8.6に松本正さんもお話して下さいます。
これまでも時々、そして昨日のブログにも書きました、「レクイエム碑」。広島二中の一年生の爆心地での全滅の様子、当時12歳、13歳の少年たちが、生徒たちが送っていた日常生活、被爆後どんな風に、ひどい、かわいそうな状況で亡くなっていったかを合唱で訴えます。
私の父は、その広島二中の教師であり、生徒たちを死なせながらも、偶然、生き残りました。亡くなった一年生の生徒の中には、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のスタッフの竹田さんのお兄さんもいらっしゃいます。
そして、このブログにも時々登場して頂いている、横浜市原爆被害者の会の事務局長、松本正さんの弟さん勝さんもいらっしゃいます。当時、松本さまは広島二中の三年生でした。一年生の弟勝さんは、「お兄ちゃんが迎えに来てくれる」と言いながら、亡くなってしまったと。
それから71年もたって、それぞれの身内がこんな風に繋がっているということに、御縁と言うか、因縁というか、不思議なものを感じます。
松本さまとは、昨年の6月の川崎での「8.6ヒロシマ平和の夕べプレ企画」でご一緒しました。その時のブログはここにあります。このマイクを持ってお話し下さっているのが松本さまです。
その松本さまが、今年の8.6の広島に神奈川から来られるとのご連絡を頂きました。8月5日から来られて、6日の祈念式典に出られたのち、解散なのだけれど、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」に出席したいと。そして、その後「灯篭流し」をしたいのだと。松本さまは、勝さん等、10人のお身内を原爆で亡くされました。その10人の灯篭を流したいのだと。これまで、ずっとその思いを持っていたと。
そして、それなら、松本さまにも「平和の夕べ」でお話し戴きたいとお願いし、心よく引き受けて下さいました。ですから、今年の「8.6広島平和の夕べ」のプログラムに松本さまのお話が追加されます。
松本さまは、一昨年まで、一切の証言をしなかったのだそうです。でも、現在は精力的に中学生や高校生に被爆の証言をなさっています。そして、こんどは広島で私たちにお話し下さいます。弟さんのこと、そして、わざわざ広島に疎開してきて、その家が建物疎開で壊されるために爆心地近くに転居して、爆死されたお姉様一家のこと等、きっと沢山お話し下さることと思います。
ありがたいことです。心して聴きましょう。
私は、いま東京です。午後講演です。また明日ご報告しますね。
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コメント
先生、原爆や戦争という歴史がなければ、観音高校のOB会はなかったし、合唱曲はなかったとおもうし、みんな仲良くはなかったと感じてます。だからこそレクイエムいしぶみは大事だと思います。それにしても、激務の中、早朝新幹線にゆられ東京は、すごい。
投稿: 愛ちゃん | 2016年5月12日 (木) 12時23分