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ブラジル被爆者平和協会の広島市長への抗議文。

 7月8日に広島市長に提出されたブラジル被爆者平和協会の抗議文を、昨日私にも送ってくださいました。これを読んで、泣きました。

 森田さんには何回もお会いしています。高齢を押して、地球の裏側から在外被爆者の支援を訴えて広島に何度も足を運ばれています。初めてお会いしたときには奥様とご一緒でした。今はその奥様も亡くなられて、お一人です。最後にお会いしたのは、昨年の11月。その時に記事がこれです。当時86歳でした。

2010_11070004 一番左が森田さんです。

 この市長への講義文を読んで、高齢の森田さんにこんな悲しく悔しい思いをさせて、と思っただけで涙が出て来ました。

 「抗議した」ということは報道されましたが、内容はほとんど出ませんでしたので、その全文をここに掲載させて戴きます。

 データで送って戴いたのではありません。そのままを、まちがえないように忠実に再現させて頂きます。少々長いので、二日に渡って再現しますね。

広島市長 松井一美實様         2011年7月8日

  市長発言に講義するとともに、お考えを改めて

  いただくよう要請いたしいます。

           ブラジル被爆者平和協会 会長 森田隆

 新聞のホームページで貴方様の発言を読ませていただき、驚きと、悲しみが私達ブラジルの被爆者の中に衝撃となって広がりました。早速会合を開き貴方様の発言に対し本意はどこにあるのか、問いただした方が良いのではないかとの意見が多くあり、こうして抗議と要請の文書をしたためました。

 色々な事情で外国に滞在している被爆者に対し、厚生省は402号通達を発出し、日本に在住する被爆者との差別行政を長年に渡り行ってきました。

 私達ブラジル在住の被爆者の多くは国の奨励で移住し、苦労を重ねながら1984年にやっと被爆者協会を作り、日本の被爆者と同等の「援護」を求めてきましたが、国が取った施策は2年に一度の医療相談だけでした。そして私達は其れから毎年のように日本に行き、なれない要請行動を起こしましたが、その間に多くの被爆者は何もされないまま病気をし、死んで行きました。

 そして日本にお住まいの多くの方々が、恵まれない在外被爆者に援護をと立ち上がって下さり、その方達のお陰で今日いくつかの援護を勝ち取って来ました。しかし私たちが望んだ「医療援護」は、年間17万円の保健医療助成事業が有るのみで、これはご存知のように被爆者援護法の枠外で行われているもので、被爆者援護法に則ったものではありません。

 今回の貴方様の発言を聞いて、私達は疑念を覚えたのです。それは、日本から2年に一度の健診相談事業がブラジルで初めて行われた時、健診に同道された厚生省の課長補佐が「この2年に一度の健診事業さえしとけば、そのうち皆死んでしまうんだから」と言われたのですが、その気持ちが厚生労働省で働いておられた貴方様にも引き継がれているのではないかということです。

 被爆者援護法により与えられた権利を行使しようとしたら、くれくれ!と文句を言うといわれ、感謝の気持ちがないと申されています。死んだ人が一番かわいそうと言われましたが、生きて差別、健康、心身共におびえながらの人生ははかり知れないものがあります。又、助けようにも助けられなかった被爆者がその罪の意識を背負いながら、今まで生きてきた人に対して、真に酷な言葉だと!

 なぜ被爆者を保護する必要があったのか、本当に分かっておられますか?この被爆者援護法が出来たのは、戦後12年経って当時の方々が、それが本当に必要だと思い実行されたからです。今の福島も同じような例ではないでしょうか。援護の手を差しのべられずにはおられない状況です。広島、長崎の被爆者も同じなのです。過去の問題ではありません。

 今回の貴方様の発言は世界で初めて原爆被害にあった、世界に平和を訴える立場にある市長の言葉としては到底許される言葉ではありません。 (明日に続きます)


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コメント

ふと、三年前に、麻生総理が「たらたら飲んで、たらたら食って病気になっている人間のために俺がなんで負担しないといけないのだ」といった事を思い出しました。

たとえ、医療費が無料であっても、好きこのんで病気になりたいなんて、誰も思いません。わたしもかつて、二度大病をして、苦しかったのを覚えています。麻生総理はなんと痛みがわからない人間なのか、と呆れました。

今回の市長の発言も、それに匹敵する呆れはてたものだと思います。

いや。まして、原因が政府に責任がある原爆についてなのですから。

投稿: さとうしゅういち | 2011年7月12日 (火) 19時31分

さとうしゅういちさま
そうですね。それに当時の中曽根首相も入院している被爆者に「病は気から」と言いました。為政者達は、いろいろと言ってくれます。松本大臣もそうですが、人の痛みが分からない人は、政治家になってほしくありませんね。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2011年7月20日 (水) 07時18分

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