8.6ヒロシマのご報告④池田精子さんのお話
「8.6ヒロシマ平和の夕べ」でのリレー・トークのお一人は、池田精子さんでした。
池田さんには、以前、一度来て頂いて、被爆体験をお話戴きました。その後、被爆者運動の原点を戦われた、その時のことをお話戴きたいとお願いしました。
しかし、池田さんは、一生懸命に端折りながら、被爆体験をも話して下さいました。途中、なかなかその後の被団協の結成、東京への請願行動などのお話に行かないので、司会の私はやきもきしましたが。
でも、その後のみなさんの感想などを読むと、その被爆体験がとても胸を打ったようです。考えてみれば、参加のみなさんの多くは、2010年の平和の夕べで池田さんのお話を聞いていない人たちでした。それに、体験があって運動もおありでしたので、池田さんに、被爆体験よりも運動をと言ったのが、無理なことなのでした。
池田さんの初期の被爆者運動については、4月28日の私のブログにあります。ぜひ、覗いてみて下さいませ。
http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/863-0d38.html
その話に出てくる、当時の鳩山首相の私邸で、鳩山薫子さんにお会いした時の写真。これをバックに写しました。
これを見て、池田さんは、そのときのエピソードを話て下さいました。皆さん、着物を着て、たすきをかけて行ったのだと。後ろの方に隠れるようにしていたのが、前に出さされて、「この原爆で焼かれた姿を見てやって下さい」と。薫子さんが、涙を浮かべて、とても親切に話を聞いて下さったと。
この時の方たちで、今、生存しているのは、3人だけだとおっしゃいました。かつ、この頃のことをお話できる方は、池田さんしかいらっしゃいません。高齢を押して、お話し下さる姿に涙がこぼれました。それなのに、それに対して、司会の私は、「しかし、鳩山亭、豪邸ですねえ」等としか言わなくって、失敗しました。
池田さんは、「私は生きています。生ある限り、お話し続けます」と言って下さいました。大変ありがたく、胸を打ちました。
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コメント
勤め先の認知症のグループホームの利用者や上司の方に被爆者がいると、お付き合いする参考になるかもしれません。グループホームの主任に新入平社員に被爆者がおられるから優しくしてあげてくださいとつたえておきました。
投稿: 愛ちゃん | 2016年8月14日 (日) 08時29分