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若葉マークから枯葉マークへ。

 本日二つ目のブログの更新です。同じお題で書いてみましょう。しばらくと言うか、二回ほどパスしてしまって、気になっていたので。nancyさん出題の「若葉マーク」ですね。

 初めて子どもを産んだ後、まだ40日も経たないうちに出勤しなければなりませんでした。産婦人科の医局では、順繰りに麻酔科の研修に行くことになっていて、その順番が私なのだと、これは移動できないと当時の医局長に言い渡されました。

 泣きそうな思いで県病院の麻酔科に赴任しました。自転車で通勤です。そしたら、となりに自動車学校がありました。次々とある手術の、麻酔をかける隙を見て、昼時間などにこそこそっと自動車学校に通いました。学科はゆとりです。実技も仮免は一回で。本免は不覚を取って二回目で受かりました。かなり最短でした。

 免許を取ってすぐに中古車を買って、以後、車がないと生活できなかっただろうと思います。第一子が生まれて、一年ちょっとで第二子が生まれました。二人を保育園に預けること。通勤途中、実家がある熊野の保育園に子どもを預けて、広島から呉の病院に通ったこともあります。

 今思い返すのに、免許に受かった時に若葉マークを渡された時、とても嬉しかったことは覚えています。でも、それをつけて運転したこと、一年経って外したであろうこと、まったく覚えがありません。それどころではなかったのでしょう。全くもうゆとりのない生活でした。

 延々と運転し続けて、そして、気が付けば枯葉マークが近くなってきました。今、枯葉が変わってなんか四葉のクローバーみたいになっていますが、意味はおんなじですものね。

 無事故無違反と言いたい所ですが、40年の運転生活で、スピード違反でネズミ取りに引っかかったのが二回。それ以外にも、実は、飲酒運転の検問に引っかかった時、もちろんお酒は飲んでいませんでしたが、免許不携帯でした。うわーん、家に置いて来たよお、取ってきたらいけん?と拝み倒したら、そんなら、取って来なさいと許されたことが一回。今の所ゴールドを保っています。

 若葉マークから枯葉マークへ。これまで事故はないけれど、きっと神経が鈍くなるのでしょうね。でも、大分の河野の実家に帰ったら、絶対に車がないと生活できません。さて、いつまで運転を続けたらいいのでしょう。

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コメント

私の暮らす地区では一人に一台
車は必需品です。
免許をとる事が結婚の条件(笑)でした。

義母は50代後半で免許をとりましたが、
シニアこそ免許が必要だ!と力説します。
枯葉マークが一杯の田舎ですが、みんなとても元気。
年齢を聞いたら驚くような人も軽トラを運転しています。
事故などのリスクを考えても、
ずっと自分で運転したいと義母は言います。

投稿: nancy | 2013年5月 9日 (木) 10時52分

大分と似たりよったり
もしかしたら それ以上かも?の県北では
 「もう免許返上された方がいいのでは?」って
 方は多いですよ。

 免許を返上された人もいらっしゃいます。

 視野が狭くなって 道路の端っこが見えないから怖いって70の声を聞いて免許返上です

 運転が怖いって思った時が 免許返上の目安になるかもしれません。
あとはうちの姑のようにアルツハイマーの発病
 事故っても覚えてないってのは悲劇ですもの

健康な方は90代でも運転バリバリ現役ですよ
ただ・・・ やはり運動神経とか判断力がゆるくなるのか?
 速度が20k-30kしか出せない状態で運転されてておまわりさんに注意されちゃったって話も聞きました。
 

投稿: はるめ | 2013年5月 9日 (木) 11時58分

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