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第二回ヒロシマ・アキバ塾でのお話し。続き

第二回のヒロシマ・アキバ塾で秋葉さんは、まず前回の講義のまとめの一つ、都市というものをパッチワークキルトのイメージを頭においていてほしいと、そこから入りました。

Dscn1651_1280x960 必死でメモを取りましたが、長くて書ききれない二枚だけ写真を撮らせてもらいました。一辺と一辺がつながっているキルト。その一辺に共通点があります。そのさらに向こうとは直接つながっていなくとも、一枚の布を通してつながっています。一枚ずつみんな違っている布が全部あつまると、美しく、温かい、強い一枚のベットカバーになります。

 東日本大震災後の日本。被爆者は「あの時と同じだ」「とても他人ごととは思えない」「何かしなくては」「何かしたい」・・・・「他人の痛みのわかる心」被爆者の心でありました。

 ここで、廃墟と化した二枚の町の写真が出ました。第一次世界大戦のベルギーのイーペル市と東京大空襲です。焼夷弾(ベトナム戦争のナパーム弾と同じ)による高熱火災、これらの廃墟の姿は、被爆直後の広島、長崎と同じ姿です。では、核兵器とは・・・。

 広島・長崎の二枚のきのこ雲の写真。これらは、爆弾を使う側、国家の視点からの写真です。問題は、きのこ雲の下で何がおきたのか。戦争の被害を受けた側の視点ではどうなのでしょう。

 地上600メートルで爆発した原爆は、もっとも効果を持つために、科学者たちにより緻密に計算された成果でありました。

 地上で起こったこと。

地上は3000から4000度の高熱。(鉄の融点は1500度)
1平方メートルあたり19トンの圧力。
風速毎秒280メートル。
爆心地から半径1キロメートル範囲に致死量を超える放射線。

 これらにより、年末までの死者14万人。今も、被爆者は複数のがん(これが被爆者の特徴でもあります)にかかって亡くなり続けています。

 原爆のエネルギーは熱線35%、爆風50%、放射線15%。

さらに、マッハ波・爆風とその反射による(行きと帰りの)波の効果を最大にするための計算。

 科学者にとって、原爆を作ることは大変おいしい(sweetな)仕事でもありました。スーパーコンピューターを何台も使わなければならないような計算、高度な微分積分方程式をを解く必要ががありました。それを、手作業でしなければなりませんでした。(それが成功したときには、科学者にとって、大変な達成感だったことでしょうーこれは河野の感想です)科学者はまず作る。そのあとで使い方は決める。これはオッペンハイマー氏の言葉です。

 そのような原爆の効果により、人々はどうだったのでしょう。黒焦げになった死体、目玉がとび出た人、両手の皮をぶら下げて歩いている人、髪の抜けた人、顔に内出血の斑点が出た人、顔に大やけどを負った女性、などの写真や被爆者が書いた絵などが次々と紹介されました。

 その後67年間の被爆者の軌跡=奇蹟。

被爆者の生活。それは医療、着るもの、食べ物、住まい、仕事、結婚、子ども、教育、楽しみ、生きがい、移動手段(交通)、情報源(マスコミ)、家族、隣近所・・・・などなどによって成り立っていたでしょう。

 市内の医療関係者の3分の2が被爆で亡くなり、薬もなく、不十分だった医療。生活苦。様々な差別。原爆についての情報なし(1952年までプレスコードが続きました。原爆についての一切の報道は禁じられました)。被爆者についての行政の調査はやっと1951年に始まりました。

 1957年に原爆医療法制定。被爆者健康手帳、ABCCの問題。(これについては、私も何回か話していますが)、特に、原爆小頭症について、胎内被爆者のうちの妊娠3~17週までの間に被爆した人のうち、頭が小さい知的障害のある人がいるということは、ABCCも把握していたと。それを公にしていなかったのを、山内幹子さんの内部告発で明らかにかになったということでした。これは私は知りませんでした。

 もう少し話は続きますが、私の時間が無くなってしまいました。ごめんなさい、また明日続きを書きます。きょうは診療後高速バスに乗って松江に行きます。自分で運転するのは少ししんどいなと思ったので、バスにしました。バスは好きだけど、夜だから、何も見えないでしょうね。


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「中学生への講演」と「第二回ヒロシマ・アキバ塾」

Dscn1648_1280x960 昨日は、午後福山市立常金中学での講演でした。全校生徒71人というこじんまりした学校です。保護者や近隣の学校の先生たちも来て下さいました。生徒さんは、落ち着いています。静かに終わりまでちゃんと話を聞いてくれました。

 一年生、ついこの前まで小学生だった生徒たちには、まだよく分からない言葉が出て来るかもしれないけれど、いろんな情報が飛び交っていて、必ず「ああ、このことだったのか」と気づく時が来るでしょう。その情報が正しいのかどうなのかを知るためにも私の話を聞いてね、と話しかけました。早くから知らせることの弊害を言う人もいますが、「ちゃんと知らないための弊害」の方がうんと深刻です。この情報社会です。大人が思っている以上に、子どもたちは情報の渦に巻き込まれています。ウソがいっぱい混ざった渦です。それを見極めるためにもちゃんと知っててほしいという思いで話ました。

 話し終わって、二人の男子生徒が自分の言葉で感想を言ってくれ、最後に女子生徒がお礼を言ってくれました。鉛筆で書いたり消したりしての感想を込めたお礼です。その紙を戴いて帰りました。それを転載しますね。

 『河野美代子先生 今日は「性と生を考える」というテーマのもとわかりやすいお話しをして下さりありがとうございました。お話の中の、「自分の体を大切にするために自分の気持ちをしっかりと主張し、お互い話し合うことでコミュニケーションがとれ、いい関係ができる」ということが印象にのこりました。今日教えて下さったことを友達や家族、そして自分を大切にすることに生かしていきたいと思います。今日は本当にありがとうございました。』

 この講演は福山市の保健予防課の「生と性の講演会」を年間三校で実施するという事業で、それに常金中学が応募して行われたものです。ありがたいことです。みなさまお世話になりました。感謝です。

 急いで帰りましたが、帰りは御調の手前から新しい高速道に乗りました。尾道で山陽道に合流します。行きはこんな道路を知らなかったので、古いナビの通りに行ってしまいました。ただ、帰りは高速に乗ると早いけれど、乗るまでを迷ってしまって、ずいぶん遠回りをしてしまいました。


Dscn1653_1280x960  夜は、第二回ヒロシマ・アキバ塾でした。第一回より参加者が減るかな?と心配したのですが、欠席の人以上に新しい方が来て下さって、会場一杯になりました。生まれたばかりの赤ちゃんと小学生のお兄ちゃんを連れた方も来て下さいました。どうしてもこのお話しをお兄ちゃんに聞かせたくて、と。ありがたいことです。秋葉さんは話の前に「今回は原爆や被爆者の写真が沢山出てくるのだけれど、子どもに大丈夫だろうか」と心配なさいましたが、親のフォローがきっちりしている人なので大丈夫ですとお答えしました。

 前回のお話し(「タウンNEWS 広島平和大通り」に工場長さんがアップして下さっています。)をより具体的にしたお話しになります。今回は、「原爆」について、被爆者の生き様も含めて、沢山の写真と共にお話しして下さいました。

 今、広島大学の学生に講義をされていますが、気をつけなければならないことは、自分の学生時代と同じように今の学生のことを考えてはならないと。私たちにとって日露戦争はずいぶん昔の出来事であるが、第二次世界大戦については、体験した人に直接その話をを聞くことができる出来事である。でも、今の学生にとっては、遠い昔の出来事でなのですね。それ故、とても丁寧に原爆、核兵器とその被害について話をされました。

 この講義の全容については、このブログでさとうしゅういちさんが詳しく述べていますが、私は少し視点が異なる部分もありますので、少しだけ明日のブログで述べたいと思います。私自身知っている方だと思っていましたが、知らないことやハッとすることもありましたので。



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「広ブロ・ナイト001」

 さあ、今日はいよいよ「ヒロシマ・アキバ塾」第二回です。楽しみです。どなたでも参加できます。どうぞおいでくださいね。

ここに「タウンNEWS広島 平和大通り」の工場長さんが第一回の講座をアップして下さいました。来られなかった方、ぜひご覧ください。

 私はその前に福山の中学校で講演です。車で行って、飛んで帰ってYMCAに行きます。

 さて、昨夜は「広ブロ・ナイト001」でした。参加募集締切ぎりぎりに入れていただいた会場で、タノシカッター!!し、オイシカッター!!会場は中区三川町世羅別館の向いにある」「ビストロエメ」。おすすめです。ごちそうが次々出てきました。わたし、お料理のオイルにフランスパンをつけて食べるのがおいしくて。夢中で戴きましたよ。

Dscn1634_1280x960Dscn1635_1280x960食べるのとおしゃべりに夢中で、お料理をちゃんと写真に撮っていませんでした。隣はひまちゃん。グルメのひまちゃんは相変わらずよく食べました。ひまちゃんが頼んだグアヴァのジュースはみんなが飲ませてと一口ずつ飲んで、おいしいので、私も同じのを頼みましたよ。


Dscn1641_1280x960Dscn1638_1280x960 左は古本オーロラのメンバー。この写真を見た栗木さんが「銀蔵さん、いい人みたいに見えるー」と言いましたよ。みなさん、顔出しO.K.の方たちです。

Dscn1642_1280x960Dscn1643_1280x960 あれえ、全部に銀蔵さんが写ってるう。私、銀蔵さんを撮りたいという潜在意識があったのかも。


Dscn1644_1280x960Rscn1647_1280x960 

 昨夜のひまちゃんはshiozyさんのおうちにお泊りです。お迎えのやんじさんの車に乗る時、またまた酔っぱらった⑦パパさんが失礼なことを言いましたよ。そしたら、ひまちゃんが大きな声で「いやよー」とはっきり言って拒否。大爆笑でした。

 よくしゃべって食べて、アルコールは一滴も飲まなかったのに、すっかり疲れて家に帰るとばったりでした。楽しいナイトを江島さん、みなさん、ありがとうございました。


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昨夜はカープ。バンザーイ!

 閑話休題。昨夜はカープに行ったのですよ!!巨人戦。巨人に大勝!!本当に面白い試合で、大満足で帰りました。

Dscn1618_1280x960 平日の、それも火曜日で「英語で読むはだしのゲン」の講座の日にカープなんぞに行ったのは、そもそもは、入場券をもらったからです。先日、新築のビルに移転した旅行会社で、お盆の旅行を依頼した姉が、二枚いただいたのです。誰か一緒に行ったくれる人がいないと・・と姉が悩んでおりました。で、私が名乗りを上げたということなのですね。巨人戦ですもの。せっかくの券を無駄にしてはもったいない話です。

 診療を済ませてタクシーにとび乗り、球場に向かう途中で一回の裏の岩本のホームランが出てしまって、ザンネン、見逃したねなんて言ったのですが。


Dscn1615_1280x960昨日は、外野指定です。これまで何度か行っていますが、新球場の外野は初めてです。外野からだと、また違ったものがいろいろと見えて、それに回りは若い人たちがほとんどで、応援も楽しくって、よかったです。

 まず球場に着くと、雨が降りそうなのでそれに備えて赤いポンチョを購入。500円。いつかほしいと思っていたものです。夕飯もゲット。頼んだパスタが茹で上がる間、ふと外を見ると、こんな大工事中でした。大規模商業施設。これもまたできあがるのが楽しみですねえ。


Dscn1619_1280x960昨夜の球場での夕飯です。ワタリガニのトマトクリームバスタと、タンドリーチキンです。どちらもとってもおいしかったけれど、パスタを箸で食べるのがなんとも・・でした。

 岩本のホームランは間に会わなくっても、堂林のホームランも、梵、岩本の連続ヒットによる得点も見たし。立ったり座ったり、忙しいことでした。大竹もよく投げたし。何度もバンザーイ・バンザーイをしましたよ。汗びっしょり。いい運動になりました。

Dscn1622_1280x960Dscn1624_1280x960 内野からは見えなくってこれまで知りませんでしたが。焼き肉ゾーンの煙の向こうに、子どもが中に入って遊ぶ巨大なカープ坊やとスライリーハウスがあるのですねえ。勝った後、後ろを見上げるようにして勝利の記念の得点の写真を撮りました。


Dscn1631_1280x960Dscn1628_1280x960 今日のヒーローは三人。ヒーローインタビューもさっぱり見えません。でも、あの一階と二階の間にある細長いパネル、これがいろいな色に変化してメッセージが出ます。美しかったです。インタビューも後ろを見上げながらの写真です。こうしてみると、この球場にはまだまだいろいろな遊びがあって、楽しいですねえ。やみつきになりそうです。


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第二回ヒロシマ・アキバ塾のご案内です。

 早いものでアッという間にひと月が経ちました。

 「ヒロシマ・アキバ塾」第二回はあさって6月28日木曜日午後7時から行います。前広島市長・秋葉忠利広島大学教授による公開講座です。YMCA本館403号室にて。受講料500円です。

 毎月最後の木曜日に行います。5月31日に行った第一回、総論でしたが、 歴史的に、また世界全体を見て、現在の地球の姿を語って戴きました。参加者には大変好評でした。お話しは上手だし、さすがよく勉強していらっしゃるなあと感心しました。ちょうど会場いっぱいの人でしたが、二回目は友人を連れて来るという人が何人もいて、参加者が増えることとと思います。

 どなたでも参加できます。ぜひおいで下さい。詳細については、こちらのブログをご覧くださいませ。お待ちしますね。

 さて、原発ですが。大飯原発の再稼働だけでなく、野田政権は民主党といえども、大変なことをやってくれています。この記事にあるように「原子力基本法」にこっそりと「我が国の安全保障に資すること」を目的とするという一文が盛り込まれました。

 そもそも、中曽根康弘氏などが強力に原発を推進したその目的に、「核兵器を製造するため」の材料を原発によって作る意図があったと言われます。先日も、石破議員が「核兵器製造をするためにも、原発を止めるべきでない」と堂々とテレビのインタビューで話し、「そんなことを公に言える時代になったのか」とびっくりしました。

 そんな意図があることは見えていても、まさかそれを口にすることはタブーとされていたはずですが。福島原発のこんなひどい事故が起こり、多くの人が放射能に汚染された故郷を追われ、食べ物も汚染され、子どもたちが外で遊べなくなり、というこんな状況が起こっている今、そんなことが言えるのですね。

 そして、この消費税値上げのどさくさに紛れて、「安全保障」などという言葉が盛り込まれてしまいました。原発って、単なる「発電」だけではないのですね。「平和利用」という言葉にも、私は発電がなぜ平和なのかと違和感を持っていました。あくまでも「発電のための利用」であって、原子力で発電することがまるで平和だというような言い方はペテンだと思っていました。そのかげにある権力者の意図をちゃんと見張っていなければと。

 森滝市郎さんの「人類は生きねばならぬ」に書かれています。『森滝の「原子力平和利用」への関わりは1955年、アメリカ下院で「広島に原発を建設すべきだ」との提案がなされた際、原爆製造につながる危険、放射性物質の人体影響に対する不安を提起したことに始まる。ー中略ー75年、原水禁大会で「核絶対否定」の立場を明らかにして以来、原発反対を自らの運動の大きな柱に据えた。原発建設地の住民の反対運動にも関わり、中でも四国電力・伊方原発(愛媛県)は1968(昭和43)年以来、建設反対、運転差し止めを要求して法廷闘争を展開した原発周辺住民を支援し、現地も何度か訪れた。』(135ページ)

 森滝さんは、89年には六ヶ所村の「核燃料サイクル施設」反対のために青森市にも訪れています。「核絶対否定」の根底には、核兵器製造につながるという思いが強くありました。

 そして、今回、とうとうその原子力の憲法といわれる原子力基本法に「安全保障」という言葉が盛り込まれてしまったと。野田総理が自民党の要求を飲んだと。

 今、私の中には、怒りとむなしさとが同居しています。いったい、民主党ってなんなのでしょうね。これまでの自民党よりも悪質だと、今そう思っています。


 Photo 今週末には島根原発に行きます。以前島根原発の近くに行ったときの写真です。ここにその時のことを書いています。島根原発には特別の思いを持っています。


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ワクチンフォーラム

 昨日は、「第一回ワクチンフォーラム  未来ある子どもたちに、今できること~我が国における予防接種のあり方~」に参加しました。

 10時から3時まで途中30分の食事時間を除いて、びっしりの講義でした。全国から800人の小児科、内科、産婦人科のドクターが参加しました。

Dscn1582_1280x960 産婦人科では筑波大学の吉川裕之教授のお話しがありましたが、ほとんどは小児科のドクターのお話しでした。日頃小児科のドクターのお話しを聞く機会はあまりないので、今回のお話しはとても新鮮で勉強になりました。

 特に、ロタウィルスはとても怖いことがよく分かりました。早く適切に対処しなければ赤ちゃんはあっという間に亡くなってしまうと。このロタウィルスのワクチンは生後2か月から始めます。

 そのほかのワクチンも例えばインフルエンザ菌b型(ヒブ)、肺炎球菌、B型肝炎、三種混合、BCG、ポリオなども含めて、今赤ちゃんの予防接種は生後半年間で16~17回もあるのですね。

 「赤ちゃんの予防接種スケジュールはとても忙しい」。そのスケジュールをこなすためには赤ちゃんを「生後二か月からワクチンデビューさせよう」ということが必要になります。

 ワクチンの有害事象についてのお話しもありましたが、そこは医学的に見ていくことが必要だということもよく分かりました。

 一つのことの方針が出るまでには、その陰には大変多くの研究者たちの努力があるということを、研修を受けるといつも感じます。それらの成果を私たちにまで広げるために研修会があるのですね。この前の岡井先生のお話の時にも感じたのですが、これらに取り組んでいる方たちには頭が下がります。

Dscn1588_1280x960Dscn1592_1280x960ところで、途中スペシャルゲストとしてこの方が出てきました。司会の方が浮き上がるような声で紹介されたのですが、場内はシーン。若い人には圧倒的に知られていて人気もあるそうですが、ドクターばかりの会場では、あまり知っている人はいなかったのでしょう。私もまだ名前も出てきません。相武紗季さん。子どもに写真を見せると、すぐにええっ、この人が来たん?と分かっていましたが。子宮頸がんの予防ワクチンのコマーシャルに出ている人、でもこの人が出るドラマのお話しまであって、ちょっと時間の無駄?と思うこともありました。

 子宮頸がんの予防ワクチンの吉川先生のお話、やはり科学者としてきっちりデータに基づいたお話でさすがと思いました。その中で、せっかく今公的助成でワクチンの接種ができるのに、地域によって接種率がとても低いところがあるというお話しもありました。

 このワクチンに反対するグループがあるが、それは全く医学に基づかない政治的な動きであろうということでした。このワクチンをうって妊娠をし、出産をしたした人たちのデータも示されました。海外でプロトコールに基づいて行われた研究です。

接種群2257のうち1642の妊娠があり、対照の非接種群2257のうち1671の妊娠があったと。それらの流産率も妊娠経過の以上も胎児の異常もすべて全く差がなかったと。

 これらの日本のデータもいま論文の準備中だそうですが、まったく差がないということでした。

 これをうてば不妊になるだのというデータを流している人たちが、科学的根拠なしでということがよく分かります。

 三時の研修が終わったら、息子夫婦と娘が近くまで来てくれていました。そこで食事です。私はさすがに昼ごはんを食べていましたので、飲み物だけにして、子どもたちが食べているのを横から少しつまんだだけです。

Dscn1602_1280x960Dscn1601_1280x960 玉ねぎの丸ごととマッシュルームの揚げ物です。どれもこのお店の名物だそうですが、とてもおいしくて。アメリカ料理、ステーキハウスみたいなお店です。

Dscn1607_1280x960_2Dscn1604_1280x960 お店の雰囲気も食べ物も、まるでハワイかグアムにいるようでした。食べて話して、束の間の楽しい時間を過ごして、バイバイでした。


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扇風機、スイーツデコ。

Dscn1571_960x1280 「あのね、扇風機買ったけん。」「ええっ?どうするの?どこで使うの?」「家で。あのね、背が伸びたり下がったりして、白くて羽が透明でおしゃれなの。三時間のタイマー付き。風も三段階。」「どこで使うの?家には扇風機あるじゃないの。」「うん・・・ゴヒャクエン」「うん?五百円だったの?」「うん。ヤマダ電機で。」「…それならいいよ。」でした。でも、まだクリニックに置いたままです。

 昨日の昼、こちらのブログこちらのブログで楽しみにしていたパセーラに行きました。ちょっとしか時間がなくって焦って行ったら、入り口でくみちゃんさんにばったり。挨拶もそこそこに、一緒にお目当てのスイーツデコへ。短時間でさかさかっと購入しました。jumellesさんにはお会いできなかったけど、pome@decoさんがいらっしゃってお話しできました。時間があったら、ワークショップ、体験をさせていただきたいのに。残念です。


Dscn1570_1280x960 買ったものです。はさみや朱肉やヘアブラシとシャープペンシル。どれもかわいいー!! 当分眺めて楽しみます。

 私、今はほとんど手作りができないでいます。その代償でしょう、ハンドメイドみなさんのブログが楽しくて。いつもせっせと覗いています。近くでイベントがあると、欠かさず駆けつけています。でも、広島の中心部ではあまりないのが残念で。今回はちょっとでも眺めさせていただいてうれしいことでした。

 今東京です。今日は朝10時から午後3時までびっしり研修です。やれやれ。体が持つかしら。居眠りするのではないかしら、なんて。でも、研修がすんだらお楽しみ!!子どもたちが会いにきてくれます。いくつになっても、子どもに会うのはうれしいことです。研修の内容については、またお話ししますね。今回は婦人科だけでなく、子どもさんたちも含めてのワクチンのお話し。ワクチン学の基礎を学びます。


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電機店の開店で買ったもの。

 昨日、デオデオ本店の新館と天満屋の後に入ったヤマダ電気、両方のオープンの日でした。もう、私のクリニックの周辺は大変な人出で賑やかでした。

 ミーハーの私は両方に行きましたよ。お昼に行ったヤマダ電機の五階では、ふと見ると、みなさんが同じ扇風機の箱を持ってレジに並んでいます。そうか、扇風機か、省エネよねと思って列の向こうの方に行ってみました。そしたら、人だかりがしていて、みなさん扇風機の箱を受け取っています。うーん私も一台ほしいかな?と思っていたら、信じられない声が。

「開店サービス、500円の扇風機です」

と。500円?リビング用の首も長くて背の高い、白色で三段切り替え、三時間タイマー付きの扇風機です。それが500円?それは買わなければ、で私も姉も買いましたよ。もちろん。500円なんて、パチンコしたら5分も持たないよ。そうね、一分かね。何て笑いましたね。本道りをてくてく歩いて行ったかいがありました。うれしくて。ずっとニコニコしていました。

 そこで、デオデオです。デオデオでは、正式には昨日が開店だったけれど、プレオープンがありました。20日水曜日、ふらりと入ってすぐに惹かれたのが、アイパット2800円という呼び声。アイパットの3が2800円。それもポケットWifi付きと。

 私買いましたよ。でも、問題は、I Padが2800円ではなく、ポケットWifiを売る会社だったのです。I Padはふろくなのでした。私のパソコンはWiMax内臓です。それがWimaxは、光の道上病院のようなちょっと田舎だとまだ電波が届かないのです。困っていました。けど、そのポケットWifiでパソコンが使えるのですね。一個のポケットWifiでI Padだけでなく、パソコンなど同時に10台まで使えるのだと。

 これは便利。でも、道上に行く途中に電話がかかってきて気づいたのですが、入れていただいたデオデオの袋の中にはI Padが入っていなかったのですよ。Wifiだけ。デオデオのWifiの会社の人が自分の会社のものしか入れていなかったのです。がっかりしました。でも、そのWifiで道上でちゃんとパソコンを使いましたよ。今度の性教協の全国大会の準備がしっかりできました。

 そして昨日I Padも受け取りました。まだ初期設定をしたばかりで十分に使いこなしてはいませんが、写真も動画も撮れるし、いろいろに使えそうです。

 I Padを欲しいと言っている身内の者など、この際だと思います。私は古いI Padは夫に上げます。これまでの一台の料金でパソコンとI Pad二台使えるのですから、ちょっと得かな?

 それから、ヘッドフォンも1000円で買いましたよ。今度高速バスで島根に行く予定です。その時には、パソコンにこのヘッドフォンで韓国ドラマのDVDを見ながら行こうと思います。

 いろいろと怒ったり落ち込んだりしていたのが、500円の扇風機その他で元気になったなんて、安上がりの女だと思います。

Dscn1567_1280x960 デオデオ新館のすぐ横の讃岐の冷麺。担担麺もだけれどこれもなかなかおいしいです。デオデオの開店のためでしょう、大入りの満員でした。見ると、どんぶりだとかそうめんだとか、うどん以外のものを食べている人も多かったです。

 私は今日は診療後東京です。台風が過ぎててホッとしました。飛行機が揺れるのは何回乗ってもこわいです。それにしても、梅雨に台風4号5号と、立て続けの大雨で、やはり地球の気象がおかしいです。


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保険を削られます。

 今は、とんでもない時間です。一時に寝て、二時半に目が覚めてしまいました。いろいろと心配なこと、情けないこと、腹の立つことが、どっと押し寄せていて、それらを考えていると、寝てても脳が緊張しているのでしょう。一旦目が覚めると、もう一度寝ることはできないたちです。

 思い切って、起き出してパソコンを開きました。

 昨夜は光からの帰り、医師会館での研修会に行きました。昭和医大の産婦人科の教授岡井崇先生の超音波の講義でした。

 岡井先生には、とてもお世話になったことがあります。今回、先生のお話しなら絶対に聞きたいと思って。光から車を飛ばして帰った、と言いたいところですが、途中二号線で人身事故があったとのことで、大渋滞。すっかり遅れてしまいました。それでもお話しはとても面白くて、勉強になりました。
 
 そして、あらためて思うのです。若い人たちの先頭に立ち、いつも研究に前向きで、積極的に新しいことに取り組んでいる人はやっぱり素敵だと。

 今回のお話しは、超音波で胎盤や血管や臍帯や血管を見ることのその技術と知識について。そして、もう一つは母親の胎内で病気や異常のある胎児に対しての超音波を使った治療についてのお話しでした。針も刺さず、母体や子宮を傷つけることなく、胎児の治療する、そのための超音波の機械の開発までやってしまう、本当に感動を持ってお話しを聞きました。

 同じ医師でも、私とはえらい開きがあります。私にできることは、そのような知識を入れて、患者さんに還元すること。あてはまる人がいれば、そのような治療ができるドクターにつなぐこと、なのですね。

 何年も前、どうしても岡井先生にお会いしたいことがありました。仲立ちする先生がいらっして、やっとのことでアポイントを取りました。お会いするために東京に行くのに、午後から代診のドクターを頼んだのですが、その日に限って台風だったのです。絶対にアポイントメントは外せません。祈るような思いで空港に行き、そして予定していた飛行機が飛ぶことが分かったときには、本当にほっとしました。その次の飛行機から欠航でした。

 ところが、その飛行機がすさまじく揺れて・・・。ジェットコースターのように機体がドスンと落ちます。いつも揺れる飛行機に乗ったときには、「乗るんじゃなかった」と後悔するのですが。とてつもなく恐怖を感じていたとき、その揺れに、後ろのほうに乗っていた子どもが「キャハハハハ」と笑ったのです。きっと遊園地の乗り物のように楽しかったのでしょう。その笑い声を聞いて、急に私の胸も落ち着きました。

 その後何回か先生の研究室に通い、助けてもらいました。

 大変お世話になったその時のことや、飛行機でこどもが笑ったことなどを思い出しながらお話しを聞きました。やっぱり先生のお話しは素晴らしいです。

 腹の立つことを少しだけ。私たちは、日頃保険診療をしています。その診療の内容をチェックされて、査定されることがあります。査定とは、早く言えば削られることです。

 私は、医療は必要最低限であるべきという信念があります。だから、絶対に必要でない検査や処方もしません。それでも削られます。私は、院外処方で薬局からお薬を出してもらっています。薬を削られると、その薬局に薬代を補てんしなければなりません。

 かつて妊娠中毒症で胎盤早期剥離で赤ちゃんを死産、重い腎臓の障害と高血圧の後遺症が残った方があります。何とか子どもを一人でも授かりたいとの強い希望で、当方に来られました。治療で無事妊娠。妊娠経過と出産は、それまで腎臓や血圧を診てもらっていた総合病院で慎重に対応して下さり、そして待望の赤ちゃんを得ることができました。でも、高血圧は続いています。

 その方は仕事をしています。腎臓や血圧については、その病院で定期的に見てもらいながら、土曜日に来ることができる当方で、お薬を出していました。その内科と私は密に連携を取っています。

 その血圧の薬をすべて削られてしまいました。病名もちゃんとつけているし。なぜだか問い合わせたら、「まあ、そこまでしなくとも、という意味です。」と言われました。もう、びっくりです。薬が切れると血圧が200にもなる人です。なんと。そこまでしなくてとも、なんて、事情も知らないでよく言うわ。と腹が立った次第です。

 もう一人。子宮筋腫で一度核出術をしたけれど、再発した方。過多月経で貧血がありました。ヘモグロビンが6しかありません。貧血の治療で鉄剤の注射をしました。その注射をすべて削られてしまいました。重症の貧血で鉄剤の治療をどうしてしたらいけないのか分かりません。また腹が立った次第です。

 長く仕事をしていると、いろいろなことがあります。理不尽だと怒ることも、年と共に丸くなったのか、減ってきました。怒るよりもしょうがないなあとあきらめるようになりました。

 でも、どうしても合点がいかないと、カッカして眠れなくなるということです。やれやれ・・。すっかり夜が開けて明るくなってきました。

Dscn1560_1280x960 先日、長崎の中華街のお店で「うずらの卵のピータン」を買って帰りました。小さなピータンを半分に切って白ネギとキューりといっしょにポン酢で戴きました。ピータン、すっごくおいしかったです。もっと買って帰ればよかったと後悔しています。



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松山の道の駅「ふたみ」。

Dscn1445_1280x960_1024x768_2 もう、少し前になります。松山に伊方原発再稼働反対の会に行ったときのことです。朝早く伊方原発を見に行き、松山への帰り、何だか車の駐車の整理をしているお年の方たちが見えました。何だろう、なんか朝市でもあるのかしらね、行ってみようか、と私たちの車も右折して行ってみました。そこは一軒の産直のお店でした。そこで広島ではもう見られなくなった八朔とそれに新鮮なソラマメをどっさり買い、レジに行くと、レジの女性がお祭りに行くでしょ?と言われます。ええ? 何ですか? お祭りがあるのですか? と聞くと、すぐそこに菖蒲園がある、今日はそこのお祭りだと言われます。みんなそこの産直のお店の駐車場に車を止めていくのだと。お祭り大好きの私は、それは行ってみなければ、で、歩きました。菖蒲がちょうど見ごろでした。お祭りは、その町の人たちが自分たちでお店を出しています。あゆやヤマメや牡蠣やサザエも焼いて安く売ったり、綿菓子やそうめん流しは無料です。ひとしきりお祭りを楽しんだ後、また松山に向けて走ります。

 集会に行く前にお昼ご飯を食べなくては、で、寄ったのがここ、道の駅ふたみです。


Dscn1451_1280x960 きれいな砂浜の海に面した道の駅。もう何年前でしょうか。まだ父が生きていたとき。夏休みに車でしまなみ海道から香川、愛媛を通って、佐田岬、そしてその先からフェリーに乗って別府の我が家に行ったことがあります。その頃、父と同居していました。どこに行くにも父を車に乗っけて一緒に行っていました。河野の実家に里帰りするときにも父を連れて行っていました。姉夫婦と私たち夫婦とそして父だったと思います。その時にこの道の駅に寄りました。

 当時、夏で海水浴の人でいっぱいでした。その道の駅で食べた「鯛めし」がとびっきりおいしかったのです。鯛めしと言うと、炊き込みご飯かと思ったら、ここの鯛めしは鯛のお刺身がごはんにどっさり乗っていました。それと卵の黄味。濃いめのお醤油をかけていただきます。父もとっても喜びました。

 二階がそのレストラン、一階がお土産やさんです。二階は、まだ早すぎて開いていませんでした。少し待ちましょう、ここの鯛めしがおいしいから、と言って、一階へ。実は、そこで買ったお味噌がとびっきりおいしかったのです。またいつかあのお味噌を買いに行きたいと思いながら、時が経ってしまいました。でも、どこを見ても、味噌は売っていません。思い切ってお店の人に尋ねました。そしたら、「ああ、何とかの味噌ですね。それは今、作る人が休まれています。」と言われました。きっとお年なのだと思います。ああ、私の記憶に間違いありませんでした。でも、残念、あのお味噌はもう味わうことができそうにありません。


Dscn1450_1280x960Dscn1449_1280x960 そして、いい匂いに気づくと。お店の外に小屋が立っています。そこでは、地の人たちなのでしょう。イカやアナゴや、さざえやアワビや、イセエビまで、大きな炭火でせっせと焼いています。二階のレストランが開くのを待ちきれなくて、みんなそこでお昼を食べることにしました。私は鯛めし、これは炊き込みご飯です。そしてアワビの焼いたのを買いました。大きなアワビを丸ごと一個焼いてあるのが600円なのです。おいしくて。アワビとアナゴの一匹も600円。それにエビのかき揚げ。それらを夫のお土産に買いました。夫はびっくりです。こんなアワビ、広島で食べると5000円するよ、という大きさなのです。美味でした。握り寿司を食べた人、イカの焼いたのとサザエを食べた人、それぞれ大満足でした。

 いつかまたクーラーを持って行きたいところです。以上、アップし忘れていましたので。

 今日は光の道上病院で診療です。昨夜診療後、廿日市の往診を終えて来ました。静かな個室で、色々とすべきことをしようと思って来たのですが、何だか眠くて。ブログをかいたら寝ましょう。後はまた朝起きてからにしましょう。


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昨日の続きです。

 先日、私の患者さんをある緩和ケアの先生に紹介しました。まだ私の娘よりもうんとお若い方です。痛みでとてもつらくて、でも、緩和ケアには行きたくないと。それは、もう死を意味することとご本人は受け止められていました。

 そうではなくって。緩和ケアというのは、痛みなどのつらいところをを楽にしてもらうところ。痛みに対応できるようになったら、また退院してお家で過すことができるのだから。そこに行ったらもうそこから動けないと思わないで。もし、そこがいやだと思ったら、私のところに帰って来ればいいから。

 お電話でお願いした先生は、それはそれは予想以上の対応をしてくださいました。

 「こうして時間外に電話をしてこられたということは、急を要するということですか?では、明日来てもらって下さい」と。お忙しいでしょうに、即、診て下さると、ありがたいことです。

 そして、ご本人に会われた後、そのドクターからお電話を戴きました。

 「すぐに入院をしてもらうことにしました」と。「でも、先生(私のこと)に会うと元気が出るということですので、一緒に対応させていただくということでよろしいですか?」

 「ありがとうございます。私もとても気になります。入院なさっていても、私も会いに行かせていだいてもよろしいでしょうか」

「ええ、そうして頂ければ、何よりもご本人が喜ばれると思いますので。」

 とっても包容力のある、ドクターでした。

 そして、その後お手紙が来ました。一週間で退院なさったと。お家で元気に過ごされていると。

 ご本人もご家族もすっかりその先生を信頼されたようです。もし、私に用があればご本人から連絡があるでしょう。

 私のような開業医は、自分では対応できないと感じたとき、いつどのドクターに繋ぐか、それがとても大切になってきます。そのためには情報のアンテナを高く保っておかなければなりません。ときとして、世間の評判と内部の状況とが大きくかけ離れていることもあります。単なる病院の評判だけでなく、どのドクターがどんな対応をしてくれるか、技術も大切ではありますが、そのドクターが、人として優しさと包容力を持っているかも大きな要素となります。

 昨日、あんな記事を書いたちょうどその日、紹介先のドクターたちから来たお手紙の中に、期せずして、子宮頸がんの人と、体癌の人と、卵巣がんの人と、そして乳がんの人と、四人のがんの方たちの紹介状のお返事か来ていました。それぞれドクターも対応も異なります。

 小さな開業医でも、次々と癌の方が見つかります。ふと自分の家族を見てみても、私たち5人兄妹とその連れ合いの10人のうち6人が癌で、でも亡くなったのは2人で、4人は治療後も元気に生活をしています。そんな時代なのですね。

 これからも、心して患者さんたちに向き合いたいと思います。


 Rscn1563 先日長崎から帰りの列車の中で、諫早湾の水門が見えました。あわててカメラをとりだしたので、ちょうどいいチャンスをのがしましたが、それでもかすかに写っています。干潟のギロチンとも言われたあの水門は今どうなっているのでしょう。それぞれの立場の方たちの生活があるのでしょうが、この地球の自然を人の手でどんどん壊していく、その歯止めをどこでかけるのか、これも考えていかなければならないことなのですが・・・。



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「タウンNEWS 広島平和大通り」にもの申す。

 私は、人のブログにいちゃもんをつけるつもりではないということを初めにお断りしておきます。また、この「タウンNEWS広島 平和大通り」は私の好きなブログであり、しばしば感動を戴いているブログです。

 それでも、あえて私はここで反論をさせていただきたいと思います。それは、このブログの著者であるお二人だけでなく、コメントを寄せていらっしゃる方、さらにコメントへのお答えをされることによる効果が本来の記事から一つの方向に向かっているように思えます。故、これは、単なる反論だけでなく、読者の方々すべてに呼びかけたいと思って書かせていただきます。

 6月16日の「元安川」さまの『自然死』そして、17日の「工場長」さまの『人生の目標は「ガンになって死ぬ」こと』と続くことによって、私が何より心痛んだのは、今、たった今現在癌にかかり、病と闘っている方を傷つけたのではないかということです。

 ご存じのように私は医師です。今も何人もの癌の方と向き合っています。その多くの方は若い方です。まだ死ぬにはつらすぎるほど若い方たちです。その方たちに、「癌は死ぬ病気」ではなく、今や「治る病気」として励ましながら、ではどこでどんな治療をすればいいのかを患者さんと共に考える立場にいます。そのためには、常に癌の最前線の情報を得ることも必要です。私は、その努力をしているつもりでいます。

 癌治療について、話したいことはたくさんあります。

 その前に私の体験をお話ししましょう。私の夫は、35年前、彼が31才、私が30才、二人の子どもたちが2才と3才の時に胃がんにかかりました。それも、ずいぶん進行していました。まだ癌を本人に告知してはならないとされている時代です。大学病院で私一人告知されたとき、とても助かるような癌ではないと言われた時、

「それでも、私はとても無理と思った患者さんが生きている姿も見ています。私はあきらめません。彼に生きてもらうように頑張ります。」

と言いました。告知して下さった先生は、首を横にふりながら、「先生も苦労するね」と慰めて下さいました。彼に癌であることを言えないまま、一人、影で泣きました。

 癌を告知しないままに手術を受けてもらうことは、本当に苦労でした。新聞記者という仕事をしている彼は、少々のことではごまかすこともできず、何度も癌であると言わせてほしい、私は彼と一緒に背負いますから、とドクターに迫りました。それでも固く禁じられました。

 今から見れば、本当にいい手術をしてもらったと思います。胃はすべて取りました。食道と腸がつながっています。周囲のリンパ節、脾臓、そして肝臓の一部も、ごっそりと取りました。ただただ手術で取れたということが、どれだけうれしかったことでしょう。手術の後、膵炎と肺炎を起こし、このまま死んでしまうのでは、と思うこともありました。

 当時、出始めたばかりの抗がん剤、これをも癌と言わずに飲ませなければなりませんでした。栄養剤だの消化剤だのとごまかして。彼は、今も食道と腸がつながっていることで、その後遺症に苦しむことがしばしばあります。ダンピングも未だに起こします。何度もイレウス(腸閉塞)を起こし、もうだめか、今度こそ最後かとそのたびに胸が凍る思いもしました。彼を心配するあまりではあっても、彼の家族、姑や舅の言葉に傷つき、泣いたことも少なくありません。

 それでも、彼は生きることができました。たとえ後遺症があったとしても、彼は生きることができました。生きていてくれて、本当によかったと思っています。当時の主治医は、「生きているのか!!」と未だに言われます。

 彼にとって、「癌イコール死」ではありませんでした。良い治療によって、生きることができたのです。

 私は数々のがん患者さんを診てきて、癌で死ぬことは、決して安らかな死であるとは思いません。特に婦人科のがんは痛い癌です。がんが骨盤後部の神経に進行していくと、とてつもない痛みが襲います。

 婦人科だけではありません。義弟は大腸がんでしたが、背骨に転移して、ひどくひどく、動けないほど痛がりました。肺に広がった後は、大変な呼吸困難に苦しんで亡くなりました。

 義兄は、肺の中皮腫でした。腫瘍は、背骨に、口の中に、そして残った肺にとあちこちに吹き出すように急速に広がりました。血を吐きながら、それはそれは苦しんで亡くなりました。

「癌は治療しなければ安らかに死ねる」なんて、なんと癌を知らない人の言葉なのでしょうか。

 抗がん剤も昔に比べれば、本当に進歩しています。特に、婦人科のもっともたちの悪いとされる卵巣がんでも、シスプラチンというプラチナからできる抗がん剤が開発されてから、それを含む多剤併用で、本当に治療できるようになっています。腹水がバンバンにたまっている人でも、すっと腹水が引き、元気になった姿を何人も見ています。私は、子宮頸がんや体癌や、卵巣がんやそれに乳がん、それらの患者さんたちに、決してあきらめないで治療して、と訴えます。その治療をしてくれるドクターは限られています。そのスペシャリストのドクターにつなぐのも私の仕事です。

 もちろん、抗がん剤の治療はしばしば苦痛を伴います。それでも、それを乗り越えて、元気になりたいと頑張る人たちがたくさんいるということです。その人たちに、がんになったら治療すべきでないというようなことは決して言ってはならないことだと思います。

 この広島ブログでも、厳しい闘病生活をブログにしている方があります。私はいつもその方のブログを読んで、頑張って!!とひそかに応援のエールを送っています。その方のがんが小さくなったという喜びのブログを読んだときには一人涙しました。その方はその方で頑張って抗がん剤の治療と、自分でさまざまな努力をなさっています。今、彼はそれらの効果があったことで、喜びいっぱいの記事を書かれています。

 何か間違っているのではないでしょうか。老衰の死、枯れていくように静かに死ぬことは、だれもが望むことでしょう。癌になっても何も治療しなければ、そのような穏やかに死を迎えることができるというのは、よほど苦痛を感じることが鈍くなった年を取った人に限るのではないでしょうか。

 治療が悪いような幻想をふりまかないでほしいと思います。

 先日、癌で最愛の夫を亡くされた方が、「治療をしてよかったのだろうか」と、その苦しい胸の内を吐露されました。彼が生きたいと頑張った姿は、それはそれで尊い姿でした。最後はとても苦しんで亡くなったけれど、それは決して治療したから苦しんだのではありません。がんが進行したために苦しまれたのですね。

 がんは放っておいたら確実に死に向かいます。でも、早くに治療すれば何ごともなかったかのように生きることもできます。たとえ、進行した癌でも今ではいろいろな治療で治すこともできるし、長く生きることができるようになっています。もっと生きたいと思って治療する人がたくさんいるということを忘れないで下さいね。

Dscn1360_1280x960 私が往診に行っている方の一人です。訪問看護の方の尽力で、在宅でもいろいろな治療ができます。お年でも、息が苦しければ酸素が吸いたい、食道が詰まって水も飲めません。でも、のどが渇けば、点滴をしてほしい、痛みは麻薬のパッチを貼ります。それらの訴えは人として当然のことです。家族は本当にたいへんですが。


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長崎無事終了です。

 長崎大学医学部で行われた長崎県母性衛生学会で講演しました。

Dscn1555_1280x960 いつもは2時間または短くても一時間半のバージョンで話すのですが、昨日は一時間でということでした。それでも目いっぱい話したいので、どこをどうはしょるか、午前中に友人のクリニックで予行演習をさせてもらいました。急きょ駆け付けて下さったのが性教協の仲間6人。その人たちが話しを聞いて下さっていろいとアドバイスをしてくださいました。うーん、あれも話したい、これも話したい、でも断腸の思いでバッサリと切ります。

 そのあと、予行演習をさせていただいた人たちと、中華街でお昼をごちそうになりました。お話しもいろいろと弾みます。でも、今の性教育をめぐる厳しい状況は、全国どこでも同じです。そして、どこにも頑張っている人たちがいます。彼女たちと話して、やっぱり私たちが頑張らなければ、という思いを強くしました。

Dscn1549_1280x960Dscn1552_1280x960 中華街、いっぱいの人。雰囲気がいいですね。

 学会も会場いっぱいの人。「若者の性の現状とかかわり方~診療の現場から見えること~」というタイトルです。予行演習の後、またスライドを手直しして、一人ブツブツと練習をした後本番。一時間、目いっぱいお話ししました。べらべらとしゃべりっぱなしです。一時間でも何とかなるものだと、今回の講演でちょっとだけ自信がついたかも、と思います。

Dscn1556_1280x960 講演が終わるとすぐに駅に向かって帰りました。中華街に行っただけ、そして会場の長崎大学医学部に向かうときに原爆で半分だけになった鳥居を見ただけです。他にどこも見学や観光はしませんでした。駅前に満開のアジサイがありましたで、しばし見とれてパチリです。これが観光の代わりです。

  まだまだこれからも講演が続きます。これからボツボツ次の講演の準備にかかります。


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今雨の長崎です。でも、熊本の話の続きです。

Dscn1512_1280x960Dscn1511_1280x960 円形分水を見に行った後、お昼を食べに連れて行って下さったのは、こんな素敵なお店の素敵なお部屋。お店は「紗陶」と言います。なかなか予約が取れないお店なのだそうです。板さんは京都で修業をつんだまだお若い方とのこと。お料理をするのが楽しくてたまらないのだと。いいですねえ。

Dscn1514_1280x960Dscn1517_1280x960運ばれて来たお膳にびっくり。なんと素敵。歓声を上げていただいていたら、次のお膳が運ばれてきて、またまたびっくりです。たとえば、二の膳の左手前にあるお料理。ズッキーニの長い薄切りと生ハムに包まれて餡がかかっているもの、これ、何だろう、とかじってみたら、中からイチジクが出てきて、わあ、です。お吸い物の中身はゴマ豆腐でした。

Dscn1518_1280x960 女五人でいっぱいおしゃべりをしながら、夢中で戴きました。楽しく、おいしくて、素敵なランチをありがとうございました。

 そして講演はみなさんにも聞いて頂いて。学校から帰ろうとしたら。館長さんの車が・・・。木の切り株に乗っかってしまったのです。前のタイヤは切り株の上をクリアしたのですが。本体が乗ってしまって、ニッチもサッチも行かなくなったのです。みんなで押したり引いたりしてもタイヤは空回りするばかりで。タイヤのしたに木をかましたりしても、うまく行きません。私、電動のこで切り株を切ったらなんて言ったのですが。そんなところにドッドッドッと駆けつけて来たのが・・・。頼もしい!!

Rscn1530_1024x768Dscn1525_1280x960  カッコイイー!!と拍手をしたものの、はて、このショベルカーでどうするの? もう、面白くってたまりません。これ、写真撮ってもいいかね、と許可をもらって見守りました。ショベルカーで車を持ち上げるのかと思ったら、ショベルの中に大きなジャッキが入っていて、出番はそれでした。それできこきこと車を持ちあげて。前のタイヤの下に煉瓦を敷いて。でも、まだそれではだめだわ、何て思っていたら、切り株からは斜めになるように、煉瓦を三つ縦に並べて、そしてその上をバックで動いたのですね。パチパチパチ。やっと無事脱出しました。ショベルカーは、学校のものなのです。農業科がある強みですね。写真には写っていないけれど、これでも20人ばかりの人が動いたのですよ。

 もう、笑って笑って。ただでさえ楽しい講演旅行がこのおかげで、ますます楽しい思い出になりました。

 この後通潤橋の道の駅に連れて行っていただいて、みかんや切干だいこんなどを買って帰りました。皆様、本当に楽しい旅をありがとうございました。

 今、長崎にいます。長崎はひどい雨で、列車が止まり止まりで大幅に遅れてたどり着きました。疲れました。遅かったので、今日の晩ごはんはファミリーマートでミニ梅シラスごはんを買ってきてホテルの部屋で食べました。298円。

 今日は午後講演です。一時間の講演はなれてなくって緊張しています。午前中、友人のドクターや性教協の仲間たちに予行演習を聞いてもらいます。うまく行きます様に・・・。


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熊本県山都町、通潤橋・円形分水など・・・。

Dscn1528_1280x960_2 山都町の通潤橋です。この美しい石橋の中を水が通っています。これが江戸時代1854年に作られ、そして今もなお、白糸台地へ水を提供し続けています。白糸台地では、その困難な土地に棚田を作り米を作っています。棚田を作るのはこれまた大変な苦労だっただろうと思うのですが、傍目で見るととても美しくて。その美しい棚田の風景は写真を撮り忘れて残念です。


Dscn1499_1280x960_1024x768Dscn1501_1280x960_1024x768 その通潤橋に水を導いている円形分水です。ここにも連れて行ってもらいました。この美しい分水には、昔の人の知恵とその技術にまた舌を巻きます。水を耕作面積に応じて、分けるのですが。写真でお分かり頂けるでしょうか。笹原川から導いて来た水を地下からここに噴出させ、それを仕切りによって分けるというものです。真ん中から絶えず水を噴出しており、外が7対3に仕切られています。この7の水が通潤橋に導かれています。

 この後、ここから約10キロ離れている図書館の館長さんの家に連れて行ってもらいました。 そこの家々の側溝には通潤橋からのきれいな水が流れていました。

Dscn1503_1280x960Dscn1510_1280x960 江戸時代に作られたものが今だにこうして重宝されている、すごい!!と思いました。館長さんの家は、通潤橋の完成から20年後、1874年に作られた大きな古民家です。

Dscn1504_1280x960Dscn1508_1280x960 庭からは、大いちょうが見え、素晴らしい景色です。その庭の一角には、納屋があります。その一階には町の人たちが集まる会議室が作られています。二階はお客さんの寝室です。素晴らしい景色をみながらくつろげるお部屋です。その寝室のことで、またまたびっくり!!です。

 私たちの「ヒロシマ平和の夕べ」一昨年のメインのゲストで来て戴いた高史明さんがお泊りになったとのこと。高史明さんとパートナーの岡ゆりこさんとは大の仲良しなのだと。夫妻は、何回もここ山都町に来られているし、ここが好きなのだと。まあ、本当に何という繋がりなのでしょう!!因縁を感じるというか・・・。結局、類は友を呼ぶということでしょうか。

 山都町では、まだびっくりのことが続きます。ここが山の中だとは思えない、素晴らしい料理屋さんでごちそうして戴きました。おいしいお料理とお腹が痛くなる程楽しいおしゃべり。そしてまた、講演を終えて帰ろうとしたときのハプニング。また明日、もう一度ここのことを書きますね。

 昨夜は、子宮頸がん予防講演会でした。藤井恒夫先生の講演、私が座長をしました。そのあとも楽しい会話で夜遅くなりました。

 今日は、診療後は長崎に行きます。明日、長崎の母性衛生学会で講演をします。日曜松山、木曜熊本、また日曜に長崎と、ここのところ少々厳しいです。


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熊本県立矢部高校での講演でした。

Dscn1522_1280x960 昨日は、熊本県立矢部高校での講演でした。県立高校でなのですが、主催は山都町教育委員会と山都町立図書館です。山都町、旧矢部町の時代、図書館は地域の人たちの手で作られました。今も図書館のボランティアが活発に活動しています。今回の講演会も含めて、一年間の行事を決めるのも、ボランティアの人たちです。

 その講演依頼書から。「さて、山都町立図書館では、多くの人たちに本を読むことの大切さ、人がより良く生きるための糧となる良書との出会いの大切さを知ってもらいたいという思いから、毎年図書館講演会を開催していますが、今年度は、3年毎に実施しています高校生を対象にした講演会を開催したいと思います。」

 そもそも、ここは古い町ですが、文化度が高く、青年団の劇団も活発に活動しています。

 六年前に初めて訪れて、その素晴らしさにすっかり心惹かれました。その後三年に一回ずつ来ては、矢部高校の生徒さんに話をしています。
 
 高校では、図書館に40冊の私の初めての本「さらば悲しみの性」を置いて、教材としても使われていますし、町立の図書館にも私のいろいろな著書を置いてもらっています。でも、初めて私を呼んで高校での講演をと、企画したときのご苦労を昨日初めて伺いました。

 町の予算、行事として県立の高校で講演をというのは・・・と高校側からの反発で大変だったと。「町立であろうと、県立であろうと、同じ矢部の子どもではありませんか」と粘り強く説得したと。そして、今回は学校側から、「今回も企画してもらえるのか」と問い合わせをされたと。ここまで頑張って土台作りをしてくださったみなさんに本当に感謝です。

 今回初めて高校の全校生徒に加えて、矢部中学の三年生も参加してくれました。私の講演は今は高校生によりも中学生にすることが多いのですが、ここでは初めてです。保護者の方もたくさん来て下さって、うれしいことでした。

 講演の後、保健委員長の生徒さんが謝辞を述べて下さいました。

『本日は、お忙しい中、私たちのために講演して下さりありがとうございました。私は今日の講演で、河野先生の他大学病院での話、また出産についての話を聞き、命の大事さに深く受け止めていかなければならないのだと思いました。

 私は一年もたたないうちに卒業し、いろいろな人たちと出会う場面が増え、その中で今まで知らなかったことに触れる機会がある思います。そんなとき間違った知識や自分だけの価値観で動いていると、周囲の人たちを傷つける結果になるということに気付かされました。

 だから今日の講演会で、まずは、正しい知識を知り、そして自分で自分の体を管理、理解し、心身共に自立できる人になりたいと思いました。今日はほんとうに素晴らしい講演をありがとうございました。

              生徒代表 保健委員長 普通科3年  ○○○○   』

 私は、生徒さんが自分の言葉でちゃんと話してくれるととてもうれしいのです。特に、最後に心身ともに自立できる人になりたいというのに、すっごく感動しました。だから、彼女と握手をして、彼女が書いた謝辞をもらいました。ノートを切った紙に鉛筆で書いたものを斜線をひいたり消したり、付け加えたり、苦労してあるのがそのまま読み取れます。大切に保管しますね。ありがとう。

 図書館長やボランティアの人たちが送り迎えして下さったり、一緒にお昼をご馳走になったりですっかりお世話になりました。その間のお話しがとっても面白くて、びっくりすることもたくさんあって。それらをまた明日お話ししますね。


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熊本です。疲れました。

 昨夜、熊本に着きました。今日はここから約二時間のところで高校生に講演をします。

 昨夜はほんとうにくたびれて、情けなかったのですね。まず、新しい靴を履いて来たこと。これがきつくて、足が痛いのなんの。新幹線に乗るのに、もうよろよろ。新幹線の中では脱いでいましたが、熊本駅に着いてホテルまで歩くのがまたつらくて。旅に行くのに、新しい靴何て履くものではありません。買ったときにはちょうどいいと思ったのだけれど、仕事を終えて、足がむくんでいたのかしら。

 さらに追い打ちをかけるように。新幹線の中で韓国語の宿題をやろうとしてバッグを開けてみると、あれっ?バッグに入れていた水筒のお茶が空っぽでした。私はこの頃、ペットボトルの飲み物は買わないことにして、水筒を持ち歩いています。ええっ? まだ半分以上お茶が入っていたはず、と。バッグの中を探ると、何と、お茶が全部こぼれていました。真っ青です。講演で使うビデオは?大丈夫。外のケースは濡れていたけれど、中は大丈夫でした。ああ良かった。I Padは? これも大丈夫、お茶と反対側に入れていたので、O.K.。韓国語の辞書は半分くらい濡れていたけれど、これは乾かしましょう。

 じゃ、いいや。で、鞄の中の着替えの下着、ショーツとブラジャーと、今日講演で着る予定の上着と。ぐっしょりと濡れているのをホテルに着くなり、お風呂場で洗濯です。今、お風呂の中にずらりと干しています。朝までに全部乾くかしら。まあ、ホテルの部屋は乾燥しているから、たぶん大丈夫でしょう。ああ、疲れた!!です。

Dscn1497_1280x960 昨夜の晩御飯は新幹線の中で買った努努鶏。冷やして食べるというあれです。決して温めないでくださいと書いてあります。凍らせて食べろと。以前一度食べたら、とってもおいしかったので。それと姉が出発前にむいておいてくれた八朔です。

 八朔はもう広島では終わってお店に出ていませんが、先日の松山で見つけて買いました。八朔好きの姉にお土産として渡したのの一個をむいてくれていました。鶏も八朔もとってもおいしくて。夫は電話でどこかに食べるところがあるでしょう、出て食べろよ、と言いましたが、足が痛いので出かける気がしません。鶏と八朔で十分です。努努鶏、パリパリ、ピリピリ、少し甘めでゴマが香ばしくて、なかなかです。もし帰りの新幹線でも売っていたら、買って帰りましょう。凍らせておけばいいのですから。

 松山、伊方原発を止める会で行ったときのこと、道の駅や食べたものとか、書きたいことがたくさんあります。また時を見て書きますね。今日はなんだか疲れてしまって。これからもう寝ようと思います。

 それにしても。政治はひどいですね。「国民の生活を守るために原発を稼働させなければ」だなんて。住まいを追われ、健康におびえている福島の人たちの生活は、首相の頭にはないのでしょうか。きっとこのまま原発が稼働しないままに夏を乗り切れられると、まずいのでしょう。私、経済界と言われる人たちのことも本当にがっかりです。


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広瀬隆さんの講演続きです。

 伊方原発沖合約6キロメートルには、中央構造線活断層帯があります。内海の津波襲来はもっとも恐ろしい結果を招きます。中央構造線が動けば、瀬戸内海に巨大津波が発生することは間違いありません。

 1596年9月4日、大分県別府湾でM7級の改定地震が発生し、津波が押し寄せ、瓜生島が一夜で水没し、700人が死亡しました。同日、伊予地震のために今の松山市保免の薬師寺の本堂や仁王門が崩壊しています。9月5には伏見でM8近い大地震が起こり、豊臣秀吉の伏見城天守閣が崩落し、城内で数百人が死亡。これらの事実を突き合わせると、慶長別府湾地震で動いた別府湾と、慶長伊予地震で動いた四国の中央構造線と、慶長伏見地震で有馬高槻構造線が動いた伏見の断層が、400キロメートルにわたってほぼ同時に動いた可能性が高いと言われます。

  江戸時代1707年宝永南海地震では、大阪湾、瀬戸内海沿岸、大分県佐伯市に大津波の記録があります。瀬戸内海を襲った大津波は、九州~四国沿岸~大阪湾まで達し、東日本大震災と同規模の死者2万人を超えていたことが明らかになりました。現在の人口は、当時の5倍です。

 東海、東南海、南海の3連動の巨大地震がいつ起こるかわかりません。2011年12月25日にNHKEテレで高知大学の岡村教授が行った重大な調査結果でそう発表されました。岡村教授が入っている「南海トラフトの巨大地震モデル検討会」の中間とりまとめ報告(2011年12月27日)で示された想定震源域には伊方原発もすっぽりと含まれています。

 以上、不十分ではありますが、広瀬隆さんの講演を伊方原発のことを中心にまとめました。今回の福島の原発事故は、千年に一回の想定を超えた地震と津波のせいであるという言い訳は、全く通じないことであるというのがよく分かりました。伊方原発、そして上関、瀬戸内海に原発を作ることの怖さも。この講演を聞いて、あらためて認識しました。

 Dscn1481_1280x960 帰りの松山観光港から見た瀬戸内海です。もしも伊方原発で事故がおこれば、出口のないこの瀬戸内海が死の海と化してしまいます。

 ところで、この港で高速艇を待っていると、テレビでNHKのニュースをやっていました。四国ローカルです。真っ先にやったのが、「大地震に備えて大規模な訓練が行われた」というニュースでした。高知で自衛隊総動員です。陸から空から、海から。その緊迫したニュースを見て、プレートのひずみはもう限界まで来ているということをまた痛感しました。(余談ですが、そのニュースでは、伊方原発を止めるための集会のことは全く報道されませんでしたよ。)

 昨夜ははだしのゲンの英語の講座はお休みして、廿日市に往診に行きました。在宅の療養のことについては、また機会を見て私の思いをお話ししますね。今日は診療後熊本に行きます。


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広瀬隆さんの緊急講演から。

Dscn1477_1280x960 緊急に行われた広瀬隆さんの講演。超満員でした。山口や三次から一緒に行った人たちを港に送って行ったり、レンタカーを返しに行ったりで講演にぎりぎりに行った私たちには、もう配られた資料もなく、席もありませんでした。残念。

 でも、聞いてよかったです。豊富な資料で、説得力のあるお話しは、本当に伊方原発、いえ、すべての原発が危険であるということを痛感させられました。

 以下の図は、1970年から1985年に世界で発生したマグにチュード4.0以上の地震の震源地を黒い点で、そして原発のある位置を赤の点であらわしたものです。広瀬さんのお話しでこのスライドが出されましだが、手元にその資料がないので、ネットの検索でコピーさせていただきました。検索したサイトはこちらです。

Photo

 世界の陸地のたった0.25%にすぎない日本で,世界の地震のおよそ10%が発生しているのだそうです.そして世界人口の2%が暮らしているこの国に,世界の原発の約13%が集中しています.

 大きな地震が数多く発生するのはプレート(地殻)の境界およびその周辺です.太平洋をぐるりと囲っている太い黒帯のような震源群はそれです.日本が位置する場所は,そのなかでも地球を覆っている十数枚のプレートのうち4枚ものプレートが衝突し,ひしめき合っている場所なのです.世界の原発は、地震発生地帯を避けて作られていることがわかります。日本は、日本中が震源地だらけです。これを見ただけでも、日本は原発にふさわしくない国であることがわかります。

 しかも、今ある原発は、地震があることを想定して作られた原発ではありません。

 さらに、今回の東北大地震を千年に一度の地震と盛んに報道されています。とんでもない、日本には大地震と大津波は度々記録されています。

 また、伊方原発は瀬戸内海に作られています。(伊方原発と今作られようとしている上関の原発予定地は向い合せで、30キロしか離れていません)
内海には津波は来ないとして津波を想定していません。それもとんでもない。それらの数々の資料が出されました。

 1896年6月22000人の人が犠牲になった、ほんの百年前の明治三陸沖地震では、吉村昭氏の聞き書きをまとめた「三陸海岸大津波」によれば、岩手県田野畑村羅賀では、津波が50メートルにも達していたそうです。

 1771年の4月に発生した推定マグニチュード7.4の八重山地震は、明和の大津波とも言われ、石垣島宮良村での津波は最大波高40メートル、最大遡上高さは85.4メートルにもなります。

 津波は、深海から浅瀬に乗り上げると、塊となってとてつもない高さになります。1854年の安政東海大地震では、今の浜岡原発のある佐倉の海岸巨大津波が三時間も繰り返し襲いかかり、600メートルの内陸まで津波が押し寄せたと記録されています。津波は遠浅に乗り上げると、一気に水かさが増えて、巨大津波になります。

 瀬戸内海には津波は来ないとして、伊方には一切津波対策を取っていません。それが、いかに危険なことなのか、歴史が教えてくれています。

 長くなりました。続きは明日にさせて下さいね。


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「伊方原発稼働阻止」の集会の報告です。

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 昨日は、とてもハードな一日で、すっかりくたびれました。

 まず6時半から朝ごはん。7時過ぎにホテルを出発して伊方原発へ。7人が乗れるレンタカーで、雲一つない絶好のお天気で快適なドライブ気分でした。伊方の山から原発の見学です。海のすぐに原発が三基。二基は運転開始から30年以上経って老朽化しています。三号基は毒性のもっとも強いプルトニウムを混合したMOX燃料を使用しています。周囲の斜面と山には鉄塔と送電線が張り巡らされています。

 敷地は埋め立て地。山は地すべり地帯で崩れ易いところ。大きな地震で鉄塔が倒れ、送電線が切断されることは、この度の東北の震災で証明済みです。

 朝早すぎて資料館はまだ開いていませんでした。

 松山に帰った後、集会の会場へ。集会はお城の堀の中の広大な敷地で行われました。


Dscn1453_1280x960 集会の前。三々五々集まって来る人へ「8.6ヒロシマ平和の夕べ」のチラシ配りです。7人が手分けして配りましたが、とにかく暑くて。じりじりと腕が焼けます。(家に帰った後気づきました。腕が真っ赤になっていました。) 走り回りながら懸命に配りました。「こんにちは。広島から来ました。よろしくお願いします」と言いながら。みなさんニコニコと受け取って下さってうれしいことです。


Dscn1456_1280x960Dscn1462_1280x960 そして会の始まる頃。舞台は車の荷台です。発言者10人はそこに上がって順繰りに発言しました。

 開会あいさつは草薙順一「伊方原発を止める会」事務局長。昨年、広島の平和の夕べでお話しいただいたクリスチャンの弁護士さんです。九州からは「伊方原発停止・廃炉」愛媛・大分共闘会議代表。上関からは「原発いらん!山口ネットワーク」の三浦翠さん。三浦さんも第二回の平和の夕べでお話しいただきました。高知からは「原発をなくす高知県民連絡会』の方。全国市民運動からは作家の広瀬隆さん。青年からは愛媛大学の学生さんが。伊方原発運転差止め訴訟の学生原告です。若い人の力は頼もしい!!伊方現場運転差止め訴訟弁護団事務局長からは、一回目の訴訟の報告。中でも四国電力がどのような準備書面をだしたかなどの説明がありました。私は、広島の被爆二世からという立場での発言をしました。集会決議、閉会のあいさつの後、デモ行進でした。

Rscn1491_1280x960Rscn1490_1280x960 私が壇の上から撮ったのと、デモ行進の列です。デモはこの何倍も延々と続いて、とても写真では入りきりません。

 この後、広瀬隆さんの緊急講演会がありました。そのお話しも明日アップしますね。


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松山です。

Dscn1424_1280x960Dscn1427_1280x960 松山にいます。昨夜、診療を終えて高速艇に乗ってやってきました。新しい音戸大橋も初めて見ました。松山は久しぶりです。以前、よく講演に来ていましたが、ここのところご無沙汰でした。

 港から急ぎタクシーに乗って、先発隊と合流です。先発隊のみんなは、「伊方原発を止める会」の事務局長の草薙弁護士と一緒に食事をしていました。急いだおかげで、8時には合流できました。

Dscn1428_1280x960 こんな食事を食べながら打ち合わせです。今日の「伊方原発稼働阻止!! 愛媛県庁包囲行動」は本当に大きな会のようです。高知県からはバス六台、大分からもバス二台で集まってこられるそうです。そもそも松山の「伊方原発を止める会」でも、個人会員は1000人以上、団体会員も160を超えるという、すごい団体なのです。

 今、伊方原発の稼働を止めるよう、裁判に訴えていますが、その原告はなんと622人なのです。

 伊方原発ができるときに訴えた裁判は、その原告の準備書面が素晴らしくて、完全に勝てるとだれもが実感していました。ところが、審議がすべて終えたときに、突然裁判官の交代が行われ、そして新しく来た裁判官が敗訴判決をだし、またその裁判官は東京に帰って行ったと。ただただその原告敗訴の判決を出すためだけに転勤してきたという裁判官のことは語り草になっています。

 その裁判にはヒロシマの被爆者運動のカリスマ、森滝市郎さんもたびたび支援に行き、共に闘われました。そしてその敗訴の判決には怒りの原稿を書かれています。

 もしも伊方原発で事故が起きれば。そこは内海です。四国のみならず、瀬戸内海沿いのすべて、広島も山口もそして九州の大分も被害を受けるでしょう。

 今、大飯原発の次の再稼働は伊方だと言われています。何としてもその稼働にストップをかけられるように、私もがんばります。

 今日は六時半から朝ごはん。そして7時出発でレンタカーで伊方原発に行きます。一時までに松山に帰ってきて、集会に出ます。デモのあと、広瀬隆さんの講演会でお話しを聞き、広島に帰ります。8.6ヒロシマ平和の夕べのチラシを1000枚持ってきました。集会ではそれを一生懸命配るつもりです。

 ホテルは、お堀の近くです。道後温泉も近いし、以前よく来ていたときには松山駅前の「キスケの湯」にいつも入っていました。みんなにお風呂に行こうよ、というと、シラッとしています。そう、もう私が来る前に道後温泉に入ったみたい。もう、私一人で行く気もしなくて。仕方ありません。ホテルのシャワーで我慢です。


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むかしむかし、あるところに、一人の少女がいました。

Dscn1418_1280x960 一昨日、中国新聞文化センターの講座が終了しました。最後の授業を始める前にnancyさんが下さったのがこの絵です。

 うん? 何か見たことがある女の子の絵だぞ、と思って見ていると、アッ!!と思い当たりました。そう、4月16日、半兵衛で行われた「利き酒会」に出席したことを書いたブログに乗せた、私の小さいときの写真です。今の半べえは昔「広島遊園地」と言っていました。そこに毎年のようにつつじのお花見に行っていました。これは昭和30年の写真です。まだ写真もあまり撮ることは一般的ではない時代です。


1184x1280 この写真を見て、nancyさんが似顔絵を描いてくださったのです。57年前、8才の私が絵になってここに再現されていました。

 あはは、うれしいです。クリニックに飾っていますが、この絵の写真を何とかしたいと思っています。私、⑦パパさんや銀蔵さんがブログに張り付けている似顔絵がすごくうらやましかったのです。あんな風に使えないかなあ。

 nancyさん、ありがとう。でも、あなたのブログはとっても好きだったのに、中止で残念。できるだけ早く再開してくださいね。

 ところで、広島ブログのランキング、連日上がったり下がったりを繰り返しています。一位に返り咲いておめでとうのコメントを戴いた翌日にはもう二位に下がってるし。自分では何もできないことなので・・・。それほど順位にはこだわってはいないのですが。でも、いつもクリックして下さる皆様、ありがとうございます。私としては、何位であっても変わらず、コツコツと書き続けたいと思います。

 でも、なんだかおかしいのは、平和の夕べについてのように、力を入れて固いことを書いているときには、ポイントが少なくって、食べ物のことを書くと、たくさんポチしてもらえるようなのですね。一人苦笑しております。

 私は今日の夜の高速艇で松山に行きます。伊方原発を止める会のHPを見て下さいね。明日の日曜日に伊方原発の再稼働に反対する集会が開かれます。このサイトを見ると、とても大きな会のようで。四国や九州からも貸切バスで大勢の方が来られるようです。私はこの会であいさつをします。森滝市郎さんの伊方原発への思いの遺稿を引用しながら、8.6ヒロシマ平和の夕べにも来て戴きたいと挨拶をしたいと思っています。


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美川憲一とコロッケのジョイントコンサート。

Dscn1419_1280x960 あはは、昨夜のコンサート、いやあ楽しかった!!です。久しぶりの美川憲一だけでなく、昨夜は「コロッケ」とのジョイント。憲ちゃんは、一段とかわいくなっていたし、歌もやっぱり素敵。

 それに私には初めてのコロッケが笑わせてくれました。コロッケのデフォルメされたもの真似、サイコーですね。美空ひばりの「真っ赤な太陽」を二人で歌うのから始まりました。歌った後、「ひばりさんどこから来たの?」「上から」「どうやって来たの?」「新幹線で来たの」と、二人の掛け合いも息がぴったりです。あの世ではみなさん賑やかなんですって。淡谷のり子とか丹波哲郎とか、その人たちの物まねがもう笑うしかないそっくりで中身も面白いのです。丹波哲郎がごみの仕分けがうるさいの、とか。

 顔も歌もしぐさも、みんなそっくりでそれに特徴を捕まえたデフォルメがすごい。森進一がカラやAKB48を踊ったら、とか。森進一の顔をしながらお尻を振って踊るのなんか、おかしくて。

 会場は満員。昼夜の二回公演でこれだけの客を集めるのは大変たったことでしょう。男性も多かったし、子ども連れの方も。そしてたまげたのは、「昼の部に90歳の方が来て下さってた」という言葉を受けて、二人が客席を握手して回る時に、「93歳です。」という方がいました。その方は両手を高く上げて振って挨拶されていましたよ。そしたら、「97歳です」という方まで現れましたよ。隣の姉と「私らも来ようね。」と言ったものの、私たちがそんな年になるまで憲ちゃんがコンサートをするかしらね。

 とっても傑作だったのは、小学三年生くらいの男の子が、コロッケがキンキラのどはでの衣装で客席を回ると、「おびえている」と。そしたら、コロッケがそこを離れながら「こんな生き方もあるのよ」と言いましたよ。その子は私のすぐそばだったのだけれど、本当に緊張した顔をしてました。さぞ、毒気にあてられたことでしょう。気の毒ではあるけれど、私はコロッケの言い方がとっても気に入りました。

 全体としては、歌をしみじみ聞かせ、笑わせ、でも東北の震災に配慮して「命」とか「生きる」ことにも焦点を当てたいい舞台でした。

 「新潟ブルース」や「女の朝」も聞けたし、憲ちゃんに握手もしてもらって、手の掌が香水のいい匂い。その匂いを嗅ぎながら大満足で帰りました。これでまた楽しみが一つ減りました。


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「スジョンガ(水正果)」作りました。

 昨夜、今日の中国新聞文化教室の講座でお出しする漢方茶を作りました。毎回異なるお茶をお出ししているのですが、今回は「スジョンガ(水正果)」です。

Dscn1415_1280x960 Dscn1416_1280x960  桂皮(ニッケの皮)としょうがと黒糖を入れてお水を一杯入れて煮ました。桂皮は京都に行ったときに買っておいたもの。しょうがは今回はこれも京都で買った黒糖生姜にしました。黒糖は沖縄産です。一煮たちしたら、固くなった干し柿を入れました。カチカチでも、さっと煮るとふっくらとします。今朝味を利くととてもおいしくできていました。

 体を温めるスジョンガ、きょうは冷蔵庫で冷やして飲んで戴きます。大なべ一杯に作ったので、明日にはクリニックのスタッフにも持って行きます。

 このスジョンガを知ったのは、もう何年前でしょうか。京都で講演があるため、前日にホテルに行ったところ、そこの回りがすさまじい混雑でした。祇園祭の真っ盛りだったのですね。全然知らないで行ったのですが。これはこれは。せっかくのこんなチャンスを楽しまないわけにはいかないと、チェックインするとすぐに飛び出して、回りを散策しました。人ごみの中で「韓国の飲み物」の屋台が出ていました。すぐに一杯いただくと、とてもおいしくて。これは何という飲み物なのかと尋ね、スジョンガだと教えていただきました。

 歩き疲れてホテルに帰ると真ん前にカフェらしきお店がありました。もう店じまいをされていましたが、お願いして入れていただきました。入って気づいたのですが、そこは韓国の古茶屋さんでした。そこで、韓国のかき氷「パッピンス」を戴きました。戴きながらふと見ると、そのお店が「祇園祭には臨時の飲み物のお店を出す」と書いてありました。それを見ると、私がスジョンガを戴いたところだったのです。場所はうんと離れていました。一晩で二回も同じお店のものを戴いた、何かの因縁を感じたのです。

 そこが、その後私が京都に行くたびに行き続けている「素夢子古茶屋」さんなのです。ここは静かで、たくさんのポシャギが飾ってありますし、古茶だけでなく、韓国の定食やおかゆなどの食事もできます。さらに、さまざまな漢方の材料も売っていますので、行くたびにここで買って帰ります。

 今日も受講生のみなさんには喜んでいただけるでしょうか。


Dscn1414_1280x960 この週末には、8.6の平和の夕べのスタッフと一緒に伊方原発に行きます。そこで伊方原発の再稼働の反対の会に出席します。現地の人との交流とそして8.6の会の宣伝も兼ねます。日曜日に発送作業をしながらふと思いつきました。揃いのTシャツを作ろうと。そこで元アキハバラ塾の塾長河口さんに相談しました。日曜の夜にクリニックでお会いして、もう昨日できてきました。チラシと同じ模様の素敵なTシャツです。これを着て土曜日には松山に行きます。

 私は今日は文化センターの講座が終わった後クリニックで一仕事。夜は「美川憲一」のコンサートです。このごろディナーショーもないし、憲ちゃん久しぶりです。


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ソウルのお風呂とケジャン。

 もう少しソウルのことをお伝えしますね。これまでお伝えするチャンスがなかったことです。

 ソウル初日、三清閣で食事をした後そのまま向かったのがサウナ「シロアム」です。ソウル駅のすぐそばにあって、五階建てまるごとお風呂です。中には、お風呂とたくさんのサウナ、食事どころ、ジム、マッサージルーム、そして何カ所もの寝ることができるスペースなど、とっても充実しています。

 いろいろなサウナ、アカスリにも行きましたが、今ではここが私たちの一番のお気に入りになりました。入場料は時間によっても違いますが、平均一万ウォン、7・8百円です。これで何時間でも、朝まででもいることができます。他にあかすりをしてもらうのなら、その料金がかかります。

 私たちは、マッサージ、シャンプー、顔のパックなどがついたフルコースのアカスリを頼みました。以前はほとんど日本人はいませんでしたが、この頃は、案内書にも出ているようで、大分日本人もいるようです。ただ、黙っていると、韓国人と日本人は本当に見分けがつきません。

 あかすりもすんで貸し出された短パンとシャツで男女共有スペースのサウナへ。夫がいるはずなのですが、どこなのか、寝ている人を一人一人覗いて回ると、ぐっすり眠っている彼を見つけました。サウナは豊富です。汗蒸幕だけでなく、漢方部屋、塩の結晶がびっしり敷かれている塩サウナ、酸素部屋、そしてアイス部屋はマイナス15度です。

 男女別の睡眠部屋もあります。大きな部屋は男女共有ですので、家族がみんなで寝ていたり、隅の方でカップルが抱き合って寝ていたり、いろいろな人が見えます。朝までここで寝て、会社にここから行く人もいるということです。

 気持ちのいいひと時を過ごしました。観光コースにはない、安くて、きれいで、いいサウナだと思います。

ここに写真入りで案内されていますので覗いてみて下さいね。

 次の日に仁寺洞やカンジャンシジャンに行った後、食事に行ったのがここ「クンキワチプ」。どうしてもここは外せません。


Dscn1210_1024x768Dscn1213_1024x768 ケジヤン、ワタリガニのしょうゆ漬け。一人一匹ずつのかにが身も卵も、もうトロンとして、絶品です。


Dscn1214_1024x768ひとしきり食べた後はごはんを入れて混ぜて食べるともうサイコー。これを食べるとき、ソウルにきて本当によかったと思います。

 ホテルでの朝ごはんは帰る日だけ。二日目はコンビニで買っておいたモンキーバナナと機内食で出て飲まないでいたジュース、コーヒーだけです。昼はデパ地下でのチゲの定食で一人700円くらいです。その分夜ケジャンで豪華に行きました。



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三清閣「異宮」での食事続きです。

 三清閣、「異宮」での食事、昨日の続きです。

Dscn1159_1024x768Dscn1160_1024x768 済州産皮付きのゆで豚。右のように包んで食べます。


Dscn1161_1024x768Dscn1162_1024x768サーモン料理とツナとのりの和え物。海鮮珍味スープ。アワビやマツタケが入っていました。


Dscn1163_1024x768Dscn1164_1024x768エリンギを添えた韓牛ロースプルコギ。魚の塩焼き野菜添え。


Dscn1167_1024x768Dscn1168_1024x768 最後の食事はサーモン入りビビムパッか冷麺から選びます。夫はビビンパッ。スープやおかずがたくさんついています。冷麺は二種類あって、白いのと真っ赤なのと。


Dscn1169_1024x768Dscn1171_1024x768 私は唐辛子で真っ赤な冷麺です。好みでお酢を入れて食べます。お店の方がはさみでチョキチョキしてくださいました。それからデザート。飲み物はシッケでした。

 何もかもおいしくて、堪能しました。行ってみたい方、ここのサイトに詳しく載っています。電話番号も載っていますので、一応予約を入れていた方がいいでしょう。日本語大丈夫です。案内したサイトにあるように、お値段は日本の料理に比べるとうんとお安いと思います。基本、屋台などのお安い料理で、一食だけ豪華にというのも、楽しみ方の一つと思います。もし行かれるのでしたら、早めに行って、園内を散策した方がいいと思います。ドラマ「食客」のロケの舞台です。


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子宮頸がん予防ワクチン。ソウル三清閣の料理。

 昨日の午後の学会というか研修、大変面白くってほとんど最後までじっと聞いておりました。医学はどんどん進歩します。特に子宮頸ガンや子宮内膜症やなどの診療のガイドラインの説明があって、勉強になりました。できるだけ最新の知識を学んで、患者さんの診療に当たりたいと思います。専門的なことは除いて、皆様にお伝えしておきたいことを一点。

 子宮頸がんの予防ワクチン、中1から高2までに無料で接種できるのですが、広島県の接種率は73.9%だったとのこと。

 そういえば、最近、接種を希望して来られる方がめっきり減りました。多分広報が行き届いていないのだと思います。とくに中学一年生は、新しく無料で打てる学年になったのですから、保護者の方は気をつけて上げてほしいですね。せっかく無料なのだから、うった方がいいのですが。イギリスなどは、学校で集団でうつので接種率は100%近いのですが、日本は任意だから・・・。

 日本は子宮頸がんの検診率も低いし、ワクチンの接種率も低いし。いつまでたっても子宮頸がんはアジアの病気、死ぬのは圧倒的にアジアの人と言われいます。もちろん、日本を含めてのアジアの病気なのですね。このままでは、そこからまだまた脱却できそうにありません。

 それから、ガイドラインを発表された藤井先生がおっしゃっていました。ワクチンを接種すると、消費税を払わなければならなくなったと。ワクチンや低用量ピルなどの保険外の診療にはすべて消費税がかかるですね。薬やさんからワクチンを買うのに消費税も払って、さらに接種するとまた消費税も払わなければならないのですね。どっさり消費税の請求が来ると、つらいものがあります。これがまだまだ消費税のアップがされると、どうなることやらです。

 これから私は激動の時期に入ります。あまりブログに難しいことはかけないと思います。後回しにしていた写真などを少しアップしますね。

 遅ればせながら。ゴールデンウィークに二泊三日で行ったソウル。初日に行った三清閣です。青瓦台の裏にあり、広大な敷地にいくつもの古い建物が点在しています。

 Dscn1131_1024x768 Dscn1125_1024x768その中の一つ、一番大きな建物「一和堂」の一階のレストラン、「異宮」で食事をしました。中は広く静かできれいです。飛び込みでも大丈夫なのですが、私たちは予約をしていたので個室に案内されました。予約しておいたのは、伝統的な韓定食です。

Dscn1142_1024x768Dscn1149_1024x768 まず軽いおやつ。マッコリを頼んだら、ドーンと出てきてびっくり。まろやかでとてもおいしいマッコリです。おやつもマッコリも残りは持って帰りました。

Dscn1150_1024x768Dscn1152_1024x768_2季節のおかゆと水キムチ。かぼちゃの甘味が効いたおかゆです。


Dscn1157_1024x768Dscn1158_1024x768季節料理と松の実と大正エビの冷采。梨やたけのこが重なっています。ホタテ焼きのエゴマソース添え。

 まだまだ沢山でしたので、明日に続きますね。


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合宿です。

Dscn1409_1280x960 宮島が見える海辺で昨夜から合宿をしています。残念ながら雨。青い海を見たいと思ってきましたが、海も空もかすんでいます。朝7時の船にもう一杯の人が乗っています。
 「こんな早くからどうしていっぱいの人がいくのかしら。何をするんだろう」と言うと、「清盛効果だ」と誰かが言いました。「ええっ、あの視聴率が悪いドラマ、いがみ合い、怒鳴りあい、汚くって、暴力だらけのあのドラマがそんなに人気があるの?信じられん」と私。

Dscn1405_1280x960 昨夜はKさん(もちろん男性です)が腕を振るってくれました。鯛のアラの煮つけがサイコー。これらを食べ、飲みながら、会議、議論・・・。酔いつぶれて眠って。

 朝六時から作業開始。「年寄りは朝が早い」と一人が言いました。

Dscn1407_1280x960 「8.6ヒロシマ平和の夕べ」の発送作業です。今日のうちに、全部発送すべく作業をしています。毎年毎年繰り返す作業です。今年も無事開催できそうなことをうれしく思います。来年もできるかね、しないとといけんね、今度は長崎と東北に視点を持たないといけんね、なんて話しながら作業をしています。

 そのうち、「朝ごはんだよ」とKさんが。昨夜の残りを有効活用してごちそうです。山盛りのお味噌汁には、とうふ、油揚げ、自家製の玉ねぎ、そうめん、ねぎがたっぷりです。おいしい!! 私はコーヒーを入れるだけ。ありがたいことです。

Dscn1408_1280x960

 来週の土日はこのメンバーで松山・伊方原発に行きます。

 今日は私はみなを残してお昼に引き上げます。午後から産婦人科医会。夜はクリニックでレセプトです。


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大九州展の「焼きカレー・有田焼きの器つき」。

 みなさん、ひまちゃんが帰ってきましたよ。ここに。更新されたひまちゃんのブログです。とら吉さんの発病以来、どれだけしんどかったことでしょう。泣けて泣けて。

 また、これだけの文章を書くためにどれだけの時間と、精神的な労力が必要だったことかと思います。ひまちゃんの精一杯の思いを、どうぞみなさん、読んで下さいね。

Dscn1401_1280x960 話題ががらりと変わって申し訳ないのですが。そごうで開かれている大九州展。北海道展も加賀百万石も、そして九州展も好きです。時間を見ては、ちょろちょろと行っています。

 初登場の佐賀の焼きカレー。九州の駅弁売上第一位と書いてありました。有田焼の器ごと、冷凍してあります。レンジで温めて食べると。昨日買って帰って戴きました。器が気になって。厚手の有田焼です。ちょうど両手にすっぽりと入る手触りがすてき。いつか絶対に買って帰ろうと思っていました。

Dscn1389_1280x960 そうそう、白熊君も食べましたよ。ベビーしろくまですが。数年前には大きいしろくまをペロリと食べていたのですが。今はベビーで精一杯です。

 さて、昨日の朝「今日焼きカレー買って来ようと思うんだけど」と夫に言いました。すでに焼きカレーのことは話していました。有田焼きが素敵だとも。その時、夫は、「有田焼きと言っても、いいものからそうでないものまでピンキリよ。有田焼きだからいいとは限らないよ」と言いました。「そんな、当たり前じゃない。1500円で名人の作品が買えるわけないでしょ。私が見て、いいどんぶりになるからほしいと言ってるのよ。」と言いました。それを昨日の晩御飯にしたいといったのです。夫は、了解しました。

 そして夜。買って帰ると、夫が味噌汁を作っていました。そして、冷凍しているごはんを温めようとしています。「わあ、待って。今日カレーを買って帰ると言ったじゃない。」「うん、そうよ。だから味噌汁を作ったよ。」というのです。「カレーに味噌汁? それで、どうしてごはんを温めるん?」というと、「ええっ?カレーってごはんもついてるの?」というのです。「焼きカレーよ。ごはんのないカレーってある?」そんなやり取りをして買って帰った焼きカレーを出しました。

「ええっ?焼きカレーってカレーライスなの?僕は魚のカレーだとばかり思っていた」と。「魚のカレーがどうして有田焼きのどんぶりに入っているん?」「僕は、焼いたカレーが有田焼きのお皿に乗っているとばかり思った」「私はお皿何て言ってない。どんぶりって言った。人の話を本気で聞かないからじゃない。」私は当然お味噌汁は食べませんでした。夜中に夫がぼそぼそと食べていました。


Dscn1404_1280x960 カレーは、スパイスが効いてそれはおいしかったです。そして今朝、そのどんぶりにさっそくイチゴを入れました。カレーについていたスプーンも一緒に写真を撮りました。スプーンも口当たりがなめらでいい具合です。


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「ヒロシマ・アキバ塾」素晴らしいお話しでした。

Dscn1391_1280x960 ヒロシマ・アキバ塾無事開講しました。はじめ30人の部屋をお願いしていたのですが、もしもいっぱいになったら、との危惧があったので、50人のお部屋に変更してもらっていたら、ちょうどお部屋一杯でよかった!!です。中には、ネットで知ったと、東京からこの会のためだけにきて下さった方もあり、びっくり、感謝です。

 秋葉さんのお話しは、一回目は総論でした。これは、すごいお話しで。理路整然、飽きさせることなく。過去から未来へ、歴史と世界を見渡してスケール大きく幅広く、そして深く。データと写真も豊富。

 今社会が向かっているのは、支配・被支配の関係から横の繋がりへ。戦争から対等なパートナーとしての関係へ。

 なんて言っても、何のことか分からないですね。ここにさとうしゅういちさんがまとめたものがあります。これでもまだ伝えきれないものがありますが。参加した人たちは、みなさん満足して下さったことと思います。


 30代の若い人が「聞いていて、脂汗が出て来た。僕は過激に走りすぎていた。焦るのではなく、歴史の流れがあるのだから、もう少しその流れの中で自分の行動を決めてもいいのではと思った」と言いました。それを聞いて、秋葉さんは、「その言葉を聞いただけでも今日話したかいがあった」と言われました。

 秋葉さんが最後に紹介された9mmParabellum Bullet のWonderlandはYouTubeの

ここにライブの模様がアップされています。

「見えないラインで区切られた
つぎはぎだらけの世界地図
国境は歴史の傷口で
治せる薬を探してる・・・」。

 ぜひ聞いてみて下さいませ。

 今回のお話し、あまりにもったいないお話しでしたので、何らかの形で皆様にもお届けできたらな、と思います。それから、来月も最終の木曜日、午後7時から、同じく広島YMCAで開きます。ぜひ多くの方が聞きにこられますように。


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