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「女の子」「この子」

 その、滋賀で行われる「性教育指導セミナー」の説明を、会長の代理で来られたドクターがされました。今回は「いつ産むか」が大きなテーマでした。当日のプログラムの説明の時です。

「女性の仕事と子育て」という講座を一つ。これは、大学(病院)で、子どもを産んで育てながら仕事も頑張っている「女の子」がいますので、この「子」にその講座をやってもらいます。

と言われたのですね。私は、びっくりして。すべての説明が終わって、何か質問をという所で、ずっと考えていたのですが、やっぱり言わなければ、という思いで言いました。

先生、「女の子」だの、「この子」だの、それはないでしょう。女性のドクターとか、女医さんとか、言い方があるでしょう。「性教育の会」なのですから。

と言ったのです。後で、座席にもどってから、すいませんでした、といわれたので私はさらに「先生が、女性や女性の医師をどう見ているのかということですよ」と追加しておきました。

 性教育って、体を学ぶのと同時に、「人間関係の作り方」を学ぶものでもあります。その全国大会をしようという、実行委員会の偉い人が「この子」といわれたのでは、たまった物ではありません。

 これは、言葉がりではないのです。「意識」の問題なのですね。言葉は、意識が出る物。女性のドクターがその医局や産婦人科会などでどう見られているのかが透けて見えました。だって、一緒に入局した同じ年の男性の医師を「この子」っていいますか?

 しかも、その発言をなさった所は、沢山の女性のドクターがいる所。子どもを産んで育てながら頑張っている人も沢山でした。私は最年長です。子育てをしながら仕事をすることがどんなに大変なことか、よーく分かっています。

 その場が凍りついたけれど、でも、不適切な言葉を使われた時には、指摘をしておかないと。指摘されたことで、自分の意識を見直して戴きたいと、そう思いました。

 大体、医師という狭い社会は、「人権」とか、「男女の平等」とか、全くうとい所なのですね。社会では、差別用語として使わなくなった言葉を使われて、あっと思うことが良くあります。これらは、いろいろな社会の人たちと接して気づき、成長していくものなのですね。

 そのことを、「こんな恐ろしい会には二度と来たくない」と言っていたと、教授が言われたのです。

 後で、その教授に「誰がどう発言したのか、聞かれたのですか?」とたずねたら、ええ、聞きました、と。「でも、先生にそう言ってもらってよかったんです。彼にとって、そんなことははじめての経験だったんですよね」と言われました。今度、滋賀でそのドクターにお会いした時に、頭を下げておこうと思いました。「恐ろしい思いをさせてすみませんでした」と。

 以上、ご報告でした。


 

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コメント

その教授って、完全に自分の女性の弟子をばかにしてますね、一人の人間として見てないんだとおもいます。研究室の延長で発言したんだとおもいます。かなりその女性医師をみくだしてますね、ほめたつもりでいったのかとおもいますが。一晩思い出しましたが、教授が我々に書かせたのは、排卵三日前の卵の状態から生理になるまでの卵の状態とその間の子宮内膜の厚さをおしえてくれましたがそれを、いきなりおしえた母校の内科医の教授がいましたが、みんな分かりにくいといってます。なにも前触れの講義もなく、これが定期試験にでるから覚えろといわれて覚えようとしましたが、だめでした。大学一年目はおとしましたが、二年目は違う教授にかえました。大学は薬害エイズの事件をおこしたところですが、実際今私がいるのは、少子化タスクフォースにやとわれた教授がいる大学病院ですが、やっぱりきちんと医療をやろうとするなら薬害事件なんか起こさないし、一般教養の講義に内科医がいきなり前触れもなく子宮内膜の厚さの成り立ちなんておしえないよなってかんじてます。勘違いの教授が最近多いとおもいます。河野美代子先生のご主張正しいとおもいます。頑張ってその教授いじめてください。

投稿: 愛ちゃん | 2014年4月14日 (月) 08時52分

 セクハラ、パワハラ、、、、ドコにでもゴロゴロあるのですが、、、、大活躍の貴姉でさえも(貴姉だからこそ!、、、、こちらの方が正しいか?)、そんな場面に遭遇されるのです、、、、ね!!  改めて 人の闇を見ます。
 ご自分の立つところに しっかり立ち 歩まれれる貴姉の姿こそ 慰め励ましそのものです。 感謝!!

 

投稿: Mi-Ha | 2014年4月14日 (月) 08時58分

72歳の私の父は、
中学の同窓会に「女の子の方が多いくらいかな」
といって、いそいそと出かけていきました。
72歳になっても、父にとっては可愛らしい女の子のようです。

投稿: 宇品灯台 | 2014年4月14日 (月) 12時34分

河野先生( ・∀・)=b グッジョブでございます。

投稿: Hayashi | 2014年4月14日 (月) 13時14分

その男の子、だめですね!

投稿: ⑦パパ | 2014年4月14日 (月) 15時38分

医師の世界も我々の世界同様どんな人に対しても「先生」と呼ぶのかと思っておりました。
おっしゃるとおり「言葉」は「意識」の現れですね。

投稿: もみじ日記 | 2014年4月14日 (月) 16時10分

広島の大学で教え始めたとき、同僚が学生を「この子」(男女にかかわらず)と言っていたのでびっくりしました。関東ではありま聞かない表現です。ましアメリカでは、学生も教授もお互いファースト・ネームで呼ぶような雰囲気ですのでなおさらです。やはり学生は、独立した個人として尊重されるべきだと思います。まして、独立した職業人だったら当然です。河野先生謝る必要はありませんよ。

ちょっとこの主題とは離れますが、自分の伴侶を「嫁」と呼ぶのも、西と東の違いの表れでしょうか。義理の両親が、息子の妻を「嫁」と呼ぶのは、まだ家と家との関係で婚姻関係の成り立つという昔の仕来りの名残でしょうが、それでも夫にとっては妻であり、決して嫁ではありません。それが「嫁」になるのは、一家の長としての立場から、ということになるのでしょうか。両性の合意のみによって成り立つ対等の関係を表現する言葉としては極めて不適切だと思います。

投稿: 半可通 | 2014年4月15日 (火) 06時22分

河野先生、初めまして。
時々こっそり拝見させてもらっている、中高2児の母です。

思い出しました・・・
20数年前、出産直前まで働いていた会社では女性社員は皆、ほとんどの男性社員から
「うちの女の子」って言われてました。
当時の私も、河野先生のようになんだか違和感を感じて、
「私女の子じゃないですよ」と言ったら
「またまた~」とはぐらかされて、退職まで女の子で呼ばれた記憶があります。

「悪意」のない「差別」は伝染するのかもしれませんね。

投稿: まままる | 2014年4月15日 (火) 09時03分

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