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徳富蘇峰・蘆花生家を訪ねました。

2011_09160058_2水俣病の患者さんたちが作っているガラスのマグネットです。テレビの廃ガラス、ブラウンかの廃物利用で作られています。お土産としてたくさん買って帰りました。少しでも、なんらかのお役に立てることができれば・・と思いました。

 政・官・財が一体となって、国民の命や健康を犠牲にして来た構図は、今回の原発の事故で、いっそう明らかになりました。もう、いい加減に国民の命主体の政治に切り替えなければ、と思います。何より国民が賢くなって、利権の構図でなく、誰が真に自分たちを大切にしてくれるのかを、見極めなければ、と思うのです。水俣病の患者さんたちの本当にむごい写真やビデオを見せて頂いて、胸が痛い思いをしました。

2011_09160042 その後。水俣が生んだ歴史家でありジャーナリストの徳富蘇峰・「不如帰」の作者である文豪の徳富蘆花兄弟の生家に連れて行っていただきました。「不如帰」は、高校時代に四苦八苦して読んだ覚えがあります。ここは、二人が生まれ育った家として、また、江戸時代の町屋造りの県内最古(1790年に建てられています)の木造建築物として、文化財指定されている建物です。鈴虫がいい音を奏でています。私たちと、もう一組のご夫婦を職員の鬼塚さんが案内、説明をして下さいました。この説明が、もう、最高に面白かったのです。様々なことに詳しくて、薀蓄があって、すっかり楽しませて頂きました。

 玄関には兄弟夫婦の実物大の写真があります。この偉大な兄弟の、実はとても仲が悪くて、絶縁状態であったこと。その原因は、弟のお嫁さんをお兄さんが見初めて、弟に紹介、結婚したのだが、それをどうも弟が兄が横恋慕していると思い込んだ様だ、なんて。ふうん、と感心して聞きましたよ。でも、その弟、蘆花が病気で危篤状態になったとき、兄が駆けつけ、そして、弟はあなたがお兄さんで本当によかったと言い、兄もあなたが弟でよかったといって、仲直りしたと。その9時間後に弟は亡くなったとか。

2011_09160043400坪もの広い敷地にゆったりと建てられた木造の家は、タブの木で作られています。タブは大きな木になりますが、とても硬いのだそうです。家の写真をいくつか撮ったのですが、どれも暗くてきれいに写っていません。写真は日本風の中庭です。

 ここには、頼山陽が来て泊まったことも話して下さいました。私がどこから来たのかとたずねられて、広島ですと答えると、頼山陽の地元ですね、といわれ、はい、頼山陽資料館では、学生時代に合宿をしていました、なんて答えると、びっくりして下さいましたよ。

2011_091600492011_09160052館内には、たくさんの書籍や写真があります。NHKの大河ドラマを書く人は、必ず一度はこれらを読破して、時代考証をしっかりつかむんだとか。右の写真は、蘆花とトルストイです。蘆花とトルストイが会ったことがあるなんて。蘆花はクリスチャンで、聖地巡礼に行ったのだと。そして、ここまで来たのならトルストイに会いたいとなったのだと言われました。あの時代に。すごい苦労だったのではと思います。

 もっと面白い話も聞きました。新島襄が「同志社大学設立の旨意」を書いて、寄付を呼びかけ、同志社大学が出来たことは知られているでしょうが。その設立の旨意は、実は蘇峰が書いたものであるとか。ある意地悪な新聞記者が土井たか子さんに、徳富蘇峰のことをどう思うかと聞いたら、蘇峰さんがいらっしゃらなければ同支社大学は出来なかったと答えたとか。(今の日本国憲法学者である土井さんと、大日本帝国憲法を重んじた蘇峰のことを知っていた記者らしい)土井さんは蘇峰がその設立の旨意を書いたことを知っていらっしたのではないか、とか。

2011_09160053とても面白く案内をして下さった鬼塚さんです。時間の関係で途中で帰ったのが残念でした。また、もう一度行って、いろいろと話しを聞きたいと強く思います。

 いろいろと勉強になった水俣行きでした。招いて下さって、そしていろいろとご尽力くださった皆様に感謝です。


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ぜひ、覗いてみてください。

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