「貧困・家族」について③少女のブログから
昨日の少女の続きです。16歳の彼女が事件直前、ブログに書いた家族への思いが毎日新聞のシリーズ「漂流する10代 いつも独りぼっち」に写真で出ていました。
『 私ね、家族ってゆーの
いないんだって
さっき親に復縁
しよって言おうと
思って電話したの
そしたらね
なんのよう?って
うちわ家族ぢゃないけ
しらんのんだって
やっばり無理なんだ
親がちゃんと
せんけんこんなに
なるんぢゃん
嫌だったんぢゃん
ぢゃけ家出てちゃんとしようて
思ったんだよ
何もわかってないネ
うちの夢どんだけ
壊してきたの?
もぉしんどいょ
絶対に親みたいに
ならんけんな
見とけよ
幸せになってやるわ』
このブログが書かれたのが6月25日。その3日後に事件は起きました。
逮捕後、母親から一通の手紙が少女に届いたと。そこには「もう関わらないで」と書かれていたと。この少女は、家庭裁判所に送致され、結局女子少年院に保護されました。
この事件が、なんだか「LINE」にばかり注目されて報道されているのに、違和感を持っていました。背景は、決してLINEではないと思い続けていました。
確かに、LINEでの短い言葉やスタンプでのやり取りでは、どんどん誤解されて、それがエスカレートしていく側面はあるでしょう。ただ、かれら社会や親たちから拒否された少女たちにとって、LINEは、仲間との繋がり、ひいては社会とのつながりの一唯一の手段であると思うのです。
以前、私は深夜に一人の少女を救急車に同乗して、大きな病院に搬送してもらいました。その救急車のベットの上でも、少女は、ずっと仰向けでスマホを離しませんでした。彼女は、お腹が痛くて、いま、救急車に乗っていること等を次々と発信し、それに対して、多くの仲間から「ガンバレ」とのメッセージが送られてきました。
こんな夜中なのに。みんなまだ起きているの?と思いながらも、彼女にとってこれは必要な仲間たちなのだと思いました。親に拒否された少女にとって、仲間とのつながりが社会とのつながりでもあります。これがあるからこそ、彼女は今の状況に耐えられるのだとも思いました。
彼女のバッグや靴と急いで書いた紹介状とカルテを持って大きな病院に行った私は、そこのナースから、お母さん、と呼ばれました。そう、こんな時には、親がついてくるのが当たり前ですよね。親に連絡しても、すぐに駆けつけるとの返事はありませんでしたし、私のクリニックへの支払いも、結局彼女が退院して、一人で払いに来ました。
でも、永山則夫や今回の広島の事件でも、出て来る「親」はいつも「母親」です。父親は、一体子育てのどこに出てくるのでしょうか。「貧しさ」も、父親の稼ぎに影響されると思うのですが・・・。
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コメント
ちょっと辛口さんからの投稿の片山さつきさんの元夫からのDV被害を伺いますと社会の上の方も家庭があるけど家庭がないなと思うし、片山さんの元夫はその後別の方と結婚したようだけど本当に家庭生活できてるのだろかって心配しました、また自分は女性に手をあげない宇都宮さんにいれるのが都民としての良識だと感じます。やっぱり十代のその女の子は母親にすてられて母親の罪はさばかれないのはもどかしい彼女らは本当に生きてくすべがないから仕方なく風俗業界に入ろうとして幸せになりたかったんだろうけど、本当に風俗業界には入ろうとはおもっていなかったんだと思う。親や学校には本当に生きるすべや暖かさをあたえられなかったし、母親は彼女を愛してはいないだろうだから憎しみの対象で何もいきるすべもない彼女を家からおいだしたのだから寂しく思う。母親とうまくコミュニケーションさえとれてれば母親があいしてさえくれてれば犯罪にはならなかったんだろうなと感じます。本当に女にとって母に相談したいとき母とコミュニケーションとりたいとき初潮がきたときからふえましたが、なかなか、母親も女だからコミュニケーションとりにくいときありますが本当にでもコミュニケーションをきちんととるだけでももっときちんと対応できた時はいくらでもあったなとおもいます。本当に十代のその犯罪を犯した少女が本当に居たい場所は、女子少年院という児童福祉施設ではないはず家庭だと感じます、家庭はあるが家庭は崩壊してるから家庭に帰りたくないという十七歳の少女の寂しさやあらゆる餓えがみにしみてきます。
投稿: 愛ちゃん | 2014年1月22日 (水) 10時54分
そうです。LINEは悪くありません。コミュニケーションを取るためには素晴らしいアプリです。何より、韓国発ですしね。
投稿: 甘口 | 2014年1月22日 (水) 17時12分
深い分析参考になりました。
ありがとうございました。
「父親」の件は,うちも父親がいない家庭のようなものなので,耳が痛いですが( ̄▽ ̄)
投稿: もみじ日記 | 2014年1月22日 (水) 22時07分
ご沙汰しております。
先生、誰にも話せない気持ちをはきださせてください。
今、話題になっている社会的養護を題材にしたドラマ。私は怖くて見てないのですがネットを開くとその内容とともに様々な賛否両論が出ています。
「ドラマはフィクション嫌なら見るな」「すてる」「かわいそう」「バカ親」「子どもの気持ちを考えろ」「無責任な母親」
嫌でも目にしてしまうコメントに、自分がしたことを突きつけられ辛いです。
「大丈夫。私に育てられるよりあの子は今幸せでいるんだ」
と自分には言い聞かせています。
私が苦しむのは仕方がないですが、当事者である子どもたちに
「母と名乗れなくてもあなたの幸せを願い心から大切に思ってる」と直接言うことができないことが一番辛いです。
女は心身ともに一生の跡がつく、でも男もその当事者であることには思いも及ばないものなんですね。
どの子にも必ず父親がいるのに。
出産は「ちょっと産んでみよう」と軽い気持ちで乗り越えられるようなものではないです。
私と同じ経験のある彼女たちが今同じように辛いのではないかと心配です。
河野先生、信頼できる後継者が見つかるか、辛い妊娠をする女性がいなくなるまで現役でいてください。
投稿: 14歳の母 | 2014年1月22日 (水) 23時34分
先生、コメントありがとうございました。
もう大丈夫です。時々、後悔ともなんともいえない感情が噴き出してしまい、事情を知る母に話すように先生のブログに書いてしまいすみません。
同じような過去をもつ女たちは、つながったり、語り合う場はまずないので自分で昇華させていくしかないのはよくよくわかっています。
ちゃんと受け止めてくださり、応えてくれて本当にありがとうございます。落ち着きました。
社会的養護の問題も「性の教育」が根底と思います。男性も女性も。私もまだまだ勉強不足。
ただ、あのドラマが子どもたちがたくましく生きることや親子愛に責任転嫁することなく、非婚や未婚、婚姻再婚に関係なく子どもを取り巻く諸問題、寡婦控除含む同じ女性への差別や偏見、社会的養護を必要とする子どもの18才からの生きづらさまで喚起できるような作品であることを願っています。
ましてや、今でさえグループホームをつくるにも大家さんに理解してもらえず物件をみつけるのも大変なさなか、子どもの目線と言う盾でその居場所さえなくするような偏見を助長するようなものでないことを切に願います。
投稿: 14歳の母 | 2014年1月25日 (土) 00時23分