2014年8.6.ヒロシマ平和の夕べチラシから8.
矢川さんの「海をわたる被爆ピアノ」には、お父様の被爆の話、ピアノの持ち主だった人たちの被爆の話、被爆後のピアノへの思い、世界での被爆ピアノの演奏会、それを開催する方たちの思いなどが沢山語られています。
今、美味しんぼの鼻血の話で、「風評被害」ということが言われています。私は、風評被害は、物事を隠そうとすることでなく、事実をきちんと提示して、その上で当事者がそのことをどう受け止め、どう生きて行くかにかかっていると思っています。
矢川さんのこの本に書かれていることを二つ紹介します。
愛知万博の際、高校生からの依頼で、被爆ピアノの演奏会を開催することになっていました。その一週間間前、万博の実行委員会の一人から電話がかかってきたと。少し転載します。
『「被爆したピアノということは、原爆の放射線もあびているわけですよね。その放射線のせいで、もしも万博会場で何か問題がおきた場合、あなたは責任をとれますか?」
委員会の人は、いきなりそう質問してきたのです。
高校生たちの真剣な気持ちにこたえようとし思っていたわたしは、頭から冷たい水をぶっかけられたような気持になりました。おもわずムカッとしました。
2001年から「アオギリ平和コンサート」は毎年つづけていて、広島県内の学校からもよばれて年間7、8回は演奏会に出かけています。被爆ピアノが愛知万博の平和コンサートに参加することは地元広島のテレビ局も知っていて、当日の様子を放送することも決まっていました。
「そげん(そういう)ことをおっしゃるんなら、あなた、広島にぁ来れやせんよ(来られませんよ)。」
広島に原爆が落とされて約60年も経つのに、広島が今も放射線まみれの街のような言い方にきこえたからです。自分が生まれ育った場所をバカにされたような気がして、受話器を持つ手もブルブルとふるえていました。わたしはふだんはニコニコしていますが、本当はおこりっぽいのです。胸のおくからわき上がってきた気持ちを、はきださずにはいられませんでした。
「わかりました。被爆ピアノは万博にはもって行いきません。ただ、地元のマスコミなどにはすでに伝えていますから、なぜ中止するのかは説明しないといけません。今あなたがおっしゃったように、万博実行委員会の人から『被爆ピアノを持ち込んで、参加者に放射線の影響が出た場合に責任が取れるのか。』といわれたからだ、と伝えます。」
そういいおえるやいなや、わたしは電話をガチャンと音を立てて切ってしまいました。』
これらの差別は、人々が「よく知らない」ことから来ると矢川さんは言っています。もう一つのエピソードを転載します。
『 静岡県浜松市のピアノ製造会社で、わたしが調律師の仕事をしていたときのことです。調律に出かけた家のおくさんと話をしていて、広島市出身のわたしの父が、原爆を体験していると知った彼女はこう言ったのです。
「うちの娘も今、広島の会社で働いているんだけど、広島の人とは絶対につき合うなって、きびしく言ってあるのよ。だって被爆した人の子どもには、原爆の後遺症が出るかもしれないでしょう。そんな人と知らずに結婚でもして、もし子どもができたらたいへんなことになるわ。・・・・だから矢川さんも、お父さんが被爆したというのは、ほかの人にはあまり話さないほうがいいわよ。」
私の父も、広島に当時住んでいた人たちも、自分からすすんで被爆したわけではありません。原爆からにげる方法もありませんでした。
国籍や肌の色のちがい、背が高い低いなどの容姿と同じように、自分で選びようがないものについて、その人を傷つけるような行動をとったり、言葉にしたりすることは、人としてもっとも恥ずかしいこと。やってはいけないことです。』
そのような思いが込められた被爆ピアノの三浦裕美さんの演奏、今年も楽しみにして下さいね。
なお、今年の8.6.ヒロシマ平和の夕べは、広島YMCA・国際文化ホールにて、8月6日午後3時開場、3時半開演です。
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コメント
私は先生の今日のブログにのってある、被爆ピアノの一見のほうが風評被害だどおもいます、放射能について被曝についての過小評価をすればするほど風評被害は大きいし、染色体異常についても過小評価をすればするほど差別はうまれてくるなら今すぐきちんと医療情報についてきちんと国民は取得する義務や権利はあるからこそ問題なんだとおもいます、きちんとした放射能被害を末端までいかせないうごきのなか、きちんとした医療情報を取得する義務や権利は基本的人権だからこそ、風評被害についての認識や反原発はかかせないものだと感じます。
投稿: 愛ちゃん | 2014年5月24日 (土) 11時05分