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中川宝塚市長に聞いた秋葉市長の話。

 昨日は、朝出発して深夜家に帰るまで一日中宝塚にいました。講演は、中学三年生に。もうすぐ卒業。それにまだ受験を控えた生徒が半分います。時間が勿体ない時期ではありますが、一生の問題として知っていて欲しいと、一生懸命に話しました。

 これまで11回話をして、もう一つだけです。教育委員会の方たちが食事会をしてくださいました。それは夜なので。

 講演の後、少し時間があったので、それっと「宝塚大劇場」に行ったのですよ。午後三時からの公演に遅れてではありますが、入って観ることが出来ました。花組の公演。途中からでも十分に楽しみました。平日だからでしょうか。二階席は沢山の席が空いていて、いい席に座ることが出来ました。

 でも、どうしてかしら、宝塚の公演を見ると、いつも物悲しくなります。最後は、皆さんしゅんしゅんと鼻をすすって、涙々で見ていました。ストーリーがそうなのではありますが、舞台をみながら、自分自身のこれまでを色々と思い出してしまいます。私のもうとっくに亡くなった母も時々宝塚のことを話していました。脈々と続いている昔からの伝統もすごいと思います。

 ちょっとでも観ることができて、本当に嬉しかったです。

2011_02240003 2011_02240004 食事会は、こんな素敵な庭のある「がんこ」。この料亭は、お年の女性が一人で住んでいた家を借りているのだそうです。それでもランチのメニューを見ると、日ごろ私が食べているようなお値段なのでびっくりです。

2011_02240005  この会には、中川市長も来られました。中川市長の話に秋葉市長のことが出ました。

 衆議院議員時代。どこかの国が核実験をしたとの知らせは、時差の関係で、いつも夜中だったと。すると、真夜中に秋葉さんから電話がかかって、起こされるのだと。

 今から、インドだったりパキスタンだったりの大使館に行こう、といわれるのだと。複数で行ったほうがいいから。ただ、そばでたっているだけでいいから、と。ねぼけまなこで、ええっと、パキスタンの大使館って、どこにあるのだったっけ等と思いながら、駆けつけたと。秋葉さんは、英語の講義文を作って持ってきていて、そして英語で抗議したと。どこの国の核実験の時にも、そうしてすぐに抗議に行っていたのだと。

 私も知らなかったエピソードでした。こんなことは、広島では報道されていなかったと思います。

 机の上だけで、ただ学問としてのみ反核の研究をし、何にも実践もしていない学者さんが、このごろ秋葉批判をしているようですが。

 アメリカの地方のジャーナリストを8.6.の取材に広島に送り続けた秋葉プロジェクトを初め、秋葉さんは、若い頃から、筋金入りの実践をしてきているのですね。

 まだまだ。騙されるように中米に移民して、本当に苦労した人の話を、本気で聞いて外務省などに付き添って行ったりしたのは、多くの議員の中でも秋葉さんだけだったとか。

 そして、最後はどうしてやめるのかねえ、まだ続けて欲しかったのにねえ。でも、十分に、目一杯働いて来られたよね、となりました。

 


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コメント

いつも楽しみに拝見しております。

宝塚花組公演へ行かれたとのこと。
私は、年に2~3回、夢の世界へ参ります。
今回はトップ男役さんが退団で、ファンの方の涙が、一段と多かったのかも知れませんね。

5月には広島での公演もありますが、やはり本場での大階段はワクワクいたします。
 
また、ご覧になれると良いですね。

投稿: 風子 | 2011年2月25日 (金) 16時35分

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