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韓国語の教室の新年会でした。

昨日は、今年度初めての韓国語の教室。新年会をすることに前から計画しておりました。早くに教室を終えて行ったのはここ。

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中の棚の国際ホテルの向い側、サバのお店の隣、ナカノターナーズの食べ放題飲み放題のコースを予約していました。お店はお客さんでいっぱいでした。

お肉・ステーキを初めとして何でも食べ放題。まずスパークリングワインで乾杯して、その後は、怒涛のごとく食べました。サラダ、ローストビーフ、エビの何とか。

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熟成肉のステーキ、ターナーズステーキこれらはお替わりもしました。

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ニョッキにはゴルゴンゾーラと蜂蜜がかけてありました。美味。そしてカマンベールチーズの蒸し焼き.表面がカリカリ、これにも蜂蜜が使ってありました。

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まだまだ、ガーリックチャーハン、パスタ、そしてデザートも二種。まあ、よく食べましたよ。

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ほぼ食べつくして、記念写真です。とても楽しい仲間です。

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新年を迎え、私は遅刻しないことを宣言しました。毎週月曜日、いつも患者さんが多くて、なかなか間に合わないのです。でも、こんどから工夫をして、間に合うように行って、しっかり勉強しようと思います。と言いました。

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性教協中国ブロックセミナーでの針間先生のお話。

昨日は、山口県徳山市での性教協中国ブロックのセミナーでした。午前中は三つの分科会。私たちはその一つで「多様な性の基本のき~きめ細かな対応のために~」をスクールカウンセラーの中島さん、小学校理科教師の城さん、そして私の三人で行いました。この三人の組み合わせでは三回目です。前回は昨年夏、性教協の全国大会の分科会で行いました。それから、三人とも少しずつバージョンアップして楽しくすることができました。

午後は、東京、お茶の水のはりまメンタルクリニックの針間克己先生のお話、「一人ひとりの性を大切にして生きる~多様なセクシュアリティへの理解と対応~」を聞きました。配布されたプログラムでは次のように紹介してあります。

『宇部市出身。「性同一性障害の性別の取り扱いの特例に関する法律」の立法に際して国会議員の勉強会の講師を務められた医学博士です。「一人ひとりの性を大切にして生きる-
インターセックス。姓同一性紹介、同性愛、性暴力への視点」をはじめ多くの著書があります。』
それはそれは楽しく有益なお話でした。

例えば、Sexualityや性別、性自認、性指向などの語源など、これまで考えてもみなかったことを教えて頂きました。歴史から来ているこれらのことばの考察、楽しいですねえ。もっと、レズビアンの語源、ゲイの語源も。ギリシャの女流詩人サッフォーは女性同士の恋愛の詩を書いたと。レスボス島を舞台にした恋愛であったと。その島から来ているが、今、レスボス島を検索すると、トルコのすぐ先にあり、イスラムから見てはじめてのEUであり、多くの難民が押し寄せた島であると。その島に難民が押し寄せたことは知っってはいても、それがレズビアンの語源となった島であるなんて、全く知りませんでしたよ。


それから、ゲイやバイセクシャルの芸能人の話とか。日本での当事者や世界での同性愛の人たちの歴史や頑張りとか。


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うんちくがあって、私たちの視野をうんと広げて頂きました。

いくつか、印象に残ったことを。ランダムですみません。

なぜジャンヌダルクが処刑されたかとか。なぜドイツナチスは同性愛の人たちをホロコーストで殺害したかとか。

日本が性同一性障害の人達の戸籍の変更が可能である法律ができた2003年。イギリスでは、世界で初めて手術をしなくとも性が変更できるようになったこと。

日本では、2016年までに6906人が戸籍の変更をしたと。

それから、思春期の性別違和について。

1.思春期は性別違和が強い/強まる時期である。
2.思春期は性別違和が不確実/不確定な可能性がある。
3.よって、その対応には一層の考慮を要する。

それから、子どもの性同一性障害について

・大人の性同一性障害は子どものころから、と振り返る。
・しかし、子どもの性同一性障害がすべて、大人の性同一性障害になるわけではない。
・違和感がなくなる場合や、同性愛になる場合も。

大切なのは、見守ること。受け入れること。知識を伝えること。よりよい自己決定の援助であること。

目標は、自己肯定感の向上であり、QOLの向上であること。

これらの事をこころして今後の診療に当たりたいと思います。針間先生と、山口のスタッフの皆様に感謝します。

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出雲一泊二日の旅⑤

おはようございます。山口県徳山です。大分に行くとき、時間が合えば、この徳山から大分の国東半島竹田津に着くフェリーに乗ります。その海が左に見えます。


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度々来る徳山ですが、泊まるのはめったにありません。昨夜、結局新幹線で来ました。のぞみで21分。なんと速いことよ、いつも車で一生懸命来るのは何なのかと思いました。そして、徳山市内での懇親会に出ました。久しぶりに会う方たちと楽しくおいしくおしゃべりをしました。今日は、性教協中国ブロックのセミナーです。10時から、広島サークルとして、城さんの小学校での授業、中島さんのカウンセラーが行う高校の教師対象の職員研修、そして私からは臨床の場からの報告、三人でLGBTについての研修をします。準備、ばっちりです。

出雲での最終の報告です。堀川めぐりの船を降りて、歩いて出雲そばを食べに行きました。途中、こんなお家がありました。

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うーん、県庁所在地に原発があるのは島根だけです。『事故の時、「安定ヨウ素剤」は県庁にて入手可!』と書いてあります。これをいつも目にしながらの日常なのですね。

お蕎麦屋さんでは、それぞれが好きなお蕎麦と、他に赤貝の煮物、かき揚げ、マイタケの天ぷらなどをみんなでつつき合いながら、また沢山おしゃべりしながらたらふく頂きました。

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この出雲のたった一泊の旅でしたが、よく食べ、よく笑いました。初めにも書きましたが、これも亡き両親のおかげですねえ。こんな楽しい機会は今度はいつ来るのでしょう・・。

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出雲一泊二日の旅④

玉造で一泊してチェックアウトした後、雨の中向かったのは国宝に指定された松江城です。雨だからでしょうか、人は少なかったです。

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最上階まで、木製の狭く急な階段を私はぜいぜいはあはあ言いながら上がりました。孫は喜んでスイスイです。階段大好き、走るの大好きという子です。負けますねえ。

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途中いろいろな展示物を見ながら。ちなみに、城内はカメラO.K.。ご自由に撮影下さいだそうです。最上階からは宍道湖が見えます。雨でかすんで残念。お天気が良かったら、大山まできれいに見えるそうです。

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お城から出たら、今度は堀川めぐりです。船に乗って、お城の周囲を回ります。船にはこたつが。船頭さんのお話やドジョウ掬いの安来節を聞いたりしながらゆったりと景色を楽しみました。

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沢山の橋の下をくぐりますが、橋が低い所に行くと、屋根が下がります。私たちは、頭をこたつにくっつけて低くします。これが面白いのですね。

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船から見たお城です。川には沢山の水鳥がいて餌をとっています。日本海の水も入っていて、魚も豊富なお堀だそうです。

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船を降りると、出雲そばをたべに行きました。もう一日かかります。ダラダラとすみません。


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出雲一泊二日の旅③

玉造温泉。湯質がとても良くって、体がつるつるになります。以前泊って従業員の方たちの感じがよかった所をじゃらんで予約をしました。これは、朝、雨の中で撮った写真です。


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総勢9人。夕飯は個室にして下さっていました。


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ひゃー、ごちそう。ズワイガニ、出雲牛のしゃぶしゃぶ、ウナギ、金目の煮つけなどなど。

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食べきれませんが、そこは若い男たちが助けてくれました。

温泉には私は三回入りましたが、甥は六回だって。孫と一緒のお風呂は楽しかったですよ。夜10時頃から私たちの部屋で宴会です。夫はソファでダウンしていました。

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孫には寝転んで本を読んであげたり読んでもらったり。私が読んだのはかぐや姫、孫が読んでくれたのは舌切り雀です。でも、とうとうダウンです。お土産のオルゴールを持ったまま眠りました。

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次の日は国宝松江城に行きました。明日もう一日御報告をさせて下さいね。お堀の船がとても楽しかったのです。


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出雲一泊二日の旅②

息子や孫たちと行ったフォーゲルパーク、花と鳥たちの楽しい所です。ぜひ孫を連れて行きたいと思っていました。


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体育館よりもうんと広い温室の中で、真冬でも沢山の花が咲き乱れています。管理がほんとうに大変だろうと思います。ちょうど行ってすぐに広場でのフクロウやみみずくたちのショーがありました。鳥たちがお客さんの頭すれすれに飛んだり、客が投げたエサをキャッチしたりします。


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ショーの後は、長いエスカレーターに乗って山に上がります。そこには鳥たちがたくさん。
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餌を上げたり、手に乗せたり。私が写真を撮っていると、突然アイパッドに飛んできてびっくりさせられたり。モヒカンみたいな頭の鳥です。

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沢山の美しい鳥たちに孫も大喜びで、でも少し怖くて自分の腕に乗せたり、餌をあげたりはまだできませんでした。

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しっかり楽しんだ後は、姉たちが先に行っている玉造温泉に向かいました。もう少しご報告が続きます。

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出雲一泊二日の旅①

1月7.8の一泊二日で行った出雲旅行。とても楽しかったので、少しご報告をさせて下さいね。息子一家は、その前日から出雲に入っていて、大社や日御碕灯台に行ったと。私たちは、大学一年生で若葉マークの甥の二女と私の二台に三人ずつ乗って、連ねて行きました。

私の先導で、後ろに気を付けながら。出発して一気に高野の道の駅へ。ここには雪が残っていました。雪に喜ぶ姉です。一体いくつ?


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ここで一休みして、あとはノンストップで出雲へ。一畑電鉄の雲州平田駅で息子たちと合流。すぐそばの金光教の教会へ。そこでお祭りをしていただきました。私たちの参加は9人です。

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祭壇の前での祝詞、みんなが玉串をささげました。孫も神妙に。その後はお墓の前で祝詞を上げて頂きました。

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その後は教会の二階でみんなで楽しく会話をしながら、食事をしました。ビールやお酒は運転しない人だけです。

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その後は、姉一家は、そのまま玉造温泉へ。私たちはフォーゲルパークへ。お花と鳥を観に行きました。これは、私のアイパッドのセルフタイマーで撮りました。初めてですが、うまく撮れました。

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ここでは、きれいなお花、珍しい鳥たちと十分に遊びましたよ。鳥の数々を明日、お見せしますね。

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子宮頸がん予防ワクチンについて、終りに。

昨日、無事に島根から帰って来ました。出雲空港に息子たちを送りに行き、飛行機が40分遅れるということになって、空港でみんなでお茶という楽しいおまけもつきました。本当に楽しい二日間で、すっかり元気が出ました。これらについては、またご報告しますので見て下さいね。

さて、子宮頸がん予防ワクチンですが。そもそもこの予防接種を日本の厚労省が認可したとたん、まだ副作用といろいろと言われる前に、このワクチンへの攻撃が行われはじめました。そのきっかけとなったアピールの動画と、文書などの証拠はしっかりとっています。そのアピールは、「日本国憲法は無効です。大日本帝国憲法はまだ生きています」という弁護士さんがある会で行いました。

それによると、「このワクチンをうつと、不妊になる。外国の勢力が、日本の女性たちを不妊にし、日本国を根絶やしにしようとしている」というものでした。なんと。日本で認可されたのは、世界のやく100か国め。他の国ではどんどんとうたれているのですから、日本にに女性が不妊になる前に、すでに沢山うっている国の女性たちが先に不妊になって、それらの国の方が先に根絶やしになるでしょうに。

それからすぐに、私が言っている団体の機関紙が子宮頸がん予防ワクチンについて、大キャンペーンを始めました。それは今も続いています。

私は、性教育について、裁判の場で彼らとの熾烈な戦いを経験し、その後もかれらの観察を続けていますので、ああ、これでかれらの運動は、このワクチンに行くのだな、と理解しました。

でも、今回、彼らの運動に大きな力を与えたのが、マスコミの力です。何の検証もなく、彼らの言うことをうのみにしたようなマスコミの力により、日本は今のような状況になりました。

私は、これらのことを言い続けてきましたが、村中さんの素晴らしいのは、それを科学的に検証したことです。

昨年末にも、進行した子宮頸がんの若い患者さんを診ました。すぐに大きな病院に紹介し、治療を始めてもらっています。でも、いまや子宮の問題ではなく、命の問題になりそうなほど進行しています。このような患者さんに会うたびに、ああ、せっかくワクチンができているのに、このような患者さんはこれからも続くのだなあと、情けない思いをしています。

再度言います。子宮頸がん予防ワクチンの副作用の問題は、薬害ではありません。思春期特有の症状であり、同じ症状は、名古屋の大調査でもはっきりしているように、ワクチンを打たない人の方が多く出ているという事なのです。

これらの事を理解した人たちがお嬢さんを連れてこられます。私は、しっかり子宮頸がんについて説明し、本人に納得してもらってワクチンを接種しています。多くの人達にうって頂きたいと強く願います。

出雲から帰り、甥の希望で高速ではなく、54号線を走り、三刀屋に行きました。藤原鮮魚店で焼きサバを買いたいのだと。まだ開いてるかと心配しながら行きましたが、セーフ。残っている焼きサバを六匹全部買って帰りました。今日の晩御飯は焼きサバです。

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村中璃子さん、授賞式での講演3.

 おはようございます。雨の玉造です。昨日は、母の25周年、父の15周年の供養のお祭りでした。姉一家、甥とその子も一緒に。それにうれしいことに、私の長男一家も東京から来てくれて、孫も一緒。みんなで賑やかに過ごしました。娘が仕事の都合でこれなかったのが残念ですが、孫と一緒に温泉につかって、本当に幸せな時でした。今日は松江城に行くつもりです。雨が残念ですが、もし動いていれば、お堀の船に乗りたいと思っています。

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村中璃子先生のスピーチ、今日で終わります。この中に書かれている、池田氏の論文については前々回紹介した以前の私のブログにも書いています。すでに、厚労省からも見解が出ていますが、ねつ造の論文を大々的にテレビのニュース番組で報道した時のことをまざまざと覚えています。


それまでも、私も一貫してワクチンの安全性については、揺るぎない信念をもっていました。 いろいろな人から、心配して問われても、大丈夫と答えてきました。これは、いわゆる薬害と違って、組織的に作りだされたものと。それでも、このニュースが流れた時、そんなバカな、と思いながらも、脳に沈着した物質があると科学的に証明されたという報道に、驚いたものです。

それが、こんなねつ造だったとは。報道する人は、チャンと広く多くの人から取材をして、いわゆる「裏を取る」という作業をしなければ。数々の「副作用」とされるものは、ワクチンのせいではなく、思春期に起こりうる様々な症状で、これがすべてワクチンのせいとされ、HANSなどというあたかも新しい病気の一種であるような報道がなされました。ホルモン的に成熟した女性のほとんどに起こる「生理痛」さえも、「HANS」とされているのです。生理痛で来た高校生のお母さんから、半年前にうったワクチンのせいではないでしょうかと言われて、絶句したこともあります。ダイエットにより月経が停まった少女さえ、ワクチンのせいではないかと。


日本では国家賠償請求訴訟が終わるまでには10年を要すると言われる。また、訴訟が終わるまで、接種再開を決断できる首相や官僚は出ないだろうとも言われる。よって、もし子宮頸がんワクチン接種再開まであと10年を待つ必要があるとすれば、日本人の産婦人科医は、いったいいくつの子宮を掘りだせばいいのだろうか。

答えは「10万個」だ。

掘り出した10万個の子宮を想像してほしい。その持ち主である女性たち、そこから生まれ母を失った子どもたちを。そこから生まれてくるはずだった子どもたちを。

一方、私の古巣でもある、世界保健機関(WHO)のワクチンの安全性に関する諮問委員会GACVSは、今年7月に出した子宮頸がんワクチンに関する最新の安全性評価をこう結んでいる。

“科学的分析とは裏腹に、世界では症例観察に基づく誤った報告や根拠のない主張が注目を集めている。合理的根拠に乏しい主張によって接種率の低下する国が増え、実害をもたらしていることに対し、委員会は引き続き懸念を表明する。今後もモニタリングを続け、大規模データの解析を通じてワクチンへの信頼を維持していくことが大切だが、その過程で結論を焦り、文脈を無視した、確たるエビデンスのないアーチファクト(二次的な事象)が観察されることがある。これこそが「挑戦」だ”

長く大変な道のりだった。しかし、私は今日、このような素晴らしい賞を受賞することができた。私はこの2017年ジョン・マドックス賞を与えられたという事実を、こうした子宮頚がんワクチンをめぐるアーチファクトやオルタナティブファクトに対し、世界中で行われている挑戦の象徴として受け止めている。

しかしながら、この場を借りて1つだけお願いしたいことがある。今週に入ってから、9番目に話をした出版社である平凡社から、本の刊行を決定したという連絡をもらった。本はできている。私の夢はこの本が、世界中の病院やクリニックの待合室に置かれて読まれることである。ぜひ海外の版元にも、この本の翻訳・刊行をお願いしたい。本のタイトルは「10万個の子宮」という。

推薦してくれた日本産婦人科医会の木下勝之先生、石渡勇先生、北海道大学小児科の有賀正先生、国立成育医療センターの五十嵐隆先生に感謝します。私を信じてくれた京都大学医学研究科の本庶佑先生、松田文彦先生、ウェッジ元編集長の大江紀洋さんと、私の次の仕事を辛抱強く待っていてくれる読者の皆さんに感謝します。そして、何よりも、私の不在と上の空に耐え支えてくれた家族と、このような形で私に名誉を与えてくれたジョン・マドックス賞関係者の皆さんに心からの感謝の意を表します。

本日はこのような名誉ある賞をいただき、本当にありがとうございました。

*     *     *     * 

書名をクリックするとアマゾンから予約できます。

村中璃子『10万個の子宮──あの激しいけいれんは本当に子宮頸がんワクチンの副反応なのか』 平凡社 2018年2月刊予定


まだまだワクチンについてはお話したいことがあります。もう少し続けますね。

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村中璃子さん、授賞式での講演2.

日本の女性行政は実はとても貧しいのです。保育所が少なくて働くことができないとか、女性の職場は圧倒的に非正規であるとか、それらはよく知られていることです。それよりも、女性の体に関することfはほとんど知られていません。

例えば、低用量ピルが日本で認可されたのは、欧米に遅れること40年です。とっくに臨床試験も終わり(私たちも大学病院時代や勤務医の時代にはこれでもかというほど試験をしました。)もう認可されるだろうと待ち続けました。認可されないから、日本の女性たちは中用量ピルを使うしかありませんでした。

やっとやっと認可されたと思ったら、すさまじい「副作用」宣伝です。副効用については、何ら触れることなく。例えば、避妊だけでなく、月経痛が楽になるとか、子宮内膜症の進行が抑制されるとか、卵巣がんが減るとかそんなことはほとんど知らされることがありませんでした。

緊急避妊薬の「ノルレボ錠」、世界中で使われても、日本では認可されませんでした。仕方がないので、日本の女性は中用量ピルをドーンと日頃の4 倍も飲んで代用するしかありませんでした。ひどい副作用で嘔吐しながら耐えました。よーやっと認可されたのは、世界中のラスト六か国です。イラン、イラク、アフガン、ペルー、北朝鮮、そして日本、こうなってやっと認可されました。

そして、この子宮頸がん予防ワクチンです。これが日本で認可されたのは、世界の中でほぼ100か国めなのです。子宮頸がんはウィルスでなる、このウィルスを発見した人はノーベル賞をもらいました。ウィルスだから、ワクチンを、これが急いで開発され、実用化され、世界中で使われても、日本は本当になかなかで、やっと百番目に認可されたのでした。

これら、全て世界の中で圧倒的に遅れを取っているのは、お金と票などの力を持っている団体が政治を動かしているから。「ピルなんか認可すると、若い女がこれで妊娠しないからとセックスをしまくるようになる、社会が乱れる」「緊急避妊なんか認めると、あとで薬飲んだらいいいじゃないと若い女がセックスをしまくるようになる、社会が乱れる」「子宮頸がん予防ワクチンなんか認めると、これでがんにならなくなったのだから、セックスをしてもいいじゃないと若い女がセックスをしまくるようになる」

性教育に反対するのと同じ団体が、力をふるってきました。それらに対して、「科学」で明確に、正確に反論し、問題提起をしているのが、村中璃子さんです。彼女の業績を評価し、賞賛するのは外国の方々であり、こんなすごい賞を受賞しても、日本のマスコミはほとんど報道しません。

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村中先生の受賞式での講演の続きを転載します。長いので、後半の半分のみにさせて頂きます。続きは明日に転載しますね。

『メディアを通じて、子宮頸がんワクチンの危険性を煽るミスリーディングな映像とストーリーが日本社会に広まっていったある日、厚労省が指定した子宮頸がんワクチン副反応研究班の主任研究者で信州大学の元教授だった神経内科学医、池田修一氏が、厚労省の成果発表会である衝撃的なマウス実験の結果を発表した。池田氏は当時、信州大学の副学長で医学部長を務めていた人物である。

池田氏は「子宮頸がんワクチン」と書かれたマウスの脳切片だけが緑に光る、白い円でその部分を強調した画像を見せながらこう言った。

「明らかに脳に障害が起きている。子宮頸がんワクチンを打った後、脳障害を訴えている少女たちに共通した客観的所見が提示されている」

池田氏によれば、インフルエンザワクチン、B型肝炎ワクチン、子宮頸がんワクチンをそれぞれマウスに接種して10か月後に脳を観察したところ、子宮頸がんワクチンを打ったマウスの脳だけに異常な自己抗体が「沈着」したという。池田氏のこの発表は、夜の人気ニュース番組でも放送された。

それから2週間後の3月末、子宮頸がんワクチンの被害を訴える人たちが、日本政府とワクチン製造企業を相手取った集団提訴を予告する記者会見を行った。日本政府は、積極的接種勧奨の「一時的」差し控えを継続。そして、「一時的」が3年にも及んだ昨年7月27日、日本政府は世界初の子宮頸がんワクチンによるものだという被害に対する国家賠償請求訴訟を起こされた。

数か月にわたる調査の末、私はマウス実験をデザインし、実施した研究者を探しだした。研究者は私に、池田氏が発表した脳切片は、実はワクチンを打っていないマウスの脳切片だと語った。ワクチンを打ったのは、数か月の加齢だけで自己抗体が自然にできる非常に特殊な遺伝子改変マウスだった。このマウスから、自己抗体たっぷりの血清を採り、別の正常マウスの脳切片にふりかけ、写真を撮ったという。

用いたマウスの数は、各ワクチンについて「マウス1匹」。投与したワクチンはヒトへの投与量の100倍だった。

私は池田氏が発表したこの実験を「捏造」と書いた。

池田氏は「他の研究者がつくったスライドセットから1枚のスライドを引用しただけなので、捏造とは名誉棄損である」といって私を訴えてきた。池田氏の弁護士は「争点は、子宮頸がんワクチンの科学の問題ではなく、捏造という表現の問題だ」と主張した。池田氏の弁護士は、日本における主要薬害訴訟で原告側に立ち、中心的な役割を果たしたことで有名な人物である。

被害者団体の行動は非常にプロフェッショナルだった。抗議の行き先はメディアの編集部ばかりではなかった。時には出版社の株主の社長室であり、時には株主の会社に影響力のある政治家のところだった。元東京都知事の娘で被害者団体と親しいNHKプロデューサーは、私の住所や職場や家族構成を知ろうと熱心だった。私と家族には山のような脅迫のメッセージが届いた。

メディアは、私を使うのを止めた。連載はすべて打ち切られた。刊行日が公表され、著者近影の撮影も終わり、表紙と帯までできていた書籍の刊行も中止となった。その後、日本を代表する8つの出版社に刊行を打診したが、すべての出版社が同じことを言った。

「非常によく書けた、読み応えのある作品です。でも、今はわが社からは刊行できません」

日本では毎年、3000の命と1万の子宮が失われている。

母校北海道大学で講演をした際、ひとりの若い産婦人科医が私にこう尋ねた。

――僕たちだけあとどのくらい子宮を掘り続ければいいんですか。
子宮を「掘る」、すなわち子宮を摘出するという意味だ。』

また、明日に続きますね。


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村中璃子さん、授賞式での講演

村中璃子先生の講演を聞いた時、胸が熱くなりました。私も以前とてもしんどい思いで、裁判を闘ったことがあります。その裁判の相手と同じ団体から、ひどい誹謗中傷を浴びながらも、毅然としてその信念を貫いている彼女に、私たちがおんぶされてばかりでいてはいけない、私たちがどう彼女を支援するか、それぞれが行動すべきであると、発言しました。

産婦人科医の仲間である私たちは、臨床の場で、まだまだ進行した子宮頸がんに出合っています。その多くが若い人です。そして、命を失ったり、まだ出産をしていない子宮を失う人たちを見ています。そのような経験から、子宮頸がんのワクチンを多くの女性がうつべきだと思っています。

村中さんは、あくまでも科学的に取材し、研究し、分析し、子宮頸がん予防ワクチンの日本における状況のおかしさを追求しています。

WHOでももっとも安全なワクチンとされ、世界中で接種され、そのうち歴史上の病気とされるであろうと言われる子宮頸がんは、今や、日本も含めたアジアの病気とされています。アジア人が罹り、アジア人が死んでいくと。

孤軍奮闘している彼女に与えられたこの素晴らしい賞、ジョン・マドックス賞のロンドンで行われた受賞式での彼女の講演が英語バージョンから日本語に翻訳されています。すでに公開されていますが、少しでも多くの方に読んで戴きたく、あえてここに転載させて頂きます。


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世界では毎年、53万人が子宮頸がんと診断され、27万の命が失われている。
現在では子宮頸がんを防ぐワクチンがあり、世界130カ国以上で使われているというのに。
 
しかし、近い将来、ワクチン接種率の高い国では、子宮頸がんは歴史の本でしか見つからない過去の病気となるだろう。

けれども、その道のりは決して簡単ではない。

2013年4月、子宮頸がんワクチンは日本でも定期接種となった。ところが、それから2か月後、日本政府はこのワクチンを定期接種に定めたまま積極的接種勧奨を「一時的に」差し控えるという奇妙な政策決定を下した。けいれんする、歩けない、記憶力や成績が落ちた、不登校になったなどという訴えが相次いだためだ。

脳波に異常のない「偽発作」に代表されるように、小児科医たちは思春期の子どものこういう症状は、子宮頸がんワクチンが世に現れる前からいくらでも見てきたと言った。厚生労働省の副反応検討部会も、副反応だと訴えられている症状は、ほぼ間違いなく身体表現性のものだろうという評価を下していた。

親たちは娘のけいれんする姿や車椅子姿を携帯電話やスマートフォンで撮影し、インターネットに投稿した。メディアからの取材にも積極的だった。大多数のまっとうな医者たちは「心ない医者に、心の問題だと言われた」などと激しく批判されて面倒になり、みんな黙ってしまった。

世界中どの国でも新しいワクチンが導入されればそれに反対する人は必ず出てくる。しかし、日本には、他の国にはない厄介なことが2つあった。ひとつは、政府がサイエンスよりも感情を優先した政策を取ったこと。もうひとつは、わざわざ病名まで作って、子宮頸がんワクチンによって引き起こされたという薬害を唱える医者たちが登場したことだ。

その名はHANS(ハンス)、子宮頸がんワクチン関連免疫異常症候群。HANSを唱える医師たちの主張は、患者の訴えと印象に基づいており、決して、エビデンスを示すことはなかった。代わりに、エビデンスを示せないのは、現代医学が十分ではないからだと糾弾した。しかもHANSは「ワクチン接種から何か月、何年経っても起き」「消えてもまた現れ、一度なったら決して治らない」のだという。

昨今、科学的根拠に乏しいオルタナティブファクトが、専門的な知識をもたない人たちの不安に寄り添うように広がっている。私は医師として、守れる命や助かるはずの命を危険にさらす言説を見過ごすことはできない。書き手として、広く真実を伝えなければならない。これが、メディアに執筆を始めたきっかけである。

子宮頸がんワクチン問題は、エボラ出血熱から水素水まで、私が取り扱ったさまざまなテーマのひとつに過ぎない。この問題が、原子力爆弾のように何千・何万もの人々の命を危険にしていると気づいたのは、1本目の記事を出してからのことだ。私はただ真実を書いてきただけであり、このワクチンを推奨するために書いたことは一度もない。

最初の記事がビジネス誌「Wedge」の誌面とオンラインに掲載されたのは2015年10月だった。この記事は文字どおり数百万の人々に読まれ、子宮頸がんワクチンの安全性に関する議論を再開させるきっかけとなった。その後も私は取材、調査を続け、このテーマで20本以上の記事を発表した。

明日に続きます。



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子宮頸がんワクチンについて・村中璃子先生1

 もう少し古い話になります。12月17日の日曜日、東京に日帰りで行きました。そのお話です。

少し早めに東京に行き、息子や孫たちとお昼ご飯に焼肉を食べ、そして会場まで連れて行ってもらいました。行き場所は銀座。住所を頼りに息子が探しだしてくれたのは、なんとなんと「広島ブランドショップTau」なのです。うそじゃろう!!思わず広島弁でそう言いました。でも、まちがいありません。そこの三階が会場でした。


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孫に広島のお好み焼きなどの食品をいくつか買って渡し、サヨナラしてその三階に行きました。そこのイタリアンのお店で開かれたのが、「村中璃子先生ジョン・マドックス賞受賞祝賀会」でした。


ジョン・マドックスは科学雑誌「ネイチャー」の編集長を22年務め、同誌を一流専門誌に育てました。ウィキペディアによると、「熱意とたゆまぬ努力をもって科学を守り、困難な議論に関わり、他の人々もそこに加わるようインスピレーションを与えた人物である。書き手であり編集者としての長い人生を通じて、人々の態度と考え方を変え、科学の理解と認知を高めるために戦い続けた。」

その名を冠した「ジョン・マドックス賞」は「公共の利益に関わる問題について健全な科学とエビデンスを広めるために、障害や敵意にさらされながらも貢献した個人に与えられる、2012年に始まった国際的な賞」であり、その受賞者は「ネイチャー」に発表され、毎年、11月に受賞式が行われます。日本人の受賞者は村中璃子先生が初めてです。

その祝賀会が行われたのです。なんとしても参加したいと思いました。村中先生と子宮頸がんワクチンについては、ここから三日に渡って書いています。

http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2017/10/post-44af.html

子宮頸がんワクチンについて、孤軍奮闘、頑張って書き続けていらっしゃる村中璃子先生がこのとても名誉ある賞を受賞されたこと、何よりもうれしくて、どうしても祝賀会に出席したいと思いました。

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この項、もう少し続きます。

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おかげ様でお正月も楽しく終えました。

寂しかったお正月も終わりました。今日は木曜日なので、休診日です。明日から仕事が始まります。

産婦人科現場のお話は、今日は一休みで、明日からまだ続きます。

結婚以来44年、お正月とゴールデンウィークとお盆は、ずっと夫の実家に帰っていました。もちろん、それ以外にも何かあれば、しょっちゅう帰っていました。それは、何よりの親孝行だったのだなあと思います。来年からは、子どもたちと一緒のお正月が過ごせるのかなあと期待します。
でも、お正月の二日目には友人が家にお出でと言ってくれて、二人で行ってきました。手料理の 数々と、楽しい会話。すっかり癒されました。記念写真は、スマホの10秒の自動機能で。よく取れるものですねえ。いい思い出になります。


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お料理の一部です。

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おなますが入っていた器、兄の昔の作品でした。大切に使っていただいています。

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そして、三日には、姉の一家が声をかけてくれました。リーガロイヤルホテルで一家集合です。リーガのスタッフの方に撮ってもらいました。


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バイキングですが、メインだけ選べるようになっています。私はローストビーフ、フォアグラとトリュフソースに引かれて。夫たちはロブスターとホタテのフライです。

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若い人達はよく食べますねえ。それにつられて、私たちもよく食べました。久しぶりの甥たちともよく話して、楽しかったです。皆さんのおかげで、お正月も無事終了です。なまけ癖を振り払って、あすからの仕事に備えなければです。

明日からまた現場のお話、子宮頸がんについて書きます。

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産婦人科の現場から、年末年始を通して⑤

落合恵子さんの「月刊子ども」のもう一冊、1989年5月号には、特集で「教育は危機ですか?」というアンケートがされ、69人の人が答えています。28年も前の雑誌です。それには、現代と全く同じ状況が語られています。いえ、今日ある姿が、この頃からもう心配されていたという事でしょうか。私も一文をよせていますが、何人か、心打たれる方の文がありますので、それを転載しますね。もう、亡くなった方もおありです。

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毛利子来先生、小児科医で、広島にも講演に来て頂きました。とても楽しい先生でしたが、残念ながら昨年10月に亡くなりました。先生のあの真っ黒でふさふさの髪、もちろんかつらでもなく、染めてもなくって自然のままだと。ある日、診療に来た子どもが先生の髪を引っ張って、「ママ-、かつらじゃなかったよ-」と走って行ったと。講演会を主催した時の楽屋でのお話です。そんな先生のメッセージです。

『町で小児科医をしていると、子供たちが気の毒でなりません。
みんながみんな同じことをしなければならないみたいなんですね。勉強にしても行動にしてもーー。それだと学校にたまたま合う子はいいけれど、そうでない子は苦しい。そのために気分が悪くなったり頭が痛くなって診察に連れてこられる子がけっこういます。
それから、やたらマジメばかり押し付けられるみたい。毎日学校に行って、きちんと宿題をして、丈夫で明るく規律正しくってぐあいにね。――けど、人間、そうとばかりはやっていられないでしょ。大人だって、しょっちゅう体調が悪かったり暗くて沈んだり、スッコケルことだって少なくはない。なのに、子どもだと、そんなことしたら大問題にされてしまう。
こりゃもう、人間破壊もいいところ。子どもよ、うんとこさ文句を言え!大人は「長いものには巻かれろ」を捨てましょう。』


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中村隆子さん。中国新聞の女性記者の草分け、退職後には家族社を設立し、月刊家族を発行されました。がんで声を失っても、精力的に活動されました。中村さんには個人的にさまざまお世話になり、沢山の思い出があります。2012年にお亡くなりになりました。

『船が難破する前には船底からネズミが逃げ出すという。子どもたちが登校を拒否したり、教室から塾へ逃げたり、校則の足かせを必死でふり払おうとしているのは、学校が難破しかけているのではあるまいか。
本能的に危機を感じて逃げようとする子どもたちを学校はただやみくもに押さえ込もうとしている。学校暴力に手をかして子どもをつぶす教師がいる。せめて暴力に手をかさないことを良心として、つぶされていく子どもたちを手をこまねいて見ている無能な教師がいる。
学校が難破しようとすまいと、親は子どもが学校に行くことを自明の理としている。
こんな中で、子どもたちが送るSOSは受け止められることなく、学校と家庭の中間を交錯し、消えて行く。挫折あるいは大人への不信を残して。
だが逆教育ということもある。難破船から自力で逃げまくった子ネズミたちの中には、社会正義が半社会的なものであることを知った鼠小僧治郎吉が出る。』

そして、もうお一人、一昨年の8.6ヒロシマ平和の夕べでお話し頂いた、ずっこけ三人組の那須正幹さんのメッセージです。

『危機という言葉に、多少抵抗がありますが、ある種の不安は持ち続けています。
戦後四十数年たった現在、新憲法への新鮮な喜びを今の子どもたちに、うまく継承しきれないことへのいらだちと言ってよいでしょう。
むろん、そうした状況を生み出したのは、政府の教育政策ですが、これを黙認している大人ひとりひとりにも責任があります。
あの日、もう戦争はいやだ。言いたいことが自由に言える世の中であってほしいと考えた、あの率直な気持ちはどこに行ったのか。
勝てる戦争ならやっても良いと思っているのか。お金のためなら、何をしても良いのか。
学校や教育、あるいは子どもを考える前に、私たち大人として、考えるべき問題ではないでしょうか。』

まだまだ沢山の方々の宝物のような文が載っています。「月刊子ども」。1986年から1993年まで。その後、「月刊子ども論」となって2006年3月まで発刊されたようです。素晴らしい本を発行し続けられたクレヨンハウス、落合恵子さん、ありがとうございました。

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産婦人科の現場から、年末年始を通して④

新しい年二日目。まだ一歩も外に出ていません。クリニックに行こうかと思ったけれど、家にいてもできることをわざわざ行かなくともと、思い直しました。家の中で、テレビを見ながらレセプトもしたし、原稿も書き上げたし。テレビ、日ごろあまり見なくて、こんなに昼に点けているのはめずらしくて。今日は、箱根駅伝、台湾路線バス旅行、そして大間のマグロ釣りなどをチャンネルをあちこちしながら見ています。どれも面白いですねえ。

どこにも出かけず、することもないのを聞いた友人が、家にお出でと誘ってくれました。今日の夜、夫と出かけてごちそうになろうと思います。
さて、産婦人科の現場での続きを書きます。暮に待合室の図書の整理をしていて、古い雑誌を見つけました。1987年と1989年の「月刊子ども」です。クレヨンハウス発行、発行人は落合恵子さんです。


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もうすっかり忘れていました。30年前の二冊です。このうちの1987年6月号のトップには、修道大学の故鹿子木幹雄先生の『なぜ「妊娠→退学」だったのだろう』という文章が出ています。

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30年前、妊娠した高校二年生が産むという結論を出したとき、学校が退学にしたことが、新聞に掲載されました。それも、退学という事より、そこに至ったこと、当時の広島市の保健所に彼女と母親が一緒に母子手帳を取りに来た時、保健師が「あなたの学校の生徒が妊娠してるよ」と学校に通報、そのために学校の知る所となり、自主退学に追い込まれたと、保健所の対応、公務員の守秘義務違反に焦点を当てた記事と言っていいかもしれません。

彼女は、二年の終わりまで単位を取って、通信高校に転向し、高卒の資格を取る予定でした。しかし、学校の対応で、二年が終わる前に退学となってしまったものです。

この新聞記事により、マスコミの注目する所になり、テレビ局や雑誌の取材が殺到しました。学校が彼女の名前や住所も話し、雑誌社が家に張り込んで写真を撮ろうとするなど、本当に大変でした。

鹿子木先生は、当時「国民総背番号制に反対しプライバシーを守る広島県民会議」の代表でした。この出来事を、広島県法務局人権擁護部に照会と要請の申し入れをした文章も掲載されています。

当時、私は彼女の主治医でした。彼女の今後を守るのに精いっぱいでした。広島市の教育委員会も動き、結局彼女は高校二年までは終了したとことになり、三年から通信にかわって、高校は無事卒業しました。途中に出産しましたが、学業も頑張りました。彼女が無事卒業した時、お母様が私にオルゴールをプレゼントしてくださいました。今も大切にもっています。彼は、十分に収入のある社会人でしたから、子育ても心配なく、実は、その後彼女は5人の子持ちになっています。

そんな出来事をしっかり思い出しました。いろいろと大変でしたが、市の教育委員会とは、以来、全く×の関係となりました。

それにしても、三十年前の出来事です。今も、高校生の妊娠は全く同じ扱いです。この前には、カップルの両方が退学処分になりました。黙って中絶すれば高校は続けられる、でも産もうとしたら、退学しなければならない、それは三十年前と同じです。だから、私は高校生が産みたいと言った時、高校には不用意に言わないようにして、何とか、学業が続けられないかと一緒に考えます。高卒の資格は取っていた方がいい。将来働かなければならない時、中卒だと職業の選択が限られるから。そう説得します。もう一冊に書かれていること、明日お話しますね。

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産婦人科の現場から、年末年始を通して③

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こんなことなので、おめでとうございますが言えなくてすみません。子どもたちも帰ってこないし、二人でデレッとしています。どこか行こうか、と言っても、ウーンと気のなさそうな返事が返るだけ。このままで休みが過ぎていくのは恐怖です。どこにも行かないのなら、私が行ける所はクリニックだけなので、出かけて雑用を片付けようと思います。別府に持って行ったレセプトも結局手付かずで持ち帰ったし。情けないことです。

昨日の続きを書きますね。子どもたちへのプライベートゾーン、それの意味を分かっていたただけましたでしょうか。「自分だけが触ってもいい所」。子育てをする人は、自分の性器を触っている子どもの姿を見ると、「触ってはいけません」と言いがちです。そうではなく、「人に触わらせてはいけない所、他人のも触ってはいけない所」としてプライベートゾーンがあるという事です。

「私の体」意識、「私の体は私の物」を幼児からしっかり植え付けてほしいのです。

NHKで取り上げていた子ども同士の性的問題行動は、性教育で解決できる問題です。

でも、この社会には、幼児や子どもを対象にした性犯罪がとても多いのですね。それも、全く知らない人からというのもありますが、保育士や教師などの知った人、それから近所の人や身内、特に母親の再婚相手の義父、義兄、それどころか、実父、実兄からというのもあります。
それは、決して本人の問題ではありません。性犯罪を犯す人の問題なのですね。でも、子どもでも、そのような被害に遭った時に、それを誰にも言わず、一人抱え込むことが多いのです。

その加害者は、必ず「誰にも言うなよ」と脅迫します。

私は、小さい時から、「だれにも言うなよ」という約束は、守ってはいけないよ、と伝えてほしいのです。「誰にもいうなよ」と言われたら、早くそのことを誰かに言いましょうと伝えておいてほしいのです。

誰か一人、それを言える人、できれば大人を探しましょう。大人は、きっと助けてくれる、もしその助けてくれなかったら、ほかの大人を探しましょう。大人がいなかったら、お友達でもいいかもしれない、お友達が自分の親に話してくれるかもしれない、そんなことを伝えておいてほしいのです。

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この事件はまだ記憶に新しいですね。多くの少女たちが教師にわいせつなことをされ、その上に「だれにもいうなよ」と言われ、小さな胸を痛め続けて本当につらかったことでしょう。それだけでなく、小学校の教師が担任の少女と性的な関係になっているのがばれそうになって、その少女を殺してしまったという、これも広島県の事件も忘れません。この今もそのような犯罪が行われ続けていることを、性暴力ワンストップセンターにかかわって、痛感しています。

この社会には、幼児性愛の大人も沢山いることを知らないといけません。これは、決して被害に遭った少女(今、少年の被害もあります)の責任ではなく、あくまでも大人の責任なのです。

子どもたちにとても残念なことではありますが、世の中にはそのような人もいること、そんなことがあったら、早く言ってね、とも伝えておくことも大切なことと思います。

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