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2018年8月6日⑧高校生の陳述

8.6ヒロシマ平和の夕べでは、福島から広島に避難している「福島原発ひろしま訴訟」原告団団長の渡部美和さんが福島からの報告をして下さいました。彼女は、広島の原爆被爆三世。31歳の時に福島に移住していました。今は、家族と共に広島で生活しています。が、その壮絶な訴えに、みんな声もなく胸が痛く、どうしたらいいのか、どう支援したらいいのか、頭を抱えました。美和さんの生活なのか裁判なのか何なのか、何とかしなければなりません。詳細は、その場にいた人が聴くだけで、書面にすることはできません。でも、本当に何とかしなければ、なのです。また、この場でみなさんにお願いすることがあるかもしれません。その際には宜しくお願いします。

そして。2年前の8.6ヒロシマ平和の夕べで森松明希子さんと共に語ってくれた中学生の男の子が、今年も参加してくれていました。今は高校生。交流会にも出てくれていたので、皆さんに紹介しました。そしたら、東京での裁判で、彼が陳述をしたのだと。その原稿を読んでくれました。それは、胸を打つ陳述なので、その原稿をもらって帰りました。ここに、また転載しますね。

『    意見陳述要旨

              2017(平成年29)年10月25日

東京地方裁判所民事50部合は係  御中

1 いわきでの生活

 僕は、福島県いわき市で生まれ、両親と5歳離れた弟と共に生活していました。

当時は、春になればテレビで何度も紹介されるくらい桜並木の有名な「夜の森公園」でお花見をし、夏は潮干狩りに行き、秋はきのこ狩りをして、冬は雪だるまを作る。高遠学校の帰りの通学路でツクシをたくさん採って帰って、お母さんに作ってもらう土筆の佃煮が好きでした。家も庭も広く、ブルーベリーやしいたけ、プチトマト等は庭で収穫できました。学校では友達と昆虫を見つけたり、泥団子を作ったりして遊んでいました。

2 事故が起きた後の生活

しかし、2011年3月11日を境に、このような生活は全てなくなってしまいました。夜の森公園は今も帰還困難区域だし、放射能だらけの泥で泥団子は作れません。

しかし、何より一番つらかったのが、転校先でのいじめです。

 図工の時間に作った作品に悪口を書かれていたり、菌扱いされたりしてきました。そのようなことが続き、できることなら死んでしまいたいといつも思うようになりました。小学校3年生か4年生の時にはは、七夕の短冊に「天国に行きたい」と書いたこともありました。

たぶん、避難者についてよく知らされていない人の目には、福島から来た避難者は家が壊れていないのだから何も被害はなかったのに多額の賠償金だけもらって、しかも東京の避難所にただで住んでいる「ずるい人たち」とうつるのでしょう。本当は、東京電力や国が、放射能汚染の恐ろしさや僕たち家族のような区域外避難者にはほとんど賠償金を払っていないことなど、正しい情報をみんなに伝えてくれていれば、こんな勘違いは起きなかったと思います。

実際、中学生になって今までの学校と全く関係のない学校に進学して、ずっと自分が避難者ということを隠していますが、いじめは起きていません。

3 大人に責任をとってほしいこと

原発によって儲かったのは大人、原発を作ったのも大人だし、原発事故を起こした原因も大人。しかし、学校でいじめられるのも、」「将来病気になるかも・・・」と不安に思いながら生きるのも、家族が離れ離れになるのも僕たち子どもです。

原発事故が起きてしまった今、本当は誰も安全なんて言えないはずだし、実際、誰も僕に「君は病気にならないよ」とは言ってくれません。なのに、東京電力や国の大人たちは「あなたの地域はもう大丈夫ですので安心してください」と言って、危険があるところへ戻らせています。でも、僕たちが大人になって病気になるかもしれない頃には、僕たちを無理やり危険な場所へ戻らせた大人たちは死んでしまっていて、もういない。そんなのひどくないですか?

僕たちはこれから、大人の出した汚染物質とともに、生きることになるのです。その責任を取らずに先に死んでしまうなんて、あまりに無責任だと僕は思います。せめて生きているうちに、自分たちが行ったこと、自分たちが儲けて汚したものの責任をきちんと取っていって欲しいです。

そして、今は、「(放射能)汚染した場所に戻りたくない」と思っている僕たちを無理やり)放射能)汚染している場所に戻らせることは絶対にやめて欲しいです。

僕、父、母と弟はもちろん、避難者はみんな原発事故が起きてから、生活、人生も変えさせられてしまいました。誰も望んだことではありません。避難者は、みんな同じです。東京電力と国には責任をとってもらいたいと思います。裁判所は、僕たち子どもたち、そして、全ての避難者の声に耳を傾けて下さい。
                                 以上  』


やはり交流会での写真です。国連でスピーチをしたときに、この姿で街を歩くと、皆さんが何だ何だと興味をもって寄って来てくれたのだそうです。


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