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「はだしのゲン」閲覧制限撤回について。その②

 恋をしたゲン。被爆以来苦労続きだったゲンにとって初めてと言っていいほど楽しい日々がありました。でも、その恋の相手光子さんは、原爆病で亡くなってしまいます。

 愛する人が亡くなってしまったゲン。原爆は、いったいどれだけ苦しめればすむのか。隆太を追い払い、一人になったゲンが川辺で大泣きします。ワーンワーンと泣く姿に涙しました。原子爆弾後障害は決して大げさでありません。

 以下は、広島市ホームページからの転載です。

『 原子爆弾による放射線は、被爆直後の急性障害(発熱、はきけ、下痢など)だけでなく、その後も長期にわたってさまざまな障害を引き起こし、被爆者の健康を現在もなお脅かし続けています。
 昭和21年(1946年)初めころから、火傷が治ったあとが盛り上がる、いわゆるケロイド症状が現れました。また、胎内被爆児は出生後も死亡率が高く、死を免れても小頭症などの症状が現れることもありました。さらに被爆後5、6年が経過した昭和25年(1950年)ごろから白血病患者が増加し、昭和30年(1955年)頃からは甲状腺ガン、乳ガン、肺ガンなど悪性腫瘍の発生率が高くなり始めました。
 放射線が年月を経て引き起こす影響については、未だ十分に解明されておらず、調査や研究が現在も続けられています。

 また、原爆は、人や物に大きな被害を与えただけではなく、人々の社会生活そのものを破壊しました。
 その徹底的な破壊力は、家族から親兄弟や親戚、知人などを奪い、あらゆる施設はもちろん、さまざまな社会的機能をも一瞬にして消滅させました。それは、かつて人々が経験したことのないものであり、生き残った人々の生活に、言葉ではとても表現できない数多くの困難をもたらしました。
 原爆によって心身に及ぼされた傷害は、時が経過しても癒えることがなく、特に放射線の恐ろしさが目立ちました。
 連合国による占領期に制限を受けていた日本の原爆症研究は、昭和26年(1951年)の独立後ようやく進み始め、後障害に苦しむ多くの被爆者の姿が次第に明らかになっていきました。』

 恋の相手光子さんとゲンは、日本軍が中国などで行った行為や、天皇についても様々語り合います。家族を失い、その後の生活に大変な苦労をして来た二人の会話は、まったく不自然でなく、「戦争」そのものの否定に繋がって行きます。ここで出て来る、日本軍の乱暴について、在特会の人たちは抗議し、また松江市教育委員会の人たちも問題にしたようです。しかし、全体を通して読むと、『戦争』というものですべて語られることであり、日本軍のことだけ、一部だけを取り出して問題にするものではありません。

 10巻では、孤児の仲間「むすび」の悲惨な死も出てきます。これだけ麻薬や脱法ハーブが社会を蝕んでいる今の社会で、学校でも薬物教育に取り組んでいますが、このむすびの姿を読むだけでも、大いに教育になるというものです。私も、小さいころ、ヒロポン中毒が本当に具体的に身近なものでした。近所の病気がちな女性に、「いい注射がありますよ」と男が語っているのを目の当たりにしたりしましたもの。

 すべてを失い、落ち込んでいたゲンが、新しく希望を持って東京へ旅立ちます。そのラスト。

「さようなら広島の街 さようなら広島の山 さようなら広島の川 さようなら広島のみんな さようならわしを育ててくれた広島の空よ 大地よ」そのゲンは、列車の中から麦ふみをしている姿を見ます。

「踏まれても踏まれても たくましい芽を出す麦になれ」と言ったお父ちゃんの姿。

「わかっとるわいお父ちゃん わしゃでっかい麦になったるわい わしゃどんとな苦しみがおそって来ても負けんわい カッパカッパ 屁のカッパじゃ わしゃとことん生きて生きて生き抜いてやらあ」そのラストはまた感動的で、涙で読み終えました。

Dscn2926_1280x960_2  まさにこのラスト。英語ではだしのゲンを読む講座の最後の講座に、中沢啓治さんご夫妻が参加して下さいました。亡くなる二ヵ月前です。苦しい中を、酸素吸入をしながら、車いすで。この時、私はゲンの役をさせて戴きました。中沢さんは、「やあ、ゲンが英語をしゃべったねえ」と喜んで下さいました。

 私は、今回の松江市教育委員会の閉架で、この素晴らしい「はだしのゲン」が、マスコミでも「乱暴なシーンが出て来る」という論調に染まっているのに、とても違和感を覚えます。部分しか見ていません。閉架の撤回を報じる朝日新聞では、中国で女性の首をはねるシーンだけを掲載しました。まるで在特会の彼らの主張を認めるかのように。

 戦争というのは、そんな残酷なもの。トータルに読めば、このはだしのゲンは、まぎれもなく反戦争を訴える本であることが分かります。もう少し、この話を続けさせていただきます。

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コメント

戦争時の狂気は、70年近く前の出来事ではないですね。
今も続いています。
イラク等では、アメリカ兵が民家を襲い、男を殺して女性を乱暴して殺すとい問題は、現代です。
そんなアメリカ兵が、米国に帰国すると精神を安定させるために一時期管理されているようですが、在日米軍基地ではそのまま日本の街に出て、度々問題を起こしています。
シリアでは、毒ガスが使われたり、エジプトでは無抵抗の民間人を簡単に撃ち殺しています。
戦争経験者が、ほとんどいなくなり、政治家の中にもいなくなると、戦争時の狂気も忘れ去られてしまうのかもしれませんね。
今回の件は、「はだしのゲン」を平和教育に使っている教育現場や行政と、そうでなくとりあえず他の地域に真似て図書館に単なる本として置いているのであろう地域で、対応が違っているように感じました。
「はだしのゲン」は、戦争を経験した一市民の物語であり、真実ですから、歴史認識という言葉は通じないように思います。
もし文学のなかに漫画というカテゴリーが入るのなら、ノベール文学賞に推薦しても良いと思いますし。
世界中に広がれば、ノーベル平和賞でも良いのではないでしょうか。
または、核拡散防止条約の推薦本になっても良いと思います。
誰か平和活動で世界に名のある方が、推薦してもらえればと思います。

投稿: やんじ | 2013年8月28日 (水) 12時07分

本題からはそれる話ですが,「ヒロポン」が現在の日本の覚せい剤濫用の原点です。
これさえなければ現在のような薬物濫用時代にはならなかったかもしれません。
一事が万事。
小さな悪い芽が巨木に育ってしまった例です。

投稿: もみじ日記 | 2013年8月28日 (水) 13時45分

やんじさま
本当にその通りなのですね。私も、ノーベル平和賞に匹敵すると思います。じつは、中沢さんの生前、ある大きな賞に推薦したことがあるのです。でも、やはり天皇批判がネックになるようでした。世の中は、そうなのですね。いつもありがとうございます。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2013年8月29日 (木) 19時27分

もみじ日記さま
どうもそうですね。ヒロポンは、お若い人にはなじみがないでしょうが、本当に広まっていたのです。戦後のやりきれない思いを人々がこんなことに救いを求めたのかもしれません。この10巻の「むすび」。これだけを抜粋してでも、薬物教育に使えると私は思います。いつもありがとうございます。スムーズにお返事をしなくってすみません。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2013年8月29日 (木) 19時31分

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