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水戸巌さんのこと。②1979年の講演録。

 一つの投書に心打たれた私は、水戸巌さんとその妻喜世子さんのことをもっと知りたいと思いました。

 様々な方がネットに水戸巌さんのことについて書かれていました。そして、びっくりしたのです。水戸巌さんは、救援連絡センターを立ち上げ、初代の事務局長をなさった、あの水戸先生でした。

 私は、全共闘運動の真っ盛りに学生時代を過ごしました。そして、広島の地に救援連絡センターを作るのに、走りまわったものです。当時、広島でもそして東京でも広島大学の学生のたくさんの逮捕者が出ました。逮捕の情報が入ると、すぐに下着や歯ブラシなどの日常グッズを持って差し入れに行き、弁護士の手配をし、警察に、拘置所にと面会に行き…などの活動をしました。私は、セクトの人間ではなく、初めら最後までノンセクトでした。それゆえ、いろいろな立場の人にかかわってきました。逮捕された人の立場を問わない、それが救援連絡センターの使命でした。

 その当時に教えを請うたのが、東京に立ち上げられた救援連絡センターでした。あの水戸先生とこの核物理学者であった水戸巌先生が私の中で初めて結び着いたのです。

こちらのブログに1986年5月1日の東京新聞が掲載されています。ここに生前の水戸巌先生の写真も出ていますし、その当時に先生が言われたことの見出しがそっくり今の福島の状況となっています。「格納容器あっても結果は同じ」「農業は壊滅、居住もできず」「子どもに与える影響大きく」「雨天ならさらにひどい状態」

 さらに、同じ方のブログのここには、1979年の水戸巌先生の講演録「原発はいらない」が掲載されています。しかし、この講演録は、こちらの方のブログの方が読みやすくできています。どちらも、この講演を再録されるのに、とてもご苦労なさった様子が読み取れます。

 でももちろんどちらを読んでも、ほんとうにこの講演が1979年になされたものとは信じられないほど、今の福島の状況をそのまま予言なさったようで身震いします。また、広島の原爆被害についても、ここまできっちりと語って下さってとてもありがたいことです。

 はっきり言えることは、当初から、このようなことをしっかりと専門的な立場から言い続けた人がいるということ。そして、その方たちの言うことを無視し続け、あるいは妻喜世子さんの投書にあるように、そのような声をさまざまな妨害で圧殺しようとした輩がいるということ、それらが政治を動かして来たということは間違いないということです。

 一方で電力会社から膨大な利益供与を受け続けた、学者と呼ばれる人たちが大勢を占めていたということも事実です。いえ、学者や政治家だけでなく、官僚も、マスコミも同罪ですね。

 それにしても、Wikipediaに出てくる高木仁三郎さんの語られているエピソードには涙を禁じえません。その高木先生も福島を知ることなく亡くなってしまっています。水戸先生や高木先生が生きていて下さったら、と思います。でも、水戸先生の意志は高木先生や小出裕章先生たちにしっかりと受け継がれています。高木先生も亡くなってしまったけれど、設立に尽力された原子力資料情報室はここにきて、ますますその存在意義が貴重になっています。

 私は夫と双子の息子さん三人を山の事故で亡くされた妻喜世子さんのことをもっと知りたいと思いました。それは、私の想像を絶することです。でも、反原発だけでなく、さまざまな人権をめぐる活動をなさっているようで、その毅然とした生き様にひざまづきたいと思いました。そして、この投書をしてくださったことに心から感謝したいと思いました。

Photo すでにお知らせしたように、今日は性教協広島の例会です。城さんの模擬授業、楽しみです。一人でも多くの方にきて戴けますように…。今から出発します。

 そして、私はその後カープに行きます。ヒョー、久しぶり!!なのですが。東京から息子夫婦が帰って来ています。かれらのカープを見たいという希望に私も便乗するのです。今日はマエケン。打者に頑張ってもらわないと・・・。ピッチャーが頑張っても見殺し状態が続いていて、かわいそうですね。


「体の相談室」と「著書」の販売があります。
ぜひ、覗いてみてください。

広島ブログ

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コメント

はじめまして、cocoaと申します
毎日ブログを拝見させていただいておりました
この度、“ひまちゃんを囲む会”の記事を拝見してまいりました
いつもひまちゃんにお逢いしたいと気になっておりました
今回、ひまちゃんに逢ってお話したい人も参加させていただけると記事に書いてありましたので、勇気をだしてお邪魔いたしました
まだお席がありましたら、一人参加させていただけますか?
どうぞ、よろしくお願いいたします

投稿: cocoa | 2012年5月13日 (日) 17時19分

cocoaさま
どうぞ、まだ相手織りますので、人数に入って戴きますね。みなさん、気持ちのいい人たちばかりです。ご心配なくいらっしてくださいませね。これで計24人です。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2012年5月13日 (日) 20時35分

河野先生!こんばんは!
昨日は、お仕事中お邪魔して申し訳ありませんでした。
その上、たくさんのポジャギの布をいただいて、
ほんとに有難うございました。
きれいな色、感触に魅せられて、うっとり眺めています。
作品化出来る日が早く来ますように!!
送っていただいた妹さんの着物も無事に手元に届きました。
早速、解きに出すよう手配しますね。
お姉さま、お妹さまにもよろしくお伝えくださいませ。
19日にお目にかかれるの楽しみにしています。

投稿: yuu-fu-ren | 2012年5月13日 (日) 21時05分

お仲間に入れていただきまして、ありがとうございます。
ひまちゃんと皆様にお会いできるのが楽しみでございます。
どうぞ、よろしくお願いいたします

投稿: cocoa | 2012年5月14日 (月) 01時24分

yuu-fu-renさま
こちらこそ、わざわざお運びいただいてありがとうございました。お会いできてうれしかったです。また、暇ちゃんを囲む会でのお土産もありがとうございました。みなさん大喜びされると思います。妹の服、ご迷惑をおかけします。どうぞよろしくお願いします。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2012年5月15日 (火) 07時52分

水戸巌先生、懐かしいです!

私は大学が京大で、吉田寮にくらしていました

遭難のこと、時々思い出します、、、

JA長野厚生連 佐久総合病院 内科医 色平哲郎 いろひら拝


投稿: | 2012年6月21日 (木) 18時28分

小出裕章助教と福島原発についてブログを書き、水戸巌氏のこともそこで知りました。グーグルで検索してみましたら、こちらのページにたどり着きました。
水戸先生の奥様のこともこちらのページで知りました。もっと詳しく知りたいと思います。
星も大阪市在住ですが、水戸先生の奥様も大阪府の茨木市にお住まいなんですね。とても力強いメッセージを持っておられて、感動いたしました。今から、続きを読ませて頂きます。ありがとうございました。
                    かしこ

投稿: 星降る子 | 2012年6月29日 (金) 23時39分

ご無沙汰しております。
2012年6月に水戸巌先生の「原発はいらない」テキスト完成の「もうひとつの全共闘」記事にリンクを張って頂いた「もうひとつの全共闘」ブログの管理人でございます。
もうご存じかも知れませんが、このたび緑風出版から水戸巌著作・講演集「原発は滅びゆく恐竜である」が出版されました。
http://blog.livedoor.jp/shibakodai_zengakuto/archives/cat_10051346.html
是非、購読頂けると幸いです。
又、お知り合いの方にお奨め頂けると幸いでございます。

投稿: もうひとつの全共闘ブログ管理人 | 2014年3月26日 (水) 22時01分

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