広島車いすダンスくらぶ・仲井さん
昨日は、悲しい一日でした。
ドックに行こうとした早朝、お知らせがありました。
広島車いすダンスくらぶの代表、仲井サカエさんが亡くなったと。
かねてから、病気療養中ということは存じていました。なかなか大変な状況であることも。でも。
昨日、広島車いすダンスの方たちとお宅に行きました。仲井さんは、安らかに眠っておられました。「先生、お疲れ様でした」「つらかったですね。」「もっと生きてて欲しかった」みんなで涙ながらに呼びかけました。
お葬式は、明日11時から、無宗教で「お別れの会」として行われます。私は診療があって行けないので。お宅に行かせていただいたのです。
仲井さん、車いすダンスの方たちとのお付き合いは、11年前から。障がい者福祉センターでダンスの練習をなさっている所に、私が訪ねて行きました。車いすを自在に扱って、くるくると回る姿に本当に驚いて。
仲井さんたちは、1997年4月に「車いすダンスを通じて、バリアフリーな社会を目指す」としてくらぶを設立されました。以来、県民文化センターでの毎年の「魂のパフォーマンス」、フラワーフェスティバルの出演、施設への訪問、カナダやアメリカ、中国、韓国等、11回を超える海外での親善公演、災害後の石巻への復興支援公演などなど、限りなく、精いっぱいの活躍をしてこられました。それは、ほんとうに沢山の方たちに感動と力を持っていただいたと思います。
仲井さんたちは、1997年4月に「車いすダンスを通じて、バリアフリーな社会を目指す」としてくらぶを設立されました。以来、県民文化センターでの毎年の「魂のパフォーマンス」、フラワーフェスティバルの出演、施設への訪問、カナダやアメリカ、中国、韓国等、11回を超える海外での親善公演、災害後の石巻への復興支援公演などなど、限りなく、精いっぱいの活躍をしてこられました。それは、ほんとうに沢山の方たちに感動と力を持っていただいたと思います。
今、まだ呆然としていますが。少し、私がご一緒した時の写真で振り返ってみたいと思います。
2009年、韓国釜山に行きました。そこで、施設の訪問、広い会場での公演等をこなされました。大変な荷物を持っての移動は過酷でした。仲井さんは左から2人目で、花束を持っていらっしゃいます。
2009年、韓国釜山に行きました。そこで、施設の訪問、広い会場での公演等をこなされました。大変な荷物を持っての移動は過酷でした。仲井さんは左から2人目で、花束を持っていらっしゃいます。

施設に行ったとき。
皆さんの前で踊った後、子どもたちもみんなが前に出て来て、会場中一杯にみんなで踊りました。
広い会場での公演も大盛況でした。仲井さんは、みんなの指示等大変でしたが、舞台にも立たれていました。右から2人目です。
仲井サカエさんについて、もう少し続けますね。
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