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特別養子縁組申し立て。第三回ヒロシマ・アキバ塾。

 昨日は、私にとっては二つの大きなイベントがありました。

 一つは「特別養子縁組申立書」を提出できたこと。ご一家とクリニックで待ち合わせをして、書類の最終的な作成をし、それを持って車で家庭裁判所○○支部へ。ものすごい暑ーい中、みんなで行きました。みんなで受付の部屋に入ると、対応して下さった男性が「調停の申し込みですか?」ですって。

 おそらくここでは「特別養子縁組」の申し立てなんて、初めてではないてしょうか。本を見ながら、丁寧に対応した下さいました。必要なものは完璧にすべてそろえて来たし、あとは切手が必要なだけ。そばのコンビニに買いに行って提出して、それで終了しました。

 無事終わってほっとしました。後は、調査・審判を待つだけです。これが長くかかりますが。

 赤ちゃんは、夫妻が一生懸命、本当にかわいがって育てていただいています。きっと幸せになることと思います。

 そして、夜はヒロシマ・アキバ塾でした。

 毎回、回を追うごとに参加する方が増え、たぶんこうなるだろうと予測したスタッフの一人が会場を変更してもらっていました。403号室から一番広い401号室へ。それでも、カツカツ一杯でした。ありがたいことです。

 今回のテーマは「こども」。

 被爆当時、小学校の中学年からは集団疎開をしていました。その数23500人。だから子どもは被爆から逃れたけれど、両親が広島市に残っていて爆死。孤児となった子どもたちが2000人から6500人とも言われています。このはっきりしない数字が原爆で根こそぎ破壊してしまったためであることを示してもいます。

 その子供たちの戦後は本当に大変でした。知人や親せきの人に育ててもらった人、それから当時孤児院と言われていた養護施設で育った人。中には、自殺した子どもも飢えで亡くなった子どもも。子どもたち自身の力と、大人たち社会全体の支えの中で立派に成長した原爆孤児たちも。これは、私は「はだしのゲン」でしっかりと教えられています。

 その子どもたちを支えた人たちの中に「谷本清牧師」がいます。谷本牧師は、世界では被爆孤児の養子縁組、精神養子縁組、やけどとケロイドで顔を失った女性たちのアメリカでの手術などに奔走する一方、アメリカ全土で被爆の実相を話して回りました。

Dscn1795_1280x960 これにより、世界中の人たちが原爆の被害を知ることになったのですが、日本ではプレスコードのために知られるのはもっと後になります。日本では、売名だのと悪く言う人もいましたが、もっと谷本清牧師がした業績については検証されなければならないと秋葉さんは述べました。なお、私は一生懸命メモをとりましたが、取りきれない部分はスライドの写真を撮らせて戴きました。写真をクリックして戴けば大きくなって読みやすくなります。

 さらに戦後、被爆教師の会、石田明先生や空辰男先生などが中心となって作った全国組織、その果たした役割。聴いていて、石田明先生のことをいろいろと思い出して、胸が詰まる思いをしました。

 そして、戦後の子どもたちが取り組んだ平和への活動。これが最初に述べられたのですが、佐々木禎子さんについて。1955年10月25日、12歳で白血病のために亡くなった禎子さんの折り鶴の話。具体的にたとえば千羽折れば病気が治ると折り続けましたが、それも紙を得るのがなかなか大変で、病院の中で紙を探したと。薬包紙で折ったり、だんだんと小さくなって行って、終わりのころは米粒ほどの鶴も折っていたと。それが紙を節約するためだったのか、と初めて認識しました。

 その禎子さんの死を受けて、当時の幟町中学の一年生が中心となって「原爆の子の像」の設立を呼びかけました。当時、ちょうど全国校長会が開かれたとき、そこで2000枚のチラシを配ったことがきっかけで、その運動は全国に広がりました。

 ごめんなさい。時間が無くなりました。また続きを書きます。


「体の相談室」と「著書」の販売があります。
ぜひ、覗いてみてください。

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