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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」⑤小野英子さんのお話

「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のご報告の続きです。永田浩三さんの講演の報告に続いて、小野英子さんのお話の報告をしなければならなくって。でも、なかなかできないで、だらだらと私の日常の報告ばかりしていました。小野さんのお話があまりに大きくて、書きづらかったのが原因です。

でも、いつまでも逃げていてはならないと。いを決して今日のご報告を書きます。当日の会の司会でも私は言えませんでした。


小野さんのお父様は当時、広島二中の教師でした。私の父と同僚です。お父様は全滅した二中一年生とともに、爆心地の本川川岸でなくなりました。生徒に君は頑張って家に帰れ、先生はもう歩けないと、生徒の手を握ってその後亡くなったと。ポプラ社の「いしぶみ」にも書かれています。 私の父は偶然が重なって生きました。

お父様とお姉さまをなくされて、お母様と二人、その人生はいかばかりだったかと。生き残った父から生まれた私は、幸せに育ててもらいました。それが何とも後ろめたかったこともあります。

当日の朝、何年ぶりかで二中の慰霊式に出ました。二中の一年生だったお兄様をなくした竹田さんも一緒です。私は父の存命中は一緒に行っていたのですが、亡くなってからは、6日の夕方一人でお参りしていました。

二中の慰霊碑は一年生が全滅した本川の川沿いにあります。道路を挟んで式典は行われます。その真ん中の道路を安倍首相の車が厳重に警備されて通りました。

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二中の碑の前での小野さんです。背景が警察官だらけですが。

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小野さんの講演は幸せなご一家の写真から始まりました。

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そして、お母様の著、小野英子さんの訳の「炎のメモワール」と「いしぶみ」を手にお話されました。

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広島でお話しされるのは初めてということですが、そのお話は壮絶なものでした。

明日に続きますね。

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