« 国際交流&江田島の一日 | トップページ | うれしかったこと。 »

ひまちゃん・ひまちゃんのお父様。

 昨日19日朝早く、悲しい知らせが来ました。ひまちゃんのお父様が亡くなったと。今年2月に夫とらきちさんが亡くなったばかりのひまちゃん。深い悲しみの中でも、懸命に自立をすべく頑張っていたひまちゃんに、突然と言っていいほどの出来事です。

 ひまちゃんのご両親は、実家は四国ですが、大阪での勤務を終えると、四国ではなく、ひまちゃんのお家のそばに来られて、ひまちゃんの生活の援助をなさっていました。長い間一緒ではなかった親子は、近くなると、いろいろと確執もありました。でも、ひまちゃんにとって大切なお父様です。

 16日の金曜日の夜、ひまちゃんからお父様の意識がないと泣きながら電話がかかって来ました。土曜日の仕事を終えて、のりたまさんと一緒に安芸高田のひまちゃんの家に行きました。

 少しお話しをした後、三人でお父様の病院に行きました。ひまちゃんは、電動車いすで近場の町に出られるようになったし、今度の12月1日の「ニセレブの会」には、初めて一人でJRに乗ることに挑戦すると言っていたのですが、当日は雨で外に出ることはできなかったということでしたので。(ニセレブの会は土曜日のうちにキャンセルの連絡を代理でしておきました。でも、出席のみなさんにひまちゃんからのプレゼントを預かっています。)
 お父様は、それまでお元気だったのが、急に具合が悪くなって入院されて、10日も経っていません。病室では、高い熱と手足はむくみ、苦しそうな呼吸をしながら、やはり意識がありませんでした。それは、ただならぬご様子でした。

 あまりに急なので、お母様もひまちゃんも、事態を把握できるどころではありませんでした。ひまちゃんのいとこの女性が大阪から駆けつけてくださっていました。それはとてもしっかりした、優しい方です。 
 お父様は、それから一日ちょっとで亡くなってしまいました。

 ひまちゃんの哀しみは如何ばかりかと思います。

669x833_642x800_3昨日、家に帰ると、ひまちゃんからの喪中ハガキが届いていました。(住所のほとんどとひまちゃんの名前は見えないように写真を撮りました)
 『夫を失った悲しみは深いものではございますが 今でも空から見守ってくれていると信じ 新たな気持ちで新年を迎えたいと思っています』

 今日、お葬式です。
 これから先、ひまちゃんはまた悲しみを乗り越えなければなりません。私たちはどう寄り添うことができるのでしょうか・・・。

 


「体の相談室」と「著書」の販売があります。
ぜひ、覗いてみてください。

広島ブログ

|

« 国際交流&江田島の一日 | トップページ | うれしかったこと。 »

コメント

言葉がでない・・・
ひまちゃん、なにも出来なくてごめんなさい。

美代子先生、お知らせありがとうございます。

重なる時は重なるんですね・・・

ひまちゃんのお父さん、心よりご冥福をお祈りいたします。

投稿: コガッチ | 2012年11月20日 (火) 11時12分

土曜日の広島駅前であった北広島のイベントで、テンペさんから少しおしえていただきました。
それで、先生がブログに書かれていた、土曜日の診療後にひまちゃんのところに行かれるのだなと。
誰もが通る道ですが、ひまちゃんにとって今年はとても険し道になってしまいましたね。
私には、ひまちゃんに会ったときに、元気よく声をかけることしかできません。
ひまちゃんの悲しみに、手を差し出す術をもっていない。
ひまちゃんのお父さんの、ご冥福をお祈りするだけです。

投稿: やんじ | 2012年11月20日 (火) 20時25分

コガッチさま
あまりに可哀そうで、気の毒で・・・。またそれぞれでできる範囲で励ましてあげましょう。一人じゃないよというメッセージが何よりと思います。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2012年11月28日 (水) 08時31分

やんじさま
やんじさんの暖かさで、接してあげて下さいね。近くに行った時にでも声をかけて上げて下さいませ。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2012年11月28日 (水) 08時32分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ひまちゃん・ひまちゃんのお父様。:

« 国際交流&江田島の一日 | トップページ | うれしかったこと。 »