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原伸幸さんをしのぶ会

 昨夜は、原伸幸さんのしのぶ会が友人たちの手で開かれました。

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 会場から溢れるほどの沢山の人たち。彼のこれまで生きて来た軌跡、人間関係の豊富さが偲ばれます。会費は500円でも、たくさんの方たちの差し入れで、本当においしそうな食べ物が沢山並びました。

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会場の床の間には、彼の遺影とお花とお野菜が飾られていました。

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 友人たちの手作りの写真集も飾られて。参加者の中には、秋葉前市長さん夫妻も。

 私の隣には、本当に何十年ぶりかにお会いする石井出かず子さん。石井出さんからは、著書「鉄と石炭と女」を戴きました。八路軍と行動をともにした石井出さんの半生については、また本を読んでご報告します。

 反対の隣りには「百姓をしています」という方。有機農業、百姓やで生産者と消費者をつなぐ働きをした原さんのことを話して戴きました。

 友人の古川さんの司会。そういえば、広島の男子校での家庭科の教師をしていた古川さんと私をつないで下さったのも、原さんでした。古川さんのあいさつの後、お姉さんの闘病生活の報告がありました。

 中でも、病棟でも彼は闘っていたと。それは彼らしくって。病院の栄養士さんとも喧嘩してしまって。「有機の食材を使えとは言わん。せめて季節の食材を使って」と。彼は冬でもキューりが出てくるのが許せなかったらしい。結局病院食を食べるのを拒否して。そして、これがおかしいのだけれど、これはお通夜の後のお姉さんから聞いたのだけれど、食べない物だからひもじくて、どこか出前をしてくれる所はないか、コンビニの弁当でも買って来て、とか、むさしのおむすびを欲しいとか。それこそ有機とは程遠いことなのだけれど、それでも病院食を食べたくなかったらしいと。

 昨年9月、手術をした時には、上行結腸癌は取れたのだけれど、腹膜に沢山播種があったこと。抗がん剤の治療も頑張ってしたこと。

 最後の頃、次々とお見舞いに来て下さるのがうれしくて、とても元気が出て、ドクターもびっくりするほど長く生きることができたと。

 話は尽きませんが、私は、どうしても行かなければならない会があって、中座してしまいました。みなさんの話が聞きたかったのですが・・・。

 彼の闘病を支えたお姉さん、息子さん、ほんとうにご苦労さまでした。息子さん、お父さんは、あなたが生まれた時には、それはそれは喜んで。繊細で豪放で、いい男でしたよ。友人の皆様、ご尽力、ありがとうございました。お役に立たなくってごめんなさい。

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コメント

市長さんからも慕われる教養がふかく懐も暖かい男性だったんですね。私の主人も男子校に勤務してますが男子校の家庭科ほど面白いものはないとのこと、八路軍と行動をともにした方の話を私も伺いましたが、従軍看護婦という強制労働だったときいて命懸けで帰ってきたそうです。絶句しました。満州から逃げる途中で八路軍に捕まり捕虜になり、終戦後、中国国内の内乱時に女性は看護婦に男性は炭鉱夫や鉄道開発に回され悲惨だったときいてました。死んだ方もいるようです。またシベリア抑留よりも数が少ないので国から保証金がおりず苦しみが耐えないと伺った覚えがあります。

投稿: 愛ちゃん | 2014年7月13日 (日) 09時36分

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