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のらや・百姓や・原伸幸さんその②

 昨日書いた、原伸幸さんの「偲ぶ会」について追加です。会に参加される方は、どうぞ普段着でいらっして下さい。それから、当日お香典を持ってこられる方は、「故人の夢の後始末のために使って戴くために、お返しなしでとご遺族にお伝えしようと思います。ご了承ください」ということです。

 できれば参加する方を把握するために、原戸祥次郎さん090-4574-0465にお電話下さいませ。電話なしでの参加ももちろん大丈夫ということです。

 原さんのことについて。

 私にとって原さんは師でもありました。私が分からないことをずいぶん教えてもらいました。原発の事。その危険性は当然分かってはいても、原発を失くしたら、どうやってこの日本は電気を作るのか、その心配に彼は丁寧に答えてくれました。

 土の大切さ、食・有機栽培・特に水洗トイレと肥料の関係。教育の問題。彼の言葉にはいつも薀蓄があって、楽しくて、話し出すと長時間になりました。

 震災前の飯館村の事。そこで素晴らしい農業を営んでいた村上真平さんの事。その村上さんが、飯館を追われ、三重でまた一から農業を始めたと。ぜひ彼の話を聴こうと、「8.6ヒロシマ平和の夕べ」主宰で村上さんの講演会を開きました。その時の話は、ここから 2日間にわたって書いています。

 その後の交流会は、もちろん「のらや」でしました。その頃は原さんが料理を作るようになっていて、ドーンとダイナミックで、それはおいしい料理を次々と出してくれました。もちろん、有機野菜と天然のお魚たちです。

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 その会には、二代目春駒さんが来て歌を歌ってくれました。広島で被爆したおじいさんの歌や「横を向いて歩こう」など。この二枚目の写真の右、カウンターの中に原さんが写っているのですが、ぼんやりですね。

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 病気になってから。昨年の暮れ「はだしのゲン」の中沢啓治さんの一周忌のイベントで中沢啓治さん監督の映画「お好み八ちゃん」の上映がありました。それを一緒に見ないかねと、入院中の彼に電話をしました。中沢さんの奥様もいらっしゃるし。外出許可をもらって来たらいいじゃないと言い、行くからと答えたのですが、結局彼は来ませんでした。

 お通夜でその話になった時、途中まで来ようとしていたのだと。でも、来る途中で気分が悪くなって、帰ったのだそうです。

 そのお好み八ちゃんに、原さんは、八百屋のおやじそのままの役で出演しているのです。

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 「ええ、いらっしゃい」と、キャベツを買いに来た八ちゃんに対応しています。これは、その時に私が一番後ろの席から画面をアイパッドで写したものです。

 そして、彼のお葬式は、なんと中沢啓治さんのお葬式が行われたその同じ会場でした。彼自身ももちろん、遺族の方たちもそれを知らないで会場をきめたのだと。私は、すごいご縁というか、運命というか、感じざるを得ませんでした。

 繊細で、かつ豪快で、いい男でした。合掌。

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コメント

通夜には間に合いませんでしたが、昨日の葬儀に参列しました。
原君の一人息子もとのぶの喪主挨拶が健気でした。
<合掌>

投稿: shiozy | 2014年7月10日 (木) 12時49分

農業全般や原発についてもいろんな造形が深く教養があったんですね、寿町にいらしたということで教条的な人ではなく、多くの方に、また著名な文化人にまで愛された人柄が伝わってきました。先生、お辛いでしょうがまた良いことがあると思って生きてください。応援してます。私たち夫婦の知り合いで寿町で社会福祉活動をされている方がおられますが、凄く教条的な感じがしてお付き合いをやめましたが、先生が素晴らしい方ともうされるのであればきちんとしている方でやさしくて大きな懐をもった方だったのだろうと感じます。

投稿: 愛ちゃん | 2014年7月10日 (木) 12時53分

原さんは、先生の選挙の時にお見かけしたくらいで、お話をしたことはありません。
その選挙の時の笑い話だったと思います。
原さんが夜に市長公邸に訪れたときに、玄関先で不審者扱いされ警察官が駆けつけてきたことを、先生と原さんがコントのように笑い話されていたことですね。
長年一緒にコントをしてきた相方同士のようで、見ていて楽しかったです。
先生が、気兼ねなくポンポンと言いたい事を言っていてとても楽しそうでした。
気兼ねなく言える相手を失うのは、とても寂しことですよね。
私も昨年にそんな友人を亡くして、失ったものの大きさは親とはまた違う寂しさがあります。

投稿: やんじ | 2014年7月10日 (木) 13時11分

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