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第二回ヒロシマ・アキバ塾のご報告最後です。

Dscn1655_1280x960 戦後の被爆者の足跡を秋葉さんはこのようにまとめました。

 アメリカ人記者、ジョン・ハーシー。彼が被爆直後の広島に入り、6人の人に会い、そしてそのレポートをアメリカの雑誌「ニューヨーカー」にまるまる一冊全てこの記事で埋めて出版しました。あっという間に30万部が売り切れて、そして原爆の惨状を全アメリカに知らしめました。その彼を1985年広島に招いたときに彼が言ったことです。被爆者は世界を救ったと。「核抑止力を持つのは被爆者だ」と。被爆者が被爆の体験を語り、三度目の核兵器使用を阻止したと。

 秋葉さんは、被爆者の語り部として高橋昭博さんのことを例に出されました。

 高橋さんは、1955年第一回原水爆禁止世界大会で被爆体験を語りました。この話しを聞いた人たちから、次々と感謝の言葉を聞き、高橋さんは「生きていてよかった」と言います。1956年、被団協の結成に加わります。1980年、ワシントン上院議員会館で原爆展が開かれ、高橋さんはそこでも講演をします。そこでエノラ・ゲイの機長ポール・ティベッツ氏と会見します。(このときの通訳がまだ当時タフツ大学の教官であった秋葉さんです。)ポールティベッツ氏は、「戦争で命令されればまた原爆を落とす」といいました。しかし、戦争はあってはならないと。高橋さんは、「ティベッツ氏は戦争があってはならないといったのだから、そこで核戦争をおこさないように協力できる」といい、握手をしたと。

 核抑止力、核兵器を持つことで他国の核兵器を使うことを抑えることができるというのは、「暴力団がいるから、暴力団が暴れることができない」というのと同じく変な理屈であると。

 現実的な課題は、それを語ることができる被爆者が高齢化し、次々と亡くなってしまっていることです。

 今の若者は、被爆者から直接被爆体験を聞ける最後の世代です。

 そこに、秋葉さんは、ロバート・ケネディの次の言葉を持ってきました。

「どの世代も、自分たちがつくったのではない世界を引き継いでいる。それは自動的にその世界を未来世代に渡す義務を負うことになる。る。その義務をいかに果たしたのかは、後から来るいく世代もの子どもたちが判断する事になる。」

 以下は、秋葉さんの講義にあったことではありません。私がかってに書くことです。

 ジョン・ハーシーのことで思い出しました。今度の「8.6ヒロシマ平和の夕べ」で語って下さる近藤紘子さんは、谷本清牧師の長女です。ジョン・ハーシーは、谷本清牧師にもインタビューしました。彼がたくさんの被爆者を火から逃れるように縮景園に運びます。さらにそこにも火が迫ってきたとき、船を持ってきて、何度も往復して、たくさんの被爆者をさらに遠くへ運びました。それらのことをジョン・ハーシーが書いたため、タニモトキヨシの名前は全米に知られることになります。後に紘子さんがアメリカに留学し、広島から来たと自己紹介したときに、教師が「広島ならタニモトキヨシという人がいる」と言い、彼女は「はい、私の父です」行ったところ、ひどくその教師に叱られたと。そんなウソを言ってはいけないと。ウソにタニモトキヨシの名前を使うなんて、とんでもないことだと。紘子さんの著書「ヒロシマ・60年の記憶」に書かれていましたよ。

 さあ、この次の講義が楽しみです。これらの二回の講義がどうつながっていくのか、期待が高まります。次回は7月26日です。秋葉さんは、無料でこの公開講座を引き受けて下さっています。ありがたいことです。またそのうちに工場長さんが講義の全部をアップしてくださるかもしれません。


Dscn1612_1280x960 以前お花のお雛様を戴いたフラートのゆくチャンのお花です。真ん中にヨークシャーテリアがいます。ピンクのカーネーションで作った子犬です。後ろはちゃんと体が作られています。本当に素敵。クリニックのカウンターにおいてみなさんに楽しんで戴いています。

 私は、昨夜の内に松江に来ました。先発隊の人たちは私が来たときには、酔いつぶれて寝ていました。今日は早くから島根原発に行きます。


「体の相談室」と「著書」の販売があります。
ぜひ、覗いてみてください。

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