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2014年「ヒロシマ平和の夕べ」①今年は女性に焦点

 1月25・26の土・日は、「ヒロシマ平和の夕べ」実行委員会の新年会と今年の8・6平和の夕べに向けての会議でした。来年は被爆70周年。今年はその被爆70周年のプレ企画ともなります。

 そして、杉並の女性たちが原水爆禁止の署名活動を初めて、60周年になります。この署名活動について、ここに 書いた「核兵器のない明日を願って―広島県被団協の歩み―」から少し引用します。

 『被爆者の苦しみをよそに、世界では核開発競争が一層激化し、1952年(昭和27年)10月3日にはイギリスが初の原爆実験を行い、第三の核保有国となった。その一ヵ月後の11月1日には、アメリカがより破壊力のある水爆実験を初めて実施。次いでソ連も翌1953年(昭和28年)8月12日、水爆実験を行った。

 この核開発競争の中で、1954年(昭和29年)3月1日、悲劇が起きた。アメリカがビキニ環礁で行った水爆実験で、大勢のミクロネシア住民が被爆したうえ、危険区域外で操業していた日本のマグロ漁船「第五福竜丸」が“死の灰”を浴び、乗組員の久保山愛吉さんが放射能症で亡くなったのである。日本人の好物であるマグロも大量に放射能で汚染された。このビキニ被災事件は、核の脅威を身近に感じさせる出来事として日本中に大きな衝撃を与えた。

(中略)

 杉並区の主婦らが5月9日から始めた原水爆禁止署名運動は、世話人の安井郁・法政大学教授の努力もあって、またたく間に国民運動として全国へ波及していた。』

 署名活動60周年、このことからも、今年の「8・6ヒロシマ平和の夕べ」は、女性に焦点を当てた会にできないかと考えて企画しています。すでに何人かの女性の皆さんから参加・発言の同意を得ています。もう少し、決定し切れていませので、それが決まり次第、今年のプログラムのお話しをしますね。

 実は、広島の被爆女性たちの、杉並の女性たちの運動よりもうんと早くからの立ち上がりがありました。その運動、「特定秘密保護法案」が通った今、その当時のプレスコードの中でどんなに大変であったかを含めてお話ししたいと思います。

 とぎれとぎれになりますが、シリーズとしてお話ししたいと思います。固い話ではありますが、どうぞお付き合い下さいませ。

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コメント

杉並の母親たちが勧めた署名運動の大きな油絵の記録画を丸木美術館でみました、その日は、敗戦記念日でしたが、主人との最初のデートでした。迫力ある画風でした。杉並の母親たちが勧めた運動が一番と東京では教えられますが、広島から核廃絶運動がはじまったんですね、私は一年前、ビキニ乗組員の生き残りの方を知人にさそわれてよくわかりませんでした。また、そのときなんか著名な社会運動家の星野氏の夫人が演説してましたが、正直興味ありませんでした。河野先生の解説なら納得しました。

投稿: 愛ちゃん | 2014年1月28日 (火) 15時51分

愛ちゃんさま
丸木美術館に行かれたのですね。私がもっとも行きたい美術館の一つです。丸木ご夫妻は被爆者の支えでした。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2014年2月 9日 (日) 11時27分

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