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「はだしのゲン」閲覧制限撤回について。その③

 「はだしのゲン」について、もう少し。

 特に10巻は、君が代が出てくるし、型通りの卒業式を壊してしまうし。卒業式の後で先生へのリンチを計画していた者もいるし、それが教育委員会にとって都合が悪かったのかもしれません。

 でも、それはあの時代あり得たこと。私の中学の卒業式の場合。式の後、先生方にお礼を言いたいと教職員室に行ったら、ほとんどの先生がいらっしゃいませんでした。式が終わると、飛んで帰る先生が大半だったのです。とても寂しい思いでした。卒業した生徒に何をされるかわからないという恐怖がそうさせたのでしょう。

 原爆で教え子たちを亡くした父は、私たちに戦争は二度といけない、核兵器は三度使ってはならないということをしっかり伝えてくれました。その父をもってしても、「天皇は、軍に利用された」と語っていました。天皇自身には開戦や終戦を決める権限はなく、あくまでも、軍がしたこと、と。天皇自身は悪い人ではないと。今の天皇夫妻も優しい方たちです。東北大震災の被害者たちにも心痛め、何度も慰問に行かれたことを見ても、そうだと思います。

 しかし、これはあくまでも個人がどうだったということよりも、その国の仕組みの問題であると私は思います。多くの国民が天皇陛下万歳と言い(言わされ)、天皇のために死ねと教育されたことも事実です。そして、その教育の中で、たくさんの国民が殺されました。子どもたちも含め、広島だけでも14万人もの人が原爆のために焼き殺されました。長崎もしかり。沖縄の惨状も。「火垂るの墓」でも、東京大空襲でも・・・。戦争の惨禍は十分すぎるほどです。

 天皇を頂点とする当時の日本の社会の中で、戦争に反対するものは非国民と言われ、特高警察により拷問されました。中沢さんのお父様もそうでした。天皇制があって国民が殺された、これも事実です。

 今の北朝鮮の姿を見て、かの国の国民が、情報を制限され、食べ物も十分でなく、それでも金正日氏や金正恩氏を崇めている姿には、強い違和感を持ちます。でも、それと同じ姿が70年前までの日本に在ったということです。

 そんな悲惨なめにあった中沢さんが、それらを含めて、戦争の、原爆の悲惨さを書いたというのは、当然のことでもあります。尚、これらのことを書くために、中沢さんは膨大な資料を集め、読み込み、厳選して書かれたということを聴いています。

 そして、戦争は、決して過去のものではなく、今もこの地球上にあり続けています。シリア情勢。化学兵器を使ったことがはっきりして、アメリカをはじめとする大攻撃がはじまりそうです。攻撃は、決して建物だけに行われるのではありません。その向こうでどれだけの国民が殺されるのかを考えると、胸が痛みます。

 今回の閉架では、教育委員会が校長会で陳謝したと報道されています。しかし、あくまでも手続き上の問題と。そして、やはり「はだしのゲン」には問題ありと、保護者ともしっかり議論をしてどうするか決めるように、と、閉架が当然であるとの圧力としか思えないような口調でありました。決して、閉架を指示する前の状況に戻すということではなさそうです。

2009_0726 2009年7月26日、はだしのゲン英語版翻訳出版全巻完成の祝賀会で、あいさつをされる中沢啓治さん。まだ肺がんの発病前で、お顔もふっくらとしています。後ろは、さまざまな国の言語に翻訳された方たちです。翻訳された方達の苦労が語られた会でもありました。それは、ゲンが世界に飛び立っていることを実感する会でもありました。

 中沢啓治さんが亡くなった、まさにその時に松江では「はだしのゲン」が学校の図書館から追い出されるという事態が起こっていたとは。天国から中沢さんは、どんな思いでこの事態を守っていらっしゃるだろうかと思います。

 以上で一旦今回の「はだしのゲン」閲覧制限についての私の思いは終わります。読んで戴いてありがとうございました。

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コメント

もし、自分の国が必要であるならば、自分の国は自分自身で守れ。
虎の威を借る狐* になるな。 狐の根性が汚い。
自国のためには、自らの血を流せ。外国人の血を買って喜ぶな。

力は正義である。(Might is right).
もしも、自分に正義が必要であるならば、自分自身の力を示すこともまた必要なことである。

仏法の守護神は、仁王である。国家の守護神は、自国の軍隊である。
第七艦隊は、’友愛の海’ の守護神となるのか。
主護神を置かずして、法を説く者はむなしい。得意な歌詠みも、ごまめの歯ぎしりとなろう。

>親戚のじいちゃんはガ島で地獄を見てきた。
>「あれは決して国のために尊い命を落とす姿じゃ無かった」という言葉を忘れない。

自分の死に場所を探す兵士ばかりでは、戦に勝てない。戦場に屍をさらせば、敵の戦果の山ができる。
我が国の指導者は、犬死を何と言って褒めたたえようとするのか。何と言って畏敬の念を示すのか。

我が国では、話の筋があって、人が序列を作るのではない。序列があって、筋がない。
目先の問題に専念する兵卒は優秀、参謀は愚鈍。お上の理不尽に下々は無抵抗である。
耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで、南の島に雪が降る。

序列メンタリィティを日本語脳から除去することは難しい。
階称 (言葉づかい) は、日本人のリーズン (理性・理由・適当) をむしばむアヘンのような存在である。

現在の地球は、英米の世の中である。各国には、リーズナブルな (理性ある・理由になる・適当な) 主張が求められている。
理性判断 (rational judgment) のできない国民は、世界の中にあっても、世界に属さない。
だから、日本人は国際社会においても、指導性を発揮することは難しい。

*(他人の権勢をかさに着ていばる小人のたとえ。)

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

投稿: noga | 2013年8月31日 (土) 13時36分

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