京都にて③京大病院続き
5年生存率がとても小さい病の大手術を終えた彼は、まだ鼻にもお腹にも、そして腕にも管が繋がっています。そんなしんどい体でも、一生懸命にお話してくれました。
自分がねえ、こんな病気になって、もう後がないと分かったとき、自分は遊んでないと気がついたんだよ。仕事は、自分の好きなことをして来たと言えば、そうだけれど。でも、これは遊びじゃない。もう少し、後半年で定年なのだけど。もう、仕事はしたくないなあ。遊びたい。
何をして遊びますか?
うん、内科から外科に移る時に、一週間だけ家にいる時があったんだ。その時、彼女(奥様)と一緒にドライブに行った。河原でね、すごく広いキャンプ場があったんだ。ああ、川のそばでキャンプか。いいなあと思ってね。そんなこと、全然してないんだよ。
そうね、私も仕事ばかりだけど。キャンプもいいねえ。もう何十年としてない。それに、旅行にも行きたいけれど、これは仕事を辞めないとダメだわ。
元気になって、キャンプに行って。
彼は、とても素直にいろいろと話してくれました。何より入院中の看護師さん、医師の方々の早い対応、そのシステムもそうだけれど、そのやる気。これはとっても頼もしいと、しみじみと語ってくれました。
「何か聞きたくないことはありますか」とあらかじめ聞かれたと。
「悪い情報をすべて話してください。いいことはあまり言わなくてもいいから」と言ったんだ。
「だから、全部きちんと話してくれる。今みたいによくないことが起きても(術後の合併症)、あらかじめ聞いていたから、ああ、予想できたことだと、理解できて、不安にならなくて済んだし。」
一人の命に真摯に向き合う医療者の姿が浮き上がってくるようでした。その医療にすべてをゆだねて闘っている姿がそこにありました。
この広い病棟のそこここで、このような姿が展開されているのだと。私は、開業医だけれど、このような場に患者さんを繋ぐ役目を担います。
あまり長い間いても、疲れさせるだけだと思って、話の途中ですが、切り上げて帰って来ました。また来ますからと。
そして、京都駅のデパートの地下で晩御飯用に夫と私の二人分、とびっきりのお弁当を買って、広島へと急ぎました。そして、駅の構内で、ちょっとした事故に遭ったというわけです。
また明日。
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コメント
主人の妹が乳ガンで今中目黒の共済病院に入院中の今感動するお話だとおもいました、久しく京都の伊勢丹にいってないので是非とも行きたい。関東だから伊勢丹はたくさんありますが、西日本には一つ。
投稿: 愛ちゃん | 2016年7月 7日 (木) 12時39分