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「忘れられないあの日」その2

昨日の続きです。神奈川県原爆被災者の会作「忘れられないあの日」、その一部を接写させて頂きます。

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それはまさに地獄列車(1)(絵は接写していません。(2)のみ接写させて頂きました。)
           8月9日  長崎 15歳 女学生

「救援列車が来る!」
との事で、私達はその世話を命じられた。
入って来た列車を見た瞬間、私は息が止まるかと思うほど驚愕した。
それはまさに地獄列車そのものだった。
焼けただれた顔、皮膚がはがれて赤く腫れ上がった肌。
髪の毛はほこりと血にまみれて逆立っていた。
機関車のあらゆる所に怪我人が縋りついていた。
ギョロギョロとした目で見つめられて、足がすくんだ。

(2)

暫く呆然としていたが、気をとり直して車内に足を踏み入れた。
車内は、埃と、血の臭いと、呻き声で異様なものだった。
傷ついて動けない人を運び出す作業だが、手を握っても、
皮膚がずるずるとむけて手が付けられないので、
肩に担いでホームに並べて寝かせた。
すでに息絶えた屍体もあった。
水!水!と縋り付く負傷者に、手分けして水を飲ませて走り廻った。
戸板やリヤカーに乗せて、海軍病院や学校等に怪我人を運んだ。』

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お母さん死にたくない  8月9日 長崎 15歳 女学生

炎天下、全身火傷をして死んでいる赤ん坊を抱いて虚ろな目で空を見つめていた若い母親。

悲惨な姿の人が一杯いるが、ただただ自分のことで精一杯、だれが救いを求めても何をしてやる気力もない。
お母さん 死にたくない!
いっしょに死んで!
お母さーん 死にたくなーい!

声はだんだん小さくなっていった。
あの声は、未だに私の耳の奥底に焼き付いている。』

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コメント

お母さんが死んだ赤ちゃんを抱きながら死のうとしている姿は同じ零歳児を抱えている母親としては涙がでます。原爆は零歳児の未来を奪ったものだからこそ許さない。当たり前だとおもいます。また日曜日のG7首脳被爆地訪問のイベントの成功を祈ります。本当は謝罪と賠償を求めていくのが本筋であるとかんじます。

投稿: 愛ちゃん | 2016年4月 8日 (金) 11時19分

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