« 二つのライブ、演奏会。 | トップページ | いつまで仕事を続けるのか。 »

オンニョさんの文と詩。

 4時半に目が覚めてしまって、もう眠れません。横になったままあれこれ考えていましたが、どうせ眠れないのなら、と起き上がってパソコンに向き合っています。眠れない原因、わかっています。この文章があまりに強烈で。どう考えたらいいのか、もんもんとしていました。

 この文章です。ぜひここをクリックして読んでください。

 「原っはさんの虹の橋」の筆者はパートナーを乳がんで亡くされました。以前からその慟哭の手記を読んでいましたが、少し前から、朝鮮学校の支援の活動をされ、その記事も書かれています。中でも、オンニョさんの詩が不定期に掲載されており、それも心して読んでいました。

 この所、自分が忙しくしていたりして、読むのを少し怠っていたため、この文章を読み逃していました。8月15日にこの文章がアップされています。もう読む途中から涙々でした。

 その後、この詩も読みました。

 私は、今年の8月6日、数日前から新しい形の右翼の集団が、広島に入ってきて活動をしているとの話しは聞いていました。その人たちが平和公園に向かう橋の上で日の丸を立てて演説しているのに行き当たりました。通りがかり上、少しだけその演説を聴いたのですが、本当に聞くに耐えない中国や北朝鮮や韓国人への差別意識を丸出しで語っていました。この人たちのこの差別意識は、いったいどうやって形成されたのだろうか、この人たちの思考の中で、国家と国民はまったく一体化したものなのだろうかと疑問を持ったのです。

 北朝鮮が日本人を拉致したことについて、本当にひどいことをしたと思います。被害者の家族の方々の心情を考えると暗澹たる思いがします。もし私の娘が被害者だったら、と考えただけでもぞっとします。早く日本に帰してあげるためにはどうしたらいいのかとも思います。しかし、貧困の中で生きることもやっとの生活をしている北朝鮮の貧しい人々を同じようにうらむ気持ちにはなれないのです。

 それは、この8.6の平和の夕べでの中沢啓二さんのお話しの中にも、しっかり語られました。あの戦争の中で、どれだけの日本の国民が日本の権力を持った人たちにより殺されて行ったか。その恨みは中沢さんの中には今も脈々と生き続けていました。また、中沢さんは、あの戦争のさ中でも、お父様に朝鮮人を差別してはいけないと厳しく教えられていました。

 電車内被爆者の米沢さんも語られました。自らの体験を学校で話しをすると、子どもたちの感想文の中には、日本は拉致よりもひどいことをしたのではないかというのを何人かが書いていると。

 私は、韓国に行くと、いつも人々が私たちにとても優しいのに戸惑います。地下鉄に乗っていると、手を引っ張って、座りなさいと言ってくれる女性がいました。地図を見ていると「どこに行きたいのか、お手伝いをしましょう」と必ずと言っていいほど声をかけられます。中には、そこまで行きましょう、ついて来て下さいとわざわざ遠回りなのに連れて行ってくれる人もいます。お風呂で転んで痛がっている私に一生懸命書かれている文字を指さしながら語るおばあさんがいました。「私は日本人です。韓国語は出来ません」と(これくらいは韓国語でいえますので)言うと、じっと顔を見ていたその方が「日本のどこから来たの?」と日本語に切り替えて下さいました。その昔、強制的に覚えさせられた日本語なのでしょう。

 この親切な方たちの中に、日本という国が犯してきたことと、私たち日本人のことがどのように整理されているのだろうかというのがいつも私の中にあり続けています。

 そんなに簡単に許されることではないけれど、それでもオンニョさんの文章と詩の両方の最後に書かれている言葉にほっとしてしまいます。ぜひ、多くの方に読んでいただきたいのでかってにリンクさせて頂きました。

2011_080900102011_08090011お盆に河野の実家に帰ったとき。お墓のそばにいとこが植えたブルーベリーが実っていました。取って食べました。クリもいっぱい実をつけています。大きな実の丹波クリです。お墓は他にもすいかやお化けかぼちゃやいろいろなものに囲まれています。


「体の相談室」と「著書」の販売があります。
ぜひ、覗いてみてください。

広島ブログ


|

« 二つのライブ、演奏会。 | トップページ | いつまで仕事を続けるのか。 »

コメント

こんにちはです。
ふしぎですね~~~。
お盆に帰ってカヌー公園で遊んできました。
そこで以前お話されていた従姉妹さんに会いましたよ!
先生には是非お会いしていろんなお話いたしましよう!!

投稿: 原っ葉 | 2011年8月23日 (火) 12時47分

おんにょさんの日記や詩を紹介してくださってありがとうございます。

世知辛いこの世にも、良き人が存在してるんだなぁ。。。

でも、あちらの国にもどうしてそんなに優しいの?という方たちがおられるんですね。

心がいっぱいで。。。涙がこぼれそうです。

投稿: koharu | 2011年8月23日 (火) 21時15分

 オンニョさんの詩と日記読ませていただきました。
深い深い涙が 心の底から湧きあがりました。 
沢山の方に読んでいただきたいですね。
 団塊の世代のかたや若き方達にも。
あまりにも 深い想いに 私も今夜は眠れそうにありません。

投稿: yuumin | 2011年8月23日 (火) 23時13分

初めまして河野さま。大阪の許玉汝です。原っぱさまかr河野さまからのコメントがあった事をお聞きし、
返信させていただきました。拙い文や詩を読んでいただき有り難うございました。
 私はもう少しで63になりますが60を過ぎるまで日本語で詩や文書を書く事がありませんでした。なので日本生まれですが日本語が上手ではありません。ご了承くださいませ。
 昨年、詩人の河津聖恵様の呼びかけに応じ朝鮮学校無償化除外反対の意思表示をするため生まれて初めて書いた「ふるさと」という詩がきっかけとなりついに生まれ故郷を探す事が出来ました。碇ヶ関総合支所の方々の御尽力が無かったなら幻であった生まれ故郷への旅でございました。感謝しても仕切れません。

東北の方々は暖かかったです。広島にも心優しい方々が大勢いらっしゃる事実感しています。

何かのご縁ですのでコメント欄を活用して【ふるさと】の詩につけたコメントを送らせて頂きます。必要ないときはどうぞ削除なさってくださいませ。「ふるさと」は原っぱさまのブログに掲載されています。

時節柄御自愛くださいませ。オンニョ拝

<奪わないで ふるさとを>
私は日本で生まれ育ち、いつしか60を越えましたが、今まで一度も日本語で詩を書いたことがありません。
ハングルでの詩作は200を超えたのに何故?
ハングルのほうがスラスラ出てきた訳ではないのに…
幼少時代の祖父の影響が大きかったのでしょう。
私が祖父に初めて会ったのは、流浪の旅の末、やっと京都にたどり着いた5歳の時でした。東福寺の坂の下の半洞窟の家で、廃品回収をしながら一人で暮らしていた祖父は、空襲で奪われた片足に義足を付け、毎日リヤカーを引っ張っていました。祖父のリヤカーに乗って1日を過ごしていた私に、祖父は故郷の話を聞かせてくれ、ウリマルを教えてくれ、済州島の方言を教えてくれました。ある日、祖父は失った片足を見てしまった私に、ウリマルを守らねば、また国を奪われるよと言いました。幼かった私がどれほど祖父の言葉を理解できたかは知りませんが、ウリマルは大事だ、私も人の2倍、3倍、ウリマルの勉強をして、いつか祖父と故郷に帰り、アナウンサーになるんだと言う希望を持つようになりました。それは両親の願いでもありました。それから半世紀以上の歳月が流れたけれど、私が日本語で詩を書かなかったのは、祖国を二度と奪われてはならないという、本能に近い考えからだったように思えます。初めての日本語での詩作が、朝鮮学校除外反対を訴える詩になった事がつらくはありますが、私にウリマルを教えてくれ、心の柱を育ててくれたウリハッキョを守るため、日本語で訴えます。私のふるさとを奪わないでと! 

投稿: オンニョ | 2011年8月25日 (木) 12時05分

原っ葉さま
本当にすごいとしか言いようのない文と詩のご紹介有難うございました。少しでも多くの方に読んでいただきたいと思います。
 私もカヌー公園は大好きです。いつもそこで合宿しています。私もいつかカヌーに乗りたいです。いつかお会いできますことを!!こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2011年8月25日 (木) 19時54分

koharuさま
読んでいただいて有難うございます。できるだけ沢山の日本人に読んでいただきたいと思いました。感謝です。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2011年8月25日 (木) 20時00分

yuuminさま
有難うございます。日本は本当にひどいことをしたと思います。他の国の文化、言葉や名前まで奪ったのですから。今、私たちに出来ることは何だろうと思っています。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2011年8月25日 (木) 20時02分

オンニョさま、許玉汝さま
思てがけず、コメント有難うございました。かってにブログで紹介させていただいたのも、できるだけ多くの方に読んで頂きたいと思ったからです。「ふるさと」も読ませて頂きました。私は、いま64才です。私たちはほぼ同じ時代に日本で生活をして来たのですね。私は、被爆後の広島で育ちました。かつて日本が貴国の文化、言葉や名前を奪ったことを本当に申し訳ないことだと思っています。今、日本で危険な空気が広がっていることにも危惧を持っています。オンニョさんの随筆と詩は多くの人の心を打ったことと思います。削除なんてとんでもない。明日のブログにこれま勝手ですが、「ふるさと」を転載させていただきます。どうぞお許し下さいませ。本当に有難うございました。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2011年8月25日 (木) 20時18分

とてもとても考えさせられます。。。。
どうしていがみ合いばかりなんでしょう。助け合って手をつなぎ仲よくしていきたいです。

投稿: けいちゃん | 2011年8月26日 (金) 20時31分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/205567/52546107

この記事へのトラックバック一覧です: オンニョさんの文と詩。:

« 二つのライブ、演奏会。 | トップページ | いつまで仕事を続けるのか。 »