今年の「8.6.ヒロシマ平和の夕べ」には、福島の若者たちが舞台に上がって、それぞれ語って下さいました。私は司会をしてていたもので、うろちょろしていて、全部をきちんと把握していなくって。彼らが語ったことをここに報告したいと思いながら、そのままになっていました。その感想を、ミニコミに投稿した方があって、それが掲載されたミニコミ誌を送って下さいました。
とてもよくまとまっていますので、了解を得て、そのまま掲載させていただきます。
福島で生きる若者たち
〈8・6ヒロシマ―平和の夕べ―〉に参加して
今年の8・6ヒロシマ-平和の夕べ-で発言した福島の若者たち。福島に住み続けることの思いや悩み、そして希望を語った(8月6日 広島市内)
今年の8・6ヒロシマ平和の夕べ。福島の若者からの話が、特に印象に残った。福島から来たのは飯舘村出身の佐藤健太さんと、〈peach heart〉、〈女子の暮らしの研究所〉という福島の女子(女子とは、18才以上の学生や、まだ子どもも持っていない世代を指す)のグループのメンバーたち3人。
健康、行動を記録に
佐藤さんは、震災・事故直後、最もひどいレベルの放射能汚染をもたらされた飯舘村にいて、その情報が全く明らかにされず放置され続けていた中で、自分たちは本当に大丈夫なのかと、ツイッターなどでSOSを発信し続けていた。
そのなかで、飯舘村にいち早く調査に入った今中さんに出会い、リアルな状況を率直に教えてもらって、それ以降、健康や行動の記録を手帳に残そうと動いている。
佐藤さんはこれまで、いろんな人と出会い、いろんな状況も見てきた。そしていろんな思いを持ちながら、今でも張り詰めた気持ちで、福島市での生活を続けている。
女性が本音を出せる
〈peach heart〉の代表の女性は、震災当時は東京に住んでいたが、もともとは南相馬市出身。その後、復興支援のために東京―福島を往復していた。しかし地元に居続けないとわからないことも多く帰郷を決意した。
放射能汚染という中で、妊婦や子どもに対しては避難をすすめる動きもあったが、近い将来、子を持つ可能性のある自分たちはどうなるのかという不安がとても大きかった。色々勉強して放射能の恐ろしさを実感する。その後出会った同世代の女性たちにどう思うのかと聞いてみると、「気にしない」、「本当に怖い」、「どうしていいかわからない」など反応は様々。そして、家族や彼とこの問題についてきちんと話し合えない、本音で話しづらい環境にあることがわかった。
自分が福島に戻ってもそんな環境はイヤだ。何とか変えたいと思い、女性たちが本音を出し合える場として〈peach heart〉を立ち上げた。勉強会や保養をかねた旅行などをやってきているそうだ。
子どもを産めるのか
〈女子の暮らしの研究所〉の女性は郡山市出身。いったん避難を決め千葉に移ったが、そこでは福島のことがあまりにも知られていないと感じ、情報発信しようと決め、また福島へ。毎週火曜日の、〈女子の暮らしの研究所 LABOLABOラジオ〉というラジオ番組などで情報発信している。
福島というととにかく、「危険だ」、「安全だ」、「逃げろ」、「煽るな」ということがよく言われるが、彼女たちは普段どういうことを感じて生きているのか、どういうことに胸を痛めて、または前向きに生きているのかということなどを発信している。
去年、親子保養ツアーのボランティアで広島に来て河野さんと知り合った。子どもを産めるのかなど、彼女たちのたまらない不安を河野さんは受け止めてくれた。河野さん自身が被爆2世として同じ悩みを持っていたこと、その中で、「産むんや、命丸ごと引き受けよう」と決めたことなど教えてもらいとても前向きになれたとのこと。
「そもそも私たち自身が、障害を持って生きていくとか、病気の子どもを抱えて子育てをしていくということに対して本当に無知だったということを知りました。それはじゃあ社会を変えていけばいいんじゃないかと、本当にみんなが暮らしやすい社会をつくれば幸せになれるとようやく気づくことができて、そんな社会をつくるためにいろんな活動をしています」
福島にとどまる思い
福島のことで、関西という離れたところに住む私たちにわかっているのは、原発事故によりかなりひどい放射能汚染がもたらされたということと、その事故が収束するどころか、汚染水の問題など影響がますます拡大しつつあるというようなこと。それ以上の、福島に住む人びとの思いを伝えるような報道はすでにほとんど見られないし、生の声が伝わってきにくくなっている。だから今回は本当に大事な声を聞ける機会だった。
わずかの時間で、彼ら彼女らにとっては自己紹介程度の話しかできなかったと思うが、それでも福島に住み続けていることの思い、決意のようなものを受け止めざるを得なかった。被ばくということを考えると、若ければ若いほど福島から出来るだけ遠くに離れたほうがいい。出来るだけそうするべきだと思うが、そう簡単にいかない事情があるのも想像できる。今回の福島の若者たちは、何か事情があるからというよりも、もっと積極的にそこにとどまっている。そして彼らが悩みながらも現地で生き、活動してきたことは、やはり必要で大きな意義を持つものだと思った。
避難すべき、避難させろというたたかいは、それでもなお継続しなければならないと思うが、福島でのこのような活動と結びつきながら、現地の声、思いをもっと伝えていくことが、まず何より求められていると思った。(A)
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