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毎日新聞「平和をたずねて」核の傷痕 続医師の見た記録

毎日新聞の連載から、もう少し。

『広島では被爆10年以内に甲状腺がんの発症はほとんどなかった。ましてや小児甲状腺がんは希少である。ゆえに甲状腺がんは早期に発症しないという「常識」が通っていた。チェルノブイリで原発事故の4年目ごろから増えている小児甲状腺がんを、放射能の影響とみるのは「非常識」という意見が大勢だった。』

『そこで武市さんは「常識の非常識」の問題に立ち返り、「なぜ、甲状腺がんは被爆後の10年以内に見られなかったのか」について考察する。

 広島では、被爆した年の年末までに約14万人が死亡したと推計されている。さらに急性障害で4年間に多くの人が亡くなった。医療施設が少なく、検査器具は不足していた。甲状腺の専門医は皆無に等しく、甲状腺がんは記録されていなかった可能性が強い。こうして「常識」が形成されたようである。武市さんはしみじみと語る。

「原爆が落とされて数年以内に亡くなられた人たち、なかでも幼い子どもが生きていたら、大変な数の甲状腺がんが発症していたかもしれません」

小児甲状腺がんの「常識の非常識」は、チェルノブイリの教訓の一つである。』

 以上、2月9日の記事の一部の引用は終わります。毎日新聞での武市先生の記事はまだまだ続いています。16日に書かれたことの一部です。

『<白血病や、食べ物の不足、体力の衰えなどを加えた放射線障害により、被爆後10年までに命を落とした人も多く、広島では小児被爆者が小児期の間に、甲状腺がんを発生するとは、とても考えられなかった。これを"広島の被爆者甲状腺がん発生の空白の10年"と呼んでいる>

チェルノブイリ原発事故から5年後にウクライナの病院で診察し、小児甲状腺がんの増えている現実に直面した武市さんは、再訪問を決意する。

「広島の医師として、チェルノブイリで甲状腺がんの空白の10年を作ってはならないと思いました。甲状腺がんは早期に見つけて治療をすれば助かります。」』

 以上で引用は終わります。

広島の「常識」がチェルノブイリで利用され、チェルノブイリの「常識」が福島で利用されています。

もう広島では新聞やテレビで報道されたことですが、武市先生は、福島から広島に保養に来る親子の甲状腺の検査を続けて下さっています。しこりが見つかり、定期的に検査を必要とする子どもたちも何人も出てきました。

 手術が必要な人も出ています。私たちは、一人一人の希望に沿って支援します。福島でなく、広島で手術をという希望があれば、私たちもそれに寄り添います。

この場を借りて言うのもつらいことなのですが、この甲状腺がんの検査をセットにした親子保養、資金が行き詰ってしまっています。また、改めてカンパの要請をすることになるかもしれません。その時には、皆様、どうぞよろしくお願いします。

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コメント

私も、今から70年前に、甲状腺疾患のためのエコー設備や検査技師、各種血液検査等はあまり整備してはいないだろうから、甲状腺癌の検体がないからこそ悪意をもって、日本の甲状腺医の学会をねじ曲げてやろうとしている圧力があるからだと察します。ガスリー検査だって、八十年代にようやく普及、その前はおしめにろ過紙を当てて甲状腺検査をするしかなかったらしいですね。甲状腺疾患は、年齢人によっては、の将来を左右しかねない疾患というのを悪意をもって、利用していると感じてます。

投稿: 愛ちゃん | 2016年2月18日 (木) 08時58分

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