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観音高校演劇部OB会

 一作児の日曜日、性教協のセミナー、総会の後は、急ぎ家に帰った後自転車でそごうへ。10階の加賀屋で高校時代の演劇部のOB会でした。当時の顧問の中冽正堯先生が、クラス会に来られるとのことで、急遽夜は私たちのために時間を作って戴きました。

 メンバーも広島にいる者だけでなく、福岡や京都や香川からも駆けつけて、計16人が集まりました。中には癌の闘病中だという人も。

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 やっぱり昔の仲間はいいですねえ。ライバル心も皮肉もありません。お互い、いたわりあったり、感心したり、感動したり。仕事はリタイアしていて、介護の生活に入っている人もいます。

 当時の観音高校の演劇部のことを書かれた文章を冊子からプリントして来た者もいて、みんなに配ってくれました。考えてみれば、ちょうど50年前の話です。でも、私たちにとっては、ついこの前のこと。細かく覚えています。新たなことも聞きました。

 観音高校が「象の死」を上演したときのライバルは、「おーい助けてくれ」という翻訳物を上演した皆実高校でした。私たちが勝って優勝したのですが、そのことを当時の皆実の顧問だった先生が書かれていました。

 そのうえに昨日聞いたこと。その演劇には「吉田拓郎」が出ていたんだと。ひゃー、50年ぶりの事実発覚。それに、これは以前から知っていたのですが、その時に出ていた男性の役者、堀尾さんは、大学は美術関係に行って、舞台装置の第一人者になって、数々の賞をもらっていると。ネットで調べてみると、堀尾幸男氏。すごい舞台を作っているし、広島県出身となっているし、生まれも私より一つ上だし。間違いありません。

 中
冽先生は、兵庫教育大学の学長を退任され、今は国語の授業をみて指導してほしいという依頼があれば行き、また家では様々な文章を書かれていると。今書いているのは、日本の唱歌について連載していると。最近では「春」をテーマの歌について。

 「早春賦」の二番は、「氷解け去り葦は角ぐむ」葦角ぐむとはどういうことか、なぜ葦なのか、昔は葦がどう捉えられていたのか、そんなことの解説とか。それから「春が来た」。これは掛け合いの歌。

「春か来た」「どこに来た?」「山に来た、里に来た」「花が咲く」「どこに咲く?」と考えると、歌が生き生きと動くと。さらに、鳥が鳴いたあとは何が来るのだろうかと考える、風かな?風だったら、どんな風なのだろうか。そんな風にどんどんと広がって行く。ということなどを聞いて、やはり言葉の持つ面白さとか、大切さとかを改めて認識させて戴きました。

 昔に戻って、笑いが絶えない楽しいひと時を過ごして、すっかり充電できました。先生を始めとして、集まったみなさんに感謝です。

 

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コメント

河野美代子先生は演劇の趣味があると私の高校の国語の教員がいってましたが本当にそうだったんですね。また、わたしは吉田たくろうの下らないフォークソングがすきで、吉田たくろうのドーナツ盤をわざわざ高円寺の中古レコードやでさがして買って家で聞く趣味をもってますが、主人からその趣味は冷たい視線をかんじます!

投稿: 愛ちゃん | 2014年2月18日 (火) 10時52分

昔の仲間・・・いいですね。羨ましい。
なんで途中で倶楽部を辞めてしまったんだろう。って
いまだに後悔します。その分娘が6年倶楽部を続けて
青春してくれましたが。

投稿: ⑦パパ | 2014年2月18日 (火) 12時04分

河野先生も含めてすごいメンバーを輩出しているのですね。

投稿: もみじ日記 | 2014年2月18日 (火) 14時28分

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