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「はだしのゲン」から。

 「8.6平和の夕べ」の準備と打ち合わせをしました。私が中沢啓治さんへのにインタビューをする、その時に後の壁にまんが「はだしのゲン」や絵本「はだしのゲン」の様々なシーンを映し出そうと思います。その写真を撮るためにゲンの全10巻を見直しました。

 「はだしのゲン」は、単に戦争や原爆の悲惨さを訴えているだけではありません。今の社会にも立派に通じる、人として生きるための様々な言葉が、宝物のようにちりばめられています。

2011_07100038_2 中学生のゲンは、学校に行くこともママならず、必死で生きるために働きます。そして、中学の卒業式。

 起立して君が代を歌うことに、わしは嫌じゃと言い抵抗します。そのゲンに来賓として来ている県会議員や校長などは、困ったやつだと怒ります。

 そして、ゲンたちが主導権をとって「青い山脈」などの楽しい歌をいっぱい歌って、楽しい卒業式にしてしまいました。

 そして、その卒業式の後、一部の卒業生達が気に入らない先生達を呼び出して、リンチしようとします。それを聞きつけたゲンは、そこに駆けつけて止めます。集団で、群れて暴力をふるうのは嫌いだと。かれらのボスとな殴り合いとなり、止めた後、ゲンが教師達に言います。

「学校の先生になる人は 本当に心から子どもが好きな人意外は教師になるなっ。 失敗したらどなりつけて理屈を言うよりだまって力いっぱい抱きしめて ともに失敗を悲しむ人になれや。 教師ぶっていばるなっ 子どもはよーく見とるんじゃ なめたらいけんわい」

 こんなところがかっこよくって、ステキで、本当にゲンに惚れてしまいます。

 看板やで必死で働くゲンは恋をします。その初恋の人光子とゲンの会話です。光子は燃えさかる炎の中で、ひどいやけどをした母親と弟を助けることが出来なかったことを、自分は殺人者だと苦しんで元に告白します。

「火の中から母と弟がうちに助けを求める声が聞こえるのをふりきってにげたんよ」「うちやその声がこの耳にこびりついて・・・いつもうちを責めるんよ」「ううう うちゃ どうしてあの時最後まで助け出す努力をせんかったんかと・・・くやんでくやんで・・・」「ううう うちゃ悪い女じゃ 悪い女じゃ」

「み光子さん あんたはええ人じゃ ほんとうにええ人じゃ それだけ思いつづけて おるんじゃけえ」「せめるなよ 自分をそんとにせめたらいけんよ あの時はどうすることも できんかったんじゃけえ」「わしも光子さんと同じ殺人者じゃ」「ええっ」

「お父ちゃんと英子ねえちゃんと進次をすてて逃げたんじゃけえ」「つらいのう あの時の思い出は」「つらいねえ ほんとうに」「うちゃ あの地獄をうちらにおしつけた奴らがにくいよ ほんとうに 憎いよ」「憎いのう 光子さん」「戦争を起こした奴らと原爆を落とした奴らがほんとうに憎いのう・・・」

「広島市が燃え落ちると うちゃ 焼け跡を お母ちゃん ごめんよ 悟 ごめんよと 泣いて骨をさがしまわった・・・」「あまりにも 白骨が多いけえ どれが母と弟の骨かわからず とうとう みつからんかった・・・」「元くん うちゃ 八月がくると あのつらい 思い出が よみがえって やりきれんのよ」「わしもじゃ・・・」

「つらい気持ちを 吹き飛ばそうと ニコニコ 笑っとるけど 心の中は つらくて張り裂けそうなんよ」「はよう死にゃええと思うときがあるんよ」「光子さん ヤケをおこしたらいけんわい 強うならんと」

2011_07100041  その光子さんも、やがて白血病で大量の血を吐いて亡くなってしまいます。

 多くの被爆者がこんな思いを持って生きてきた、それらが沢山「はだしのゲン」には書かれています。

 だから私は、「生きている被爆者はくれくれくれではなく、感謝の気持ちを持て」と言ってのけた広島市長に、「ゲン」を読んで欲しいと言ったのです。


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ぜひ、覗いてみてください。

広島ブログ

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コメント

河野先生  御無沙汰しています

暑い・熱い夏がやってきましたね

せんごくの里の「スイートコーンもぎ取りイベント」の日程が決まりましたので
今年は、「8.6平和の夕べ」に
伺う事ができそうです

今のところ 娘と一緒に参加させて頂くつもりです
予定が決まっていなかったので
参加申込などしていないのですが
当日 参加する事は可能ですか?

投稿: せんごくテンペ | 2011年7月11日 (月) 23時23分


河野先生。おはようございます。

先日 平和記念資料館に少し入ったのですが はだしのゲンの大きなパネルがあり どの階かでやっているのかな? と思いながら ゆっくり見る間もなく移動してしまいました。

今朝 少し時間が取れればもう1度 行ってみようかと思っております。

はだしのゲンは広島市の原爆の事が詳しく書いてあり 漫画ですし子供たちにも読みやすいですね。

また絵からも状況がわかりますので私も娘に小学生の時に読ませた記憶があります。

今日も1日 河野先生に笑顔がたくさんありますように。

投稿: 松本侑子 | 2011年7月12日 (火) 06時15分

せんごくテンペさま
コメントありがとうございます。もぎ取りイベント、今年もいけません。残念!!8.6平和の夕べ、ありがとうございます。ええ、チケットは私のクリニックにもありますが、当日でも大丈夫です。どうぞ、来てください。広ブロから、お知り合いの方達も何人か来てくださいます。お会いできれば嬉しいです。先日、せんごくのテンペ味噌、道の駅で買いました。お味噌汁に使っていますよ。お互い頑張りましょうね。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2011年7月12日 (火) 07時46分

松本侑子さま
いつもありがとうございます。あのね、ゲンの、「広島平和記念資料館企画展 こどもたちの見た戦争 はだしのゲンとともに」は、とっても素晴らしい企画でした。それに入場者には素晴らしいカラーの資料集が無料でいただけたのです。でも、残念!!この企画展は2月の4日から7月11日まで、そう、昨日で終了したのです。8.6.まで延長してくれればいいのに、とみんなで言っていたのですが。今日はもう終わっていると思います。又、同じような企画展があるといいですね。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2011年7月12日 (火) 07時54分

前々から疑問なんですが。

ゲンみたいな人が当時の主流派だったのならば、何故に1950年代におきた「君が代」に替わる新国民歌制定運動というのは、社会に根付かなかったのでしょう?

投稿: えまのん | 2011年7月12日 (火) 13時20分

私もゲンの教師論に感動した経験あり!です。
自分の子育ては・・・(^◇^;)

投稿: うさこ | 2011年7月12日 (火) 22時23分

えまのんさま
ゲンみたいな人は主流派では無かったということですね。はだしのゲンを読んだら分かると思います。戦争やその後のドサクサで大もうけした、お金のある人たちの力が強かったということです。それは今の社会もそうだといえると思います。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2011年7月13日 (水) 08時30分

うさこさま
本当にそう。ゲンの中の教育論、教師論、今もそのまま通じるすごいものがあると思います。読むたびに中沢啓治さんってすごい人だと感動しますね。あはは、私も自分の子育ては・・・?でした。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2011年7月13日 (水) 08時32分

ご無沙汰しています。

去る7月16日発売の少年週刊ジャンプの92ページに「はだしのゲン」という言葉が掲載されています。
日本だけでなく世界中にも読み継がれて欲しい漫画の1つだと切に感じます。

投稿: r s | 2011年7月17日 (日) 22時17分

rsさま
ご無沙汰です。コメントありがとうございます。はだしのゲン、どういうことで掲載されたのでしょうね。ゲンは、今の4巻までジャンプに連載されました。その後は、掲載してくれなかったので、他のマイナーな雑誌で掲載されたのですが。今から考えると、その時って、中沢さんはさぞ残念だったことだろうと思います。でも、その分、のびのびと書かれていると思います。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2011年7月20日 (水) 07時12分

漫画家達が、世に出たマンガで一番すごいと思う作品を紹介する場面で、他にも「火の鳥」「ベルサイユのばら」「ガラスの仮面」「SLAM DUNK」の名も出ています。

投稿: r s | 2011年7月21日 (木) 15時46分

河野先生ご丁寧に
お返事いただきありがとうございました
「はだしのゲン」の漫画は
父が、インド、パキスタンに原爆の恐ろしさを知っていただくために持っていった、資料数十点の中のひとつだったと思います
原爆、原子力がどんなものかわからいないで、核実験場近くの集会では
このパネルを見せながら、語りました
実験場近くの人々は、何の実験かもわからず、また、識字率が低いため、知識を得ることの出来ない
母親の参加が多かったのが印象的だったそうです
子を思う母の心の国境はないんだと思いますし、
「はだしのゲン」のリアルさは、心に響いたと思っています
あくまで一部だったかも知れませんが。。
先生の活動応援しています

投稿: ゆみ | 2011年8月 8日 (月) 02時31分

ゆみさま
引き続きコメントありがとうございます。
河野が残念がっております。いつも武田様からお電話があり、被団協の心配をなさって話し合っていたと。ここ二ヶ月お電話がないなあと心配していたら、後で訃報を知ってと。それも、よりによってちょっと広島から離れていたときに・・・。本当に申し訳ないと落ち込んでいます。どうぞお許しくださいませ。こうのみよこ

投稿: こうのみよこ | 2011年8月10日 (水) 07時54分

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