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誕生日。「いのちのつながり」。

 私、昨日のブログ、間違っていました。ごめんなさい。

 yuuminさんからコメント以外にも、メールが来ました。yuuminさんがお母様のおなかにいる時に被爆。その時の被爆の状況が、完全に間違っていました。私は、いつかの頃からか、yuuminさんのお母さまと、中沢啓治さんのお母さまと、状況がおんなじだと信じこんでいました。どうしてかしら。すみません。訂正します。

 yuuminさまからのメールをそのまま転載させて戴きますね。

『 さっそくブログ拝見しました。
  1956年の9月の事だったんですね
  小学5年生、私の孫息子が 今5年生です。

  原爆投下時 母は台所に立っていたと。
  父は 夜の町内見周りから帰って 布団の中でまだ寝ていたそうです。
  2歳の姉は 玄関の土間にジャガイモを取りに行かされていた瞬間でした。

  一瞬のうちに家が崩れ 三人は 家の中で バラバラのポジションで
  身動きできない状態・・・。

  どれくらいの時間がたったのか  しっかり聞いていないのですが
  とにかく しばらくの時間の後 お隣のご主人が 屋根や柱を押しのけて
  まず 父を救出していただいて そして二人で 母と姉を 救出して下さったのだそうです

  いま、生かされている 姉と私は 元気でいます。
  いのちが繋がって 三人の孫に 最大の元気を頂いている昨今です。』


 今、このようなお一人お一人の被爆の状況を語り継ぐこと・聞くことがとても大切だと思うのです。被爆者がどんどん亡くなっている今です。そのうち、もうお話しを聞くことができなくなってしまいます。具体的にそのお話しを聞くこと。そこに一人ひとりの生活があった、そして、それが一転、砕かれてしまったということが実感を持って迫ってきます。

 yuumin様、本当にありがとうございました。

そして、もう一つ訂正なのです。いい加減なことを書いてはいけませんね。

 ブログを読んで戴いたNHKのディレクターの方からです。yuuminさんが写っていた写真は、福島から来た若い女性たちが一番見入っていたものだったのだそうです。それを私は、かってにカメラマンの方やディレクターの方の想いや感性のためと思っていました。そうではなくって、福島からの女性たちの感性に訴えるものがあったということなのですね。考えてみれば、それも何かのつながりなのですね。


 今日は、広島ブログで、共通のお題でブログを書きましょうの日。お題は「誕生日」。あえて、私はこのブログをその共通のお題にしたいと思います。

 原爆で壊れた家の下敷きになってしまって、それでも命からがら、どなたかの助けもあって、脱出できた方の命。それから、私の父のように、本当に偶然にも爆心地を離れていて、助かった命。その命は
生き続けることができて、yuuminさんと今の私のように、そして子どもたち、孫へと命をつないで行くことができました。

 中沢啓治さんのお父様とお姉さま、弟のように、下敷きになった家から脱出できず、そのまま火に焼かれてしまった命。その命はそこで途絶えてしまいました。

 そんなにことをつらつら考えると、今、ここに私たちが生きていることは、本当に偶然と奇跡の連続のたまものであったと思えます。

 両親には、あの困難の中でよくぞ生き続けて、そして私を産んで下さったという感謝と、そして私自身の誕生日も、子どもたちの誕生日も、そして孫の誕生日も、つながった命が生まれた日と
て、心から祝いたいと思います。


Dscn4677_1280x960 私のクリニックのベランダの花たちです。真ん中は6年前に頂いた蘭、両脇はもう10年以上前に頂いた蘭とアマリリスです。

 この時期が来ると、必ず花をつけて、私たちを和ませてくれます。時々お水を上げるくらいで、特に何にもしていないのですが。この花たちにも、命のいとなみを感じます。




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コメント

 おはようございます
 わざわざ、訂正を有り難うございます。

あの日は、偶然にも父の夜回りの翌日で 遅い朝食で
台所にいたようです。そうでなければ 中沢さんのお母様のように 洗濯物を干しに外に出ていたかもしれません。本当に、偶然に生かされた命に 繫がる今を深謝しつつ これからも過ごしたいと思います。

2年前、8月6日の”平和の夕べ”で 体調のすぐれない中をおして語ってくださった中沢啓治さんの ゲン少年そのままの明るく真摯なお姿が忘れられません。合掌。

投稿: yuumin | 2013年6月 9日 (日) 04時46分

御参加ありがとうございます。
両親、私、そして子供たちとつながる誕生日。
これからもずっとみんなで助け合ってつながっていけるといいな~

投稿: 上杉薬局 | 2013年6月 9日 (日) 15時33分

ヒロシマの子の命のつながりをあらためて感じました。
私の父も、2歳の時遊んでいた墓場で墓石の陰になって被爆しましたが、私に命をつなげてくれ、今も元気です。
誕生日というのは、本当に尊く有難いもの、と思います。

投稿: くりき妻 | 2013年6月10日 (月) 08時47分

誕生日 命繋げた 感謝の日 

あ、季語が無いw 

投稿: ⑦パパ | 2013年6月11日 (火) 12時21分

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