何を食べるということもきちんと調べていて、すべてお任せです。

お昼ご飯はこのモールのこんなお店で、こんな物を食べました。おっきなエビ。卵に包まれた中には、焼きそば風のパスタです。これにピーナッツの粉や好みで唐辛子の粉とかナンプラーをかけていただきます。野菜は焼きそばに混ぜたり、手づかみでも。エビも手づかみでワイルドです。

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ホテルに帰って、お昼は孫がプール。それをうとうととしながらのんびり眺めたり、そして、タイマッサージへ。90分しっかりマッサージしてもらって、日本円で約1800円。安いし上手で大満足です。

そのあと、お出かけは今度はトゥクトゥクという三輪車のタクシーで。バイクの感覚でぶっ飛ばします。風がとても気持ちいい。

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また続きますね。

 

 

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明けましておめでとうございます。

皆様、あけましておめでとうございます。タイ、バンコクの夜明けです。昨日、羽田から6時間50分のフライトで無事やってきました。日本より2時間遅く新年が明けました。ホテルは大きな川沿いの31階です。外は暑くて、Tシャツ一枚でも汗が出ます。ホテルの中は冷房で寒いほどだし、調節がなかなかです。

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昨夜は、新年が明けると同時にドーンと大きな花火が上がり、くぎ付けで見続けました。

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息子夫妻はタイにとても詳しくて、空港にはジャンボタクシーを予約していてくれたし、ホテルの予約も近くのタイ料理のお店も全部予約していてくれました。私たちはついていくだけです。

部屋は娘がこれなくなったので、こんな広い部屋に私一人です。なんか落ち着かなくって、花火の興奮もあって、眠れませんでした。ウェルカムフルーツと、ウェルカムの手紙とともに象さんのプレゼントがおいてありました。

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今日は、仏像を見にお寺に行くのかと思ったら、お寺のほとんどは1月1日はお休みなのだそうです。どこに行くのか息子たち任せです。ホテルから街中に行くのには、この川を船で行くのだそうです。

ゆっくりのんびりしながら、いろいろと考えようと思います。

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