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「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のご案内②

 呼びかけにもあるように、今年は被爆70周年。70周年の企画を考えた時、ヒロシマ・ナガサキだけでなく、あの大戦で大変な被害を受け、今も米軍の基地で常に闘いの最前線におかれている沖縄を無視できないと思いました。今年は沖縄からのゲストを迎え、広島と沖縄について考えたいと思います。

 ヒロシマからは、前広島市長、元衆議院議員、広島大学特任教授を務められた秋葉忠利さんに話して戴きます。秋葉さんには、平和の夕べの企画で話して戴いたことがあります。再度、秋葉さんの目指す核兵器廃絶についてじっくりお話しを聞きたいと実行委員会は考えました。

 沖縄からは、川崎盛徳さんや津波さん、この度来て戴いた仲間さんなどにお出でいただきます。川崎さんは、元読谷中学の校長先生。被爆ピアノ平和コンサートを読谷で行なった時、「父を返せ、母を返せ」とピアノの弾き語りで歌って下さいました。ピアノの演奏だけでなく、沖縄を語っていただきます。

 リレートークは、電車内被爆者の米澤鐵志さん、何度か企画に登場して戴いていますが、80才になられました。ますますお元気で、今年の4月には沖縄の辺野古にも行かれました。4月13日の琉球新報です。

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 そして、元京都大学原子炉実験所講師の小林圭二さん。体調を崩されたとお聞きし、心配していましたが、お元気になられたとのこと。良かったです。小林さんにも何度か登場して戴きましたが、今回は福島の現状、そして原発を巡る情勢などについてお話しいただきたいと思います。

 そして、広島からは藤田真弓さんに歌って頂きます。藤田さんは、ソプラノ歌手・オペラの歌手でもあります。

 オペラ「はだしのゲン」でゲンのお母さんの役を演じられました。ところが、今回、はだしのゲンの歌を歌って頂きたくお話ししていたら、ずっと以前、まだお若いころ、オペラ「はだしのゲン」の初演の時「はる」という役で出演なさったとうかがいました。自分の赤ちゃんが亡くなって、近所の人がゲンの被爆した日に生まれた妹「友子」をさらって来ます。その友子を自分の赤ちゃんと思い抱っこして子守歌を歌いながら死んで行くという、あの役です。しかも、その初演の時、藤田さんは、沖縄でもはだしのゲンのオペラを上演したのだと言われました。

 オペラ「はだしのゲン」の再演は、2012年3月。中沢啓治さんが、病を押して、オペラの練習の場に行き、演出の指導もなさいました。そして、本番の時。中沢さんは入院中でした。オペラを鑑に行きたいと言われるも、どうしてもドクターの許可が出ませんでした。そして、その年の12月、中沢さんは亡くなりました。

2012032113163830_ja_1_original 写真は、中国新聞平和メディアセンターから戴きました。藤田真弓さんにアドバイスされる中沢啓治さんです。

明日は、もう少し「はだしのゲン」と「オキナワ」についてオペラを中心にお話ししたいと思います。


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コメント

読谷中学の校長先生は音楽の先生なんて、珍しいですね。普通校長先生は、芸術科目じゃなく国語などですよね。秋葉元市長も元衆議院議員で、今は大学教育だなんてしりませんでした。もしかしたら歌手の梶川さんって私の母の友達の親戚かもしれません。

投稿: 愛ちゃん | 2015年6月26日 (金) 11時15分

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