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森瀧市郎追悼集」から③

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森瀧市郎さんが、1975年の原水禁大会で「核絶対否定」の理念を明確に打ち出すに至るまでをもう少し抜粋します。森瀧さんは広島大学を定年退職した後、海外への平和行脚にも意欲を示します。

『森瀧はさらに一九七五(昭和五十)年四月、南太平洋のフィジーで開かれた「非核太平洋会議」に出席した。前年の被爆二十九周年原水禁世界大会に出席したフランスのサンフォード国会議員(ポリネシア選出)の強い招請によるものだったが、同会議への出席は森瀧にとって大きな収穫となった。

 この会議は、核保有国の戦略展開地域、核実験場になっている太平洋地域を非核化することが目的で、二十二カ国から約九十人が参加。「太平洋地域の放射能汚染」「太平洋地域の核基地化と核実験反対」「太平洋非核化条約締結の国際行動の展開」の三項目をテーマに討議し、

①核兵器、核爆発装置、核運搬手段などの実験の禁止 ②核兵器の貯蔵・運搬の禁止 ③核兵器の指令または中枢的施設の禁止 ④各国政府に対し、原子力の利用をやめ、他のエネルギーに切り替えるよう要請 ⑤太平洋での原子力潜水艦、原子力船の存在に反対、放射性廃棄物の海洋投棄反対ーーを決議した。

 森瀧は帰国後、会議の成果を「核の被害者になっている国々の連帯が生まれた」と報告したが、中でもオーストラリアから参加したアボリジニ(先住民)の女性の「ウラン鉱山のある地域は私たちの聖地なのに取り上げられたうえ、私たち先住民は低賃金でウラン鉱山の最も危険な場所で働かされている」との訴えは心に響いたようだ。この訴えに心を痛めた森瀧は「核はたとえ平和利用であれ、人類と共存できない」と確信。その夏の原水禁大会で「核絶対否定」の理念を明確に打ち出した。』

『森瀧はある講演で核被害者について、こう話している。

「被爆者が非常に大きな痛手を被っておるのは放射能です。放射能の影響というのは、一体どけだけの子孫にまで及ぶものであろうかはまだわからない。平安朝時代から今日ぐらいまでの間の時間をかけて研究していけば、大体結論が出るかもしれません。(中略)

 アメリカのネバダで核実験をする時に、随分乱暴なことをするもので、きのこ雲が未だ立ち上がっているのに、兵隊をそこへ突入させてみる。そういう兵隊さんたちは皆、核被害者です。ネバダの風下にも、たくさんの(住民の)核被害者があります。それはアメリカだけでけなく、イギリスもそうです。イギリスの軍人が被ばくして非常に重大な病気が出ておる。

 それから、原子力発電があちこちにできるようになりますと、ウランを掘り出す、精製して核燃料を作る、それを燃やして原子力発電をする、あるいはその燃えかすを再処理する、どの段階を取ってみても、被ばく者が出ます。なんらかの放射能を必ずかぶらざるを得ない運命にあるのです。そうならないためには『ウランを掘り出すな』ということです。この核の時代を代表する一番の知恵を我々に教えてくれたのは、一番遅れているはずだったオーストラリアやアメリカの原住民の人たちです。我々はあの人たちの、声にもならんような叫びを、本当に聞かなければなりません。核絶対否定によって、核なき未来を求めるときに、我々は世界の核被害者と手を結ばなければなりません・・・。」』

 森瀧さんは,どんな人の声にも謙虚に耳を傾けて下さる方でした。学生時代、私たちがひっそりと平和公園で座り込みをしていたとき、あの森瀧先生が激励に来て下さって、本当にびっくりして、涙が出るほど感激しました。この本を読んでいて、あの時のうれしかったことが昨日のように思い出されます。

 あまり読んでくださる方はないかも知れないと思いながら、それでも今こそこの森瀧さんの声をもう一度検証する必要があると思って。後一回だけと言っておきながら、今度は伊方原発訴訟についての森瀧さんの記述がありますので、それも紹介しようと思います。今回の8.6.平和の夕べで小林先生が話して下さったことと、見事に一致するのです。


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コメント

先生ご無沙汰しています。とは言ってもいつも読み逃げ、今年は8・6の平和集会にも行けずじまいの夏でした。でも、この森瀧先生の本の表紙を見て懐かしくジーンと胸が熱くなりました。近藤さんから頼まれて数十冊売りました。果たして皆さん読まれたかどうか。私の本棚にもまだあると思います。何度も何度もくりかえし読むべきですね。おお忙しいのにブログにまとめられて・・・ありがとうございます。あまりご無理をされないように。台風一過で秋に向かえばいいですね。

投稿: 初ちゃん | 2011年9月 3日 (土) 22時44分

初ちゃんさま
いつもコメント有難うございます。そうなんだ、初ちゃんさまも沢山売って下さったのですね。本の中には近藤さんや宮崎さんのお名前も出てきます。この人たちが生きていてくださったら!!もっと違っただろうにと思います。でも、今一度読み返すとねまた違った感動があります。森瀧先生、偉大な人ですね!!こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2011年9月 9日 (金) 08時23分

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