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「日本子どもの虐待防止学会」

 昨夜遅く熊本から帰って来ました。

2010_11280002 全国から2000人者人が集まる学会だと聞いていましたが、行ってみて、その盛況ぶりを改めて実感しました。

 これは、そのプログラムです。広告のページを除いて、267ページもあります。

 11の教育講演やシンポジウムなど。27の分科会、66の一般演題など、それはびっくりするほどの大きな会でした。子どもの虐待がそれだけ大きな社会問題になっていることの証でもありましょう。

 私の参加したシンポジウムは、熊本のいわゆる赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかごを巡る諸問題~これまでとこれから~」というもので、千人の参加者がありました。「こうのとりのゆりかご」を設置している熊本の慈恵病院の看護師長、熊本県中央児童相談所の方、法律の大学教授と私がシンポジストでした。

 虐待などで失われるかも知れない命を救いたいと設置された「こうのとりのゆりかご」でしたが、設置から三年。57組の大人がここを利用しました。中でも、児童相談所の方の発表が胸に響きます。レジュメから。

「社会調査の結果判明した利用者は私たちが当初考えていた人ではなかった。社会的地位もあり子どもを指導する立場の人、福祉の現場で働く人、祖父母、家族や病院が支えていた人、女性に電車の切符を渡しゆりかごに入れるように指示した男性、子どもの障害を受け入れられない人など、様々だった」

「こうのとりのゆりかご」は、親が名乗らずに子を手放すことを可能にする前提で作られたものである。こどもは親が誰なのか、なぜ自分は遺棄されたのか知ることが出来ず、私たちも答えることができない。そんなこどもたちは成長する過程で様々な壁にあたり悩んでいく」

 シンポジウムでは、匿名性に焦点が当てられて論議しました。ただ、私は自身、養子縁組のお世話をして来たその体験をも話しました。

「ハワイに行ったとき、養子縁組でハワイに行った子とその養親たちがパーティーを開いてくれました。その時、14歳の中学生が生んだ女の子が、私はね、広島で生まれたの。でも、お母さんが若くて、私を育てられなかったから、ハワイに来たの。と、みんな自分がなぜハワイに来たかを聞いて育っていました。」

「もちろん、育てられない出産をしなければならなくなった時、その事実は、誰にも知られないように、それは私の大切な仕事です。そのためには、何でもする、戸籍の移動から、住民票の移動、そしてちゃんと母子手帳も取って出生届も出す。戸籍は、養子縁組がすんだ後で、移動することによって出産の事実を消すことも出来ます。」

等と、話をしました。

 でも、なぜそのような育てられない出産をするところに女性が追い込まれていくのか、そこの所の話がなかなか出来ません。やっと、私は、教育の問題をわずかに話しました。でも避妊の話、すべての若者がちゃんと避妊を学ぶことの大切さを具体的に話すことができませんでした。痛恨の極みです。

 シンポジウムには、命考えてきたという高校生の10人が自分たちの意見を発表しました。これまで命を考えてきた、赤ちゃんの幸せを考えたということなのですが。そして、素晴らしい高校生達だと絶賛されましたが。

 シンポジウムの後、彼女達が私のところに後で来て、質問をいくつかされました。そして、

「妊娠週数の数え方、月数の数え方、いつまでが中絶が可能なのか」等は知らなかったといいます。「そして、中絶をした女性は一生その責任を取って欲しい」と言いました。

 私は、命を考えるという教育の時に、いつも「中絶は殺人」というふうに教えられることがとてもつらいのです。赤ちゃんのことのみに視点を当てると、そうなるのでしょう。でも、その前に、女性が妊娠するという、その女性のことをも見て欲しいと思います。なぜ、女性がこうなってしまうのか。

 一生責任を取るとは、具体的にどういうことなのか。彼女達は何もはじめっから中絶したいと思って行動をとってきているわけではありません。いざ、妊娠が事実となった時に、どれだけ彼女達が悩み、苦しみ、また、男性の裏切りに会ったり、ギリギリのところで結論を出しているか、そこにまで思いが及ばないのでしょう。

 私は、そんなつらい思いをした人に早く立ち直ってまた強く生きて欲しいと思っています。そんなことをした女性は、一生苦しめ!!というようなその冷たさがたまりませんでした。発表にもありましたが、自分達は、しっかり両親に愛されて、愛情一杯に育っています。そんな立場にいる人には、女性が追い込まれていく、その切実さがまだ分からないのでしょう。

 少なくとも、避妊や妊娠の教育をしっかりしてくれない今の教育の状況に不満を持って欲しいと思いました。なんだか、つらくて、もう一泊して、次の日の参加をして勉強しようと思っていた、その気も失せてしまって。心が重くなったまま、帰って来ました。自分でも、高校生相手に大人気ないと思いながら。

 実は、帰る前にお二人の方に会ってケーキ屋さんで話しをしました。そのお話しをまたしますね。


コスモス薬局のHPの中に私の「体の相談室」と「著書」の販売があります。
ぜひ、覗いてみてください。

広島ブログ

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コメント

小さな子供の言葉が、残虐な時があるように、純真?で世間をよくしらないからの、思いやりとする言葉も、人を傷つけてしまうこともありますね。

年末になると、ある程度恵まれた環境で育ったと思われる人達が通う高校の生徒達さんが年末募金活動をされてますね。とても良い事です。
でもね。大人になって社会的に地位の高い職業につかれるのでしよう。その時も同じ気持ちでいてくれたらなと思います。


教育や教えは、自分では未だに体験してないことや経験しなかった事を知らしめることもあるのでしょうね。
日々の教えから、見えるもの感じるもの考えることが決まるかも。

投稿: やんじ | 2010年11月28日 (日) 20時13分

先生、こんばんは。
学会お疲れさまです。


私、今日のブログを読んで、先生の優しさに泣きそうになりました。はっと胸を突かれた気分です。
高校生が言った「一生責任をとってほしい」 という考え方わかります。高校生に言われるまでもなく、生きてる限り、意識がある限り、忘れたりなんて出来ません。一生責任とるというのは、一人で罪を背負って不幸なままでいろということなのかなぁと考えました。じゃあ、中絶に追い込んだ周りは一生責任をとらなくていいのか、私は、彼女達のような考え方がつらい人を追い詰めるものだと考えています。中絶したくてする女性なんていないと思います。なぜ、女性ばかり責められて、男性は責められないのか?と言えば、責任を男性に押しつけてると言われなきゃならないのでしょうか?すごく腹立たしく思います。
このようなことを言えば、中絶したくせにえらそうにするな、と反論されるでしょうが、しっかり両親に愛された人たちに、両親が不仲である寂しさ、片親しかいないと同情される腑甲斐なさ、参観日のつらさ、誰かに怒りたくたって怒れない理不尽な気持ちはわからないだろうと思います。子どもは家庭を選べないんだからって思ってしまいます。だからこそ他人の気持ちを思いやることは大切だと思っています。
彼女達も彼女達なりに苦悩はあると思います。が、私も中絶してから、両親にしっかり愛されてきた友人に苦しめられた(といえば語弊がありますが)ので、今日の先生の行動を大人気ないだなんて思いませんし、勝手ですがありがとうと言いたいです。


お疲れだと思いますので、ゆっくりお休みください。

投稿: まな | 2010年11月28日 (日) 20時21分

何故、女性ばかりが責められて男性が責められないのか、わけがわからないです。男性にも責任はあるはずです。一般社会では、自分にも責任があるのに責任逃れするようなことなど通用しないのです。ましてや一般企業で責任逃れするような人間の雇用が定年まで保障されるようなことはないのです。

投稿: リラックマ | 2010年11月29日 (月) 18時12分

まなさんへ

>しっかり両親に愛された人たちに、両親が不仲である寂しさ、片親しかいないと同情される腑甲斐なさ、参観日のつらさ、誰かに怒りたくたって怒れない理不尽な気持ちはわからないだろうと思います。子どもは家庭を選べないんだからって思ってしまいます。だからこそ他人の気持ちを思いやることは大切だと思っています。

そのとおりですね。
「しっかり両親に愛された人たち」は、守られすぎて世の中の実情をよく知らないだけだと思います。
もしくは間違った認識をさせられてしまったか。
色んな経験がまだ足りないだけです。
きっと、あなたがいう「あなたを苦しめた友人」は、今色々と考えを深めていることでしょう。
私も学生時代に、「友人」の立場となったことがあります。
今以上に世間知らずだった私は驚きました。
(河野先生の講演を聴いていたにもかかわらず。苦笑)
そして改めて色々と考えをめぐらせました。
そのことがなければ、今の私の視野はもっと狭かったかもしれません。
あなたの経験が、他の人の人生も広く深くさせていると思います。

投稿: うさこ | 2010年11月29日 (月) 23時13分

きっと先生のお話にあった14歳だった者です。
今は30代になりました。
私は自分の経験を通して…
どんな言葉も浮かびませんが、ただ今唯一言えることはハワイでもどこでもあの子が生きているということがわかって私にとってこれ以上に嬉しいことはありません。
中絶できる時間を過ぎ…いや、むしろ自分が産むという自覚や育てるという覚悟、それすらもわからないまま行為をし、好きな人に嫌われたくない、まさか自分が妊娠するわけない、それ以前に家に居場所がなかった私はその人とつながることが大切で、避妊してって言って断られたら・冷められたら自分の居場所がなくなることの方が重大で避妊は二も三も次でした。
お腹は大きくなり、ポコポコ動き始め、心配してくれた養護教員のおかげで先生と出会いました。その頃の私は妊娠してるだろうけど違うかもしれない。でも妊娠していてもその相手も高校生…死ぬしかない。嫌われたくない。でも妊娠しているなら親にも捨てられる、死ぬしかない。そんなことしか毎日考えられませんでした。

先生と出会い、親も同意して特別養子縁組をすることを前提に子どもを産むことに。
あの頃はその別れの辛ささえきっとわかってなかったと思います。
でもあの頃はあの頃の精一杯で、検査で妊娠していることを自覚した。とにかく無事に出産すること、母子手帳をとりにいったらやたらと根ほり葉ほり聞いてきた窓口の人に河野先生がキレたこと、同じように腹をくくった母が世間から私をかばってくれたこと、栄養のある妊婦食を作ってくれたこと、紹介された病院に入院しても、なにも知らない私の姉妹がいる母に来てもらえず、独りで2日に渡る陣痛に耐え看護士さんに腹を押さえられながら出産したこと、裂けた皮を縫うこと、事情を知る看護士さんに、子どもに情が移るからと赤ちゃんに会わせてもらえなかったこと、同じ理由で同じ病棟のママさんにも会わせてもらえなかったこと(これはすべて私のために皆さんが配慮してくれたこと)、お見舞いにきてくれた河野先生が、中学生の出産に、看護士さんが珍しい者をみるような対応をして腹をたて看護士さんにガーッと怒ったこと、夜中にどうしても赤ちゃんを見たくて、新生児室に行き、宿直の看護士さんに事情を話し、看護士さんが泣きながら内緒で赤ちゃんを抱いてきてくれたこと、子どもを一目見て、自分のしたことの重さに押しつぶされ、抱くことさえできない辛さに襲われ、「いいです、もういいです」と泣くことしかできなかったこと

…私は、産むことが正しいとはいえません。養子に出さないまでも祖父母が世間に知られないよう育てる現状もみてきました。
それから今まで不妊治療をしても子どもには恵まれていません。これは罰でもなんでもなく体の仕組みです。

それだけ子どもを産む、子どもを宿すことにもっともっと重要視してもらいたい。
その選択は親や彼でもなく自分なんだな…。知識を深めちゃんと自分の体を知ってほしい。


私はこのブログをみて、今の生活を振り返り、申し訳なかったという謝罪とともに生きていてくれて本当に本当に本当にありがとうという、今になり、子を宿す、産む、育てるという重大さ。
私の母も本当は簡単に答えを出したわけではなく、まだみぬ子どもよりも私の将来をすごくすごくすごくすごく考えて出したこと。母は今は亡くなりましたが、私が産んだ子どもが今年は何才だねって毎年2人で話していました。
河野先生こういう活動してくれていて、私が産むことしかできなかった子どもを大切にしてくれて本当にありがとうございます。

投稿: 現在 | 2011年2月10日 (木) 23時33分

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