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「8.6ヒロシマ平和の夕べ2017」③被爆証言は小野瑛子さん

生徒たちに、頑張って家へ帰るんだ、さあ握手してと言い亡くなった山本信雄先生。そのお嬢さんが小野瑛子さんです。この原爆で父と姉を失いました。当時、6歳。ご自身も爆心地から2キロの地点で被爆され、一週間後には急性放射線障がいを発症。脱毛、出血、嘔吐、下痢、高熱なとに苦しまれました。

65歳になって発病した重症のバセドウ病。手術を含めたあらゆる治療で、かろうじて失明を逃れました。そして、今、肺がんで抗がん剤の治療を続けておられます。

 小野さんのお話を聞きたい。強く思いました。この世界から核兵器廃絶の悲願を持ちながら、力尽き、次々と被爆者のみなさんが亡くなっていらっしゃる今、今のうちに沢山の証言を聞いておきたいのです。

被爆した体で、お父様も亡くなって、さぞ大変でご苦労な人生を歩まれたことと思います。

私の父も、当時、広島二中の教師でした。山本先生と同じように生徒を学徒動員に連れて行っていた父は偶然、本当に偶然に助かりました。

焼け跡の中でボーと立ちすくむ父です。

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どなたがこの写真を撮ってくれたのか、全く覚えがないと言っていました。

同僚の山本先生は亡くなり、父は助かりました。ですから、私も生まれてくることが出来ました。

父は、倒れるまで、毎年8月6日、二中の慰霊式に出席していました。三度核は使ってはならない、戦争はしてはならない、憲法は大切な宝物、と、私たちにしっかりと教えてくれました。


小野瑛子さんと私を分ける物、それは単なる偶然と呼んでいいのでしょうか。

小野様は、今年の8月6日、千葉から病を押して広島に来て、お話して下さいます。小野様のお話を心して聴きたいと思います。

「2017年8.6ヒロシマ平和の夕べ」の被爆証言は山本信雄先生のお嬢様、小野瑛子さんです!!貴重な機会です。皆さま、どうぞ、聴きに来てくださいね。

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